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南米コロンビアへの旅(2005/3)

0001. MM 2005/10/02_20:18:56
photo1 コロンビアは危ない。どうしても悪いイメージが先行しすぎて命がけの旅行になるのではという気にさせられる。でも実際この国を旅行した人は少ない。行ったこともない連中が何を根拠に危ないと言っているのか。そもそも何が危ないのか。知ったかぶりはよくない。その反面、少数派である実際この国を旅行した人たちからはこの国の悪い噂を聞いたことがない。それよりも中南米で最もよかった国の一つだとみんな言っている。このギャップは何だろうか。どちらを信用すればいいのだろうか。僕自身長年コロンビアは世界で一番危ない国の一つだと洗脳され続けてきた。しかしそんな不確かなコロンビア観はもうすぐ終了だ。実際行くことによって良い国なのか悪い国なのかはっきりする。
photo2 かつて「強盗に遭う確率9割」の南アフリカ共和国や「外国人はすべて誘拐の標的」のアルジェリアなど無謀とも思える場所を旅行をしたことはあるがそれらの国に比べればコロンビアははっきりとした危険が見えてこないのだ。もちろんゲリラ活動が盛んな地域は別だが、都市部やそれらを結ぶ幹線道路などで危険な目に遭うのは他の国にも同じ事がいえるはずだ。リオデジャネイロ、リマ、アビジャン、カラカス、パナマ、ケープタウン。街を歩くだけで緊張する場所は世界中の至る所にある。結局は確率の問題でしかない。
photo3 今回のコロンビアへの旅は乗り継ぎ地のトロントで往復とも一泊しなくてはならない。そんなわけで往路はパークハイアットに予約を入れることにした。パークハイアットはトロントで一,二を争う最高級ホテルだ。この日は日本を出発直後と言うことで時差ボケを避けることは不可能だ。ユースホステルなど相部屋での時差ボケほどきついものはない。夜眠れなくても無理に寝る必要がない環境がほしかった。テレビでも見ながら時間をつぶせれば何よりだ。別に高級ホテルにする必要はないようにも思うが、僕のこだわりは最低か最高だ。真ん中は嫌いだ。安いなら徹底的に安く。高いものは安く利用する手段は徹底的に探すが、クオリティーは最高のものを利用したい。というわけで一泊3万円のパークハイアットに19300円で泊まれるようなので予約することにした。
 復路は時差ボケもないし、最安値のユースホステルに泊まるつもりだ。
photo4 成田の出発時間は17:15発。太平洋路線の出発時間帯はいつも遅めだ。余裕を持って空港に到着し、まず航空券を受け取り、搭乗手続きに向かった。エアカナダはスターアライアンスということで全日空が手続きを代行する。それほど人はいないのに列の進みが妙に遅い。荷物は規定以上のものは機内に持ち込めないらしくチェックがけっこうきびしい。本来ならこうすべきなのだが長年曖昧な状態でやってきたくせに今さら厳しくされても理不尽な気がして少し気分が悪い。他にも不機嫌な客が目につく。僕は問題ないが他の人はギリギリだったりとけっこう大変だ。気の毒に。

0002. MM 2005/10/02_20:26:24
photo1 エアカナダの事前座席指定は旅行代理店を通じて行わなくてはならないということでいわれるままに旅行代理店に頼んでおいたのだが、見事に伝わっていなかった。最安値の航空券を提供してくれたので大目に見るが、頼むぞフレックスインターナショナル。それにしても今日はけっこう混雑しているらしく、窓際はないらしい。通路側もきわどいらしい。ただ非常口横の窓際席ならまだあるらしいが、客室乗務員との意思の疎通が必要らしい。エアカナダに関して搭乗前から細かいことにいろいろうるさい会社だなという印象を受けた。今まで何回も非常口横の席に座ったことはあるが語学力を要求されたのは初めてだ。でも足元の広いこの席は捨てがたいので非常口の席にしてもらった。緊急事態になったらその時はその時だ。とりあえずトロントまでの12時間はゆったりとした席で快適な移動になりそうだ。
photo2 エアカナダ機に乗る際、バスに乗せられて駐機場に運ばれた。機材はB767。さて問題の非常口横の席だがB737にありがちな単に前列と離れているだけの席でスチュワーデスと向かい合わせになる足元が涼しい席ではなかった。まさにビジネスクラス並のシートピッチ。今回の旅行は出足から幸運だ。
 機内食はボリュームはないが、肉は軟らかく、生野菜も付いていて久々に機内食がうまいと感じた。最近韓国系航空会社の不味い食事(羽田・金浦のチャーター便は美味しい)ばかりだった事もあるので無理もない。
photo3 時差ボケ防止の第一段階として機内ではできるだけ寝ないようにして本を読み続けた。そんな中、出発してから6時間後に間食としておにぎりが出た。その後も寝ることはなく到着前の機内食を食べるに至った。そのままトロントに到着。
 トロント・ピアソン国際空港。この空港は現在大規模な工事が行われている。それにしても到着ターミナルからメインターミナルまでバスに延々と揺られることになった。あまりにも遠すぎる。入国審査は比較的スムーズだったが、荷物が出てくるのがまた遅い。結局到着してから到着ロビーに出るまで1時間もかかってしまった。
photo4 地下鉄の駅に向かうバスはグランドフロアから出発するらしく、エスカレーターを降り、外に出たらちょうど192番の「KIPLING駅」行きが到着したので寒い中バスを待つ必要はなかった。両替以外はスムーズに事が進んだ。地下鉄はニューヨークと同じタイプの車両で車内はゴミが散乱していてけっこう汚い。ただ客層は平凡そうな人たちで怪しさはない。
 地下鉄で向かった先は「St.George駅」。ヨークヴィルと呼ばれるこの地域はメルヘンな一戸建ての家々が並び、一国の首都の中心部だとは思えないのんびりとした雰囲気の場所だ。高層ビルのジャングルを想像していたので地下鉄の駅から地上に出たとき拍子抜けしてしまった。

0003. MM 2005/10/03_20:42:56
photo1 今夜の滞在先であるパークハイアットへ歩いて向かった。やはり寒い。今日の最高気温はマイナス4℃と予想よりは暖かい方だが外にいる時間が長くなると耳が痛くなる。パークハイアットはトロントでは最高級の部類に入るホテルで普通に旅行代理店で予約すると一泊3万円ほどだ。しかしホームページのホテル予約サイトで19300円というのを見つけ予約するとこにした。東京のパークハイアットを考える安く感じるが果たしてこの値段の価値はあるのだろうか。外観は高層ビルではなくこぢんまりとしている。ロビーはゴージャスな雰囲気でバックパックで入るのは少し気が引ける。入り口に近づくとドアマンが扉を開けてくれる。
photo2 とりあえずチェックインを済ませ客室へと向かった。客室フロアの廊下は静まりかえり客室の物音は一切聞こえない。客室に入ってみた。セパレートシャワーブースではないが浴室は広々として全面ガラス張りで高級感がある。ベッドはキングサイズで枕の数が妙に多い。部屋は広々としていて壁やカーテンの模様など高級感はあるが何か殺風景だ。とりあえず外は寒いし、帰りにもトロントに立ち寄るので今日と明日はこのホテルでゆっくりくつろごう。
 
photo3
photo4

0004. MM 2005/10/03_20:46:57
photo1 ずっとホテルの中にいてもしかたないので外に出ることにした。ヨークヴィルの商店街を散策。お洒落な店が軒を連ねそれらが夕焼けに染まってとてもきれいだ。
photo2 トロントはヨハネスブルグやオークランドと共通する雰囲気を持っている。それは人種の坩堝、近代的で機能的な建造物。写真はダウンタウンの構想建築。
photo3 夕暮れのトロント・ミッドタウン。
photo4

0005. MM 2005/10/03_20:51:25
photo1 1泊のトランジットを経て出発の日、防寒着はすべてしまいコロンビア用の服で空港へ向かった。地下鉄の駅まで少し寒い。バスに乗り継ぎ、12時に空港に到着した。エアカナダの国際線チェックインカウンターは誰も並んでいない。気持ちが良いほどガラガラだ。ここ3時間の出発便はボゴタとカンクンだけだ。これなら1時間前でも間にあった気がするが、今後も時間には余裕を持つことに変わりはない。
photo2 X線荷物検査の最、搭乗券を目にした係員は「ボゴタ〜」とつぶやきながら何しに行くんだという表情をした。カナダでもコロンビアのイメージはよくないらしい。ボゴタ行きの搭乗口は例のバスで連れて行かれる遙か彼方のターミナルビルだった。
 ボゴタへはA320の小型機だが空席がかなり目立つ。所要時間は6時間だ。ずいぶん短く感じる。機内食を食べウトウトしている間にボゴタに着陸態勢に入った。外は日が暮れ真っ暗だ。夜8時にボゴタ到着。アメリカからの便の到着と重なっているようで入国審査場は大混雑している。両替にもかなり時間がかかった。預け入れ荷物をターンテーブルから持ち出す際、バゲージクレームタグ番号の確認があった。国際線では珍しい。さすがコロンビアだ。他人の荷物を持って帰る輩が多いのだろう。
photo3
photo4

0006. MM 2005/10/09_20:09:13
photo1 夜のボゴタ。このまま人でごった返す到着ロビーに出て、自分でタクシーを拾う勇気はなく、クーポン制タクシーのカウンターに出向くことにした。目的地はバスターミナル。今夜はボゴタ市内に行かず、このまま夜行バスでペレイラという街に移動することになる。
 クーポン制タクシーはおそらく外で拾うタクシーの倍はするだろうが、安全のための保険だと思って納得しよう。最初から無茶はしたくない。
 今夜はボゴタには滞在せず、そのままペレイラという町を目指すことにした。
photo2 ペレイラ行きのバスは出発後ボゴタの盆地から一旦峠を越えるため高度がさらに上がった。ボゴタの標高は2600mでけっこう厳しい環境だ。その後一気の高度を下げ海抜ゼロ近くまで坂を下った。平野部は夜間とはいえ蒸し暑く、エアコン設備のないバスなので停車すると車内は蒸し風呂状態になってしまう。汗だくだ。しかしそんなむさ苦しい環境も束の間でバスは再び高度を上げ、涼しい空気が車内に入ってきた。
photo3 ペレイラに到着。ペレイラの街に出た。朝から雨模様でどんよりとした空が広がっている。でも南米の地方都市にありがちな荒廃した雰囲気はこの街にはなく、ショッピングアーケードや遊歩道、街路樹などあか抜けしていて清潔感がある。ここが悪名高いコロンビアだというのが信じられない気持ちだ。またどういうわけか「チーノ」と声がかからない。道行く人々はチラッとこちらを見る人もいるが、基本的にみんな無関心だ。ジロジロ見たりするのは失礼なことだと認識しているのだろうか。そうだとするとコロンビアは街並だけでなく人々の意識もレベルが高いと言うことだろうか。今まで中南米を旅行したときに感じた不快感が全くない。
photo4 一方通行の道路が碁盤の目のように整備されているのは他のラテン諸国と同様だ。

0007. MM 2005/10/09_20:15:49
photo1 ペレイラから近場の大都市マニザレスヘいってみた。ペレイラより規模が大きく都市という感じで人通りも多く活気がある。
photo2 メインストリートの店にあった焼き豚
photo3 マニザレスは一歩町の中心から離れると見晴らしのいいのどかな風景も存在する。
photo4 マニザレス市場にいたコロンビア人の子供たち。どこの国でも子供の表情はあどけない。

0008. MM 2005/10/09_20:22:48
photo1 ペレイラからメデジンヘ移動。
メデジンまでの所要時間はバスで5時間だが、アンデスの山岳道路を縦断することになり、終始ヘアピンカーブが続くきつい道のりだ。アップダウンの連続でバスの移動を甘く見ていたがかなりきつい。一番前の席に座っていたがさすがに酔いそうになってきた。途中休憩一回。小さな街を何カ所か通過し、山道は果てしなく続く。本当にこの山の中の向こうに人口200万人の大都市メデジンがあるというのが信じられない。やがてバスは一気に坂を下りはじめた。しばらくして左手に高架鉄道の線路が見え、車庫らしき場所にたくさんの電車が止まっているのが見えた。メデジンのメトロの南のターミナル駅に到着したようだ。終点のバスターミナルまで乗っていっても良いがこの駅の横で降りることにした。
photo2 メデジンのメトロはコロンビア唯一の都市鉄道で全線が高架になっている。治安もよく主な場所はカバーしているので便利だ。
3両編成のメトロはフランス製でカラカスに走っているものとタイプが同じだ。駅のホームはゴミ一つ落ちておらず清潔だ。しかし完成したのは1985年と古くはないが高温多湿のなか築20年が過ぎ、コンクリート建築は黄ばんでいる。一見近代的だがよく見ると少し古くさく感じる。しかし20年前にすでにこの列車が走っていたのには驚きだ。
photo3 コロンビア第二の都市メデジン。名前を聞いてビビッてしまう都市ワーストワンだ。僕の中ではボゴタよりイメ−ジが悪い。最大の原因はコカインを扱う麻薬組織「メデジン・カルテル」の影響だ。メデジンは悪名高い「メデジン・カルテル」のボス「パブロ・エスコバル」の出身地で実際詳しいことは知らないが、メデジンはその麻薬組織の影響をずっと受けていて疲弊していると思っていた。しかしその裏でこの街がこれほど発展していたとは思いもしなかった。
photo4 メデジンノ街角の炭火焼きチキンの店。

0009. MM 2005/10/09_20:30:38
photo1 レトロなショッピングモールの内部。
photo2 夜のメデジン・セントロ。人通りも多く安全な町だ。
photo3 しかしメデジンにはスラムも存在する。北バスターミナル付近にて。
photo4 カルタへナへバスで移動。
カルタヘナ行きのバスは立派な大型バスだ。警察の検問やゲリラの襲撃がなければ快適な移動になりそうだ。出発時間になってから外は土砂降りの雨が降りだした。南米の高原都市は夜に雨が降るらしい。それにしてもカルタヘナへのバスは客が10人くらいしか乗っていない。乗り心地は飛行機のビジネスクラスぐらいのシートピッチで快適だ。また車内にはエアコンが効いていてコロンビアに来て初めての空調空間となった。バスは定刻通りメデジンを出発した。
 

0010. MM 2005/10/09_20:33:45
photo1 出発早々山岳地帯に入ってしまいかなり道が悪くなってきた。カルタヘナまでの12時間のうち6時間はヘアピンカーブの連続だ。「今度こそ酔い止めが必要かも」と思った。しばらくして車内トイレに用を足しに数分間入ったのだが、あまりの揺れと密室の圧迫感で急に気分が悪くなってきた。もう二度とトイレの中に入りたくない。かといって車内は涼しく酔わないように水分を取る必要があるので水を飲まないわけにはいかない。トイレを我慢するしかなさそうだ。まだ出発してから2時間しか経ってないのに最悪な状況に追い込まれてしまった。何とか深呼吸とゲップを繰り返して立ち直ることはできたが、この山道が続く限る完治は不可能だ。平野部に一刻も早く出ることをひたすら祈るのみだ。
photo2 夜中検問など一切なく、トイレ休憩もまったくなしだ。時折客を降ろすことはあるが、ゆっくり車を止めるということは一度もないまま朝を迎えた。やはり夜間車を止めることはゲリラの標的となり、危険ということでこのような無謀な走りをするのが習慣になっているのだろう。とにかくバスは平野部におり、一直線に走り出した。もう酔う心配はない。しかしバスの運転が荒く、車の追い越しを頻繁にするので乗り心地は悪いままだ。
平野部に来てから住民にアフリカ系が多いと気づいた。高原地帯では黒人は少数派だったが、沿海部はかなり黒人比率が高いようだ。これは他の中南米諸国やマダガスカルにも同じ事がいえる。
photo3 9時前、カルタヘナの高層ビル群が見えてきた。カルタヘナには植民地時代の街並のイメージがあるが、実際は他の南米の重要都市同様アメリカンナイズされた高層ビル文化が浸透している。しかしバスは摩天楼とは違う方向に向かっている。バスターミナルは市街地からかなり離れているらしい。バスで40分もかかるとのことだ。
 カルタヘナには所要12時間とぴったり予定通りに到着し拍手ものだ。それにしても12時間休憩なしでぶっ続けで走り続け、さすがに乗っているほうも疲れた。
photo4

0011. MM 2005/10/10_23:04:21
photo1 南米で一番美しいといわれるコロニアル都市カルタへナ。コロンビアというとこの町を連想するくらいきてみたかった町だ。しかし観光地だけあり、今までのどこの町より人はすれていてコロンビアで初めてぼったくりを経験した。タクシーも信用できない。
コロンビア唯一の気軽に来られる町なので無理もないか。
photo2 人はすれていても町の美しさは現実として存在する。
photo3 屋台でソーセージを買ったら物乞いが来て「一つくれ」とか言うので一切れかと思ったら「一本買ってくれ」と言うことだった。なんで1本1500$(74円)もするものをお前に買ってやらなくてはならないのだ。カルタヘナの物乞いはずうずうしい。
photo4 カルタへナの新市街は摩天楼だ。旧市街からボカグランデ方面を眺める。

0012. MM 2005/10/12_20:30:44
photo1 一日待てばサンアンドレス行きの直行便があったのだが、あえてボゴタ経由の便で今日出発することにしたのだ。今日この街にいても昼間は暑い部屋で寝ているだけで終わりそうだ。それなら爽やかな気候のボゴタの街を少しでも歩いたほうがいい。
ボゴタを経由しその日の午後にはサンアンドレス島に到着した。けっこうまともな空港でボーディングブリッジもある。正確に言えばあったと言うべきか。ボーディングブリッジは老朽化し、今は機能しておらず、徒歩でターミナルビルへ向かうことになった。入国審査のようなものがあり、島に入るため税金(8US$)のようなものを支払わされた。
photo2 カリブ海の孤島。サンアンドレス島。気候的にはカルタヘナに戻ってきた感じだが、気分的には別の国に来た感じだ。事実街の雰囲気はコロンビアというより中米のニカラグアやホンジュラスといった雰囲気だ。車はコロンビア本土ではまったく見なかった旧型のアメ車がほとんどで中米名物の黄色いスクールバスも路線バスとして走っている。
photo3 それはさておき空港を出るなりいきなり「チーノ」と声がかかった。しかも立て続けに。もうこの島が半分嫌になった。本土ではまったく「チノ」と言われなかったのにここは民度が低いようだ。嫌な部分まで中米っぽい。タクシー運転手が「チノチノ」うるさいので歩いて街へ出ることにした。
photo4 でもビーチは美しい。不純物が全くない白砂の浜辺はまぶしすぎる。

0013. MM 2005/10/12_20:32:05
photo1 島の南端には潮吹き穴があり、周辺の透明度の高いケーブでは子供たちが泳いで遊んでいた。
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0014. MM 2006/02/09_21:32:00
photo1 サンルイのビーチ。ここは観光客が比較的多い。でも海は美しい。
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0015. MM 2006/02/09_21:38:40
photo1 サンアンドレス島はカリブ海の孤島で楽園、素朴、など非日常的な場所をイメージしていた。しかし実際は街に活気があり交通量も多く、中心部にはガラス張りの小ぎれいな土産物屋が並んでいる。ビーチ沿いには洗練されたレストランとホテルが並び遊歩道が整備されている。
写真はセントロの街角で。
photo2 セントロのビーチ。
photo3 セントロから少し離れたビーチの沖合には座礁船があった。
photo4 サンアンドレス島で滞在した宿。HOTEL Mary Mary Inn。1泊1500円ほどと少し割高だが、フロントのおじさんは英語をしゃべり、またこのおじさんは親日的な雰囲気で大リーグの話題を持ち出し、日本人選手の活躍を話してくれた。部屋は快適でエアコン、温水シャワー、テレビ付で何より部屋が広い。今で窓のない部屋で息が詰まりそうだったが、ここにきて開放的な宿にありつけてホッとした。

0016. MM 2006/02/09_21:41:36
photo1 島の反対側(西側)の「EL COVE」にバスで行ってみた。この島の西海岸は岩場ばかりでビーチと呼べる場所はないようだ。近くに沖縄の万座毛を思わせる絶壁があり、子供たちの格好の飛び込み場所になっていた。海の中には熱帯魚がわんさかいる。餌付けされているのだろうか。
photo2
photo3 しばらくすると沖合から豪華客船が近づいてくるのが見えた。この島にはあのような大型船は接岸できないので沖合に停泊し、乗客はボートで上陸するようだ。この町にはコロンビア海軍の基地があって軍隊所有の船着き場があり、そこを利用する感じだ。どんな金持ち客が上陸してくるのか興味はあるがちょうど西海岸の海岸線経由のバスが来たのでセントロへ戻ることにした。
photo4 警備に当たっていたコロンビア海軍の水兵。

0017. MM 2006/02/09_22:04:03
photo1 4日間滞在したサンアンドレス島を出発することにした。空港で搭乗口へ向かう際、X線の機械を修理中で手荷物検査は省略された。金属探知器もなしだ。カバンの中も調べずに大丈夫なのだろうか。荷物検査をされないことで手間が省けたと楽観すると同時にハイジャックされないだろうかと余計な心配もしてしまう。ここからならマイアミやプエルトリコ、キューバのグアンタナモ基地への攻撃が十分に可能だ。
photo2 それにしても時差ボケへの特効薬は周到な準備よりも太陽の強い日差しに当たることだとこの島に来て感じた。よく考えるとコロンビア到着後ペレイラやメデジンなどどんよりとした空が続き、カルタヘナで初めて日差しを浴びた感じだ。実際時差ボケが治り始めたのはカルタヘナに着いてからで日本を出て1週間もたっている。そのままサンアンドレスに到着し時差ボケは完全に治ったように思う。これから時差ボケを治すには日差しに当たること。そう考えると今後冬のヨーロッパでは苦労するかもしれない。
photo3 離陸時、窓からは島のビーチや珊瑚礁が一望できた。鳥肌の立つような眺めだ。素晴らしい。
photo4 この便はボゴタに向かう途中、バランキーアという都市に立ち寄る。この空港で客の半分以上が入れ替わった。バランキーアはコロンビアの4大都市だが、観光名所と呼べる場所は少なくあまり知名度は高くない。僕自身もこの町に興味はない。再び離陸してサンアンドレスから3時間後ボゴタに着陸した。

0018. MM 2006/02/09_22:07:31
photo1 中心部のAv19に到着しバスを降りた。ボゴタでは大きなリュックを背負っている僕が注目されることもない。しかしここから目的の安宿まで少し距離がある。標高が2500mということで少し歩いただけですぐに息が切れてしまう。はっきり言って今立っているだけでしんどい。また油断して強盗に遭うことも十分あり得る。ホテルまで数百メートルだが歩くのは賢明ではない。タクシーでホテルに向かうことにした。
photo2 ボゴタでは旧市街にあるホテルアラゴンに泊まることにした。ここはボゴタで一番安く、一番旅行者向けの宿で日本人の利用も多く、フロントには日本語の情報ノートも置かれている。また周辺の雰囲気は洗練されたコロニアル建築の街並みで政府関係の施設も多くそれほど治安は悪くないはずだ。
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0019. MM 2006/02/09_22:08:23
photo1 旧市街へ出た。ボゴタの旧市街は古い街並みがある程度修復され、石畳の道路も整備され、どこか先進国の歴史地区に迷い込んだ感じがする。メデジンやカラカスでは歴史的な建造物がすべて取り壊され、近代建築に立て替えられていた。その結果、街そのものの雰囲気が荒廃してしまったのとは対照的だ。メデジンでは町歩きにもの物足りなさを感じていたが、ここボゴタではそんなことは全くなく、次の角を曲がるのが楽しみな雰囲気があり、興味深い街並みが広がっている。また人通りも多く危険を感じることはない。
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0020. MM 2006/02/09_22:09:21
photo1 大通りではなにやらデモ行進が行われていた。何のデモかわからないが、ずいぶんのんびりした雰囲気のデモだ。警官たちは重装備で警戒しているが、コロンビアが自由で開放的な国だと感じる光景だ。
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0021. MM 2006/02/09_22:11:28
photo1 道行く人はファッショナブルでこの国の生活水準の高さが伺える。しかしその横でゴミ箱をあさる少年がいたり、頻繁に物乞いから手を差し出されることから貧富の格差も感じてしまう。ボゴタに来て感じたのは先住民族のインディへナの人が多いと言うこと。メデジンやほかの場所では全く見なかったのだが。
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0022. MM 2006/02/09_22:13:48
photo1 ボゴタ中心部は高層ビルがそびえ立つ。
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photo3 ボゴタでは道路の車線をつぶしてバス専用レーンを造り、そこを専用のバスが走っていた。南米ではキトにも同じものが走っている。「トランスポート・ミレニモ」と呼ばれ名前からして今世紀になってから出来たのだろう。
専用レーンには最新の連結バスが走り、プラットホームにはホームドアも完備している。ホームに入るには改札を通ることになるので感覚的には新交通システムといった感じだ。運行も信号待ちはあるが専用のレーンを走るということで渋滞に巻き込まれることもない。試しに一駅だけ乗ってみることにした。
photo4 黄金博物館に行ってみた。ボゴタで一カ所だけ博物館に行こうと思っていたのでここを選ぶことにした。ここは展示物の数はそれほど多くなく、ペルーのリマにある黄金博物館に比べると物足りなく感じる。そのくせ建物だけは立派で中身のない博物館という印象だ。建物は共和国銀行の所有らしい。

0023. MM 2006/02/09_22:19:13
photo1 ボゴタの裏山であるモンセラーテの丘に登るためケーブルカーの駅に向かった。歩いていくと途中で強盗に遭うということで迷わずタクシーで向かった。強盗もいやだが、何よりも標高の高いこの街で坂を登りたくない。ケープルカーで登った先は標高は3000メートルを超えている。
photo2 ここからはボゴタセントロの高層ビルを始め、広大なボゴタの盆地が一望できた。高度のせいか頭がボーとする。
丘の上は教会があり、おみやげ物が並んでいるが、平日の今日は人がまばらだ。
photo3 この国で唯一日本人が経営する和食レストランに行くことにした。オーナーの高橋さんはパックパッカ−の間では有名で彼自身かつてバックパッカーだったとのこと。ここで定食でも食べようかと思ったが、いろいろあって迷っていたら「お弁当」というのがあり、値段はちょっと高めだが、いろいろな料理が少しずつ盛り合わされているということで注文することにした。中にはサーモンの握りからトンカツ、焼き鳥、照焼チキン、スパゲッティー、魚の味噌煮、餃子、いなり寿司、キムチ、お新香、生野菜サラダなどかなりのボリュームだ。みそ汁はサービスしてくれた。
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0024. MM 2006/02/09_22:24:28
photo1 コロンビア出発の日。バスを出空港へと向かった。2時間前に空港に到着したらすでにエアカナダのチェックインは始まっていた。客はそれほど多くない。チェックインの前にコロンビア滞在に関していろいろ質問があった。僕は期間も短いし、荷物もたいしたことはないし、いかにも観光旅行といった雰囲気の人間なのでたいして時間はかからなかった。やはりコカインの持ち出しには神経をとがらしているようだ。かつて出国時の検査の厳しさといえばイスラエルの代名詞みたいなものだったが、今ではアメリカを始め、アメリカに関する路線、挙げ句の果てアメリカとは関係なさそうに思うエアカナダの搭乗にまで影響を受けている。やはりテロ、戦争はこのような弊害ももたらすのでよくない。
 
photo2 チェックインはすぐに終わったが、その後が最悪だった。出国審査を受けた後、X線の検査場は長蛇の列。このような行列を目にしたら免税店やレストランに立ち寄る気も失せてしまう。延々30分以上並んで検査場を通過できたと思ったら今度は搭乗口横の待合室に入るときも再度X線検査と金属探知器の検査を受けることになった。ないものはない。時間だけが過ぎていく。搭乗口までどこにも立ち寄らずまっすぐに向かったのに空港に着いてから1時間半以上かかってしまった。ほとんど待つことなく機内へ入る準備ができたという放送が流れた。
photo3 ボゴタを離陸後、カリブ海の上空を飛行した。途中バハマの上空を通過、白い砂州がとてもきれいに見えた。
photo4 常夏の風景を見下ろした数時間後、今度はアメリカ大陸上空で凍結したエリー湖が見えてきた。いつの間にか大地は雪化粧している。エリー湖は見事に凍りつき、その近くにはナイアガラの滝も肉眼で確認することが出来た。その北にあるオンタリオ湖は全く凍っていない。オンタリオ湖が凍らない理由は平均水深が200メートルと深いからだろう。凍結してしまったエリー湖の平均水深は十数メートルしかない。
 オンタリオ湖が凍結してしまうと北米4大都市のトロントは閉ざされて大変なことになる。

0025. MM 2006/02/09_22:25:18
photo1 オンタリオ湖を通過し、トロントの摩天楼が見えてきた。空気が澄んでいるので目が覚めるような素晴らしい眺めだ。この眺めを見てしまうと世界一高いトロントCNタワーには上る必要はない。天気はよく一見暖かそうだが、これから凍りつくような寒さが待っている。そのままトロント・ピアソン国際空港に着陸した。
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0026. MM 2006/02/09_22:29:44
photo1 地下鉄を乗り継いでユースホステルにチェックインできたのは6時をすぎてからだった。もう外は真っ暗だ。夜景を見に対岸の島に行こうと思ったが面倒くさくなりその気も失せてしまった。
 
photo2 YHの部屋は最初間違えて女性用の部屋にされてしまった。しかし部屋には誰もいなかったので気づかずベッドメイクをしてくつろいでいた。しばらくすると女の子が入ってきたので異変に気づいた。よく見たら周りの荷物は女物ばかりだ。それにしてもここは12人部屋でかなり厳しい環境だ。最初ゾッとしてしまったが、この部屋でなくてよかった反面、恥をかかされ不機嫌な表情でフロントに降りた。そしたらフロントのスタッフは誰が悪いか仲間割れをはじめた。そういうことは僕に新しい部屋を案内してから奥でやってほしい。客へのアピールのつもりかもしれないが、それは間違いだ。若いバイトの連中は相手にしたくない。これだからユースホステルはイヤだ。
photo3 新しく与えられた部屋は4人部屋で客はおじさんが一人いるだけで静かで落ち着く。窓の外の眺めも悪くない。ここでよかった。
photo4 地下鉄でトロント一の繁華街といわれる中心部のイートンセンター界隈へ行ってみた。イートンセンターは全天候型のショッピングモールで中は広い吹き抜けの空間になた。寒い国ならではの有り難い場所だ。ここでは物は一通りそろいそうだ。買い物するにはいい。しかしなんかつまらない場所だ。それにしてもこれだけの空間の暖房代は相当なものだろう。

0027. MM 2006/02/09_22:33:21
photo1 朝、窓の外を見たら吹雪いていた。今日も寒そうだ。でも外へ出たら凍り付くような寒さは感じず、降っているのはベタ雪で今日の気温はプラス3度と高めだ。ユースホステルの向かいにあった教会。
photo2 地下鉄を乗り継ぎ、空港に向かった。エアカナダ専用ターミナルの国際線チェックインカウンターは今日もガラガラですぐに手続きを済ますことができた。東京行きのゲートはまたバスで移動する離れのターミナルだ。
今回利用したエアカナダ航空に関してまったく文句はない。マイルは貯まるし、料金は安い。トロントの乗り継ぎもペルー以南なら同日着乗り継ぎ可能なので今後南米に行く場合はまた利用したい。
帰りの14時間は結構長く感じる。
そんなわけで成田に戻ってきた。結果としてコロンビアはイメージが悪いだけで実際は南米で一番よかった国の一つだと僕もこれから言い続ける事になるだろう。是非また行きたい国だ。

(終わり)
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