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コンドルは飛んで行く(ペルー)

0001. DS 2005/11/19_20:16:58
photo1 子供の頃からの憧れの地マチュピチュへ、そして、最大の猛禽類コンドルを見るためにペルーへ行ってきました。

デルタ航空アトランタ経由でリマへ。成田を離陸後2時間経ってもシートベルト着用サインが消えないので、おかしいなと思っていると、エンジンに不具合があり成田に引き返すとのアナウンスが・・着陸すると数台の消防車が、僕たちが乗る飛行機を取り囲んでいました。
JALのロサンゼルス行きを用意してくれて、その先はロサンゼルスに着いてから、デルタのカウンターで確認して下さいとのこと。結局、そこからは深夜1時発のラクサ航空で、グァテマラ経由コスタリカのサンホセへ。ここでまた乗り換えてようやくリマへ到着です。ほぼ1日無駄になってしまいました。2週間の旅行で、この1日のロスは非常に痛い。「わたしの旅に何をする。」(宮田珠己著)という心境でした。
photo2 9.11同時多発テロが起き、アメリカ軍がアフガニスタンに攻撃を始めた直後で、さぞかし空港のチェックも厳しいだろうと思いきや、ほとんど以前と変わらない。
photo3 リマのミラ・フローレス(新市街)のはずれで太平洋を望む、絶壁。
photo4

0002. DS 2005/11/19_20:39:08
photo1 リマからナスカに移動。バスで7時間くらいだったと思います。目的はもちろん、地上絵です。
photo2 ナスカの街並。
のんびりとした良いところです。
photo3 翌日、地上絵を見に行くこの日、パン・アメリカン・ハイウェイを利用してラリーが開催されているそうで(左の方、1台通過しているのがわかりますか?)、主な道路が通行止め。空港まで車で行けば10分ほどなのに、途中から車を降りて歩いて行くはめに。
photo4 このセスナ機で、約40分間地上絵を見ます。パイロットを含めて4人乗りです。
前日、申し込みをした時に、朝食は抜いたほうがいいよと言われていたものの、空腹には勝てず、パン2つとコカ茶を2杯。危なく吐くところでした。あと10分揺られていたら間違いなく・・・。

0003. DS 2005/11/19_20:56:43
photo1 くじら。
photo2 宇宙人。
photo3 これは、確かハチドリ。
photo4 手。

「ナスカの地上絵」英語で言うと「ナスカ・ラインズ」。この言葉が示すように、絵よりもただの線の方が圧倒的に多いです。

0004. DS 2005/11/19_21:26:10
photo1 ナスカから、夜行バスでアレキパに向かいました。人口90万、ペルー第2の都市です。
この町で、カニョン・デル・コルカ(コルカ渓谷)に行くツアーを申し込み、そこでいよいよコンドルが見ることができます。
photo2 アレキパは標高2300mに位置し、近くには6000m級のアンデスの山々があります。
写真は、頂に雪をかぶるミスティ。この他、チャチャニという山も6000mを超える。

僕が日本人と見ると、ここに住む人々は、これらの山を持ち出し「フヒみたいだろう」とよく言います。
「フヒ? あぁ富士山のことね」という会話を交わすことになります。スペイン語は、「J」はハ行の発音をするので「フジ」は「フヒ」になるのです。
photo3 さて、いよいよカニョン・デル・コルカへ向かいます。朝8時頃出発し、夕方、拠点になる町チバイに到着。ここで一泊して、翌日早朝にコンドルが現れる場所に行きます。
photo4 荒涼としたアンデスを越えて行くと、とこどころにリャマがいます。

0005. DS 2005/11/19_21:42:19
photo1 まだまだたくさんいるリャマ。
photo2 リャマと私。

本格的な高地になる前に、一軒の小さなレストランがあり、ここを通る人たちは皆ここに寄って、コカ茶を一杯飲んでいきます。高山病に効くそうです。そのレストランで飼われているリャマと記念撮影。
photo3 この行程での最高地点、5300m。6000mを超えるアンデスの山々の頂が、すぐそこに感じることができます。
こんなところに長居は無用なので、5分で立ち去ります。
photo4 彼女たちは、こうやって写真を撮らせることで収入を得ています。さすがに豪華に着飾っています。

0006. DS 2005/11/20_19:17:10
photo1 標高3600m、チバイに一泊します。
村に入って、遅い昼食をとりました。1番安いツアーに申し込んだせいか、ガイド・運転手を含め9人のうち僕1人だけ、他の人たちとは違うレストランに案内されました。宿も同様に1人だけ違うところ・・・寂しいです。

チバイには温泉があります。夜、希望者だけを車に乗せて連れて行ってくれました。一緒に行ったのは、ベルギーから来た老夫婦、リマから来た男同士のカップル。
外が寒いせいで、一度お湯につかると出るに出られないほど、僕にとってはぬるかったのですが、一緒に行ったベルギーの老夫婦は、熱すぎて入っていられない・・・と言ってそそくさと出て行ってしまいました。文化の違いでしょうか。
photo2 翌朝、まだ夜が明けないうちに出発。コンドルが活発に行動するのは、朝なのだそうです。

眼下にはアンデネスと呼ばれる段々畑が広がります。
photo3
photo4 いよいよ展望台に到着。

下を見るのも怖いほどの渓谷が広がっています。

0007. DS 2005/11/21_22:18:08
photo1 ぽつりぽつりとコンドルの姿が見え始めました。
谷の底の方を優雅に舞っています。
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photo3 5、6翼のコンドルが滑らかに舞っています。コンドル自体に動きは全くなく、ただただ舞っています。
photo4 神の使いとして、インカの人々から敬われたコンドル。
この優雅な様を目の当たりにすると、この生き物を特別な存在として見たくなる気持ちが十分に理解できます。

0008. DS 2005/11/21_23:54:12
photo1 【訂正】
0001の書き込みで、コンドルのことを最大の猛禽類と書きました。その後調べたところ、遺伝子解析によってコウノトリに近い系統群であることがしられており、鷹・鳶などの通常の猛禽類とは異なるそうです。
因みに、生きた獲物を狩るのではなく、主に大型動物の死体を食べて生きているのだそうです。
「ウィキペディア」より

失礼しました。
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photo4

0009. DS 2005/11/24_21:42:32
photo1 アレキパからバスで10時間。インカ帝国(タワンティンスーユ)発祥の地、ティティカカ湖のほとりの街プーノに来ました。標高は3800m。
伝説では、この湖にあるIsla del Sol太陽の島がインカ帝国の始まりの地なのだそうです。

プーノからモーターボートに乗って、トトラ(葦)の浮島ウロス島やタキーレ島などに行くことができます。
photo2 トトラ舟にも乗ることができます。
photo3
photo4

0010. DS 2005/11/24_21:49:33
photo1 浮島の遠景。
島の端のほうに行くとふにゃふにゃしています。
photo2
photo3 湖上で暮らす子供たちの学校。
photo4 タキーレ島からの眺めは絶景です。

モーターボートを降りて島に上陸すると、長く急な階段を登らなくてはなりません。3800mのこの地では、少々きつい運動です。

0011. DS 2005/11/24_22:03:39
photo1 プーノからインカ帝国の都クスコへ、この鉄道で移動します。およそ11時間。鉄道のほか、バスでも行けるようです。
photo2 車窓からの風景。

リャマやアルパカだけでなく、羊もいます。
photo3 洗濯中。
photo4

0012. DS 2005/11/24_22:12:38
photo1 冬が終わった季節、まだ雪が十分に残っています。
photo2 途中、15分程の休憩にて。
photo3 列車が停まると、地元の人たちが物を売りに近寄ってきます。
photo4

0013. DS 2005/11/27_23:32:28
photo1 クスコ近郊、ピサックの市場。
photo2 ピサック村の教会前で、フォルクローレ演奏中。
photo3
photo4 おじさんがバスに乗り込んできて、フォルクローレを演奏してくれました。

0014. DS 2005/12/01_21:45:46
photo1 オリャンタイタンボ遺跡。
マチュピチュには遠く及ばないものの、見応えは十分。
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photo4 この遺跡が、まだ遺跡ではなかった頃に使われていた水道施設。廃墟となった現在でも、その機能は十分に果たしています。

0015. DS 2005/12/01_22:50:32
photo1 マチュピチュを見学するにあたり、拠点となる町はクスコ。ほとんどの観光客は列車を利用してマチュピチュを目指します。朝早く出発してお昼頃到着。日帰りも可能です。
中には、インカ道という当時の道路を3〜4日かけて歩く人もいます。同じ宿に泊まっていたドイツ人3人組は、全行程を歩いて行くと話していました。
ヘリコプターでひとっ飛びというのもできるようです。
photo2 クスコの街並。

列車が出発するとすぐに、何度も何度もスイッチバックを繰り返して高台に登ります。
その後は、ウルバンバ川に沿って、ただただのんびりと進んで行きます。
photo3 麓の村アグアスカリエンテス。
僕が行ったときはまだこの名前でしたが、現在は名称を変えたそうです。その名も、マチュピチュ村。
photo4 アグアスカリエンテスに着いて、バスチケットを買い、そしてマチュピチュ行きのマイクロバスに乗り込みます。
九十九折りになった道をおよそ20分登って行くと、ちらっちらっとマチュピチュの姿が見え隠れ。この地に強い憧れを抱いていた人ならば、きっと胸の高鳴りを抑えられないことでしょう。僕もその1人。徐々に緊張感が高まり、手に汗を握っているのを感じます。

この日は曇天模様、ちょっと肌寒いくらい。雲を頂くマチュピチュはとても趣きがあります。

0016. DS 2005/12/02_22:11:02
photo1 感動に浸っています。
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photo3
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0017. DS 2005/12/02_22:20:20
photo1 日時計。
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photo3 この水道施設も、今でも使用可能。
photo4 1532年、スペイン人フランシスコ・ピサロによってインカ帝国滅亡。
1911年、アメリカ人ハイラム・ビンガムによってマチュピチュ発見。

この地から人間が去って以来、そして現在も、ここマチュピチュの主は、彼らかもしれません。
のんびりと草を食みながら、ここで生活しています。

0018. DS 2005/12/22_20:51:16
photo1 アグアス・カリエンテスで1泊し、2日目は朝からマチュピチュ探索です。前日の入場券を持っていれば、次の日は半額のUS$10になるという情報をどこかで聞いていたので、すっかりそのつもりでいたら、どうやらその制度は廃止されたようで、しっかりと$20払いました。
photo2 曇り空で肌寒かった昨日とは打って変わって、晴れて暑い。
目指すのは、この奥にそびえ立つワイナピチュ。
photo3 ワイナピチュの頂上付近。

細く急な山道を進むので、中には滑落して戻って来ない人もいるようです。その為、入山前に管理小屋で記帳してから登って行きます。
photo4 頂上からはマチュピチュの全景を望むことができます。絶対に登ることをおすすめします。

ここの標高は2300m程度なので、クスコなどの3000m超の街に滞在し、体を慣らしてからならそれ程苦にはならないと思います。

0019. DS 2005/12/22_21:07:40
photo1 頂上のちょっと手前にある建物。
photo2 マチュピチュの小さな住民。
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photo4 頂上まで行くと、マチュピチュ全景以外にも素晴らし景観を眺めることができます。

もちろん世界遺産に登録されているマチュピチュですが、遺跡群だけでなく、周辺に残された美しい自然も価値があるとして、文化遺産、自然遺産、その両方を合わせ持つ複合遺産としてユネスコに登録されているのです。

0020. DS 2005/12/22_21:24:54
photo1 グッバイ・ボーイ
photo2 来る時と同じように、アグアス・カリエンテスに戻るときもマイクロバスに乗って、九十九折りの道を下っていきます。
この少年は、走って直線的に降りていき、くねくねゆっくり進むバスを先回りしては、「グ〜〜〜ッバ〜〜〜ァイ」ととても良く通る声で、何度も何度も我々観光客を見送ってくれます。到着するとチップを貰うためにバスに乗り込んできます。
photo3 何人かのグッバイ・ボーイがいるようですが、全てのバスについてくるわけではないようです。運が良ければ・・・ということです。
どうしても彼らの気持ちの良い声を聞きたいのならば、彼らの様子を伺って、準備をしているようなら、そのバスに乗り込むというのも1つの手段です。



        〔終〕
photo4

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