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西アフリカ横断②(コートジボアール・ブルキナファソ)

0001. MM 2005/12/27_22:16:21
photo1 ガーナから無事コートジボアール入国。コートジボアールは12月末のクーデターで政変が起こり、不安定な状態が続いているかもしれないが、誰も騒いでないので問題ないだろう。国境からまずアボワッソまで向かうことにした。1時間強の道のりに検問所が10カ所以上あり、そのたびにパスポートチェックや荷物検査があって、時間がかかって仕方ない。でもワイロ要求はなく一安心。中には50メートルも走っていないのにまた検問があったりする。いい加減にしてくれ。
アボワッソに到着したのは午後2時。すぐにアビジャン行きのバスに乗り込むことが出来た。
photo2 アビジャン行きのバスは今までの窮屈な交通機関と違い、座席に荷物を置いて足も伸ばせるほど車内にゆとりがあり、今回の旅で一番楽な移動となった。
photo3 西アフリカでもっとも経済発展しているといわれるコートジボアール。幹線道路沿いにはショッピングセンターなどもあり、西アフリカ屈指の近代都市と言われるだけのことはあるが、期待したほどではなかった。トレッシュビルの街は他の西アフリカの都市同様、路地は舗装されていないし埃っぽい。人々の生活もあまり衛生的ではない。
「HOTEL LE SUCCES」という宿に泊まることにした。場所的にもそんなに不便ではない。しかし着いた時、水が出なかった。アビジャンでも断水か。
photo4 ホテルの屋上からはアビジャンの新市街、プラトーの高層ビル群が見渡せる。僕が滞在しているトレッシュビルは平屋ばかりだ。

0002. MM 2005/12/27_22:56:59
photo1 アビジャンに入ってまた人々の表情が冷たくなった。ガーナ人はあんなにフレンドリーだったのになぜフランス語圏に変わっただけでこうも変わってしまうのだろうか。本来ガーナもコートジボアールも民族的にたいした違いはないと思うのだが。
 宿に荷物を置き、市場や駅周辺、桟橋などトレッシュビルの下町を散歩してみることにした。ラグーンを挟んで対岸にはプラトーの高層ビル群が見える。目が覚めるほどの風景ではなかった。ビルは遠くからでも老朽化が進んでいるのがよくわかる。
photo2 コートジボアールの経済の中心地であるアビジャンは首都ではなくなったものの、今でも西アフリカ経済の中心地だ。かつては象牙貿易が盛んに行われていたが、独立後コーヒーやカカオの輸出により経済発展をとげた。その結晶はプラトーの高層ビル群という形で残っている。しかし現在はその経済も行き詰まっていて昨年末のクーデターにつながってしまった。治安は良くない。
photo3 坂の多い街と古い高層ビル群はなんとなくヨハネスブルグに似ている。西アフリカのニューヨークと言っても路上には物乞いやゴミの山。高層ビルがあること以外他の西アフリカ諸国とまったくかわりはない。
photo4 スーツを着た黒人サラリーマンが案外多いのはこの街の特徴かもしれない。ちょうど昼休みということで食堂以外全ての店が閉まっている。プラトーでは12時から15時まで商店は休みらしい。

0003. MM 2005/12/27_23:01:42
photo1 アビジャンの夜。ホテルの屋上からプラトーの夜景を眺める。
photo2 ブルキナファソのワガドゥグへの移動だが、僕はファーストクラスのチケットを買った。車両の位置は先頭の二両だった。クシェット(簡易寝台)かと思っていたがオープンサロンの座席車両で全席自由席だった。予約できないわけだ。無理して昨日チケットを買う必要はなかった。シート配置は1+2列とかなりゆったりしている。
photo3 車内に日本人がいた。今回の旅で出会った初めての日本人だった。しかし彼らは旅行ではなくテレビの取材で来ているらしい。テレビ朝日の「世界の車窓」の撮影できているらしく、ここに来る前、セネガルとマリの国際列車の撮影もしてきたそうだ。車内の10席分を占拠してそこには高価な撮影機材が積まれていた。日本人スタッフ5人、現地ガイド2人、そして武装したボティーガード1人の計8人。そこだけ違う世界が広がっていた。テレビカメラや液晶モニターなどアフリカ人がそれらの最先端のグッズを見てどう思っているのだろうか。それだけ高価な物を持っていたらボディーガードも必要になってくるだろう。しかし彼らは仕事という事もあり、列車に乗っている間ほとんど席に着く間もなく走り回っていた。
photo4 途中の駅にて

0004. MM 2005/12/27_23:06:04
photo1 「世界の車窓」は毎日放送されているが、わずか2分の番組だ。1つの場所を何週間かかけて進んでいく長寿番組で僕自身、意識して見たことはないが、誰でも知っている番組の一つだ。僕はこの番組の撮影は同じ場所を行ったり来たり何往復かしてそれらを編集し番組が完成するもんだと思っていた。しかし彼らはたった一度、しかも片道だけで全てを撮り終えてしまうらしく、それには驚かされてしまった。まさに失敗の許されない世界だ。彼らはコートジボアール最北端の街で降りていった。そこから待機している車でアビジャンへ戻るらしい。
photo2 「世界の車窓」の撮影陣は列車を降りていったが、僕の列車の旅はまだ半分しか過ぎていない。一体いつになったらワガドゥグに着くのだろうか。コートジボアールの国境に到着したのは朝4時過ぎだ。ここで出国のスタンプが押された。列車がブルキナファソの国境に移動したのは1時間後。ブルキナファソの入国スタンプが押され、駅を出発したのは9時前のことだった。
photo3 途中の駅にて
photo4 二等車両は混雑している。

0005. MM 2005/12/27_23:10:49
photo1 列車は走り続けた。前にいたフランス語しか喋れないブルキナファソ人と仲良くなり、一緒に食事をしたりして、今回の旅で初めて言葉の壁はそんなに高くないなと実感した。
photo2 列車は走る続ける。
photo3 ブルキナファソ第二の都市。ボボ・デュラソの駅。駅舎がこの地域独特のモスクをイメージされている。
photo4 列車に乗り、二度目の夕日。日が暮れ涼しくなってきた。ワガドゥグ駅に着いたものの駅舎の外にはすぐに出られないようになっていた。全員列車を降りるまで駅舎の中で待たされた。柵が解放されたのは30分後のことだった。出迎えの人でごった返している。タクシー運転手も声をかけてきた。しかし僕は歩いて宿を探すことにした。街へ出たものの暗くてとても歩きにくい。でもなんとかこの街で一番安い宿を見つけることが出来た。ここには日本人が3人泊まっていた。今回の旅行で日本人の旅行者に会うのは初めてだ。これから(マリなど)北上すると日本人に会う確率も高くなるかもしれない。

0006. 旅名無しさん 2006/01/05_19:30:24
photo1 ある日の夜、日本人3人とビールでも飲みに行くことにした。彼らは共に日本を出て1年以上がたち、1人は中南米そしてスペインからサハラ南下(1年半)、もう一組はスリランカからインド・東アフリカそしてスペインからサハラ南下(2年半)。そして彼らはセネガルからマリを通ってここブルキナファソにやってきた。今日の昼にも日本人の2人組に会い、その人たちはセネガルから来てこれからバスでガーナへ向かうと言っていた。ここブルキナファソ共和国は地理的にも西アフリカの中心でいろいろな国から旅行者が集まってくる。何もないが治安は良いし、人も他の西アフリカ(フランス語圏)に比べれば穏やかなので居心地はいい。アフリカの新たな(ダラダラする旅行者が滞在する)沈没国になる予感がする。
photo2 ブルキナファソの首都ワガドゥグは今発展まっただ中だ。西アフリカでは英語圏のガーナが建設ラッシュだったが、フランス語圏の中では間違いなくワガドゥグが輝いている。新市街には外資を誘致しようと小綺麗な街がすでに完成して活気がでつつある。この風景を見て西アフリカもまんざらではないと思ってしまった。
しかし印象のよかったワガドゥグで路上強盗に遭いパスポートを失った。それにより横断のルートが少し変わることになった。
photo3
photo4

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