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パプアニューギニアとグレートバリアリーフ

0001. MM 2006/01/21_18:40:57
photo1 2001年12月。オーストラリア北部とパプアニューギニアへ行くことにした。パプアニューギニアはまともなガイドブックもなく、情報がほとんどない。しかもラスカルとかいう盗賊が昼夜を問わずに出没して治安も悪く、観光には向かない場所だとのイメージがある。でもこの国は世界有数の原始的な国でもあり、興味深い。今回の旅行ではパプアニューギニアの内陸部には行けなかったので一般的にイメージする人々には出会えなかった。その反面、案外近代的なパプアニューギニアを知ることになった。
photo2 日本にもいよいよニューギニア航空が就航するようになっていたが、僕はコンチネンタル航空でケアンズへ向かい、ここで航空券を購入してニューギニアへと向かった。
今回の旅行ではグレートバリアリーフの拠点であるケアンズでスキューバダイビングのライセンスを取るのも目的の一つだ。
photo3 そんなわけでまずグアムにやってきた。アメリカなので空港は近代的だ。入国審査ではパスポートの中を見られ質問が多いがこれといった問題もなく通過。そして到着ロビーに出た。僕は一瞬自分の目を疑った。日本に戻ってきたのかと思ったからだ。それだけ日本の旅行会社の看板が多かったからでグアムに来たのは確かなようだ。バックパッカーは僕一人。全員団体観光客だ。みんな送迎車が迎えに来ていてホテルに直行だ。
photo4 今日の夜7時まで空港で待つのはかなり辛いので案内所らしき場所があったので安いホテルを紹介してもらうことにした。到着ロビーは日本人観光客でごった返しているが英語の案内カウンターは客が来ないので係員は暇そうにしている。そこで39$の宿を紹介された。24時間制なのでチェックアウトは出発ギリギリまでしなくて大丈夫だ。空港まではフリーピックアップがありサービスはなかなか良さそうだ。車で5分。ホテルの設備は完璧だ。
写真は翌朝。空港近くのモーテル。

0002. MM 2006/01/21_18:45:22
photo1 東京を出発したのは20:45でグアムに到着したのは日付が変わった1:20。乗り継ぎがあまりよくなくグアム発ケアンズ行きの便は19:55発だ。約18時間グァムに滞在することになる。ずっと空港にいるわけにはいかないのでホテルに向かったのだ。おかげで翌朝グァムを少し見学することができた。
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0003. MM 2006/01/22_22:11:10
photo1 翌朝、目が覚めたのは昼前だった。とりあえず歩いてグアムのダウンタウンであるハガッニャに行くことにした。しかしちょっと遠い。中心部には教会や銀行、学校などがあるが、この島は完全に車社会で歩いている人はほとんどいない。見晴らしの良いアフガン砦に上ってみた。青い空と珊瑚礁の海。それほど暑くもなく快適な島だ。タモンにも行きたかったが時間的に無理なのでホテルへ戻ることにした。
photo2 2時間前にグァム空港に向かいケアンズの出発を待つことにした。ケアンズ行きの便には極端に日本人の数が減ってミクロネシア系の客が大部分を占めている。でも機内放送は引き続き日本語でも行われている。
機内映画の「クロコダイルダンディ2」を見入ってしまった。オーストラリアへの思いがふくらむ。
4時間後ケアンズに到着。
photo3 到着ロビーに出た。しかし寂しいくらい人がいない。ホステルの客引きが何人か来ているかと思ったが、的外れだ。両替を済ませホテルへの無料電話で予約を入れることにした。しかしなかなか電話が繋がらない。夜中の2時だから無理もないが、何とか1件探し当てシャトルバスで宿に向かった。
photo4

0004. MM 2006/01/22_22:24:51
photo1 翌日ニューギニアへの航空券を探したが限られた代理店でしか買うことができず、1件の代理店を教えられた。日本語を喋るオーストラリア人がカウンターにいて、彼は自転車で日本中回ったらしく親日的なオヤジだった。
明日出発だと12月になり料金が高くなるところを、特別に今日までの11月出発料金で航空券を手配してくれる事になった。ついでにニューギニア国内線の予約も入れることにした。事実上ケアンズ発ポートモレスビー経由のマダン・イン、レイ・アウトのオープンジョーチケットとなった。航空券は税込みで890A$(6万円)。最初「高いなぁ」と思ったがアメリカドルに換算すると550$だ。国内線やすべての空港税が含まれていることを考えるとかなり得なのかもしれない。
photo2 出発当日の早朝、空港まではタクシーしかない。しかもタクシーの数が極端に少なく、電話をしてもずっと話し中だ。仕方なくホステルの前で流しのタクシーを待つことになった。30分待ってやっとタクシーを捕まえることができ空港へ向かった。空港まではたった3キロなのであっという間だ。
photo3 7時発のポートモレスピー行きはガラガラだ。ポートモレスビーまでは1時間半。
写真はニューギニア航空の航空機。パイロットはオーストラリア人だった。
photo4 ポートモレスビーに着陸態勢に入った。眼下にはいよいよパプアニューギニアが見えてきた。
到着後、入国審査のカウンターでビザを取得し荷物は国内線のトランジットカウンターへ預けることにした。マダンへの出発は夕方なのでそれまで市内に出ることができる。空港のターミナルビルから少し離れたバス乗り場までホテルのシャトルバスに便乗させてもらい、市内のバスに乗ることにした。ニューギニア人は僕にどこへ行くのか心配そうに聞いてくれ、目的のバスを親切に教えてくれる。ちょっとしつこいがみんな親切だ。

0005. MM 2006/01/25_19:13:00
photo1 ポートモレスビーの中心部「タウン」に向かう途中の雰囲気は露天が並びアフリカ的な騒然とした雰囲気だ。
タウンに到着。近代的なビルが中途半端に建っている。ショッピングセンターやファーストフードなどもあるがいまいちパッとしない。タウン脇のビーチは人がたくさんくつろいでいてフレンドリーな人が多い。ここでは僕は子供たちの注目の的だ。みんな無邪気だ。そんなわけでつかの間のポートモレスビー滞在を終え空港へ戻ることにした。
photo2 ポートモレスビーの国内線ターミナルは国際線とは一変して現地人が溢れ座るところもない。さすがにこの国には地方へ行く際、道路がないところが多いので空路を使わないと話にならないのだろう。超満員でマダンへ向けて飛び立った。
マダンは雨。地元の人に市内へ向かうバス乗り場を教えてもらいスムーズに市内に入ることができた。バスの運転手にルター派ゲストハウスに行きたいというとバスは他にも客が乗っているにもかかわらず、遠回りしてくれゲストハウスの前まで連れてきてもらった。バスなのにタクシー感覚だ。運転手や他の乗客に感謝。マダンの宿は安くはないが家庭的で快適。夜は外に出ることができない(出ても何もない)ので宿で食事を取ることになる。
photo3 マダンに来た理由、それは旧日本軍の飛行場跡地に行くことだ。自力で行くことも可能だが、安全を考えマダンリゾートに立ち寄ってツアーがあるか確認してみた。午後に人数が集まるので飛行場といくつかの村をまわるものがあるらしいので参加の申し込みをすることにした。
photo4 とりあえず午前中はボートでマダンのラグーンにある島へ行く事にした。何カ所か行ってみたかったがアメリカ軍の爆撃機の残骸が残っているシア島に行く事にした。定期船などなどないのでボートをチャーターすることにした。

0006. MM 2006/01/25_19:17:50
photo1 飛行機の残骸は椰子の木の下敷きになっていて海水による浸食が激しく、まったく原形をとどめていない。ただの鉄の塊になっていた。ちょっとわかりにくいが探してください。
photo2 島の子供たち
photo3
photo4 帰りはビリアウ島に沈む、旧日本軍の貨物船を見学にむかった。途中の島々は波も穏やかで透き通るような美しさだ。

0007. MM 2006/01/25_19:19:04
photo1 ビリアウ島に沈む、旧日本軍の貨物船。こちらも海に沈んで半世紀がたち船の形をしているが、無惨な姿へと形を変えている。
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0008. MM 2006/01/25_19:23:57
photo1 帰りはビリアウ島に沈む旧日本軍の貨物船の続き。
photo2
photo3 午後スーパーマーケットへ行き食事を済ませ、午後2時前マダンリゾートへ向かった。今日は午後も天気が良さそうだ。しかしツアーに参加する予定だった他の外国人3人はキャンセルしたらしい。そりゃないだろう。一人でも参加できなくはないが高くつく。基本的に日本軍の飛行場跡地以外興味ないので自力で挑戦してみよう。目的地はマダンの数キロ北にあるアムロンという場所だ。
photo4

0009. MM 2006/01/25_19:28:56
photo1 バスでノースコーストに空港への入り口に到着した。しかしブッシュロードの中を入っていくのはずいぶん勇気がいる。この藪の中を30分も歩かなくてはならない。強盗はいないだろうが変な動物がいると怖いし一人だと助けを呼ぶの不可能だ。その時椰子の木を採って生計を立てている現地人に出くわした。彼が飛行機の残骸まで案内してくれることになった。6キナ(234円)で彼と交渉が成立した。この男を信用できるのかどうかは分からないが、とりあえず殺されることはないだろう。ここまで来て街に戻ってしまったら一生後悔しそうだ。
写真は案内してくれた男。
photo2 歩くこと30分。一人だと不安でとても歩くことはできないような道を延々と進んだ。こんなところ一人で来るのは不可能だ。入ったはいいが元の道路に戻れなくなるのは確実だ。滑走路だったと思われる道をひたすら奥へ向かった。
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0010. MM 2006/01/25_19:31:16
photo1 その奥には旧日本軍の軽飛行機の残骸が原形をとどめていた。しかし半世紀もの間ここで風雨にさらされ損傷の激しさが痛々しい。
 
photo2
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photo4 帰りはバスがなかなか捕まらず、結果としてヒッチハイクでマダンへ戻ることになった。日本人は目立つうえ、ここは親日国家なのでヒッチハイク天国だ。この国で車に乗っている人はエンジニアが多く信用しても問題なさそうだ。そんなわけで宿の前まで送ってもらいビールまでもらった。

0011. MM 2006/01/27_18:25:36
photo1 翌日はマダンの街を散策することにした。しかし何もない。マーケットへ行ってみた。スイカと山芋が目立つ。あと海草のような物もよく売っているが、どうやって調理するのだろうか。マダンに到着したとき雨でこの先思いやられそうだと思っていたが、その後晴天続きでさわやかな日が続いて良かった。と思っていたら日が暮れてから大雨になり激しく雷が鳴り出した。少し寝苦しい。
photo2 昨日の豪雨で今日の天気は心配したが、天気は一転快晴だ。朝食を済ませ3日間世話になった、ルター派ゲストハウスをあとにした。そしてマーケット近くのバスターミナルでレイへ向かうバスを探した。バスといってもこの国ではワゴン車しかない。大型バスは一度も見なかった気がする。
バス(ワゴン車)はすぐに見つかったが、満員になるまで40分ぐらいかかり、その後少し休憩をとったりで本格的にマダンを出発したのは9時になってからだった。
photo3 途中ジェットコースターのようなアップダウンの激しい道を猛スピードで走り、橋のない川の浅瀬を渡り、水にストックしそうな凸凹道をなんとか走り抜けた。
photo4 ジャングルの中の裸族のマーケット。バラエティー豊かなアドベンチャー旅行だ。でもこの楽しい移動も最初の2時間ぐらいで終わり、その後レイまで乗り心地のいい平坦な道を走り続けた。レイに到着したのは7時間後の午後4時半だった。時間はかかったがそんな大変な移動ではなかった。

0012. MM 2006/01/27_18:31:45
photo1 レイの宿が高くて困る。サルベーションアーミーが安いがそれでも90キナ(3510円)もする。サルベーションアーミーの部屋に戻った。部屋はコンドミニアムで生活に必要な物はすべて付いているが、キッチンはお湯を沸かすくらいしか使わない。しかも夕方停電になった。エアコンもファンも止まり汗ダラダラだ。1時間ほどで電気は復旧したが、レイも治安が悪いので夜間は外出不可能だ。
photo2 サルベーションアーミー
photo3 近くに学校があるため午前中はにぎやかだ。この日はポートモレスビーへの移動だ。10時過ぎ子供たちの見送りを受けて徒歩でミニバス乗り場へ向かった。
一度メインマーケットへ出て空港行きのバスに乗り換えた。
photo4

0013. MM 2006/01/27_18:36:43
photo1 ポートモレスビーに到着。1週間ぶりに戻ってきた。
 バスでボロコ地区へ向かった。ここにはロンプラにも載っていない安宿がある。名前は「ドブ・ゲストハウス」1泊20キナ(780円)で泊まれるらしいがずいぶん外観は立派だ。旅行代理店がレセプションで部屋の鍵を渡された。どうやらシングルルームのようだ。と思いつつ階段を上がり部屋の扉を開けた。部屋を見て一瞬自分の目を疑った。部屋は広々としていてキッチン、冷蔵庫、ソファー、そしてホットシャワーに清潔なトイレ。日本語の唯一のガイドブック「ニューガイド」の編集者に感謝。
photo2 ボロコ地区にはスーパーマーケットが何軒かあって食べ物屋も多い。しかし治安が悪い。泥棒やひったくりなど3時間の間に2回も見てしまった。おとといはレイのスーパーマーケットの前で泥棒と警官がもみ合っていたし、この国は予想以上に危険が身近に感じられる。
photo3 クキの水上集落とマーケットを見学に向かった。遠目にはのどかだが近づくとゴミが多く異臭が満ちている。
photo4 コキからタウン地区に向かおうとバスに乗り込み、座ろうとしたら後ろにいた男がバスの車掌から小銭袋をひったくって逃げようとした。結局住民に捕まり袋にされてしまったが、おそらく周囲の全員が日本人である僕に注目していたスキに起こった犯罪で僕が犯人にきっかけを与えてしまったようだ。困ったものだ。

0014. MM 2006/01/27_18:42:02
photo1 タウンに行き民芸品の店に入ってみた。コテカ(チ▲コケース)が小さい物で15キナ(585円)、立派な物だと44キナから55キナとそれほど高くない。しかし持って帰るのが大変だし、オーストラリアの検疫を無事に通過できるのかが心配だ。
photo2 ポートモレスビーのタウン地区はいつも人でごった返している。
photo3 タウン地区に日本食レストラン「一膳」が先月オープンしたらしい。さっそく入ってみた。高級店のため車でしか人が来ないのか駐車場側の裏口が主面玄関になっていた。オーナーは中国系フィリピン人でメニューに日本語はあるが、みそ汁にレンゲがついてくるところが未熟だ。日本人経営のレストラン「大黒」から移ってきたスタッフが数人いて片言の日本語が分かるらしい。「大黒」という日本食レストランは南太平洋の国々にチェーンを持っている有名な店だ。
パプアニューギニアは貧乏旅行の日本人にとってスリランカ、バングラデシュとともに世界三大VIP待遇国家だ。大変居心地がいい。
photo4

0015. MM 2006/01/27_18:49:26
photo1 宿に戻り、荷物を受け取ってタクシーで空港へ向かった。
定刻より少し遅れて、19時にポートモレスビーを出発。機内食は酒も出て本格的だ。
オーストラリアのケアンズに到着し、入国時検疫でニューギニアの土が付いているとかで靴を消毒させられた。相変わらず神経質な国だ。
シャトルバスで市内には入ったのは午後9時前。今回は中心部にあるHOSTEL89に止まることにした。。近くにフードコートがあったり、まさにケアンズの中心部で何をするにも便利だ。
photo2 結局ケアンズ中心部の「HOSTEL89」には7泊もしてしまった。この間ダイビングのオープンウォーターを取得したわけで充実したケアンズ滞在を経て移動することにした。
目的地はアーリービーチ。所要10時間だ。距離的には800キロ弱だが、クィーンズランド北部は高速道路網が整備されてないので時間がかかる。アーリービーチには世界一美しいといわれる「ホワイトヘヴンビーチ」がある。
photo3 快適な移動だと思っていた矢先、途中のタウンズビルでバスにトラブルが発生した。運転席横の窓ガラスが外れかかっているらしく、その修理でバスを一度降ろされ、2時間待たされた。オーストラリアのバスもかなりいい加減だ。
photo4 その後スピードを出し、途中の休憩時間もほとんど取らず、定刻に戻そうとしている運転手の努力が伺われる。しかしアーリービーチに到着したのは1時間遅れの午後7時前だった。宿は街の中心でも良かったがこの街にあまり用はないので郊外の安い宿にピックアップで向かうことにした。部屋はバンガロウタイプで値段の割にかなり快適だ。しかし林の中にあるので虫が多い。

0016. MM 2006/01/27_18:51:08
photo1 夜一度アーリービーチの街に出た。リゾート地らしく観光客でごった返しているがのんびりとした雰囲気の繁華街だ。フィッシュアンドチップスを食べ宿に戻ることにした。それにしてもこの街は極端に日本人が少ない。今朝までいたケアンズが日本人が多すぎたということもあるが、アーリービーチに日本人がまったくいないのはそれ以上の驚きだ。この街で見かけるアジア系は必ず韓国人だ。
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0017. MM 2006/01/27_18:55:50
photo1 アーリービーチまではるばる来たのは世界一美しいと言われるビーチ「ホワイトヘヴン」があるからだ。自力では行けないのでツアーに参加することにした。
当日朝9時過ぎにピックアップが宿にやってきた。せっかくだからスキューバダイビングもやりたかったが、今日はビーチに重点を置きたかったのでシュノーケルのツアーを予約したのだった。港からボートに乗り沖合の数カ所の見所を回ることになる。午前中は洞窟やビューポイント、そしてシュノーケルをしたあと、昼すぎにホワイトヘヴンビーチに向かった。
photo2 ビーチに到着し食事(弁当)したあとくつろぐことにした。グレートバリアリーフを代表するビーチでしばしば絵はがきのイメージ写真として利用されるホワイトヘブンビーチ。世界一美しいかどうかはわからないが、このビーチは鳴き砂が広がり、無人島にあることもあり、辺りは静寂に包まれている。我々以外、人がまったくいないので砂に足跡もない。そんな感じで気軽に来られる場所としては十分世界一と言われる条件は満たしていると思った。すばらしいビーチだ。
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photo4 ツアーに参加していたフランス人の女の子。

0018. MM 2006/01/28_16:29:01
photo1 朝9時過ぎ、ピックアップにバスターミナルへ送ってもらい、ケアンズ行きのバスに乗り込んだ。再び時間の長い道のりだが、今度は故障しないことを祈りたい。今日のバスは来たときのバスとは違いかなり混み合っている。昨日同様タウンズビルで食事を済ませ、ケアンズに到着したのは日が暮れた午後7時半。雨が降っている。ここ数日雨が多い気がする。
ケアンズの中心エスプラネードへ向かい、時間をつぶしたあと空港へタクシーで向かった。出発まで3時間以上あったがチェックインはもう始まっていた。
ケアンズの空港にはシャワーがあり、さっぱりしてから飛行機に乗ることにした。3時間前に空港に来たのに二度の荷物検査にかなり時間をとられほとんど待つことなく搭乗が始まった。
photo2 あっというまにグアムだ。ノースウエスト航空の東京行きまで4時間待たなくてはならない。少し仮眠をすることにした。やがて出発時間が近づいてきた。しかしどうも様子がおかしい。確かに機体はあるのに搭乗口には客が誰もいない。でも出発モニターは「ON TIME(定刻)」の表示が出たままだ。わけがわからない。結局出発時間を過ぎても何の変化もないので係員に聞いてみた。すると欠航という返事。だったらなぜ搭乗券が発行されたんだ。それはともかくモニターに何の表示も出てないのはどういうことだ。文句を言ってもしょうがない。とにかく今日中に帰りたい。なんとかならないのか?係員に詰め寄った。
photo3 責任者らしき偉そうな南洋系のオヤジが出てきて謝罪されたあと保証を受け取ることになった。10$分の食事券とテレホンカード、そして次回から使える100$の航空割引券。そしてヘッドレストの引換券が手渡された。まぁこちらとしては6時間遅れただけでこれだけもらえたので正直嬉しい。振り返られたスケジュールはサイパン経由だ。
photo4 突然のサイパン経由。グアムの空港でラーメンとビールを飲んだあとプロペラ機でサイパンへ向かった。サイパンはアメリカの保護領で北マリアナ連邦という国だ。中途半端な地域だが入国審査や通関は独自のシステムと使っていてアメリカ的なグアムとは全然雰囲気が違う。上空から見た道路など舗装されてない場所が多くかなり貧しい雰囲気も漂っている。空港も貧相で南の島に来たなという感じがする。

0019. MM 2006/01/28_16:30:18
photo1 サイパン発東京行きのノースウエスト航空はB747。超満員だったがなぜか僕の隣には誰も人が座ってこなかったので3人席を独占し、つかの間の快適な空の旅となった。東京まで3時間半。あっというまだった。
(おわり)
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