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アンコールワットの町・シェムリアップの思い出

0001. 旅蔵 2006/03/20_22:58:50
photo1 1999年10月から11月にかけて、東南アジアを周遊しました。これは、そのときのカンボジアを旅したときの思い出です。
ここには、あのアンコールワットの遺跡があります。
photo2 バンコクから陸路でアンコールワットの町・シェムリアップへ向かいました。旅の本によると、ポルポト派の残党が旅客を襲撃するから陸路は危ないので、空路(プノンペン経由)で行きなさい、とありましたが、宿のおばちゃんに聞いたら、みんな陸路で行ってるわよ、ってわけで陸路で行くことになりました。陸路だと交渉にも寄りますが、500バーツ前後(1バーツ約3円)と格安で行けたからです。
行き方ですが、まず、宿のおばちゃんにパスポートを預けてカンボジアの入国ビザを代理取得してもらいます。パスポートを預けるのは多少不安でしたが、2,3日で入国ビザのスタンプを押したパスポートが戻ってきました。出発の日は、早朝ピックアップバスが宿まで迎えに来てくれます。
左の絵はカンボジアの入出国ルートです。バンコクからシェムリアップ、プノンペンを抜けてベトナムの
photo3 ホーチミンというルートです。
話は戻りますが、バンコクからタイ国境の町アランヤプラテートまでは快適です。舗装道路の上をエアコンの効いたワゴンで数時間で着きます。朝7時前に宿を出て昼前に着きましたから5時間ぐらいでしょうか。タイ国境では、「カンボジアへは自己責任で行け、我々は一切の保障をしない」みたいな脅し文句が入国ゲートの近くの壁にペイントされていました。この頃の(今でもそうかもしれませんが)カンボジア側の国境の町ポイペットでは、ポルポト派の残党が夜な夜な出没して非常に危険だったそうですから仕方ありません。首都プノンペンでも深夜にパンパンという銃声が毎夜聞こえてましたね。
さて、無事?カンボジアに入国すると、今度は中型のトラックが僕らを待っていました。宿のおばちゃんが、車はタイ側はインサイド、カンボジア側はアウトサイド、と言っていましたが、ここで漸く意味がわかりました。
photo4 僕らはトラックの荷台に僕らの荷物を平らに敷き、その上に乗り込みました。バックパッカーは僕らを含め、十数人いましたから明らかに定員オーバー。荷台の外側に座った人は足を外に投げ出します。バンコクと違って道はガタガタ、大きな溝に車がはまった時など落ちそうになりながら、アンコールワットの町・シェムリアップへ向かいました。到着したのは夜の23時頃。髪の毛は砂でバリバリになり、白いTシャツは茶色に染まっていました。顔や手も砂でザラザラです。かなりハードな移動でしたが、車が村を通る度に、村の子供たちが「ハロゥ!ハロゥ!」と手を振って裸足で(靴が買えない)追いかけて来てくれるのや、自然の風景や、荷台の上での歌や会話など、結構楽しい移動でした。でも、もう二度とこんなハードな移動はしたくありませんが。

0002. 旅蔵 2006/03/20_23:32:36
photo1 アンコールワットのチケットです。3日間のフリーチケットで40ドルでした。1日券は20ドル、7日券は60ドルです。
遺跡見学は二日目の途中ぐらいから飽きてきます。
photo2 シェムリアップからアンコールワットまでは5キロちょっとあります。僕らはバイクタクシー(運転手付き)を3日間チャーターして、アンコールワットを含む遺跡群を回りました。
photo3 僕はポイペット国境で会った日本人パッカー二人と見に行きました。
photo4 この運転手はバイクタクシーを始めたばかりで、外国人相手の商売なのに英語が全くしゃべれませんでした。黙々と運転するだけで、表情も変えないし、ロボットみたいな顔の、サイボーグみたいなやつでした。どうでもいいけど。

0003. 旅蔵 2006/03/20_23:47:01
photo1 向こうに見えるのがアンコールワット。
photo2 典型的な東南アジア系バックパッカーの出で立ちの二人。
photo3 この石の通りの右側に座っている男の子は、地雷で手足を吹き飛ばされた子供です。
photo4 今となっては邪魔な二人。(このポジションからのアンコールだけの写真がないのですみません)

0004. 旅蔵 2006/03/20_23:56:09
photo1 アンコールワットは、僕のイメージでは紀元前ぐらいのものかと思っていましたが、意外や新しく、12世紀に建てられたとの事です。
photo2 表参道からだと夜明けをバックにしたアンコールワットを拝むことが出来ます。眠いけど。
photo3
photo4

0005. 旅蔵 2006/03/21_12:36:49
photo1 Google Earthより、シェムリアップとアンコール遺跡の衛星地図を紹介します。
photo2 まずは、アンコールワットの中へ。
これは、中央祠堂から西大門を見たところ。
photo3 ワットは、寺院という意味で、アンコール・ワットとは、クメール語で「寺院のある町」だそうです。
photo4 中央塔堂に来ました。65m程だそうです。

0006. 旅蔵 2006/03/21_12:53:48
photo1 お約束で、中央塔堂を登りました。かなり急です。
photo2 アンコールワットはクメール建築、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神を祭る寺院とのことです。
photo3 向こうでもらったアンコール遺跡の地図です。
この後、北方に位置するアンコールトム、および、その周辺の遺跡をバイクタクシーで回りました。
photo4 これは、シェムリアップの地図。
この頃は、ほとんどの道路が未舗装でしたが、大きなホテルがぞくぞくと建設を始めていました。この前、TVで見たら道路も舗装され、遺跡観光もずいぶんしやすくなったと思います。

0007. 旅蔵 2006/03/21_13:16:12
photo1 アンコール・トム南大門に来ました。四面観音菩薩です。
photo2 アンコールトムの中央に位置するバイヨンで記念撮影。
photo3 アンコール・トムは、「大きな町」という意味だそうです。
photo4 アンコールワットでは、ほとんどの仏像の顔が、ポルポトによって破壊されていましたがが、こちらアンコールトムは程度がいいです。

0008. 旅蔵 2006/03/21_23:49:26
photo1 遺跡の周辺は、英語の達者が物売りのガキンチョがたかってきますが、中はのんびり出来ます。
photo2 この頃はウザいと思っていた物売りも、他の貧国では、外国人旅行者から泥棒や強盗したり、物乞いしたりがほとんどですから、カンボジアの人達は貧しくても労働で生計を立てようとする所がとても真面目です。そして家計を助けようとする子供はいじらしいです。裕福な家庭の日本の子供はいじらしくないです。
photo3 遺跡めぐりはいつもそうですが、似たようなところばかりだと、だんだん飽きてきます。
photo4 それぞれの場所に名前が付いていますが、頭の中はしっちゃかめっちゃかです。

0009. 旅蔵 2006/03/22_00:06:02
photo1 この三人は帰国してから一度のみに行きました。一人旅は気ままでいいですが、思い出を共有できる相手がいないので、旅仲間は貴重です。価値観も合う所が多いですし。
photo2 像のテラス。
photo3 アンコールトムを離れて、どこか近くの広場で、象に乗せてもらいました。象の体毛は、硬い棘のようでした。
photo4 広場の上の山を登るとアンコールワットを眺められました。

0010. 旅蔵 2006/03/23_21:04:57
photo1 こちらは、シェムリアップで宿泊したゲストハウスの名詞です。
こっちじゃ、かなり裕福な家庭で、オーナーの人も良いし、子供たち(もう成人したかも)も教養があって、安心して泊まれる宿です。夕食や昼食も何度がごちそうになりました。
photo2 この東南アジアの旅行の一番の思い出は、このゲストハウスに滞在した1週間でした。オープンテラスに集まって毎日ワイワイやってました。大人になって、こんなのんびりした日々を一生に一度ぐらい味わいたいものです。
photo3 郵便局の近くの公園から川向こうを撮影しました。因みに、ここから日本に宛てた絵はがきの到着率は66.6%でした。
photo4 たまに宿のみんなとマッサージに行きました。東南アジアというと、タイ・マッサージが有名ですが、カンボジアには、アンコール・マッサージと言うのがあります。マッサージ師は全員盲目です。
この写真は、そのときのレシート。

0011. 旅蔵 2006/03/23_21:21:25
photo1 遺跡観光再開です。アンコールワット、アンコールトムの周辺の遺跡群観光です。ここは、ガイドブックによるとプラサットクラヴァンと言うそうです。
photo2 ここは何処か覚えていませんが、遺跡は壊れ具合がいいですね。
photo3 暑いので一服であります。
photo4 っここはプレループというそうです。

0012. 旅蔵 2006/03/23_21:37:09
photo1 中心にある象の像を囲んで記念写真を撮ったんですが、象の像が見えにくいですね。
photo2 わざとらしい僕の演出に色々と付き合ってもらいました。これは竹を削ったあちらの楽器を三人で鳴らしている写真です。口に当てて片方の先を指ではじいて震わせて鳴らします。口内の大きさや形を変えて音階を変えます。
photo3 二人はまた一服であります。
photo4 こちらは一人になってもまだ楽器を鳴らしてます。
ここは、ニャックポアンという沐浴場だそうです。

0013. 旅蔵 2006/03/23_21:55:19
photo1 聖なる剣プリヤカーンの参道。奥に見えるのが西面塔門。
photo2 プリヤカーン。
入り口両脇の2つの座像の頭部がないのはポル・ポトによる破壊のせい。
photo3 スポアンという巨大な樹があちこちで遺跡を飲み込んでいました。
photo4 クメール人の女の子と2ショット×3。
遺跡の中で暮らしていると言ってましたが、本当でしょうか?周りでは、幼い兄弟が遺跡の中を遊び場にして元気にはしゃぎ回っていました。

0014. 旅蔵 2006/03/24_21:39:43
photo1 アンコールワットの周りに散在する遺跡は多すぎて、そろそろ苦痛です。
photo2
photo3 飽きてくると、こういうゲテモノを撮りたくなります。スンマセン
photo4 スラスランという人工湖。王様の水浴場だそうです。ここから子供たちが、ばしゃんばしゃんと飛び込みをやってました。
また、シェムリアップの西方にも大きな自然湖があります。

0015. 旅蔵 2006/03/24_21:54:00
photo1 タ・プロームという寺院遺跡(だと思う)。ジャックとマメの木。
photo2 遺跡にガジュマロの木が覆い被さり、新たな美を形成しています。
photo3
photo4 未完成の遺跡タケウ。
勝手な思いですが、アンコール遺跡の美と、帝国海軍の軍艦の美は、すごく似ているような気がします。

0016. 旅蔵 2006/03/24_22:44:00
photo1 アキラの地雷博物館のパンフレット。
遺跡からシェムリアップに帰る途中、バイクタクシーの運ちゃんに頼んで、寄ってもらいました。博物館と言っても農家の庭先です。
photo2 地雷に注意!の看板です。
photo3 ★写真はこれで終わりです。この後、僕は、あのきつかった道をバンコクへ戻るのが嫌でカンボジアの首都プノンペンへ向かいました(宿の人に頼むとピックアップバス(ワゴン)が迎えに来てくれます)。前にテレビ(電波少年)で、シェムリアップへの荒れた道を平らに直しながら進んで行く日本人のドキュメントを感動的に放送していましたが、どうでしょう?各々の村の人は、悪い道に板を置くことで、小額の通行料を取って生活の足しにしていました。彼らにとっては貴重なキャッシュを得るための手段です(食べ物はあるのでしょうが、お金がないので衣類が買えないのでしょう)。僕は、この番組が善意の押し売りのような気がしました。
プノンペンでは、ベトナムへ行くためのビザを待って、数日滞在しましたが、理屈とか理想とか正義とか道徳とか言った言葉が安っぽく思える重い“現実”に人々が暮らしていました。具体的な何かは言いませんが、
photo4 ここには発見すべき“現実”と言う価値観が数多く存在します。
僕のカメラにはフィルムはまだありましたが、写真は1枚も撮れませんでした。
今でも脳裏に焼く付いている場面があります。プノンペンの街中を母親が子供の手を引いて歩いていました。お母さんは靴を買えないのでしょう、裸足です。子供は2,3歳ぐらいでしょうか?服も買えないのでしょう、素っ裸です。子供は、片手にビリビリのナイロンの紐を持っています。紐の先には、半分壊れたプラスチックハンガーが結んであり、それをおもちゃ代わりに、ガラガラと引っ張ってヨチヨチ歩いていました。こんな引っ張る玩具が日本にもあったように思います。壊れたハンガーではなく、ぴかぴかのプラスチック製のワンちゃんのオモチャですが。

0017. 旅蔵 2006/03/24_22:56:09
photo1 またいつか、こちらに来るときがあれば、今度はプノンペンの写真を載せたいと思います。<おしまい>
photo2
photo3
photo4

0018. 旅蔵 2006/03/27_23:39:58
photo1 〜オマケ〜

カンボジアの首都プノンペンの地図。
CAPITOLというゲストハウスでもらいました。
photo2 CAPITOLの名詞(表+裏)

ここのレセプションの女の子の日給は1ドル。外国人宿なので、英語が話せるエリートで、この日給は高い方だそうです。外国人を乗せるピックアップバスのドライバーの月給は60ドルだそうです。
photo3
photo4

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