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旅BBSメニュー>海外情報ノート
マグレブ(モロッコ〜アルジェリア〜チュニジア)

0001. MM 2006/06/08_22:42:15
photo1 2002年2月に北アフリカのマグレブと呼ばれるモロッコ、アルジェリア、チュニジアを旅したときの写真と旅行内容を紹介します。
最初の目的地モロッコへのフライトはアリタリア航空だったが、共同運行便ということで行きの便は経由地のミラノまでの往路のみ日本航空利用となった。機内はパーソナルテレビ付きで機材も新しくかなり快適だ。日本航空の最大の魅力は映画やオーディオを日本語で鑑賞できることだ。今まで日本から欧州へのダイレクト便はイスタンブールとモスクワだけで本格的なヨーロッパへのダイレクトフライトはこれが初めてだ。いつも東南アジア経由だった。
photo2 ダイレクトでミラノまで13時間。何となくヨーロッパに到着したのが信じられない気分でまだ東南アジアの空港で乗り継ぎを待つ気分だ。ミラノ・マルペンサ空港はそれほど免税店も充実しておらず意外だった。ここでEU諸国に移動する人は入国審査を受けることになる。ほとんどの人が別のターミナルに行ってしまったので日本人はほとんどいなくなってしまった。カサブランカ便への乗り継ぎは2時間ほどで搭乗口に行くと日本人の団体が乗り込んでいた。しかし個人旅行者は僕一人のようだ。アリタリア航空はおそらくモロッコへの最短ルートの一つ。かなり贅沢なフライトだ。
photo3 カサブランカには30分ほど遅れて23時前に到着した。調子のいい入国審査官に「こんにちわ、ハッハッハッ」とわめかれ、アラブ的な懐かしさを感じながら到着ロビーに出た。もうタクシーしかないだろうと思っていたが、一応案内所でバスかなんかないか聞いてみることにした。すると23時30分に最終の電車があるとのことだ。助かった。地球の歩き方によると22時30分で電車は終わり、タクシーで2000円ぐらい出さないと市内に行けないような事が書かれていたので諦めていたのだが、案内所で聞いて正解だった。
 
photo4 30分ほどでカサ・ボワイヤジュール駅に到着した。到着したとき寂しい駅だったので気づかなかった。とりあえず駅前に出た。そこにはタクシー運転手がたむろしていて駅前の安いホテルに行こうとすると「あそこは200DH(ディラハム)もするから150DHのいい宿を紹介するぞ。」と声をかけてきた。でも実際駅前の宿に行ってみると値段は60DH(704円)だった。シャワー代は別に5DH。モロッコの平均的な安宿だ。
写真は宿泊した駅前の安宿「HOTEL TERMINUS」。

0002. MM 2006/06/08_22:48:48
photo1 翌日は朝からアルジェリアの情報収集のため、結構遠いが歩いて新市街へ向かった。カサブランカはトルコ並みの生活水準で町並みの雰囲気はカイロといった感じで中心部は立派な建物が目につく。しかし交通量はそれほど多くなく、大都会と呼ぶには少し物足りない。中心部の旅行代理店でアルジェリアにバスで行きたいというと「国境は閉まっているので飛行機でしか行けない」と早速言われてしまった。数件旅行代理店を回ってみたがすべて国境は閉まっているとの答えが返ってくる。さすがに国境まで確認に行ってみようという気はなくなってしまった。この時点で完全に陸路でアルジェへ向かうという計画は諦めてしまった。
photo2 カサブランカからアルジェまでの航空券は税込みで1918DH(22470円)。ノーマル運賃であることを考えると思ったほど高くはない。陸路で行くリスク(リスクが楽しく思い出にも残るのだが)や案外高いモロッコの交通費を考えると迷いはなくなってしまった。出発は3日後。とりあえず丸2日モロッコに滞在できるようになったのでマラケシュに行くことにした。
photo3 11時35分にマラケシュ行きの列車があり、急いでホテルへ戻ることにした。かなり遠く途中でタクシーを拾った。料金は4DH。5DH渡したら釣りをよこさずフランス語でわめきだした。わけがわからん。これだからタクシーには乗りたくないのだ。1DH(11円)くらいやるけど。
 一度駅に行ってマラケシュまでの鉄道のチケットを買い、ホテルへ荷物を取りに向かった。
さて出発。写真はカサブランカ・ボワイヤジュール駅
photo4 モロッコの鉄道の時間は正確だ。マラケシュまでの3時間、車内はそれほど込んでおらず、車両はフランス国鉄の中古で、少し埃っぽいが快適な移動になった。マラケシュまで電化されているのもすごい。モロッコの鉄道に関しては先進国水準だ。

0003. MM 2006/06/09_15:16:57
photo1 マラケシュで滞在した宿。マラケシュどの宿も壁一面がモザイク。中庭があり雰囲気はいい。しかし安い宿は部屋が狭く通気性が良くない。
photo2 アル・マンスール・モスク。
photo3 ホブ門(手前)と向こうに見えるのが旧市街への入り口であるアグノウ門。
photo4 マラケシュの女学生たち。イスラム今日のモロッコでもモロッコは案外西洋的だ。

0004. MM 2006/06/09_15:19:26
photo1
皮なめし職人地区に行ってみた。街中が迷路のメディナでは辿り着くのが大変だ。道に迷うことはまずない僕だが、まともな地図がないので案の定現在地がわからなくなってしまった。気づいたときには全く違う方向へ歩いていた。人に聞けば簡単かもしれないが、聞く人を間違うと案内されバクシーシを要求されてしまう。聞いている場所を見られても困る。とにかく僕が皮なめし職人地区を目指しているということがバレないようにしなければならない。目的地に近づくにつれ、皮なめし屋の案内人が声をかけてくる。かなりうっとおしいので金は払わないぞと念を押して一人の男について行くことにした。
photo2 街の臭いで近くに目的の場所があることが感じられる。ある一軒の家の裏に回ると皮を加工している風景が広がっていた。一通り見学して帰り際、予想通り金を要求してきた。とりあえず10DH位払うのは覚悟していたので黙って渡すことにした。少ないとかと言っているが相手にしているとキリがない。
photo3
photo4

0005. MM 2006/06/09_15:21:20
photo1  フナ広場に戻った。モロッコのすべてがこの広場に詰まっていると言われる有名な場所だ。フナ広場を見下ろすテラスでチャイを飲みながら広場を眺めることにした。騒がしさは延々と続く。大道芸人もバカ騒ぎ。なんかよくわからない場所だ。
photo2 夕方フナ広場の屋台で食事をとることにした。メニューがちゃんとあり、明朗会計で頼んだのに出てこない事はあるが頼んでもないモノが出てくることは絶対ない。しかし客引きはすさまじく、一帯に怪しい日本語が飛び交う。結局3軒の屋台で食いまくり、満腹。
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0006. MM 2006/06/09_15:24:58
photo1 翌日、日曜の朝。マラケシュは昨夜の騒ぎでゴミが散乱し、人はまばらで野良犬が徘徊している。8時前にバスで駅に向かった。列車は9時発で出発間際には車内は超満員になってしまった。列車はモダンだが車窓の風景は荒野で羊を飼う遊牧民のテントなど都市部とのコントラストが激しい。
 
photo2 3時間でカサブランカに到着。新市街やメディナへのバスを探していると乗り合いタクシーが止まった。料金はバスと同じらしい。新市街の市場の前で降り、空港バス乗り場近くの安宿に泊まることにした。今回の宿はお湯ががんがん出て快適だ。
カサブランカで滞在した宿。HOTEL MON REVE1泊65DH(725円)
photo3
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0007. MM 2006/06/09_15:50:01
photo1 今日の7時50分のフライトでアルジェへ向かう。6時15分発の列車で行くと空港に到着するのは6時53分だ。モロッコの列車は正確だが、結構きわどい。駅まで歩いていくリスクを考えるとホテルのすぐ近くから出発する空港バスを使うのが無難のようだ。まだ夜明け前の早朝5時前にバス乗り場に向かった。野犬の足音が気になって仕方ない。こんな状況で駅まで歩いていくのは不可能だ。バスにして正解だった。バスは5時に出発。出発してから30分あまり海岸沿いのホテルを回り、その後高速道路を利用して空港へと向かった。
photo2  結果としてバスで来たのは大正解だった。モロッコの空港は一見モダンだが、途上国らしい要領の悪さにつけて、ロイヤルエアモロッコはアフリカ路線すべてを扱うチェックインカウンターが一つしかなく、アルジェ行き以外の客も殺到して大混乱だ。その後カウンターは増えてきたが、30分待たされてしまった。出国審査も大量の客(ヨーロッパへ帰る欧米人)がいてなかなか進まない。一人一人に時間がかかり、次々に審査場に人が入ってくる。もう列がどうなっているのかワケがわからない。結局空港に到着してから免税店に行くまで1時間以上かかってしまった。電車で来ていたら絶対間に合わなかった。やはり2時間以上前に到着するのは大原則だ。
photo3 ロイヤルエアモロッコでアルジェリアの首都アルジェへ向かう。
photo4 アルジェへのフライトは主要1時間45分。機内は超満員だ。朝食を食べてしばらくするとアルジェに着陸態勢に入った。眼下には近代的なハイウェイや集合住宅が広がっていて交通量も多い。やがて空港に着陸、バスでターミナルビルに向かった。ターミナルビルは8年の内戦の影響か少しくたびれていて、中は薄暗い。カサブランカが近代的すぎたからそう感じる。

0008. MM 2006/06/09_15:53:08
photo1  アルジェリアについて何もわからない。闇両替はあるのだろうか?外貨申告はあるのだろうか。さっぱりわからないので銀行で為替レートを紙に控えることにした。税関で外貨申告らしき紙を書かされたが、名前だけでいいらしい。そのまま到着ロビーに出た。観光案内所は閉鎖されている。ホテルの予約カウンターがあったので地図はないか聞いてみた。カウンターの人はフランス語しかわからず会話ができない。そして地図はないらしい。結局空港では何の情報も得られなかった。空港からのバスがあるのかもわからないし、街がどうなっているのかわからないのでタクシーで中心部へ出るしかなさそうだ。タクシー運転手はあまりしつこくないが、いざ値段交渉に入ると高い金を要求してくる。でも彼らに市内の安いホテルに連れて行ってもらうしかない。
photo2 空港から市内へ向かうタクシー。ハイウェイを突き進み右手には地中海が見えてきた。海上には大型船が停泊している。やがて前方には海を望む白い大都会が見えてきた。あれがアルジェか。
photo3 タクシーは車が溢れる市内中心部へと滑り込み、フランス建築が目に飛び込んできた。一瞬南仏コートダジュールにでも来たのかという錯覚に陥るくらい街の雰囲気が明るく開放的だ。白い建築物と青い海がまぶしい。明らかに今までのアラブ諸国とは何かが違う。道行く人や中心部の広場を見ていると何となくベイルートに似ている気もするが、この街は白い。今回の旅行で初めて興奮するものを感じた瞬間だ。
photo4 ホテルに着いた。約束通り10ユーロ渡すともう5ユーロくれと言い出した。相手にしていられないのでさっさとタクシーを降りることにした。外国人がいない国でもアラブ人のタクシー運転手は質が悪い。しかしやってきたホテルは満室だった。外にはまださっきのタクシーが停まっているのですぐに外には出られず、ホテルの中でしばらく待機だ。やがてタクシー運転手が走り去ったのを見極めて外に出ることにした。

0009. MM 2006/06/09_15:57:43
photo1 通りは人で溢れ、妙に活気がある。いったいこの国のどこが危険なのか。理由がわからなくなってきた。とはいえ観光客は全くおらず、全員英語を理解できない人たちなので誰も頼ることはできない。この街には観光案内所は存在しないようで、地図も手に入らず観光客が頼れるものは何もない。数件のホテルを訪ねたがすべて満室だ。どうなっているんだ。タクシーを再び捕まえようとしたが、すべてのタクシーが乗り合いタクシーになっていて流しのタクシーは全く走ってない。地図もない、タクシーも捕まらない。これではどこにも行けない。まだ正午。途方に暮れながら中心部の広場を彷徨った。
photo2 アルジェリア航空のオフィス前にやってきた。ここでチュニスまでの航空運賃を聞いてみることにした。はっきり言って今からチュニジアへ飛びたくなってしまった。でもこの国に来られたこと自体幸運だし、せっかく来たのだからもったいない。近くの旅行代理店で5つ星のホテルも視野に入れて泊まるところを探してもらうことにした。するとその旅行代理店の人が汚い宿なら近くにあると連れて行ってくれた。しかし連れて行かれた宿は満室。その近くにもう一軒あるということで数百メートル歩いた。するとついに1250DA(2125円)で部屋を確保することができた。そのホテルはセントラルヒーティングの効いた暖かい部屋になっていた。しかし断水している。とにかく今夜の野宿だけはさけられた。
ホテルの窓からの眺め。
photo3 一度旅行代理店に戻ったが、チュニス行きの航空券を買うにはバンクシートが必要らしく、購入は明日以降になってしまった。本当に空路で行くのかしばらく考える時間ができてよかった。
photo4

0010. MM 2006/06/09_16:03:40
photo1  本当にこの国には闇両替がないのか。確認のために数件の宝石屋やカメラ屋を当たってみた。しかしすべての店で銀行に行けと言われてしまう。1軒だけ両替にのってきた店があったが端数を切り上げただけで闇両替とは言い難い。アルジェリアは健全な国になりつつあるのだろうか。
写真はアルジェリア航空などもある新市街の中心部。この写真を撮影したあと婦人警官に職務質問を受けてしまった。
photo2  地図がないので中央駅がどこにあるのかすらわからない。港の方へ行くと錆びてない線路が目に入った。線路沿いにしばらく歩くと駅らしきものが見えてきた。駅前には黄色い乗り合いタクシーが並んでいる。鉄道ははたして運行しているのだろうか。駅舎へと向かった。近づくにつれ客の姿が見えてきた。廃駅ではないようだ。もしかしたら近郊列車だけで長距離列車は発着していないかもしれないが、構内に入ってみた。駅員によると、ここからアナバという街まで夜行列車が出ていて、そこから乗り合いタクシーに乗ればチュニジアへ陸路で行けると言われた。確信はないがこの駅員の言っていることを信用し、明日列車に乗ろうと思う。列車代はホテル代に比べてかなり割安だ。切符は事前予約はできないようで当日午後3時から発売されるらしい。
photo3 アルジェの港湾付近。駅のこの界隈にありフランス風の建造物が建ち並び眺めがいい。
photo4 駅近くの街を歩いていると安そうなホテルがたくさんあり400DA(680円)から泊まれることがわかった。しかし満室のところが多く、明日の12時に来いと言われる。明日の12時にもう一度出直していいホテルが見つかれば移動だ。
 新市街のホテルに戻った。断水は続いていてホテルの人によると明日の朝まで出ないらしい。水瓶にはふんだんに水が入っているのでとりあえず不自由はないが、これならお湯シャワー付きの宿としてのメリットはない。アルジェは水の大切さを感じさせてくれる街だ。

0011. MM 2006/06/15_22:32:03
photo1 深夜3時頃から水が出た。いつ水が止まるかわからないのでシャワーだけ浴びることにした。水は朝8時には再び止まってしまった。この宿には朝食が付いていてクロワッサンにコーヒーだ。10時前にこの宿をチャックアウトすることにした。荷物を預かってもらい安宿探しに向かった。アルジェの中心部で写真を撮ったら警官に職務質問され、取材許可証を見せろとか言われた。別に賄賂を要求しているわけではなく、真剣にテロを警戒しているようだ。とりあえず日本からはるばる観光に来ていて土産に写真が1枚ほしいとごまかしていたら解放された。この国はまだ戦時下だ。街中では警官が多く目につく。でも普通に歩いている分には呼び止められることは全くない。
photo2 安宿は駅前のある地域に集中していて、すべての宿はすぐにチェックインできず12時に来いという。何軒かいいホテルを決めておいてしばらく時間をつぶし、11時前第一希望のホテルに出向くことにした。しかしフロントに着くなり「今日は満室だ」と言われてしまった。何なんだ。第二希望のホテルで12時まで座って待つことにした。そして何とか部屋は確保できた。この宿の部屋からの眺めは最高だ。1泊600DA(1000円)。ただシャワーはない。
部屋からの眺め。
photo3 今日は雨が降ったりやんだりですっきりしない天気だ。雹も降ったりして安心して外を歩けない。午後少し晴れてきたのでカスバの方へ行ってみた。アルジェに来てカスバに行かなければ来た意味がない。
アルジェの町中はアラブの国らしく気さくな人が多い。
photo4

0012. MM 2006/06/16_07:13:22
photo1 モロッコやアルジェリアにはカスバと呼ばれる旧市街が存在する。しかしアルジェのカスバは観光客は誰も近づかない場所だ。僕がこの国を訪れた2002年の時点ではアルジェリアは内戦こそ終わった状態だが、不安定な状態で日本大使館もモロッコに避難している状態だった。とにかく行っては行けない国だった。建前上はテロや外国人誘拐とは隣り合わせだという頃になっている。アルジェのカスバはその中でもっとも危険な場所とされている。地図も案内図もないカスバに入った。迷路のような路地に入った。昼でも暗い狭い通路をが続く。
photo2
photo3 独特の建築様式で新市街の近代的なフランス風建築も興味深かったがこちらもなかなか見ていて面白い。
photo4

0013. MM 2006/06/18_00:03:11
photo1 親切な人と知り合い、カスバ建築の家に招かれた。そしてコーヒーをごちそうになった。
photo2 カスバにある家の屋上からの眺めは最高だ。
民家に上がらせてもらわなければ見られない風景だ。
photo3
photo4

0014. 旅名無しさん 2006/06/22_16:53:03
photo1 アルジェリア人と中心部の広場にて。
photo2 夕暮れの地中海
photo3 やがて日が暮れた。
今朝町中で見つけたハマム(公衆浴場)に行くことにした。断水しているアルジェだが、どういうわけかここだけふんだんにお湯が出る。これで45DA(76円)は安すぎる。もうホテルにシャワ−が付いているのかといちいち考える必要はない。
でもアルジェのハマムは基本的なイメージとは違いただの公衆シャワー室といった感じだ。
風呂上がりのアラブ街。銭湯帰りの日本の風景とは全然違い、変な感じがする。

真夜中、断水後に水が出だしたがしばらくは錆が混じっている。とても飲料水として利用できない。ペットボトルは水をためるためのものでホテルの備品だ。
photo4

0015. 旅名無しさん 2006/06/22_16:57:24
photo1 空路でチュニスへ飛ぶことを考えていたが、陸路でも問題なさそうなので列車でチュニジア国境に向かうことにした。とはいえ確実に列車に乗って国境を越えられるのか、まだまだ不安な部分は多い。昨日からホテルに泊まろうとするといつも満員ということでもしかしたら列車も予約をしようとすればすでに満員になっているのでないかなどすごく不安だ。とりあえずチケットは午後3時から発売される。
photo2 出発までアルジェの中心部の広場で時間をつぶした。しかし午後になるとまた雨が降りそうになってきた。アルジェの天気は変わりやすい。
photo3 雨が降ってから駅に行くのはいやなので早めに行って3時まで中で待つことにした。外は予想通り大雨。やがて3時になり切符を買おうとすると「今日列車が出発するかどうかわからないので6時にもう一度来い」と言われた。というかフランス語だったのでそういう風に勝手に解釈した。
photo4 おいおいおい。鉄道は直前まで運行するかどうかわからないのか。どうなっているんだこの国は。いつの間にか雨はやみここで6時まで待っているわけにはいかないので一度ホテルに戻ることにした。もしこのまま列車が運休になり、もう1泊しないといけなくなった場合、ホテルはあるのだろうか。まだ3時だから昨日から泊まっているホテルは空室があるが、これからどうなるかわからない。考えた末保険だと思ってもう1泊分お金を払うことにした。おかげで出発まで部屋でくつろぐことができる。ただ余分な出費を出してしまったので、もし出発できれば一等で行くつもりだったが、二等に変更だ。それより出発できるのか?

0016. 旅名無しさん 2006/06/22_16:59:25
photo1 アルジェの中心部の広場。
photo2  6時前再び駅に出向いた。窓口には数人が並んでいる。駅員と目が合い手招きされた。列車がちゃんと出発するようで一安心だ。二等の予約をしたがホテル代を払っているのでもう手持ちの金がなくなってきた。駅前にタクシー運転手がたむろしていて闇両替を持ちかけてみた。電卓に希望の額を打ち込み見せたらすんなりオッケー。無愛想なタクシー運転手だが声をかけてよかった。僕は運転手が財布から金を出すのを待った。運転手は財布から変なカードを取り出した。そこには「ポリシア」と書かれていた。頭の中が真っ白になった。僕は警官に闇両替を持ちかけてしまったのだ。もうこれで今回の旅行が終わると同時に旅行人生も終わりなのかなと気が遠くなった。また同時にこれからは真面目に生きようと当然の反省をしてしまった。
photo3 警官は無愛想な表情のまま「今何をしようとしたんだ?」と事情聴取に入ってきた。僕は「実は今、駅で切符を買おうとしたがお金が足らず、切符を買えなくて両替しなければならなくなった。でも銀行は閉まっているし、駅の中で両替できる場所はないし、そこで誰か両替してくれる人を探していたらタクシーの運転手が助けてくれるのではないかと思った」と言いながら本当に中身の入ってない財布を見せた。苦し紛れの説明ではあるが正当性もある。銀行が閉まっている時間でよかった。すると警官は「20ドル=1200ディナールなら両替してやる」と言ってきた。あまりにもレートが悪かったのでさっきの反省は忘れて断ってしまった。
photo4 警官は「じゃあダメだ」と笑いながらタクシーに乗ってどこかへ行ってしまった。助かった。こんなコントみたいな出来事があっていいのだろうか。それにしてもアルジェアの警官は腐敗してないようで本当によかった。どこかのアラブの国なら有り金全部巻き上げられるか刑務所へ行くかの究極の選択を迫られるところだった。

0017. 旅名無しさん 2006/06/22_17:07:37
photo1 とりあえず今日の20時45分発の列車で無事に出発できることになったので出発の準備をし、ハマムでシャワーを浴びることにした。8時過ぎにホテルを出た。夜のアルジェ駅に向かう道は薄暗く人通りも少ない。しかし駅に到着すると構内は人でごった返していた。1本の列車に乗るのにこれだけ人がいるものなのだろうか?ベンチに座ることはもちろん、落ち着いて立っている場所もない状態だ。
 警官が見回りに来ていて外国人の僕を見つけるといろいろ親切に気を遣ってくれる。特別に駅の中の交番に連れて行ってもらい、そこで出発まで待たせてもらった。
photo2 20時30分。列車がホームに入ってきた。切符は指定席だと思っていたが、切符のどこに車両や寝台の番号が書いてあるのかわからず、まわりの人や警官に聞いてもわからない。その意味はすぐにわかった。まだ完全に停止していない列車の入り口に人が群がる。そして我先にと中に入ろうと押しくらまんじゅう状態で大混乱だ。どうもアルジェリアの列車は切符さえ持っていればどこに乗ってもいい定員制のようだ。しかし実際は定員を遙かに上回るチケットが発売されている
ようでその結果この有様だ。
photo3 到着した列車は始発のはずなのにどういうわけかすでに客が乗っている。親切な警官の引率のおかげで真っ先に中に入ることが出来たが、すでにほとんどの寝台が人で埋まっている。何とか空いているベッドを探してもらい警官は僕に荷物に注意して気をつけるようにと念を押し、列車を降りていった。メルシー。
photo4 同じコンパートメントにはドイツ(サングラスの人)に働きに行っていたという英語がしゃべれるアルジェリア人がいたので助かる。車内は埃っぽいが毛布や枕が一応備え付けられている。少し暑いが暖房も入っているし、それほど長時間ではないので快適な移動となりそうだ。定刻通り列車はホームを離れた。なんとかアルジェを出発。

0018. 旅名無しさん 2006/06/22_17:13:16
photo1 朝が来た。列車は3時間遅れで走っているようだ。9時半にアナバの駅に到着した。
photo2 アルジェに比べかなり貧相な街だが、ここもフランス植民地時代の影響が残った建物でしめられた町並みが広がる。車内で知り合った人と一緒に朝食を食べることにした。オープンカフェでクロワッサンとオレンジジュース、エスプレッソ。アラブにいるという感じがしない。その後チュニジア行きの乗り合いタクシーを探してもらい、ドイツの働きに行っていたという彼とは別れることになった。
photo3 チュニス行きの乗り合いタクシーには人がなかなか集まらない。とにかく今日中にチュニジアに入れば何の不満もないので気長に待つことにした。2時間以上待って2人のアルジェリア人が現れた。残り一人で出発だ。しかし4人目はなかなか来ない。もうすぐ正午だ。このまま待っているといつになるかわからない。3人の客で4人分の料金を払い、出発することにした。一人あたり1200DA(2040円)だが400DA(680円)余分に払うことにした。
photo4 やっと出発。これで確実に今日チュニジアに入れそうだ。アルジェリアの道はかなり整備されていて片側3車線の高速道路がチュニジア国境にのびている。出発して1時間ほどして検問所に到着した。最初ここが国境かと思ったがどうも違うようだ。なぜかチェックが厳しく、おまけにパスポートがかなり怪しまれ、なかなか解放してくれない。それに日本人が珍しいのかいろいろ質問をしている。しかし警官は終始厳しい表情だ。他のアルジェリア人も苦戦していたようで僕より時間がかかっていた。結局この検問所で1時間以上足止めを食い、国境へ向け再び走り出した。

0019. 旅名無しさん 2006/06/22_17:17:21
photo1  国境に着いたのは午後2時をすぎた頃だった。審査場では特に問題はなく、アルジェリアを出国。国境ゲートをくぐると違う色の制服を着た警官が警備している。やっとチュニジアに入ったようだ。しかしゲートの横は税関で荷物チェックを受けただけだ。チュニジアの入国審査場はまだ先にあるらしい。タクシーで約20分ほど走ったところにチュニジアの入国審査場があり、ここで入国審査を受けパスポートにスタンプが押された。そしてまたここでも荷物チェック。
photo2 入国を終えてチュニスに向かい走り出したのは午後4時過ぎ。ここからチュニスまでは約150キロだがもうこの車の行く手を阻む検問所は存在しない。チュニスに着いたも同然だ。車は100キロ以上の猛スピードでぶっ飛ばした。チュニジアの運転マナーはアルジェリアより格段に良いのでアルジェリア人の運転するこのタクシーだけ追い越しや逆走など異常な運転のしかたなので少し怖い。でもこの運転手、警官がいる場所は把握しているようで急に安全運転になったと思うとしばらくするとパトカーが停まっていたりする。なかなか要領のいい運転で感心させられる。
photo3 途中地中海を見下ろす景勝地を通過した。
photo4 写真は同じタクシーで移動したのアルジェリア人。右が運転手。

0020. 旅名無しさん 2006/06/22_17:21:08
photo1 途中レストランにより夕食を食べ、そのまま日は暮れ、次第に交通量が多くなってきたのでもう無謀な運転はできなくなった。やがて丘を越え前方に大都会の光が見えてきた。チュニスだ。タクシーは近代的な都会の中に滑り込み、午後7時チュニス旧市街の入り口であるフランス門の前に到着した。今日1日一緒だったアルジェリア人の客2人と運転手とはここでお別れだ。
photo2 とりあえず今夜はユースに泊まることになっている。ユースは時間が遅かったにもかかわらず何とかベッドが空いていた。
とりあえずリパブリック駅近くの日本語対応ネットカフェへ行くことにした。
ここでチュニスで会う約束をしていたY君とばったり出会った。Yくんはチュニスにアラビア語の勉強で留学している。一緒にメディナへ向かい、チャイを飲みながら雑談。とりあえず今日はユースに泊まるが、明日Y君の家に移動だ。
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0021. MM 2006/06/23_21:55:33
photo1 チュニスで最初の夜に滞在したユースホステルには他に4人の日本人旅行者が泊まっていた。翌朝一緒に朝食をとることにした。話題はどうしてもアルジェリアの話になってしまう。話によるとこの中の一人がアルジェリアに行こうとしたらしいが、スペインやモロッコではアルジェリアビザが取れなかったらしい。僕が東京で簡単に取れたというとかなり悔しがっていた。

またラバト(モロッコ)のアルジェリア大使館で確認したところによるとモロッコからアルジェリアの陸路国境は封鎖されたままとのことだ。今までもしかしたら陸路で越えれたんじゃないのかと少し未練が残っていたが、これですっきりした。
photo2 翌日は留学生のYくんとチュニジア最大の見所であるカルタゴへ行くことにした。毎日グータラ生活を送るわけにはいかないので今日はカルタゴだ。とはいえカルタゴは入場料が高いだけで見る場所がほとんどない。
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photo4 高級住宅街のあちこちに遺跡が散らばっているが、そのほとんどがローマ遺跡でカルタゴ時代の遺跡は見当たらない。そんななか海沿いの浴場跡なんかはなかなかいい雰囲気だ。しかしここはヨーロッパからの団体観光客がどっと押しよせるので、人が多く少し窮屈だ。とりあえず来たということでカルタゴ観光終了。

0022. MM 2006/06/23_21:56:44
photo1 カルタゴにて
photo2 カルタゴからは電車でチュニス中心部へ戻った。
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0023. MM 2006/06/23_21:59:25
photo1 今日から2泊3日の旅程でチュニジアの地方都市に旅に出ようと思う。めざす場所はスース。しかし今日は天気がいまいちで小雨まじりのすっきりしない天気だ。チュニス鉄道駅へはトラムで向かい、12時5分発の列車でチュニスを出発した。チュニジアの列車は埃っぽくなく清潔でヨーロッパの列車と大差ない。
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photo3 途中海沿いを走らなかったので景色は予想したほど良くなかった。時間は正確だと聞いていたが20分ほど遅れてスースに到着。チュニスからの所要時間は2時間強。そんなに遠くはないのでここも天気が悪く雨が降っていた。宿は旧市街の入り口にある中級ホテル「ホテルメディナ」に泊まることにした。14ディナール(1470円)でなかなかレベルの高い部屋だ。雨が降っているのでほとんど外出できなかったが夕方雨がやみ、
photo4 メディナ内を散策してみた。石畳のきれいな町並みだ。

0024. MM 2006/06/23_22:01:58
photo1 高台からは海が見渡せなかなか雰囲気が良く、来て良かったと思った。しかし土産物屋がうるさい。
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photo4 夕暮れ時、雨もやみ夕焼けがきれいだ。
スース旧市街(メディナ)。

0025. MM 2006/06/23_22:04:44
photo1 翌日スースを拠点に遠出をすることにした。今日は昨日の天気とはうって変わって快晴だ。まず列車でエルジェムへ向かうことにしたスースから1時間ほどの場所にある。ここには世界第3の規模の円形劇場があるらしく、保存状況もトップレベルらしい。
photo2 ちなみに第一はローマで第二はベローナだ。完全な形で残っている本格的な円形劇場を見たのは生まれて初めてだ。結果としてこのチュニジアでもっとも印象に残る場所となった。
photo3 カルタゴはワケがわからなかったが、ここは考えさせられることが多い。剣闘士がつながれていた地下の牢屋などもそのまま残っていて、映画「グラディエーター」の場面が思い浮かび、あの残酷なことがここで行われていたと思うと気が重いし、薄暗い地下の回廊を歩いていると少し気味が悪い。
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0026. MM 2006/06/23_22:07:21
photo1 1時間ほど見学した後エルジェムをあとにした。
photo2 ここからルアージュ(乗り合いタクシー)でマハディアへ向かうことにした。海と白い家がたたずむメディナ。のんびりした場所だが何もないし人もいない。。
photo3
photo4 一通り街を歩いて1時間後の列車でスースに戻ることにした。なぜかマハディアとスースの列車は電化されていた。

0027. MM 2006/06/24_21:05:18
photo1 再びスースのメディナにて。乳牛の生首。
photo2 翌日、朝早めにチュニスに戻ることにした。帰りはファーストクラスでチュニスへ戻ることにした。二等と2ディナール(200円)しか変わらないので乗らないと損だ。一等は座席が少しゆったりしていて外国人が多く客層が少し違う。
 午前9時半にチュニスに到着。駅に荷物を預け、中央市場に行ってみた。この近くでおそらく今回の旅行で最後であろう、アラブ風ローストチキンを食べることにした。少し待たされたが、そのおかげで出来たての最高のチキンを食べることが出来た。
photo3 その後メディナの中へ入ってみた。フランス門近くやグランモスク周辺のスーク以外客引きも全くおらず、完全に庶民のためのスークといった感じだ。それでもアーケードなどスークの造りは本格的で見応えがある。メディナを一周しグランモスクからフランス門へ続くメインストリートを歩いてチュニス・メディナ観光終了。
写真はチュニスのメディナの一風景。
photo4 チュニス新市街の建物。たしかホテルか何かでした。

0028. MM 2006/06/24_21:08:42
photo1 チュニスの新市街。
photo2  出発の日、10時過ぎにYくんの家を出発し、タクシーを拾って空港に向かった。空港まではあっという間につき2ディナール弱(200円)だ。到着したときにはまだチェックインが始まってなかったが、すぐに始まり身軽になることができた。チュニスの空港はアラビア王朝風の造りで内部はかなり豪華だ。雰囲気も他のアラブ諸国とは違い、明るく開放的だ。出発前手元に残った10ディナールを再両替しようと思ったが、バンクシートが必要らしい。モロッコは必要なかったがここは厳しいようだ。仕方ない、ここで使い切るしかなさそうだ。出発ロビーには一軒のピザ屋があり、そこで一番高いのを頼むことにした。そしてコーヒーを飲むことにした。ピザが出来るのを待っていると山田君が現れた。
photo3 学校はもう終わったようで急いで見送りに来てくれたのだ。再両替が出来なくて良かった。もし再両替をしていたらとっくに入国審査場の向こうに消えていただろう。頼んだピザはみょうにデカかったので二人で食べてちょうどいい大きさだ。出発の30分ぐらい前まで雑談しY君とはお別れだ。
 
photo4 チュニスの空港は広い。搭乗口が八方に広がり、かなり先進的な空港だ。アリタリア航空ローマ行きはMD80型機で1時間20分のフライトだ。
日本への帰路、イタリアに立ち寄ったので続きは「イタリア北中部と都市国家」のスレッドを参照にしてください。
マグレブ(終わり)

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