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2001年/中東の旅④シリア編

0001. MM 2006/07/14_17:30:36
photo1 ここまでの旅行は「2001年/中東の旅③ヨルダン編」等を参照してください。
地図はシリア・レバノンの移動したルートです。
photo2 ヨルダンの首都アンマンから列車でシリアに入国しました。シリア国境のダラーという駅に到着。ここでシリアの列車に乗り換えることになりました。
今まで客車だったがここからは一両編成のディーゼルカーです。
photo3 シリアに入ってから列車はほとんど止まらずに走り続け、午後4時にダマスカス中心部にあるビジャーズ駅に到着。ダマスカス到着時乗客は僕とオーストラリア人旅行者の二人だけだった。現地人は誰もいない。
photo4 二人でダマスカス中心部にある「アルハラメイン」という宿に向かった。ダマスカスでは有名な安宿だ。ドミトリーで1泊3ドル弱とそれほど安くないが、ホットシャワーもバンバンでるのでアンマンの宿より快適だ。

0002. MM 2006/07/14_17:35:22
photo1 シリアに入った翌日、シリア南部のボスラ遺跡に日帰りで行くことにした。
ボスラの遺跡は全体的に黒いのが印象的で今まで見てきたローマ遺跡とはずいぶん雰囲気が違う。でも無造作に林立している棒(円柱)はここも同じだ。
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photo4 ボスラの子供たち

0003. MM 2006/07/14_20:43:08
photo1 再び首都ダマスカス。アーケードのなったスークには故アサド大統領の肖像が掲げられている。
photo2 その先にはイスラム第4の聖地とされる「ウマヤドモスク」がある。
photo3 ウマヤドモスクの内部。
photo4

0004. MM 2006/07/14_20:48:31
photo1 ダマスカスの街はくたびれているものの高架道路が縦横無尽に張り巡らされ結構近代的だ。
photo2 ダマスカスからベイルートまでのシリアに留学しているY君と行動をともにすることにした。ダマスカスからパルミラへ直行するバスはなく、ホムスを経由することになった。
ホムスからは砂漠の中をひたすら東へ向かった。
photo3 パルミラの宿は1泊3ドルとダマスカスのドミトリーと同じ値だがシャワー付きで快適だ。「NEW AFQA HOTEL」
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0005. MM 2006/07/14_20:52:08
photo1 中東3大遺跡のひとつ。パルミラは今回の中東旅行の重要な目的地の一つだ。それとともにずっと前から来てみたかったあこがれの場所でもあった。その願いがついに叶った。パルミラ遺跡の四面門。
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photo4 パルミラ観光に来ていたシリア人の女学生と。

0006. MM 2006/07/14_20:54:27
photo1 パルミラのなかで常に目につく丘がアラブ城だ。
photo2 あそこに上ってみることにした。
photo3 アラブ場からの眺め
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0007. MM 2006/07/14_20:56:26
photo1 やがて日が暮れだした。四面門
photo2 空が赤く染まる。
photo3 遺跡が一番美しく彩るのは夕方だ。
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0008. MM 2006/07/14_20:58:33
photo1 夕暮れのパルミラ遺跡。
photo2 雲が比較的多い日は陽が完全に沈んでからのコントラストが幻想的になる。
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0009. MM 2006/07/14_21:00:27
photo1 ライトアップされた石柱がずいぶんしょぼく見える。人間が人工的に作る光はいくらがんばっても自然の光の美しさにはかなわない。
宿に戻ることにした。
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0010. MM 2006/07/15_17:50:01
photo1 翌日パルミラをあとにし、シリアの交通の要所ホムスへ再び向かった。ホムスへ向かうバスは客はシリア人2人と僕らのあわせて4人だけだ。
ホムスからそのままクラックデシュバリエへ向かった。映画「天空の城ラピュタ」の舞台になった場所としてパックパッカーの間では噂されているが、本当のことはわからない。他にもイランのアルグバムやマチュピチュなどモデルになったと噂される場所はある。結局はその場所が似ているというだけで勝手に作られた噂にすぎないように思う。
photo2 クラックデシュバリエへ
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photo4 クラックデシュバリエに観光に来ていた自衛隊員。このころPKO要員として海外派兵される事が日本ではいろいろ論議されていたが、今ではPKOで海外に派遣されるのは当たり前になった。
彼らはゴラン高原に派遣された隊員たちです。

0011. MM 2006/07/15_17:52:41
photo1 クラックデシュバリエの城壁内部。
photo2 城壁内部からの眺め。
photo3 ここは城の下に街が広がり、街と城との高低差が何となく天空の城をイメージさせる。
photo4

0012. MM 2006/07/15_17:57:23
photo1 クラックデシュバリエはシリアに来たな必ず来るべき遺跡だと思うが、知名度ではパルミラの足元にも及ばない。
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photo3 この日はハマに宿泊することにした。ハマは水車で有名な場所だ。
photo4 水車は回っている所を見ることはできないと思ったらシリア人の親父が手で回してくれた。回る水車は非常に珍しい。

0013. MM 2006/07/15_18:04:58
photo1 翌日、地球の歩き方には載っていないがロンリープラネットにはシリアのハイライトの一つとして紹介されている「アファメア」遺跡に行くことにした。
アファメアは1キロに渡って円柱道路が続いている。実際写真などで見たことはなくどのようなものか想像力をかき立てられる。まさに謎の遺跡だった。
ハマからバスでアファメアの街にやってきたが、遺跡らしき場所は見あたらない。とりあえずフォートがあったので登ってみることにした。
フォートからアファメアの町並み。
photo2 フォートは民家が所狭しと並び観光用ではないのは明らかだ。民家に上がらせてもらい辺りを見回すと「あった」。あれがアファメア遺跡だ。一直線に円柱道路が続いている
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photo4 早速フォートを下り円柱道路を目指した。

0014. MM 2006/07/15_18:09:06
photo1 結構この遺跡はすごい。かなり規模も大きい。おそらくまだ解明されていない部分が多いのだろうが、それとも歴史的に重要視されていないのだろうか。今後シリアで注目される遺跡の一つになるのは確かだろう。
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photo4 アファメアの街にはローマ劇場なども残っていたが保存状態が悪く「あれが劇場だ」といわれなくてわからない状態だ。

0015. MM 2006/07/15_18:41:19
photo1 ハマで宿泊した宿。「CAIRO HOTEL」。1泊8ドル/二人でバスタブ、テレビ、冷暖房完備。しっかりとしたラウンジもあり、今回の旅行でもっとも快適な気がする。
photo2 バスタブでリラックス。
photo3 翌日バスでシリア第二の都市アレッポへ向かった。シリアは結構豪華なバスが走っている。アレッポまでは2時間半の道のりだ。
photo4

0016. MM 2006/07/15_18:45:55
photo1 アレッポについたものの今日は犠牲際でスークの店はほとんどしまっていた。一部の観光客向けの店だけがオープンしている。
犠牲際のおかげで山羊を大量に肉にしている光景に出くわした。
photo2 スークの通路は山羊の血で染まり、生臭さが立ちこめる。そしてまだたくさんの生きている山羊が肉にされるのを待っていた。
photo3 スークを抜けアレッポ城に行ってみた。
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0017. MM 2006/07/15_18:47:52
photo1 アレッポ城からはシリア第二の都市が一望できた。
photo2 しかし城自体におもしろみはなかった。城の上層部は荒れ果てている。
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photo4

0018. MM 2006/07/15_18:54:39
photo1 アレッポからハマに戻り、ハマで1泊した後レバノンのベイルートに向かうことにした。
photo2 この日も交通の要所であるホムスに向かい、ここでレバノンの首都ベイルート行きのセルビス(乗り合いタクシー)に乗り換えた。
セルビスは客が集まり次第出発する。シリアとレバノンの人の行き来は多いようですぐに客は集まり、出発することになった。
レバノン北部にある国境にはあっという間に到着。ビザは東京で事前に取得して来ているのでスムーズに通過できた。とりあえずシリア旅行は終了。
続きは「2001年/中東の旅⑤レバノン編」を参照してください。
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