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ユーラシア大陸横断②(ラサ〜カトマンズ〜バラナシ)

0001. MM 2006/08/24_21:05:40
photo1 これは「日本から飛行機を使わずにユーラシア大陸最西端を目指す」のが旅行の目的です。「ユーラシア大陸横断①(大阪〜上海〜ラサ)1997」の続編です。
その旅行をいくつかの部分に分けて紹介するとともに旅行中の写真も紹介します。
このスレッドではチベットの中心都市ラサ滞在からヒマラヤを越えてネパール・インドと進んでいく過程を写真とともに日記で綴ります。
photo2 ゴルムドでチベット入域のパーミットを取得した場合、ラサでの市内観光が付いてくる。参加は自由だ。せっかくなので僕とKさんは参加することにした。バナクシューホテルからも2人の日本人が参加した。9時半にバナクショーホテルを出発。ガイドはバスを迎えに来た男だった。ガイドはいやな奴かと思っていたがそうでもないようだ。
午前中はポタラ宮へ入った。
photo3 宮殿の中は巡礼に来ているチベット人が溢れている。ガイドがいたおかげですべて優先的に見ることができ、かなり早足で見学し2時間ぐらいで見終わった。
photo4 ポタラ宮の屋上からラサを眺める。

0002. まえだまさとし 2006/10/11_19:49:23
photo1 ポタラ宮の屋上にて。チベット人の巡礼者たち。
ここからラサの近代的な建造物も眺めることができる。
photo2 ポタラ宮のマニ車。
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0003. MM 2006/10/11_19:51:41
photo1 午後からはノルブリンカの観光に向かった。
photo2 チベタンのおばさん
photo3
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0004. MM 2006/10/11_19:59:00
photo1 山の斜面に位置するデプン寺にて。岩に仏の絵が描かれていた。
photo2 デプン寺からの眺め。天空に来たように錯覚を起こす眺めだ。
photo3 チベット人の巡礼者とともにセラ寺への階段を上がる。
photo4

0005. MM 2006/10/11_20:00:37
photo1 セラ寺にて
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0006. MM 2006/10/11_20:04:29
photo1 ラサから少し離れた場所にあるガンデン寺へバスで行くことにした。
乗り心地はいつものように最悪。山道をぐんぐん登った。
photo2 砂埃がすごい。前のチベット人のねぇちゃんが朝から何を食ったのか知らないがゲーゲー吐きまくり、窓をなかなか閉めてくれない。
photo3 2時間半で標高4200mのガンデン寺に到着した。
photo4

0007. MM 2006/10/11_20:05:52
photo1 マチュピチュを思わせる尾根(現地ではそう感じた)に寺院が並んでいる。寺もすばらしいがまわりの景色は雄大でもっとすばらしい。
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photo3 ガンデン寺にいた動物。
photo4 バスは往復で16元(240円)と安く、昼飯は抜きだったが充実していた。帰りも乗り心地の悪いバスに揺られラサへと戻った。

0008. MM 2006/10/11_20:09:01
photo1 ラサには10日間滞在した。前半は観光に専念していたが、だんだんやることもなくなってきた。
ポタラ宮広場を散歩してみた。
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0009. MM 2006/10/11_20:09:47
photo1 ポタラ宮広場周辺の露天で買い物をする。
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0010. MM 2006/10/11_20:12:06
photo1 大照寺。
photo2 少し遠いがここからのポタラ宮の眺めが一番すばらしい。
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photo4 大照寺近くの食堂で食事。

0011. MM 2006/10/11_20:15:28
photo1 ラサで滞在したのはヤクホテル。有名な安宿だ。宿泊客の半数は日本人旅行者だ。
photo2 ドミトリーで1泊20元(300円)。
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0012. MM 2006/10/11_20:18:41
photo1 ラサ滞在中は同じ宿の日本人旅行者と食事に行くことが多い。中華料理は大人数で行った方がたくさんのメニューを安く食べることができる。食事は毎回こんな感じで1食1元強(150円強)だ。
photo2 喫茶店にて。フランス人とニュージーランド人旅行者他。
photo3 ラサのメインストリートにて。
photo4

0013. MM 2006/10/11_20:19:16
photo1 ヤクホテルでネパール行きの誘いが来た。そして僕は迷わず参加させてもらうことにした。本来ラサからネパール国境の町ダムまではバスで行くつもりだった。しかしバスは週に一本ぐらいしかなく、またそれらのバスは不定期でラサに着いたもののなかなか出発のめどを立てることが出来なかった。バスを使ってネパールへ行くのは難しいということで多くの外国人(ほとんどは日本人)は四人から六人のグループを作り、ランドクルーザーをチャーターしてネパールを目指す場合が多い。またトラックをヒッチハイクして移動するという強者もいるが、この場合はなかなか思うようには移動できなし、トラックの荷台はあまりにも寒すぎる。ゴルムドから一緒だった日本人たちの中でもツアーを作るという話があったが一体いつになるか分からない。そんな感じだったので僕は迷わずこの誘いに乗ることにした。
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0014. MM 2006/10/11_20:22:28
photo1 ラサからダムへつながる中尼路と呼ばれる幹線道路はいわずと知れた世界屈指の景勝地だ。周辺には8000m級の山々が連なり、世界最高峰のエヴェレスト(8848m)もその一つだ。
バスで行くとそれらの景色を無視してしまうことになる。ヒッチハイクでも同じ事が言える。せっかくここまで来たのだから多少予算オーバーしてでもゆっくり景色を楽しみたい。
photo2 ツアーのグループは企画者のHさんとKさん、それ以外に3人。僕を含めて6人のグループでランドクルーザーをチャーターすることになる。
 コースはヤムドク湖を経由してシガツェへ入り、エヴェレストのベースキャンプがあるロンボク寺にも寄り道し、ネパール国境を目指すもので、一人当たりの費用は1000元(15000円)だ。
 日本を出発するときエヴェレストはかなり山奥まで行かないと見ることが出来ないと聞いていたので期待に胸がふくらんできた。あとは天気が良くなることを祈るだけだ。
photo3
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0015. MM 2006/10/14_21:38:12
photo1 ラサを出発する日。ヤクホテルにはランドクルーザーが到着していた。
朝9時にヤクホテルを出発。天気は快晴。運転手とガイド、そして我々6人、ランドクルーザーには8人が乗りこんだ。一人は荷物置き場にしゃがむ形になった。まず最初はヤムドク湖を目指した。ラサから高度をどんどん上げカンパ・ラ峠に達した。ここの標高は4700mで峠を越えると自分の目を疑うほど美しいヤムドク湖が目の前に広がった。僕自身この湖のことはよく知らず、あまり興味もなかったがラサにいる日本人はみんな行きたがっていた場所だ。でもほとんどの人はここに行くことを断念してチベットをあとにしていた。あっさり来てしまい何か得した気分だ。
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0016. MM 2006/10/14_21:41:08
photo1 昼食はヤムドク湖畔にある村「ナンカルツェ」でとることになった。
ナンカルツェの町並み。
photo2 標高5000mのカーロ峠というところにさしかかった。ここは氷河が見られることで有名な峠だ。

しかし僕は過去にスイスのユングラウヨッホに行ったとき、ヨーロッパ最大と言われるアレッチ氷河を最高の角度から見てしまっているのでそこら辺の氷河では満足できない。カーロ峠の氷河も山に氷がへばりついているようにしか見えない。いまいちだ。
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0017. MM 2006/10/14_21:45:22
photo1 ギャンツェに到着した。ギャンツェにはチベット仏教の白居寺と山にそびえる城がある。
写真は白居寺。
photo2 ギャンツェ城。
photo3 トイレがあったがドアはない。中国でも最低レベルの汚さだ。
photo4 シガツェに到着。今夜はここに泊まることになった。シガツェはチベット第二の都市ということもあり、中華料理やホテルはたくさんあり、ちゃんとした町として機能している。しかし泊まった宿ではお湯が出ず、シャワーは我慢することになった。
宿の名前はデンジンホテル。エヴェレスト初登頂の人物の名前からきているのだろうか。一泊25元(375円)。

0018. MM 2006/10/14_21:50:18
photo1 シガツェの朝日。
photo2 今日も快晴。午前中はシガツェの寺巡りをしようと思ったが入場料が高いので城壁を一周するだけにした。城壁は山につながり、寺の裏山を登ることになってしまった。そこからはシガツェ市街地が一望できたので疲れたが来た甲斐はあった。
photo3 チベット人の女性たち。
photo4 シガツェを出発。西へ向かう。

0019. MM 2006/10/19_19:25:30
photo1 対向車とすれ違う。砂埃がすごい。
photo2 チベットの荒々しい大地
photo3 チベットの青い空
photo4 途中の検問所。パスポートとパーミットのチェックが行われる。

0020. MM 2006/10/19_19:27:09
photo1 今日の最大の見所は標高5250mの峠を通過することだろうか。ここは中尼路(ラサからカトマンズの間)で最も標高の高い場所で、僕自身も今までの人生で最高地点となる。
みんなで記念撮影「扇」。
photo2 そのままシェーカルを目指した。シェーカルは村とは呼べないただのドライブインだ。静まり返った大地。何のない。あるのはきれいな空気と星空といった感じか。シェーカルの宿には毛布もあり、まわりには何もないが快適な夜となった。
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0021. MM 2006/10/19_21:48:08
photo1 シェーカルを出発。今日はエヴェレスト・ベースキャンプの拠点となるロンボク寺を目指す。ロンボク寺がある地域への入山料は60元とちょっと高い。中尼路からベースキャンプへの分岐点を曲がると急坂を登りだした。

見晴らしのいい峠からエベレストが見えた。
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0022. MM 2006/10/19_21:51:02
photo1 途中ペルーチ村で昼食を取ることになった。この村にはやけに子供が多い。
photo2 食堂のおばさん
photo3 天気がいいので明日行く予定だったベースキャンプに今日行く事になった。ぐんぐん山を登る
photo4 エヴェレスト・ベースキャンプに到着。ここは中国側チョモランマの登山基地となる。標高5200メートル。

0023. MM 2006/10/19_21:53:52
photo1 目の前には世界最高峰エヴェレスト(8848m)がそびえる。それ以外にもチョーユー8201mなどの山が望める。すごいところまで来たものだ。それも車で乗り付けるとは。こんなにあっさり来てしまっていいものなのだろうか。
photo2 みんなで記念撮影。
「EVEREST」
photo3 ロンボク寺へ戻ることになった。ロンボク寺には電気もなく、暖房ももちろんはない。標高は5000mあるので冷え込みが心配だがそれ以上に酸素不足が心配だ。すでに何もしていないにも関わらず息苦しいし、頭がボーとする。とにかく今夜は熟睡は無理だ。
写真はロンボクの集落とエヴェレスト。
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0024. MM 2006/10/19_21:58:52
photo1 山の天気は変わりやすい。でもなんとか今日もついていたようだ。朝から雲一つない晴天。とりあえず山を下った。気温が低いため凍り付いた沢を車で通過する。
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photo3 山を下りティンリーへ向かった。
ここで1泊する。
 
photo4 ティンリーからもエヴェレストを遠望できる。
ロンボク寺に行かず、まっすぐカトマンズに向かう旅行者はここから唯一エヴェレストを眺めることができる。

0025. MM 2006/10/19_22:01:15
photo1 ティンリーの夕日。
photo2 翌朝、この日は一気にネパール国境に町ダムへ向かう。途中再び5000mの峠を通過する。ヒマラヤの雪山が自分の目と同じ高さに広がっている。360度の大パノラマだ。ただ風が強く雲も少しある。
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photo4 ニェラムで昼食を食べ、その後の移動で高度はだんだん下がってきた。

0026. MM 2006/10/19_22:05:04
photo1 ニェラムで昼食を食べ、その後の移動で高度はだんだん下がってきた。
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photo3 沿道の渓谷に沿って緑が多くなり、湿気を感じるようになった。清流を見ていると日本の谷のようだ。ダムに入る前に60元取られた。あまると思っていた中国元もそろそろ残り少なくなってきた。でも何とかダムに泊まる金はありそうだ。ガイドの紹介でフレンドシップゲストハウスに泊まることになった。久々のシャワーだったがぬるま湯ですこし辛いが浴びた後は爽快だ。
photo4 国境の町ダムは少し怪しい。急坂にへばりついている感じの町に人とトラックが入り乱れ、とても落ち着ける場所ではない。5日間世話になったガイド(左)と運転手(右)はここまでだ。

 

0027. MM 2006/10/19_22:05:51
photo1 ネパール国境のダムに滞在。みんなで夕食を食べに街へ出た。中国(チベット)領でありながらここにはネパール人が住み、メニューもネパール風のものが目立つ。(ダルバードなど)とりあえず中華とはお別れだ。
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0028. MM 2006/10/20_21:50:17
photo1 ダムで宿泊後、翌朝8時にネパールへ出発することにした。
ダムからネパールのコダリまで5キロある。歩行者にはちゃんと登山道があるのでトラックと一緒に歩かなくていい。だから僕はトレッキング気分で歩いて下ってもよかったが、みんなはトラックをヒッチハイクしたいらしい。でも結局歩くことになった。
斜面にへばりつくダムの街を見上げる。
photo2 2時間ほど坂を下り、中国とネパールの国境にかかる友好橋が見えてきた。
photo3 国境の町コダリの街に到着。この橋を渡るとネパールで1ヶ月間過ごした中国ともおさらばだ。
ネパールへの入国の際、国境で1ヶ月ビザを購入した。ここからツーリストバスでカトマンドゥへ向かうことになった。ツーリストバスというのはカトマンドゥからチベットへ行く団体旅行者を乗せてきたバスで乗り心地はなかなか良い。しかし一人5$もした。
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0029. MM 2006/10/20_21:55:01
photo1 コダリを出発して4時間後カトマンドゥに到着した。王宮近くでバスを降ろされ、ジョッチェンという安宿街でみんなで泊まることになった。
photo2 宿は「ブッダゲストハウス」。洗濯禁止でシャワーは水だけだった。値段の安さだけが取り柄で早く移動したかった。ちなみに1泊70ルピー(140円)だ。カトマンドゥでは特にすることもなく毎日日本食を食べに行ったりして時間が過ぎていった。
photo3 インドビザを申請しにインド大使館へ向かった。4人でタクシーをシェアし、大使館の門に付けた。中にはたくさんの旅行者が行列を作っていた。
 インドビザの申請は面倒で3回ここに来なければならない。まず今日申請用紙に記入してそれを提出。提出の際、簡単な面接がありいろいろと聞かれた。ビザの受取はまずインド本国にテレックスで不審者ではないか照会されたあと、その結果を見てから実際の申請手続きが可能になる。とりあえず今日はテレックスの申請だけだ。結果が分かるのは来週の火曜日(8日後)以降だ。掲示板に名前が張り出されていればビザの申請が出来るらしい。ビザ代は意外と高い。今まではいろいろビザの種類があったらしいが今では6ヶ月マルチビザのみらしい。そんなに長くいらないから安くしてほしいものだ。
 
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0030. MM 2006/10/24_21:15:56
photo1 ヒマラヤを一緒に旅してグループは解散し、ポカラへ行くことにした。インドビザがとれるまで時間があるのでそれまでのショートトリップだ。ここからはポカラ周辺の写真を紹介します。
photo2 ポカラへのバスには外国人はまったく乗っておらず、途中車内へ大量に荷物が積み込まれかなり窮屈になり、乗り心地も悪くほとんど眠れないままバスは峠を越えポカラを目指して走り続けた。
 ポカラに到着したのは朝の4時だった。まだ夜明け前、無数の客引きたちだ僕を待っていた。このバスの外国人客は僕だけだが、客引きの数はざっと40人。僕は心を鬼にして1人の客引きについていくことにした。
 ポカラにはペワ湖に面するレイクサイドと内陸のダムサイドの2カ所に安宿が固まっている。僕たちが落ち着いた場所はダムサイドの宿だ。設備の割に値段が安いというのが主な理由だ。
宿の屋上からの眺め。名峰マチャプチャレが美しい。
photo3 ポカラでトレッキングに行くことにした。といっても本格的なものではなく1泊2日の山登りだ。ネパール政府は山に入るだけで金を取る。そのパーミット代が高く、僕はトレッキングを断念したのだった。僕が行く場所はパーミットなしで行ける範囲に限られる。その日の朝、たまたま同じ宿にトレッキングに行くという日本人がいたので一緒にタクシーで登山口まで乗せていってもらうことになった。そして8時に登山口であるフェディを出発し、山を登りはじめた。しかし今夜泊まる予定だったはずのダンプスへ午前11時に着いてしまった。
ここからの風景もすばらしい。ダンプスにて
photo4 パーミットを持っていないのでこれ以上進むことは出来ない。そこで僕たちが考えたのはパーミットの検問所を通らずに行ける抜け道を探すことだった。この先にあるランドルンという村が今日の目的地だ。村の人に聞いたらランドルンへ抜ける裏道があるらしく、そちらへ行ってみることにした。さっきまで5分おきにツーリストとすれ違っていたのに裏道に入ったとたん、まったく外人とはすれ違わなくなってしまった。途中の村は旅行者ズレしていないのでみんなのんびりしているが山賊が出そうだ。

0031. MM 2006/10/24_21:16:35
photo1 水牛が行く手を阻む。大きいので怖い。
この先に学校があるらしくとりあえずそこを目指すことにした。
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0032. MM 2006/10/24_21:20:10
photo1 山を登り、谷を越えやがて学校が見えてきた。
学校に着いたものの、これ以上先へ進むのは無理のようだ。事実上ここでトレッキングは終了となった。
photo2 学校では授業を見学させてもらったり、なんかよく分からないが楽しかった。
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photo4 前に習えは世界共通か?

0033. MM 2006/10/24_21:21:44
photo1 学校にて
photo2 言葉が通じないのでひたすらジェスチャーだ。
photo3
photo4

0034. MM 2006/10/24_21:22:37
photo1 時間は過ぎ、ダンプスへ戻ることにした。
今夜はこの「ダンプスロッジ」で宿泊だ。
天気が悪くなってきた。ダンプスの宿(山小屋)は安いが食事が高い。
photo2 マッターホルンを思わせるマチャプチャレが美しい。夜は自家発電の頼りない光だけが頼りだ。
photo3
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0035. MM 2006/10/24_21:23:56
photo1 翌朝ポカラへ山を下ることにした。今日は朝から雲の中を歩くことになった。
photo2 ポカラに到着。町中を水牛が群れをなす。
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0036. MM 2006/10/24_21:31:27
photo1 ポカラからカトマンドゥへ戻る際、途中のムグリン周辺でラフティングをすることにした。
ムグリンはポカラとカトマンドゥのちょうど中間にある。ポカラから数時間、ムグリンでバスを降り、ここから約5キロの川下りだ。
photo2 僕はラフティングをなめていた。タイのラフティングをイメージしていたからだ。まさかあんなにずぶ濡れになるとは思ってもみなかった。そうとは知らず、着替えもろくに持っていないのにズボンのままボートに乗り込んでしまったのだ。川は意外に急で下手をしたら急流にのみ込まれてしまいそうだ。ボートの中は急流を突破するごとにプール状になってしまい、全身ずぶ濡れだ。日の当たらない場所では風が強く凍えるような寒さだ。そんな状態が午前中に1時間、午後も1時間半と計3時間半続いた。午後3時を過ぎると完全に太陽が山に隠れてしまい死にそうなほど寒い。
photo3 夜はキャンプだ。かろうじて短パンとTシャツがあったので着替えて寝袋にくるまり就寝。
 
 
photo4 翌日もラフティングだ。昨夜干しておいた服は乾くはずもなく、まだベタベタで冷たい。でも新しい服を濡らすのはいやなので気合いを入れて昨日濡れた服に袖を通した。
写真は朝食を自炊する風景。
朝は放射冷却で極寒だったが次第に太陽が出て少しはましになった。でも寒いことにかわりはない。14時すべてのラフティングが終わった。生き返った気分だ。
昼御飯を食べてバスでカトマンドゥへ戻ってきた。もう日が暮れてしまった。標高1300mのカトマンドゥは寒い。

0037. MM 2007/01/20_21:30:45
photo1 カトマンドゥに戻ってきた翌日、カトマンズで一番有名な観光名所であるスワヤンブナート(通称モンキーテンプル)へ行ってみた。
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photo3 通称モンキーテンプル。サルがいるからこういう名前がついたらしい。
photo4 カトマンドゥ市街を一望できる。

0038. まえだまさとし 2007/02/17_10:07:17
photo1 カトマンドゥの街を散策。
photo2 「水牛の骨と女の子」
photo3 自転車を使うと広範囲を回れて効率的
photo4 バスターミナル。インドへはここから出発する。

0039. まえだまさとし 2007/02/17_10:08:50
photo1 カトマンドゥの火葬場。
バラナシのが有名だが、各地にあるらしい。こちらは写真撮影可。
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photo3
photo4

0040. まえだまさとし 2007/02/17_10:13:13
photo1 カトマンドゥを昨夜出発し、バスは朝5時にインド国境の街、ビルガンジに到着した。
霧が濃く、そして寒い。リキシャで5キロ先のラクソウルまで行かなければならない。最初歩いていこうかと思ったがちょっと無理がある。
ネパールを出国。そしてインドに入国した。

写真はインド側国境ラクソウル。
photo2 その後バス乗り場の近くの旅行代理店に連れて行かれた。
photo3 ラクソウルからパトナー行きのバスに乗り込んだ。
photo4 デラックスコーチとは名ばかりでただのオンボロバスだ。
途中の車窓はインドのカーストに支配された雰囲気の貧しい農村が広がっている。ラクソウルを出て6時間後、ガンジス川に架かる大きな橋を渡りパトナー市内へ入った。インドで最も貧しいといわれるビハール州。その州都がパトナーだ。

0041. まえだまさとし 2007/02/17_10:17:47
photo1 パトナー駅の構内でどこへ行くか考えた。カルカッタへ行こうか。それともバラナシへ行こうか。バラナシへ行ってしまうとパトナーへ来た意味がなくなってしまう。ここへ来た理由はブッダガヤへ行くためだった。考えたあげくブッダガヤの最寄りになるガヤへ行くことにした。
駅の切符売り場はすごい行列だ。インドの人の多さは半端ではない。唯一の救いはインド人は並ぶ習慣が少しでもあったということだ。死にものぐるいで切符を買ったはいいが今度は乗り場が分からない。人に聞いても曖昧で本当のことが分からない。インド人は正直に「わからない」と言わず、いい加減なことを言う人種らしい。最悪な国だ。
photo2 結局1時間ぐらい盥回しになった。なんとか出発直前の20時になってホームが分かった。しかし乗り込んだ列車は動き出したが本当にガヤに行くのかしばらく不安だった。でも心配には及ばず2時間後ガヤに到着。
駅前に出た。すると宿の客引きが現れ、値段も安かったので即決した。ANAND HOTELツインで90ルピー(270円)だ。案内された部屋にはシャワー(冷水のみ)も付いている。とにかくベッドの上で寝られることに一安心。1泊。
写真は翌朝撮影。
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photo4

0042. まえだまさとし 2007/02/17_10:22:59
photo1 ガヤを拠点にブッダガヤに行くことにした。
ガヤは各地の仏教国がお寺を構えていて、何となくお寺をテーマにしたテーマパークのような雰囲気だ。
もちろん日本寺も存在する。

ここが日本寺。前を通り過ぎる山羊がインドを感じさせる。
photo2
photo3 除夜の鐘もある。
photo4 奥には大仏

0043. まえだまさとし 2007/02/17_10:25:59
photo1 日本寺の裏口。
photo2 こちらはチベット寺。ついこの前までチベットに長く滞在していたので懐かしく感じる。
photo3
photo4 昼食にすることにした。チキンフライドライスを注文したらその場で鶏を肉にしていた。新鮮なフライドライスだった。

0044. まえだまさとし 2007/02/17_10:28:20
photo1 最後にブータン寺。
photo2
photo3 バスでブッダガヤへ戻ることにした。バスは屋根の上が快適だ。
インド人の学生たち同乗。
photo4

0045. まえだまさとし 2007/02/17_10:35:22
photo1 バラナシへ移動の日。朝4時起床。
5時にホテルを出ようとした。するとホテルのおやじが「初日分の宿泊代がまだ払われてない」と絡んできた。確かに初日はレシートをもらわなかった。アホは相手にせず駅に向かった。
 列車は2等自由席。
photo2 思ったよりすいていた。
photo3 バラナシへ向かう列車の車窓。
photo4 インドの大地

0046. まえだまさとし 2007/02/17_10:37:16
photo1 ガンジス川を渡り、約5時間でバラナシに到着した。
photo2 駅からリキシャでガートの方へ行こうとした。しかしこのリキシャ、ボロで途中でパンクしてしまい、チューブの交換をしている間待つことになり、かなり時間がかかってしまった。可哀想なので15ルピー(45円)やろうと思っていたら降りる時20ルピー(60円)だと言い出した。頭に来たので怒鳴ったら回りのインド人と睨み合いになってしまった。
結局こいつらともめてもなんの得もない。
photo3 バラナシでは日本人のおばさんがいる「久美子ハウス」の世話になることにした。ここは2食付きなので滞在中ほとんど金を使わなくてすむ。
1泊2食付き80ルピー(240円)
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0047. まえだまさとし 2007/02/17_10:39:45
photo1 バラナシのガート。
photo2 ここで沐浴をした。というより完全に水泳をしてしまった。
結果最悪な状態になってしまった。
photo3
photo4 最悪な状態については別スレッド「ユーラシア大陸横断③南インドへ」でバラナシ滞在とともに紹介します。

【ラサからバラナシへの旅は終了】

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