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ペルー〜ボリビア〜チリ〜アルゼンチン 2006年秋

0001. DS 2006/10/11_18:19:53
photo1 2006年9〜10月にかけて南米の4ヶ国に行ってきました。

コンチネンタル航空ヒューストン経由でペルーのリマへ。
帰りはアルゼンチンのブエノスアイレスから。
photo2 成田からヒューストンまで、行きの飛行時間は12時間。午後2時ごろ到着です。

中南米への乗り継ぎ地として何度か利用していますが、以前はアメリカの入国審査などで混雑によりすごく時間がかかっていて、乗り継ぎ便の時間によってはイライラさせられていました。現在は改装されて綺麗になったうえに広々として、前と比較して審査に並ぶ列は順調に進むようになっています。

因みに、この空港の名前はジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港。父親のほうジョージ・ブッシュのことらしいが、あまり良い名前ではありません。
photo3 ヒューストンからリマまで6時間半。午後10時30分ごろの到着ですが、多くの航空会社の到着がこの時間帯に集中しているようで大混雑。
結局、入国審査が済んだのはちょうど12時。スタンプの日付を1日進めて押してくれました。
photo4 当初の予定ではリマに2〜3日滞在するつもりでした。
しかし・・・空港から市内へ向かうタクシーの中で現金およそ300ドルをうまいこと盗られてしまい、「もうこんなところにいたくない・・・」ということで、翌日の午前中にはクスコへと向かうことにしました。

0002. DS 2006/10/11_22:13:56
photo1 海沿いの街リマから標高3400mのクスコへ、ラン航空12時45分発の便で向かいます。
photo2 窓から外を覗くと、目と鼻の先に雪をかぶったアンデスの山々が。
photo3 絶景です。
photo4

0003. DS 2006/10/11_22:27:31
photo1 およそ1時間でクスコに到着。
photo2 かみそりの刃1枚も通さないというインカ時代の石壁の前にインカの王。
photo3 小さな広場にて。
photo4 夜になるとこのような店がちらほら出現。
頭にじゃがいもが刺さったアルパカの肉の串焼き。1ソル。
アルパカの肉はとても硬くちょっとくせのある味なので(羊肉に近い)、苦手な人も多いかもしれません。

0004. DS 2006/10/11_22:31:19
photo1 1ドル≒3.5ソル
photo2
photo3
photo4

0005. DS 2006/10/11_22:55:31
photo1 クスコの街は暗くなってからその魅力を増す。
photo2 カテドラル。
photo3 ペルーではコカコーラよりも一般的な飲み物、インカコーラ。とても甘い。
photo4 クスコのバスターミナル。使用料1ソル。

クスコでただダラダラとしばらく過ごした後、バスでプーノに向かいます。

もちろんマチュピチュへは行くつもりでした。その時には、前回2001年に来た当時には走っていなかった天井がガラス張りになっているビスタドーム号という列車で行こうと。しかし、例の盗難被害により金銭的な問題とともに気力も失せ、またいつか来ればいいや・・・ということに。


ビスタドーム号往復105ドル(2006年料金。1年毎に値上げ)。

0006. DS 2006/10/12_17:59:30
photo1 朝8時30分発のバスでおよそ8時間、標高3855m、ティティカカ湖の畔の街プーノに到着。
クスコもそこそこ寒かったが、ここは日が落ちると真冬のように寒い。
photo2 静かなプーノの街並み。
photo3 ティティカカ湖。

中心部から湖まで歩いて15分ほど。
photo4 湖近く、民芸品やフォルクローレの楽器などの土産物市場。客はほとんどいません。

0007. DS 2006/10/12_18:19:56
photo1 何かのお祭り。
photo2 たくさんのグループがケーナと太鼓の音に合わせてそれぞれの踊りをしながら街を歩いていきます。

踊り手の中には、本当に楽しそうに踊っている人、やる気なさそうに踊っている人、踊りの順番を間違わないように周りを気にしながら踊っている人などなど、いろいろな人がいて面白かった。
photo3 ちょっと休憩。
photo4 ティティカカ湖でとれるトルーチャ(鱒)のセビーチェとクスケーニャ(ビール)。
右の小皿は巨大なトウモロコシを炒ったもの。もくもくしていて皮が歯に詰まりやすい。

0008. DS 2006/10/15_18:09:21
photo1 プーノから国境を越えボリビアへと入国します。
プーノの長距離バスターミナルから3時間ほどで国境ユングーヨに到着。ペルーの出国手続きを済ませてこのアーチをくぐるとボリビア。

ここから再びバスに乗り15分でコパカバーナに到着します。
コパカバーナは小さな町ですが、インカ帝国発祥の地、イスラ・デル・ソル(太陽の島)などの拠点となる場所で外国人旅行者に人気の観光地になっており、町への入場料1ボリビアーノ徴収されます。


1ドル≒8ボリビアーノ
photo2 ティティカカ湖からさらに坂道を登ったところにある意外と立派なカテドラル。

コパカバーナに滞在する人はバスを降り、そのままラパスへと向かう人はここでバスを乗り換えます。

プーノからラパスまで通算するとおよそ8時間強。
photo3 ティティカカ湖。

同じコパカバーナでもリオデジャネイロのコパカバーナ・ビーチとはまるで違う。とても静か。
photo4 ティティカカ湖をボートで渡る。

0009. DS 2006/10/15_18:28:16
photo1 ラパス。標高3650m、世界の首都の中で最も高い所にあるのだそうです。

すり鉢状になった町の底には新市街が広がり、山の斜面にもぎっしりと家々が建っている。
山の手という言葉があるけれど、ここラパスでは低いところにお金持ちが住み、坂を上ったところに貧困層の住む地域が広がっています。エル・アルト(高いという意味)と呼ばれる地域では4000mを超えるとか。
お金持ちは少しでも空気の濃いところに・・・ということなのでしょうか?
photo2 急な坂道だらけの街並み。
すぐに息が上がります。
photo3 ムリリョ広場。
photo4 その広場に面してあるカテドラル。

0010. DS 2006/10/15_18:36:08
photo1 中級以下安いホテルやツアー会社などがあり、多くの旅行者が集まるサガルナガ通り近くの広場にて。
photo2 デモ。
photo3 新市街にはほどほどに高層ビルが並び、旧市街とはまた違った雰囲気がある。
photo4

0011. DS 2006/10/17_18:40:12
photo1 ラパスでものんびりしすぎたので、急いでチリへと向かうことにしました。飛行機でひとっ飛び・・・というのも考えたものの360ドルというその値段を聞いて断念、バスで行くことにしました。

ラパスからチリ最北端の町、ペルーとも国境を接するアリカまで国際バスでおよそ8時間、アリカからアントファガスタまでおよそ11時間、さらにサンティアゴまでおよそ18時間、これら3本のバスを乗り継いでようやくチリの首都サンティアゴに到着。

人口約550万人の大都会です。
photo2 高層ビルの向こうには雪をかぶるアンデスの山々。
photo3 サンティアゴのメトロは新しく、駅構内も車内も明るくきれい。
運賃は朝夕の混雑する時間以外が370ペソ均一。朝夕の運賃はその時間帯に乗っていないのでわかりません。

1ドル≒600ペソ
photo4 車内の様子。

0012. DS 2006/10/17_19:07:02
photo1 中心部を東西に貫くオイギンス通りは新市街に入ってプロビデンシア通りと名前を変える。
photo2 大通りからちょっと横道に入ると、このようなとても静かな街並みが。

英語圏の旅行者ならほとんどの人が持っているロンリープラネットでは、ヨーロッパやアメリカの街と極めて似ているとの紹介があります。
その通り、ラテンアメリカのその他の大都市に見られる混沌ぶりはここには無く、旧市街といえどとても落ち着いた雰囲気。
photo3 アルマス広場やカテドラルへと通じるパセオ・アウマーダは終日歩行者天国になっていて平日は賑やか。
photo4 同じく歩行者天国、1ブロック隣りを通るパセオ・エスタード。
この辺り、日曜日には人通りも少なくお店も多くが閉まってしまい閑散としている。

0013. DS 2006/10/17_20:30:27
photo1 カテドラル。
photo2 その中でオルガンを演奏する青年。
photo3 中央駅。
1897年、エッフェル塔のエッフェルによる設計だとか。
photo4 チジャン行き列車。

0014. DS 2006/10/17_20:57:01
photo1 モネダ宮殿(大統領府)。

選挙によって民主的に成立したサルバドール・アジェンデの社会主義政権時代、1973年9月11日、アメリカの支援を受けたピノチェト将軍によるクーデターの舞台になったところです。
その後のピノチェト軍事政権による虐殺のことを考えると、これはアメリカによるもう1つの9・11ではないでしょうか。
photo2 サルバドール・アジェンデ像。
photo3 簡単なセキュリティチェックを受け中庭に入り裏側に抜けることができる。
photo4

0015. DS 2006/10/17_21:07:38
photo1 世界遺産の街バルパライソ。

サンティアゴからバスで2時間弱。
アラメーダ・ターミナルから20分おきにバスは出ています。
photo2 急な坂道の多いこの街には欠かせない移動手段、アセンソール。
木の箱が上下にのんびりと動きます。
photo3
photo4 この立派な建物は、なぜかこの街にある国会議事堂。

0016. DS 2006/10/18_10:54:57
photo1 今回の旅の僕にとってのハイライト、サンティアゴからアルゼンチンのメンドーサへ、南北アメリカ大陸最高峰アコンカグア(6960m)を望むルートで国境を越えます。
photo2 サンティアゴを午後2時に出発、2時間半後国境に到着。
陸路の国境にしては珍しく全ての荷物をX線に通すなどで、40人ほどのバス乗客全員の手続きに1時間半も要し、メンドーサ到着は出発からおよそ8時間後、アルゼンチン時間(+1)の夜11時。
photo3 途中の景色。
photo4

0017. DS 2006/10/18_11:06:06
photo1 メンドーサの中心、独立広場。
photo2 メンドーサの街並み、道沿いなど至るところに緑が豊富でとても美しい街です。
photo3
photo4 廃線となった鉄道駅。

0018. DS 2006/10/18_12:53:36
photo1 メンドーサ18時15分発の夜行バスでブエノスアイレスへと向かいます。所要時間は14時間。
photo2 飛行機の機内食とはいかないまでも、それなりの食事が提供されます。
photo3 食事の後には観光バスでもないのにゲーム大会。多くのバス会社があり競争も熾烈で、いろいろ考えているようです。

ビンゴの要領でカードにある16の数字が全て出たらあがり。1位の人にはメンドーサ産のワインがプレゼントされていました。
僕の結果は半分の8つのみ。
photo4 翌朝8時近くになって、ようやくブエノスアイレスの中心部に入っていきます。

0019. DS 2006/10/18_13:04:33
photo1 ほぼ定刻通り、8時半にレティーロ地区にあるバスターミナルに到着。

巨大なターミナル、バスの発着レーンは75番まである。
photo2 このレティーロ地区にはバスターミナルの他、鉄道駅が3つ並んでいて、いつも人々で賑わっている。

写真はそのうちの1つで、最も立派なミトレ線の駅。
photo3 駅内部。
photo4

0020. DS 2006/10/18_13:20:52
photo1 地球の歩き方でもロンリープラネットでも紹介されている有名店、ラ・エスタンシアの店先。
photo2 店内はとても広い。
夕方5時ごろ、中途半端な時間なので客はまばら。
photo3 アルゼンチン名物、パリジャーダ。牛肉、内臓、チョリソなどの盛り合わせ。

さすが有名店だけあって、この店のパリジャーダは1人分で27ペソととても高い。安いところだと15ペソのお店もあり、量・内容ともに違いはあまりないのでそちらをおすすめします。


1ドル≒3.1ペソ
photo4 フロリダ通りにて。
バンドネオン奏者。

0021. DS 2006/10/18_13:31:05
photo1 大統領府、通称カーサ・ロサーダ(ピンクの家)。
photo2 カテドラル。
他の街のカテドラルに比べ地味な感じですが・・・
photo3 中に入るとなかなかのものです。
photo4 ここには南米各国の独立の英雄サン・マルティン将軍の棺が安置されていて、当時の軍服を着た兵士がそれを守っています。

0022. DS 2006/10/18_13:57:58
photo1 ブエノスアイレス観光の目玉の1つ、レコレータ墓地の入り口。

これまで「お墓を観光するのも気が引ける」と思い、3度目のブエノスアイレス訪問にして初めて行ってみました。

サン・マルティン広場からのんびり歩いて20分ほど。
photo2 これがお墓かと思うぐらいの立派な建物がずらりと並び、どこかのテーマパークにあるような小型化された町の中を歩いている感覚です。
photo3 洒落た造りのものがあるかと思えば・・・
photo4 このような簡素なものも。

0023. DS 2006/10/18_14:04:30
photo1 マドンナが演じたことで日本でも一躍知られるところとなったエビータことエヴァ・ペロンもここに眠る、ドゥアルテ家のお墓。
photo2
photo3 一画にあるピラール聖堂。
photo4

0024. DS 2006/10/18_14:21:05
photo1 コロン劇場。

ミラノのスカラ座に次ぐ規模で、パリのオペラ座とともに世界3大劇場だそうです。
photo2 ブエノスアイレス市中心部を南北に貫き、広いところでは上下線合わせて20車線もある大通り。
カルロス・ペジェグリーニ通り、7月9日通り、セリート通りの3つが合わさって1つの大通りを成している。
横断するのも一苦労。
photo3 その大通りとコリエンテス通りとが交わった中央にあるオベリスコ。
photo4 ブエノスアイレスのセントロ。
古く重厚な建物が多い。

0025. DS 2006/10/18_14:33:04
photo1 地下鉄スブテの入り口。

A〜E線の5路線が走っており、それぞれに色分けされていてわかりやすい。
photo2 サンティアゴのメトロとは対照的に、駅構内も車内も薄暗くて蒸し暑い。
開通してすでに100年近く経っているとのことなので、それも仕方がないことです。
photo3 車内の様子。
オレンジ色の明かり、これはこれで良い雰囲気ではあります。
photo4 料金は70センターボ(0.7ペソ)。

0026. DS 2006/10/18_14:42:52
photo1 B線にはかつて東京の丸の内線を走っていた車両が塗装もそのままで使われています。

鉄道ファンの間では知られたことらしく、僕も知人に「私の代わりに・・・」との依頼を受けて乗車してきました。
photo2 旧丸の内線の車内の様子。
こちらは広くて照明も明るく椅子も柔らかい。
photo3 日本の名残り。
photo4

0027. DS 2006/10/18_14:51:15
photo1 泊まっていたホテルからの眺め。

マイプー通り。
photo2 オテル・マイプーの主人ホセ。

外から戻ってくると手を上げて笑顔で迎えてくれる、気持ちの良い人です。
photo3 フロリダ通りにて。
タンゴを踊る2人。
photo4

0028. DS 2006/10/18_14:59:58
photo1 「母をたずねて三千里」のマルコのアルゼンチンでの第一歩はここから始まった、港町ボカ。
photo2 ボカの観光の目玉、カミニート。

ボカ地区の一番外れに位置しており、セントロからは歩いて40分ほど。市バスだと15分ほど。
photo3
photo4

0029. DS 2006/10/18_15:11:34
photo1 カミニートから5分ほど歩くと、大きなスタジアムが姿を現します。

ボカ・ジュニオルスのホームスタジアム、ラ・ボンボネラ。
photo2 5番入り口近くにオフィシャルショップがあり、そこから場内見学、博物館に入ることができます。

見学+博物館15ペソ。
photo3 試合当日、このゴール裏は最も危険な場所になるでしょう。
photo4 おそらくボカのトップチームでプレーした唯一の日本人。
現在はドイツにいる高原。頑張ってもらいたいものです。

0030. DS 2006/10/18_15:27:34
photo1 スタンドでしばらくぼーっとしていると、慌しくテレビカメラを準備する人が現れ、次に出てきたこの人は、ボカを率いるリカルド・ラボルペ監督。

ドイツのワールドカップではメキシコ代表の監督で、ベンチで煙草を姿が「ちょい悪」などとちょっとだけ話題になった人です。

10月8日、人気と実績を二分するボカ・ジュニオルス対リーベル・プレートのスーペル・クラシコと呼ばれる試合があり、それに向けてESPNの取材を受けています。
photo2 次の試合に向けてチケット購入に並ぶ行列。
photo3
photo4 映画館がたくさん並ぶラバージェ通り。
いつも賑やか。

0031. DS 2006/10/18_16:03:12
photo1 そんなこんなでおよそ3週間の旅も終わりをむかえ、夜9時50分発のCO52便に乗るべくエセイサ国際空港へと向かいます。

コンチネンタル航空のブエノスアイレス路線は2005年12月に新たに就航した路線です。
2002年12月以降運休となっていたデルタ航空も復活し、2001年から02年にかけての経済破綻から回復していることが、このことからもうかがえます。
photo2 エセイサ空港のチェックインカウンター。
新しく大きな空港です。

アメリカに向かう便ということで、厳しい荷物チェックと質問攻めを通過して、ようやく飛行機に乗り込み、ヒューストンまで10時間半、6時間待って成田まで13時間半、合計30時間の長い家路につきました。
photo3 因みに質問というのは、いつどこで荷物のパッキングをしたか、これは誰のものか、自分のもの以外はないか等々、事細かく聞かれます。面倒なので全部自分の物だと言ってもそれは通用せず。
他では経験したことないほどに執拗に聞いてきます。
これもアメリカの要請でしており、質問する職員も大変でしょうが、誰もがうんざりした表情でこれを通過するだけで疲れてしまいます。

時間ばかりがかかってしまうので、早めに空港に行くことをおすすめします。
photo4 〔おわり〕

0032. DS 2006/12/24_01:31:47
photo1 冒頭で書いたように、今回の旅では着いたその日に現金を盗られるという被害に遭ってしまいました。
被害はおよそ300ドルの現金のみ。パスポート、カード類その他の貴重品が無事だったことで、その後の旅を順調に過ごすことができたのは不幸中の幸いでした。

このスレッドを読まれた方の今後の旅にとって、いくらかでも参考になれば・・・ということで、自分の落ち度も含めその手口をここに記したいと思います。
photo2 ・空港にて

リマに到着し、一連の手続きを済ませて外に出たのは深夜12時半の少し前。
空港を出ると旅行会社の客引き、タクシーの運転手など大勢の人が声を掛けてくる。
料金の交渉をしながら運転手を探し、ミラ・フローレス地区まで20ソルで行くというタクシーに決定。

リマのホルヘ・チャベス空港は建物に向かって左側に到着ターミナル、右側に出発ターミナルがあり、駐車場は出発ターミナルの前にあるので、車まで少々歩かなくてはなりません。その間旅行者なら避けては通れない基本的な会話をしながら歩いていきます。
photo3 ・駐車場にて

駐車場に到着。僕は背中に40リットルのバックパック、前にはデイパックを抱えていました。
車はワゴンタイプ。トランクに荷物を載せる際、運転手が先に背中のバックパックを降ろそうとするものの、前にあるデイバックの肩紐が邪魔で降ろせない。それでも無理矢理降ろそうとするので、仕方なくデイパックを地面に置く。
これを見た運転手は今手に持っているバックパックをトランクに放り込むと、すかさずデイパックもトランクに入れてしまう。
この作業を終えると、運転手はちょっと離れたところで誰かに電話をかける。
photo4 後から思えば、この荷物の件、電話の件はどちらも何かを盗む為には必要な行動だったわけですが、成田から20数時間の移動の直後でだいぶ疲れきった僕の頭の中の危機回避能力は極端に低下していたようです。
そしてそれはホテルの部屋で盗まれたことに気が付くまで低下したまま回復することはありませんでした。

0033. DS 2006/12/25_00:21:46
photo1 ・出発

全ての荷物を自分の手から離してしまったことに多少の不安を感じつつも、その時考えたことは「自分以外にいるのは車の運転手だけだし・・・」ということでした。
そのまま促されるままに助手席に乗り込みシートベルトをしていざ出発。
photo2 ・実行犯登場

警備のチェックを受けて間もなく大通りに出ると、すぐに車が停まり小太りのおじさんが後部座席に乗り込んできます。
運転手が言うには、彼は友人でこの近くで警備の仕事をしているとのこと。仕事が終わったので一緒に乗って行ってもいいか?と聞かれれば、ダメとも言えず・・・

この時点で、何となくでもおかしなことに気が付くべきでしたが、先に書いたようにこの時の僕は疲労で全く気持ちの余裕がなく、眠らないようにすることだけで精一杯だったので、そこまで頭がまわらなかったのです。
photo3 後部座席に乗り込んだ実行犯は、最初のうちこそ身を乗り出していろいろと話しかけてきたものの、しばらくするとおとなしくなってしまい、変わって運転手が機嫌よく話しをして僕の注意を後方に向かせないようにしていたのです。
photo4 僕の荷物は、後部座席から手を伸ばせば届く所に無防備に置いてあるので、中を物色して盗むことはそれほど難しいことではなかったはず。

そんな状況の中で現金だけを抜き取り、同じデイパックに入れていたクレジットカード、シティバンクカード、パスポート、デジカメなどを盗らなかったのは、彼らにほんの少しだけ残っている優しさか、それとも現金以外のものは手間になるからなのか、できることなら前者であってほしいものですが・・・

0034. DS 2006/12/26_23:44:01
photo1 ・ホテルにて

ミラ・フローレス地区に入り、前回2001年に来た時に泊まったホテルに行くよう指示。

ホテル前に到着し、部屋が空いているか確認をしてからタクシーに戻って料金を支払う。
彼らは「!Buen viaje!(良い旅を!)」などと言いながら笑顔で握手をして去って行きました。

長旅を終え、ホテルを見つけ部屋に入ってベッドにごろんと横になる瞬間は最もホッとするひと時ですが、この数分後にはただ呆然とするしかない現実が僕を待っていたのです。
photo2 荷物を解き、いつもの条件反射ともいうべき行動で一通りの貴重品を確認して、すぐに10年愛用しているAIGLEの財布のいつもの場所に入れていた全てのドル現金が無いことに気が付きました。

車に乗るときに全ての荷物をトランクに入れるように仕向け、仲間に犯行開始の電話をかけ、助手席に座らせ、通りに出てすぐに実行犯が乗り込んでくる。彼らにまんまとやられてしまったことをすぐに理解できました。

こうして改めて振り返ってみると、どう考えても完全に防げるはずの犯行で、いくつかのやってはいけないことをやってしまっているので、自分自身にも腹が立ちます。
photo3 そもそも最初から隙を与えないことが一番なのでしょうが、あまりにも僕が無防備で、犯人たちにかなりの余裕があったので、最も手間要らずの現金だけを選別して抜き取った、あれほどの余裕がなければ手当たり次第にパスポートもカードも・・・などと自分を無駄に慰めながらその日は眠りにつきました。

旅先でのこのようなハプニングは落ち込むものです。
しかし、旅の最初の出来事だったので、そして被害がそれほど大きくなかったので、何とか気持ちを切り替えてその後の旅をそれなりに満喫することができたことが幸いです。
これが旅の終わりの出来事だったら、それまでの思い出が全て悔しい思いに変わってしまうところでした。
photo4 自分自身にとって、これまでの旅でこのような被害にあったことが一切なかったので、過信していたところもあったので、良い勉強になったと思うようにしています。
貴重品を手から離してしまうという基本中の基本のことができていなかった為に起きてしまった出来事ですが、きっと犯人たちはあらゆる手段で画策しようとしてきます。判断力が鈍るということも頭に入れて防ぎたいものです。

長くなりましたが、これを読んでくれた皆様、ペルーに限らずこんな光景に出くわしたら、くれぐれも気を付けて下さい。

〔おわり〕

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