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エチオピア(ラリベラとアジスアベバ)

0001. MM 2006/11/17_19:36:43
photo1 2002年の1月キリマンジャロに登りに行った際、経由したエチオピアのアジスアベバ、そしてラリベラの写真を紹介します。
移動はすべて空路なのでエチオピアのヘビーな陸路移動は経験できませんでしたが、アジスアベバとラリベラだけでも十分エチオピアを知ることができました。

東京からバンコクを経由し、バンコクからはエチオピア航空を利用しました。
photo2 バンコク・ドンムアン空港。エチオピア航空B767。
エチオピア航空は北京からのフライトでその経由地だ。機内は北京からの中国人で超満員だ。香港からの便かと思っていたが、この下品なうるさい連中を目にしたとたん北京からの便だと直感した。そして僕の席には中国人の男が寝転がっていた。「おい、こら」と言ったら、なにやらわめきながらとりあえず僕の席を空けてくれた。しかし新聞や毛布が散乱している。このゴミも何とかしろと言ってもおそらく通じないだけなので黙ることにした。もはや大多数の中国人民と空間を共にするフライトなど快適さは期待できない。僕の席に寝ていた男は隣でガサガサせわしない。
photo3 アジスアベバまではノンストップフライトで8時間。時差は4時間なのでその日の21時過ぎ着陸態勢に入った。眼下にはアジスアベバの街の明かりが広がっている。かなり規模の大きな街だ。標高2300メートルのアジスアベバに着陸。なぜこんな所にというくらい立派な空港ターミナルビルが目に入った。夜なのでより一層眩しい。おそらくアフリカ大陸でトップレベルの規模ではないだろうか?
photo4 両替しタクシー運転手と交渉してみた。明日の早朝、再び空港に戻ってくるので往復で100ブル(1400円)で話がまとまった(後でよく考えたらかなり高い)。宿はアジスアベバの中心部ピアッサのバロホテルで60ブル(840円)。空港で野宿しなくてすむ事を考えるとたいした出費ではない。
 荷物を置いて街を歩いてみた。エチオピア人が手を振ってくる。なかなか居心地の良さそうな国だ。後日アジスアベバに戻った時にはこの界隈に宿を取ろう。標高2300メートルのこの地は少し歩いただけで動悸が激しくなる。明日の朝早いことだし、激しい動きは控え宿へ戻ることにした。宿のシャワーはお湯が出ないとか言っていたが、熱いお湯がじゃんじゃん出た。うれしい誤算だ。

0002. MM 2006/11/17_19:39:39
photo1 翌朝早朝4時過ぎ出発の準備をはじめ、5時前にタクシーが迎えに来たのでホテルを出発した。空港までは10分ぐらいで着いてしまった。1番乗りだ。早く来すぎたためターミナルビルに入るのに1時間近く待たされた。
photo2 国内線のターミナルは離れになっていて国際線の隣に建っている。チェックインをすませ出発ロビーへ行こうとしたらタックスがいるらしい。しかし指示された窓口は閉まっている。そのまま窓口の前で30分位待ったが、一向に開く気配がない。どんどんタックスを払おうとする客が来て人だかりになってきた。すでにボーディングタイムの6時30分が過ぎようとしている。どうなっているんだ。その時一人の職員が行列を見て「なんだ、開いてないのか」と驚いたような仕草をして別のカウンターでタックス払いの受付をはじめた。これだけ人でごった返しているのだからもっと早く気づけよとあきれてしまう。急いで搭乗待合室へ行ったらどういうワケかもう客が座って待っている。こいつらはどこでタックスを払ったんだ?ワケのわからない国だ。
photo3  バスに乗せられ駐機場へと向かった。ラリベラ行きはフォッカー50のプロペラ機だ。飛行高度が低いので景色を楽しめそうだ。飛行機は鈍い音をたてて離陸。所要時間が2時間半もかかるので不思議に思っていたら、途中タナ湖が見えてきて着陸態勢に入った。
photo4 そしてバハルダールという空港を経由した。大半のエチオピア人が飛行機を降り、代わりに欧米人観光客が乗り込んできた。その後ゴンダールにも立ち寄りここでも欧米人観光客の大半が入れ替わった。
そして2時間後僕の目的地ラリベラに到着した。この街にやってくるエチオピア人はわずかでほとんどが欧米人観光客だ。所要時間はわずか2時間半だが2回も離着陸するとさすがに疲れる。
ラリベラに到着したプロペラ機。

0003. MM 2006/11/17_19:43:32
photo1 ラリベラ空港から町へは25キロもある。ミニバスで30ブル(420円)。交通機関はこれしかない。ラリベラの標高は2500メートルでアジスアベバより200メートルほど高い。しかし昨日の到着直後のような息苦しさはない。徐々に高度順応されているからだろうか。ラリベラの街へ向かう道路はしっかりと舗装されていて車窓から眺める大渓谷は絶景だ。
しかしラリベラの街に入ったとたんデコボコの未舗装道路になった。車とすれ違うたびに埃が舞い上がり窓から車内に入ってくる。街は殺伐としている。中心部と思われる場所にはエチオピア航空の事務所やレストランなどがあるが、どうしょうもない場所だと思ったのが第一印象だ。
photo2 ラリベラの宿は国営の2カ所以外は水もまともに出ないらしいので安い方の国営ホテル「セブンオリーブス」に泊まることにした。1泊25ドルと高めだが、お湯はいつでも使えるし、ホテルは高台にあり、敷地はスペースにゆとりがあり、とてもくつろげる。とりあえず2泊だけでラリベラ滞在中はここがベースになる。しかしエチオピアの宿にはなぜかファンがない。乾季の今はそれほど問題ないが、雨季になると部屋の中がジメジメして気分が不快になりそうだ。エチオピアで南京虫など虫の被害が多いといわれる原因はファンがないせいではないだろうか。雨季には来たくないものだ。
photo3  街へ出た。舗装されていないので歩きにくい。そして自称ガイドが延々とつきまとってくる。ここの連中のしつこさはかなりレベルが高い。これではゆっくり歩いていられない。石窟教会群のチケットを買って中に早く入ろうと思ったが、入場券売り場は昼休みだった。2時まで約1時間待たなくてはならない。近くの丘に登ったりしたが、必ず何人かにつきまとわれる。それにしてもこの町最大の問題は行動範囲が狭すぎるということだ。
声をかけてくる連中はいつも同じ顔だ。
photo4  ラリベラはピラミッド、マチュピチュ、アンコールワットなど海外旅行をする人なら誰でも知っている遺跡ではなく、こだわりのある一部の人のみが知る神秘的な大遺跡だ。僕にとってラリベラは西アフリカにあるジェンネの旧市街/マリと共に興味深い場所で憧れの場所でもあった。
それなりの観光地ということもあり我慢しなくてはならないのだろう。他にこれといった現金収入がなかった地に急激に観光客がやってきた典型的な場所だ。さすがに目的もなく街をうろつくのは疲れるのでホテルの敷地でくつろぐことにした。

0004. MM 2006/11/17_19:44:28
photo1 観光に携わらない人の表情で穏やかだ。
photo2
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0005. MM 2006/11/25_20:05:41
photo1 ラリベラの村はの雰囲気はなかなか味が出ている。マリのバンディアガラ断層のドゴンの家のような丸い土壁の家々は見ていて楽しい。そこから立ちこめる炊事の煙が目にしみる。
photo2 今日も朝から子供たちが「何かちょうだい」と近づいてくる。
photo3 教会が立ち並ぶエリアに行ってみた。
まずはガブリエル教会に入ってみた。
photo4

0006. MM 2006/11/25_20:06:37
photo1 ガブリエル教会の内部へ
photo2
photo3 祈る女性
photo4

0007. MM 2006/11/25_20:10:02
photo1 トンネルで教会と教会の間が繋がっていたりする。ヘッドライトを持ってきて正解だった。本当ならガイドが必要なのだろうが、それほど複雑なトンネルではない。
地形はかなり複雑だ。
photo2 教会の殉教者が道を案内してくれるのでガイドは必要ない。
photo3 エマニエル教会
photo4

0008. MM 2006/11/25_20:11:34
photo1 ラリベラ最大の教会。名前は「MEDHANE ALEM」。
photo2
photo3
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0009. MM 2006/11/25_20:14:15
photo1 昼寝したあと、聖ギョルギスの石窟教会に行ってみた。ここはラリベラを象徴する教会で上から見ると十字架の形に削られた教会が地底に隠れている。

これを見るためにラリベラに来たと言っても過言ではない。
photo2 遠くから見るとインチキくさい建物だと思ったが近づいてみてその迫力に圧倒された。
photo3
photo4

0010. MM 2006/11/25_20:16:13
photo1 聖ギョルギス教会。
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photo3
photo4 下から見上げる。

0011. MM 2006/11/25_20:21:01
photo1 夕食は「ブルーラリ」というレストランで食べた。食事はいつものようにインジェラ。インジェラとはエチオピアの代表的な料理でクレープのようなモノにシチューがかかっている。手で丸めて食べる。
photo2
photo3 「ブルーラリ」レストランを経営する家族
photo4

0012. MM 2006/11/25_20:23:27
photo1 広場の近くに飲み屋らしき場所があったのでエチオピアビール「MATA」でも飲むことにした。アルコールを試すのは高度順応の一環だ。これでダウンしていたらキリマンジャロにはとうてい登れない。
ビールを飲んでいたらいつも顔を合わすガイドが入ってきた。彼は今日白人旅行者を捕まえることに成功し、機嫌がよい。
photo2 酒を飲んでいたら踊り子が店に入ってきて盛り上がってきた。
photo3
photo4

0013. MM 2006/11/25_20:34:14
photo1 出発の日、夕方の飛行機でラリベラを出発することになる。ホテルには例のミニバスが2時に迎えに来るらしい。それまで暇だ。もう教会に行っても見るものはないし、自称ガイドどもが頻繁に誘ってくる「丘の上のモネストリー(修道院)」にでも行ってみようかと思った。馬だけなら60ブル(450円)ですむが、ラリベラの街に現金を落とすためにガイドも雇うことにした。そな辺の少年ガイドを雇えば安くつくんだろうけど、今回はあえてフランス語と英語を話す身なりのしっかりした質の高いガイドを選んだ。彼の名はエスティファーノ。30歳でフランス語はアジスアベバの大学で勉強したらしい。とはいえ僕がフランス語を理解できるわけではないのであまり意味はない。
photo2 9時半に中心部の広場を出発、馬にまたがり山道を1時間半登り丘の上に一枚岩が見えてきた。その横に修道院があるらしい。山頂の標高は3160m。途中馬に乗って進めないような急坂は自らの足で歩くことになる。キリマンジャロに向けていいトレーニングになる。
photo3 途中でラリベラの街でよく顔を合わしていたスイス人の旅行者に出くわした。
photo4

0014. MM 2006/11/25_20:36:14
photo1 丘の上にある修道院の名前は「アシェタン・マリアム」。教会自体ラリベラと同じような石窟教会だが、ここはラリベラよりも歴史が古いらしい。
photo2 内部は古代エチオピア正教の聖書なども置いてあり、ラリベラとは雰囲気が少し違う。
photo3 殉教者がポーズを決めてくれるところはやはり観光客が多いからだろうか?ここからラリベラの街を遙か下に望むことが出来る。
photo4

0015. MM 2006/11/25_20:39:42
photo1 帰りは山を下るだけだ。途中通学の子供たちと一緒に山を下った。ここの小学校は午前と午後でクラスが別れているらしい。この国ではどのくらいの子供たちが学校に通うことができるのかわからないが、こんな山奥の子供たちも制服を着て楽しそうに通学しているところを見ると、なんかホッとさせられる。
photo2 村に戻ったのはちょうど12時過ぎだ。ちょうどいい時間になった。
ホテルの近くのレストランで昼飯を食べることにした。しかしスパゲッティーくらいしかない。
photo3 ラリベラで滞在したセブンオリーブホテル。
1泊25ドル。
photo4 インジェラを食べるフロントの人。

0016. MM 2006/11/25_20:42:15
photo1 2時にミニバスが迎えに来てラリベラの街を出発。結局ラリベラではガイドがうるさかったが彼らとのやりとりは暇つぶしにもなったし、毎日の登場人物が同じでウンザリしたが、断っても邪険に扱われることもなく、帰り際見送ってくれたりもしたので、結果として感じのいい街だと思った。
空港には1時間前に到着した。
photo2 チェックインをしたあと各自立ち会いで荷物検査をさせられた。この空港にはX線の機械がないらしい。

ラリベラからアジスアベバへはバハルダールを経由し、予定より早い夕方6時前に到着した。なぜか国際線ターミナルビルに到着した。
photo3
photo4

0017. MM 2006/12/02_18:13:56
photo1 荷物を受け取り、今回は乗り合いバスで市内へ向かった。1.35ビル(19円)と激安だ。この国にコインがあることを初めて知った。やはりエチオピア人の目から見た生活水準は乗り合いバスに乗って初めて知ることができる。
photo2 ラリベラは車が走っているのもあまり見ない田舎町だったが、さすがに首都アジスアベバは違う。大都会で圧倒されてしまう。道路は広く片側3車線、渋滞によるクラクションの音、そして信号もある。道行く人もおしゃれだ。
photo3 そんなアジスアベバの夕方の謙遜を眺めながら時間はかかったが、ピアッサにまでやってきた。
ピアッサ周辺のショッピング街のネオンが眩しい。
photo4 ピアッサから前回泊まったバロホテルの向かいにあるWUTMAホテルに向かった。
1泊53ビル(750円)
このホテルはバロホテルより安いがお湯に出に勢いがない。でも部屋は清潔で快適だ。1階はレストランになっていて食事にも便利だ。とりあえず今夜は外で食事だ。アジスアベバは夜でも人の行き来が絶えない。これだけ人が多いと強盗の心配もなさそうだ。ナショナルホテルで魚のフライを食べることにした。そしてビール。海のないこの国の事だから川魚だろうか。

0018. MM 2006/12/02_19:07:43
photo1 翌朝、ホテルの食堂で軽く食べたあとピアッサからバスで南の新市街中心部へ向かった。この街は共産主義時代の影響かだだっ広い道路や広場が目立ち、信号が少ないので渡るのが大変だ。
photo2 駅の方へ行ってみた。
駅前広場から見たアジスアベバの中心部。
photo3 鉄道博物館というのがこの駅舎に入っているのだが、今日は休みらしい。
photo4 線路、かつてはジブチへ向かう列車が走っていたが、今は国境手前の町までの運行らしい。

0019. MM 2006/12/02_19:12:40
photo1 仕方なく再び道を歩き出した。北のピアッサに戻る途中郵便局があり、葉書と切手を購入した。郵便博物館というのがあったがまた休みだ。
そんなに行きたいわけではないがこう立て続けに休みだとなんかガッカリだ。そんな感じで街の主な場所をまわりピアッサへと戻ってきた。
photo2 やることがなくなり、アジスアベバ北部にあるエントト山に登ることにした。他に行くとこがないのでしかたない。標高が高いのでキリマンジャロに向けた高所トレーニングにはいいかもしれない。ミニバスでこれ以上行けないという場所まで向かい、そこから徒歩だ。
photo3 しかしエチオピア人の野次馬に捕まってしまった。彼らの家で紅茶をいただき雑談。彼らは変な葉っぱを見せてくれドラッグだと言って自慢げに咬みだした。彼らはそれらを「チャート」だと言っている。おそらくイエメンで有名なカートと同じ物らしい。エチオピアにもカートがあるとは聞いていたが、まさかこんなところで出くわすとは。
僕は彼らに「イエメンで咬んだことがある」と言いイエメン人のカートを咬む仕草を真似したら大うけだ。彼らは「なんかくれ」とか「日本に行きたい」とか言い出した。そして最後に「10ビル(140円)くれ」とか言い出した。僕は彼らに「10ビルあげてもいいけどもう日本に来るチャンスはなくなるぞ」と言ってみた。彼らは結局10ビルを選んだ。正しい選択だ。
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0020. MM 2006/12/02_19:14:05
photo1 彼らとはお別れし、再び山に向かった。民家がなくなり山道に入った。薪を担いで山を下りてくる女性と頻繁にすれ違う。標高が3000メートルを超えた辺りで急に雲行きが怪しくなってきた。このまま山を登っていても一向に目的地が見えてこない。しかもふとした判断で道に迷ってしまう可能性もある。下山しよう。一気に山を下った。車が走る道路は近い。車道に出たときとうとう雨が降り出してきた。雨を避ける場所が全然ない。車を止めるしかないのだろうか。
photo2 その時タクシーのような塗装の車が走ってきた。とりあえずその車を停めた。そして無我夢中で車内に入った。
「ピアッサまでいくら?」と聞いたら15ビル(210円)。乗り合いタクシーなのに何でそんなに高いんだ。完全に足元を見られている。「高い。もういい。ここで降ろしてくれ」と言ったら5ビル(70円)に下がった。助かった。この雨の中本当に降ろされたらずぶ濡れだ。タクシーはアジスアベバ中心部への坂を下り、やがて雨もやみピアッサにあっさり到着した。雨は山沿いだけでアジスアベバの中心部は全く雨に降られてないようだ。
photo3
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0021. MM 2006/12/02_19:17:04
photo1 夕食はスパゲティーを食べようと店を探していたら、知らない男に店を紹介すると言われ路地裏の店に案内された。さすがにこの店は一人じゃ見つけられない。6ビル(84円)のスパゲティーは味も良く量も多い。しかし案内してくれたおやじは自分は何もいらないとか言っていたくせにコーラが飲みたいとか言い出した。この店を教えてもらったのでコーラくらいならいいだろう。
photo2 アジスアベバ最終日。今日は午前中少し時間に余裕がある。日曜ということもあり、ピアッサ付近にある聖ジョージ教会に行ってみた。日曜礼拝でも見られるかと思ったが、教会一帯は信者と物売りと物乞いでごった返していた。教会の中はおろか敷地の中に入るのも断念した。入れないこともないが、戻ってくるのに相当時間がかかりそうだ。昨日行っておけばよかった。   
photo3
photo4 それにしてもこの物乞いの多さは何だ。道端にゴミの山があると思ったらその中に人が寝ていて動き出したり、野良犬も一緒になって寝ている。最低限の人間としての生き方についていろいろ考えさせられる場所だ。ここの最底辺の人たちの生活は世界最低水準かもしれない。

0022. MM 2006/12/02_19:21:53
photo1 宿で荷物を受け取り、ピアッサから乗り合いバスで空港へ向かった。空港には2時間前に到着した。
空港前の広場はローカルな雰囲気だ。
photo2 でもアジスアベバ国際空港のターミナルビルはアフリカでも有数の近代的な建造物だ。
photo3 しかし中身は空っぽだ。
立派なのは建物だけで内部はずいぶん寂しい。
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0023. MM 2006/12/02_19:24:38
photo1 キリマンジャロへ向かうためチェックインをしようと思ったらコンピューターが壊れているらしくかなり待たされた。
カウンターの人は申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる。1時間前になってやっとコンピューターが動き出したようで列が動き出した。エチオピア航空のチェックインはまずお詫びから始まった。なかなか感じのいいスタッフだ。

しかしコンピュータが止まっては台無しだ。多少遅くても中途半端な国はアナログで動いた方が確実なのではと思ってしまう。
 
photo2 キリマンジャロ行きの便はタンザニアの中心都市ダルエスサラーム行きの経由地だ。
飛行機は50分遅れで出発。中はガラガラで窓際しか客が座っていない。
続きは
「キリマンジャロ登山(タンザニア)」を参照してください。

【終わり】
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