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南太平洋島巡り(トンガ・サモア・フィジー他)

0001. MM 2006/12/06_23:02:41
photo1 2002年9月に行った南太平洋の島国を巡った旅行を紹介します。僕は一般的な旅行者に比べて訪問国はかなり多い方だが「今まで行ったことない国ってどこ?」と質問されることが多く、いつも「島とアフリカの真ん中」と答えていた。
今回の旅行は初めて島をメインにしたものだ。つい最近まで島には飛行機でしか行けない高級リゾート地。イコール高い。という先入観があり、ましてや南太平洋の島国など一生行くことはないと思っていた。それがフィジーを始め、いくつかの島には個人旅行者向けの安い宿があることを知り、また昨年スキューバダイビングのライセンスを取った事もあり、島に対してだんだん興味を持つようになってきた。
 
photo2 本来ならビーチや現地の人々の民家でのんびりしたいのだが、限られた時間の中で思いっきり日程を詰めてしまった。1カ国2日から3日。これではその国のことが何もわからない気もするが時間に余裕はないのでしかたない。
photo3 今回はメインとなる航空券は大韓航空でソウル経由のオークランドイン、ナンディーアウト。オークランドからナンディーへはポリネシア航空等が利用できるエアパス(ブーメランパス)を利用する。
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0002. MM 2006/12/10_20:00:41
photo1 出発当日

今回の旅行は複雑なルートで航空券を注文したのだが、それが災いしたのか成田空港出発前時の航空券受け取りの時点で問題が発生した。
 出発までまだ2時間以上ある。このとき焦りは全くなかった。そのトラブルとは成田空港で出発前に受け取りはずだった航空券が届いてないというものだ。ただすべての航空券がないわけではなくニュージーランドからトンガ、サモアを経由してフィジーに至るブーメランパスの区間だけが空港に届けられていなかったのだ。困ったモノだ。
photo2 すべての航空券が届いてないというなら宅配業者の責任という可能性もあるが、一部だけないというのは明らかに旅行会社のミスだ。でもこちらとしてはチケットを受け取れば何も文句はない。カウンターの係の人は確認してくると言い、その場から姿を消した。確認してもらっている間、受け取ることが出来た大韓航空のチケットでオークランドまでのチェックインをすませることにした。
 しばらく待たされ係の人が戻ってきた。そしてニュージーランドでの滞在先は決まっているのか聞いてきた。そんなもの決まっているわけない。国際宅配便で送ろうとしているのか?僕は今すぐ発券できないのかと聞いてみた。係の人は「それが出来ないんですよ」と言いかけたが、ちょっと待ってくれと言い再び姿を消してしまった。
photo3  待つこと約15分。彼女の手にはノーマル航空券が握られていた。「これを使ってください」とのことだ。旅行会社側は微々たる利益のために信用を失うよりは高額なノーマルチケットを渡してその場をしのいだ方がいいという当然の判断をしたようだ。航空券受け渡しカウンタ−の係員は旅行業者とは何の関係もないし、強く文句を言うこともできない。バタバタさせてしまい申し訳ない気がしないでもない。とりあえずこちらとしては航空券だけもらえれば何も文句はない。
photo4  ノーマルチケットは航空会社や日程、ルートなどすべて手数料なしで変更でき、1年間有効だ。しかし今回のような短期旅行では飛行機に乗り遅れた時、次の便に振り替えてもらえる事以外であまりメリットは感じない。

0003. MM 2006/12/10_20:07:20
photo1 出国審査に向かったのは出発45分前。大韓航空ソウル行き。フライト時間は約2時間。客の大半は韓国人だ。
仁川国際空港に変わってからソウルに来るのは初めてだ。仁川に到着後、滑走路に着陸してからターミナルビルにたどり着くまでずいぶん時間がかかる。ターミナルビル内部は広々としているが、まだ未完成で特別広い空港というわけではない気がする。
photo2 2時間のトランジットを経てオークランド行きに乗り込んだ。ここからはB777で最新鋭の翼だ。しかし大韓航空の機内設備は個人モニターもなく他の航空会社に比べ劣っている。オークランドまでのフライト時間は案外長く11時間だ。非常口横のシートのため足を延ばせリラックスできる。そして飛行機が緊急着陸した場合は真っ先に逃げることも出来る。とにかく熟睡できそうだ。
機内食はビビンパが出た。
photo3 翌日11時過ぎにニュージーランドのオークランドに着陸した。
とりあえずバスで市内に向かうことにした。オークランドの第一印象はオーストラリア同様明るく清潔でバックパックを背負った旅行者を大切にしているということだろうか。とにかくこの国では高級ホテルを利用する客も貧乏旅行者も同じように暖かく迎え入れられイヤな思いをすることはない。その点ではオーストラリア同様これほど快適な国は他にないかもしれない。バスの運転手も宿が決まってないと言うとわかりやすい英語でホステルの場所の説明をしてくれる。そのフレンドリーな笑顔の奥に英語がへたくそな人間をバカにする表情などみじんもない。
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0004. MM 2006/12/11_18:23:37
photo1 バスは木造平屋建ての住宅地を走り抜け、丘を越えてタワーを中心に高層ビルのそびえるオークランドの中心部に滑り込んだ。数件のホステルを経由し、中心部と思われる場所にさしかかったときバスを降りることにした。さすがにニュージーランド最大の都市の目抜き通りというだけのことはあり、通り沿いにはモダンなショッピングモールや銀行、レストランやお土産物が軒を連ねている。そして何より人が多い。しかしその歩いている人の大半はアジア系やメラネシア系などマイノリティーだ。先進国の都市には共通していることだが、この街ほど居るはずの人が少ないと思ったのは初めてだ。もしかしたらここよりバンコクのスクンビットの方が白人が多いかもしれない。そんな中、北の方に少し歩きクィーン・バックパッカーズに泊まることにした。
photo2 クィーン・バックパッカーズ。とりあえずオークランドの拠点はココに決定。
photo3 街に出てまず両替をすませることにした。坂の多い街並みにタワーがそびえ、地味な英語の看板。そして人種のるつぼ。それらを見ているとヨハネスブルグのヒルブローを思い出す。しかしあそこが世界一治安が悪い場所であるのに対してここは世界一治安がよい都市の一つであるのが唯一対照的だ。
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0005. MM 2006/12/11_18:24:21
photo1 夕食は韓国料理店に入ることにした。結局今日ニュージーランドに来て全くといって欧米的なものにふれることがなかった。バーガーキングの店員ですら中国人だった。
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0006. MM 2006/12/11_18:27:25
photo1 翌朝、
冬のオークランド。朝でもそれほど寒くはない。

オークランド駅に行ってみた。ここからウェリントン行きの夜行列車なども出ている。駅舎は立派だが、駅としての機能はなく、洒落たレストランになっていた。
photo2 その脇に現在の駅があり、プラットホームに近郊列車が停車していた。閑散としている。
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0007. MM 2006/12/11_18:30:18
photo1 夕方デボンポートへ行ってみた。デポンポートとはオークランドから海を隔てた対岸の街だ。船が出ていて気軽に行くことができる。おそらく今回のニュージーランド滞在でこの場所が一番良かった(他にたいして行ってないけど)。
船はオークランドの町並みをうしろにデポンポートへ向かう。
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photo3 デポンポートの街の裏にある丘からのオークランドの街並みはずっと見ていても飽きない。丘は芝生の公園になっていて丘の裏には区画整備された高級住宅街が見下ろせる。
確かにこの国は生活しやすそうだ。
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0008. MM 2006/12/11_18:34:40
photo1 中心部へ戻り、フードコートへ行ってみた。アジア太平洋地域はこの手のレストラン街が多くとても便利だ。店はタイやインド、中華など低料金で本場の味を堪能できる。こういう場所に来ると結局はタイ料理を選んでしまう。トムカーカイ(ココナッツミルクのスープ)は完璧な味だ。1日3食しか食事が出来ないのが悔しい。
photo2 明日のトンガへのフライトは早朝6時だ。今日のうちに空港近くのホテルに移動した方がいいかもしれない。明日の朝4時にタクシーで空港に向かうなら、今日バスで空港に向かい、ちょっと高めのホテルに泊まった方が気が楽だ。何よりこのホステルに飽きてきた。そんなわけで夕方4時過ぎバスで空港へ向かうことにした。
photo3 空港に着いたが、このまま空港で朝までベンチで寝るのもいいかと考えた。しかし12時間ここで待つのは結構つらい。考えた挙げ句、結局無料電話でホテルを予約することにした。フリーピックアップもあるようだ。しかしいざホテルに着いたらフリーピックアップは深夜はしてくれないらしい。タクシーを呼んでもらうことになった。結果としてかなり高くなってしまったが、宿が変わってリフレッシュできそうだ。目覚まし時計をセットし早めに寝ることにした。
空港近くで宿泊した宿の部屋。
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0009. MM 2006/12/11_18:40:39
photo1 トンガへ向かう日の朝3時前に目が覚めた。テレビをつけたらBBCでニューヨークからの中継が放送されてた。今日は9月11日(2002年)だ。あの日からちょうど1年、追悼式典が行われているようだ。

朝4時に予約しておいたタクシーがちゃんとやってきた。空港まで約10分かかる。ニュージーランドには深夜料金などないのか、メーターも回していない。とにかくホテルの人が言ったとおりタクシー代は16ドル(800円)だったので一安心。
photo2 空港に到着したらすでにチェックインが始まっていた。出発時刻が5:45と30分早くなっていたのであまり時間はない。搭乗券を受け取り、残ったニュージーランドドルで朝食を食べてから出発ゲートへと向かった。出国手続きの審査員も笑顔でパスポートを返してくれる。本当にいい国なんだが、やはり僕にはあまりにも刺激がなさ過ぎるというか、残念だがもうこの国には来ることはないのだろう。
photo3 ポリネシアン航空。トンガへは2時間半のフライトだ。ポリネシア系の人も笑顔は満面で気分がいい。しかしスチュワーデスは小錦、武蔵丸系の女性なので少し引いてしまう。そんなわけで時差1時間。トンガの首都があるトンガタプ島のファアモツ国際空港に着陸体制に入った。
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0010. MM 2006/12/11_18:43:56
photo1 飛行機の客のほとんどはそのままサモアに向かうらしくトンガで降りる人は少ない。暇そうな空港だ。
オークランドから利用したポリネシア航空。
photo2 入国し手荷物を受け取り外へ出た。
少額の両替をすませ街へ出ることにした。市内への安い交通機関はデイトラインホテルのミニバスだ。とはいえ結果として値段はタクシーとあまり変わらなかった。首都ヌクアロファで一番安い宿はトニーゲストハウスだが、中心部からかなり離れた場所に移転したようであまり行く価値はない。中国人の経営する「アンジェラス・ゲストハウス」(写真)に泊まることにした。香港から移民してきたおばさんは感じのいい人だ。銀行より良いレートで50USドル分両替してもらい街へ出た。
photo3 アンジェラス・ゲストハウスの部屋。水シャワーのみだ。1泊25トンがドル(1450円)。宿は少し高めだ。
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0011. MM 2006/12/19_18:46:46
photo1 ヌクアロファは首都とはいっても小さな街。一通り設備はそろっているが、道路はでこぼこで建物も貧相だ。ニュージーランドから来たので感じ方が偏っているかもしれないがパプアニューギニアより少しましな程度だろう。観光案内所で立派な地図を無料でもらうことができ、レンタサイクルを借り遠出することにした。近くのダイビングショップに出向いてみたが、シーズンオフのためか休みだった。トンガですることがなくなってしまった。とりあえず今日は自転車をこいで島の北西端に行くことにした。
ヌクアロファの市場。
photo2 トンガタブ島は平らな島なので走っていてもたいして疲れないが、めざす場所はあまりにも遠かった。しかし一度走り出してしまうとなかなか戻るきっかけが見つからない。
延々と南の島の風景が続く。
photo3 時々通過する集落で子供たちが手を振ってくれる。そのまま休みなしでこの先に白いビーチがあると信じ走り続けた。
photo4 岬にはエメラルドグリーンの海は広がっていたが、砂浜はなかった。やられた。海の透明度はすごいがビーチがないのでは話にならない。

0012. MM 2006/12/19_18:48:13
photo1 朝食べた機内食以来何も口にしてなかったので腹も減っている。ここにいても何もないのでとりあえず戻らなくてはならない。
帰り道ゲストハウスの看板があったのでその方向に曲がってみた。はたして営業しているのだろうか?でこぼこの道を約1キロほど走った時、なにか建物が見えてきた。そして人影のない真っ白なビーチも。今までの疲れが少し癒された。この建物がリゾートホテルになっていてレストランもあり、やっと食事をすることができた。
沖合に張りめぐらされリーフに打ち付ける波でサーフィンをしている人もいる。でも延々に続いているビーチには誰もいない。ここでのんびりしていたいが、早く帰らないと日が暮れてしまう。それに5時までに自転車を返さなくてはならない。
photo2 腹も満たされたので再びヌクアロファに向け自転車をこぐことにした。帰りは何も考えないで走っていたのでずいぶん早い。5時前にちゃんと自転車を返すことができた。
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0013. MM 2006/12/19_18:52:20
photo1 到着した日の夜はトンガンダンスのディナーショーを見る事になっている。7時前宿でビックアップを待つことにした。やがてワゴン車に乗せられナショナルセンターへ向かった。ダンスショーは約1時間で客も「カバの儀式」に参加させられ苦いカバを飲まされた。
「カバ」とは南太平洋のメラネシアからポリネシアにまたがる地域で常用される嗜好品。向精神性薬物。
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0014. MM 2006/12/19_18:54:11
photo1 そのあと力強いダンスを見た後ディナータイムとなった。食事のメインはやはり豚の丸焼きだ。
photo2 豚の丸焼きは高級な料理としてテレビなどでよく見るが正直食べるのは今回がはじめてだ。それ以外にもトンガの民族料理がたくさん出て値段(20トンガドル/1200円の割にとても満足度の高いディナーショーだった。
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photo4 こんな感じでトンガ初日の夜は充実した時間を過ごすことができた。昼間自転車で60キロ以上走ったのでくたくただ。

0015. MM 2006/12/19_18:59:49
photo1 トンガの民族衣装が学制服になっている。
photo2 ヌクアロファの教会。妙に立派だ。
photo3 今泊まっている宿の30メートル隣に「リトル東京」という日本食レストランがあり、夕食を食べに行くことにした。カツ丼を食べていたらひとりの日本人が入ってきた。彼の名はSさん。
彼は貿易商で主に南太平洋諸国へ日本製品を輸出している行商だ。僕は最近南太平洋の島々に関して興味をもち出しているもののまだまだ知識が今ひとつ。そんな中ほぼすべての太平洋の島国に何回も訪れている佐藤さんの話はとても興味深いものだった。意気投合してしまい、この夜はついつい遅くまで飲んでしまった。Sさんとは今後のスケジュールがフィジーまで同じだ。まず明日のサモアまでのフライトが同じだったので一緒に空港に向かう約束をしてお開きにした。
photo4 南太平洋では飛行機の便数が極端に少なく週1便の国際線もざらだ。だから同じ時期に同じように忙しい移動をしていれば必然的に同じ飛行機に乗ることになってしまう。

0016. MM 2006/12/19_19:03:37
photo1 トンガ最後に日。雨。昼過ぎ雨がやみ、太陽が見えかけたので天気は回復すると信じ最後の日ということで再び自転車を借りてホウマの潮吹き穴へ行くことにした。今日は片道20キロはないにしてもかなりの距離だ。何も考えないでひたすら走り続けていたら目的地に着く前に雨が降り出してきた。雨の中ホウマに到着。
photo2 潮吹き穴は溶岩の隙間から上に向かって海水が吹き上がる様子が見られる場所だ。たいしたことはないがトンガタプ島ではもっとも有名な観光地の一つだ。
photo3 帰路、雨が激しく降り出してきた。1時間半ずぶぬれで何とかヌクアロファに戻ってきた。とりあえず自転車だけ返して宿に戻り、シャワーを浴びたい。着替えをすませたが今夜出発なので乾くはずがない。でもアイロンがあるようで借りることにした。完全には乾かなかったがだいぶましになった。泥も落ちたので何とか不快な気分から解放された。しかし南の島で降り続く雨は最悪だ。
アイロンで洗濯を乾かしている間に雨はやんだようだ。夕方海岸沿いの中華料理屋で食事することにした。ちょっと量が多いが朝から何も口にしていないのでちょうどいい。
photo4 トンガの王宮。

0017. MM 2006/12/19_19:05:04
photo1 夕方6時過ぎ、まだ乾いてない洗濯物をバッグに詰めアンジェラスゲストハウスを後にした。僕以外に客はいなかったこともあり、いろいろ親切にしてもらい本当に感じのいい中国人夫妻だった。トンガの中国人はみんな感じのいい人が多かった。
 昨夜知り合ったSさんとは彼が泊まっているヌクアロファホテルのロビーで待ち合わせをしている。歩いてヌクアロファホテルに向かった。やがてSさんがホテルに戻ってきて一緒に空港へ向かうことになった。雨がまた降り出してきた。空港に到着したが、チェックインカウンターは吹きさらしで突風が吹いていて寒い。南国ムードゼロだ。出発まで1時間半あるが、速やかに搭乗口前に向かうことにした。
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0018. MM 2006/12/19_19:07:57
photo1 今夜のアピア行きのポリネシアン航空はシドニーからの便だ。時間的に食事も出ず、お菓子だけ出て1時間後サモアのファレオロ国際空港に到着した。緯度的にはかなり北へ来た(赤道に近づいた)がサモアも夜は涼しい。月が見えるということは天気は悪くないようだ。
photo2 サモアからトンガへの移動では妙な経験をすることになった。トンガとサモアでは時差はないが、日付が違うのだ。今回の旅行に出発してから気づいたのだが、サモアは日付変更線の東にある国だ。時差は24時間遅れ。今日は土曜日だったが明日もまた土曜日だ。三日後フィジーに移動するとき、一日飛ぶことになる。このように日付変更線を意識しながら旅行するのは初めてだ。このような経験は太平洋の島国でしかできない。妙な経験だ
航空券の日付が紛らわしい。
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0019. MM 2006/12/19_19:15:22
photo1 トンガの子供たち
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0020. MM 2006/12/19_20:30:22
photo1 サモアの首都アピア郊外にあるファレオロ空港は日本の援助で作られらしく立派なターミナルビルだ。トンガからの同じ飛行機には南太平洋で有名な日本人で日本食レストラン「大黒」などを傘下に持つパシフィック・インターナショナルの社長の大石さんが乗っていて、街中まで車に便乗させてもらうことになった。アピアではSさんがいつも泊まるという「アーカムモーテル」に向かった。大石さんの車で連れて行ってもらった。アーカムモーテルの名前はアピアセントラルホテルに変わっていた。とりあえず今夜はSさんの部屋に一緒に泊まらしてもらうことになった。今夜は遅いのでビールを飲んで就寝。明日宿探しだ。
photo2  翌朝8時大石さんの経営するパシフィック・インターナショナルで明日日曜日のツアーを申し込むことにした。
日曜日のサモアはすべての店が閉まり、バスもほとんど走らない状態になる。安息日で人々は教会に通うらしい。限られた時間で自力での移動が困難だと思い、多少の出費は気にせずツアーに参加するのが効率的だと確信した。めざすべき場所はウポル島南西端のラロマヌビーチだ。必然的に島を半周することになる。
photo3 今日から宿はバレンタインズモーテルへ移動だ。この宿はアピアで一番安い宿だ。安くても部屋は明るくて広いし、庭では洗濯が干せマンゴの木が生えている。1泊1500円ほどだ。
photo4 アピアの街を歩いてみた。街は埃っぽくなく清潔な雰囲気だが、ボンネットバスや昔ながらのマーケットなどアンティークな部分も多く目につき、やっと南の島へ来たなと胸が高ぶる。暑いことは暑いがそんなにムシムシせずしのぎやすい。歩いていてもほとんど汗をかかない。

0021. MM 2006/12/19_20:32:31
photo1 こんな島にもグローバル化の象徴が進出していた。
アピアのマクドナルド。
photo2 アピアの街を歩き夕方Sさんと食事でもと思いアーカムモーテルに行ってみた。
予想通りホテルのバーに佐藤さんが座っていた。一緒に近くの中華料理屋に食事に向かった。ここもSさん行き付けの店らしい。でかい魚を注文したら食べきれない。もったいないので持ち帰りだ。
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0022. MM 2006/12/19_20:35:02
photo1 翌日の日曜日はツアーに参加することになっている。アピアの人々は教会に出かけ街の活気はなくなり、公共交通機関はほとんどストップしてしまう。ということでちょっと高いがこのツアーに参加して島の裏側に行くことにした。
9時半に迎えのミニバスがやってきた。僕以外の5人はみんなオーストラリア人だ。このツアーはこの国最高級のアギーグレイスホテル主催でバスもホテルが所有しているらしい。そして僕以外このホテルの宿泊客のようだ。

photo2 バスは東に向け走り出した。時折白い服に正装した人々が教会から帰ってくる姿が目につく。みんな当たり前のようにこちらに手を振ってくれる。島の北側は天気が良かったが、島の南側へ向かう途中の峠は厚い雲がかかっている。島の南の天気が心配だ。峠の南は予想通り天気が思わしくない。
photo3 サモアこそ青い空の下の白いビーチを期待していたが、またしても裏切られた。おまけに車はパンク。スペアタイヤに取り換える間、村を散策してみた。そこで知り合ったのは双子の姉妹。
photo4 それにしてもすれ違う車がほとんどない。ヒッチハイクも大変だ。ツアーで来て正解だったようだ

0023. MM 2006/12/19_20:39:13
photo1 10時過ぎ、ミニバスはウポル島南東端のラロマヌビーチに到着した。絵はがきの写真にもよく使われているサモアを代表するビーチだ。
photo2 天気が良くないので青い海はないが、ビーチはきれいだ。
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photo4 天気は一向に良くならず風が強くなってきた。とても海に入る気にはなれない。しかし子供たちは無邪気に泳いでいる。

0024. MM 2006/12/19_20:42:46
photo1 地元の人々
photo2 地元の子供たち。
photo3 ラロマヌビーチに停まっていたいい味の出ているボンネットバス。
photo4 やがて出発の2時になった。いつの間にか青空が見え、日差しもでてきた。でもつかの間の青空だ。帰り際少しでも青い海が見られて良かった。

0025. MM 2006/12/19_20:44:49
photo1 出発したら再び天気が悪くなり、雨も降ってきた。
景勝地を通過するが青い空が恋しい。
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0026. MM 2006/12/19_20:46:35
photo1 こんな天気だが、帰り道ソポアガの滝に寄ることになった。
photo2 滝の展望台ではココナッツミルクの作り方の実演を見学した。ココナッツの内側の白い部分をみじん切りにして絞るとミルクになる。初めて知った。
photo3 滝周辺にて。この島の人はみんな気さくだ。
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0027. MM 2006/12/19_20:48:10
photo1 アピアまではまた山を越えなくてはならない。山を登るにつれ雨が強くなり、霧もでてきた。しかし山を越えたとたんに天気が回復し、あれだけ天気が悪かったのが信じられないぐらい爽やかな夕暮れになった。
道路が濡れてないところを見ると島の北側は雨が降らなかったのだろうか。
photo2 アピアに到着し、全員アギーグレイスホテルで降り、僕一人だけそのままバレンタイズゲストハウスへ送ってもらった。天気はいまいちだったが充実した一日だった。朝、干しておいた洗濯物はすっきり乾いていた。
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0028. MM 2006/12/19_20:51:29
photo1 サモア最後の日、この国の名物ボンネットバスに乗って近くのビーチに行こうかと思ったが、今日も天気がいまいちだ。今日は島の北側も雨が降りそうな気がする。
海岸沿いのフィッシュマーケットに行ってみたが時間が遅かったからか魚はほとんどなくなっていた。その横のバスターミナルから適当にバスに乗ることにした。とはいえどこへ行っていいのかわからず次々にバスは来るが乗るタイミングがつかめない。結局アファガという村へ行くバスに乗り込んだ。
photo2 バスの車内にて
photo3 アファガは空港とアピアのちょうど中間だ。そしてバスは終点に到着。
何の変哲もない集落に降り立ったが何もない。海は見えるがごつごつの溶岩でできた海岸があるだけで座るところもない。ただ近くに変わった建築様式の教会があったので、それだけ見てアピアに戻ることにした。
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0029. MM 2006/12/19_20:58:51
photo1 サモアを出発する夜、一緒に空港へ向かうSさんが泊まっているアピアセントラルホテルに向かった。
。アピアセントラルホテルでSさんの部屋に荷物を置かしてもらい、一緒に一昨日行った中華料理屋で食べることにした。今日は普通にチャーハンと炒め物とビールだ。10時半にタクシーが迎えに来るということなのでそれまでホテルでくつろぐことにした。

ホテルへ移設のバーにて。
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0030. MM 2006/12/19_20:59:35
photo1 2002年9月17日。午後9時。短波ラジオから4時間遅れの日本からの情報が流れてくる。小泉首相が今日北朝鮮に行ってきたらしく金正日が拉致を認めてその人たちは大半が死んでいるということだ。日本では今大騒ぎになっているのだろうか。南の島のサモアにいるとあまり実感がわかず、ラジオから流れてくるそれらの情報すべてがフィクションにさえ思えてくる。
photo2 10時半、タクシーで空港に向かった。今夜のフライト時刻は日が明けて1:45発。南太平洋のこの不自然なフライト時間は何とかならないものだろうか?
 サモアでも天気が良かったのはトンガ同様初日だけだった。オークランドでもそうだったし、低気圧が僕を追いかけてきているようだ。もうフィジーには2日しか滞在できない。話によると天気は悪い日が続いているようだ。もう天気に関して期待はしていない。
photo3 フィジーへは再び日付変更線を越えるのですぐにあさってになってしまう。
エアパシフィック航空のナンディ行きはB737。1時間半のフライトだったがまともな機内食が出た。一応全部食べ、うとうとしていたらあっという間にナンディ空港に着陸し、その衝撃で目が覚めた。ナンディ空港は南太平洋最大の空港らしくボーディングブリッジもあり、免税店も充実している。床にはカーペットが敷かれエアコンも効いている。オークランド以来の近代的な空港だ。到着ロビーに出てSさんとはここでお別れすることになった。本当にお世話になりました。
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0031. MM 2006/12/21_21:13:19
photo1 フィジーに到着。僕はとりあえず両替をすませ、宿を探さなくてはならない。空港の職員か宿の客引きか知らないがメラネシア系のおばさんがどこへ行きたいのか聞いてきたので、空港の裏のトラベラーズビーチにあるホテルがいいというとマナローズという宿を紹介してくれた。宿の代理店が空港の2階にあるらしく案内された。

どうも高級リゾートのマナ・アイランドリゾートの関連の宿らしく、事務所ではインド人の女性が眠そうな顔をして出てきた。ここで予約をすませ、支払いも済ませることになった。
photo2 部屋はドミトリーでも良かったが、もう帰るだけだしシングルに泊まることにした。一泊50フィジードル(3000円)とちょっと高いがゆっくり眠りたい。空港から宿へはタクシーを使わなくてはならないが、タクシー代は予約した代理店が出してくれた。事実上無料送迎だ。それにしてもインド人とフィジー人は仲良くやっているようなので少しホッとした。南の島で見たインド人はなんか懐かしい気分にさせてくれる。インド人を前にすると気を張ってしまうがこの国のインド人は穏やかで素直で親切だ。せこいことは考えてないのだろう。

 
photo3 連れて行かれた宿は高級住宅街の民家で旅行者は僕しかいないようだ。ドミトリーでも良かった、少し失敗。まあいい、とりあえず寝よう。

宿泊した宿。
photo4 4時間ぐらい寝て目が覚めた。午前中は天気がいいのだろうか。フルーツ盛りだくさんの朝食を食べビーチへ行ってみた。しかしドロドロで伊豆並みに汚かった。ここはとてもくつろげる浜辺ではなかった。ナンディ湾にきれいな砂浜を求めたのが失敗だった。
でも近くにダイビングショップがあったので明日天気が良ければ潜ってみよう。宿はビーチを優先したため、街に出るのが不便だ。15分ほど歩いたところをバスが通るらしいが、いつ来るかわからない。結局ヒッチハイクでメインロードへ出て、そこを頻繁に通るミニバスで街に向かうのが確実で安い。

0032. MM 2006/12/21_21:15:58
photo1 ヒッチハイクと公共バスを乗り継ぎ、ナンディの中心部へやってきた。
ナンディは予想通り観光客のための街だ。これだけ土産物屋がひしめいているのも珍しい。明日の朝東京行きの便があるためか、街を歩く日本人も多く目につく。しかしどの店も客がいない。メインストリートから一歩離れるとインド人向けの安いカレー屋などがあり、庶民的な雰囲気にホッとさせられる。
photo2 市場の横にバスターミナルがあり、ここからどこかへ出かけたい。特に行きたい場所はなかったので首都スバに次ぐフィジー第二の都市であるラウトカへ行こうとバスに乗り込んだ。何があるのか知らないが行くことに意味がある。空港を通り過ぎ、途中ビサヤ諸島の島影やサトウキビ畑を見渡しながらバスは走り続けた。また海とは逆の方向に目をやれば3千メートル以上の山々が連なっている。フィジーにこんな高い山があったとは全然知らなかった。
道路に面してサトウキビ運搬用の線路が平行していて時折交差する。あまり使われてないのかと思っていたが、結構頻繁に走っているようで短時間のうちに2回も列車を見た。やがてラウトカに到着。
photo3 サトウキビの積出港ということで港はそれなりの港湾設備が整った感じで街もナンディーに比べ、土産物屋がなく庶民的な感じがする。フィジーに来て初めて見た普通の街だ。この街もインド人が多く、インドによくあるインディアン・スイートの店に入ってみた。
ここで甘いお菓子とラッシーを飲みながらくつろぐことにした。店内にはインド音楽、フィジーに来た目的の一つがこの雰囲気を味わうことだった。
ここにいるとフィジーにいる気が全くしない。
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0033. MM 2006/12/21_21:18:11
photo1 1時間ほど街を見学して再びナンディーへ戻る事にした。
ナンディのヒンドゥー寺院。
photo2 ナンディの街から宿へ戻るのは大変だ。ホテルに戻ってしまうともう食べられないので、街中のベーカリーでパンを買ってから戻ることにした。バスでトラベラーズビーチへの分岐点まで行き、そこからヒッチハイクしか方法はない。オーストラリア人の車に乗せてもらいあっさり宿に戻る事が出来た。今夜もこの宿には客がいないようだ。ホームスティをしている感じでそれはそれでよし。バルコニーから見た夕日がきれいだ。昨日あまり眠れなかったので今日は早めに眠ろう。
photo3
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0034. MM 2006/12/21_21:27:12
photo1 フィジー滞在最終日、8時半にダイブショップに行くことになっている。今日の朝食もフルート盛りだくさんだが、食べ過ぎると問題が生じるかもしれない。近所にあるダイビングショップなので徒歩で出向いた。

天気は昨日に続いて最高だ。今回の旅はサモアやトンガでは雨に降られることが多かったが最後の最後で運がめぐってきた。ただ太陽が出ているが気温は30度以下で少し肌寒い。
出発の準備が始まった。
photo2 ナンディ各所から参加者がピックアップされ、ダイビングショップに集合した。日本人はいないがイギリス人とアメリカ人たち6人と一緒に出発することになった。ボートに乗ると予想通り寒く、朝食で出たフルーツのせいかトイレに行きたくなってきた。しかしもう我慢するしかない。


 
photo3 今日は1ダイブのみだ。一応飛行機に乗る12時間前からダイビングはしてはいけないという決まりがある。どうしてダメなのか理由は詳しくわからないが、守るべき事は守らなくてはならない。そんなわけでギリギリの1ダイブトリップだ。とはいえ僕以外の参加者も午前中2ダイブして同じボートで戻ることになる。
photo4 船で沖合へ。

0035. MM 2006/12/21_21:28:59
photo1 久々のダイビングだが、前回沖縄に潜った時のような焦りはない。今回のバディはイギリス人のアンディでダイブ経験は30本とそんなに多いわけではない。ちなみに僕はこれで10本目だ。今回はバランスを崩すこともなくスムーズに水底に沈むことが出来た。深度25メートル。透明度は抜群だ。
早速ウツボが目の前に現れた。珊瑚礁は多彩で小さな魚がたくさん泳いでいる。今回もデジカメを持参したが、被写体となる大きな魚がいないのでシャッターチャンスはあまりなかったが、目の前にはすばらしい世界が広がっている。途中洞窟の中を通り抜けたり、地形的にも大変スリリングで面白い。
photo2
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photo4 他の人が2本目を潜っているとき僕はシュノーケルをすることにした。オーストラリア並みの鮮やかなリーフで小魚がたくさんいる。太陽の光がふんだんに届くのでこちらの方がきれいだ。でも結局大きな魚を見ることはなかった。とにかく今回は海外で一人で潜ることが出来たということに意味がある。とりあえず言葉に関して問題はなかったのでこれからいろいろな場所に潜れそうだ。
ボートの上にて。

0036. MM 2006/12/21_21:35:00
photo1 午後1時にダイブショップに戻った。紅茶を飲んでログブックに記入して解散だ。今日はもうナンディの街に出る気はないので午後はトラベラーズビーチのレストランで海でも見ながらくつろぐことにした。
しばらくすると今朝のダイビングでバディだったイギリス人のアンディとダイブショップのフィジー人スタッフがレストランに現れた。仕事帰りにここで一杯やっていくのだろうか。しばらく雑談。しかしイギリス人が自分のペースで話をはじめると何を言っとるのかまったくわからん。彼らが帰った後もビーチでボーとし6時前荷物をまとめるために宿へ戻ることにした。しかし宿の人がいない。
photo2 今日からオーストラリア人の二人組が同じ宿のドミトリーに泊まってるようだ。結局宿の人には挨拶なしで出発することになってしまった。オーストラリア人の二人と食事をすることになったが、トラベラーズビーチのレストランしか行く場所がない。彼らは今夜、街に出るようなのでその時僕は空港へ行く事にし、タクシーをシェアしようということになった。オーストラリア人の英語はイギリス人よりわかりやすい気がするがこいつらの話題はシモネタばかりだった。まぁそれはそれでいいが。
photo3 9時前空港へ向かった。トラベラーズビーチのホテルのおやじがタクシーを呼ぶくらいならその金で送ってやると言ってきたのでホテルの車で空港へ向かうことになった。フィジーのインド人のがめつさか、それともタクシーを呼ぶと時間がかかるからと気を使ってくれたのか。まぁ深く考えないようにしよう。
空港で彼らとはお別れだ。大韓航空はリコンファームをしていないが席はあるか心配だったが問題なかった。
photo4 ナンディ空港の免税店は成田より充実していそうなぐらい品数豊富だ。しかもここは雑貨まで免税なのか市中の店より値段が安いモノがある。あわてて土産物を買う必要はなかった。今後の教訓にしよう。2250発。大韓航空はソウルに向かって飛び立った。

0037. MM 2006/12/21_21:38:28
photo1 ソウルには翌朝5:30に到着した。この便にはかなり多くの日本人が乗っていたようで、ソウルから地方都市へと乗り継いでいく。成田行までの待ち時間は3時間。まだ朝早いので免税店は開いてない。エスカレーターを上ったところにあるカフェテリアの横に長めのソファーがあったのでここで横になり出発を待つことにした。
仁川国際空港の大韓航空機。
 
photo2 9:20東京に向けて出発した。東京までは2時間半なのであっという間だ。それと同時に今回の旅行もあっという間に終わってしまった。
たった2週間の旅でたくさんの島に行け、当初の計画より内容も充実していた気がする。

【終わり】
photo3
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