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ユーラシア大陸横断④スリランカ(1997〜98)

0001. まえだまさとし 2007/08/11_20:45:24
photo1 ユーラシア大陸を横断している際、せっかく南インドまで行くのだからその横にある島にも足を延ばしてみたい。そんなわけでスリランカへ足を運ぶことにした。

しかしスリランカへ行くには空路を使わなくてはならない。かつて海路で結ばれていたが場所はタミル人ゲリラによって占領されているので船は運休している。
photo2 ニューデリーにいる時この島へ渡ることを決心したのでまずガイドブックを購入した。それによるとスリランカ北部及び東部はゲリラの拠点となっているので入ることは出来ず、その他の地域もかなりやばいらしい。
 コロンボへの航空券を買ったのはインド中部の都市アウランガバードでのことだった。利用航空会社はインドの国内航空「インディアン・エアラインズ」だ。そして出発直前にトゥリヴァンドラムで予約再確認に行ったらいきなりフライトキャンセルになっていたというハプニングがあった。
 結局1日遅れでスリランカの航空会社「エア・ランカ」を使うことになった。
photo3 トゥリヴァンドラムの空港を出発。今回の旅行で初めての飛行機だ。
再び同じ場所に戻るのでユーラシア大陸横断の際「一度も飛行機に乗らずに」というスタンスに影響はない。スリランカへの旅は一風変わった機内の雰囲気から始まった。インド人(スリランカ人)の客層はサンダル履きにルンギーをまとい、インドの二等列車に乗っていそうなおやじが結構目立つ。食後げっぷを連発する奴はいるわで最悪だ。飛行機はきれいだが、客層は今まで(発展途上国で)乗った飛行機の中で一番庶民的な感じがした。確かに空路が唯一の足なので無理もない気はするが。
photo4 コロンボに到着。空港はランプバスなどもあり新しく、インドとは少し雰囲気が違う。さすが首都の空港だ。
しかし入国審査で割り込む奴はいるはスリランカはかなりレベルが低そうな気がしてきた。タクシーの客引きは無視し、とりあえずミニバスで市内へ向かった。

0002. まえだまさとし 2007/08/12_20:24:42
photo1 空港からコロンボの中心部まで約1時間。空港から同じバスだったイギリス人とタクシーをシェアしてフォートにあるYMCAに行ってみた。でも僕は少し高いが隣のホステルに泊まることにした。
ドミトリーが1泊150ルピー(300円)とインドの感覚からするとかなり高いがコロンボでは最も安い宿の一つだ。


 
photo2 街へ出た。コロンボの中心部はかなり狭い地域に固まっているので、すべて歩いて回ることが出来る。
コロニアル調の建物にそびえる高層ビルは一見モダンな近代都市のように感じる。
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0003. まえだまさとし 2007/08/12_20:25:43
photo1 しかし中心部のビジネス街は爆弾テロの傷跡は凄まじい。中央銀行も旧セイロン銀行本店ビルもマリオットホテルも高層ツインビルの貿易センタービルもみんな爆弾によって破壊され、窓ガラスは吹き飛ばされ、ベニア板が張られている。

近づくとその無惨な姿があらわになる。
思った以上にこの国の治安状況は深刻のようだ。爆弾テロに修復が完全に追いついてないようだ。
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0004. まえだまさとし 2007/08/14_20:42:53
photo1 街へ出たが活気がない。どうも今日は祝日らしくフォートの店は全滅だ。スーパーも閉まっていた。でも航空会社は営業していたのでリコンファームに向かった。しかしまたインディアン・エアラインズはフライトキャンセルだ。どうも水曜日以外飛んでいないらしい(通常週3便)。またエアランカに変更してもらうことになった。しかしエアランカは満席で明日まで待つことになった。スリランカに来てまでインドに惑わされてしまうとは。いい加減にしてもらいたい。
photo2 翌朝、エアランカのオフィスへ行って席をもらってから、両替をすませた後、歩いてマラダーナ駅に向かった。
周辺の市場は活気がある。
photo3
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0005. まえだまさとし 2007/08/14_20:45:27
photo1 コロンボ・マラダーナ駅からスリランカ最南端の街マータラへ行くためチケットを買った。三等が最下層だが二等を買うことにした。
photo2 アンティークな車両
photo3 コロンボ・マラダーナ駅。
photo4 13:40発に出発。列車は次のコロンボ・フォート駅で満員になり海岸線を快走しながら南を目指した。
ゴール駅で進行方向が変わり、再びマータラを目指した。

腹が減ってのども乾いて気分が悪くなってきた。

マータラに着いたときは脱水症状になっていた。車内販売がまったく来なかったのは誤算だった。フラフラしながらホームにおり、駅前の食堂でコーラを飲み回復した。

0006. まえだまさとし 2007/08/14_20:46:39
photo1 スリランカ最南端の町・マータラでは自転車に乗った宿の客引きについていくことにした。
1泊200ルピー(440円)とは思えないほど豪華な部屋にスリランカで初めて感激した。
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0007. まえだまさとし 2007/08/14_20:49:32
photo1 翌日、スリランカ最南端へバスで行ってみた。
マータラのバスターミナル。
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photo3 デウンダラ岬と呼ばれる場所だが、バスを降りて2キロ。歩いた先には灯台しかなかった。
photo4 ガキんちょども

0008. まえだまさとし 2007/08/14_20:51:52
photo1 一度ホテルに戻り昼寝したあと今度は西にあるボルヘナビーチへ向かった。3キロぐらいだと思っていたらかなり距離があり道にも迷ってしまった。何とかたどり着いたがこのビーチは小さくてほとんど河原といった感じだ。白人と数人のスリランカ人が遊んでいる。
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photo3 周辺の住人はフレンドリーだが、このビーチたいしたことない。
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0009. まえだまさとし 2007/08/14_20:57:27
photo1 朝マータラを出発し、バスでゴール郊外のウナワトゥナビーチを目指すことにした。
ウナワトゥナで宿はすぐ見つかった。値段は安く、ロケーションは抜群だ。
photo2 ウナワトゥナの中心部。
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photo4 ビーチにて

0010. まえだまさとし 2007/08/14_20:59:08
photo1 しかし宿の水道が海水というのが少し難点だ。

シャワーの仕上げは真水をペットボトルでかぶることになる。少し面倒だがなれればたいしたことなくなった。このエリアでは仕方ないようだ。

ビーチは広く、コヴァラムのような騒がしくもなく、人もまばらで何よりも砂浜がきれいだ。辺りには高級リゾートホテルは皆無でまさに素朴な純白のビーチといった感じだ。海の中には珊瑚の欠片が多く、それほど遠浅ではないということが唯一の欠点だが、浜辺で寝そべるぶんには問題ない。ここは今までで一番すばらしいビーチだ。
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0011. まえだまさとし 2007/08/16_19:43:11
photo1 少しビーチを離れてゴールの街へ出ることになった。バスで数分走り、小さなゴールの街に到着。

小さな街と言ってもゴールはスリランカ南部最大の都市だ。城壁があり、その内部が中心街になっている。
photo2 最南部には砦がありそこから黒い珊瑚が見渡せた。
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0012. まえだまさとし 2007/08/16_19:46:55
photo1 いったんコロンボに戻り、北部のアヌラーダプラへ向かうことにした。
アヌラーダプラ駅に到着。
photo2 アヌラーダプラの遺跡は世界の仏教遺跡のなかでかなり重要な存在。ここにも菩提樹があった。
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0013. まえだまさとし 2007/08/16_19:50:25
photo1 アヌラーダプラの仏教遺跡。
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photo3 菩提樹
photo4 遺跡にいた女学生

0014. まえだまさとし 2007/08/16_19:51:51
photo1 アヌラーダプラの仏教遺跡。
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photo3 現地の観光客
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0015. まえだまさとし 2007/08/16_19:53:14
photo1 巨大な水瓶のあと
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photo3 地元の子供たち
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0016. まえだまさとし 2007/08/16_19:58:01
photo1 アヌラーダプラを出発しようとした日の朝、宿の人が僕たちに「次はどこへ行くんだ」と慌ただしく聞いてきた。

写真はアヌラーダプラで滞在した宿の従業員たち
photo2 僕はキャンディで行く事になっていた。しかし宿の人の話によると今朝キャンディの仏歯寺で爆弾テロが発生したらしく6人死んだらしい。(日本の新聞を後日、在テヘランの大使館の図書館で見たら11人死亡になっていた)。キャンディの仏歯寺といえばラサにあるポタラ宮くらい重要な場所だ。キャンディに行けば真っ先に行く場所となる。そこがタミル人ゲリラ「イラーム・解放のトラ」によって吹っ飛ばされてしまったようだ。やはりテロは日曜日に集中する。

キャンディーに行くのは断念し、コロンボへはスリランカで一番快適な乗り物「インターシティ−バス」を利用した。クーラーが利いて快適だ。4時間後コロンボに到着した。
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0017. まえだまさとし 2007/08/16_20:01:23
photo1 再びコロンボに戻ってきた。
 コロンボ・フォートを散歩することにした。一見スリランカは「ずいぶん発展してるなあ。辺りは建設ラッシュだ」と思ってしまう。でもそれらは単なるテロの修復工事だ。街を歩いているとどこを見てもそういった光景が広がっている。
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0018. まえだまさとし 2007/08/16_20:04:26
photo1 コロンボにおける爆弾テロの傷跡には凄まじいものがある。それらはタミル人ゲリラ「イーラム解放のトラ」によるもので、コロンボフォートでひときわ目立つ高層ツインビル。シンガポール資本によって建設されたワールドトレードセンターだ。どことなくシンガポールのラッフルズプレイスの面影がある。
photo2 コロンボを象徴するビルであるのは確かだ。このビルは昨年10月中旬、華やかにオープンした。
しかし数日後、爆弾と積んだワゴン車が突っ込みビルの下層階は無惨に穴が開いてしまい、未だにこのビルは復旧のメドはたっていないみたいだ。
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0019. まえだまさとし 2007/08/16_20:08:42
photo1 隣の旧セイロン銀行ビルも再開のメドは立っていないようだ。
photo2 マリオットホテルには日本航空が入っていたらしいがどうなったのだろうか。とにかくスリランカでは毎週爆弾テロが発生しているらしい。
photo3 中心部は至る所にバリケードが張られ、不審な車の突入を警戒している。
photo4 でも外国人は比較的に自由に街を歩き回ることができる。

0020. まえだまさとし 2007/08/16_20:14:43
photo1 コロンボの中心部。新市街はテロの標的になりやすくバリケードが多い。
photo2 その反面、旧市街はあまりテロがないようで厳戒な雰囲気はなく、車の往来も激しい。
photo3 海岸沿いを走りコロンボ南部へ向かう列車。
photo4 南のゴール通り沿いから見たコロンボ中心部の摩天楼。

0021. まえだまさとし 2008/02/15_21:18:06
photo1 スリランカでの滞在期間は2週間。
インドに戻ることにした。トゥリバンドラム行きの飛行機は早朝出発なので前日の夜空港へ向かうことにした。朝タクシーで行くとかなり高くなるので今夜は空港に泊まるつもりだ。
最終バスに間に合うように宿を出発しバスターミナルへ向かった。途中犬が吠えかかってきたので鼻を蹴飛ばしてやったら、奇怪な声で吠えはじめた。不気味だ。
photo2 空港までの公共バスをさがしに中央バスターミナルへ行ってみた。
すると2人組の男が空港行きのバスへ案内してくれた。彼らはキャンディで店を経営しているらしく、目的は僕から住所を聞くことだった。そんなことならおやすいご用だ。するとうれしそうに僕に握手したかと思うと「私は空手をやっている」と言いながら手のひらを見せてきた。彼らはなんと僕の空港までのバス運賃を出して帰っていった。そんなわけで空港に無事に来ることが出来たのだった。

スリランカ人はフレンドリーでインド人より親切だと思う。最後にスリランカの良い面に出会えてこの国を去ることが出来よかった。
photo3 バスは空港に着いたらしいが、降ろされた場所は空港へのジャンクションでここから歩くことになった。バスは空港ゲートの外までしか行かないようだ。約500メートル歩いて検問所を二カ所通り、そして空港ターミナルにたどり着いた。



 出発は明日の8時だ。24時間空港なので出発ロビーで夜を明かすことにした。
photo4

0022. まえだまさとし 2008/02/15_21:23:14
photo1 3:00発AMS/LON行き、3:10発ROM/ZRH行き、3:40発BKK/HKG行きなど深夜も結構出発はあるが客は少ない。

やがて5時半になりエアランカ・トゥリヴァンドラム行きのチェックインが始まった。入国審査を終え搭乗口に向かったらすごい数の免税店が並んでいた。インドには免税店がなかったのでなおさらそう感じたのかもしれない。搭乗口前のロビーは座り心地が良かったのでついうとうとしてしまい、すぐに出発時間となった。
photo2 約1時間のフライトで2週間ぶりにインドのトゥリヴァンドラムに戻ってきた。この汚さが妙に懐かしい。空港からはバスで市内へ向かった。
 

トゥリバンドラム駅で明日のカルカッタまでの列車の予約を入れようとしたが、予想通り満員だ。前日予約はさすがに厳しい。とりあえずキャンセル待ちに登録して明日もし取れなかったらまたコヴァラムビーチにでも行ってゆっくり考えよう。とりあえず今夜のホテルは駅前のきれいなロッジ。
値段も安いしフロントは愛想がいいし、インドが妙にいい国に見えてくるのは気のせいか。
photo3 翌朝キャンセル待ちの結果を聞きに駅へ行ってみた。すると10時にもう一度来てくれと言われた。朝食を食べチェックアウトを済ませて10時になったので駅へ行ってみた。すると席は取れたらしい。「バンザイ」。キャンセル番号が68番目でだったので絶望していたが、やはりあきらめたら駄目だ。

 駅前を歩いていたらスリランカで一緒だったT君に会った。彼はコロンボから今ここに着いたらしく、これからカニャークマリへ行くようだ。僕は12:45にT君に見送られトゥリヴァンドラムをあとにした。
photo4 寝台は上段だ。丸3日過ごさなくてはならないのでよかった。しかし隣りにイスラエル人の集団がいるので少しうるさい。コーラ一のボトル(1.5リットル)を買い込んだが失敗だった。炭酸が抜けてまずくなってしまった。
 カルカッタまでは定刻通り走っても49時間かかる。実際何時間遅れるかわからない。

列車に乗った2日目は朝マドラス駅で水を買っただけだった。それ以外1日中ベッドの上段で寝転がっていた。

0023. まえだまさとし 2008/02/15_21:26:37
photo1 到着の日。予定の13時になっても目的地カルカッタには一向に着く気配はない。途中プーリの最寄りになる駅ででホームに降り、屋台でオムレツとパンを食べることにした。列車は6時間遅れのペースで走っているらしい。
photo2 結局カルカッタに到着したのは日が暮れた19時だった。トゥリヴァンドラムから54時間もかかってしまった。
でも運賃は10ドル/2300キロとインドの鉄道運賃の安さは信じられない。これだけ運賃が安いと汚いだとか遅いだとか文句は言えない。
photo3 カルカッタの駅は大きく、デリーやマドラスより迫力がある。もう日が暮れているがサダルストリートを目指すことにした。
マドラスから一緒だったデンマーク人のおっさんは駅のリタイアリングルーム(簡易宿泊所)に泊まるらしい。
 歩いてハウラー橋を渡り、地下鉄に乗ってサダルストリートにたどり着いた。ホテルパラゴンに行ってみた。すると運良く夕方チェックアウトした人がいたらしくベッドにありつくことができた。インドに戻ってから4日間、すべてが思い通りになっている。

カルカッタで今後の計画を練ることにした。

(終わり)
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