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メキシコ(独立記念日とククルカン降臨)2007秋

0001. 2007/10/08_18:21:03
photo1 2007年9〜10月にかけてメキシコに行ってきました。
9月16日独立記念日の前夜に行われる大統領のグリートを見ること。そして9月23日秋分の日、ユカタン半島にあるマヤの遺跡チチェン・イツァに現れる大蛇ククルカンの影を見ること。以上2つが今回の主な目的です。

1年振り5度目の訪墨ということで、緊張感とか気持ちの昂りとかいったものは全く無いものの、メキシコシティから地方の町へと足を伸ばすのは6年振りのことなので、楽しみではあります。
photo2 日本でこの機体を見ることができるとは・・・
今回利用した航空会社は、2006年11月についに就航が実現したアエロメヒコ。ティファナ経由メキシコシティ行き。
今まではコンチネンタルかデルタか、あるいはアメリカン。いずれにしてもアメリカのどこかで乗り継ぎが必要で、アメリカ入国の煩わしい手続きをして、さらに高い税金を払わなければならなかった。
ティファナで一度降りなくてはならないが、それでもアメリカを経由せずに一気にメキシコに入れるアエロメヒコは利用価値は高いと思います。
機体も新しく映画はオンデマンド、シートピッチもかなりゆとりがあって、図体ばかりでかい自分としてはありがたい。
photo3 週2便(成田発水・土、メキシコ発月・木)しかないこと、メキシコシティとティファナ以外の都市でオープンジョーをしようと思うと追加料金が必要なことなど、弱点もある。


空港でのチェックインの際、長蛇の列ができているにも関わらず、窓口は2箇所しか機能しておらず、のんびり構えている。すでにメキシコ時間が流れている。
ティファナまでは日本人の客室乗務員が1人、それ以外は全てメキシコ人。話しかけてくる時もまずはスペイン語で、成田からすでにメキシコを感じられるのは嬉しい限り。
photo4 ティファナの入国審査場。

案の定、14時55分発の予定が機体が動き出したのは1時間以上遅れて16時過ぎ。

およそ11時間のフライト、現地時間午前11時前ティファナに到着。ここでメキシコ入国の手続きをします。
綺麗になった同じ機内に再び乗り込みおよそ3時間、メキシコシティ、ベニート・フアレス国際空港に17時半到着。
入国はすでに済ませているので、ここでは税関のみの通過です。ボタンを押して青ならそのまま通過、赤なら荷物を検められる。

0002. 2007/10/08_18:43:49
photo1 入国カード。
長距離バスで移動中など、外国人はこれを確認されることがたまにあるのでなくさないように。出国の際回収されます。

注目は右下の滞在期限180日間という数字。
観光目的の場合最大180日ではあるのですが、通常最初の入国の際は30日、良くて90日しか貰えず、あとは入国管理局で延長する必要があった。最初から180日貰えたのは初めてです。
入国場所がバハ・カリフォルニア州だったからなのか、係員の単なる気まぐれなのか、理由は定かではないけれど、延長するにはその都度お金も必要なので、語学留学などで長期滞在する人には嬉しいことです。
photo2
photo3
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0003. 2007/10/08_22:57:03
photo1 国際線到着ターミナルから徒歩5分程、メトロ5号線テルミナル・アエレア駅からメトロに乗り、2度の乗り継ぎを経てセントロまで、目指すのは1号線イサベル・ラ・カトリカ駅。


空港からの交通手段、ガイドブックによるとタクシーを使うと127ペソだそうです。メトロの場合数回の乗り換えが必要ですが、それほど危険は感じられないので、よほど荷物が大量か深夜着でなければこちらを利用しても問題ないと思います。2ペソ。

1ペソ≒11円
photo2 オテル・モンテカルロ。

イサベル・ラ・カトリカ駅から5分程歩いたところ。シャワー・トイレ共同160ペソ、シャワー・トイレ付き190ペソ。


1ペソ≒11円。
photo3 相当古いが趣のある建物です。
photo4 共同シャワー・トイレもまあまあきれい。

0004. 2007/10/08_23:02:33
photo1 9月13日のソカロ。

独立記念日の準備はすでに万端の様子。
photo2
photo3
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0005. 2007/10/09_15:32:07
photo1 9月15日夜22時過ぎ、ホテルを出てソカロへと向かいます。
ソカロに入るには、一応のセキュリティチェックを受ける。

すでに物凄い人出。
photo2 1810年9月16日、スペインから独立すべく戦いが始まった。今年は197回目の独立記念日。
photo3 23時に姿を現す大統領を待つ。
photo4

0006. 2007/10/11_22:36:17
photo1 23時ちょうど、鐘の音とともに、国立宮殿のバルコニーにフェリペ・カルデロン大統領が姿を現す。

1810年、スペインからの独立を目指す戦いの始まり、イダルゴ神父による「グリート・デ・ドローレス」の再現の始まりです。
photo2 VIVA〜! VIVA〜!の叫びに応える人々。
photo3
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0007. 2007/10/11_22:43:14
photo1 最後に、ビバ・メヒコ、ビバ・メヒコ、ビバ・メヒコ!と3回叫んで再び鐘が鳴り、カテドラル後方からの花火が始まる。
photo2 クレーン車が邪魔。
photo3
photo4 スプレー缶の泡をかけ合うのがこの日の習慣のようで、被害にあわないようにできるだけ目立たないようにしていました。

0008. 2007/10/11_22:51:30
photo1 昨年の大統領選挙で敗れたロペス・オブラドール氏の支持者は未だ諦めていない様子。

アメリカの隣国で彼が当選してしまっては困る勢力もいるのでしょう。そんなこんなで一悶着あった大統領選挙でありました。
photo2 あれだけの人が集まった後を掃除する人も大変です。
photo3 20分程の花火が終わると、皆そそくさと帰って行く。
photo4

0009. 2007/10/14_20:28:16
photo1 翌16日、革命記念日当日は軍事パレードが行われます。

午前10時過ぎ、パレードの通り道となるところへ向かうと、沿道にはすでにたくさんの人が集まり、始まるのを待っている。
photo2 10時半頃、ドドドドッというヘリコプターの音がして、皆一斉に空を見上げると・・・
photo3 パラシュート部隊が空から降って来て、歓声が沸き起こる。
photo4 これを皮切りに、ソカロの方からラッパ隊の音が聞こえてくる。

どうやら、パレードが始まったようです。

0010. 2007/10/14_20:30:18
photo1 このページの頭で「革命記念日」と書きましたが、「独立記念日」の誤りです。失礼しました。
革命記念日は11月23日です。
photo2
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photo4

0011. 2007/10/14_20:33:59
photo1 先頭。
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0012. 2007/10/14_20:38:39
photo1 時折、轟音とともに上空を戦闘機やヘリが通過し、観客が歓声を上げる。
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photo4

0013. 2007/10/14_20:42:29
photo1 衛生兵。
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0014. 2007/10/14_20:47:57
photo1 次から次へと1時間も程続いて、最後はなぜか昔風。
photo2 独立当時の装い、ということか。
photo3
photo4 軍事パレードが終わり、帰る人々。

遠くには革命記念塔が見える。

0015. 2007/10/21_22:56:12
photo1 レオン・トロツキー博物館。

メトロ3号線コヨアカン駅から歩くことおよそ20分。
入場料30ペソ。
photo2 レオン・トロツキー。レーニンとともにロシア革命を導いた革命家。

スターリンの粛清を逃れる為、1936年最終的にメキシコへと亡命し、1940年8月20日この地で暗殺される。

そんなわけで、メキシコシティにはトロツキーが晩年を過ごし、そして終の棲家となった家があり、現在は博物館として残されています。

近くにはフリーダ・カーロ博物館(カサ・アスール)もあります。
photo3
photo4 妻ナターリャ。

0016. 2007/10/21_23:08:37
photo1 まずニューヨークに身を潜め、一旦モスクワに戻りカザフスタン、トルコ、フランス、ノルウェーへと渡り、最終的にディエゴ・リベラ、フリーダ・カーロ夫妻の尽力によりメキシコへと行き着く。
photo2 右トロツキー、左レーニン。
photo3 上:息をひきとる間際。
下:息をひきとった直後。

スターリンの手先は、うまいことトロツキーの秘書の恋人になり、この家に出入りするようになる。そして暗殺の時機を窺ったそうです。
photo4 墓。

0017. 2007/10/26_22:35:24
photo1 トロツキーとその家族が過ごした家。
photo2 書斎。

外の通りに面した正面の窓は全面塀で隠されている。
スターリンの手先の襲撃を恐れて、敷地全体が高い塀で囲まれている。
photo3 こちらは半分が塀で隠されいる。
photo4 キッチン。

0018. 2007/10/26_22:40:13
photo1 トイレ。
photo2 浴室。
photo3 秘書や警護が過ごした家。
右奥には監視塔。

内部にはたくさんの写真が展示されいる。
photo4 なかなか興味深い博物館です。メキシコを訪れた際にはぜひ。

0019. 2007/11/09_21:27:35
photo1 ソカロから西に歩き、トーレ・ラティーノ・アメリカーノを過ぎると、雰囲気はがらりと変わる。
ソカロ近辺の旧市街は、世界遺産にも登録される歴史地区。旧市街を過ぎてアラメーダ公園付近まで来ると新市街の始まり、といった感じになる。

その境目ともいえる、トーレ・ラティーノ・アメリカーノ、中央郵便局の前を通る道の歩道には、所狭しと露店が並び、違法コピーのCDやDVD、パソコンのソフト、偽物ブランドの香水などが売られていて、一日中混沌としている。
photo2 トーレ・ラティーノ・アメリカーノの展望台に行ってみる。
最上部。
photo3 ソカロ方面。
photo4 右下にはアラメーダ公園。
左奥はソナ・ロッサ方面。高層ビルが建ち並ぶ。

0020. 2007/11/09_21:55:14
photo1 レフォルマ通りを歩いていると、後ろからスーッと追い抜いていくものが。何かと思えば、テレビでしか見たことがないセグウェイに乗って巡回する警察。

一度乗ってみたい。
photo2 メキシコシティでは、特にメトロの駅付近などで屋台が充実しており、食べるのに困ることはない。
メキシコと言えばタコスではあるが、がっつり食べようと思うといくつも食べる必要があるので料金がかさんでしまう。

僕はこれをよく食べます。
トルタ。これ一つでお腹は膨らむ。具はいろいろなものから選ぶことができ、値段もそれによって違う。写真のトルタはミラネサ(揚げ肉)を挟んだもの。17ペソ。辛いものが苦手な人は、どうする?と聞かれたら、Un poquito(少し)とか、Sin picante(辛いの抜き)とか言ってからどうぞ。温かいうちに食べたほうがうまい。
photo3 メトロ。

外に出ない限りは2ペソで乗り放題。
改札を飛び越えてタダ乗りしている若者の姿もたまに見かける。
photo4 メキシコにしかないコンビニ、OXXO。
首都でこそ、このOXXOとセブン・イレブンとがしのぎ削っているものの、地方に行くと圧倒的にこちらの方が多い。

0021. 2007/11/10_18:36:37
photo1 9月23日秋分の日に間に合うように、メリダへと向かいます。

東方面バスターミナル(TAPO)12時半発のバスで、メリダ到着は翌朝9時少し前。所要約20時間。985ペソ。
深夜の車内で気が変わり、着いたその足でカンクンへと行くことに(10時発のバスで到着は14時過ぎ。228ペソ)。

ところが・・・カンクンに近付くにつれ天気はあやしくなってきて、着く頃には土砂降りに。この日は止むことがなく、翌日も朝から雨・・・こんな天気が続くようではカンクンにいる意味がないので、メリダへと戻り、秋分の日を待つことにします。
photo2 TAPOでバスの出発を待つ間に食べたタコス。
「TACO INN」という全国展開している店なので小奇麗。街中で食べるタコスよりも高め。
photo3 メリダのソカロとカテドラル。

1等バスのターミナル(CAME)、その隣にある2等のターミナルから町の中心ソカロまで歩いて15分程。その道中にはオスペダヘという安宿がいくつも点在しているので、個人旅行者にはありがたい。
photo4 夜のソカロ。

暑い昼間よりも、まだましな夜の方が人出が増える。

0022. 2007/11/16_15:23:32
photo1 9月23日、いよいよこの日を迎えいざチチェンイツァへ。

メリダの2等バスターミナルからカンクン行きのバスで遺跡前で途中下車します。所要3時間弱、54ペソ。
photo2 15時前にチチェンイツァに到着し、夕方のククルカン降臨を待つことに。

問題は天気。この時季のメキシコは雨季で、実際この数日間は雨続き。ある程度の覚悟はできていた。

着いてしばらくの間は、時折晴れ間が覗く程度で全体的には曇天模様。
photo3 まだ時間はあるので遺跡内をうろうろして時間潰し。
photo4 どうやら日本のテレビの取材らしい。「世界井戸端会議」と書かれた腕章をしていたけれど、そんな番組は知らない。

0023. 2007/11/16_15:41:29
photo1 16時過ぎ、半ば諦め気分で、一応良く見えそうなあたりを確保し芝生の上でその時を待つことに。

すると次第に暗くなってきて、ポツリポツリと振り出して、あっという間に本降りになってしまった。
photo2 晴れていれば、ここに大蛇の姿が現れるはずだった。
photo3 こんな感じで、ギザギザとした姿で・・・

太陽の動きと共に、影も動きまるで大蛇が動いているように見えるという。

残念で仕方ない。
photo4 恨みの雨の中、帰りのバスを待つ。

遺跡前を通過してメリダへ向かうバスは、1等2等とも17時10分が最終。晴れてククルカンが見れるならばそのバスには間に合わないので、その場合近くのピステという町までタクシーか何かで行って、そこからメリダへと帰るつもりでいたが、そんな面倒をする必要もなくなり、後ろ髪を引かれる思いで最終バスに乗り込み、メリダへと帰ったのでありました。

というわけで、ククルカン降臨に立ち会うことに失敗して課題ができたので、そのうちにまたメキシコへ行かなくてはならなくなりました。その時は秋ではなく春にしようと思います。

0024. 2007/11/23_20:44:04
photo1 メリダからパレンケに向かいます。所要約9時間、316ペソ。

パレンケへ行く目的は、そこから隣国グァテマラに入国しティカル遺跡を7年ぶりにもう一度見たいと思ったから。しかし、パレンケに到着したその日、これまでに使ったお金をざっと計算してみると、予算オーバーのペースで使っており、遠回りしていると足りなくなてしまう恐れもある。ここは断腸の思いで諦めることにします。
photo2 メリダからパレンケへと向かう途中に寄った町、エミリアーノ・サパタ。メキシコ革命の英雄の名をとった町です。
photo3 パレンケ中心部。

メリダを朝8時半に出発。カンペチェ、チャンポトンに寄り、そこからメキシコ湾沿いの道をしばらく進んだあと内陸へと向きを変え、その後はずっとくねくねとした山道を行く。その為思いの外時間がかかってしまう。
photo4 宿の部屋に侵入者。

パレンケで泊まった宿は、オテル・ユン・カクス。トイレ・シャワーが付いて100ペソ。パレンケは他の町に比べて、滞在費が安く済むのが嬉しい。インターネットも1時間5ペソと、メキシコシティの3分の1でできる。

0025. 2007/11/23_20:49:10
photo1 ティカルには遠く及ばないものの、暇つぶしでパレンケ遺跡へ。

コレクティーボで片道10ペソ。遺跡入場料は、公園入域料と合わせて65ペソ。
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0026. 2007/11/23_20:53:17
photo1 土産物屋が並ぶ。
photo2
photo3 建物内部。
photo4 修復中。

0027. 2007/11/24_22:03:15
photo1 翌日は滝見学ツアー。
前日、パレンケ遺跡から戻り街をぶらぶらして、最初に目に付いたツアー会社で申し込んだもの。
パレンケ近郊にあるミソル・ハ、アグア・クララ、アグア・アスール、この3ヶ所を巡って料金は100ペソ。

朝9時過ぎホテルに迎えが来て、その後もいくつかのホテルに寄って客を乗せ、総勢8人でツアー開始。
photo2 9時45分、まず最初に到着したのはミソル・ハ。
30mの高さから落ちる滝。前日までの雨の影響で水量はかなり豊富。
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photo4 裏側から。

0028. 2007/11/24_22:11:57
photo1 10時半にミソル・ハを離れ、20分ほどで次の目的地アグア・クララに到着。「澄んだ水」という名の通り、青く澄んだ池が見所の場所。
しかし、こちらは連日の雨が仇となり、澄んでいるはずの水は残念ながら茶色に濁っている。

見てもしょうがないということで、ドライバーが参加者全員の同意をとりつけて、早々にこの場を離れることに。
photo2 次は最後の目的地アグア・アスール。

川が段々になっており、小さな滝が連なっている。
photo3
photo4

0029. 2007/11/24_22:20:27
photo1 「青い水」という名から察すると、ここも普段は青く澄んでいるのかもしれないが、この日はやはり茶色に濁っている。
photo2 出発前に読んだ「地球の歩き方」には、「夏は泳げるので水着持参」と書いてあったが、至る所に「危険、泳ぐな」の看板があった。
photo3 オレンジを搾るおじさん。

このアグア・アスールは、レストラン、土産物屋が数軒、物売りの子供たちもいてこの日訪れた3ヶ所の中では、最も観光地化されている。
photo4

0030. 2007/11/24_22:25:01
photo1 アグア・アスールに到着したのは11時半。ここに3時まで、3時間半も滞在したのは苦痛以外の何物でもなかった。どれだけのんびり見てまわっても、1時間もあれば十分満喫できる規模で、時間を潰すのに大変苦労したのです。
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0031. 2007/12/02_22:03:23
photo1 パレンケからバスで所要6時間、サン・クリストーバル・デ・ラス・カサスへ。116ペソ。
到着してすぐ、その日の夜行バスのチケットを購入。22時45分発のバスでオアハカに向かいます。344ペソ。

サン・クリトーバルに到着したのが17時40分、この街の滞在時間はおよそ5時間ということになります。
photo2 街並。
photo3 パレンケでもそうだったが、どうやら選挙期間のよう。

市長候補ウリセス・コルドバ氏。
photo4 ソカロでは歌って踊ってキャンペーンが行われていた。

0032. 2007/12/02_22:20:10
photo1 定刻通り22時45分にバスは出発。深夜に通過した州境で起こされ、ネホリハホリ質問されて不愉快な思いはしたものの、その後は順調に進み翌11時40分にオアハカに到着。所要13時間。
photo2 オアハカで泊まったホテルは、バスターミナルから歩いて15分程、街の中心にも歩いて10分程のところにあるポサーダ・マルガリータ。屋上に取って付けたような感じで、低料金の部屋が3部屋だけある。

正面は共同トイレ・シャワー、右側が部屋。
photo3 室内はベッドと小さなテーブルが一つ。とても綺麗でおすすめできる宿です。1泊150ペソ。
photo4 マセドニオ・アルカラ通り。歩行者天国になっており、通り沿いには土産物屋やレストランなどが並ぶ。

0033. 2007/12/04_21:23:18
photo1 オアハカに来たら、これを食べなくては始まらない。
モーレ・ネグロ。何となくカレーの風味もあり、チョコレートの風味もあり、何とも言えない奥深い味がする。

ソカロから5分ほどのところにある、ベインテ・デ・ノビエンブレ(11月20日)市場に入ると、たくさんの食堂があるので、適当に入って食してみて下さい。大体どこの店も30ペソ強ぐらい。
photo2 ソカロからアルカラ通りを北へまっすぐ10分ほど、オアハカ市内で一番の観光スポット、サント・ドミンゴ教会。
photo3 金箔が施され派手な主祭壇。
photo4 天井。

0034. 2007/12/04_21:27:56
photo1 夕方、部屋で寛いでいたら花火がなり、何やら外が賑やかになったので、外に出てみると・・・
photo2 何かの祭りかと思いきや・・・
photo3
photo4 これも選挙運動でした。

0035. 2007/12/04_21:35:33
photo1 オアハカには4日間滞在し、その後帰国の日の前日にメキシコシティに戻ります。

オアハカからメキシコシティまではバスで7時間。
photo2 オアハカ—メキシコシティ間にて。

ニョロニョロのようこれは、山一面に生えたサボテン。
photo3
photo4

0036. 2007/12/04_21:40:02
photo1 デモに遭遇。
photo2
photo3 最後尾について一緒に歩いてみる。
photo4 念の為か通り道となる道路に沿ってある店は、シャッターを閉じて過ぎ去るのを待つ。

セブン・イレブンも例外なく。

0037. 2007/12/04_22:05:01
photo1 以前からちょっと気になっていた「テリヤキ・サン」という自称日本食のファーストフード店に行ってみる。

これに小さなヌードルがついて64ペソ。高い。
味は、何だか平べったい感じで美味しいとは言えない。
photo2 というわけで、3週間強の旅も終わり、帰国の日をむかえる。
アエロ・メヒコ、ティファナ経由成田行きは23時発。
アメリカ経由の場合、チェックインの際に入国カードの半券が回収され出国審査はないが、今回ティファナにて出国審査があり、パスポートにもスタンプが押される。

深夜2時過ぎにティファナを出発し、成田到着は翌々日の早朝6時半。
photo3 今回の旅で訪れた町は、全て6年前、あるいは7年前に訪れたことのある町。町の雰囲気などは変わっていなかったが、全ての町のバスターミナルが、場所は変わっていないものの建物はすっかり新しくなっており、メキシコ経済は潤っているんだなぁ、と思ったのでした。
photo4 〔おわり〕

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