旅BBS (テキスト版)
tabibbs.com
旅BBS(本体) は、 ここをクリック
※このページは、旅BBS『画像掲示板』のテキストページです。 旅BBS『画像掲示板』本体へは、ここをクリックしてお進み下さい。

旅BBSメニュー>海外情報ノート
中国東北部・旧満州帝国の遺産を巡る(08年8月)

0001. まえだまさとし 2008/09/08_21:31:16
photo1 現在の中国東北地方と呼ばれる地域はかつて日本の領土だった。そのような事情から現在でも当時の遺産を多く眼にすることができる。今回はそれら日本時代の産物を求め各地を回ってみました。

今回の旅の入り口は遼東半島の先端に位置する商業都市「大連」。今回の旅のテーマである満州国の玄関口だった場所でもある。実際大連は日本の関東州という租借地扱いだったので満州国ではないのだが。
photo2 大連へのアクセスは全日空。
平日の朝はとにかく混雑が激しく、入国審査場は長蛇の列だ。今回パスポートを新しく作り直したので「自動化ゲートシステム」の指紋登録が失効してしている。今回は行列に並ぶのを覚悟していたが、幸い自動化ゲートの受付開始が8時からに変更されていたのでその場で登録をすませ、そのままゲートを利用することができた。結果的には並ばずにすんてしまった。
この事を知らない人が、相変わらずエスカレーターの前の自動扉まで行列を作っている。一度登録すれば今後行列の心配がなくなる。平日の朝はとにかく混雑が激しいので自動化ゲートは必需だ。
photo3 全日空の大連行きは10:10発。所要時間は3時間とかなり近距離の国際線だ。

機内食は先日終了した北京オリンピックにあやかって「金目鯛の煮付け」とのこと。

 国内線感覚で現地時間の12時半に大連周水子国際空港に到着した。
photo4 とりあえずは前回の使い残しの中国元が残っていたので両替せずに到着ロビーへ出た。空港で両替すると50元(830円)の手数料を取られる。今日は様子を見て市中の銀行で両替すればいい。
 空港から市内へはそれほど遠くないので迷わずタクシー乗り場に向かった。予約してある今夜の宿泊先「大連賓館」が駅から離れているのでバスで行くと駅でさらにタクシーを使わなくてはならず面倒だ。今回はスーツケースできているので歩くのは避けたい。
 とはいえ市内まで安く行けると感じるのは中国人も同じで、タクシー乗り場は大行列だ。その時、誰も並ぶように指示を出していないのに自然に列が作られている光景を見て中国も進歩したんだなと思ったりする。タクシーは次から次に到着するので列の流れは速く、すぐに自分の番は回ってきた。空港から町の中心部までは15分ほどだ。

0002. まえだまさとし 2008/09/08_21:37:40
photo1 大連駅を通り過ぎ中山広場が見えてきた。日本時代は大広場と呼ばれた大連の中心部だ。この都市を区画整備したのはロシア人だが、建物を建設したのは日本人で今でも町の中心部には日本時代の建造物が多く残っている。
 今夜の宿泊先はこの広場に面している大連賓館だ。かつて満鉄直営の「ヤマトホテル」だった建物だ。このホテル以外にも中山広場に面している建物はすべて日本統治時代のものだ。今回の旅のテーマは満州なのでヤマトホテルから旅を始めると気分も乗ってくる。

 とはいえ場所はいいがホテルは今では老朽化が進み、値段(1泊7500円)は安くないのに設備的には中級ホテル以下の部類だ。
photo2 大連賓館のエントランス。
photo3  正面口の車止めは立派だがフロントは閑散としていて寂しい感じだ。でも天井などを見ているとヤマトホテル時代の高級感が漂ってくる。
photo4 エレベーターで客室へ向かった。廊下も薄暗く部屋もかろうじて快適に過ごせる設備はそろっている感じだ。

0003. まえだまさとし 2008/09/08_21:44:31
photo1 部屋でゆっくりしたいが、そうも言っていられない。3時から満州鉄道の看板列車だった「あじあ号」を牽引していたパシナ型蒸気機関車の見学に行くことになっている。パシナは現在瀋陽と大連にそれぞれ1両だけ残されている。瀋陽では見学が難しいので現在大連でしか見ることはできない。しかし大連でも個人では見ることはできず旅行会社を通して見学を申し込まなくてはならない。そのツアーが3時からだ。それまでに大連駅の向かいにある東北国際旅行社に行かなくてはならない。
photo2 大連駅周辺は発展著しく高層ビルが建ち並ぶ。
photo3 駅前に着いたが、しばらく時間があったので駅で明日の瀋陽への列車の切符を購入することにした。大連の駅舎は満鉄時代のもので出発と到着客をフロアごとに分離されている。今では空港などで当たり前のように取り入れられているが、このスタイルは当時の駅としては画期的なものだったらしい。
photo4 一階に切符売り場があり、早速ここで瀋陽行きの切符を購入した。当日でも買えるだろうが事前に買っておいた方が計画を立てやすい。

 瀋陽への列車はたくさん出ているが、僕が今回乗りたい列車は決まっていて一日に2本しかない「長白山号」という列車だ。ドイツの高速列車ICEをコピーしたデザインで一応中国が独自開発したとの扱いだ。そんな珍しい列車なのでせっかくなので乗ってみたい。しかし座席はすべて軟座扱いなので割高だ。
料金は87元(1460円)。

0004. まえだまさとし 2008/09/08_21:53:49
photo1 切符を購入したあと駅前のビルの8階にある東北国際旅行社を訪ねた。ジャルパックなど複数のパッケージツアーの現地ガイドもやっている大連を代表する日本人向けの旅行代理店だ。
 今回「あじあ」号に使用されていたパシナ型蒸気機関車の見学費用は車庫までの専用車とガイドと入場料で250元(4200円)だ。所要時間は1時間ほど。一人なので高くなってしまった。でも自力で車庫を見学することは不可能なのでどうにもならない。満鉄の看板列車だった「あじあ」号のパシナ型機関車を見ずして今回の旅は始まらない。大連に来たのは「あじあ」号を見に来たといっても過言ではない。そんなわけでガイドの孫文さんに連れられ、車で10分ほど走り大連駅裏の車庫に連れて行かれた。
photo2 車庫も満鉄時代からのもので今は使われておらず、ガラスは割れ、内部は荒れ果てている。

扉を開けると「あじあ」号(パシナ)が顔を出した。

ちなみにパシナとは「パシフィック型SL7」の略でパシロやパシコなども存在した。
photo3 車庫の中には「あじあ」号(パシナ)がひっそりと息を潜めているといった感じだ。とにかく70年以上前に作られた機関車がそのまま残っているのはすごい。自分の目でこの機関車を見られたことに感激した。
photo4

0005. まえだまさとし 2008/09/08_22:29:03
photo1 1934年に運行を開始した「あじあ号」は当時世界最速で最高時速は130キロ。
photo2 当時の「あじあ」号の写真。

700キロある大連から新京(現長春)を今と変わらない所要八時間半で結んでいた。もちろん当時は運転本数が少ないなど条件は違うだろうが。
パシナは十二両製造された。現存するのはここ大連と瀋陽の二両のみだ。
photo3 動輪は巨大で二メートル以上ある。
photo4

0006. まえだまさとし 2008/09/08_22:35:32
photo1 その後、運転室などを見学した。
photo2
photo3 ここから石炭を取り出してボイラーへ入れる。
photo4 当時の「あじあ」号の写真。

0007. まえだまさとし 2008/09/08_22:36:16
photo1 機関車自体は見るだけなので時間はかからない。
photo2 一通り見て機関区を後にした。

そのまま専用車で大連賓館まで送ってもらった。
photo3
photo4

0008. まえだまさとし 2008/09/08_22:48:01
photo1 大連の町へ出た。

中山広場の日本租借時代からの建物。一番印象的なのは横浜正金銀行大連支店の建物。現在は中国銀行の建物として利用されている。
photo2
photo3 中山広場に面した満州時代の建造物を横目に上海路を北へ進んでみた。めざすは駅の北側にあるロシア人街だ。途中ヤマトホテルと並ぶ有名な旧遼東ホテルがある。今は大連酒店という名前で僕が泊まっているホテルと名前が似ていて紛らわしい。こちらの方はかなり値段が安い。ヤマトホテルのような有名な宿がなければ僕はここに泊っていただろう。
photo4

0009. まえだまさとし 2008/09/09_20:13:49
photo1 路面電車と交差する場所には旧日本橋郵便局の建物があり、現在も郵便局としてそのまま使われている。
photo2
photo3 大連の重要史跡として保存の対象になっている。大連の古い建物には全てこのようなパネルが張られている。
photo4 線路を隔てた北側にロシア人街がある。線路に架けられた橋が「旧日本橋」で現在は「勝利橋」と呼ばれている。

0010. まえだまさとし 2008/09/09_20:27:22
photo1 ロシア人街の入り口にはロシアの満州進出に影響力を持っていた東清鉄道汽船の事務所がある。とはいえこの赤レンガの建物は近年立て替えられたのでレプリカだ。
現在は大連芸術展覧館というという美術館になっていて中国人アーティストの絵画が展示されている。
photo2 ロシア人風情街とよばれるロシア人街のメイン通りは復元された建物が多く、歩行者天国になっていて嘘くさいものを感じてしまう。ここだけ遊園地みたいだ。
photo3
photo4 歩行者天国の先にはロシアの東清鉄道事務所として建てられた建造物が残っている。この建物は日本統治時代は大連市庁舎や満鉄本社、ヤマトホテルなどにも利用されたことがある。

0011. まえだまさとし 2008/09/09_20:29:05
photo1 一通りロシア人街を見学して中山広場の方へ戻ってきた。
photo2 旧中国銀行(中信実業銀行)
photo3
photo4 旧東洋拓殖大連支店(中国交通銀行)

0012. まえだまさとし 2008/09/09_20:36:40
photo1 これは僕が泊まっているホテルの隣にある中国工商銀行。日本時代は大連市役所だった建物だ。
photo2
photo3 中山広場に面した建物以外にも重要な建物は多い。

その中で最も重要だと思われるのが旧満州鉄道本社ビルだ。元々はロシアが学校として建築していた建物だ。それを満鉄が改修。この周辺には満鉄関連の事務所が他にもある。
現在この建物は中国鉄道の大連事務所が入っている。
photo4 満鉄本社ビルだったことを表す碑。

0013. まえだまさとし 2008/09/09_20:39:44
photo1 満鉄本社ビルのすぐそばには旧満州日報(現大連日報)などがそのまま残されている。
photo2 また大連には日本租借時代から走る路面電車がある。この路面電車に大連駅まで乗ってみた。最近は新しい車両に更新されつつあるが、日本製の1両編成の列車はまだまだ健在だ。でも実際乗ってみると内装はきれいに改修されていて運転台などは見た目は古いままの装置だが改良はされているようだ。
photo3 大連駅前広場に到着。現在最新の車両に更新されつつあるのでこの車両が姿を消すのはそう遠くない気もする。
photo4

0014. 旅名無しさん 2008/09/09_20:49:08
photo1  大連の駅前はショッピング街でほとんどが新しい高層ビルだ。三越百貨店だった建物も残っていたりするが、少しインパクトに欠ける。


他の中国の地方都市同様無機質なコンクリートジャングルでこちらの町並みはあまり興味を持てない。
photo2 そんな中、夕食は中華のファーストフードで飲茶とラーメンを食べることにした。
photo3 徒歩でホテルがある中山広場へ戻ってきた。
photo4 ライトアップされた中国銀行(旧横浜正金銀行)。
今日は朝日本を出てきたのにかなり動き回り少し疲れ気味だ。

0015. まえだまさとし 2008/09/11_20:13:43
photo1 翌朝6時に起床。朝食は7時からということで中山広場とその周辺を散歩することにした。
 朝大連の朝は北京などと同様、靄がかかっていて太陽は霞んでいる。朝日のまぶしさはなく、そのおかげか気温は低めでしのぎやすい


赤レンガの旧大連警察署は中山広場の中でも少し雰囲気が違う。現在はシティーバンクが入っている。
photo2 そして中山広場で一番豪華に見えるギリシャ神殿風の建造物が朝鮮銀行。満州では紙幣を発行していた重要な銀行だ。
photo3
photo4 満州時代の中山広場の様子。そうめんの建物は旧横浜正金銀行(中国銀行)だ。

0016. まえだまさとし 2008/09/11_20:16:02
photo1 こちらが旧関東通信局(郵便局)。
photo2
photo3 そして僕が滞在している旧ヤマトホテル(大連賓館)だ。
photo4 ヤマトホテルの満州時代の写真。

0017. まえだまさとし 2008/09/11_20:18:50
photo1 大連賓館が重要建造物であることを表すプレート。
photo2 朝食はバイキング形式ではなく、席につくといろいろなメニューがテーブルに人数分運ばれてくるスタイルだ。卵炒めやほうれん草に豚肉の炒め物まであり、朝からボリュームのある食事ができた。
photo3 大連を出発するのは11時半なので10時半ぐらいまで時間を有効に使いたい。昨日行けなかった港湾地区に行くことにした。まず人民路を東へ徒歩で進んだ。

途中路面電車と交差する。
photo4 こちらが最新型の車両

0018. まえだまさとし 2008/09/11_20:21:03
photo1 赤レンガの旧山下汽船の建物の前を通り過ぎた。
photo2 旧山下汽船のビルは当時としてはかなりの高層建築だったのが伺える。
photo3 その隣が旧大連汽船のオフィスビルになっている。今は中国銀行の支店が入っている。
photo4 さらに進むと大連の税関だったビルを通り過ぎる。

0019. まえだまさとし 2008/09/11_20:27:57
photo1 そのまま港湾広場までやってきた。この広場には船のモニュメントがあり、旧大連取引所だったビルが面している。
photo2 大連取引所。
この建物は今まで見てきた中で圧倒的な大きさがあり迫力があるように感じだ。
photo3 ここでは大豆などの物産品や兌換紙幣を扱う取引所だった。現在は普通のオフィスビルになっている。
photo4 満州当時はこの大きな広場を馬車が走っていた。

0020. まえだまさとし 2008/09/11_20:36:44
photo1 そのまま港の方に進むと大連ふ頭だ。

 大連ふ頭ターミナルは日本時代当時の面影を残している。
photo2 屋根の形は変わっているが当時と雰囲気は同じだ。
photo3 通りを挟む形で満鉄の大連埠頭事務所だった建物がそのまま残っている。

満州時代、内地からたくさんの連絡船が接岸し、満州内陸へと人が流れた場所だ。満州に上陸して初めて見た風景は今も当時と変わってないはずだ。
photo4 大連埠頭事務所は今では郵便局などが入っている。

0021. まえだまさとし 2008/09/11_20:38:53
photo1 日本が整備した大連港は今では中国の有数の規模だ。
photo2 こんな感じで大連に残る満州時代の建造物を一通り見てきた。日本人街や人民広場に面した関東州庁舎なども見てみたかったが時間がなくなってきたので断念することにした。

バスで中山広場に戻り、ホテルへ戻ることにした。
photo3
photo4

0022. まえだまさとし 2008/09/11_20:41:33
photo1 ホテルから駅までは1キロもないがスーツースだと歩く気になれない。

中山広場のロータリーでタクシーを拾い駅へ向かった。運転手はあまりにも近いのでメーターを回そうとしない。どう考えても初乗りの8元(134円)で行けてしまう。メーターを回さないことで8元は運転手の小遣いになるのだろうが、僕自身も損するわけではないので見て見ぬふりをすることにした。
photo2 出発30分前に大連駅に到着。
photo3 満州時代に建設された駅舎そのままだ。
photo4

0023. まえだまさとし 2008/09/11_20:49:17
photo1 瀋陽への出発を待つ。改札はたいてい15分前から開始される。

瀋陽まではドイツの高速列車ICEのコピーである「長白山号」を利用する。

1日2本運行されている。かつて満州時代は「あじあ号」が看板列車だったが、今ではこの「長白山号」が看板列車となっている。
photo2 改札が開始されホームに降りた。

そこに停まっているのはまさにドイツが誇るICEだ。
photo3
photo4

0024. まえだまさとし 2008/09/11_20:51:43
photo1 しかし正面から見ると少し情けない顔をしている気もする。
また車体全体のメンテナンスが行き届いていないのか薄汚い感じだ。
photo2
photo3 車内もICEと同じはずなのだが完全に中国化している。座席配置は集団お見合い式で2+2。シートには布が被せられ、これが車内の雰囲気を中国風にしている。座席を汚さないための配慮なので仕方ないだろう。また客の質も悪いので軟座なのにずいぶん窮屈な感じだ。携帯電話はいいとして車内でラジカセをかけたりラーメンを食べたり、パソコンを使って大音量で映画を見ていたり何でもありだ。
photo4  またデッキには中国仕様のためか給湯器が備えられている。トイレは流れたが、手を洗う水は出なかった。



 瀋陽まではノンストップで所要4時間弱。形は高速列車だが在来線を走るので所要時間は他の列車とたいして変わらない。僕の席は進行方向逆で通路側。座席は背もたれが大きいのでほとんど車窓を見ることができない。リクライニングはあるようだが、僕の席は壊れていて倒れない。でも昨日は睡眠不足なのでこんな状態でも居眠りはでき、時間がたつのは早く瀋陽にはすぐに到着した。

0025. まえだまさとし 2008/09/11_20:54:19
photo1 東京駅にも似た赤レンガ造りの瀋陽駅(旧奉天駅)。この駅舎は現在も使われていて、当時の雰囲気を感じることができる。
 北京や朝鮮半島からの路線が交差するこの駅は満州鉄道では最大の駅だった。
photo2 とりあえず今夜の宿は駅に隣接する和平飯店にしようと思った。しかしこのホテル英語が通じず理由はわからないが泊らせてくれない。めんどくさくなって他のホテルに行くことにした。
photo3  瀋陽北駅に「東横INN」があるので行ってみた。偽物ではなく日本の系列店だ。値段は安く無料インターネットを使えるようなので今後の情報収集のため何かと便利だ。バスで行くのは大変なのでタクシーで向かった。
 かなりの距離を走り、瀋陽北駅に到着した。しかしホテルの建物はなくなっていた。あるはずの場所は更地になっている。「東横INN」はいろいろ問題を起こしたので海外展開には失敗したのだろうか。しかし建物ごとなくなっているとは思わなかった。
 他に当てはない。瀋陽北駅周辺は新しく再開発された街なので大きなビルばかり。歩いて手頃なホテルを探すのも大変だ。途方に暮れてしまった。
photo4

0026. まえだまさとし 2008/09/11_20:57:12
photo1 そんな中、駅前で宿の客引きのおばさんに声をかけられ、188元(3160円)で宿があるというのでついていくことにした。

客引きの宿の値段相場にしては高めだが場所が場所だからしかたないんだろうか。

案内された宿は駅前の巨大なオフィスビルの21階。このビルの中だ。
photo2 オフィスビルだが大丈夫か心配だ。
photo3
photo4

0027. まえだまさとし 2008/09/11_21:00:08
photo1 ホテルが入っている気配はないのだが。
photo2
photo3 案内された部屋は21階ということで部屋からの眺めは最高だ。瀋陽北駅周辺を一望できる。
photo4 部屋の中もテレビや浴室、ミニバーなど一通りそろっていてスタイリッシュな内装でどこかのデザインホテルのような雰囲気だ。ここに188元(3160円)で泊まれるのは得をした感じだ。

しかし宿の人がドアをノックされても出ないようと念を押されたり、宿の名前がわからなかったりと少しインチキくさい雰囲気もある。こういう場所を北朝鮮の脱北者が身を潜めるために使われていたりするのではと思ったりする。

 でも宿にありつければそんなことは関係ない。

0028. まえだまさとし 2008/09/13_18:36:41
photo1 瀋陽北駅は瀋陽の鉄道の表玄関になっている。駅舎は近代的で完成しつつある高速鉄道もこの駅が拠点だ。
photo2 瀋陽北駅周辺は奇抜な建物が目を引く。丸い建物はコインをイメージしたもので銀行が入っている。
photo3 瀋陽駅周辺は日本統治時代に作られた街だが、今では瀋陽の中心部的存在になっている。瀋陽の昔ながらの中心部は故宮周辺だ。しかし今回行く機会はなかった。
駅前にある建物は満州時代そのままで周辺には店がたくさんあるので街に活気があり、瀋陽北駅とは対照的だ。
photo4 瀋陽駅の街にも大連同様中山広場というロータリーがあり、この広場に面して満州時代の建物が残っている。

 中山広場で印象的だったのは毛沢東の銅像だ。まさに金日成と同じポーズをとっている。

0029. まえだまさとし 2008/09/13_18:47:10
photo1  今日は遅めの出発だ。部屋がビルの21階でエレベーターはなかなか来ないので外へ朝飯を食べに行くのも大変だ。道路を挟んだビルにスーパーと食堂が入っているのでここでラーメンを食べることにした。

 チェックアウトはフロントなど存在しないので電話で担当者を呼ぶことになっている。電話口の向こうは何を言っているのかわからず会話にならなかったが、しばらくして担当者がデポジットの返金分を持ってやってきた。そのままチェックアウト。

出勤してくるビルで働く従業員とすれ違いながらビルを後にした。
photo2  スーツケースを持っていると大変だが,市バスで北駅から瀋陽駅へ向かった。時間が少し遅いのでそれほど混雑することもなく瀋陽駅に到着した。そのまま昨日確認した調兵山へのバス乗り場へ向かった。
photo3  昨日確認したバスは頻繁に出ているはずだが、バス乗り場に調兵山行きのバスはない。少し不安になってきたがすぐにバスは到着した。
 バスはすぐに満席になり出発した。瀋陽北駅付近のバスターミナルも経由したが、ここから乗っていたのでは座れない。ここを通ることすら知らなかったのだが。
photo4 バスは北に向け走り出した。途中満州事変のきっかけになった柳条湖事件の現場を通過した。この事件自体は規模が小さく、たいしたものではなかったが、戦争のきっかけになったという点では重要な場所だ。
ここは現在は博物館になっている。

0030. まえだまさとし 2008/09/13_18:50:24
photo1 バスは約2時間走り,午後1時に調兵山に到着した。バスターミナルは街から離れた場所にあり近代的な建物だ。ここから大連などにもバスが出ているようだ。瀋陽へは日中でも30分に一本あるようなので帰りのバスの心配はなさそうだ。
photo2 街の中心まで歩いていくのは無理で地図もないので自分の場所を把握できない。タクシーで鉄道駅に行くことにした。料金は5元(84円)。メーターはあるが使ってないようだ。

 調兵山は広い大通りに無機質な建造物が建ち並び,交通量も少なく歩いている人もいないのでずいぶん殺風景な感じだ.中国の地方都市ではよくある雰囲気だ。タクシーは10分も走らないうちに調兵山駅に到着した。
photo3
photo4

0031. まえだまさとし 2008/09/13_19:00:34
photo1 駅前もだだっ広く殺風景だ。地方都市とはいえ高層ビルは多い。
photo2 周辺に何軒か宿があるので駅に一番近い「駅前賓館」という宿に泊ることにした。値段は100元(1680円)。従業員の対応は悪くない。


SL目的でここに来る外国人は多いようで英語は通じないが外国人慣れしているのだろう。
photo3 部屋の窓からは少しだけ駅のホームを見下ろすことができて客車が停まっているのを確認できる。
photo4 調兵山駅へ来た理由は現役で走るSLを見ることだ。
中国にはまだ定期列車としてSLを使用されている場所が所々に残っている。
その中でも比較的アクセスしやすいこの場所に来てみることにした。ただ2008年までに廃止されるという情報もあったのでまだSLが運行されているのかはわからない。

とりあえず駅に行ってみた。ホテルの従業員によるとSLはまだ走っているとのことだ。期待していいのだろう。

0032. まえだまさとし 2008/09/13_19:03:23
photo1 駅構内には時刻表が掲示されていて時間を確認できるがSLの有無は把握できない。しばらくすると列車の発着が集中する時間帯(14時前後)になる。
photo2
photo3 ホームに行ってみるとSLが蒸気をあげながら停車しているのが見えた。
photo4 SLの製造年月日のプレートを見ると1999年製だ。案外新しい。

0033. まえだまさとし 2008/09/13_19:10:54
photo1 調兵山の駅構内の様子。
photo2 しばらくすると立て続けにSLが駅に到着した。転車台がないためこの駅では後ろ向きに客車を引っ張る姿を眼にする。
photo3 駅に入るのは自由で写真を撮っていても注目を浴びることはない。
photo4 廃止になるといわれ続けた中国最後の蒸気機関車による定期運行路線はまだまだ健在だ。でもこのSLがすべてディーゼル機関車に置き換えられる日はそう遠くない。ほとんど情報がなく、2008年までにはすべて廃止されるという情報もあった。現在もSLが走っているかは未確認でここにSLを見に来るのはある意味賭だった。でも今回はるばる来て良かったように思う。

0034. まえだまさとし 2008/09/13_19:11:59
photo1 石炭を積み込む車両。SLが到着するたびに石炭が積み込まれる。
photo2
photo3
photo4

0035. まえだまさとし 2008/09/13_19:21:23
photo1 この列車は一元(17円)均一で乗車できる。
photo2
photo3
photo4  夕方また発着列車が集中する時間帯がある。それまで調兵山の街を歩くことにした。駅から少し離れた場所に繁華街があり、それなりににぎやかだが面白味には欠ける。食事には困らなさそうだ。


中国のなんの変哲もない町は歩いていても疲れる。はっきり言ってSL以外何もない町だ。

0036. まえだまさとし 2008/09/13_19:24:03
photo1 夕方再び駅に向かった。17時から18時前後まで再び列車の発着が集中する。

しかし日が暮れてからは写真撮影にはいまいちの状態で自分の目でSLの入れ替え作業を見守ることにした。
photo2
photo3
photo4 夕食は中心部で小龍包とおかゆを食べ満腹だ。

0037. まえだまさとし 2008/09/15_20:30:31
photo1 早朝のSLは7時前後に集中する。その後町に中心でご飯を食べホテルに戻り少し寝ることにした。1時半のバスで瀋陽に戻った。
photo2 ふたたび瀋陽駅。
瀋陽に到着後しばらく時間があるので駅前の荷物預かり場で荷物を預かってもらうことにした。10元(168円)も取られた。
photo3 駅前の古い建造物。
photo4

0038. まえだまさとし 2008/09/15_20:37:14
photo1 中山広場のロータリーや太原街のショッピング街で時間をつぶした。

旧藤田洋行のビル。 
photo2
photo3
photo4

0039. まえだまさとし 2008/09/15_20:38:43
photo1 旧奉天郵便局。現在も郵便局として使われている。(太原街郵便局)
photo2
photo3
photo4

0040. まえだまさとし 2008/09/15_20:41:13
photo1 ここにも満鉄直営のヤマトホテルが遼寧賓館という名で残っている。
値段は安くないので昨日に続いて連泊はできない。外観とロビーだけでも見学しておこう。
photo2
photo3
photo4 遼寧賓館のロビー

0041. まえだまさとし 2008/09/15_20:51:43
photo1 瀋陽の目抜き通りは大勢の人でにぎわっている。
photo2 太原街には伊勢丹も店を構える。
photo3 午後4時半に瀋陽駅前のマクドナルドでGさんと待ち合わせをしている。

グローバル携帯のおかげで難なくGさん合流。今後の予定を話し合い、今夜長春へ移動することにした。

電車で行きたかったので瀋陽北駅へ向かったが、予定していた電車は満席。北駅の近くにバスターミナルがあるのでバスで長春へ向かうことにした。
photo4 すぐに出発する長春行のバスを予約することができた。値段は85元(1428円)と高めだ。
 バスはガラガラだ。

途中渋滞に巻き込まれ予想より時間がかかり5時間もかかった。でも明日の朝から長春を観光できるので移動しておいてよかった。

今日のうちに長春駅でハルピンへの切符を購入しておくことにした。しかし無座の硬座しかなかった。一応移動はできるようだが無座というのが心配だ。とにかく硬座に乗るのは初めてだ。無座なので席取り合戦が心配だが初めての経験でいいかもしれない。

0042. まえだまさとし 2008/09/15_20:54:04
photo1 長春でも旧ヤマトホテルに泊ることにした。現在のホテル名は「春誼賓館」。

料金はかなり安く二人いるのでなおさら安い。駅前の他の安宿に引けをとらない値段だが、朝食付きで部屋もそれなりに快適だ。
値段は258元(4334円)/二人。
photo2
photo3
photo4

0043. まえだまさとし 2008/09/15_20:57:13
photo1 春誼賓館(旧ヤマトホテル)で1泊。

昨夜寝たのが2時前で少し睡眠不足だが7時から朝食だ。食後そのまま徒歩で満州時代の建造物見学にでかけた。
春誼賓館の建物。なにやら飾り付けがされていて雰囲気が良くない。
photo2 石碑も落書きされている。
photo3
photo4

0044. まえだまさとし 2008/09/16_22:35:10
photo1 長春の街へ出た。かつて満州国の首都だった街で満州時代は新京と呼ばれていた。当時は日本本土にもないような近代的なインフラが整備されていた。

南へ続くメインストリートとなる人民大街(旧大同大街)は満州時代の都市計画にもとづいて建設され、今の交通量での十分対応できる道幅を有している。

通り沿いには現在も使用されている満州時代に建設された建物が多く残る。
photo2
photo3
photo4

0045. まえだまさとし 2008/09/16_22:38:00
photo1 しばらく南へ歩くと満州の実権を握っていた関東軍の司令部だった建物がある。

日本の城の天守閣をイメージして造られた建物で不思議な感じがする。
photo2
photo3 現在は中国共産党の省委員会の施設が入居する。そのため正面での写真撮影は禁止されている。写真を撮ろうとしたら守衛の公安に制止された。
photo4

0046. まえだまさとし 2008/09/16_22:42:59
photo1 人民広場に面した旧満州中央銀行ビル。
photo2 こちらは旧満州電信電話ビル。
photo3 文化広場周辺には緑が多く、その一角に満州国の旧首相官邸だった建物があった。ここは現在ホテルとして利用されている。

満州国の首相といっても権力はなかったのだが。
photo4 首相官邸だったことを表すプレート。

0047. まえだまさとし 2008/09/16_22:56:01
photo1 人民広場から南へ続く新民大街(旧順天大街)には満州時代の政府機関がずらりと並んでいる。現在はほとんどが吉林大学の医学部の施設となっている。

霞ヶ関の国会議事堂を模してつくられた旧満州国務院。
photo2 土産物屋の人に国務院の説明を受けることになった。
photo3 国務院の中には世界最古のエレベータというのがあった。アメリカ・オーティス製だ。
photo4

0048. まえだまさとし 2008/09/16_22:58:35
photo1 階段の手摺が重厚な大理石が使われている。
photo2 蓄音機なども展示されていた。
photo3 文化広場には地質宮という巨大な建物が建っている。
photo4

0049. まえだまさとし 2008/09/17_19:26:51
photo1 旧満州国軍事部門の建物。威圧的な建物だが現在は吉林大学の医療機関が入居している。
photo2 旧満州国司法部。
photo3 旧満州国交通部門の建物。
photo4 新民大街の南端にそびえる旧満州国総合法衛。

0050. まえだまさとし 2008/09/17_19:46:36
photo1 いったんホテルに戻り、チェックアウトをすませ駅へ向かった。
正午前の列車でハルピンへ向かうことになっている。利用するのは生まれて初めての硬座だ。しかも無座。中国の列車の悲惨な状況を想像してしまう。案の定改札は長蛇の列。15分前に改札が始まった。
photo2  割り込まれないように押しながらすすみ、指定された車両に向かった。指定された車両の扉は人だかり。気が遠くなってきた。
切符は乗り込む際もみ合い、ぐちゃぐちゃになってしまった。
photo3 でも車内は比較的余裕があり、なんとか席につくことができた。後から乗って来た人は立っている。

車内販売がきたり、けっこう優雅な移動となった。
photo4 腹が減ったので弁当(5元/84円)を買うことにした。

0051. まえだまさとし 2008/09/17_19:50:04
photo1 ハルピンまでは所要3時間弱。硬座とはいえ列車はバスよりかなり快適で速い。

何より値段が安い。
photo2 途中何カ所か駅に停車した。雨が降ってきた。
photo3 午後3時前のハルピンに到着した。
photo4 ハルピンまで乗車した列車だが、どこから来た列車かはわからない。

0052. まえだまさとし 2008/09/17_19:59:03
photo1 ハルピン駅でホームを歩いていると隣の番線にモスクワ行きのシベリア鉄道が到着した。
ロシア製の車両で僕が以前乗った中国製よりは質が低そうだ。
photo2 ハルピン駅舎。もはや満州時代の面影はどこにもない。

伊藤博文が暗殺されたのはハルピンだが、駅員はそのことを知らないので場所も探すのは無理なようだ。
photo3 駅前もだだっ広い。典型的な中国の中核都市だ。

とりあえず、今夜の図們行きの予約に向かった。軟臥はないらしく、すかさず硬臥はないか聞いたらあっさり購入できた。軟臥は連結されてないのかもしれない。

今夜は最悪バスで延吉へ行くつもりだったので寝台が取れたのは運が良かった。とりあえず延吉まで行ければもう安心だ。
 硬臥に乗るのも初めてだ。というか今まで軟臥にしか乗ったことがなかったのが異常なのだが、とにかく値段の安さに驚てしまう。
photo4  ハルピンでの滞在時間は数時間と限られている。しかし行きたい場所は限られ、天気も良くないのでそれほど長居する気にもならない。


駅の近くの大通りには蒸気機関車の動輪のモニュメントがあった。

0053. まえだまさとし 2008/09/17_20:06:48
photo1 まずはモスクワの赤の広場にもあるロシア正教寺院「ソフィスカヤ寺院」に行ってみた。

外部を見て満足し、内部に入るのはやめた。
photo2 おなかが減ってきたので屋台で北京ダックを食べることにした。1匹14元(235円)。
安い・・・。
photo3 その後ハルピン観光の拠点である中央大街を散策した。この通りはロシアや日本などいろんな国の建造物が今でも残っている。たくさんのしゃれた店やレストランがあるがとりあえず見学するだけで中に入らず中央大街をあとにした。

満州時代最高層の建造物だった「旧松浦洋行ビル」。
photo4 中央大街の入り口に位置する旧ハルピン一等郵便局。
現在はケンタッキーフライドチキンなどが入っている。

0054. まえだまさとし 2008/09/17_20:12:00
photo1 駅へ向かう途中「上島珈琲」の店を発見した。台湾資本で「UCCコーヒー」の偽物かと思い、成都の空港で初めて見かけたときは笑ってしまったが、中国ではこちらの方が有名で笑っていられない。
photo2 試しに入ってみた。中は豪華な内装でゆったりできる。コーヒーは一杯35元(588円)ほどで味は申し分ない。
photo3  列車の出発時間が近づき、タクシーで駅へ向かった。

お約束通りここハルピンにも駅前に旧ヤマトホテルがある。現在は「龍門大厦」という中級ホテルだ。
photo4

0055. まえだまさとし 2008/09/17_20:27:06
photo1 図們行きの列車は長春を経由する。今日来たルートをまた戻る感じだ。

19時25分発の図們行きは初めて硬臥に乗ることになった。車内は案外きれいだがやはり狭い。

利用する客は少ないようで結局6人寝台のうち4人しか乗ってこなかった。
photo2  列車は途中の駅で客を降ろしながら空席が目立つ状態で8時前に延吉に到着した。
photo3 駅舎は立派だが駅前広場はだだっ広く、車やバスが入り乱れているが交通量は少ない。いかにも地方都市といった感じで駅前には安そうな宿が並んでいる。とりあえず街の中心へ行くことにした。
photo4 客引きは我々が韓国人だと思ってか韓国語で話しかけてくる。延吉を中心都市とする延辺朝鮮族自治区はその名の通り朝鮮族の街で住民の大半は朝鮮族だ。訛りはあるものの韓国語はそのまま通じるので韓国企業などが多く進出していて関係は深い。

韓国旅行者も多く、朝鮮民族の誇りである白頭山(中国名長白山)へはこの延吉を拠点にする人が多い。僕がこの街に来た理由も長白山へ行くのが目的だ。

0056. まえだまさとし 2008/09/17_20:31:21
photo1 バスで人民広場の方に出て中心部の韓国系の中級ホテル「考世茂ホテル」に宿泊することにした。二人いるので料金は安めで一人130元(2184円)だ。フロントは韓国語が通じ、レストランは韓国料理だ。時間は早いが部屋に入ることができた。また明日の朝食券を今日使うことができた。
G氏は今夜帰国するし、僕も明日は長白山に行くため午前4時に出発する。朝食券は今日使っておかなくては意味がない。
photo2 久々の韓国料理は米がうまく感じた。何より食堂が清潔で店員の対応も落ち着いた感じで韓国に来たような感じになる。
photo3
photo4

0057. まえだまさとし 2008/09/17_20:35:29
photo1 夜行列車明けなので少し疲れもあるので休んでから明日の長白山へのツアーを申し込みにCITS(中国国際旅行社)へ行ってみた。その場で申し込み値段も360元(6048円)と予想通りの値段だ。
これ以外に入場料とかが必要かは確認しなかった。
photo2 出発は明日の午前4時半と早いので少し大変だ。早めのチェックアウトが必要だ。
photo3
photo4

0058. まえだまさとし 2008/09/17_20:39:46
photo1 午後から図們へバスで行こうとしたが乗り場がわからず少し混乱したがバスターミナルから普通に出ているのようで13時のバスに乗り込んだ。


バスは途中高速道路を通らず工事中のでこぼこ道を通り、かなり時間がかかった。帰りは都合のいい時間に列車があったので切符を買っておくことにした。
 とりあえず歩いて国境の橋へ行ってみた。

橋が見えてきた。観光客はここからは入ることはできない。脇の道へ行くように指示された。
photo2 国境には中国人観光客がちらほら。天気も悪くまずまずのコンディションだが。

川の向こうには無人の北朝鮮の街が望める。
photo3 国境の門の上が展望台になっていて上ることができる。しかし雨が降り出してきた。

ここから見える北朝鮮の建築様式は相変わらず中層階の灰色の廃屋のような不気味な建物が並ぶ。韓国側などいろいろな場所からあの建物を見てきているので少し飽きてきた気もするが。
photo4 国境では中国側の橋の半分の所まで歩いていける。

0059. まえだまさとし 2008/09/17_20:41:24
photo1 線が引かれているところまで行って写真を撮って戻ってきた。
photo2
photo3
photo4

0060. まえだまさとし 2008/09/17_20:46:56
photo1 帰りの列車の時間が限られていて図們ではそれほど滞在時間がない。

見るものを見て金正日のバッジと北朝鮮の紙幣を購入しタクシーで駅へ戻ることにした。

バッジは一応おおっぴらに販売できないようで店員に確認したら机の引き出しの中から出してくれた。
photo2 北朝鮮の紙幣はいったいいくらの価値があるのかわからないがクズ同然だろう。
それを50元(840円)とかで売ろうとするのだからいい商売をしている。
photo3 図們から延吉へは大連行きの列車で戻ることになる。

延吉までは所要1時間。毎度のことながらバスより快適で安い。
photo4

0061. まえだまさとし 2008/09/17_20:56:38
photo1 CITSの人に聞いたおすすめの「白玉串城」という店に行ってみた。


店は規模が大きく高級な雰囲気だが、日本のファミレス風でカジュアルな雰囲気も兼ね備えている。
photo2 羊の串焼きがメインでウイグル料理的な要素が備わっているが、実際は無国籍料理だ。追加注文するとすぐに持ってきてくれるのでサービスもいい。シシカバブなどの羊の肉を始め串焼きが安く、満足のいく食事となった。ちなみに羊のシシカバブは1本1.5元(25円)だ。
photo3 そのままホテルに戻った。G氏は今夜延吉を離れる。僕は明日早いので早めに眠ることにした。明朝3時には起床だ。
photo4

0062. まえだまさとし 2008/09/26_20:18:22
photo1  朝3時すぎには起床。出発の準備を整え何も食べずに4時前に集合場所であるCITS(中国国際旅行社)へ向かった。今日一日長白山に行くことになっている。
 出発時間が4時半というのは早いが、かなり遠いので無理もない。そもそも日帰りで行こうとすることに無理があるがそれができるなら従うしかない。
 バスは定刻通り4時半にCITS前にやってきた。
延吉を出発した時点では3分の1くらいしかツアー客が乗っていなかったが、途中の安図で満席になり出発した。バスにはガイド兼添乗員が乗務していて終始案内してくれるようだ。ただ英語はわからず朝鮮語と中国語のみだ。このツアーの参加者は大半が中国人だが韓国人も何組か乗っている。
目指す長白山の天池が描かれた看板。
photo2 バスは延吉から4時間以上走り、長白山の入り口である山門には10時に到着した。
photo3 写真がツアーのバス。

ここで昼食の弁当が配られた。
photo4 山門のチケット売り場。
このツアーは入場料(100元/1680円)や公園内での移動手段であるバス(68元1142円)や4駆のエコカー(80元/1344円)の料金もツアー代金に含まれているようだ。そう考えると総額の360元(6048円)はずいぶん安い。

これで食事も付いているので今日1日お金を使うことはないかもしれない。

0063. まえだまさとし 2008/09/26_20:21:25
photo1 山門のゲート。
photo2 山門ゲートから公園内を巡回するバスに乗り換え、天文峰へ上る4駆のエコカー乗り場へむかった。
photo3 エコカー乗り場の行列。
photo4 エコカーは4駆の電気自動車と聞いていたが普通にガソリン車だ。燃費の悪い車体を見ていると、どこがエコなのか理解に苦しむ。

0064. まえだまさとし 2008/09/26_20:25:17
photo1 麓は所々晴れている感じだ。エコカーは猛スピードで山道を上った。
 高度を上げることに霧が出てきて天文峰に着く頃には完全に濃霧に覆われていた。
photo2 最悪のコンディションだ。一望できるはずの湖(天池)は全く見えない状態で何しに来たのかわからない。
photo3 でもこの時期、天気は良くないと聞いていたので少し予想はしていたが、わずかな期待は裏切られた。雨が降っていないだけマシと考えよう。
photo4 雲を見ていても仕方ないのでもらった弁当を食べ下界に降りた。
ちなみにこの眺めを見られるはずだったのだが。ウィキペディアの「長白山の天池」の写真を転載。

0065. まえだまさとし 2008/09/26_20:27:45
photo1 再びバスに乗り、長白瀑布という滝に向かった。
ここから天池へ歩いて行くことも可能だ。
photo2
photo3 こちらは天候に影響ないのできれいに見える。
photo4 滝の横を通って天池へ抜けるルートがあるようだがどういうワケか閉鎖されていた。

0066. まえだまさとし 2008/09/26_20:30:32
photo1 温泉卵が売られていた。
photo2
photo3 滝壺の下流に小天池(銀環湖)というのがあった。こちらはきれいに眺められるが、天池を見られなかった慰めにもならない。
photo4

0067. まえだまさとし 2008/09/26_20:33:13
photo1 天池は見られなかったが長白山に来たと言うことで満足するしかない。長白山は朝鮮人には「白頭山」と呼ばれ、いろんな伝説の地(例えば金正日生誕の地)にもなっている。その地に来られたと言うことで今回の旅行の最後の目的は終了ということになる。
photo2 午後から天気が回復してきたが、明日はまたどうなるかわからない。明日参加すれば良かったなどと未練がましいことは考えないようにしよう。

 帰りに鹿の角を売る土産物屋に立ち寄った。やはり格安ツアーだったようだ。その後一路延吉へ。延吉が近づくにつれ雨が降り出した。
photo3  延吉に到着したのは夜8時。CITSから乗った乗客はここで降りることになる。本当は街の中心まで乗せてくれたのかもしれないが交渉する語学力はない。
 土砂降りの雨だ。バスから降りたら瞬時にずぶ濡れになってしまった。タクシーを捕まえ昨夜滞在した考世茂ホテルに戻った。チェックアウトはすませてあるので荷物を受け取るだけだ。しかしこの雨の中、新たにホテルを探すのは大変だ。昨日見かけた朝鮮族の民宿に当たってみたが満室とのこと。
photo4 他にも当てがあり、メインストリートの安宿に行ってみた。ここで60元(1000円)の宿にありついた。

0068. まえだまさとし 2008/09/26_20:54:23
photo1 翌朝。
いい天気だ。長白山に未練が残る。そんなこと言っても仕方ない。
昨日はかなりショックだった。値段は安くガイドも親切で天池が見られなかったこと以外は何一つ不満はなかったのに残念だ。
photo2 昨日から泊まっている宿はこの建物に入っている。
photo3 1泊60元のシングルルーム。
photo4 部屋はこんな感じでテレビやシャワーはちゃんとついている。

0069. まえだまさとし 2008/09/26_20:59:13
photo1 8時過ぎには起きて街へ出た。特に行きたい場所もすることはなく、中心部をふらふらしながら朝鮮民族料理の店が並ぶ「海蘭路」へいってみた。
朝鮮風の門があった。
photo2 この通り店で朝から補身湯を食べることにした。補身湯は犬(狗)のスープのことだ。延吉に来てから食堂では「狗肉」という文字をよく目にする。犬の肉を扱う店のことだがソウルオリンピックを契機に韓国では表だって食べにくくなっている料理だ。同じくオリンピックを経験した中国だが、辺境の地である延辺朝鮮族自治区では全く影響はなかったようだ。
 韓国では千円近くする補身湯だが、ここでは1人前12元(200円)だ。出てきた料理は自分で辛さを自分で調整できるようにされて、韓国のように最初から辛くされているより食べやすい。
photo3
photo4

0070. まえだまさとし 2008/09/26_21:02:58
photo1  延吉の街はハングルと漢字の併記で何も考えないで歩いていると中国に来ている実感がなくなる。
 建物はモダンなので韓国と比べても見劣りしない。
photo2
photo3
photo4 「たい焼き」を売る屋台。1個1元?ぼられたかも。

0071. まえだまさとし 2008/09/26_21:05:44
photo1 中心部の露天市場はにぎやかで中国らしく幼虫などいろいろなものが売られている。
photo2
photo3 亀が売られていた。ペットとして売られているとは思えないが。
photo4 おそらく日本海で水揚げされたと思われるカニも売られている。

0072. まえだまさとし 2008/09/26_21:07:50
photo1 昼食は韓国冷麺の店に入ってみた。
photo2
photo3 冷麺は10元(168円)。
photo4 延吉の街は小さく、観光名所もないので自然とグルメ目的の町歩きになってしまう。

本場の朝鮮料理を安く食べられるここ以外の場所はそうないだろう。

つくづく中国にいることを忘れてしまう。

0073. まえだまさとし 2008/09/26_21:12:07
photo1 またマトリョーシカなどロシアの民芸品も目につく。
photo2 そんな中、松茸が売られているのを発見した。
photo3 発泡スチロールの箱にぎっしり詰められて150元(2520円)とのことだ。安いが持って帰るのは大変だ。
photo4

0074. まえだまさとし 2008/09/26_21:13:58
photo1 夕方街を一望できるという人民公園に行ってみた。公園内にある高台に上ってみた。しかし松などが生い茂っていて街は余りよく見えない。冬は視界が開けるのかもしれないが。
photo2
photo3 公園内には動物園や遊園地があり市民の憩いの場になっている。
ラクダに餌をやる女性。
photo4

0075. まえだまさとし 2008/09/27_21:06:02
photo1 帰国の日。朝から参鶏湯を食べに行くことにした。昨夜行こうとしたが店が閉まっていたので今朝改めて出向いてみた。昨日も今日も朝からボリュームのある食事になってしまった。
photo2 参鶏湯は一匹丸ごと入っていて値段は安く30元(500円)だ。韓国でも1000円以上するので割安だ。それでいて味は本物だ。
photo3 飛行機の出発は12時15分なので10時半ぐらいに宿を出発すればいい。空港まではタクシーで行くのが手っ取り早く、値段も安い。でもバスがあるようだ。
44番のバスが空港に行くようで、バス停で待っていたらすぐにやってきた。
空港までは1元だ。

バスは20分ほどで空港ターミナルと線路を挟んだ幹線道路沿いに到着した。

ここから踏切を渡って空港に向かう。ちょうど列車が通過するようで遮断機が下りた。
photo4

0076. まえだまさとし 2008/09/27_21:08:28
photo1 延吉の空港ターミナル。
アシアナ航空ソウル仁川行き。この時間国際線の仁川行きのフライトのみだがチェックインカウンターのゲートは大混雑していた。何とかチェックインをすませたが、荷物チェックが厳しい。一度カウンターに預けた荷物に不審物の反応が出たため、呼び出しを食らって荷物を再度開けさせられた。特に問題はなかったが、北朝鮮に隣接している空港なので常にテロと隣り合わせだということか。
photo2 出国をすませ搭乗待合室へ向かった。仁川行きは12:15発。定刻通りの出発だ。

機材はA320で座席はビジネスクラスだが期待できない。機内食も短距離なので期待しない方がいいだろう。短距離といっても北朝鮮の上空を避け、大連の上空を通過する。かなり遠回りをするので所要時間は距離の割にかかり2時間半だ。

離陸してすぐに延吉中心部の上空を通過。
photo3 機内食は少し見た目が多少豪華で前菜に大きなエビが使われている程度。まぁ思ったほど悪くないかなといった感じだ。
photo4 そのままソウルに着陸態勢に入った。

0077. まえだまさとし 2008/09/27_21:20:08
photo1 延吉空港でソウルから東京の搭乗券を受け取っていないので仁川空港で改めてチェックインしなくてはならない。少し面倒だ。

 仁川到着後、荷物検査を受け、出発階に出てから再びチェックインをすませた。今まで数え切れないくらい飛行機を乗り継いでいるが、乗り継ぎ用のチェックインカウンターでチェックインしたのは初めてだ。ここで何個荷物を預けているか再確認された。

そのままラウンジへ向かった。久々のアシアナラウンジだが場所が移動していて新しくなっていた。
photo2 新しいラウンジは書斎をイメージした空間にグランドピアノが置かれ、おしゃれな雰囲気だ。
 でも設備的には以前と変わらない。とはいえ最近欧米の何もサービスがないラウンジばかり見ているとアシアナラウンジは世界最高水準のラウンジだと感じる。シャワーや無線ラン、仮眠室、多彩な軽食やドリンクなど文句なしだ。

乗り継ぎ時間はあまり無いのでゆっくりできないのは残念だ。ラウンジでは食事に手をつけることもなく、コーヒーを口にする程度で東京行きが出るゲートへと向かった。
photo3 東京行きのアシアナ航空はB767なので座席は旧式かと思っていたが改良されていた。
 でもシェル式とはいえリクライニングが180度倒れるわけでもなく、全日空のクラブANAアジアの座席と同じ水準だ。アシアナ航空の最高水準の座席がこれでは今後長距離路線ではあまり利用したくない気もする。ただ機内エンターテイメントはシンガポール航空のA380や777−300ERなどに使用されている最新のオンデマンド方式でゲームや映画、音楽の量も豊富だ。しかしソウル・東京間では楽しむ時間の余裕はない。
photo4 仁川を離陸。ソウル中心部の上空を通過した。
真ん中を流れるのは漢江。
 

0078. まえだまさとし 2008/09/27_21:24:24
photo1 機内食は韓式メニューをチョイス。プルコギが出てきた。
葉っぱに包んで食べるスタイルでそれなりに本格的だ。さっきも機内食を食べたばかりでお腹いっぱいだったが、これを見てあまりにも美味そうで腹が唸りだした。
みそ汁も味が濃くおいしい。

 久々に全日空以外のビジネスクラスを利用し、機内食はかなり満足。東京・成田までの所要時間は2時間半なのでゆったりした座席だとあっという間だ。
photo2 大連から始まった今回の旅は満州国の遺物見学中心で終始充実した内容だったように思う。最後の長白山は少し残念だったが、天候だけはどうすることもできない。

日が暮れた成田に到着。
photo3
photo4

0079. まえだまさとし 2008/09/27_21:34:43
photo1   日  程

①8/27 東京→全日空→大連
②8/28 大連→長白山号→瀋陽
③8/29 瀋陽→調兵山
④8/30 調兵山→瀋陽→長春
⑤8/31 長春→ハルピン  ハルビン→
⑥9/1   →延吉(図們日帰り)
⑦9/2  延吉(長白山日帰り)
⑧9/3  延吉(市内観光)
⑨9/4  延吉→アシアナ航空→ソウル
         ソウル→アシアナ航空→東京
photo2
photo3
photo4

旅BBSトップ旅BBS(テキスト版)スレッド一覧