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旅BBSメニュー>海外情報ノート
ドバイ経由南西インドへの旅行経過

0001. まえだまさとし 2008/12/25_12:39:51
photo1 【12月24日(水)】
今年の年末年始はインドに行くことにしました。デリーから西部と南インドを中心に回ろうと思います。帰国便はかつてのトゥリバンドラム(現ティルバナンタプラム)と呼ばれたケララ州の州都から戻ります。
航空券はドバイ経由のエミレーツ航空を購入しました。インドと同時にドバイにも行っておきたいと思ったからです。少し遠回りですが、目的地まで利用する航空会社の選別も僕の旅にとって重要なのです。
photo2 エミレーツ航空は東京には就航していない。羽田空港から関空まで行って目的地に向かうのは一昨年の前のチベット以来だが、国内線が無料になる共同運行便を利用するのは今回初めてだ。エミレーツの共同運行で機材は日本航空だ。日本航空が発着する羽田空港ターミナル1には専用の国際線乗り継ぎ便カウンターが設置されていた。この時間帯はエミレーツ航空の乗客だけ利用している。荷物はドバイまでダイレクトで預けることがで搭乗券もドバイ経由のデリーまで発券された。一人だけエミレーツの制服を着た案内人がいたがそれ以外は日本航空の地上スタッフだ。
 数ある国内線の便で関西空港行きのこの便だけ満席になっている。この便の大半はエミレーツの乗り継ぎ客なのだろう。出発を待つ人の中にはアフリカ人が多く目につく。
photo3  羽田の出発は19;50で関空行きの搭乗が始まった。上級クラスやエリート会員、そして後ろの座席の乗客から順に機内案内が始まった。JALは全日空やユナイテッドなどに比べて優先客の乗る順番を徹底させている印象だ。僕はJALのステイタスは何もないので後回しだが、全日空など結構適当な感じがするのですこしはJALを見習ってもらいたい感じもする。スターアライアンスではいつも優先権を持っているものとしての意見だが。乗り込んだ関空行きはMD90。途上国ならともかくこんな古い機体をまだ使っている航空会社などあり得ない。機内案内は優秀だが機体は劣悪だ。
photo4  1時間で関空に到着。
到着直前に「ドバイへ乗り継ぐマエダマサトシ様。お降りの際係員に声をかけてください」と放送案内があった。今までいろんな人が名前を呼ばれるのを聞いているが自分が指名されたの初めてだ。飛行機を降り案内の人に降りたら一旦エミレーツのGカウンターに行ってくれとのことだった。何だろうと思いカウンターに向かったら、インド入国の際のパスポートの情報がほしいとのことだった。手続きはすぐに済みついでにユナイテッドのマイル登録もお願いすることにした。

0002. まえだまさとし 2008/12/25_12:42:40
photo1  出発まで2時間あるが出国審査を済ませゲート周辺で待つことにした。
関空はすべてのスペースで無線ランが使えるようで無料でインターネットを使えるみたいだ。いつからこのようなサービスを始めたのかは知らないが、暇つぶしができてありがたい。
 
photo2 23時前に搭乗開始。エミレーツ航空は最新のA340、超満員の機内は窮屈でしかも内側のシートで最悪だがすぐに寝られれば問題ない。座席自体はきれいで機能的にできていると事がさすがにエミレーツ航空だ。機内食も結構しっかりしているが眠たい。
photo3
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0003. まえだまさとし 2008/12/25_12:53:20
photo1 【12月25日(木)】
早朝5:50。(日本時間の午前11時前)にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ国際空港に到着した。まだ夜明け前だ。所要時間は比較的長かったの結構眠れた感じだ。
 ドバイ空港では大半の客が乗り継ぎ客のようで出発ロビーに向かう乗客で荷物検査に大行列ができている。30分くらい待たされ出発階へ出た。

新しく完成したターミナル3で免税店が充実しているようだが、人が多く窮屈だ。到着便が集中しているとはいえシンガポールの空港のようにゆったりとした雰囲気はなく、椅子も少なくトイレも少ない。パソコン用のコンセントは皆無だ。建物だけは立派だが。
photo2 ドバイ空港には14年前にも来ているが当時はドバイという街はほとんど注目もされておらず、当時から高級車を売っている空港として一部に人には知られていた。フリーポートとしてちょうどちょうど注目を去れ始めた時期だ。それが今では世界を代表する金融バブルの大都市になってしまった。でもその発展の歴史は思ったより短く11月中旬にバブルは崩壊してしまった。不動産は売りに出され、計画中のプロジェクトはすべて中止、建設途中の高層ビルやリゾートも工事が中断し始めている。せめて世界一高い高層ビルであるブルジュ・ドバイは完成させてもらいたいものだが、このビルのテナントも投機目的だったようで半額になってしまった物件もある。ドバイが今後どうなるか興味深いものがある。
 
photo3 ドバイを拠点に運行されているエミレーツ航空もドバイ経済に影響を受けるとは思うが、地の利の良さからアジア・オセアニアとヨーロッパ・アフリカの中継地点として当面はなくてはならない存在の航空会社でいられるだろうが、今後はわからない。今回の便も超満員でドバイ空港の混雑を見ているとしばらくは安泰な気がしないでもないが。
photo4 ドバイの空港は案外暇つぶしできるものがなく、デリー行きの出発までのんびり待つことにした。空港内はエミレーツのラウンジの無線LANが漏れていて、無料でネットが使えるが、電源がないのが難点だ。

0004. まえだまさとし 2008/12/25_13:03:47
photo1 ドバイ国際空港の様子。
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0005. 旅名無しさん 2008/12/27_18:20:54
photo1 ドバイからデリーまでは3時間ほど。
今回の旅行はできるだけ多く、リアルに書き込みを更新しようと思ったのですが、ネットカフェで長い文を打つのは疲れるので帰国してからたくさんの写真とともに書き込みたいと思います。
とりあえず無事でいるという報告程度の書き込みを続けます。
photo2
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0006. 旅名無しさん 2008/12/27_18:39:20
photo1 デリーに入国地点を決めたのは10年ぶりにどのようになっているか興味があっただけだ。ニューデリー駅前のメインバザールは昔と雰囲気は変わってないようだ。
地下鉄ができたことぐらいだ。

デリーでは1泊。
photo2 【12月26日(金)】

朝ニューデリー駅の切符売り場に行ってみた。この日の夕方のムンバイ行きの予約を入れるためだ。あっさり予約を取ることができ、出発まではコンノートプレイスやインド門など行ってみました。
夕方4時半のムンバイ行きで出発。ムンバイまではスピードが速い「ラジダニエクスプレス」なので快適です。食事つきです。
photo3 【12月27日(土)】
1時間遅れの9時半にムンバイセントラル駅に到着。宿はセントラル駅近くのYMCAにしました。ムンバイの宿事情は悪い。タージマハルホテルの近くにも安宿はあるが、観光客が多そうで込んでいそうなので駅前のほうが庶民的でいい。
明日ゴアに向けて出発するが、バスターミナルはYMCAの近くにある。
photo4 ムンバイの町へ出た。セントラル駅から近郊電車でチャーチゲート駅へ向かった。
さすがにムンバイはヴィクトリア朝の建造物が目を引く。町全体に華やかさがある。
チャーチゲート駅からインド門のほうへ歩いた。
この周辺にはテロの舞台になったタージマハルホテルがある。現在一部営業は再開されているようだが、宿泊客しかホテルに入れない。でも旧館は依然として閉鎖されたままだ。
インド門もテロの影響か修復工事中で足場が組まれている。

0007. まえだまさとし 2008/12/28_17:19:44
photo1 タージマハルホテル。タワーになっている新館だけ営業が再開された。
photo2 こちらは同じくテロの現場になったヴィクトリアターミナス。インドを代表する威圧的な建造物でその刺々しい外観はあまりにも印象的だ。この建物を見にムンバイまで来たといっても過言ではない。
この駅はインド最大の乗降客を誇るターミナル駅だ。テロの後遺症はまったく感じられず、通常通り多くの人々が行きかう。
photo3
photo4

0008. まえだまさとし 2008/12/29_23:04:45
photo1 【12月28日(日)】
朝食を済ませた後インド門のほうへ行ってみた。日曜の朝だが観光客でにぎわっている。写真はタージマハルホテルとインド門。沖合いへ向かう船の上から撮影したものだ。
photo2 この日の夜、バスでゴアへ移動る。ゴアの州都パナジまではバスで14時間だ。このバスで向かったのだが、一応ラグジュアリークラスらしくシートはクッションがきいていた。
ハードな移動になりそうだ。バスに乗る前バス乗り場の暗い食堂でマサラドーサの夕食を済ませた。
photo3
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0009. まえだまさとし 2008/12/29_23:12:47
photo1 【12月29日(月)】
翌朝10時にはゴアの州とパナジに到着した。バスは終始すいていて隣の席に人は座ってこなかったのでくつろげた。でも途中山を越えたのかずいぶん寒かった。

とりあえずパナジで1泊することにした。
photo2 ゴアはポルトガルの植民地だったのでほかのインドとは少し違った雰囲気だ。町を行きかうリキシャがインドにいることを実感させる。
photo3 パナジ教会。青い空に白い教会がまぶしい。
photo4 ヒンドゥー教の寺院にて

0010. まえだまさとし 2008/12/29_23:17:57
photo1 この日の夕方、パナジからバスで15分ほど行ったオールドゴアに行ってみた。
オールドゴアといっても植民地時代の入り組んだ旧市街があるわけではなく、教会が何ヶ所かあるだけだ。町自体面白みはない。

その中にフランシスコ ザビエルの遺体が安置されている教会がある。ミイラ化した遺体は10年に一度、一般公開されるらしい。

ザビエルが眠る「ボムジェズ教会」
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0011. まえだまさとし 2008/12/31_22:13:59
photo1 【12月30日(火)】
朝から日帰りでビーチに行くことにした。ゴアといえば開放的なビーチにヒッピーたちというイメージだが最近は様相が変わっているようだ。とりあえずヒッピーの聖地だったアンジュナビーチへ行ってみた。


アンジュナビーチはパナジ市内に比べると欧米人観光客の数は格段に多いが大半はインド人観光客でにぎわっている。タイの国際的なビーチに慣れているので素朴な感じがする。
浜辺に牛がいるのがインドらしい。
photo2 砂浜もそれほどきれいではなく、海もはっきり言って汚い。
photo3 昼食はパナジへ戻る途中立ち寄ったマプサの街でターリーを食べた。35ルピー(65円)。
3食カレーでも飽きない自分に気がついた。
photo4 この日の夜、夜行バスでハンピへ移動する。
ハンピは内陸部にある遺跡で有名な町だ。
ゴアのパナジから夜行バスで向かった。バスは寝台と座席が混合している変わったバスだ。今朝予約したので寝台は満席で座席になってしまった。
でも今回の移動は短いのでそれほど苦にはならないだろう。予定ではハンピには明朝6時着だ。

写真は寝台バスの様子。

0012. まえだまさとし 2008/12/31_22:26:42
photo1 【12月31日(水)】
2008年大晦日。
ハンピには早朝到着する予定が結局9時過ぎにハンピのバザールに到着した。結局14時間かかってしまった。
ハンピで年を越そうとする欧米人でにぎわっている。宿の客引きが多いところを見ると宿は供給過剰なようだが、評判のいい宿から埋まっていく。
どうせ1泊なのでアットホームな宿に即決し、朝飯を食べることにした。

またターリーだが。
photo2 今日は遺跡で明日はのんびりしたい。実はハンピといっても特別有名な遺跡があるわけではなくのんびり出来るのが評価されている。遺跡見学はさっさと済ませのんびりするのがハンピのすごし方だ。
ハンピのヒンドゥー教寺院の遺跡。レリーフも修復された部分が多く、あまり保存状態は良くない。
photo3 ハンピは遠足できた地元の子供たちでにぎわっている。
photo4 ハンピの中心部にある寺院。
今夜はこの寺院を見ながら年を終えることになる。

0013. まえだまさとし 2009/01/01_20:18:06
photo1 日が暮れツーリストが行きかう集落では路面に砂絵が描かれている。
photo2
photo3 ハンピまでの移動ルートを載せておきます。来年はバンガロールからチェンナイ、インド最南部を目指します。
photo4

0014. まえだまさとし 2009/01/05_23:16:58
photo1 【1月1日】
カウントダウンの後、花火が上がった。ひっそりとした村だと思ったが意外に騒がしい年明けとなった。
でも僕の宿周辺がひっそりしているので外出は控えることにした。
花火はどこで上がったのかわからないが一部の旅行者が騒いでいるだけだろう。
翌朝インド人が新年おめでとうと挨拶してくれる。
朝食はプリ。
photo2 ハンピの寺院前にて。
2009年の表示。
photo3 寺院内部を見学。
photo4 ハンピにはけっこう日本人が多い。4人もいる。
彼らと一緒に昼食を食べたり、うだうだしながら日中を過ごした。
それにしても場所がハンピだからかみんなインドに対する意気込みが違う。
話題の内容も濃すぎてついていけない。インドにはまっている人には相変わらず距離を感じてしまう。
話していてみんな本当にインドが好きなんだなあと思う。

この日の夜ハンピを離れバンガロールへ向かった。

0015. まえだまさとし 2009/01/05_23:19:10
photo1 【1月2日】

翌朝バンガロールに到着、そのまま列車でチェンナイへ向かうことになっている。
チェンナイまでの移動は6時間ほどで寝台の上段なので日中でも遠慮なく横になることができる。
昨夜は夜行バスだったので仮眠するのにちょうどいい。居眠りしていたらチェンナイは案外近かった。
でもチェンナイに着いたら時間は午後3時を回っていた。移動で1日つぶれた感じだ。
行き止まり式のターミナル駅であるチェンナイ・セントラル駅に到着した列車。
photo2 チェンナイセントラルの駅舎。
photo3 夕方旧市街のジョージタウンを散策したが日が暮れ、建物を見る余裕はなくなった。
photo4

0016. まえだまさとし 2009/01/05_23:21:34
photo1 【1月3日】

今日一日チェンナイに滞在できるのでマリーナビーチへ行ってみた。
ビーチは椰子の木もなくだだっ広い運動場みたいな感じで南国情緒はない。
ただ波打ち際では地引き網をしている人たちがいて、引き上げた魚をかごに入れいていた。
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photo3 そのすぐそばでは水揚げされた魚が売られている市場があった。
いろんな魚がならび、中にはサメも混じっていた。
photo4 その後チェンナイで一番有名なカーパーレーシュワラ寺院へいってみた。ビーチから狭い路地をぬけて歩いていける。

0017. まえだまさとし 2009/01/05_23:22:29
photo1 この日の夕方、チェンナイ・エグモア駅発ラーメシュワラム行きの列車に乗り込んだ。
ほぼ全員が巡礼客で車内ですでに盛り上がっている気合いの入った信者もいる。
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0018. まえだまさとし 2009/01/05_23:25:01
photo1 【1月4日(日)】
5時にラーメシュワラムに到着した。早速浜辺のガートにいってみた。
巡礼客で大混雑だ。バラナシやカニャークマリなどヒンドゥー教の聖地と呼ばれる場所にいろいろ行って来たが、ここもまた盛り上がり方がエネルギッシュだ。
日曜日だからか。
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photo3 欧米人旅行者が全く見あたらないのも不思議な感じだ。まさにインド人のための聖地であり観光地だといった感じだ。
photo4

0019. まえだまさとし 2009/01/05_23:26:20
photo1 ラーメシュワラムがある島の先端部「ダーナシュコディ」へバスで行くことができる。
ダーナシュコディからはアダムスブリッジという珊瑚礁の島を伝ってスリランカに繋がっている。
ここへ行く巡礼者も多くバスは大混雑だ。1時間に1本しかないといわれているがかなり頻繁に出ているようだ。
photo2 バスは超満員で扉からも人があふれている。
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0020. まえだまさとし 2009/01/05_23:31:35
photo1 1時間ほどでダーナシュコディに到着。
集落には椰子の葉でできた民家が軒を連ね食堂なども営業している。

ダーナシュコディが島の最東端だと思っていたが、先端へはまだ距離があるようで道なき道をさらにトラックで行く必要がある。
でもトラックは大半が団体客用にチャーターされている。
一人なのでなんとかならないかと交渉し、トラックに便乗させてもらい行くことに成功した。
ありがたいことに助手席の優等席だ。悪路が続くので助かる。
そんなわけで道なき道を行く。頻繁に戻りのトラックとすれ違う。
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photo3 ここが島の先端部だ。歩いてくるのは不可能なくらい遠かった。インド人にとっては地の果てだ。
photo4 海の向こうはスリランカ。ここからスリランカまで小さな島で繋がっていて「アダムスブリッジ」と呼ばれている。

0021. まえだまさとし 2009/01/05_23:32:23
photo1 帰りはハリケーンで廃墟になった村に立ち寄り、教会の跡などを見学することができた。

夕暮れの沐浴は今ひとつでまだ明るいのにみんな帰り支度をしていて海に入っているの人はほとんどいなくなった。
太陽が出ている暖かいうちに水から上がった方が賢明だということか。何となく軟弱なものを感じてしまう。
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0022. まえだまさとし 2009/01/05_23:35:32
photo1 【1月5日(月)】

4時過ぎから寺院周辺から騒がしい音が聞こえてきた。
夜明け前に海岸沿いのガートへ沐浴する人を見に行くことにした。
ラーメシュワラムのガートが一番活気づくのは日の出の時間帯だ。浜辺にはあふれんばかりの人で大混乱。
みんな太陽を拝んでいる。
photo2
photo3 午前中にバスでマドゥライへ向かった。
途中ラーメシュワラムのある島からから本土に架かる橋にさしかかった。ずいぶん立派な橋だ。
平行して鉄道橋(右側)もあり、水面すれすれを走っているため船の航行のために可動橋になっている。
photo4 マドゥライにやってきた。
これほど歩きにくい町は経験したことがないかも。
とにかく後ろからリキシャや自転車が狭い道を行き交い、常に360度安全確認しなくては危なっかしくて前へ進めない。
最大の問題は道が狭すぎるのだ。歩道もなく道はでこぼこ。安全のためにリキシャを利用するのみ一つの手かもしれない。
こんなところで足を轢かれたらたまったものではない。


写真はマドゥライのミーナークシー寺院。

0023. まえだまさとし 2009/01/05_23:38:18
photo1 【1月6日(火)】
ここまでのルートを再度乗せます。ラーメシュワラムまで行ったあとマドゥライに来ました。

これからコーチンを経てトゥリバナンタプラムからドバイへ飛びます。
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0024. まえだまさとし 2009/01/07_23:09:28
photo1 早朝ミーナークシー寺院へ見学に行った。朝から濃い巡礼者で混雑していた。
黄金の回廊にて
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photo3 寺院を見守るナンディの像。
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0025. まえだまさとし 2009/01/07_23:11:49
photo1 朝9時にマドゥライを出発。
バスは西へ走りペリヤール山脈を越える。
3時間ほどして山岳地帯にさしかかりバスはうなり声をあげながら坂道を上ってゆく。
インド製の車は燃費が悪くパワーがないので大変だ
この峠は妙に交通量が多く、他にも遅い車ばかりでかなり時間がかかりそうだ。
photo2 峠を越えて昼食休憩。
photo3 ケララ州に入り茶畑が一体に広がっている。
photo4 コーチンのエルナクラムには午後7時半に到着した。
マドゥライから10時間かかったことになる。昼間の長時間移動は結構しんどい。
今回のインド旅行所持金がなかなか減らないのでたまには中級ホテルに泊ることにした。
1泊千ルピー(1800円)だがこんな広々とした落ち着いた部屋に泊まれることに驚いた。

0026. まえだまさとし 2009/01/07_23:14:04
photo1 【1月7日(水)】
10年前インドに来たとき一番居心地の良かった町がコーチンだ。
この日船でコーチンの古い町並みが残るフォートコーチンへ向かった。
コーチンはインド有数の国際貿易港だ。
photo2 フォートコーチンのマッタンチェリーは香辛料の倉庫街があった場所でユダヤ人地区だった場所でもある。
今でも香辛料を扱う倉庫が並んで古びたいい雰囲気を醸し出している。これは観光客向けの店。
photo3 チャイニーズフィッシングという珍しい漁法がコーチンでは見られる。
photo4 夕方、船でエルナクラムへ戻った。夕日がきれいだ。

0027. まえだまさとし 2009/01/08_23:19:20
photo1 【1月8日(木)】

今日は早朝からバルカラビーチに移動しました。
最初トゥリヴァナンタプラム近くのコヴァラムビーチに行こうと思っていたのですが、このビーチ自体二度目でまた行くほどでもない気がしていました。
そんな中、コヴァラムの40キロほど北にバルカラビーチという新しいスポットを発見しました。
日本のガイドブックには紹介されていませんが、洋書のガイドブックには前々から掲載されていた場所で、
果たしてどんな感じなのか行ってみることにしました。
5時半にコーチン・エルナクラム駅を出発。
途中の車窓は湿地帯の南国ムード満点。
photo2 10時前にはバルカラ駅に到着しました。

駅からビーチは近いのでオートリクシャで向かいました。
photo3 バルカラのビーチは崖の下にある。
そしてすべてのゲストハウスやレストランは崖の上にあり見晴らしがいい。
隠れ家的なビーチの雰囲気はゴアのビーチに似ていなくもない。
このビーチには大型リゾートはなく、まだまだ素朴な感じだ。
観光客はほぼすべて欧米人だ。インドにもこんなのんびりしたビーチが残っていたんだなというのが第一印象だ。
photo4 ビーチに降りてみたが砂浜自体はそれほど白くない。まだコヴァラムビーチの方がきれいかもしれない。でも水はきれいだ。
遠浅なのでゴアよりは泳ぎやすい。なにより後ろに迫る崖が迫力がある。そして海水浴客の少なさがいい。
物売りもほとんどおらず途上国ではあり得ない静けさだ。わざわざ来た甲斐はあったように思う。

0028. まえだまさとし 2009/01/08_23:21:57
photo1 ビーチの土産物屋には怪しいものが並んでいました。ケララ産は最高級品として取引されているのでここへ来るのはこれが目的の人は多いのでしょう。

でも不思議なことにこのビーチで売人からは声がかかりません。コヴァラムだと頻繁に怪しい輩がすり寄ってくるのですが。
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0029. まえだまさとし 2009/01/08_23:22:51
photo1 ビーチの土産物屋には怪しいものが並んでいました。ケララ産は最高級品として取引されているのでここへ来るのはこれが目的の人は多いのでしょう。

でも不思議なことにこのビーチで売人からは声がかかりません。コヴァラムだと頻繁に怪しい輩がすり寄ってくるのですが。
photo2
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photo4

0030. まえだまさとし 2009/01/08_23:25:50
photo1 ビーチとレストランや土産物屋は分離している。風通しがいいのでふらふらするには最適だ。
photo2
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photo4

0031. まえだまさとし 2009/01/10_00:44:08
photo1 夕食時。
店先に並んだ海産物をその場で調理してもらう店が多い。
このパターンはインドに限らず世界中のビーチで見られる光景なのでインドらしさはない。
この日の夕食はあまり興味を引く食べ物はなかったので一番安いイカをタンドリー焼きにしてもらった。
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photo4

0032. まえだまさとし 2009/01/10_00:51:47
photo1 【1月9日(金)】

本来なら今夜もバルカラビーチに滞在して明日の朝、直接空港へタクシーで向かい、インドを離れるつもりだった。
しかしこのままインドらしくない場所を最後にインドを離れるのはもったいないような寂しいような。
そんなわけでこの日の夕方急遽空港のある町「トゥリヴァナンタプラム」へ向かうことにした。
とりあえず夕方5時過ぎに列車が集中するのでバルカラ駅へ向かった。
写真はバルカラビーチで滞在していた宿の女の子と猫。
photo2 17時台には3本の列車があり、いずれも長距離夜行列車だ。インドの長距離列車は半日遅れる場合もあり、時間は当てにならず3本のどれかが2、3時間以内に来ればいいと思っていた。
すると駅員に20分遅れの列車が来ると言われた。これはラッキーだ。
たった20分しか遅れてないのが信じられない。
今回はバスと鉄道をうまく乗り分け、順調に移動してきた。そんな移動もこの列車で最後だ。
バルカラ駅に到着した列車。
photo3 しかし2等車は超満員だ。なんとか乗り込めたが車内の奥へは入れない。
トゥリヴァナンタプラムまでは45分なので少しの我慢だ。インドの電車は途中から乗って座れることはまずない。
長距離列車は予約しないと悲惨だ。
photo4 6時半にはトゥリヴァナンタプラムに到着。インド最後の食事はまともなものを食べることにした。
ビーチにいたらつまらないものに高い金を出していただろうが、インド人の町に来るとちょっとしたレストランで豪華な食事ができる。
タンドリーチキン(ハーフ)とマトンカレー、ナン、これにミネラルウォーターとラッシーをつけて253ルピー(500円)だった。
味も本物。

0033. まえだまさとし 2009/01/12_03:42:36
photo1 【1月10日(土)】

★今日インドを離れる。経由地のドバイへ向かうことになるのだが、
地方空港なので空いているだろうと油断していたが、結構混雑している。
ドバイ行きもガラガラだと思っていたが、チェックインカウンターにはそれなりに人が並んでいる。
出国審査はすぐに済み、搭乗口へ進んだ。
エミレーツ航空ドバイ行きは11時発。
ボーディングブリッジはないのでバスに乗せられすぐ近くの駐機場へ運ばれた。
デリーに到着したときと同じA330型機で、南インドの地方都市にまで最新鋭の翼を飛ばしているところがエミレーツ航空らしい。
photo2 3時間ほどでドバイ国際空港に到着した。とりあえずバスで空港から出ようとしたが公共交通機関の案内もわかりづらく、
なんとか人に聞いて探し出すことができた。空港で働いている人は外国人なのでフレンドリーで親切な印象だ。
バスの案内をしてくれたエチオピア人も親切に対応してくれた。

バスはドバイの旧市街に近いデイラ地区にさしかかった。ここで一旦バスを降りる事にした。周辺には汚い建物が多く、庶民的な雰囲気でホテルという看板も目に付く。でもぼろい宿でも5000円くらいするようだ。
photo3 とりあえず町に出たが、地図がないので身動きが取れない。
とりあえず最初に世界最高級といわれる船の帆をイメージした「バージュ・アル・アラブ」の近くのジュメイラビーチホテルへ行こうと思った。
ジュメイラビーチホテルまでは20キロくらいある。相当な距離を走ることになるが、情報がない中バスで行くのは非現実的だ。
タクシーに乗り込んだ。
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0034. まえだまさとし 2009/01/12_03:45:17
photo1 ドバイ随一のフリーウェイ「シェイクサヒード通り」をジュメイラビーチホテルへ飛ばした。
途中建設中のドバイメトロと平行しながらエミレーツタワーがそびえるWTC界隈を走り抜ける。
photo2
photo3 現在世界一高いビルである建設中のブルージュ・ドバイなどもそびえる。
この町はとうてい自分の足では回れないと思い知らされた。
photo4

0035. まえだまさとし 2009/01/12_03:48:24
photo1 そのままジュメイラビーチホテル近くのパブリックホテルへ行ってもらった。相当な距離を走ったが1500円ほどだ。
フェラーリはこの町では珍しくない。
photo2 パブリックビーチではバージュ・アル・アラブの横に沈む夕日が見られるドバイでも有数の夕日スポットだ。
バージュ・アル・アラブは7つ星ホテルとも例えられ、世界最高級のサービスを自負している。
photo3
photo4 そんなホテルがすぐ近くにそびえるパブリックビーチの砂浜は他の場所から砂が運ばれてきた人工ビーチなのだろうが白く美しい。
夕日が砂浜に染まり、何ともいえない美しさだ。これを見るためにドバイへ来たのだ。

0036. まえだまさとし 2009/01/12_03:52:57
photo1 日没後、今日中にやっておきたいことがある。それはスキーだ。
なかなか捕まらないタクシーをなんとか止め、スキードバイがあるモール・オブ・ジ・エミレーツへ向かった。

ドバイでも有数の規模のショッピングモールでその中に室内スキー場の施設が入っている。
かつて日本にも「ザウス」という屋内スキー場が存在した。
まさにバブルの産物だった。そしてここドバイにもバブルの産物になりうる「スキードバイ」が存在する。
とにかくせっかく来たのだからスキーを楽しもう。
photo2 スキーをするにはウェアを含めたレンタル料にリフト乗り放題からロッカーまでセットで5000円強だ。
1日いてもこの値段なので日本よりずいぶん割安だ。でも僕は2時間も滑れば十分だ。

とにかく経験としてここで滑りたい。
photo3 ゲレンデの規模はザウスと同程度で屋内としてはかなり大規模だ。狭山スキー場やザウスなどに比べ設備は充実している。
ここでは僕のような中途半端なレベルでも上級者扱いになる。僕の滑りはリフトの上から注目の的だ。
photo4  さすがに8時を過ぎるとほとんど客はいなくなってきた。
営業時間は12時までだが、9時にはゲレンデを離れることにした。
スキーの板やウェアはその場に起きっぱなしであとは係員が片づけてくれる。
至れり尽くせりだ。疲れたので着替えてすぐにタクシーでホテルへ戻ることにした。すぐにと言ってまた20キロ走ることになるのだが。

0037. まえだまさとし 2009/01/12_05:34:40
photo1 【1月11日(日)】
日付的に帰国の途につくのは明日だが事実上、今回の旅行の最終日だ。
滞在したホテル周辺は昔ながらのドバイの町並みだ。
photo2 ドバイのデイラ地区にはアブラという渡し船の乗り場があり26円で乗ることができる。

対岸はオールドスークやバスタキヤといった町並み保存地区がある。
photo3 バーシュ・アル・アラブへは昨日はタクシーで行ったが、今日はバスで向かった。
所要1時間もかかる。

すぐ近くにスーク・メディナ・ジュメイラというモールがある。伝統的なアラブの旧市街をイメージしたモールで雰囲気はいい。
すぐ裏手にバージュ・アル・アラブがそびれるのが目を引く。
でも建物を見るだけで買うものもなく食べたいものもない。
photo4 スーク・メディナ・ジュメイラ

0038. まえだまさとし 2009/01/12_05:41:04
photo1 バスを乗り継ぎ、エミレーツタワーなどがあるWTC界隈を経由して世界一高いブルジュ・ドバイに隣接する世界最大規模のドバイモールへ向かった。
工事現場の真ん中でバスから下ろされ、ドバイモールまで歩いた。
ドバイモールはまだ未完成で工事中のテナントが多く目につく。
この不景気なのでこのまま空きテナントになる気もするが。
photo2 ドバイモール周辺は一体が建設現場で歩くことは不可能だ。
でもできる限り近くから「ブルジュ・ドバイ」を見ようと建設現場の中を歩いてみた。
注意されれば立ち去ればいい。そんな気持ちで気軽に進入してみた。
結局誰にも咎められることもなく、建設中のメトロの駅など歩き回ることができた。
photo3 建設現場の労働者はインド人が多いようだ。
声をかけた作業員はバンガロールから来たらしい。
photo4 17時で仕事は終わりだ。
ベンツのバスが町中を行き交うのに労働者用のバスだけインド製のタタ自動車というのがもの悲しい。

0039. まえだまさとし 2009/01/13_23:29:45
photo1 帰りもバスで帰ろうと思ったが、本数が少ないのか渋滞に巻き込まれているのか全く来る気配がないのでタクシーで戻ることにした。

運転手はタンザニア人だった。アフリカからも多く出稼ぎに来ている。


ドバイのビルのジャングルを走り向ける。
photo2 夕日に染まる奇妙なビル群。
photo3 タクシーでバスタキアという街並保存地区にも行ってみた。しかし予想通りこぎれいなメディナだ。観光客を含め誰も人が歩いていない。
独特の建物は興味を引くがすべて新しく、人間の生活臭がしないのでつまらない。一度見たら十分だなと言うのが正直なところだ。ここに限らずドバイにはお金をかけている割には一度見たら十分な場所があちこちにある。かつて日本のバブルの時代もそのようなものは多かった。
photo4 モスクも人の気配がなかった。

0040. まえだまさとし 2009/01/13_23:33:30
photo1 夜8時前にはホテルを出発した。ホテル近くの食堂でローストチキンを食べることにした。
店先に鶏肉が回っているとアラブの国にいることを実感できる。懐かしい。

よく考えたらアラブ諸国に来るのは2001年以来7年ぶりだ。
photo2 久々のカレー以外の料理は新鮮だ。
photo3  空港へはバスで向かった。 

でも第3ターミナルがエミレーツ航空専用ターミナルは誰も人がおらず、チェックインや出国審査はスムーズだった。
でも出発は4時前なので相当待たなくてはならない。
photo4

0041. まえだまさとし 2009/01/13_23:36:48
photo1 【1月12日(月)】 
 出発は3時40分。

深夜の出発はあまり気分のいいものではない。ヨーロッパ方面からの乗り継ぎはどんな感じかわからないが、この出発時間帯は決して便利ではないだろう。空港で6時間以上待たされるのは便利な乗り継ぎとはいえない。ドバイが目的地ならまだしも、ハブ空港しては言われているほど機能的ではない。

 幸いにも座り心地のいいベンチがあったおかげで出発までの5時間、うとうとでき時間が過ぎるのは早かった。
photo2 エミレーツ航空は関西空港と中部空港に便が出ているが、中部空港は成田への乗り入れが内定したとかで中部空港への便は3月で撤退することになった。地盤沈下の中部地方には痛手だろうが致し方ない。



 
photo3 深夜発のフライトなので搭乗後はすぐに眠りたい。でもお腹も減っているので出された機内食はほとんど食べてしまった。
大阪までは8時間と比較的短いフライトだ。ドバイの時間だと正午だが日本時間だと夕方の5時になる。
photo4 朝食のつもりで出された機内食も日本の感覚では遅い昼食だ。

関西空港には定刻通り6時前に到着。国際線の利用客も少なく入国や税関はスムーズだ。

 このまま国内線に乗り継ぎ羽田に飛ぶことになる。

0042. まえだまさとし 2009/01/13_23:42:23
photo1 関西空港発の国内線は羽田行きのこの便はもちろん今日は満席の便が目立つ。
意識していなかったが、連休最終日の夕方だからだろう。一応プチ帰国ラッシュの日でもある。でも関空の国際線の空きようは寂しい限りだ。

羽田へは日本航空の機材でB767で満席。19時15分に関西空港を出発8時半には羽田空港に到着した。


 
photo2 品川・新宿間の山手線は混雑が激しく、できれば避けたいのでバスで新宿へ向かうことにした。空港バスで新宿へ出るのは初めてだ。新宿からも家まで座れるので疲れた体にはちょうどいい。

値段は1200円。でもバスは鉄道の倍だ。35分で新宿に着いた。バスは楽だが、降車場所が西口でもかなり南口寄りなのが難点だ。西武新宿までが遠い。


ドバイ経由インド。
【終了】

写真が小さく、移動の説明がおおざっぱなので改めてスレッドをたてます。
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