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ドバイ経由でインド縦断の旅へ/08〜09年末年始

0001. まえだまさとし 2009/01/17_21:39:26
photo1 久々のインドを見てみよう。そんな気まぐれから好きでもないインドにまた行くことになりました。インドには興味深い部分は多い。10年前行けなかった場所を中心に回ることにしました。

元々はUAEの世界から脚光を浴びる「ドバイ」に行きたいとずっと思っていた。同時にドバイへは評判のいいエミレーツ航空を利用したいと思っていた。その延長線でドバイを経由してどこかに行かないともったいないような気がしていたので目的地を絞った結果インドに決めました。今回の旅行のルートが不自然(ドバイへ行ってインドへ戻る)なのはそのためです。
photo2 東京・羽田空港から関空を経て目的地に向かうのはチベット以来だ。国内線が無料になる共同運行便を利用するのは今回初めてとなる。エミレーツ航空は東京に就航していないので関空までのアクセスが配慮されている。羽田・関空間の機材は日本航空を利用することになる。
photo3 日本航空が発着する羽田空港ターミナル1には国際線乗継客用の専用のカウンターが準備されていた。この時間帯はエミレーツ航空の乗客だけが利用しているようだ。荷物は羽田からドバイ経由の目的地までダイレクトで預けることがきる。搭乗券もドバイ経由で最終目的地のニューデリーまで通しで発券された。一人だけエミレーツ航空の制服を着た案内人がいたがそれ以外は全員日本航空の地上スタッフだ。
 出発案内を見ると数ある国内便の中で僕が乗る関西空港行きの便だけが満席になっていた。この便の乗客の大半はエミレーツ航空への乗り継ぎ客なのだろう。出発を待つ人の中にはアフリカ人が多く目につく。ドバイ経由でアフリカ各地に飛ぶのは時間的にも経済的にも使い勝手がいいルートだ。
photo4  羽田出発は19:50。関空行きの搭乗案内が始まった。上級クラスやエリート会員、そして後ろの座席の乗客から順に機内案内が始まった。全日空やユナイテッドなどに比べて優先客の乗る順序を徹底させている印象だ。
 乗り込んだ関空行きの機種はMD90型機。途上国ならともかくこんな古い機体がまだ使われていたことに少し驚いた。機内は一応モニターなど改良されてはいるが、JALの機材更新の遅れを実感させられた。機内案内は優秀だが機体は劣悪なようだ。

0002. まえだまさとし 2009/01/17_21:41:37
photo1  羽田離陸後、1時間強で関空に到着した。

到着前「ドバイへ乗り継ぐマエダマサトシ様」と放送案内があった。今までいろんな人が名前を呼ばれるのを聞いているが自分が指名されたの初めてだ。飛行機を降り、案内の人に聞いたら「一旦エミレーツ航空のGカウンターに行ってください」とのことだった。何だろうと思いカウンターに向かったら、インド入国の際のパスポート情報がほしいとのことだった。手続きはすぐに済み、ついでにユナイテッド航空のマイル登録もお願いすることにした。
photo2  出発まで2時間あるが出国審査を済ませゲート周辺で待つことにした。

でもどこもすいているのでゆっくりできる。関空はすべてのスペースで無線ランが使えるようで無料でインターネットを使えるみたいだ。いつからこのようなサービスを始めたのかは知らないが、暇つぶしができてありがたい。
 搭乗開始。A340と新しい機体だが、超満員の機内は窮屈でしかも真ん中のシートで最悪だ。でも夜行便なのですぐに寝られれば問題ない。座席自体はきれいで機能的にできているところがさすがにエミレーツ航空だ。機内食も結構しっかりしているが眠たい。
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0003. まえだまさとし 2009/01/17_21:46:52
photo1 【12月25日】

5:50(日本時間の午前11時前)にドバイ国際空港に到着した。まだ夜明け前だ。所要時間は比較的長かったの結構眠れた感じだ。
 ドバイ空港ではほとんどが乗継客のようで出発ロビーに向かうための荷物検査に大行列ができている。30分くらい待たされ出発階へ出た。新しく完成したターミナル3は免税店が充実しているようだが、コンコースは人が多くて窮屈な雰囲気だ。到着便が集中しているとはいえシンガポールの空港ようにゆったりとした雰囲気はない。

椅子も少なくトイレも少ない。パソコン用のコンセントは皆無だ。
photo2  ドバイ空港には14年前にも来ているが当時はドバイという街はほとんど注目もされていなかった。欧米ではフリーポートとして少しずつ注目されはじめた時期だったが日本ではまだなじみがない場所だった。でも当時から高級車を売っている空港として一部に人には知られていた。それが今では世界を代表する金融バブルの大都市になってしまった。でもその発展の歴史は思ったより短く11月12日にバブルは崩壊。不動産は売りに出され、計画中のプロジェクトは中止の方向に向かっている。建設途中の高層ビルやリゾートも工事が中断し始めている。せめて世界一高い高層ビルであるブルジュ・ドバイは完成させてもらいたいものだが、このビルのテナントも投機目的だったようで半額になってしまった物件もあるらしい。ドバイが今後どうなるか興味深い。
photo3  ドバイを拠点に運行されているエミレーツ航空もドバイ経済に影響を受けるとは思うが、地の利の良さからアジア・オセアニアとヨーロッパ・アフリカの物流の拠点としての地は確立しているので当面はなくてはならない存在の航空会社だ。今回の便も超満員でドバイ空港の混雑を見ているとしばらくは安泰なのではと思う。
ターミナル3の出発案内モニターを見ると世界中隈無く路線を持ち、勢いのある航空会社だと実感させられる。
photo4 完成したエミレーツ航空専用のターミナル3。

0004. まえだまさとし 2009/01/17_21:48:17
photo1 免税店のモールの中には高級車が売られている。展示されているだけかもしれないが。
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0005. まえだまさとし 2009/01/17_21:50:49
photo1 10:10にドバイを出発。ニューデリーまでは3時間ほどだ。機内は空席も目立つが結構混雑している。機体はA330と新しい。
photo2 ドバイ空港離陸の際、アフガニスタンのアリアナ航空の機体が見えた。ドバイはアフガニスタンの首都カブールに路線を持つ数少ない空港だ。
photo3 機内食はインド風でラッシーやデザートなどずいぶん手が込んでいる。機内ですでにインド気分だ。
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0006. まえだまさとし 2009/01/17_21:54:16
photo1  現地時間の午後3時にニューデリー空港に到着した。一旦ドバイまで行っているので時間感覚がめちゃくちゃだ。結果としては日本との時差はドバイより縮小された。

 インド入国だが入国審査は中途半端に長い行列。なぜか僕の列はすすみが遅く、途中で係員が席を離れたりするので列を移動したら前の家族連れにかなり時間がかかる始末だ。最初の方に飛行機を降りたはずなのに順番が回ってきたのは一番最後だ。しかも最初並んだ場所とは全然違うインド人用レーンでスタンプを押された。インド人の手際の悪さもさることながら、自分の並んだ列の運の悪さに対して自分自身に怒りがこみ上げてきた。でもこれからインドペースに慣れていかなくてはならず、冷静になるよう心がけよう。
photo2  両替をしていると同じ飛行機でやってきた中学の先生をしているというKさんという女性と知り合った。彼女も運が悪く最後まで待たされた同胞だ。両替を済ませたあと彼女とタクシーをシェアして市内へ向かうことになった。
 市内の目的地はメインバザールの安宿街だが、隣接しているニューデリー駅がわかりやすいと思い、目的地を告げタクシークーポンを購入した。シェアして一人あたり125ルピー(244円)なので割安だ。
photo3  タクシーに乗り込み1時間近くかけニューデリーにやってきた。駅前の道路を渡り、食堂が並ぶ路地に入り込みパハールガンジの目的の安宿に向かった。目的の宿と言っても機内で地球の歩き方を見ながら適当にチョイスしただけだ。場所は比較的駅に近くてデリー最安値の部類の「ラジダニ・パレス」という宿に行ってみた。1泊250ルピー(488円)と安いが設備はそれ相応。お湯は出るかもしれないが少し不安だ。

Kさんには少しハードかもしれないがインド初日の宿として雰囲気に順応するには適当な宿だろう。最初から楽したらあとが続かない。この宿はメインバザールには面しておらず北側の裏路地にあるのでインドの庶民的で濃い雰囲気を満喫できる。宿の人もフレンドリーでとりあえず安心だ。
photo4  Kさんと夕食をべに出かけた。駅近くの食堂でターリーを食べることにした。水は備え付けのものを飲む。現地人も飲んでいるのでこの水を飲んでお腹を壊すようでは今回の旅行はもうやめた方がいい。
チャパティーを釜で焼いている。

0007. まえだまさとし 2009/01/17_21:57:51
photo1 ターリー。インドの大衆的な定食だ。インドでもっとも世話になる食事だ。45ルピー(88円)と値段も安い。
それでも10年前は20ルピーで食べられたのでずいぶん高くなった。
photo2 食後メインバザールを散策した。

久々のニューデリーだが道行く人に殺気だった雰囲気はなく、バザールは現地の人たちで和気藹々とした雰囲気で気がゆるんでしまう。

心なしか外国人旅行者が少ないように感じる。夜9時にシャッターを閉める店が多く、今日は疲れているので宿に戻って早く寝ることにした。
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0008. まえだまさとし 2009/01/17_22:38:28
photo1 【12月26日】

朝8時にKさんと待ち合わせ、駅前の食堂街へむかった。
朝食はここでプリーを食べた。
photo2 パハールガンジのニューデリー駅沿いが食堂街になっている。
photo3 ムンバイへの鉄道の切符を購入しにニューデリー駅へ向かった。
朝は靄がかかって天気が優れない。気温もかなり低い。
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0009. まえだまさとし 2009/01/17_22:41:13
photo1 ニューデリーの駅舎の2階の外国人用切符売り場に向かった。窓口にはほとんど客がおらず待たずに自分の順番が回ってきた。ムンバイへは今日の夕方に出発したいが、席がないなら明日でもいいかと思っていた。でも今夜の一番安いクラスを簡単に確保できてしまった。拍子抜けしてしまい、このまま夕方にデリーを去ってしまうのは少し寂しい気分だ。

 すぐに移動するのに何でニューデリーに入ったのか。最初からムンバイに入ればいいじゃないかと思うかもしれないが、デリーに来た理由はこの10年間の変化を少し見たかった。
photo2 10年前まさかこの街に地下鉄ができるとは思わなかった。とにかくインドの最新の地下鉄に乗る。デリーに来たのはこの地下鉄に乗るためだ。
それ以外は特に行きたい場所もなく、もう1泊すると時間をもてあますだろう。

Kさんはデリーから飛行機でどこへ行くか考え中で旅行代理店に顔を出すらしく、僕は一人ニューデリーの町歩きに出ることにした。Kさんとはもう会わないかもしれないのでアドレス交換をしておくことにした。いったん彼女とはお別だ。
photo3 ニューデリー駅前のパハールガンジは入り組んだ路地と活気ある雰囲気。数あるインドの町並みでもここほどインドらしい雰囲気の場所は少ないように思う。そのようなインドらしい場所が気軽に来られる首都の真ん中にあるのが不思議な感じだ。
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0010. まえだまさとし 2009/01/17_22:42:15
photo1 野良牛が徘徊していても気にならない。
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0011. まえだまさとし 2009/01/17_22:44:47
photo1  パハールガンジのメインストリートを西へ進むとずいぶん立派な高架橋が見えてきた。

地下鉄の駅らしく、地上に駅があったのは驚きだ。てっきり地下の駅かと思っていた。しかし新しい駅なのに埃っぽくずいぶん年季が入っている感じだ。メンテナンスが行き届いてないのだろうか。切符はトークン状のICチップでバンコクや台北と同じタイプだ。とりあえず窓口で隣のコンノートプレイスまでの切符を購入した。初乗りは6ルピー(12円)と安い。
photo2 運転本数はかなり多いようだ。
photo3 デリーの地下鉄。インド国鉄同様大型の車両だ
photo4  コンノートプレイスまでは一駅で途中地下に入った。他の路線との乗り継ぎ駅になっているようで大半の乗客が乗り降りする。

0012. まえだまさとし 2009/01/17_22:45:44
photo1 パハールガンジ北にあった立派な高架駅。
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0013. まえだまさとし 2009/01/17_22:48:34
photo1 それにしてもずいぶん便利になったものだ。この地下鉄を使うとコンノートプレイスを中心にインド門や大統領官邸がある大通り、北部の未知のエリアなど一瞬で行けてしまう。

久々のコンノートプレイスを歩いてみた。
photo2 マクドナルドもインドでは珍しくなくなった。
photo3 信号も機能している。
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0014. まえだまさとし 2009/01/17_22:53:37
photo1 地下鉄でインド門の方へ行くことにした。

インド門までは駅から歩こうかと思ったが、だだっ広く誇りっぽい道路に気が失せ、リキシャを使ってしまった。
photo2 インド門はインド人観光客でにぎわっているが、外国人は少ない。やはりこのような観光名所を見るより、パハールガンジを散歩していた方がおもしろいということで戻ることにした。
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photo4 再びパハールガンジ(メインバザール)

0015. まえだまさとし 2009/01/17_23:00:01
photo1 昼食はマトンビリヤニ。久々の肉料理でパワーがつく。値段は高めといっても60ルピー(117円)。
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photo3 デリーで滞在したラジダニパレスのフロントとスタッフ。
photo4 ラジダニパレスホテルをあとに。Kさんとは宿で再会したのでニューデリー駅まで送ってもらった。

0016. まえだまさとし 2009/01/17_23:03:17
photo1 ニューデリー駅。首都の駅としてはこぢんまりしている。
photo2 ムンバイへはインドが誇る豪華列車の「ラジダニ・エクスプレス」を利用する。
全席エアコン付きで遅れも少なく、何より他の列車より格段に所要時間が短い。夕方出発すると翌日の8時にはムンバイに到着する。
photo3 ニューデリー駅出発前
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0017. まえだまさとし 2009/01/17_23:04:50
photo1 この列車は全食事付きで車内ではお金を使うことはない。飛行機に近いサービスを提供してくれる。
16:30。定刻通り列車は動き出した。出発してすぐにおやつが出てきた。

とりあえず周辺のインド人とは軽く話をしておいてお互いの警戒感をなくすことにした。
photo2 夕食は8時前に準備された。チキンカレーで食後にチャイもあり充実している。
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photo4 車内の様子。
食後はそのまま寝ることにした。僕の寝床はあらかじめ準備されている上段寝台なので他の人に気を使わずに横になることができる。

0018. まえだまさとし 2009/01/17_23:06:47
photo1 列車はほとんど停車することなく朝を迎えた。やがて寝台が片づけられ、7時過ぎにオムレツの朝食が準備された。
photo2 列車は定刻の8時半になっても到着する様子はなく延々と走り続けている。車窓を見ていると近郊電車が頻繁に通り過ぎる。ムンバイが近づいているのは実感できる。

インドの近郊列車のドアは開けっ放しでそこに人がしがみついている。危険極まりないがインドでの一般的な通勤風景だ。たまに屋根の上に座っている人も見かけるが電車なので感電したらどうするんだと心配にもなる。今日は土曜日だが朝の混雑はいつものように激しいようだ。
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0019. まえだまさとし 2009/01/17_23:08:56
photo1 結局1時間遅れでムンバイ・セントラル駅に到着した。
photo2 駅前はタクシーの客引きや出迎えの人で大混乱だ。
photo3 ムンバイ・セントラル駅はムンバイを代表するターミナル駅だが駅舎は地味だ。
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0020. まえだまさとし 2009/01/18_20:12:49
photo1  ムンバイでの宿はセントラル駅近くのYMCAに泊ることにした。ムンバイの宿事情は悪く、インド門周辺にも安い宿はあるが設備的に不安もある。最近テロがあったので観光客が減っている可能性もあるが、空いているかという以前に宿が閉鎖されていては話にならない。
 そんなわけで文句なしの設備を持ち、2食付きのYMCAの方が安心だ。スタッフや設備の評判もいい。

また次の目的地ゴアへのバス乗り場もここからだと近い。

値段はシャワー共同のシングルで970ルピー(1891円)だ。
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0021. まえだまさとし 2009/01/18_20:17:09
photo1 ムンバイの街へ出た。

まず明日のゴア行きのバスの切符を購入しておくことにした。宿に近い長距離バスターミナルに向かった。
photo2 最初切符売り場の場所がわからず、人に聞いたら古びたターミナルビルの2階とのことだ。入り口はわかりずらい。インドを代表する商都の代表的なバスターミナル予約がこんなとこにあるとは知るよしもない。
photo3 長距離バスターミナルの予約窓口はずいぶん閑散としていて窓口は一つしかない。ひっそりと行列ができていて本当ににここで買えるのか不安になりつつも簡単にチケットは購入できた。

インド人は一応行列を作るので時間はかかるが、割り込みなど余計な神経を使うことはない。
ムンバイで長居する理由はないので出発は明日の午後7時だ。
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0022. まえだまさとし 2009/01/18_20:24:27
photo1 ムンバイ・セントラル駅から近郊電車でチャーチゲート駅へ出た。

一応切符を購入したが、改札はない。この混雑では検札などあり得ない雰囲気だ。今後は行列に並んでまで切符を買うのはやめておこう。
photo2  チャーチゲート駅は近郊電車専用の駅で駅舎も簡素でとりわけ特徴はない。
でも駅前はコロニアル調の重厚な建造物が目に付き、華やかな雰囲気だ。それらの建物は植民地時代に建てられた鉄道関連の施設だ。中には予約窓口が入っている。貧乏くさいバスターミナルとはえらい違いだ。

駅前の公園には緑も多く日差しも強いので開放感のある街だ。でも人の多さは半端ではない。「いったいみんなどこへ向かっているんだ?」というくらい人の往来が激しい。
photo3 歩いてインド門の方へ向かった。バスはよくわからないのでタクシーしか交通手段はないが、歩いてもたいした距離ではない。ムンバイは日差しは強いが、湿度は高くなく、歩いていてもそれほど汗をかかないので快適だ。


 途中食事を取ることにした。入った店はベジタリアンでエッグ・ビリヤニを注文した。ムンバイでもベジタリアンが多いようだ。
でも卵は大丈夫なようだ。
photo4  そのまま歩いてインド門の方へ向かった。
タージマハルホテルが建つ一角に「アポロホテル」というのがある。タージマハルホテルを建てたインド人実業家ジャムシェードジー・タタが植民地時代、インド人であることで入場を拒否されたホテルだ。この出来事がきっかけでタタはもっと大きなホテルを建設しようとタージマハルホテルが建設された。
アポロホテルはずいぶん新しい建物になっている。おそらく残っているのは名前だけだろう。

0023. まえだまさとし 2009/01/18_20:30:57
photo1 テロの影響でインド門やタージマハルホテルにはバリケードが張られ、敷地に入るには形式的ではあるが荷物検査のゲートもある。
photo2 またインド門には近づけないようにバリケードが張ってる。
photo3 タージマハールホテルの方にもバリケードが張られている。ムンバイ同時多発テロからまだ1ヶ月たっていないこともあり厳戒態勢だ。
photo4 テロの舞台となったタージマハルホテルはタワー部分(写真)の新館では営業を再開しているようだが予約済みの宿泊客しか入り込めない雰囲気だ。

タージマハルホテルは世界中に展開する高級ホテルチェーンだが、ムンバイのタージマハールホテルには特別に興味があったがコロニアル調の旧館に入れないなら意味がない。

0024. まえだまさとし 2009/01/18_20:39:21
photo1 タージマハルホテルは正面から近づけないので裏から回りこむことにした。
赤いドームを冠した荘厳なホテルの外壁は美しい。
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photo3 海岸線の方へ出てみた。こちらからも正面へは近づけないようになっている。
photo4 右にはインド門が見える。

0025. まえだまさとし 2009/01/18_20:43:43
photo1 タージマハルホテル周辺は露天やこぎれいな店が軒を連ね、インド人観光客でにぎわっている。

欧米人観光客はほとんど見かけない。ムンバイでの見所はこの周辺のみに集中している。今日は疲れてきたので宿に戻ることにした。明日の朝また来てみよう。
photo2  タクシーでチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア・ターミナス)へ向かった。

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア・ターミナス)はインドを代表する植民地時代の建造物でヴィクトリア調の刺々しい建物はあまりにも印象的だ。

ムンバイに来たのはこの建物を見に来たと言っても過言ではない。
photo3 あまりにも重厚で駅だと言われなければ何の建物かわからないくらいだ。駅舎は現在もムンバイを代表するターミナル駅として利用され、インド最大の乗降客を誇る主要駅で長距離列車の発着駅にもなっている。
photo4 それだけの知名度があったために残念ながらここもテロの標的になってしまった。でも事件から1ヶ月が過ぎ、被害の名残は全く感じられず元の賑やかな駅に戻っている。

0026. まえだまさとし 2009/01/18_20:47:06
photo1  チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア・ターミナス)から近郊電車でダダール駅まで行き、ムンバイセントラル駅まで戻ることにした。

列車は路線が限られているので利用しやすい。ダダール駅を経てムンバイ・セントラル駅に戻ってきた。
photo2  夕食は宿泊先のYMCAで食べることができる。時間は夜8時半からだ。インドの夕食は遅い。

食事ははビュッフェ形式でかなり本格的な料理が並んでいる。カレーがベースで日本のまともなインド料理屋のランチみたいな感じだ。
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photo4 盛るとこんな感じ。チキンやマトンなど肉も含まれているので美味そうだ。

食後はチャイが出てきた。この宿に泊っているのはインド人の家族連ればかりで外国人は泊っていないようだ。

0027. まえだまさとし 2009/01/19_20:17:06
photo1 (12月28日)

7時半から朝食だ。YMCAの朝食はオムレツやフルーツなど昨日同様種類も豊富だ。
photo2 食後すぐに電車とタクシーを乗り継いでタージマハルホテルへ向かった。

チャーチゲート駅に到着。ここからタクシーを捕まえた。

朝日に染まるタージマハルホテルは昨日より美しいはずだ。
photo3 今日は日曜日だがすでに朝から観光客が大勢いる。まだ気温が上がる前なので涼しくしのぎやすい。
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0028. まえだまさとし 2009/01/19_20:21:04
photo1  インド門からムンバイ最大のみどころであるエレファンタ島行きの船があるので行ってみることにした。チケットを買い船に乗り込んだ。しかしエレファンタ島へは一時間もかかることに乗ってから気づいた。

20分くらいかと思っていたのだ。120ルピー(234円)とずいぶん高いわけだ。
チェックアウトは12時。それまでに宿に戻らなくてはならない。島を往復するだけなら十分間に合うのだが島の頂上にある石窟を見学しに行っていると絶対間に合わない。戻ってきたら午後3時過ぎるだろう。
photo2  仮に宿をもう一泊分請求されても千数百円。せっかくムンバイまで来ているのだから島をすべて観光すべきなのではないか。こういうときは日本円で比較すべきだ。
節約するのは大事だが、貴重な経験を放棄するのは節約ではない。とりあえずYMCAとはあとでレイトチェックアウトのことで値段交渉すればいい。多少割り引いてくれるかもしれない。ここまで来たのだから島を観光しよう。そう決心し、島へと向かった。

インド門やタージマハルホテルを正面から見るためには船に乗らなくてはならない。
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0029. まえだまさとし 2009/01/19_20:22:04
photo1 正面から見たインド門。
photo2 正面から見たタージマハルホテル。
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0030. まえだまさとし 2009/01/19_20:24:32
photo1 一時間後エレファンタ島に到着した。ムンバイの謙遜とは一転、緑豊かな静かな島だ。

でも山頂がずいぶん遠く感じたのと石窟自体たいしたことないのではという思いがした。

気が変わりそのままムンバイに戻ることにした。エレファンタ島の桟橋は長く、岸まで列車が往来しているのは興味深い。
photo2 一度この列車に乗って島への入場ゲートまで行ったあと桟橋に歩いて戻った。
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photo4 ムンバイ行きの船に乗り込んだら係員がどうしたんだという顔をしてきたがそのまま乗り込んだ。客は僕一人。貸し切り状態だ。

0031. まえだまさとし 2009/01/19_20:27:10
photo1 一時間でインド門横の桟橋に戻ってきた。
photo2 そのままタクシーでチャーチゲート駅へ向かった。

チャーチゲート駅から電車でムンバイ・セントラル駅へ。11時45分にセントラル駅に到着し、急いで宿に向かおうとしたら検札に引っかかった。混雑している電車に車掌は来ないはずだと思っていたらホームで駅員が乗客の切符をチェックしていた。
階段の数は限られているのでもう逃げられない。結局罰金254ルピーを払う羽目になってしまった。乗車券4ルピーの60倍だ。でも切符など買っていたら12時に間に合わなかったので致し方ない。そのままYMCAへ。ぎりぎりチェックアウトの時間に間に合った。
photo3 荷物はそのまま夕方まで預かってもらうことにした。こんなことなら朝チェックアウトをしておけば良かったと後悔。
photo4

0032. まえだまさとし 2009/01/19_20:28:30
photo1  午後はタクシーでドビーガートという洗濯場へ向かった。高架橋から見下ろすドビーガートは白い洗濯物がまぶしい。
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photo4  

0033. まえだまさとし 2009/01/19_20:39:06
photo1 そのまま電車に乗って再度チャーチゲート駅へ向かうのだが、きちんと切符を買うことにした。

ムンバイの植民地時代の建造物。
photo2 ムンバイ市庁舎。
photo3 ムンバイ大学図書館の時計塔。
photo4 最高裁判所。

0034. まえだまさとし 2009/01/19_20:41:03
photo1 ゴアのパナジへ向かうバスは19時発だ。
セントラル駅近くの長距離バスターミナルから出発する。
photo2 長距離バスターミナルは薄暗く人もまばらで本当にここから出発するのか不安になる。
photo3 出発までバス乗り場の食堂でマサラドーサを食べることにした。
photo4 19時前に案内されたバスは思いっきりローカルなバスだ。行き先は英語表記されておらず、ヒンドゥー語のみだ。
観光地のゴアに向かうはずなのに外国人観光客はまったく見あたらない。
 バスは定刻通り出発。ムンバイ北部のバスターミナルに立ち寄ったが、終始空いていて隣の席には誰も座ってこないのでゆったり座れる。しかし夜半過ぎかなり冷え込んできた。窓を閉めていても隙間風が入ってくるのでダウンジャケットを着ることにした。
 深夜も頻繁にバスターミナルに立ち寄りながら南を目指した。

0035. まえだまさとし 2009/01/24_22:31:15
photo1 (12月29日)

翌朝ゴアに着く頃には通勤用のバスに利用され、通勤通学の立っている人もいるくらい混雑しはじめた。
ビーチの拠点になる町マプサに経由した。
いろいろな方向へ行くバスでバスターミナルは活気がある。そのままムンバイを出て14時間半後の午前9時過ぎにゴアの州都パナジに到着した。

パナジのバスターミナルもたくさんのバスが停まっていてにぎわっている。
写真はここまで利用したバス。
photo2 とりあえず心当たりのある宿にバイクタクシーで向かってみた。
でも目的の宿は思ったより倍くらいの値段と高くとても手が出ない。
周辺の宿にも当たってみたが狭くて汚い宿で600ルピー(1170円)とか言われ怖じ気づいてきた。
photo3 途方に暮れかけていたら一軒のホテルを見つけた。でもここも高そうだなと思ったら500ルピー(975円)で見晴らしのいい広い部屋に案内された。

宿の名前は「ORAV’S ゲストハウス」
photo4 部屋からパナジの旧市街を一望できる。
快適なのでこのまま年を越してもいい気分になってきた。

0036. まえだまさとし 2009/01/24_22:33:46
photo1 午前中はパナジのポルトガル時代の町並みが残る旧市街を散策した。
カラフルな家々はブラジルなど他のポルトガル植民地だった場所でも見られる。
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photo4 パナジ旧市街にあるサン・セバスチャン礼拝堂。

0037. まえだまさとし 2009/01/24_22:36:09
photo1 ポルトガルの影響でゴアにはカトリック教徒が多いが、裏山にはヒンドゥー教の寺院もあったりする。
photo2 ヒンドゥー教徒の聖職者。
photo3 ヒンドゥー寺院の礼拝堂。ここは教会の影響を強く受けている感じがする。
photo4 ヒンドゥー寺院からの眺め。

0038. まえだまさとし 2009/01/24_22:38:52
photo1 再びパナジの町へ。
photo2 白壁のパナジ教会はゴアを代表する観光名所だ。
photo3 ポルトガル様式の建物の前を行き交うリキシャは案外マッチしている。
photo4 旧市街の丘へ登る階段。

0039. まえだまさとし 2009/01/24_22:40:58
photo1 パナジの旧市街。
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photo3 パナジの町歩きはこのくらいにしておき、夕方、バスで15分ほど走ったオールドゴアという町に行ってみた。
photo4 オールドゴアにやってきた。

オールドゴアといっても入り組んだ古い町並みが残る場所ではなく、だだっ広い広場に何カ所かの教会があるだけだ。
でもこれらの教会は重要な名所となっている。

0040. まえだまさとし 2009/01/24_22:44:43
photo1 オールドゴアの町はずれにあるオーガスチン教会。
photo2 オーガスチン教会の遺跡も近くにある。名前は同じだが関連はわからない。
photo3 かなり大規模な遺跡だ。
photo4

0041. まえだまさとし 2009/01/24_22:46:43
photo1 こちらは聖フランシスコ教会。
photo2 聖フランシスコ教会の礼拝堂。
photo3 すぐ隣のス・カテドラル。
photo4 ス・カテドラルの礼拝堂。

0042. まえだまさとし 2009/01/24_22:49:37
photo1 そして最後にボム・ジェズ教会。
photo2 教会にはフランシスコ・ザビエルのミイラ化した遺体が安置されている。
photo3 十年に一度一般公開されるそうだが次回は2014年らしい。棺だけ見学することができた。

写真がその棺桶。
photo4 ボム・ジェズ教会の礼拝堂。

0043. まえだまさとし 2009/01/24_22:53:19
photo1 この日の夕食はエッグビリヤニ。チャイを付けて65ルピー(127円)だ。
photo2 足りなかったので夜食としてカレーを食べることにした。これも60ルピーほど。
基本的に1日3食カレーでも飽きない自分に気が付いた。
でもパナジの町には少し飽きてきた。
photo3
photo4

0044. まえだまさとし 2009/01/26_23:02:26
photo1 (12月30日)
今夜移動することになり、泊らないのにもう一泊分払うことにした。写真はパナジの街並み。
まず今夜のハンピ行き(またはホスペット)のバスの切符を買いに行った。旅行代理店でパウロツアーというまともそうなバス会社を紹介された。しかし寝台バスは満席で座席車になってしまった。寝台は空いているにはあいているが隣が女性で僕には売ることができないらしい。そういうことならしかたない。
でも夕方バスに乗るとき交渉してやるようなことを言われた。今回インド人が人に気を使ってくれる印象を受けることが多い。でも寝台バスでなくても今回のバスはそれほど長時間ではないので問題ない。せっかくなのでインドの寝台バスというものにも乗ってみたい気もしたが。
photo2 その後所持金が寂しくなってきたのでATMで現金を下ろすことにした。USドルの現金はまだたくさんあるが小額紙幣が多くレートの面で損している気になるのでATMが確実だ。10年前はATMなど大都市の外資系銀行しかなかった。ところが今ではATMはどこに行っても見かけるので便利になった。とりあえずまとまったルピーを手にした。これでインド出国まで持ちそうな気がしないでもないがゆとりのある旅行を続けよう。

とりあえず朝食を食べることにした。
photo3 せっかくゴアに来たのだから今日はビーチへ行くことにした。数あるビーチの中でも有名なアンジュナビーチへ行くことにした。アンジュナビーチはかつてヒッピーの聖地だった場所でバックパッカーにとって伝説の地でもある。

バスはビーチへの分岐点へさしかかり、ここで降ろされた。
photo4 海が見えた。ずいぶん岩場が多い印象だ。

0045. まえだまさとし 2009/01/26_23:04:30
photo1 アンジュナビーチのマーケットではおみやげ物が売られている。
photo2
photo3 アンジュナビーチは牛が行き交う。
photo4

0046. まえだまさとし 2009/01/26_23:08:39
photo1 アンジュナビーチはインド人旅行者の家族連れが多くずいぶんローカルな雰囲気のビーチになっている。常に欧米人旅行者で混雑するタイのリゾート地になれているから無理もない。

でもパナジの町中に比べると欧米人旅行者の数は半端なく多い。

全体的にレストランやビーチは空いている印象だ。物価が跳ね上がるこの時期にあえて外国人は集まってこないのだろうか。
photo2
photo3 砂浜もとりわけきれいというわけではなく、水も汚くあまり泳ごうという気にはならない。
せっかく来たのでベンチを借りて日光浴することにした。
photo4 季節はずれなのにマンゴが売られていたので買うことにした。40ルピー(78円)

0047. まえだまさとし 2009/01/26_23:11:41
photo1  午後3時頃ビーチを離れることにした。
途中経由したマプサでの昼食。ミールスでチャイを付けて40ルピー(78円)。
photo2 パナジのバスターミナルに戻った。ここでスイーツを買うことにした。1つ5ルピーほどだが、甘すぎて癖になる味だ。
photo3
photo4

0048. まえだまさとし 2009/01/26_23:16:08
photo1 パナジを出発するのは19時半で、それまでにバス会社に行けばいい。それまで宿に戻りシャワーを浴びたりできるので一泊分のレイトチェックアウトには意味がある。


 日が暮れ、19時半にバス会社に向かった。ハンピ行きのバスはバス会社の事務所の脇に横付けされるのではなく、ずいぶん離れた道路の路肩に停まっているらしい。

暗闇の中、路上の空き地で目的のバスを探すのは至難の業かと思ったがすぐに見つかった。バスの客は全員欧米人旅行者だ。
photo2 ハンピ行きのバスは同じ車両に寝台と座席に分かれていた。僕の席は座席だ。寝台バスといえば中国だが、インドの寝台バスは少しスペースに余裕があるように思う。

しかしすきま風が入ってくるのが難点だ。
photo3
photo4

0049. まえだまさとし 2009/01/28_18:23:17
photo1 ゴア・パナジからハンピへのバス(翌朝撮影)。
このバスはマプサなどにも経由し、外国人旅行者を集めてダイレクトでハンピへ向かいました。
ローカルバスだとハンピではなく、ホスペットという町で乗り継ぐことになるのですが、直行するので楽でした。
photo2
photo3
photo4

0050. まえだまさとし 2009/01/28_18:26:25
photo1 (12月31日)

翌朝ハンピに到着したのは9時前だ。ハンピには早朝5時過ぎに着くと言われていたのに結局12時間以上かかってしまった。でも寒い早朝にバスから放り出されるのはかなわないし、ホスペットで乗り換えずに済んだのもありがたい。

大半のバスはホスペットで乗り換える必要がある。
photo2  ハンピに到着したらバスに宿の客引きがたくさんよってきた。この時期でも宿の心配はなさそうだ。とはいえいい宿は早く埋まるのでこの中からいい宿を見極めるのか重要だ。
 結局一番賑やかなヴィルーパークシャ寺院北側エリアのこじんまりした宿に泊ることにした。宿の名前はわからないが民家の空いた部屋を旅行者に提供して民宿だ。1泊300ルピーと他の町と比べてかなり高いが年末だからしかたない。それに民宿とはいえ、きれいなトイレとシャワーが付いているので納得の値段だ。宿のおばさんもいい感じだ。

 
photo3 ヴィルーパークシャ寺院はハンピのランドマークだ。
photo4 牛も参道を通る。

0051. まえだまさとし 2009/01/28_18:27:48
photo1 宿周辺の集落はレストランや旅行代理店など軒を連ね、なんでもそろう便利な雰囲気で快適に過ごせそうだ。

おそらくハンピは一泊すれば十分な感じなので近くの旅行代理店でバンガロールまでのバスとバンガロールからチェンナイまでの電車の予約を入れることにした。インドの鉄道はオンライン化され、インターネットでも予約ができる。ネットカフェで自分で予約することも可能だが、代理店に任せれば手数料を取られたとしても利用価値は高い。オンライン化が進み鉄道の直前予約はかなり難しくなっている。
photo2 朝御飯を食べた食堂の子供。かなり外国人慣れしている。
photo3
photo4

0052. まえだまさとし 2009/01/28_18:32:23
photo1 とりあえず今日は観光だ。
ハンピの町を一望できるマータンガ山に登った。初日の出はこの山から見ようと思ったが、起きられなかった。
photo2 アチュタラーヤ寺院。
photo3 アチュタラーヤ寺院の塔門。入場料も取られず、修復もされておらず、保存状態は良くないが手つかずでレリーフが残っている。
photo4

0053. まえだまさとし 2009/01/28_18:35:20
photo1 川沿いのヴィッタラ寺院に行ってみた。ハンピでもっとも有名な寺院遺跡だ。
修復されている部分は多く入場料も高い。外国人は250ルピー(488円)。
photo2
photo3
photo4

0054. まえだまさとし 2009/01/28_18:36:24
photo1 ヴィッタラ寺院の塔門。
photo2
photo3 どこへ行ってもインド人の小学生で大混雑だ。そして当然のように僕に群がってきて名前を聞かれ握手を求められる。でもそれ以上の英語は通じないようで会話は成り立たない。
photo4

0055. まえだまさとし 2009/01/28_18:40:12
photo1 その後村に戻り、昼食を食べた。ハンピにはヴェジタリアンしかなく、食におもしろみはない。

卵はあるのでエッグカレーを頼んだ。これはうまかった。
photo2 あと南のカマーラプラム村の遺跡に自転車を借りて行ってみた。しかし整備されていまいち味気ない。公園みたいな感じだ。
photo3
photo4

0056. まえだまさとし 2009/01/28_18:41:43
photo1 帰り道に寄った地下宮殿。
photo2 内部は水没していた。こういうのがおもしろい。
photo3
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0057. まえだまさとし 2009/01/28_18:45:58
photo1 クリシュナ寺院近くのナラシィンハ像。
photo2 シヴァ寺院のリンガ。
photo3 ここも地元の子供たちがたくさんいる。
photo4 そんな感じで夕方までに軽くハンピを見て回り、その後は村でのんびりすることにした。
村の南には寺院を見下ろす奇岩が目につく。

0058. まえだまさとし 2009/01/28_20:53:37
photo1 日が暮れ、路上に砂絵を描いている人が多く目に付く。
ほとんどのゲストハウスの玄関前には色とりどりの絵が描かれている。そして通りには「2009」や「A HAPPY NEW YEAR」などの文字が多く目に付く。はたしてハンピで年越しの催しはあるのだろうか気になっていたがこのような形で新年を実感できるとは思わなかった。
photo2
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photo4

0059. まえだまさとし 2009/01/28_20:56:30
photo1 (2009年元旦)

カウントダウンとともに花火が上がった。
ひっそりとした村だと思ったが意外に騒がしい年明けとなった。でも僕の宿周辺がひっそりしているので外出は控えることにした。

花火はどこで上がったのかわからないが一部の旅行者が騒いでいるのだろう。
photo2 翌朝インド人が新年おめでとうと挨拶してくる。ハンピはいつも通りと思われる静かな朝を迎えているが、路面には至る所で砂絵が描かれている。
photo3 神社ではないが、ハンピの寺院に入ることにした。
photo4

0060. まえだまさとし 2009/01/28_20:57:27
photo1 寺院の境内
photo2
photo3
photo4

0061. まえだまさとし 2009/01/28_21:02:19
photo1 この日の朝はプリー・マサラを食べることにした。インドの朝食はいつもこれだ。チャイを付けても20ルピー(38円)ほどで安い。
photo2 昨日知り合った日本人など結構ハンピには日本人が多い。
この日は彼らと一緒に昼食を食べたり、うだうだしながら日中を過ごした。それにしても場所がハンピだからかみんなインドに対する意気込みが違う。話題の内容も濃すぎてついていけない。こんな僕でもデリーあたりだとベテラン扱いだったが、インドにハマっている人には相変わらず距離を感じてしまう。みんな本当にインドが好きなんだなあと思う。そんな日本人たちも大半は今日か明日にハンピを離れるようだ。
photo3  ハンピが秘境であるいわれは最寄りの空港がないことかもしれない。最寄りの空港はゴアかバンガロールかハイダラバードになるが、いずれもバスで一晩かかる。気軽に来ることができず、またここから速やかに移動することもできない。
それなのにずいぶん外国人観光客でにぎわっている。海もなければ山もない(小さな山はあるが)。はっきり言って遺跡は全然たいしたことない。
食事もバラエティーが乏しい。本当に時間があってのんびりしたい人だけがくればいい。そういう場所だ。ここは僕には合わない気がする。
photo4 夕方宿の向かいのマッサージ屋でマッサージを受けることにした。ココナッツハーブオイルのローションでもみほぐされ、なかなか気持ちいい。


 日が暮れ、夜7時に宿をチェックアウトした。レイトチェックアウトで300ルピーを200ルピーに負けてもらった感じだ。まずハンピからホスペットへ向かうのだが、ホスペットへ行くバスが全く来ない。正月だから運休しているのだろうか。結局ハンピからバンガロール行きのバスがあり、これでホスペットまで乗せてもらった。このまま乗っていってしまいたい。でもホスペットから寝台バスを予約してしまっている。

0062. まえだまさとし 2009/01/28_21:05:23
photo1 ホスペットでバスを降り、予約してあるバス会社の事務所へ向かった。事務所はすぐにみつかり周辺にはバスを待つ欧米人旅行者が多く目につく。

待つこと1時間。その間に夕食をすますことにした。肉が恋しいがホスペットでもベジタリアンミールスしか見つけられなかった。
photo2 夜10時前ホスペットからバンガロールへ向かうバスが到着したがどうも様子がおかしい。寝台バスではない座席バスだ。バス会社の人は寝台バスは壊れたとか言っている。今日は急遽このバスがバンガロールへ行くことになったらしい。こんな事ならさっきのハンピ発のバンガロール行きバスで良かったんじゃないかと思うが、いまさらあとの祭りだ。

でも座席車になるなら差額を返金してもらいたいが。
photo3 そんな中、僕とハンピから一緒のバスで来たカナダ人二人が「話が違うじゃないか」と怒りだした。そしてバスを降りていった。クレームを出すと寝台バスに変更されるのだろうか。僕も彼らに加勢して寝台バスに変更してくれと言うべきだったのかもしれない。昔ならそうしていただろう。でも今回はバンガロールに予定通りの時間に到着することを優先したい。座席バスでも定刻通りに出発してくれれば文句はない。そんな中、他の客が差額について文句を言ったようで僕にもダウングレード分の差額金額が返金された。とはいえたった50ルピー(98円)だけだ。誠意だけは認めてやろう。壊れたものは仕方ない。
バスは定刻より11時間遅れでバンガロールへ向け走り出した。
photo4

0063. まえだまさとし 2009/01/29_20:42:39
photo1 (1月2日) 

バンガロールには定刻通り早朝6時半に到着した。バスを下ろされたのはちょうどバンガロール・シティー駅の前で都合がいい。
photo2 チェンナイ行き列車の出発まで2時間ほどある。荷物を駅に預け、駅前をうろうろすることにした。プリーの朝食をとった。

トイレに行きたくなってきた。でも公衆トイレはどこも満員だ。朝込むのはどこの国でも同じようだ。こんな時は外国人特権を生かして駅近くの中級ホテルでトイレを拝借することにした。少し気まずかったが問題はなかった。

9時発のチェンナイへの列車は最終目的地はパトナーを経由してネパール国境まで行くようだ。チェンナイまでは全行程のほんの一部なので簡単に予約が取れたのかもしれない。
photo3 チェンナイまでは6時間ほどで寝台の上段なので日中でも遠慮なく横になることができる。昨夜は夜行バスだったので仮眠するのにちょうどいい。

途中の駅でホームに降りて深呼吸。
photo4  居眠りしていたらチェンナイは案外近かった。時間は午後3時を回っている。

ターミナル式のチェンナイ・セントラル駅。

0064. まえだまさとし 2009/01/29_20:46:24
photo1 到着したチェンナイ・セントラル駅の駅舎。

今夜はチェンナイで泊ることになるがチェンナイ・セントラル駅から近郊電車でもう一つのターミナル駅エグモア駅へ向かうことにした。チェンナイにあるこれら二つの駅は植民地時代の特徴ある赤い駅舎が印象的だ。
photo2 ターミナル駅間の移動は近郊電車を使う。ムンバイで走っていた車両とタイプは同じだ。
photo3 エグモア駅。
この駅の近くで宿を探すことにした。明日の出発がここエグモア駅からだからで、切符を買いに行ったりするのも便利だ。
でも駅前でいい宿が見つからずリキシャで少し離れたところの宿を紹介された。400ルピー(780円)でかなり快適だ。
photo4  早速エグモア駅へ翌日のティルティラパリ行き列車の予約に行ってみた。しかし満席だ。タミルナドゥ州を縦断する列車なのでチェンナイから州内各地へ移動する人で混雑しているのだろう。前日予約は甘かったようだ。バスで行くべきなのだろうか。しかしバスターミナルまで遠いのでできるだけ列車を利用したい。

0065. まえだまさとし 2009/01/29_20:53:41
photo1  とりあえず観光でもしようと旧市街の方へ行ってみた。

近郊電車で旧市街の最寄りであるビーチ駅へ向かった。一部の電車のターミナル駅になっている。旧市街には植民地時代の建物が目に付くが、はるばる見に行くような建物はない。

日も暮れてきたし建物を見ている余裕はなくなってきた。
周辺には大規模なバザールがあってたくさんの人でにぎわっている。大都会でありながら庶民的な雰囲気で活気がある。
photo2  バザールをうろついていたら自分の居場所がわからなくなり、駅に戻れなくなったのでリキシャでセントラル駅へ戻った。

写真は夜のセントラル駅。

そのままエグモア駅へ電車を乗り継いだ。エグモア駅で明日の列車の時刻表を眺め、どうするか考えた。出発は7時50分。二等車の自由席移動が過酷なのはわかるが座れないことはないだろう。6時過ぎには駅に来た方がいいかもしれない。気合いを入れてティルティラパリまで二等座席車で移動しようと決心した。
photo3 そのとき時刻表にラーメシュワラム行きの列車が目に入った。

ラーメシュワラムはスリランカに一番近いインドの町でヒンドゥーの聖地となっている。

ラーメシュワラムへの路線は軌道統合工事が後回しにされ、まだ工事中で運休中かと思っていた。バスでしか行けないと思い、途中のティルティラパリなどを経由してのんびり行こうと思っていた。でも最近運転が再開されていたようだ。
photo4  ラーメシュワラムはタミルナドゥー州で一番はずせない場所だ。ティルティラパリに行けなくてもいいので、列車でこのままチェンナイからラーメシュワラムまで直接入りたい。列車の経由地にたいした町がないので今からでも明日出発の切符は買えるのではないか。夕食を食べたあと、8時までやっている予約窓口にもう一度顔を出してみた。すると予約はあっさり確保できた。
寝台車の上段だ。出発は明日の夕方。今日4時にチェックインしているので24時間制を採用している南部の宿では一泊分の値段で明日の4時まで滞在することができる。効率的で経済的な旅行になってきた。

今夜はゆっくり眠れそうだ。明日はチェンナイのビーチにでも行ってみよう。

0066. まえだまさとし 2009/01/29_20:56:12
photo1  今回の旅の南部のハイライトであるラーメシュワラムまではいろいろな場所を経由してバスで行くことを考えていた。

早くても明後日の夕方くらいになると思っていたがこんなにスムーズに行けるとは夢にも思っていなかった。ゲージコンバート(軌道統合)直後の路線にも興味がある。
photo2 マサラの実が浮かんだチャイ
photo3 駅前のスイーツの店
photo4

0067. まえだまさとし 2009/01/30_19:42:54
photo1 (1月3日)

早朝出発の予定だったが、今夜の夜行列車に乗ることになったので今日一日チェンナイに滞在できる事になった。

10時過ぎ近郊電車を乗り継いでマリーナビーチへ行くことにした。
photo2 最寄り駅はMRTSとかいう最新の近郊電車だが、インドの最新は例外なく老朽化が進んでいる。車両はいつものボロい車両だ。

でも駅は高架で一見新しい。
photo3 ライトハウス駅で下車。
駅舎の外観は都市部の鉄道らしい雰囲気はある。
photo4

0068. まえだまさとし 2009/01/30_19:45:04
photo1 歩いてマリーナビーチに向かった。
しかしビーチは椰子の木もなくだだっ広い運動場みたいな感じで南国情緒はない。
photo2 下車した駅名の由来になっている灯台(ライトハウス)。
photo3 ただ波打ち際では地引き網をしている人たちがいてつり上げた魚をかごに入れいていた。
photo4

0069. まえだまさとし 2009/01/30_19:46:05
photo1 そのすぐそばでは水揚げされた魚が売られている市場があった。
photo2
photo3 いろんな魚が並に、中には鮫も混じっていた。
photo4

0070. まえだまさとし 2009/01/30_19:49:14
photo1  マリーナビーチの灯台近くにあるサントメ教会へ行ってみた。
photo2
photo3 そのまま細い路地を徒歩でカーパーレーシュワラ寺院へ向かった。カーパーレーシュワラ寺院はチェンナイでもっとも有名なヒンドゥー寺院だ。
photo4 周辺には色鮮やかな花が売られる店が多く目につく。

0071. まえだまさとし 2009/01/30_19:50:34
photo1 タミル・ナドゥ州のヒンドゥー教寺院は今回初めてだがカーパーレーシュワラ寺院周辺の雰囲気がシンガポールのヒンドゥー寺院に似ている。

僕自身もっともなじみがある雰囲気でもある。
photo2
photo3
photo4

0072. まえだまさとし 2009/01/30_19:53:55
photo1  最後にチェンナイで最大のショッピングセンター「スペンサープラザ」に行ってみた。

店内はグローバルなメーカーの専門店もあり吹き抜けになったエアコンの効いている店内はインドにいるとは思えない。と表現するする人は多いが、結局おおざっぱなつくりはインドにいることは間違いない。

無駄なスペースも多い。
photo2
photo3 それにしても外国人の少ない町だ。普通このような大都市を代表するショッピングセンターには必ず欧米人の姿があるはずなのだが。
photo4  そのままリキシャでエグモア駅に戻った。チェンナイに戻ってから肉料理を食べられるようになったので昼はマトンカレーを食べることにした。やはり肉はパワーが付く。

 宿に戻り、チェックインしてからちょうど24時間後の3時半にチェックアウト。少し早いのでネットカフェに立ち寄ってから駅に向かった。


写真は滞在したチェンナイのゲストハウス。

0073. まえだまさとし 2009/01/30_19:56:52
photo1  チェンナイ・エグモア駅発ラーメシュワラム行きの列車は結構混雑している。

巡礼客らしく車内ですべに盛り上がっている気合いの入った信者もいる。列車は停車駅は少なく、大半の客はラーメシュワラムへ行くようだ。
photo2 夕食は時間になったら食堂の人が注文を取りに来るので待ってればいいだけで楽だ。値段も30ルピーと安い。

夜9時には就寝だが明日の到着は早い。
photo3
photo4

0074. まえだまさとし 2009/02/04_21:35:07
photo1 (1月4日)

朝の5時にラーメシュワラム駅に到着した。
予定時間より15分早く到着したのと、ホームが暗かったのでしばらく着いた事に気づかなかった。今までたくさんインドの列車に乗ってきたが、予定より早く到着したのはこれが初めてだ。
この路線は行き違いもなく、遅れる要素はないが早く着くのはそれはそれでいい加減だ。個人的には大幅に遅れてもう少し外が明るくなってからの到着の方が良かったのだが。
photo2 ラーメシュワラムの駅舎の中には大勢の野宿する客がいた。インド人は本当に野宿が好きだ。混雑しているのだろうか。宿はあるのか不安になってきた。


駅前から馬車に乗り市内へむかった。
真っ暗でどこへ向かっているのかわからないが一件の宿の前に到着した。

そして部屋はあるようだ。
photo3 ここもチェンナイ同様24時間制の宿なので明日の早朝5時半にはチェックアウトしなくてはならない。24時間制のデメリットは深夜に到着した場合深夜に出発しなくてはならないことだ。

昨日はメリットを有効活用したのでそううまい話は続かないということか。
部屋がすぐに見つかっただけでもありがたく思わなくてはならない。

写真はラーメシュワラムで滞在した宿。
photo4 ラーメシュワラムの街並み。

0075. まえだまさとし 2009/02/04_21:36:22
photo1  ラーメシュワラムはインド人の巡礼客で活気に満ちている。

その中心となるのがラーマナータスワーミ寺院。
photo2
photo3
photo4

0076. まえだまさとし 2009/02/04_21:39:17
photo1 まず海辺のガートへ行ってみた。沐浴する人で浜辺は大混雑。カニャークマリもすごかったが、ここもすごい人だ。

日曜日だからか。

欧米人旅行者が全く見あたらないのも不思議な感じだ。まさにインド人のための聖地であり観光地だといった感じだ。

日本人にはあまりなじみのないラーメシュワラムだが、ここもインド人巡礼者のパワーを感じることができる。
photo2
photo3 巡礼者でにぎわう寺院周辺。
photo4 おみやげ物屋。ココナッツでできたサルとガネーシャの人形は買ってしまった。

0077. まえだまさとし 2009/02/04_21:40:25
photo1 インド人の巡礼者。
photo2 プリーの店。朝はたいていこれを食べることになる。
photo3
photo4

0078. まえだまさとし 2009/02/04_21:43:49
photo1 ラーマナータスワーミ寺院に入ってみた。

回廊には土産物屋が並んでいる。
photo2 この寺院の回廊はあまり派手な色は使われていない。
photo3 寺院の中の沐浴場。
photo4 ラーマナータスワーミ寺院

0079. まえだまさとし 2009/02/04_21:46:05
photo1 ラーメシュワラムがある島の先端部「ダーナシュコディ」へバスで行くことができる。
ダーナシュコディからはアダムスブリッジという珊瑚礁の島を伝ってスリランカに繋がっている。

ここへ行く巡礼者も多くバスは大混雑だ。1時間に1本しかないといわれているがかなり頻繁に出ているようだ。
photo2 超満員のバス
photo3
photo4 1時間ほどでダーナシュコディに到着。集落には椰子の葉でできた民家が軒を連ね食堂なども営業している。

0080. まえだまさとし 2009/02/04_21:48:20
photo1 ダーナシュコディのビーチにて
photo2
photo3
photo4 ダーナシュコディが島の最東端だと思っていたが、先端へはまだ距離があるようだ。


岬まで歩いていけるかと思ったが無理だとすぐにわかった。

0081. まえだまさとし 2009/02/04_21:53:34
photo1 誰も人のいないビーチが続く。
photo2 ふとトラックが東へ走りゆくのが目に入った。あのトラックに乗れば先端まで行けるようだ。
photo3 トラックの乗り場はすぐにわかったがトラックは大半が団体客用にチャーターされ、乗せてくれないような雰囲気だった。一人なのでなんとかならないかと交渉してみた。

するとあっさりトラックに便乗させてもらえることになった。
ありがたいことに助手席の優等席だ。悪路が続くので助かる。
photo4 道なき道を行く。

0082. まえだまさとし 2009/02/04_21:57:08
photo1 頻繁にツアーのトラックとすれ違う。
photo2 ダーナシュコディの先端部に到着。

しかし値段交渉をせず乗ることに必死になっていたので最東端の浜辺に着いてから120ルピー請求された。100ルピー(195円)に負けさせたがそれでも高く感じる。とはいえここで置いてきぼりを食うのは都合が悪いのであまり強気交渉もできない。

でも先端へのツアーはぼられてもそれだけの価値あるものだったように思う。
photo3 アダムスブリッジ方面。この先はスリランカだ。
photo4 浜辺の馬

0083. まえだまさとし 2009/02/04_21:57:58
photo1 帰りはハリケーンで廃墟になった村に立ち寄り、教会の跡などを見学することができた。
photo2
photo3
photo4

0084. まえだまさとし 2009/02/04_21:58:31
photo1  ダーナシュコディに戻り、そのままラーメシュワラムへのバスに乗り込んだ。

混雑しているがなんとか帰りも席にありつけた。ラーメシュワラムまでは1時間近くかかるので立っているのは辛い。しかも超満員だ。
photo2
photo3
photo4

0085. まえだまさとし 2009/02/04_22:00:52
photo1  一度ホテルに戻ったあと鉄道駅の方へ行ってみた。今朝到着したとき暗闇だったのでもう一度どんな感じか見に行ってみたい。


途中通学の子供たちを乗せたリキシャが通り過ぎた。
photo2 駅近くの床屋にて
photo3 ラーメシュワラム駅。
photo4 ゲージコンパート(軌道統合)され線路はきれいに整備されている。

0086. まえだまさとし 2009/02/04_22:14:48
photo1 インドはイギリス植民地時代に建設された鉄道が全土を網羅しているが、地域によって線路の幅がまちまちだった。特に南部のタミルナドゥ州はつい最近までインドの標準規格ではないメートルゲージ(1000mm)が使用されていた。ちなみにインドの標準軌は1676mmだ。

チェンナイのターミナル駅が不自然に二つに分かれているのは軌道の幅の違いが原因だ。セントラル駅は広軌でエグモア駅が狭軌といった感じだ。

乗り換えが必要で不便なこの状態を改善しようとインドはここ最近ゲージコンバート(軌道統合)を行ってきた。その工事の最終段階がマドゥライからラーメシュワラムへの路線だ。完成したのはつい最近だ。
photo2 ラーメシュワラムは全て工事が終わり、メートルゲージの名残を探すのは不可能だ。

ただ駅から海へと続く廃線跡が残っているのが確認できた。ほとんどのレールは撤去されていたが、一部線路が放置されメーターゲージの名残を確認することができた。
かつてイギリス植民地時代はここから港へ引き込み線が敷かれ、スリランカへの連絡船が出ていたはずだ。
photo3 今の国際情勢からしてスリランカへの鉄道連絡船が復活する事はまずあり得ない。ましてインド側の軌道が広軌化されてしまい、メートルゲージを採用しているスリランカとの鉄道連絡船は絶望的になってしまった。
photo4 廃線跡にいた子供たち。

0087. まえだまさとし 2009/02/04_22:17:51
photo1 廃線跡で遊ぶこともたち。
photo2
photo3 再びラーメシュワラム市街地へ。町中は舗装されている道はほとんどなく、あちこちに水溜まりがある。
photo4

0088. まえだまさとし 2009/02/05_20:38:42
photo1 インドを象徴する車アンバサダーも水たまりを避けて走る。
photo2 夕方ガートへ行ってみた。夕暮れの沐浴は今ひとつでまだ明るいのにみんな帰り支度をしていて海に入っているの人はほとんどいなくなった。太陽が出ている暖かいうちに水から上がった方が賢明だということか。何となく軟弱なものを感じてしまう。
photo3 牛とたわむれる少女。
photo4 花飾りを食べる山羊。

0089. まえだまさとし 2009/02/05_20:41:38
photo1 (1月5日)

夜明け前に海岸沿いのガートへ沐浴する人を見に行くことにした。
その前にチェックアウトを済ませ荷物を預けなくてはならない。連日の移動で少し疲れてきたが、限られた時間しかないので長居していても仕方ない。
photo2  日の出は6時半だが、夜明け前の4時過ぎから寺院周辺から騒がしいスピーカー音が聞こえてきた。ラーメシュワラムのガートが一番活気づくのは日の出の時間帯だ。暗闇の中、ガートへ向かった。
photo3 浜辺にはあふれんばかりの人で大混乱。夜明けとともにみんな太陽を拝んでいる。
photo4

0090. まえだまさとし 2009/02/05_20:44:08
photo1 ラーマナータスワーミ寺院と野良牛。

そのまま荷物を受け取り、市バスでマドゥライ行きのバスが発着するバススタンドへ向かった。
photo2
photo3
photo4

0091. まえだまさとし 2009/02/05_20:46:40
photo1 バススタンドに到着。市内からここまで利用したバス。2ルピー(4円)だ。
photo2 マドゥライ行きのバスは頻繁に出ているようですぐに出発するようだ。
マドゥライまでは4時間だ。普通の乗り合いバス(写真)で乗客の乗り降りが頻繁にあるので進むのが遅い。
photo3  ラーメシュワラムのある島からから本土に架かる橋にさしかかった。ずいぶん立派な橋が見える。
photo4

0092. まえだまさとし 2009/02/05_20:50:11
photo1 橋を渡りインド本土へ。
photo2 右下には平行して鉄道橋もある。水面すれすれを走っているため船の航行のために可動橋になっている。


基本的に小型船しか通らないので橋はそれほど高くは上がらないようだ。
photo3 橋の上から海を眺める。
photo4 橋を渡りインド大陸に入ってからもしばらくは細い砂州の上を走るので両脇には海が見える。

0093. まえだまさとし 2009/02/05_20:56:49
photo1 そのまま本土を走り、マドゥライへ近づくにつれ主な停留所にしか停まらなくなったのでバスはどんどん進む。

予定通り4時間弱で正午過ぎにマドゥライ・バスターミナルに到着した。マドゥライのバスターミナルはずいぶん規模が大きく、いろんな店が入っていてショッピングセンターみたいになっていた。

久々に文明的な場所に戻ってきた感じだ。とりあえずコーチン行きのバスはあるのか確認したら明日の9時に1本だけあるらしい。今日のバスは行ってしまったようだ。いずれにしても今日はマドゥライに滞在するつもりだ。一旦市内へ出ることになる。
photo2 その前に昼食だ。

バスターミナルの食堂はメニューも多彩でうれしい。バナナの葉にのせられたチキンビリヤニ。60ルピー(117円)。南部はほとんどの大衆店では皿の代わりにバナナの葉が使われる。
photo3 市内へは遠いので市バスで向かうことにした。


 マドゥライは宗教都市でヒンドゥー教徒の巡礼者が多いが、それなりの大都会で大半の人は普通の生活をしている。

ラーメシュワラムのような巡礼者で殺気だった雰囲気はない。バスの運転手や乗客、ホテルのフロント、リキシャのオヤジなどみんな穏やかな感じがする。どことなく落ちついた雰囲気で居心地が良さそうだ。
photo4 宿はここ(ホテル・ガンガイ)に滞在した。1泊160円(312円)。シャワーとトイレ付きでエレベータまである割に安い。

0094. まえだまさとし 2009/02/08_20:38:23
photo1 しかし道路を歩いて思ったが、いざ自分の足で町を歩いたらこれほど歩きにくい町は経験したことがない。

とにかく後ろからリキシャや自転車が狭い道を行き交い、常に360度安全確認しなくては危なっかしくて前へ進めない。
最大の問題は道が狭すぎるのだが歩道もなく道はでこぼこ。この町では安全のためにリキシャを利用するのも一つの手かもしれない。こんなところで足を轢かれたらたまったものではない。
photo2  マドゥライのミーナークシー寺院周辺にって見た。マドゥライの経済はこの寺院で成り立っている。
photo3 ミーナークシー寺院が見えてきた。
photo4 寺院周辺は車両関係をシャットアウトして歩行者専用になっているので町唯一の安全地帯になっている。マドゥライははっきりいってここしか見所がない。

 寺院の見学は明日の早朝に行くことにして、今日は町を歩いてみることにした。駅や市バスのスタンドに行ってみたが、これといった特徴はなく危なっかしいだけなので宿へ戻ることにした。

0095. まえだまさとし 2009/02/08_20:49:42
photo1 (1月6日)

 早朝ミーナークシー寺院へ見学に行った。朝から濃い巡礼者で混雑している。

寺院の中央にお金を払って入ろうと思ったが、巡礼者ですごい行列ができているので入るのはやめておくことにした。
もしかしたら外国人枠で別ルートで入場できたかもしれないが100ルピー(195円)も払うほどのものでない気がしてきた。

寺院の中央部の貯水池。
photo2 寺院の大半は無料で見学でき、黄金の回廊的な場所も外にあったので雰囲気は味わえた。
photo3 インド各地からの巡礼者。
photo4 巡礼者とナンディ像。

0096. まえだまさとし 2009/02/08_20:53:07
photo1 寺院西側の巨大なナンディ像。
photo2 朝は店の軒先で生きた食材が搬入される光景をよく目にする。

これはチキン。
photo3 そしてマトン。
photo4  朝食をとり、8時前に宿に戻った。
 9時までにバスターミナルへ行きたい。ホテルの人の話によるとコーチン・エルナクラム行きのバスは昨日のバスターミナルまで行かなくても市内に近い別のバスターミナルを経由するらしい。信憑性に不安はあるがリキシャも安く済むので行ってみることにした。

 到着したバスターミナルはタミル語表示ばかりでどこにもエルナクラムの表示はない。ずいぶんローカルな雰囲気だ。エルナクラム行きは1日1本しかないバスなので乗り過ごすのだけは勘弁してもらいたい。

 でも周りの人がここで待ってろというのでバスが来るのを信じることにした。

0097. まえだまさとし 2009/02/08_20:57:26
photo1  9時半にエルナクラム行きのバスがやってきた。昨日のバスターミナルを9時に出てここまで30分という事か。時間通りだ。

 バスの車体には経由地らしき場所がタミル語とケララ州の文字(マラヤーラム語)が併記されている。そしてエルナクラムと英語で表記されていた。とりあえずバスに乗れて一安心だ。
 1日1本しかないバスなのに中はガラガラ。タミルナドゥ州とケララ州の交流が少ないことが伺える。交流がないから1本走らせれば十分だということか。
 バスは西へ走りペリヤール山脈を越える。3時間ほどして山岳地帯にさしかかった。

タミルナドゥ州の平原を見下ろす。
photo2 バスはうなり声をあげながら坂道を上った。インドの車は燃費が悪くパワーがないので大変だ。

この峠は妙に交通量が多く、他にも遅い車ばかりでなかなか進まない。峠越えは長期戦になりそうだ。
photo3
photo4 標高2000メートル以上ある峠にさしかかった。

峠は一つの町になっていて州の境界にもなっている。峠といってものんびりした雰囲気はなく、バスが立ち往生し行き交う人も妙に多い。そして騒がしく空気の悪いただの田舎町だ。

0098. まえだまさとし 2009/02/08_20:59:01
photo1  ケララ州に入って英語表記が増えた。タミル人は民族意識が高く自らの文字で統一したい傾向があるようだがケララはそれほどでもないということか。もともと外国との交流に積極的だったケララの特性と象徴する。
photo2 峠を越えてしばらくして昼食休憩となった。

今回利用しているバス。
photo3 昼食のビリヤーニ。
photo4

0099. まえだまさとし 2009/02/08_21:01:07
photo1 ケララ州側の山はプランテーションの茶畑が広がっている。荒れ果てたタミルナドゥ州から来ると同じ国とは思えない。
photo2
photo3
photo4

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