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東欧新興国③(欧州のイスラム圏)09年7月

0001. まえだまさとし 2009/10/06_21:40:38
photo1 東欧新興国③(欧州イスラム圏+マケドニア)
アルバニア・マケドニア・コソボ・トルコの旅行を紹介します。ヨーロッパに存在するイスラム教国家ですがマケドニアだけははキリスト教国家です。
photo2 ウクライナからユーゴスラビアを経てモンテネグロのウルツィニからバスでアルバニアのシュコダルへ入りました。

写真はアルバニアへの国際バスです。国境の道はすれ違いもままならないほど狭い山道でいかにアルバニアと旧ユーゴスラビアの交流が薄いかよくわかる。国境越えのバスには16ユーロ支払ったが、入国料が10ユーロでバスターミナル使用料が1ユーロ。運賃は5ユーロだったようだ。ずいぶん安くアルバニアに入ることができた。
photo3 いままでルーマニアやユーゴスラビアではあまり物価に関して割安感がなかったのですが、アルバニアは物価の安さに期待ができそうだ。


橋を渡り、アルバニア北部の主要都市シュコダルのロータリーで車を下ろされた。

アルバニアにはバスターミナルがない。でも乗り場は決まっているので首都ティラナ行きのバスはすぐに見つかった。
photo4 時刻表はあってないようなものだ。人が集まれば出発する。午後2時過ぎにバスは満席の状態でティラナへ向け走り出した。今日も午後から雲行きが怪しくなり、とうとう雨が降り出した。ティラナまでは2時間。

0002. まえだまさとし 2009/10/06_21:43:16
photo1 シュコダルから2時間。午後4時にはティラナ市内へと入った。ティラナも雨交じりの泥臭い雰囲気で昔のトルコくささを感じる。

大雨が続いているせいか、町の中心部は浸水している。
photo2
photo3 バスの乗客は最終的にティラナ駅前で下ろされた。国内各地へ向かうバスはティラナ駅前から出ているよう。
 ティラナでホテルの当ては全くなかったが、駅の裏手に地味なホテルという看板を見つけいってみた。するとレストランの上層階が宿になっていた。どことなく連れ込み宿風だが値段がシャワートイレ付きで10ユーロ(1300円)と安いのでここに決めてしまった。スタッフは気さくでいい感じだ。明日の早朝、列車で出発するので場所も便利だ。
photo4 窓から駅が見える。

0003. まえだまさとし 2009/10/18_21:18:56
photo1 (7月2日)

 朝5時55分発の列車でマケドニア国境のポグラデックという街に向かう。ポグラデックは対岸にマケドニアを望むオフリド湖畔のリゾート地だ。バスで行けば速いのだが、アルバニアの列車でのんびり行くのもいいだろう。

アルバニアの鉄道網は限られ、この表の列車しかない。長年鎖国状態だったこともあり、国際列車などもなくモノクラスのローカル列車のみの運行だ。
photo2 閑散とした殺風景のティラナ駅に行くとちゃんと切符売り場が開いていた。ポグラデックまでの切符を購入したら296LEK(300円)。6時間以上乗ってこの値段は安い。
photo3 ホームには年季の入ったヨーロッパ払い下げのオンボロ車両が停まっている。

列車の窓はガラスが割れひどい有様だ。
photo4 アルバニアのディーゼル機関車。

0004. まえだまさとし 2009/10/18_21:21:04
photo1 そんな中、列車はガラガラの状態でティラナを出発した。車内は比較的清潔だ。

 アルバニア第二の都市トゥラスまでは1時間。この駅で進行方向が変わる。そしてこの駅から大量の乗客が乗り込んできた。その配慮に応じてかこの駅から客車が2両増結された。付け替え作業はスムーズですぐに出発だ。
 列車は約1時間おきに駅に停まる感じで今どこを走っているかわかりやすい。アルバニアの車窓は山間の景色のきれいな場所もあるがわりと単調だ。それにしてもこれだけの人がどこへ行くのだろうかというくらい混雑している。
photo2 途中の駅で今度は客車が切り離された。
photo3
photo4 この駅は機関車や客車の墓場になっていた。

0005. まえだまさとし 2009/10/18_21:23:29
photo1 車内の風景。子供たちと接しているとヨーロッパというよりはアジアに来た雰囲気だ。
photo2
photo3 目的地のポグラデックに到着する30分ほど前から車窓にオフリド湖が姿を表した。湖畔を快走する列車はリゾート気分を感じる。湖畔には小さなホテルが点在している。

湖の対岸はマケドニアだ。
photo4

0006. まえだまさとし 2009/10/19_07:21:31
photo1 目的地が近づいてきた。運転手も余裕だ。
photo2 列車は定刻通り12時半にポグラデックに到着した。しかし駅は街から離れていて屋根もないような貧相なホームに到着。


ちょうど駅前に連絡バスが止まっていて全員乗り込むことになる。このバスはポグラデックを通りさらにアルバニア南部の街へ行くようだ。
photo3 僕は10分ほど乗り、ポグラデックの中心部と思われる場所で下りた。
 周辺は賑やかな通りでレストランや旅行代理店が建ち並んでいる。ここからマケドニアのオフリドやスヴェタ・ナウムへは行けるのか。今日最大の難関だ。近くの旅行代理店でマケドニアへのバスはないのか聞いてみた。するとないらしい。タクシーなら手配できるがといわれ値段を聞いたら7ユーロ。値段は高くはないがこれしか方法がなさそうだ。マケドニア・スヴェタ・ナウム国境はかなりローカルな感じなので人の往来がほとんどないのかもしれない。


 旅行代理店でしばらく待っているとタクシーがやってきた。写真のベンツがそれ。
photo4

0007. まえだまさとし 2009/10/21_19:05:58
photo1  交通量の少ない湖畔の道路を15分ほど走り、アルバニア側の国境に到着した。マケドニア領まで行ってくれるのかと思ったが、タクシーはここまでらしい。


たまたま国境にいたオランダ人旅行者が歩いて行ってもそんなに遠くないと教えてくれたので安心した。
 アルバニアの出国審査だが、やはり入国審査を受けてなかったようで問題になった。でもここがローカルな国境だったからか嫌がらせを受けることはなく、何日にどこの国境から入ったのか聞かれただけで問題なく出国できた。かつての東欧なら賄賂の格好の餌食になるところだった。東欧がまともな国になりつつあるのはうれしいことだ。
photo2 湖沿いに5分ほど歩く。
photo3 すると真新しいマケドニア国境が見えてきた。ここで入国をすませ、銀行があったので両替を済ますことにした。ここから国境の町スヴェタ・ナウムまではすぐだと思っていたが遠回りをしてしまい1時間ほど無駄足をしてしまった。
photo4 途中修道院があり、キリスト教国に戻ったことを実感。

0008. まえだまさとし 2009/10/21_19:10:28
photo1 この先スヴェタ・ナウム。
photo2 周辺はマーケットが開かれマケドニア人の観光客でにぎわっていた。ここにいるのは観光客が大半で町としての機能はあまりないようだ。

写真は釣りを楽しむ人々
photo3 ホテルがあり、レストランで食事をすることにした。今日は朝から何も食べていないのだ。

オフリドまでは船が出ているらしいが、その船が2時に出港してしまった。たぶんもう今日の船はなさそうなのでバスで行くしかないようだ。
photo4  マーケットの先端の駐車場からオフリドへのバスが出ているようなので行ってみた。

0009. まえだまさとし 2009/10/21_19:12:21
photo1 バスを探しているとタクシーがバスと同じ値段でオフリドまで行ってもいいと言ってきた。信じられないがどういうつもりなのだろうか。


乗り合いかと思ったら客は僕一人だ。ちなみにオフリドまで100ディナール(230円)。誰かをここまで乗せてきて早く帰りたいのだろうか。しかし運転手は英語ぺらぺらでどこで勉強したのか聞いたらカナダで半年住んで半年はマケドニアにいるらしい。何でこんな所でタクシー運転手をしているのかわからないが、アジア人の僕に親近感を覚えたのは事実だろう。何がともあれこのタクシーでオフリドに入れるのはありがたい。しかもバスと同じ値段だ。
photo2  約30分ほどでオフリドの旧市街の前までつけてくれた。ここ2日間ハードな移動が続いていたが、今日の移動は先行きが見えず不安が大きかったが、無事目的地までたどり着けて良かった。


オフリドはマケドニア最大の観光地であり、商店街はにぎやかだ。
photo3
photo4

0010. まえだまさとし 2009/10/21_19:16:17
photo1 オフリドでは旧市街の中のプライベートルームを見つけ10ユーロで泊まれることになった。オーナー夫妻は英語は話せないが気さくで素朴な感じだ。部屋もきれいでお湯でしっかり出るシャワーに一安心。
photo2  オフリドは湖に栄えた歴史都市だ。
メインの商店街は歩行者天国になっていて観光客と現地の人でにぎわっている。丘の上には城壁やたくさんの教会がある。
photo3 その中で一番有名な聖クリメント教会に行ってみた。
photo4 礼拝所内部の撮影は禁止だったが壁画はかなり保存状況がよかった。

0011. まえだまさとし 2009/10/21_19:17:53
photo1 その後街と湖を一望できるサミュエル要塞に上ってみた。要塞自体はたいしたことないが、眺めは素晴らしい。
photo2
photo3 派手なマケドニア国旗。
photo4 湖のほとりの教会。

0012. まえだまさとし 2009/10/21_19:21:35
photo1 (7月3日)

 8時過ぎに宿を出発し、タクシーでバスターミナルへ向かった。タクシー乗場で長時間待った運転手の客が、バスターミナルまでしか行かない僕では申し訳ないが、ここからはほとんどの客はバスターミナルまでならいいのだが。運転手はフレンドリーでまたもや英語ぺらぺら。日本人の客は二人目だとかこの町にも中華料理はあるとか話していたらすぐにバスターミナルに到着した。
photo2  次のスコピエ行きのバスの時間を聞くと10時45分までないらしい。頻繁(1時間に1本位)に出ていると思って油断していたが、2時間以上待つ羽目になった。ないものは仕方ないので次のバスを待つしかない。切符だけ購入して荷物は売り場の事務所に置かしてもらうことにした。とりあえず近くにあったパン屋兼カフェで朝食を取ることにした。バスターミナル周辺でのんびりしようと思ったが、ずっと座っているのにも限界がある。
photo3  2時間あるのでもう一度旧市街に戻り、1カ所だけ行かず心残りな場所があったので歩いて向かった。


 目的地の場所は旧市街でも一番奥にある聖ヨハネ・カネヨ教会だ。ゆっくり歩いて往復1時間くらいだろう。時間つぶしにはちょうどいい。
 旧市街の先端までやってきた。朝日を背に湖の青さがまぶしい。そんな中聖ヨハネ・カヨネ教会が見えてきた。
photo4 息を呑む美しさだ。朝しか見られない鮮やかな青い湖が背後に教会がそれにマッチして最高の眺めだ。今まで教会の外観を見てあまり感激したことはなかったが、この教会はかなり感激した。期待していなかった分、衝撃度は大きかった。

0013. まえだまさとし 2009/10/21_19:24:49
photo1  じっと眺めていたいがゆっくりしていられないので再びバスターミナルに歩いて戻ることにした。ちょうどいい時間になり、バスはもう到着しているようなので乗り込むことにした。
photo2 スコピエまでは3時間ほどで前半は峠越えでかなりペースが遅く眺めも良かったが、後半は高速道路を突っ走り、距離の割に進むのが速い。高速道路の交通量は少ないが、スコピエのインターチェンジで下りたあと一般道が混雑していて終点のスコピエ駅には30分ほど送れて到着した。
photo3 スコピエのバスターミナルは駅の高架の下にある。スコピエ駅は老朽化しているが、完成当初世界最先端の高架駅だったことが伺えるモダンなつくりになっている。たくさんの人が行き交いにぎわっている。
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0014. まえだまさとし 2009/10/21_19:29:34
photo1 スコピエから鉄道でコソボへ向かう事になる。オフリドを出るのが遅れた事でスコピエで観光する時間がなくなってしまった。コソボへの列車の出発まで40分ほどしかない。とりあえず切符を購入しようと思ったが、入り口がわかりづらく内部はかなり老朽化が激しい。駅構内は雨漏りしているわ時計や行き先表示板は機能していないはでひどい有様だ。メンテナンスがどうしてできないのか。それにより国のレベルを判断してしまう。

 スコピエ駅の高架ホームはモダンだがホームの一部は廃止になり線路ははぎ取られている。単に高架の上にあるオンボロ駅でしかない。
photo2 マケドニアのローカル列車。
photo3 コソボ行きの列車は定刻より少し遅れてホームに入線してきた。
 コソボのプリシティナの手前のジャンクションになっている駅まで行くのだろうか。とにかくこの列車の最終目的地がよくわからない。
photo4 客車は1等と2等がそれぞれ1両ずつ。切符を買うとき等級を聞かれず、切符にも表示されていないが2等に乗り込んだ。

0015. まえだまさとし 2009/10/21_19:30:16
photo1 乗客はまばらでディーゼル機関車はうなり声をあげ走り出した。

スコピエを出発。
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photo3
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0016. まえだまさとし 2009/10/22_21:11:51
photo1 1時間もしないうちにマケドニアの国境に到着した。スタンプを押されその後しばらく走りコソボの国境に到着した。一気に貧乏くさくなるのかと思っていたがそうでもない。アルバニアのような場所を想像していたが、コソボは案外こぎれいな感じだ。ただ駅の施設は老朽化している。
photo2  コソボの入国審査官が車内に乗り込んできた。少し緊張するが気さくな感じで印象はよい。またこのあとどのように旅行するのか?スタンプは押しても大丈夫か?などといろいろこちらの都合に配慮してくれる。確かに今後セルビアに行く予定があるならスタンプはないに越したことはない。でも僕はアルバニアに行くだけでセルビアにはもう行かないから問題ないといいスタンプを押してもらうことにした。
photo3 ここから国内線扱いの列車になり、アルバニア系の客がたくさん乗ってきた。ここまでガラガラだったのに一気に席が埋まってしまった。コソボ内をしばらく走りある都市に到着した。

何を思ったかここがプリシティナの最寄り駅と間違えて列車を下りてしまった。乗客がみんな降りたのが原因でここが終点だと思ったのだ。最大の要因は向かいに座っていた人がプリシティナの最寄り駅らしき場所への切符を購入しているのが耳に入り、この客もここで降りてしまった。ほぼ全員が降りてしまい周りに誰もいなくなり気が動転してしまった。今までそのままボーと乗っていると乗り過ごすことがあったのでその危機感もあった。
photo4

0017. まえだまさとし 2009/10/22_21:13:18
photo1 間違えて降りた駅で撮影したコソボのディーゼル機関車。「FERIZAJ」駅にて
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photo3  下りてみたらとんでもない簡素な駅だ。しかし駅名表示がわかりづらく、ここがどこなのかしばらく把握できなかった。あまりにも駅前が賑やかでハイカラな店が建ち並んでいたのでプリシティナの最寄り駅だと信じて疑わなかった。でも全然違う駅だと気づいた頃には列車は走り去ってしまった。


コソボにはプリシティナ以外にどのような町があるのを知らないし地図もない。この町がどこなのか全くわからない。とにかく北に30分ほど走ればプリシティナがあるとは理解できた。ちなみにここは「FERIZAJ」という街らしい。
 
photo4 しかし最近自分の行動がかなりいい加減になっている。昔はこんな事はなかった。どうも
最近は行き当たりばったり的な部分が多い。旅行のしかたに余裕ができ最悪タクシーで長距離移動もできる。そんな安心感がよりワイルドな旅行を可能にする。その結果がこの有様だ。

0018. まええだまさとし 2009/10/22_21:17:46
photo1 突然知らない町にやってくるのも悪くはない。これこそ自由旅行の醍醐味だ。そのおかげで今回はこのあと、意外な展開になったのも事実だ。
photo2  かつては周到に準備をして知識を詰め込み、損をしないように下調べして少しでもわからない場所には近づくのを控えていた。間違えた駅で降りるなどあり得なかった。でもそのような安全で閉鎖的な旅行はおもしろみがなく、出会いや発見も少なく現場検証の旅行でしかなかった。それが最近いい加減さが出てきて行動範囲が広がったように思う。

 幸い間違えて降りた駅の近くにバスターミナルがあり、ここからプリシティナ行きに乗ることができるようだ。値段は2ユーロ。タクシーで行っても10ユーロなのでそれほど遠くはなさそうだ。
photo3 プリシティナに近づくとモダンな道路が整備されヨーロッパ最貧国などとうてい思えない光景が広がっていた。
photo4 ここはやはりアルバニアではなく、先進的なユーゴスラビアだったのだと改めて実感。

そのまま坂を下りプリシティナの町に入った。バスは出発してから45分ほどでプリシティナの町の中心に近いバスターミナルに到着した。

0019. まえだまさとし 2009/10/22_21:24:35
photo1 プリスティナのバスターミナルで明日アルバニアへ戻るためティラナ行きを切符を購入することにした。

値段は16ユーロで1ユーロはバスターミナル使用料で10ユーロはアルバニア入国税。そして運賃が5ユーロとなっている。モンテネグロからアルバニアに入ったときと同じ値段だ。ただあのときは1時間半乗っていただけだが、今回は6時間以上乗ることになる。

 出発は夕方で深夜には到着するようだ。1日遅らしてもいいが深夜について早朝出発では少ししんどい。
photo2 プリスティナのバスターミナルから市内へは歩いて行けるようだ。しかしどこが町の中心部なのか把握できない。ロンプラの地図に自分の位置を当てはめることができない。今日もまた夕方になり雨が降り始めた。雨の中、住宅街の駐車場を彷徨っていたらミニバスの運転手にミトロヴィツァへ行くかと声がかかった。ミトロヴィツァと言えば泣く子も黙るコソボ紛争最大の激戦地だ。ミロシェビッチ大統領が訴追されたのもミトロヴィツァでの虐殺事件が大きく絡んでいる。ミトロヴィツァは今でもNATO軍が駐留しセルビア人とアルバニア系が町を二分してにらみ合っている最前線だ。
 プリシティナで宿泊するつもりだったが、
photo3 ミトロヴィツァまでここから1時間ほどで行けると思うので気が変わった。今夜ミトロヴィツァに行くことにした。列車でプリシティナへ入ったらこのような出来事には至らなかっただろう。とにかくコソボのかなり奥まで入り込めるいいチャンスだ。意外な展開になった。

ミトロヴィツァへのミニバスに同乗していた客の一人は20年前スウェーデンに亡命したアルバニア人でこれから両親の元へ里帰りらしい。今回ハンガリー経由で1ヶ月の滞在だそうだ。家族が無事でこうやって安全にふるさとへ戻れるのはいいことだ。もう一人はドイツに亡命したらしいが英語がわからず詳細はわからない。
photo4 それにしてもミトロヴィツァへの道路はかなり交通量が多い。週末だからか。

 約50分でミトロヴィツァの分岐点に到着した。もう日は暮れてしまった。このまま道をまっすぐ行くとベオグラードと表示が出ている。今はどう考えても行くのは無理だろう。僕自身もベオグラードからモンテネグロを経てアルバニア、マケドニアとずいぶん遠回りしてきたものだ。ここからベオグラードまでは北へわずか百数十キロだ。

0020. まえだまさとし 2009/10/22_21:26:56
photo1 ミトロヴィツァはかなり規模の大きな町で到着したのはもちろんアルバニア人居住地区だ。今夜はミニバスの運転手の紹介でバスターミナル前のホテルに泊ることになった。

でもまさかミトロヴィツァまで来られるとは思わなかった。こんな事なら事前にもっと詳しくこの周辺の情勢を調べてくるべきだった。コソボに関して地図すらなく暗闇の中を手探りで旅行している状態で何もわからない。いろいろ知りたいことがあるが、このチャンスを生かし切れず時間もないことにいらだたしさを感じる。
photo2 ホテルのフロントに「明日の朝、列車でプリシティナへ戻ることは可能か?」と聞いたら列車はないとのことだ。しかし昨年のトーマスクックには運行されているようなことが載っている。すると独立してからこの列車はなくなったから今はないとのことだ。確かにこの時刻表は独立後に出版されたが、中の地図にはコソボは存在せずまだセルビアのままになっている。ここの住人がないと言うなら本当にないのだろう。列車で戻るのはあきらめるしかない。幸いホテルの目の前がバスターミナルなので戻るのは便利だ。
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0021. まえだまさとし 2009/10/22_21:27:31
photo1 ミトロヴィツァのマーケット。
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0022. まえだまさとし 2009/10/22_21:28:21
photo1 夕食は近くの食堂でコフタを食べることにした。
photo2 アルバニア風のハンバーグでサラダを盛りつけてもらい満足のいく夕食となった。ドリンクをつけて2ユーロ弱と値段は安い。町は夜遅くまで賑やかだ。
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0023. まえだまさとし 2009/10/24_20:35:39
photo1 (7月4日)


 早朝ホテルから窓の外を見た。土曜日の朝ということで交通量は少なく、歩いている人もまばらだ。
photo2 こちらはまだバスの姿はないが、バスターミナル。鉄道がないのでアルバニア人側の街の基点になっている。
photo3 ちなみにミトロヴィツァで滞在したホテル。1泊20ユーロだ。
photo4 ミトロヴィツァのモスク。完全にアルバニア人の街になったことでモスクは改装され新しくなっている。

0024. まえだまさとし 2009/10/24_20:40:59
photo1 散歩がてら駅の方まで歩いてみた。
この駅はコソボ独立前まではかろうじてセルビアへ運行される列車が存在した。しかし独立とともに完全に列車は運休してしまった。

でもまた落ち着けばベオグラードとプリシティナの直通列車が運行再開されればいいのだが、現状ではまずあり得ない雰囲気だ。
photo2  町はずれの鉄道駅はやはり廃止になっているようで線路は錆び付いていた。駅舎内部も閉鎖され入れなくなっている。
photo3 途中NATOによるKFOR(コソボ治安維持部隊)の装甲車の車列と頻繁にすれ違う。のんびりした町だがやはり最前線に来ていることを実感させられ緊張感が走る。
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0025. まえだまさとし 2009/10/24_20:43:27
photo1 民族対立の名残といえば廃屋になったセルビア聖教の教会が目についた。まだ放置されてからそれほど時間が経ってなような感じだ。おそらく1年半前の独立宣言とともに放棄されたのだろう。
photo2
photo3 周辺にはセルビア人の家屋だったと思われる空き家もあったりする。
photo4

0026. まえだまさとし 2009/10/24_20:53:48
photo1 アルバニア人とセルビア人が睨み合うミトロヴィツァの最前線。その場所へタクシーで向かったらすぐに到着した。

セルビア人居住区は少し離れたところにあるのかと思ったら町のド真ん中を流れる川の向こうがそうらしい。橋の手前には検問所がある。
photo2 これが分断の橋。
橋の向こうは民族、通過、言語、文字あらゆるものが異なる世界だ。
photo3 橋には有刺鉄線やバリケードが置かれているが、自由に行き来できるようだ。もちろん外国人の僕にとっての話でタクシー運転手は橋を渡りたがらないので、手前で下ろされた。

 橋を渡るのはいいがパスポートをホテルに忘れてきた。セルビア人側に入れても戻れなくなると最悪だ。身分を証明する物がないと不利益を被ることがある。

とにかくこの橋の向こうは別の国だと考えなくてはならない。しかも敵対関係の。
ここと同じ状況の場所として思い出すのはボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルだ。あの町も川を挟んでイスラム教徒とクロアチア人が別々の世界をつくり、別々の通貨を使用していた。
photo4  怪しいことをしなければ戻って来られなくなることはないだろうと思い橋を渡ってみた。橋の上の交通量は当然のごとく皆無に近い。路面に野良犬が寝そべっていたりする。橋のたもとにはそれぞれの民族の警官が監視している状態だが写真も自由に撮れるし、それほど緊張感は感じられない。

0027. まえだまさとし 2009/10/24_20:54:36
photo1 橋を渡りきるとセルビア共和国の旗もなびいていた。ここはコソボのセルビア人地区の首都にもなっているが人口は減り続けている。セルビアはまだミトロビツァをコソボだと認めていない。
 余っていたセルビア・ディナールが使えるので持ってくるべきだった。

 
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0028. まえだまさとし 2009/10/24_21:00:31
photo1 対岸のセルビア人居住地は川沿いでマーケットが開かれていた。
photo2 その横にはキリル文字でベオグラード行きの表示を付けたバスが止まってる。横のおじさんはスラブ系だ。このままバスに乗り込みベオグラードに行くのも可能だろう。おそらくセルビアから入国してコソボから出国するのは問題ないような気がする。でもその逆はいろいろ問題が多いかもしれない。でもコソボ入国の際スタンプを押すか聞かれたのはセルビアから出国する場合の配慮だったのかもしれない。
 とにかく複雑な場所だ。実際来てみないとどのような状況になっているのかわからない場所だ。それにしてもセルビア人はこんなところに閉じこめられた感じで気の毒としかいいようがない。少数派とはつらいものだ。
photo3 セルビア人地区側から見たアルバニア人のミトロヴィツァの町並み。
photo4 セルビア人側から見た橋。

0029. まええだまさとし 2009/10/24_21:04:01
photo1  朝食は昨夜同様コフタの小さいのを食べることにした。コソボではこれしか食べるものがない。
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photo3 プリシティナへはバスで戻る。値段はミニバスの半額以下なので安い。本数も多いようで11時前にバスターミナルに行ったらちょうど出発するバスがあるようで乗り込んだ。

ミトロヴィツァは盆地になっているので街を離れるとき全体を見下ろすことができる。こうしてみると戦時中砲撃されやすそうな街だと感じる。
photo4 プリシティナまでは1時間ほどで到着。

昨日のバスターミナルで下りることになる。プリシティナ滞在は4時間ほどなので荷物をどこかに預かってもらいたい。チケット売り場に聞いたら今日乗るバスのトランクにしまっておいてくれるらしい。明日に案内され荷物を置くことにした。鍵はかけないようで少し心配だが。

0030. まえだまさとし 2009/10/25_16:22:51
photo1 身軽になりプリシティナの町へ出た。
コソボの首都、プリシティナのバス乗り場は新しい建物だ。
photo2 まず最初にする事は自分の現在地とロンプラの地図を一致させることだ。しかし昨日同様住宅街を彷徨いさっぱり自分の位置がわからない。
photo3
photo4 結局タクシーで町の中心の高級ホテルまで連れて行ってもらうことにした。グランドホテルというプリシティナのランドマーク的なホテルだが、このホテルですらロンプラ(洋書のガイドブック)の地図には載っていない。
 ホテルに行ってロンプラの地図を見せ、今どこかフロントの人に聞いてもはっきりしない。地図を見慣れていないのか。レンタカー屋があり地図はないか聞いたらないらしい。

0031. まえだまさとし 2009/10/25_16:24:23
photo1  困ったものだ。プリシティナ自体見るものはないので適当に散歩してこのまま自分の居場所を理解せずバスターミナルに戻ってもいいのだが、それはそれで負けたような気分になる。この町の最大の問題点は通り名の表示が出ていないことだ。大通りでもその道が何という名前なのかわからず、お手上げだ。独立して通り名をコソボ風にするつもりがまだ決まっていないのか。
photo2  そんな中タクシー運転手に通り名を聞いて何となく自分の現在地が把握できてきた。結局プリシティナという町はコソボで一番人口が多いというだけの町で面白みはなく何もないというのがわかった。

 駅はプリシティナ中心部の近くにあり、昨日終点まで列車に乗っていたらその駅に到着したのかもしれないが、結局駅からタクシーに乗ることになり、またプリシティナ中心部にはホテルが見あたらず、1泊70ユーロのグランドホテルに泊ることになっていたかもしれない。結局昨日間違えて駅を降りてしまったことが、大きくプラスに作用したと前向きに考えたい。
 実際ミトロビツァまで行けてコソボをより多く知ることができた。
photo3
photo4

0032. まえだまさとし 2009/10/25_16:27:38
photo1 プリシティナの中心部は歩行者天国になっていて垢抜けしているが、それほど魅力を場所ではない。
 中心部ではジュースのキャンペーンが行われていた。のどが渇いていたのでちょうどいい。
photo2 ジュースをもらいに来ていた少年。
photo3 コソボを歩いていてアメリカの国旗をよく目にする。コソボにとってアメリカは救世主であこがれの存在である。今の世界の流れからしてイスラム国家でここまでアメリカに好意を国は少ないだろう。
photo4 なかでもクリントン元大統領は英雄だ。ベオグラードを空爆したときの大統領だが、それまで国際社会から無視され続けてきたコソボのアルバニア系住民にとっていろんな国から手をさしのべられるきっかけを作ってくれた大統領でもあり当然だろう。その結果が1年半前のコソボ独立だ。至るところでアメリカ国旗とクリントン元大統領のポスターを見るのはそのためだ。

0033. まえだまさとし 2009/10/25_16:32:46
photo1  プリシティナではタイ料理屋があるという情報があった。でももうないのか探し出すことはできず、かわりに中華料理屋を見つけた。
 コソボは中国が未だに国家承認していない(自国の少数民族の独立に影響する)ので中国人に対する感情は微妙だと思うが、国家承認した台湾なら話は別だ。
photo2 値段はそんなに高くなく、今回の旅行で初めて白いご飯にありつけた。

今までたいてい数日に一度は中華料理に足を運んでいたが、2週間以上白米を食べなかったのは初めてだった。
photo3 プリシティナ中心部のモスク。
photo4 プリシティナのバスターミナルに戻ることにした。バスターミナルで出発は16時30分。コーヒーでも飲みながらのんびり待つことにした。

バスは定刻通り出発。コソボ南部をアルバニア国境に向け走った。夜7時半前後にコソボの出国とアルバニアの入国手続きを通過した。

0034. まえだまさとし 2009/10/25_16:35:30
photo1 バスの乗客は大半がアルバニア人だが、オランダ人旅行者の乗っていた。

夕食はコソボの民族料理コフタ。いつもこれだ。
photo2
photo3 バスに乗っていたアルバニア人の子供たち。
photo4

0035. まえだまさとし 2009/10/25_16:40:44
photo1 アルバニアに入ってから急に道が良くなった。山岳地帯にもかかわらず片側2車線のハイウェイが完成していた。と思ったらしばらくしてガタガタ道に戻ってしまった。でも窓の外には橋梁をかける工事が行われ、悪路に平行して大規模な道路建設工事が行われている。

 コソボ独立と同時にアルバニアとの大動脈を整備する必要があるのは当然で現在の貧相な山道では限界があるのだろう。途中完成したハイウェイに入ったり悪路に戻ったりそんなことを繰り返しながら暗闇の中をティラナへ向け進んだ。
photo2 途中で一番の工事は7キロにも及ぶトンネルだ。

現在工事中で片側交互通行のためしばらく待たされることになった。
photo3 トンネルは工事中だが、通過することが可能だ。このトンネルの貫通によりコソボとティラナは所要時間が大幅に短縮された。
photo4 本当にアルバニアにいるのかと自分の目を疑うようなモダンなトンネルで排気ガスを除去する換気扇などを備えている技術的は日本などと同じだ。

0036. まえだまさとし 2009/10/25_16:42:09
photo1  そんな中、ティラナには予想以上に早く到着するようで夜11時には見覚えのある場所を通過し、そのままティラナ中心部の博物館の前に到着した。

ティラナ〜プリシティナは今回6時間余りかかったが、あの山岳ハイウェイが完成するとさらに時間が短縮されるはずだ。
 週末ということでまだ営業している店がたくさんある。歩いて1キロほどのこの前泊ったティラナ駅の裏にある宿に行ってみた。現金前払いしか受け付けず10ユーロがなくてドルでの支払いでなんとか泊まれることができた。
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0037. まえだまさとし 2009/10/25_16:47:42
photo1 (7月5日)

アルバニアの首都、ティラナで朝を迎えた。明日イスタンブール経由で帰国の途につく。今日は日曜日で明日に備えのんびり過ごしたい。昨日まで一日たりとも落ち着く日がなく、今日までの約2週間よく体が持ったものだと思うが、その結果、今までにはないくらい東欧での旅行は充実したものになった。

今までの東欧はろくな思い出しかなく時間をもてあますことが多かった。でも今回は来て良かったと思える旅行になった。
photo2  今日はティラナでのんびりしよう。まずは向かいの顔見知りのカフェでコーヒーを飲みメインストリーでに出て両替だけすませることにした。今日は日曜で両替屋は少なく、レートも平日に比べ1パーセントほど悪いようだ。単にレートが変動しただけかもしれないが。

ティラナのメインストリート。
photo3 中心部のモスクや時計台。
photo4  午後ティラナ・インターナショナルホテルのロビーへネットをしに行った。このホテルはロビーで誰でも無線LANが自由に使えるとのことだ。エアコンの効いた快適なロビーで2時間ほどネットをした。東欧はこのように無料でネットができる場所が実に多い。

ティラナ中心部を散策してみた。だだっ広い共産主義特有の無機質な町。この町の救いは物価が安く人がフレンドリーなことだろうか。

0038. まえだまさとし 2009/10/25_16:48:31
photo1 そんなことからこの町を今回の旅行の終着点に選んだのは正解だった。


夜のティラナ中心部。
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0039. まえだまさとし 2009/10/25_16:51:33
photo1 ホテルに戻ると今夜の部屋をもっといい部屋に変えてくれるらしい。確かに昨日の部屋はシャワーの水がトイレに飛び散ってできれば連泊はしたくなかった。宿を移動しようか考えていたが、部屋を変えてくれたことでその必要はなくなった。
  
photo2 ホテルのレストランの店員は英語は全く駄目だがイタリア語ならできるらしく、僕のスペイン語で多少は意思の疎通ができる。店員も大喜びだ。
photo3 ホテルでも食事は9時までらしいがバーは遅くまで営業している。アルバニア最後の夜はティラナビールで乾杯だ。
photo4

0040. まえだまさとし 2009/10/25_16:57:11
photo1 (7月6日)
 
 出国の日。ティラナ歴史博物館の前を出る7時の空港バスに乗り込みたい。今日は朝から雲が多い天気だ。バスに乗り込み空港までは30分ほどだ。
photo2 バスは走り出ししばらくするとすごい雨が降ってきた。ここ最近で朝から雨が降るのは珍しい。帰国の日で良かった。バスは近代的なティラナ・マザーテレサ国際空港に到着。空港に到着してからも雨はやむ気配がなく、バスを降りてからターミナルの屋根のある場所まで走った。
photo3  ターミナルビルは到着も出発も隣同士で小さな空港だ。カフェなどもあるが両替するところがない。余ったアルバニアの通貨をユーロに再両替したい。係員に銀行はどこにあるのか聞くと入国審査の向こうにあると言われ、チェックインを済ませ出国審査を早々にすませた。しかし中に入っても銀行などなくだまされた。免税店があるだけだ。

 出発ロビーに戻ろうと思ったが、係員に制止された。戻るのは常識に考えて無理だろうと自分ではわかっていたのだが。それにしていい加減な事を言う連中に憤りを覚える。わからない場合は人に聞かなければならないが、聞いてもそれが正しいとは限らない。それを鵜呑みにしてしまうと時には取り返しのつかないことになる。その典型がこれだ。その辺りの駆け引きには限界がある。
photo4 ダメ元で土産物屋に両替を持ちかけたらなんと応じてくれた。係員は土産物屋に両替を頼めと言ったのか定かではないが、結果的には12ユーロ分が無駄にならなくて良かった。
しかしこの空港にはビジネスクラスラウンジのラウンジもない。でも無線LANが無料で使えるのは素晴らしい。これならラウンジがなくても時間をつぶせる。

0041. まえだまさとし 2009/10/25_17:00:48
photo1  トルコ航空は10時にティラナを出発する。B737−800型機。
photo2 イスタンブールまでは1時間半で機内食は比較的まともだ。
photo3 イスタンブールにはすぐに到着。

 到着ロビーの銀行で5ドル両替しようとしたら断られた。10ドル以上からだと。手数料を5パーセントとか取るからそうしてるんだろうがと生活水準は上がっても中東三大馬鹿国民(モロッコ、エジプト、トルコ)はそのままのようだ。まぁトルコはみんな良かった国らしいが僕にとってはかなりランクが低い。でもトルコを悪くいうと反感を買うので悪口は言わないよう周りに合わせてはいるのだが。トルコはロシアに勝った日本に好意的で親日的だとよく言われるが、誰がそんな歴史を意識しているのか。今では鴨ネギ状態の日本人でしかなく、絶好のボッたくり対象だ。
photo4 でも日本人は昔に比べ金にシビアになっているのでトルコ人も日本人に対する目は変わってきているはずだ。

0042. まえだまさとし 2009/10/25_17:05:01
photo1 空港から地下鉄にまず乗る。
photo2 途中でトラムに乗り換える。
photo3 目的地はシルゲジ駅だ。時間はかかり座れないので疲れるが、時間通り移動できるので便利だ。値段も空港から3リラ(210円)と安く、スムーズにホテルまでたどり着くことができた。
photo4  シルゲジ駅から歩いて予約してあるホテルセレスへ向かった。4つ星だが、設備は中級ホテル。正規料金のプレートは100ユーロから。日本での予約に6600円も出したが、100トルコリラ出せば同じような他にも宿はありそうだ。でもこの宿の利点は便利な場所にあることだ。スルタンアフメットもすぐ裏手にあり周辺は賑やかで何をするのにも不自由ない。1泊しかしないので場所は最重要項目なのだ。

0043. まえだまさとし 2009/10/26_09:50:35
photo1 イスタンブールの街へ出た。それにしてもイスタンブールは暑い。からっとした暑さだが日差しが強くあまり歩きたくない感じだ。それに加え周辺は観光客が行き交いすごい人だ。

シリゲジ駅周辺もトラムと車と人が入り乱れ危険な状態だが。
photo2 金門橋のほうへ行ってみた。海を挟んで対岸はガラタ地区や新市街方面になる。


港ではサバサンドが売られているが、ここで捕れた魚を好んで食べようとは思わない。腹をこわしそうだ。
photo3
photo4 駅裏のロカンタで遅い昼食を食べた後、イスタンブール名物ライスプリンを食べることにした。深夜特急の沢木耕太郎も食べたという店が今でもある。

0044. まえだまさとし 2009/10/26_09:54:21
photo1  夕方ガラタ塔に上ることにした。
光加減がちょうどいいのは夕方だ。
photo2 ボスボラス海峡などアジアとヨーロッパの境界であるイスタンブールの全貌を見渡すことができる。しかしここも人が多くゆっくりできない。どんどん人が上ってくるので立ち止まることのできない状態だ。

とりあえず新市街とボスボラス海峡方面。
photo3 トプカプ宮殿など観光の中心であるスルタンアフメット。
photo4 ヨーロッパへ続くイスタンブール西部方面。

0045. まえだまさとし 2009/10/26_10:00:19
photo1 ここ最近イスタンブールの交通は急速に整備されつつある。

これは昔からある地下ケーブルだが車両は新しくなっていた。
photo2  イスティクラル通り。観光客と地元の人が入り乱れすごい人だ。おしゃれな店も多くその中をストリートトラムが通過する。
photo3 タキシム広場から海岸に降りる地下ケーブルも開通した。こちらは大きな車両を使用している。
photo4 タキシム広場から地下ケーブルで降りた場所が旧市街をゆくトラムの始発駅になっている。

慣れればすべての交通機関をうまく乗り継ぎくことができるが、結構複雑でわかりづらい。
ここからトラムでシリゲジ駅へ戻った。

0046. まえだまさとし 2009/10/26_10:08:54
photo1  夕食は駅前の観光客向けのトルコ料理屋に行ってみた。トルコがデノミをして物価が急上昇したということで心配した。でも交通機関や食事に関して思ったほど物価は上がっていないようだ。
物価が上がったのは観光名所の入場料くらいだろうか。ホテルも上がっているかもしれないが今回は予約してきたので正解だ。
 トルコに来てうれしいのは世界三大料理といわれるオスマントルコの宮廷料理だ。アジアから来るとトルコ料理のありがたみはあまり感じないがヨーロッパから来るとその食材の豊富さに感激する。
photo2 いままでトルコ料理に特別興味はなかったが、今回東欧でひもじい食生活を送っていたので今回初めてトルコ料理の良さを実感した感じだ。
photo3 サラダとケバブ。夕食は9トルコリラ(500円)。
photo4 夜のスルタンアフメット。狭い道沿いに観光客向けの店が並ぶ。

0047. まえだまさとし 2009/10/26_10:10:45
photo1 ブルーモスク
photo2 アヤソフィア。
イスタンブールを代表する建造物だが今回は前を通り過ぎるだけだ。
photo3 駅前のホテルに戻ってきた。
photo4

0048. まえだまさとし 2009/10/27_20:07:49
photo1 (7月7日)


早朝のブルーモスクでも見に行ってみようと思ったが起きたのが9時過ぎになってしまった。

なんかスルタンアフメットはもう行くのは疲れるだけなのでいいかなという気になってきた。朝食は屋上のレストランで取ることになる。ボスボラス海峡などが一望できる最高のロケーションでこのホテル売りだ。宿泊客は少ないようで眺めのいい席に座った。

食事は卵などもあったが軽く済ますことにした。
photo2 帰国は夕方なのでそれまで時間があるのでチェックアウトをすませ、エミノニュからカドゥキョイというアジア側のエリアへ行ってみることにした。
photo3 エミノニュ桟橋から頻繁に船がでている。
photo4

0049. まえだまさとし 2009/10/27_20:14:27
photo1 アジア側へは船で15分。短い航海だが1杯0.5リラ(35円)のチャイを口にしながらボスボラス海峡を眺める。

アジアとヨーロッパの境界にいることを感じるのはイスタンブールの醍醐味だ。
photo2 ボスボラス大橋は2本かかっているが、現在海峡をくぐる海底トンネルを日本のゼネコンが建設中だ。
photo3 アジア側の鉄道のターミナル駅になっているハイダルパシャ駅。海に浮かんでるような印象を受ける。

ここからイランやシリアでいくことが可能だ。
photo4 アジア側のカドゥキョイに到着。

0050. まえだまさとし 2009/10/27_20:23:28
photo1 カドゥキョイはアジア側のターミナル駅「ハイダルパシャ」の南側に位置する。最近イスティクラル通りにあるのと似たトラムが開通した。トラムはループ状に走っていて一方通行だ。

カドゥキョイの町を歩いてみた。街はきれいに整備されておしゃれな店や骨董品やたくさんあり活気がある。ヨーロッパ側との大きな違いはトルコ人でにぎわっていることだ。街で外国人はほとんど見かけない。
photo2 食堂は英語が通じない。ヨーロッパ側ではあり得ないがここではどこもそんなかんじだ。

店の人にトルコ語で「テケシュケデリム」と礼を言われるのも新鮮だ。
photo3 ムール貝のドルマ(ピラフ)。安いのに洗練され味もいける。
photo4

0051. まえだまさとし 2009/10/27_20:24:27
photo1 観光名所的な場所は少ないがアルメニア教会があり見学させてもらった。アルメニア人がこんな所にいて大丈夫なのかと少し心配になる。
photo2
photo3 アルメニアは第一次世界大戦の時オスマントルコに虐殺を受けたと主張し、トルコとは意見対立している。そんな経緯からトルコとアルメニアには国交がなく敵対関係になっている。
photo4 そんな中イスタンブールの繁華街にアルメニア教会があったのは驚きだ。
でもアルメニアとトルコは和平交渉が進んでいて国交が結ばれるのは時間の問題だ。トルコからアルメニアへの陸路国境が開けば西アジアの陸路移動は大きく改善される。

0052. まえだまさとし 2009/10/27_20:28:52
photo1 カドゥキョイにきてスタンブールにもこんな素朴な場所があったのかと新たな発見をした気になる。

イスタンブールは今回で5回目くらいだがトルコの違った一面をみることができた気がする。

ここではシーフードを安く食べられる。過剰な客引きもおらず、値段もわかりやすく表示されている店にも入りやすい。

 
photo2 今までシルゲジ駅前を拠点にスルタンアフメットやアクサライなどに宿を取ってきた。今回もそうだがヨーロッパ側は観光客を中心に人が多すぎる。道も狭く坂が多いので歩くのも疲れる。ブルーモスクやアヤソフィアなどずっと見ていたいとも思わない。そんなイスタンブールでのんびり快適に過ごすにはどこがいいか。今回カドゥキョイの雰囲気に少し惹かれるものがあった。また来るかわからないが、次回滞在するならアジア側にしよう。
 
photo3 帰りはハイダルパシャ駅から船でエミノニュへ戻る。
photo4

0053. まえだまさとし 2009/10/27_20:32:12
photo1 ボスボラス海峡をゆく。
photo2
photo3 ガラタ橋の下をくぐり、橋のたもとの桟橋に到着した。
photo4

0054. まえだまさとし 2009/10/27_20:32:33
photo1 ホテルで荷物を受け取り、空港へはアクサライ経由のメトロで向かうことにした。アジア側に滞在した場合、空港まで行くのが少し不便なのが難点だ。


 17時発のトルコ航空東京・成田行き。11時間で東京・成田国際空港に到着。

無駄のない行程。東ヨーロッパにはトルコ航空の利用価値は高い。

【 お わ り 】
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