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タイ北部の少数民族再訪問とロイクラトン2009

0001. まえだまさとし 2009/11/11_19:26:24
photo1 一昨年(2007年)の秋にも訪問したタイのロイクラトン祭り。4月の水かけ祭りとともに重要な祭りで主にタイ北部で開催される。前回はスコータイとチェンマイを訪問したのですが、今回はチェンマイに絞りました。
 
それ以外に北部のミャンマー国境にあるメーホンソンにも行くことにしました。バダウン族(首長族)などの少数民族が暮らすエリアで最近あまり話題になることもないので現状はどうなっているのか知るのが目的です。

マイレージ獲得の微妙な駆け引きがあるため、スターアライアンスでの今年最後になる旅行はシンガポール経由のシンガポール航空を利用することにしました。
photo2 (11月29日)出発。
シンガポールへは総2階建てのエアバスA380型機です。
photo3 搭乗口からみたA380。
鯨のような不自然な形だ。
photo4 11時30分発。満席ではないようで隣に乗客は座ってこなかった。快適なシートに機内食。

所要時間は7時間弱で18時にシンガポールに到着する。

0002. まえだまさとし 2009/11/11_19:36:52
photo1 シンガポールからチェンマイへのフライトの出発時間は8時20分。
それに合わせて地下鉄で空港に向かいました。

出発ターミナルはシンガポール航空の東南アジア・インド路線が発着するターミナル2だ。
航空券はシンガポール航空として購入しているがチェンマイへのフライトはシンガポール航空の子会社のシルクエアになる。スターアライアンスの特典は受けられず、マイルは貯まらない。それを承知でチェンマイまでの航空券を購入しているので問題ないが、空港ラウンジも使えないので朝食は機内食まで我慢しなくてはならない。空港展望台からの眺め。
photo2 シルクエアはシンガポール航空の付属会社かと思っていたが、実際は客室乗務員の衣装や機内の雰囲気、機内食までシンガポール航空色はあまり感じられない。全く別の航空会社といった感じだ。
チェンマイまでは3時間のフライトだ。
photo3 チェンマイはタイ第二の国際空港といっても国際線の数は限られている。到着便は我々の便しかなく一時的に入国審査は混雑するが、荷物を待たないといけないので急ぐこともない。また乗り継ぎまで6時間あるがすることがないのでなおさら急ぐ必要がない。

到着ロビーに出た。荷物を空港に預けて町へ出ようと思ったが予想通り預ける場所はない。仕方ないので乗り継ぎ便であるメーホンソンへの便にチェックインし手荷物を預けることにした。

トゥトゥクで町へ出てターペー門周辺をうろついた。しかし暑い。
photo4 1時間以上前にチェンマイ空港に戻ってきた。搭乗待合室にラウンジがあるとチェックインカウンターの人が誇らしげに言っていたので期待したい。

チェンマイの「ロイヤルシルクラウンジ」。
新たに完成した国内線ターミナルのラウンジは狭いが国内線用としては予想上に設備は充実している。軽食とドリンクにインターネット用パソコンが設置されていた。

 ここでメーホンソンへのフライトを待つことにした。

0003. まえだまさとし 2009/11/14_21:05:23
photo1 メーホンソン行きは16時20分発。ずいぶん乗客が少ないと思っていたらプロペラ機だった。オフシーズンなのだろうか。以前はジェット機が就航していたのだが、オフシーズンだからだろうか。
photo2  メーホンソンまでは30分ほどだ。眼下に滑走路が見えてきた。
photo3 メーホンソンに到着。2001年11月以来8年ぶりで3回目の訪問になる。
photo4 メーホンソンの空港ターミナルビルは新しくなっていた。

今回のメーホンソンの訪問の目的は首長族もそうだが、いつも世話になるゲストハウスがちゃんと営業しているのかを確かめるための来たようなものだ。。
そのゲストハウスは「ジーンズハウス」。いつのまにか地球の歩き方からジーンズハウスが削除されていた。はたして営業しているのか。かなり心配だった。

前回は空港までジーンが客引きに来ていた。今回もいるのではと少し期待したがジーンの姿はなかった。空港にいたバイクタクシーにジーンズハウスと告げたらすぐに理解してくれた。ちゃんと営業していることに一安心。

0004. まえだまさとし 2009/11/14_21:09:30
photo1 走ること数分。町はずれの一角に見覚えのある通りが現れた。ジーンズハウスの看板はそのままだ。

敷地内の食堂にジーンの姿が見えた。8年ぶりの訪問だ。相変わらず陽気な表情を見せつつもどことなく落ち込んでいる雰囲気も感じられる。最初覚えていないようだったがすぐに思い出してくれた。部屋はシャワー付きの部屋にした。お湯シャワー付きの部屋で1泊200バーツ(540円)だ。
photo2  夕方のメーホンソンを歩いた。

この町唯一の信号がある交差点付近にはおしゃれなバーが店を構えていた。
photo3 ケンタッキーフライドチキンもできたようだ。
photo4 この町でもロイクラトン祭りが行われ、山の上の寺院では祭りが行われるらしい。でも今夜は疲れているのでパス。

湖のそばにもナイトマーケットが開かれていたが、山の上の祭りのため閑散としている。

0005. まえだまさとし 2009/11/14_21:11:43
photo1 湖沿いの寺院。
photo2
photo3 メーホンソンの憩いの場になっている湖は汚染が進み水の交換をするため大規模な工事が行われているため、干上がってしまっている。
これはこれで貴重な眺めだ。
photo4

0006. まえだまさとし 2009/11/14_21:20:17
photo1 明日はジーンの紹介で首長族の村に泊まることになる。3度目にして初めての首長族の村での宿泊だ。


夜ジーンに近況を聞かされた。その悲しげな語り口に少し気の毒な気分になってきた。いつからか地球の歩き方からジーンズハウスの記載が消え、それ以来日本人がほとんど来なくなってしまったとのことだ。「もう8年前とは違う」。泣きそうな顔で語られると僕の方も気が滅入ってくる。

 
photo2 実際15年前と8年前に来たときはこのゲストハウスは満室ということもざらだった。ジーンは4WDの車を買い換え、常にトレッキング客を受け入れ、自分一人では回らず知り合いのガイドを紹介している状態だった。

ゲストハウスの食堂には常に外国人の姿が見られた。食堂の壁には旅行者が参加したトレッキングの写真が所狭しと貼られていた。とにかく大盛況だった。それがまさかこんなことになっているとは思わなかった。

 
photo3 もうダメだという顔で落ち込んでいるジーンにかける言葉が見あたらない。ジーンは地球の歩き方に載らなくなったことと経済やタイの観光客受け入れ体制に問題があるようなことを言っているが、こうなってしまった原因はジーンは理解してないような気がする。
photo4 ジーンはこの町でほかのゲストハウスと交流があったのか。それは疑問であり重要だ。他のゲストハウスの客を奪ったり、他のゲストハウスのことを尊重する意識にかけていたのはジーンの悪いところだった。
傲り高ぶり、自分は他とは違うという自意識過剰的な振る舞いは周辺の同業者にどう思われていたのか。もし他のゲストハウスと仲良く関係を築いていたら地球の歩き方から記載が消えたところで仕事は回ってきたはずだ。そうしていればここまで孤立することはなかったんじゃないか。

0007. まえだまさとし 2009/11/14_21:23:56
photo1 ジーンは客が来ないことをしきりに経済を理由に挙げているがメーホンソン自体旅行者の数は減っていないはずだ。またジーンの首長族との人脈は人並みはずれている。その人脈はメーホンソンのすべての観光業者が求めているはずだ。にもかかわらずジーンは何をやっているんだ。庭で落ち葉拾いをしている場合じゃないんじゃないか。ジーンほどのスキルと首長族との人脈がありながらこの変わりようには開いた口がふさがらない。
photo2 現在この宿に来る外国人は昔を懐かしんで訪問してくる僕のようなリピーターだけになっているようだ。ゲストハウスは常に新規の客を受け入れないとやっていけない。その方法すら見失っている状態だ。

 とはいえ信頼ほど築き上げるのが難しいものはない。ジーンは僕のような日本人旅行者と信頼関係は築いても周辺のゲストハウスとの関係は失敗したといわざるをえない。
photo3  ゲストハウスの敷地には8年前、僕を空港まで客引きに来たスクーターが放置され、車も動かなくなっている。食堂は新しいがそれ以外敷地内は廃材置き場のような様相で部屋も老朽化が目立つ。客が少ない状態では観光客を迎え入れる設備投資はできない。敷地内の設備は8年前と全く変わっていない。

唯一変わったのは食堂やレセプションに貼られていた英語や日本語の表記がいっさいなくなり、タイ語表示のみになっていることだ。もうここはゲストハウスというより地元の人向けの食堂と化している。奥さんの作るそばと焼きめしの店で生活が成り立っている状態だ。
photo4 到着早々重い空気になってしまったものだ。

それにして地球の歩き方の影響力はすさまじいと思い知らされた。ここと同じように地球の歩き方から削除された宿として思い出すのはインドのバラナシにある「久美子ハウス」だ。あそこは日本人専用ということもあり、場所もよくあまりにも有名なのでここまで落ちることはないだろう。

それにしてもジーンにとって地球の歩き方は生命線だったんだと思い知らされた。夕食はジーンズハウスの食堂で食事を済ませた。

0008. まえだまさとし 2009/11/14_21:37:03
photo1 日本を出て以来初めて熟睡できた。
ジーンズハウスの食堂で朝食。

 今日の9時に下流にある首長族のナン・ピン・ディン村へ行くことになっている。この村は3つある首長族の村で唯一船でしかアクセスできない場所にある。

前回は一人で船をチャーターして村を訪問し、これといった印象はなくすぐに戻ってきた。今回9年ぶりの訪問だがジーンに同行してもらう。一人でも行けたがジーンが同行することで村の中に溶け込むチャンスが増える。ジーンを好きな時に連れて行けるなど昔は考えられなかった。今では暇をもてあましているジーンを誘うと遠慮しながらも喜んでついてきてくれる。
photo2 船着き場までジーンのバイクに乗せてもらうが、この代金やガイド料はまさせるとか言われたがそれは後で色を付けて支払うつもりだ。
 下流にあるナン・ピン・ディン村は前回は英語も通じないようなローカルな場所で訪れる人も少なかった。でも今回は船着き場の切符売り場には英語表記がでていておみやげ物屋など観光客が増えたことを感じさせる風景が広がっている。
photo3 ここから船に乗り込む。
photo4

0009. まえだまさとし 2009/11/14_21:38:45
photo1 途中像がいた。もちろん野生ではないが。
photo2 ライフジャケットなど昔はなかったが、ずいぶんまともになったものだ。
photo3 船で川を下り15分。ナンピンディンの村に到着した。
photo4

0010. まえだまさとし 2009/11/14_22:03:03
photo1 ジーンは最近首長族の村へ案内する外国人旅行者の訪問が減り、村にはあまり行ってないのかと思っていた。でも村に着くとテンションは上がり生き返ったように元気になった。

外国人は減ってもタイ人観光客は連れて行くことはあるのだろうか。村人との交流にかげりがなかったことにホッとした。
photo2 バダウン族(首長族)の子供たち。
photo3 パダウン族とともに暮らすカヤー族(耳長族)の女性。
photo4

0011. まえだまさとし 2009/11/14_22:04:23
photo1 カヤー族(耳長族)の子供たち。
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0012. まえだまさとし 2009/11/14_22:06:05
photo1 カヤー族の女性は耳タブに大きな穴をあけて直径5センチくらいの円盤形のイヤリングをはめている。
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0013. まえだまさとし 2009/11/14_22:10:32
photo1 そしてバダウン族の女性たち。
photo2
photo3 村の雰囲気は相変わらず素朴だが、ジーンのおかげか村人たちには気さくに迎えてくれる。やはり一人で来た場合と対応が全然違ってくる。



しかし日本人観光客は減ったとのことだ。
photo4

0014. まえだまさとし 2009/11/14_22:12:49
photo1 ちょっと真似をしてみました。
photo2 バダウン音楽を弾く女性。
photo3 ジーンと村人との話は長いがそれだけ村でゆっくりできる。

ジーンの知り合いの家の女の子。
photo4 昼前には村を離れることにした。

0015. まえだまさとし 2009/11/14_22:16:27
photo1 船でメーホンソンに戻り、昼食はジーンズハウスの食堂で。

奥さんの作る食事はこってり系のクイッテオ(タイのそば)。濃いめの味でおいしい。
photo2
photo3
photo4

0016. まえだまさとし 2009/11/17_19:01:47
photo1 午後−−−。

首長族の最大の集落であるナイソイ村に向かうことになる。そして今夜はこの村に宿泊することになる。
現在メーホンソンのどこのトレッキング主催会社も首長族の村の宿泊プランは扱っていない。
首長族の村へは日帰りのみ行くことが可能だ。


首長族の村での宿泊は昔からジーンの特別なコネクションによるもので、現在そのジーンが外国人旅行者との交流がなくなりつつある中、もはや首長族の村への宿泊は幻となっている。

そんな中、僕が久々に村に宿泊する外国人になったようだ。
photo2  午後2時すぎ、ジーンにバイクでナイソイ村に連れて行ってもらった。ミャンマー国境付近の検問所や悪路を進み、1時弱でナイソイ村に到着した。ナイソイ村での宿泊先はジーンの知り合いの家に泊めてもらうことになる。

今夜の宿泊先の家屋。

ナイソイ村の家屋は近代化が進んだタイの一般的な住居に比べ、まだまだ簡素でミャンマーの農村の住居に近いつくりだ。実際首長族はミャンマー文字を使用して言葉もミャンマー語を理解する。簡単に来られるのでタイのはずれの村といった感じだがここは事実上ミャンマーなのだ。
ただし携帯電話の電波はタイのものが通じる。
photo3 2階の寝床に案内された。
photo4 ナイソイ村では今夜自分一人になりジーンは家に戻ってしまう。
明日またジーンに迎えに来てもらうことになる。

0017. まえだまさとし 2009/11/17_19:04:21
photo1  この時期、観光客はそれほど多くない。ジーンは最近村に来る頻度は落ちているが、まだまだ知り合いは多いようだ。

ただ子供たちはあまりジーンのことを知らなかったりする。でも村の人に消耗品を差し入れしたり、家の修理の手伝いをしたり村との交流はとぎれていなかったことにここでも安心した。
photo2 ナイソイ村のパダウン族の村人たち。
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0018. まえだまさとし 2009/11/17_19:05:06
photo1 ナイソイ村のパダウン族の村人たち。
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0019. まえだまさとし 2009/11/17_19:14:37
photo1 今いるイソイ村は8年前にも来ているが前回来たときは首長族の村人であふれていた。それが今回の訪問では村全体が閑散とした印象をうけた。実際現在の人口は70人ほどとのことだ。8年前は200人はいたらしい。


昔家が密集していた場所は写真のように取り壊され、荒れ地になって殺伐としている。

おみやげ物屋が並ぶメインストリート以外は荒れた印象だ。
photo2
photo3
photo4 学校なども規模は縮小して一部の教室は閉鎖されている。

住民が減った背景には難民の彼らの移民申請が通り、ニュージーランドやカナダ、ノルウェーへと移り住んでいったのが大きく影響しているらしい。

僕が過去に納めた写真の女性たちはみんな外国に移住してしまった。彼女たちの幸せを考えればそれがいい方向なのかもしれない。

0020. まえだまさとし 2009/11/17_19:18:19
photo1 ナイソイ村のおみやげ物屋が並ぶメインストリートの様子。
photo2
photo3 夕方になると農作業を終えたミャンマー人(実際にははミャンマーの少数民族)が国境付近にある難民キャンプに戻っていく。
このナイソイ村は畑と難民キャンプの中間に位置している。
photo4

0021. まえだまさとし 2009/11/17_19:20:31
photo1 そんな中、子供たちがバレーボールをやっていたので混ぜてもらうことにした。

はっきり言って何もやることがなく暇になってきた。
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photo4 ネズミと遊ぶ子供。

0022. まえだまさとし 2009/11/17_19:23:48
photo1 村には教会がある。バダウン族(首長族)は基本的に仏教徒だが、ここにもカヤー族(耳長族)が住み彼らはクリスチャンだ。
photo2 久々の訪問のジーンは村人との話が長く、日が暮れかけた夕方6時前に帰っていた。
photo3 満月の夜。明日からロイクラトンだ。

電気がない月の光でこの村も夜は明るい。
photo4

0023. まえだまさとし 2009/11/17_19:28:58
photo1  泊めてもらう家はマ・ナン、ラ・ライ夫妻の家だ。

奥(マ・ナン)さんは首輪をしている典型的なバダウン族だ。子供が一人いて旦那(ラ・ライ)さんは村で二人いる医者の一人だ。家には患者が注射を打ってもらいに来ている。


ラ・ライさんに蚊帳付きの寝床をセットしてもらった。
photo2 まだ眠らないが一応戸締まりをする。
photo3 夕食はコブミカンの葉の味が聞いたカレーをごちそうしてもらった。豊富に入っている豚肉はジーンが差し入れたものだ。
photo4

0024. まえだまさとし 2009/11/17_19:30:30
photo1 村には電気はなく首長族ののんびりとした夜が過ぎていく。

今ではここに宿泊する外国人旅行者はほとんどいなくなってしまったため、かつてあったダンスや音楽といったアトラクションは姿を消してしまった。
何もすることがないと言ってしまえばそれまでだ。本来の素朴さに戻ったことで自然な生活を体験できるのはうれしい。

首長族の独自の衣装を身にまとった女性たちも夜になるとラフな格好に着替え、思い思いにつろいでいる。
photo2 それらを見ていると彼女たちもごく普通の山岳民族なんだと思う。それと同時に特別なものを見させてもらっているようで新鮮な気持ちになる。
photo3
photo4 9時には村全体が就寝だ。

0025. まえだまさとし 2009/11/24_19:37:22
photo1 翌朝。

山間の村では早朝靄がかかっていた。

日が昇るにつれ空が澄んでくるはずだ。
photo2
photo3 井戸水をくむマ・ナンさん。
photo4

0026. まえだまさとし 2009/11/24_19:41:49
photo1 朝食はおかゆ(カオトム)を作ってもらい、近所の子供たちと一緒に食べることになった。
朝食のおかゆは僕がリクエストしたものだが、どうやら近所の人すべてが僕と同じおかゆを食べることになってしまったようだ。
たくさん作ってみんなで分けた方が効率的だ。
photo2 近所の豚小屋。
photo3 家の軒先ではバダウン族の女性が足に輪を巻く練習をしていた。
photo4

0027. まえだまさとし 2009/11/24_19:43:37
photo1 こちらでも女の子たちが輪の巻き方を熱心に聞いていた。
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photo4

0028. まえだまさとし 2009/11/24_19:45:08
photo1 バダウン族の子供たち。
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photo3
photo4

0029. まえだまさとし 2009/11/24_19:51:13
photo1 空はいつの間にか青空になり、強い日差しが照りつけている。時間は10時前。観光客もちょこちょこやってきているようだ。
photo2 子供の髪を結うカヤー族(耳長族)の女性。
photo3 バダウン族の女性。
photo4

0030. まえだまさとし 2009/11/24_19:53:53
photo1 ここを訪問する外国人旅行者はタイ人ガイドを伴ってくる場合が多い。そのタイ人ガイドも首長族との交流はないようで見ているとほとんど会話がない。中には案内人が駐車場の車で待っていて旅行者だけ勝手に村に入るようにされることもある。これではバダウン族との交流は限定的だ。

そんな中、やはりジーンの存在は特別だ。パダウンの村人たちに溶け込んでいるジーンを見ているとまだ過去の人ではない。ジーンがこれだけの人脈を生かせず、外国人旅行者に忘れられてしまったのはタイ観光の上で多大な損失ではないかと思わされる。

ジーンには活路を見いだして再起を果たしてもらいたい。
photo2 昼前にはメーホンソンに戻った。

湖沿いの寺院「ワットチョン・クラーン」。
photo3
photo4

0031. まえだまさとし 2009/11/29_18:36:21
photo1 陰暦12月の満月の夜。今年は11月2日前後にあたる。
この時期行われるロイクラトン祭りはチェンマイとスコータイが有名だがメーホンソンでも行われているようだ。
ジーンにバイクを借りて山の上の寺に向かった。

 バイクで山を登り、お寺の境内には屋台がでていてステージが設置されている。
photo2 ここからメーホンソンの町が見下ろせる。
photo3 寺院では献花する人が見られる。
photo4 満月

0032. 旅名無しさん 2009/11/29_18:38:26
photo1 月と僧侶
photo2
photo3 屋台周辺は人が入り乱れてにぎやかだ。
photo4

0033. まえだまさとし 2009/11/29_18:39:37
photo1 ロイクラトンといえばコムローイ(気球)だがメーホンソンでは控えめだ。さすがに山の中なので火事になると大変だからか。
photo2
photo3  8時からコンサートが行われるようだ。演劇なども行われるようだがタイ語はわからないのでまだ祭りの途中だが9時前には宿へ戻ってきた。
photo4

0034. まえだまさとし 2009/11/29_18:55:43
photo1 (11月2日)

出発の日の朝。

タイ語表示のみになってしまったゲストハウスの食堂でジーンは懐かしい写真度出してきてくれた。
昔日本人旅行者が撮影した首長族の写真だ。
photo2 各写真には日本語でその人の名前が書かれていた。パダウン族の女性は名前のはじめにマ・が付くのが特徴だ。

昨日泊めてもらった家の奥さんはマ・ナンさんだった。
photo3 そして情報ノート。
photo4 でもその情報ノートの記載は2004年2月を最後に終わっている。おそらく地球の歩き方から記載が消えたのがこの時期なのだろうか。

0035. まえだまさとし 2009/11/29_19:00:06
photo1  ジーンは帰り際、アイスクリームマシーンがほしいので中古の機械でもいいから日本での情報がほしいとか言ってきた。なんでも食堂でアイスクリームを売りたいとのことだが、ちょっと方向性が違うんじゃないかと首をかしげる。
ジーンはトレッキングガイドでそれ以外の商売は考えるべきではないと思うんだが。旅行者が来なくなって5年の月日が過ぎ、ジーンなりにはいろいろなことを考えてはいるのだろうけど。
これだけの豊富な写真をみていると、なぜこんなことになってしまったのか不思議で仕方ない。これだけの人脈と経験を有効に使うことはできないのだろうか。僕自身も考える余地はありそうだ。
photo2 今回ジーンにはガイド料は請求されなかった。欲がなく正直で純粋な対応に好感は持てる。その正直さがメーホンソンの同業者の信頼につながっていればよかったのだが。
さすがにガイド料は世話になったのでそれなりの相場で支払いを済ませ出発することにした。
photo3
photo4

0036. まえだまさとし 2009/11/29_19:00:55
photo1  ジーンと奥さん。シーンズハウス前にて。
photo2 空港までジーンに送ってもらった。チェンマイ行きの飛行機は欧米人旅行者で満員だ。欧米人比率の多さは相変わらずでどこの国にいるのかわからなくなってしまう。チェンマイまでは30分ほどだ。帰りもプロペラ機でチェンマイまでは所要30分ほどだ。
photo3
photo4

0037. まえだまさとし 2009/11/29_19:04:18
photo1 ついでの1枚添付しますが。

2001年11月訪問時のジーン。このころはゲストハウスの食堂に英語や日本語の表示が所狭しと貼られていた。
photo2
photo3
photo4

0038. まえだまさとし 2009/12/04_17:32:05
photo1 チェンマイ到着後トゥクトゥクで予約してあるマニナラコーンホテルへ向かった。トゥクトゥクの値段はクーポンタクシーの半額の60B。
 マニナラコーンホテルは中級ホテルの部類だが豪華な外観だ。敷地内には旅行代理店やタイマッサージなどのテナントが入っている。
photo2 部屋はスイートルームタイプで無駄に広く、バスタブも完備している。チェンマイでゲストハウスにしか泊まったことがなかったが、3000円ほどこのような部屋に泊まれるのだから驚きだ。しかも朝食付きだ。


やはりタイのコストパフォーマンスは質が高い。
photo3
photo4 ホテルは町の中心から少し離れているが十分徒歩圏内なので問題はない。ターペー通りのパレードにも歩いていける。
 ホテル周辺は地元の人向けのにぎやかな通りになっているので物価も安めだ。今日のチェンマイは雲が多く暑さも和らいでいる。理想的な気候だ。近くに洗濯屋などもあり便利だ。

0039. まえだまさとし 2009/12/04_17:34:34
photo1 パレードは19時からのようだ。それまでメーピン川の方へ行ってみた。

灯籠やコムローイを売る店は出ているがそれほど混雑はしていない。まだ時間が早いからだろうか。
川沿いでは灯籠を流す人があちこちにいる。
photo2
photo3 ターペーゲート近くではパレードの踊り子たちガスタンバっている。
photo4

0040. まえだまさとし 2009/12/04_17:36:13
photo1 19時前になり交通規制が始まり、パレードが始まった。
photo2
photo3
photo4

0041. まえだまさとし 2009/12/04_17:38:52
photo1 気のせいか2年前に比べ人の多さはそれほどではない気がする。

前回の訪問時は1キロほどの沿道には人垣が途切れることがなく、道路に人が飛び出し警備員もその制止に必死で相当な盛り上がり方だった。

それは今回は場所によっては歩道に人がいない場所もある。人集りになっている場所がほとんどない状態だ。写真もずいぶん撮りやすくなった感じだ。
photo2  人が少なくなったと事に比例してパレードも1時間ほどで終わってしまった。あれっといった感じだ。

前回はもっと時間が長かったような。確実にロイクラトンの規模は縮小してしまった感じだ。2年前はまさに世界的に好景気の絶頂だった。
その後起きた首相官邸や国際空港の占拠事件に世界的な金融危機。それらが確実にこの祭りにも影響しているのは事実だろう。
photo3  パレードは終わったが、メーピン川沿いでは例のごとく気球を舞いあげる人や灯籠を流す人だかり。至る所で花火が打ち上げられ危険きわまりないむちゃくちゃな祭りであることにかわりはない。盛り上がりはすごい。

ただ外国人の数は確実に少なくなっている。繁華街の盛り場では客の入っていない店が多く目につくのがいい例だ。
photo4

0042. まえだまさとし 2009/12/04_17:41:05
photo1 メーピン川沿いでは灯籠を流そうとする人であふれている。
photo2 灯籠の線香に火を灯し、願いを祈ったあと川に流す。
photo3
photo4

0043. まえだまさとし 2009/12/12_21:25:54
photo1 翌日

 この日は30キロほど離れたサンカムペーン温泉に行くことになった。バイクで30キロほど走ることになる。途中ノーヘルと無免許で捕まった。罰金だけで済むがあとで警察に出頭しなくてはならず面倒くさい。普段取り締まりなどやっていないのに祭りの影響だろうか。

 サンカムペーン温泉は広い公園になっていてアメリカのイエローストーンのような間欠泉があり、常にお湯が吹き出している。
photo2
photo3 卵は数分でゆであがる。
photo4 こちらは涸れ果てた間欠泉跡。

0044. まえだまさとし 2009/12/12_21:28:18
photo1 足湯などは予想以上に熱い。
photo2 公園内を温泉の湯が流れている。
photo3 温泉に入浴する場合は個室のバスタブ(別料金で100円ほど)に入ることができる。ぬるぬるのお湯で硫黄臭は相当強い。タイの温泉がこんなに強烈だとは思わなかった。


チェンマイ郊外にあり、昔から知名度は高かったがながらなかなか来る機会はなかったが、今回はるばる来た回はあったように思う。
photo4

0045. まえだまさとし 2009/12/12_21:33:10
photo1 (11月4日)

10時前に出発するバンコク行きに乗るためソンテウで空港へ向かった。バンコクへはバンコクエアウェイズを利用する。チェンマイ・バンコク間はいろいろな航空会社が飛んでいて価格競争も激しい。なかでもエアアジアが最安値だったがサービスに問題があり、そこまで安さにこだわらず新しい航空会社にも乗ってみたいと思っていた。
そんな中、バンコクエアウェイズは値段より質を売りにしている航空会社なので期待したい。でも価格競争は無視できないようでエアアジアより500円ほど高いだけだった(1ヶ月前に購入)。
 バンコックエアウェイズは国際線に場合エコノミーのもラウンジがある。でも国内線のチェンマイ空港にはさすがにラウンジはない。
photo2 バンコクへは所要1時間20分。サービスは基本的なもので軽食がでた。
特筆することはないが、何もないエアアジアに比べればたいしたものだと思った。
photo3 バンコク・スワンナプーム国際空港に到着。ランプバスでターミナルビルへ運ばれた。
photo4

0046. まえだまさとし 2009/12/12_21:45:44
photo1 いつもタイ旅行の際に最初に訪れることが多いバンコクだが、今回の旅行では最後に立ち寄ることになった。
今回のバンコクでの滞在先はチャオプラヤ川沿いの南のはずれにあるマリオット・リゾート&スパだ。かなり遠いが高速を使えばそれほど時間はかからない。空港からタクシーはメーター305B(800円)。その他高速代が70B。40分ほどでホテルに到着した。

マリオットホテルリゾートのゲート。
photo2
photo3 マリオットホテルの敷地に入るには車両チェックを受け警備が厳しいことが伺える。この系列のホテルはパキスタンやジャカルタで頻繁にテロの標的になっているから致し方ない。このホテルも常にテロを警戒している。

 ホテルの2階のロビーにタクシーを横付けされるとスタッフに出迎えられ、フロントへ案内された。スマートな流れる対応はさすがに5つ星だ。
photo4 手続きを済ませフロントの女性に部屋まで案内される。それにあわせたようにベルボーイが荷物を持って現れた。ただマリオットは部屋は新しくないのでたいしたことない。しかもリバービューかと思っていたが逆側だった。部屋指定できない安い料金しか払っていないので文句は言えない。
部屋の設備に関しては昨日のチェンマイの宿の方が機能的だったがお湯の出やスタッフの質、ベッドもこちらの方が快適だ。

0047. まえだまさとし 2009/12/12_21:51:42
photo1 ここはリバーサイド沿いの広い敷地を有する大規模ホテルだ。
photo2 ホテルの桟橋からはBTS(高架鉄道)のサパーンタクシン駅に隣接するサートゥーン桟橋までまで無料の送迎ボートがでている。
ここからBTSに乗り換えれば渋滞知らずでどこにでも行ける。
photo3 所要時間は20分ほどだ。船の上もホテルの一部なのでおしぼりのサービスがあったり至れり尽くせりだ。

ちょっとしたチャオプラヤ川クルーズを満喫できる。
photo4 サパーンタクシン駅近くのサートゥーン桟橋に到着した。この桟橋は周辺の(オリエンタルやシャングリラ、ペニンシュラ、ミレニアム・ヒルトンなど)高級ホテルの送迎ボート乗り場になっている。

0048. まえだまさとし 2009/12/13_19:15:53
photo1 朝食は5つ星だけのことはあり豪華だ。
photo2 朝っぱらから生ハム用の豚の肉の塊が並んでいる。
photo3 パンやサラダの種類は豊富でドリンクやフルーツは盛りだくさんだ。
 
photo4

0049. まえだまさとし 2009/12/13_19:19:33
photo1 午前中は雲がなく日差しが強いので日光浴には絶好だ。プールサイドでくつろぐことにした。それにしても白人率ほぼ10割。
photo2 午後1時にチェックアウトをすませ一度サートゥーンの方へ行って見た。
 サートゥーンの船着き場は定期便はもちろん周辺の高級ホテルへの送迎船の拠点になっている。
photo3 BTSは最近チャオプラヤ川を渡りウォンウェイヤイ駅まで延伸された。
photo4 久々にオリエンタルホテルなどがあるニューロード界隈を散策してみた。この界隈は高級ホテルや銀やシルクの店などスクンビットに似ている雰囲気がある。

0050. まえだまさとし 2009/12/13_19:25:57
photo1 午後4時にタクシーで出発した。空港までは40分。新空港になって遠くなったが所要時間は安定したので出発の時も時間を読める安心感がある。
 チェックインをすませラウンジへ。今回初めてスワンナプーム空港のシルバークリスラウンジ(シンガポール航空)を利用することになる。シンガポール航空独自のラウンジには食事などのサービスに期待はもてるが予想通り狭かった。しかもバンコクからシンガポールへの乗客はラウンジ利用者が多いようで座る場所も限られる。ただ食事は飲茶やカレー、デザートにアイスクリームなど文句はないのだが。
photo2 22時にシンガポール到着。雨が降っていたようだが、今はやんでいる。窓の外にはA380が数機駐機されている。ここでしか見られない光景だが、雨で写真ではわかりづらい。
photo3 (11月6日)

帰国の日。
東京行きは9時45分発。最終目的地はロサンゼルス行きでアメリカ人が多い。またアメリカ行きは搭乗前のチェックが厳しい。アメリカの検査官が入念にチェックする。
 単に客にプレッシャーを与えてるだけにしか思えないが、それがテロ抑止に重要なのだろう。

写真は隣に止まっていたA380型機。我々の便はB747−400だ。
photo4 東京までは偏西風に乗り6時間かからない。夕方5時に成田空港に到着した。

大半の客はそのままアメリカに向かう。

今回は空路移動中心でスーツケースを使用したが、パッキングがしやすいので使いやすい。

【お わ り】
 

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