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2010年の南米旅行(ブラジル南部とカーニバル)

0001. まえだまさとし 2010/02/25_20:06:23
photo1 今回の旅の目的。

それは今まで何度か訪問したブラジルだが、未だに行ったことのないカーニバル期間中のリオデジャネイロ。世界一華やかな祭典と目される一大イベントだ。世界中を旅しているなら一度はこの騒ぎを経験してみたいと思っていた。

 そしてもう一つの目的。それは120カ国目の大台となるウルグアイ訪問だ。とはいえウルグアイ自体見所は限られているので重点は必然的にブラジル南部に限られてくる。とりあえずウルグアイに入るためアルゼンチンのブエノスアイレスに入ることになる。
photo2  今回成田空港へは成田エクスプレスの新型車両を利用することにした。いつも空港アクセスは京成だが、10月に登場したこの新型車両に一度乗ってみたいと思っていた。JRは順次この車両に更新するようだ。


 今後も今年開業する高速新線経由の京成を利用することになるので最初で最後の成田エクスプレスかもしれない。
 池袋から乗車。湘南新宿ラインの合間を縫ってホームに入ってきた。
photo3  乗り込んだ車内は新車のにおいがする。

 すぐに出発し山手線を併走するが池袋、新宿と誰も乗ってこない。東京駅からも外国人が何人か乗って来ただけで空気を運んでいる感じだ。この時間帯だから無理もないだろう。
photo4

0002. まえだまさとし 2010/02/25_20:13:50
photo1 成田空港からはいつものようにユナイテッド航空利用だが、今回の経由地はロサンゼルスとワシントンだ。気の長くなるルートだがいつものことなのでこの移動にも慣れのようなものがある。とはいえ疲れることにかわりはない。時差12時間と季節が真逆になるのも追い打ちをかける。慣れろというのが無理な話で結局時差ボケは時間の経過でしか解決するとはできない。

 成田を16時半出発でロサンゼルスまでは所要約9時間。夜便なので比較的熟睡でき、ロサンゼルスに到着したときの日本時間は深夜2時で現地時間は朝の9時だ。
photo2  ロサンゼルスの乗り継ぎ時間は3時間ほど。空港のラウンジで待つことになる。今回のワシントンまでの国内線は珍しく大型機材ののB777を使用している。ワシントンまでは長時間移動ということで通路が2本ある機種は開放感があってリラックスできありがたい。
 ロサンゼルスからワシントンまでは4時間かかる。アメリカの機内食は完全に販売形式をとっていてサンドウィッチが9ドル位だ。ソフトドリンクだけは無料なのでコーヒーをもらうことにした。西への移動は時間がたつのが早くすぐに日が暮れてしまった。
photo3  機内食をが我慢したこともあり、ワシントンに到着すると腹が減ってきた。また南米路線の機内食が期待できないので空港のウェンディーズで少し食べることにした。ウェンディーズは昨年日本から徹底してしまったが、アメリカでは健在で至るところで目にする。巨大なハンバーガーを食べ満腹の状態でブエノスアイレス行きの便に乗り込んだ。
photo4  ブエノスアイレスまでの所要時間は10時間。現地時間では夜行便だが日本の時間では昼間なので眠るのは難しい。寝る努力をしたが限界はある。

0003. まえだまさとし 2010/02/25_20:18:14
photo1  日本とアルゼンチンとの時差は12時間なのでわかりやすい。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに到着したのは午前11時だ。日本から乗り継ぎ時間を含めて30時間半。

 空港バスでセントロへ出ることにした。アルゼンチンの物価は通貨危機でいったん安くなったはずだが、時間の経過と共に通貨危機前の水準に戻っている。空港バスに関しては全く割安感はない。しかも到着便が集中しているのでバスは妙に混んでいる。
 ブエノスアイレスのセントロのバスターミナルは新たに港近くに移転していて予約したホテルまでかなり歩く羽目になってしまった。以前は町中にあったのに不便になってしまった。
photo2 ブエノスアイレスの中心部。
photo3 ブエノスアイレスの繁華街であるフロリダ通りを歩いてホテルへ向かう。
photo4 碁盤の目に整備された細い道路に高層ビルが連なる風景はニューヨークにいるような感覚だ。

0004. まえだまさとし 2010/02/25_20:21:08
photo1 今回初日のホテルは事前予約してきた。最近はホテル探しに使う時間がもったいなく感じるようになった。それと同時に最近はインターネットの普及で安宿でも情報が充実していてパソコンで簡単に予約することができるようになった。確実に泊まる場所がわかっているなら事前予約したほうがコストパフォーマンスがいい。
 場所はフロリダホテル近くと好立地だ。今夜のホテルは40ドル出したので少し期待はしたい。
 ホテルの名前は「HOTEL FROSSARD」。写真の建物がそれだ。細い建物だが奥域がある。エコノミーホテルの部類に入るのだろうがエアコンやホットシャワーなど設備は充実はしているので値段相応といった感じか。とにかく時差ボケ対策に熱いホットシャワーは有効だ。
photo2 最近ブラジル到着後の数日間はお湯のでない宿に泊まることが多かった。また到着した日に長距離バスに乗りこむ事も多かった。それが時差ボケを治すのによくなかった気がする。

でも今回は調子がいいような気がするのは気のせいか。
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0005. まえだまさとし 2010/02/25_20:37:24
photo1  到着時の機内食はろくなものしかでなかった事もあり、すでに空腹状態になっている。ホテルで休む間もなく町に出て食事をする場所を探した。時差ボケでも僕の胃は疲れを知らない。アルゼンチン牛を求め街へ出た。

中心部のフロリダ通りに交差するラバージェ通りにはブラジルのシュハスコのようなグリルを備えた肉料理店が多く目につく。「ビュッフェ・デ・チョリソー」という看板を出した店が多い。直訳するとステーキだ。
photo2 その中で比較的安そうな店に入ったがブ厚く柔らかいステーキが出てきた。ソースも豊富でかなり満足度は高い。これで30ペソ(700円)とリーズナブルだ。
photo3  胃が満たされたあと明日のウルグアイへの船の切符を買いに港へ行った。目的地はコロニアル・デル・サクラメント。ブエノスアイレスに最も近いウルグアイの都市だ。
photo4  船が出るブケブスターミナルと呼ばれる港湾施設は妙にこぎれいで上品な感じだ。しかし切符を買うまでの待ち時間が長い。座る場所などいらないので切符の販売だけならもっとスムーズにしてもらいたい。しかし待たされたあげく明日は土曜日で混雑が激しくファーストクラスしか空いていなかった。1日遅らせればエコノミーでも空いているようだが、ブエノスアイレスにもう一泊する気などまったくない。値段的に大差はないのでサービスが違ってくるならファーストクラスでもかまわない気もするが。明日の空席があるものは時間がかかるフェリーなので上級クラスの方がゆったりして都合がいいのかもしれない。対岸のコロニア・デル・サクラメントまでは所要3時間だ。そこからモンテビデオまでは船会社のバスに乗り継ぐことになる。

0006. まえだまさとし 2010/02/25_20:41:54
photo1 船の切符を買ったあとかつてブエノスアイレスの表玄関だったレティーロ駅に行ってみた。

コレクティーボと呼ばれる市バスが猛スピードで町中を行き交う。アルゼンチン人の運転は荒い。
photo2 かつてのブエノスアイレスの表玄関だったレティーロ駅。駅前の広場には時計塔が残る。
photo3 駅前の広場。
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0007. まえだまさとし 2010/02/25_20:43:18
photo1 レティーロ駅の駅舎。
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photo3 地方からたくさんの人が都会を夢見て集まってきた当時の重厚な雰囲気がのこっている。
photo4 現在は近郊列車のみが発着するあわただしい駅になっている。

0008. まえだまさとし 2010/02/25_20:47:59
photo1 レティーロ駅から東西に走るC線だが名古屋市営地下鉄の東山線の車両が使われていた。車内広告などはすべて取り除かれ日本語の表示は皆無だが、つり革やシルバーシートの部分だけ色が違うなど日本での雰囲気そのままだ。
photo2 そして知る人ぞ知る営団地下鉄丸の内線車両だ。ブエノスアイレス地下鉄のB線はすべてこの車両が使われている。
photo3 中には落書きされたものもあり、ずいぶん雑な扱いを受け哀れな姿になんだか切ない気分になる。

でも日本だとスクラップになっているはずの車両がまだまだ現役で走っているのはうれしいことだ。
photo4

0009. まえだまさとし 2010/02/25_20:57:03
photo1 そしてこれは南米最古の地下鉄路線のA線だ。1913年開業。当時東京に地下鉄を造ろうと計画していた日本から視察団が派遣され、そして完成したのが銀座線らしい。

その後90年近くたった現在では地下鉄車両が日本から逆輸入される羽目になっているのだが。
photo2 路線だけでなく車両もかなり古いものが使用されている。
photo3 こちらは何の変哲もない近代の地下鉄車両のD線。他の南米の都市でもよく見られる。
photo4 とにかくブエノスアイレスの地下鉄はおもしろい。

0010. まえだまさとし 2010/02/28_19:13:42
photo1 翌朝5時には完全に目が覚めた。朝食は8時からと遅いため、それまで早朝の町を散歩することにした。土曜日の朝ということで町は閑散としている。雲の厚い天気で今にも雨が降り出しそうだ。

暑くはないが湿気は多くムシムシする。今日も天気は期待できそうにない。

マクドナルドが入るビル。
photo2 世界一の道路幅を持つ「7月9日通り」とオベリスク。
photo3 オベリスクはパリのコンコルド広場やエジプトのルクソールで見られる白い塔だ。ここのは1936年に完成したらしくまだ新しい。
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0011. まえだまさとし 2010/02/28_19:21:45
photo1 ミラノのスカラ座に次ぐ規模で、パリのオペラ座とともに世界3大劇場の一つとされる「コロン劇場」。

古きよきアルゼンチンを感じる事ができる建物だ。
photo2 コロン劇場周辺の町並み。
photo3 7月9日通りをあとに。

そしてこれからブエノスアイレスを離れる。
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0012. まえだまさとし 2010/02/28_19:25:45
photo1 ホテルを出発しようとしたら雨が降り始めていたので港まで歩いて行く気にはなれず、タクシーでブケブスターミナル(港)へ向かった。1キロもない距離だが濡れたくないし汗もかきたくない。昔なら間違えなく歩いていた距離だが、もうコストパフォーマンスを優先してしまう。ちなみにタクシーは港まで10ペソ(240円)と破格だった。
photo2  ウルグアイのコロニア・デル・サクラメントへの船が発着するブケブスのターミナルには1時間前に到着した。モダンな建物内部のチェックインカウンターには長蛇の列ができていた。週末をウルグアイで過ごすアルゼンチン人の出国ラッシュのようだ。チェックインをする際、荷物を預けるなど飛行機のシステムに似ている。しかし座席が指定されるわけではなく、ずいぶん手間がかかり面倒なシステムだ。しかもかなりの大人数で荷物の受け取りにどれくらい時間がかかるのか不安でもある。
photo3  僕が予約したのはファーストクラスだがその恩恵を受けることはなく、長蛇の列に並ぶことになった。ファーストクラスのカウンターは一つしかなく、エコノミークラスよりも列が長いのが気になる。とにかく30分ほど待つことになった。出国をすませ船に乗り込んだ。

船は車も積載できる大型フェリーだ。
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0013. まえだまさとし 2010/02/28_19:26:44
photo1  ファーストクラスの船室はソファーのような大型シートでリクライニングも大きく倒れ、かなりリラックスできる。エコノミークラスもゆったりしているが、かなり違いがあるのでそれなりに差額の価値はあったように思う。
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0014. まえだまさとし 2010/02/28_19:29:06
photo1  出発時間が近づいてもチェックインカウンターには長蛇の列ができていたので定刻通りの出発は無理だろうと思っていたが15分遅れで船は出航した。

ブエノスアイレスの摩天楼を背にいざウルグアイへ。対岸のコロニア・デル・サクラメントまでは3時間だ。
photo2 船内には免税店やカジノも設置され国際航路の雰囲気だ。大型船ということで共有スペースは吹き抜けになっていてずいぶん豪華な印象だ。なにやらイベントも用意されているようでエントランスホールではフォルクローレの演奏が始まった。
photo3 こちらはエコノミークラスのシート。
photo4 3時間後、ウルグアイのコロニアデ・デル・サクラメントの街が見えてきた。

高層ビルなどはなく、コロニアル調の建造物が確認できる。

0015. まえだまさとし 2010/02/28_19:32:55
photo1  コロニアに到着したフェリー。

 到着後ターミナルビルで荷物を受け取るのだが、飛行機のようなターンベルトの前で荷物が出てくるのを待つ事になる。大半の客は荷物を預けていないが、飛行機に比べれば乗客の多さは半端ではない。すぐに荷物は出てきたが船内が狭いわけではなく荷物を預ける意味がないことに船に乗ってから気づいた。メリットは盗難の心配がないことくらいだ。

 ウルグアイの入国審査はブエノスアイレスでアルゼンチンの出国と同時に済んでいるのでそのまま税関を通過し到着ロビーに出た。
photo2 僕にとって120カ国目の大台に乗る訪問国であるウルグアイ。最初の計画では入国地点でもあるコロニア・デル・サクラメントの町も見学しようと思っていた。バスターミナルに荷物を預けて旧市街を散策したかった。しかし天気がいまいちなのとそこまでして立ち寄るべきなのか到着してから疑問に思い始めた。コロニア・デル・サクラメントが観光地なのはアルゼンチンからもっとも気軽に来られるからでモンテビデオに行くならそこまで重視する必要はないので。
 このままモンテビデオに行くことにした。港の建物を出て目の前に停まっていたブケブスのモンテビデオ行きバスに乗り込んだ。バスは席が埋まり次第、順次出発する。
なだらかな丘陵地帯のアップダウンの多い道路を3時間走る。
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photo4 午後3時過ぎにモンテビデオの町に入った。コロニア・デル・サクラメントからここまで町という町が全くなかった。モンテビデオ自体も小さな町で海岸沿いに数えるほどの高層ビルがあるだけだ。そんな中、みなとみらいのインターコンチネンタル風の奇抜なデザインのビルが目に入ってきた。

0016. まえだまさとし 2010/02/28_19:38:41
photo1 モンテビデオの路上には芸をして小銭を稼ぐ若者など少しイメージと違う光景が目に入ってきた。 
photo2  モンテビデオのバスターミナルに到着した。
人でごった返していた。とにかく人が多い。みんなアルゼンチンからの観光客なのか。この状態では市内のホテルも満室かもしれない。モンテビデオに宿泊する予定だったが、これもやめた。モンテビデオ自体見所は限られているし、今夜出発しないと明日は日曜日で暇をもてあますことになる。しかも日曜日で見所は限られてくるはずだ。

 にもかかわらずセントロに出てホテルが満室で高い宿しかなかったらすべてが無駄になってしまう。荷物を預け、今夜ブラジルのポルトアレグレへバスで移動することにした。
photo3  荷物を預けてつかの間のモンテビデオ観光に出た。バスターミナル前からセントロのカガンチャ広場に向かうバスが出ている。
 適当に乗り込んだバスだが、中心部を通り過ぎどこまで行くのかと思ったら港まで行くようで終点まで乗ることにした。モンテビデオ最大の見所は港にあるプエルトメルカードだ。最初に行きたいと思っていた場所なのでダイレクトで行くことができラッキーだった。

バスを降りメルカードへ向かった(写真)。
photo4 港湾地区の税関ビル。

0017. まえだまさとし 2010/02/28_19:45:50
photo1 しかし市場内は閑散としていて店じまいの様相だ。でも何軒かは営業していて一部に活気がある。どうやらこの市場の営業時間は土曜は18時までらしい。日曜日は休みということか。ここまで来る途中、市内の広場でもたついてこの市場に来るのが遅れていたら店はすべて閉まっていた。偶然直行するバスに乗る込めたおかげで時間に間に合った。


また宿泊したとして明日も営業していないなら今夜移動する選択は間違っていなかった。
photo2 ここでパリジャーダ(内蔵の塩焼き)を食べる事にした。
photo3 モツの塩焼き。閉店前であまり種類がなかった。
photo4 でも酒を飲む地元の人でにぎわっている。

0018. まえだまさとし 2010/02/28_19:49:31
photo1  帰りはモンテビデオの旧市街の教会や広場を眺めながら中心部の独立広場までのんびり歩いた。ひときわ目立つ高層建築のサルボ宮殿をめざす。旧市街は土曜の夕方ということで人通りは少ない。でも至る所に警官が警戒しているので安心だ。観光客を守るためなのだろうが、そんなに治安が悪いと気がかりではある。

 独立広場にはサルボ宮殿というモンテビデオの象徴のような高層建築がそびえ立っている。
photo2 独立広場で休んでいたら急に雲が取れて太陽が顔を出した。焼き付けるような日差し。急激に蒸し暑くなってきた。信じられないくらいの気温の変化だ。これが本来の夏の気候なのだろうか。ブエノスアイレスでも終始厚い雲に覆われ、夏らしさはなかった。ブエノスアイレスでも晴れていたらまた印象が変わっていたかもしれない。
photo3 近代的なビルに映る古い建物。
photo4  ブラジルのポルトアレグレ行きのバスは21時発。

 パスポートはバス会社の乗務員に預けてバスに乗りこむことになる。出入国手続きはすべて乗務員が代行してくれるようだ。これは助かる。バスの乗務員はブラジル人のようでなれなれしく陽気だ。同じ人種でも国が変わるとこうも違うものか。

0019. まえだまさとし 2010/03/05_21:29:26
photo1 ポルトアレグレへ向かうバスは深夜1時に国境にさしかかったようでしばらく停車していた。でも乗客はそのまま車内で寝ていればいい。

バスはそれ以外ほとんど停車することもなく朝の8時にポルトアレグレに到着した。

 ポルトアレグレでは元から宿泊する予定はなかったので次の目的地フロリアノポリスへのバス会社を探した。4時間後の13時に出発するバスがあり、切符を購入した。その後荷物を預けてポルトアレグレの町へ出ることにした。今日は朝から強い日差しが照りつけ、真夏の気候を思わせる。
photo2  ポルトアレグレはブラジル南部最大の都市で高層ビルが建ち並ぶ大都会だ。人種構成は大半が白人とのことだが、黒人も多くブラジルの他の町と雰囲気は変わらない。白人主流国家のアルゼンチンやウルグアイから来たこともあり、なおさらそう感じるのかもしれないが。

ただアジア系はほとんど見あたらない。

 ポルトアレグレが大都市だと思わせるものは近郊電車が走っていることだ。レシフェなどと同じタイプの電車が郊外から空港やバスターミナルを経て市内を結んでいて安くて便利だ。この鉄道で町の中心部のメルカード駅に出た。
photo3 中心部のメルカード駅前にでた。日曜ということで町唯一の観光名所といってもいい中央市場が閉まっている。承知していたとはいえ町の中心部は人気も少なく開いている店もなくが味気ない。
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0020. まえだまさとし 2010/03/05_21:30:14
photo1  初めて南米に来たときから日曜には悩まされてきた。セントロの店は閉まっているし、治安は悪くなる。暇をもてあますことになる。

長期旅行なら何もしなければいいだけだが、時間が命の短期旅行では大打撃を受けてしまう。

やはり旅行中でも日曜は休めということなのだろうか。
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0021. まえだまさとし 2010/03/05_21:35:07
photo1 ポルトアレグレの街も他の南米の街同様くたびれた高層ビルが林立する。
photo2  結局ポルトアレグレ観光の拠点であるマトリス広場に向かった。

丘の上に立つカテドラル。
photo3 カテドラルでミサでも聞いたりしながら時間を過ごした。
photo4  メルカード駅へ戻る際、利用したタクシーの運転手。
 電車の乗る前、市場の前で営業していた数少ない食堂で昼食を取り、昼前にバスターミナルへ戻った。ブラジル南部最大の都市は何もないとはわかっていたが素通りはできなかった。サンパウロを小さくしたようなくたびれた高層ビルの建ち並ぶ大都会。どんな町なのか気になっていたのでそれなりに来た甲斐はあったように思う。

0022. まえだまさとし 2010/03/05_21:40:54
photo1 ポルトアレグレの中央市場をあとに。
photo2 ポルトアレグレのバスターミナル。薄っぺらいコンコースの屋根の上をバスが頻繁に通過する。
photo3  午後一時のバスでフロリアノポリスへ出発した。途中ドライブインで一度休憩を取り、7時間後の夜8時にフロリアノポリスに到着した。

 フロリアノポリスはかなり広い町でどこに滞在するかが問題だ。一応今回のブラジル南部の旅でもっとも重視していた場所なので2泊するつもりだ。できればビーチに泊まりたいと思っていたので北部のカナスビエイラスに向かうことにした。日曜の夜だが市バスはまだ運行されているようで待っている人がたくさんいる。カナスビエイラスのバスターミナルまで直行バスに乗り、さらにビーチへは別のバスに乗り継ぐことになる。
photo4  バスターミナルは改札があり外に出なければ何度バスに乗っても一回の支払いで済む。
 まともな地図がないがカナスビエイラスビーチの中心部らしき場所でバスを降りた。メインストリートは日曜の夜だが、観光客でごった返している。通りに面したレストランや飲み屋、ショップは観光客で大繁盛だ。こんな状態で泊まるところはあるのだろうか不安だ。何軒かホテルを当たったがどこも値段は高めだ。

 部屋の設備がいいとはいえずコストパフォーマンスはあまりよくない。でも全体的に空室は多いようで値段交渉は可能なようだ。しかしホテルの数は決して多くないのにこれだけの観光客はどこに滞在しているのだろうか。

0023. まえだまさとし 2010/03/05_21:42:48
photo1  結局「ポサーダ・セントラル」という町のド真ん中の宿に泊まることにした。値下げして1泊60レアル(3000円)だが、ここより安い場所を今から探す気にはなれない。

 ブエノスアイレス以来、久々にシャワーを浴び夜のカナスビエイラスの町に出た。夕食はブラジルのポロキロ(食べ放題のバイキング)だが、ここではシーフードも目にする事ができる。
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0024. まえだまさとし 2010/03/05_22:01:50
photo1 月曜日の早朝。昨夜の謙遜が嘘のように町が静まりかえっている。

ゴミが散乱した殺伐とした町並みを掃除をする人々。南の島のリゾートの朝を思わせる。そんな中、9時頃町が動き出した。
photo2  カナスビエイラスのビーチへ出た。今日は雲がある天気で太陽は見ることができない。
photo3 宿泊している「ポサーダ・セントラル」。
photo4 とりあえず市バスでバスターミナルのあるセントロへ出ることにした。しかしバスは思ったほど本数がなく、そのくせ客は多い。ブラジルのバスはどこへ行っても行列を見る気がする。


 バスターミナルで明日出発するイグアスの滝の拠点になるフォスへ切符を購入した。そしてセントロへ出た。ここに来て太陽が顔を出し、すさまじい日差しが照りつける。湿度か高いので不快指数はかなり高い。また強風も出てきて砂をまき散らす。今日の天候は不安定だ。


フロリアノポリスのセントロのビル群。

0025. まえだまさとし 2010/03/05_22:04:10
photo1  カラフルなセントロの町並。
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photo4 セントロの教会。

0026. まえだまさとし 2010/03/05_22:06:25
photo1 カテドラル・メトロポリターナ。
photo2 カテドラル周辺の建物。
photo3 階段の向こうにある「ロサリオ聖母マリア教会」。
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0027. まえだまさとし 2010/03/05_22:08:45
photo1 フロリアノポリスの中央市場。
photo2 中央市場の中にシーフード料理を出すバーがある。
photo3 カウンター形式なので一人でも入りやすい。
photo4 サンパウロから来たおじさん。

0028. まえだまさとし 2010/03/05_22:12:27
photo1 ビールを飲みながら蠣の料理を注文することにした。
photo2 結構高く29レアル(1450円)。
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photo4 結構値は張ったが雰囲気はよく、フロリアノポリスで最大の見所だと思っていたので来た甲斐がある。
 結局天候は優れないままカナスビエイラスに戻ることにした。日中だというのにバスターミナルは1本のバスに長蛇の列だ。到着したバスはすぐに満員になる。座る余裕などなく車内に入ることが出来れば幸運な方だ。明らかに客の数に対してバスの本数が少なすぎる。

0029. まえだまさとし 2010/03/05_22:16:32
photo1 フロリアノポリスを出発する日は朝から雨。到着したときその蒸し暑さにどうなることかと思ったが、昨日から急にしのぎやすくなり少し肌寒いくらいだ。水シャワーが少し億劫だ。今日バスでイグアスの滝の拠点になるフォスへ移動するが、フロリアノポリスを出発すのは夕方4時だ。チェックアウトが11時なのでそれまで雨のしたたるベランダの外を眺めながらのんびりすることにした。

しかし太陽が出た日と出ない日でこうも気温差があるのか。到着した夜の蒸し暑さがなつかしい。
photo2 12時過ぎにバスでセントロへ向かうことにした。バスはなかなか来ないだろうと思いゆっくり向かうつもりだったが、こんな時に限ってスムーズにバスがやってくる。
 カナスビエイラスのターミナルでバスを乗り換えセントロへ。

バスの車窓からの眺め。
photo3 老朽化した「エルシリオ・ルス橋」。
今は自動車の通行はできず歩行者のみ渡る事ができるが、橋の周辺の治安が悪そうだったので渡るのは断念した。
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0030. まえだまさとし 2010/03/05_22:19:30
photo1 16時前にフォス・ド・イグアス行のバスがやってきた。バスの最終目的地はパラグアイのアスンシオンだ。クリチバ付近を経てイグアスの滝の拠点になるフォス・ド・イグアスまでは15時間の道のりだ。
photo2 フロリアノポリスのバスターミナル。
photo3 エルシリオ・ルス橋に平行に架かる橋を渡り、フロリアノポリスをあとに。
photo4 今までのバスと違い混雑が激しく、クリチバまで頻繁にバスターミナルに立ち寄りほぼ満席状態でフォスを目指した。南部は高速道路網が整備されているので走行が快適だ。

0031. まえだまさとし 2010/03/05_22:28:31
photo1 クリチバ付近で日が暮れ、その際青空が見えてきた。

山が日に焼けて美しい。
photo2 翌朝。

夜明け前の早朝7時前にフォス・ド・イグアスのバスターミナルに到着した。乗客の大半はパラグアイに行くようでイグアスで降りたのは数人だけだった。

危うく乗り過ごすところだった。
photo3 市バスで近距離バスターミナルへ出た。

中心部のビルは朝日に染まる。
photo4 フォスではターミナルから徒歩圏内の安めの宿に泊まることにした。
「SAN REMOホテル」
1泊50レアル(2500円)だ。
周辺にはドミトリー形式のホステルも多いがホテルの値段との差があまりなく敬遠してしまう。

フォス・ド・イグアスでは町の中心よりも起点となる近距離バスターミナルの近くに宿を取るのが効率的だと判断した。

0032. まえだまさとし 2010/03/07_22:12:21
photo1  当初、イグアスの滝は旅行ルートからはずしていた。一度行ったことがあるというだけの理由だったが今回モンテビデオに宿泊しなかった分、日程に余裕ができてきた。また今回の旅行は食べてばかりでこれといった観光名所に行かないまま終わってしまうのではという気がしてきた。

 そんなわけでこの際もう一度世界的観光名所であるイグアスの滝に立ち寄ることにした。
 
 2回目といことで前回と同じことをしていてはいけない。まずアルゼンチン側の滝とイタイプダムはパス。今回はブラジル側だけに重点を絞る。迫力があるのはブラジル側だけだ。
photo2  前回来たときは乾季の7月で水が少ないシーズンだった。天候も比較的安定していた。しかし今回は雨期であり一年で一番水量の多い時期でもある。天候も不安定だが、天気予報によると運良く今日明日は晴れのマークが付いていた。

 午前中に滝を見たいので市バスで国立公園ゲートへ向かった。
 シーズンなのか国立公園ゲートは大行列だ。入場料は37リエル(1850円)。一見高額だがこの手の有名な観光地として世界的に見れば安い方だ。
photo3 公園ゲートから専用の二階建てバスで遊歩道がある場所へ向かった。
photo4 また来てしまった「イグアスの滝」

0033. まえだまさとし 2010/03/07_22:12:55
photo1 とりあえず記念写真。
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photo4

0034. まえだまさとし 2010/03/07_22:16:22
photo1 遊歩道で滝の目の前まで行ける。しかしあそこまで行くと暴風雨の中を歩いている感覚になり写真撮影は不可能だ。
photo2
photo3 イグアスでもっとも激しく水が落ちる「悪魔ののどぶえ」を背に。
photo4

0035. まえだまさとし 2010/03/07_22:23:07
photo1 スローシャッターで撮影。
photo2 高速シャッター(1/4000)で撮影すると目では見えない水玉が確認できる。
photo3 イグアスの滝はやはり南米最大の見所ではないかと思う。

とにかくずっと見ていても飽きない凄まじい滝だ。
photo4

0036. まえだまさとし 2010/03/07_22:27:32
photo1 滝を上から見下ろすのも迫力がある。この滝がナイヤガラ(北米)やヴィクトリアフォール(アフリカ)以上に魅力的なのは水に色がある事だ。水の色によってまた違った迫力を感じる。
photo2
photo3 滝上に出た。煙のようなのが滝壺の水しぶきだ。
photo4

0037. まえだまさとし 2010/03/13_20:56:03
photo1 いったん公園ゲートの外へ出た。このまま市バスで帰ってしまっては前回と同じになってしまう。
photo2
photo3
photo4

0038. まえだまさとし 2010/03/13_20:59:32
photo1 今回は思い切ってヘリでの遊覧飛行に出ることにした。10分で(180レアル)100ドル。相場はともかくイグアスはマンハッタン、グランドキャニオンと肩を並べる世界有数のダイナミックなフライトを楽しめるアトラクションとして有名だ。しかし最近ヘリの爆音が滝の周辺の生態系に悪影響を及ぼすとかであまり低空飛行が出来なくなってしまった。
photo2 離陸後、滝へ一直線。

煙のようなのが上がっている場所が最大落差の「悪魔ののど笛」だ。
photo3 上空から見たイグアスの滝。
photo4 コの字型になっているのがイグアスの滝の特徴だ。

0039. まえだまさとし 2010/03/13_21:00:28
photo1 上空から見たイグアスの滝。
photo2
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photo4

0040. まえだまさとし 2010/03/13_21:05:28
photo1 低空飛行できなくなり、以前より迫力は落ちてしまった。実際乗ってみて確かにもう少し下まで行ってほしい気はしないでもなかった。とはいえ恥ずかしながらヘリコプターに乗ったのは生まれて初めてだったので滝よりも乗ることに意味がありいい経験が出来た。
photo2 ヘリポートへ戻る際、ヘリから旅客機が見えた。
photo3 旅客機はヘリポート近くの空港に着陸するようだ。
photo4 あっという間に終わったヘリの遊覧飛行の後は公園ゲートに隣接する「バードパーク」に向かった。

ここではブラジル全土の珍しい鳥が飼育されている。パンタナールで見られるくちばしの大きな「オオハシ」もここで見る事ができる。。

0041. まえだまさとし 2010/03/13_21:10:02
photo1 バードパークで見られるインコ。
photo2
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photo4 フラミンゴ

0042. まえだまさとし 2010/03/13_21:12:16
photo1 くちばしが大きいのが特徴の「オオハシ」。
photo2 人間が巨大な鳥かごの中に入るようになっているので周りを野鳥が飛び交う。

オオハシも身近に見る事ができる。
photo3
photo4 オオハシの一種。

0043. まえだまさとし 2010/03/13_21:13:51
photo1 目つきが悪い鷲もいた。
photo2 オオハシはバードパークのメインなのでいろいろな種類のがいる。
photo3
photo4

0044. まえだまさとし 2010/03/13_21:15:02
photo1 オオハシ
photo2
photo3 孔雀。
photo4 インコ

0045. まえだまさとし 2010/03/13_21:17:10
photo1 日本でも喋ったり肩に乗るインコとしてなじみ深い「コンゴウインコ」はブラジル原産だ。
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photo4

0046. まえだまさとし 2010/03/13_21:25:12
photo1 市バスでフォスの街へ戻りました。セントロのカテドラル。
photo2  夕食はホテル近くのシュラスコの店に入った。15レアル(750円)で肉が食べ放題と安い。

しかし食べ過ぎに注意が必要だ。
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photo4

0047. まえだまさとし 2010/03/13_21:33:07
photo1 イグアスの滝二日目。
夜出発予定だが、日中は滝とは関係のないパラグアイに入国しようと思う。天気は曇りだがこれから晴れてくる可能性がある。しかし今日は歩き回るので晴天を求めておらず、できれば曇りで涼しい天候を期待したいのだが、天気予報は晴れ時々雨。不安定だ。
パラグアイに入るのは2回目で、前回は国境の免税都市「シルダーデルエステ」へリオで盗まれたカメラを買いに行くのが目的だった。だが今回は前回と同じでは意味がないので首都アスンシオンへ42キロ行ったところにある日系人の街でもある「イグアス移住地」を訪問することにした。
photo2 パラグアイの日本人移住地は旅行者の間で有名だが僕自身行ったことはなかった。そんな中比較的アクセスしやすいこの移住地に今回訪問することにした。
 シウダーデルエステへ向かうバスが出発する長距離バスターミナルまで向かい、ここからパラグアイのシウダーデルエステ行のバスに乗り込んだ。
photo3 国境の橋が見えてきた。高層ビルがそびえるのがパラグアイのシウダーデルエステだ。
photo4  バスに乗ったまま国境を越えることになる。出入国手続きは日帰りの場合必要ないはずだ。最近はわからないがもし問題があったとしてもブラジルなら正直に話せば賄賂を取られたりすることもないだろう。
 橋の上は片側一車線で大渋滞が起こっている。少し時間がかかったが無事にパラグアイ側に入った。


そのままシウダーデルエステのバスターミナルまで向かった。そこからアスンシオン行のバスが頻発しているはずだ。

0048. まえだまさとし 2010/03/20_20:00:37
photo1 シウダーデルエステのバスターミナルに来た。

パラグアイのお金がまったくないので近くにいる両替屋で20ドルを現地通貨グアラニーに換金した。これを手にアスンシオン行のバスに乗ることになる。
 しかしブラジルでは一度も言われたことがないのにパラグアイでは到着後5分もしないうちにチノ攻撃だ。「チノ、このバスに乗るのか?両替はしないか?」といちいち「チノ」という言葉が耳に引っかかる。スペイン語圏はともかく中米諸国やボリビア、ペルー同様先住民の多いこの国ではチノという呼ばれ方に慣れないといけないと思いつつもなんか腹が立つ。
photo2  アスンシオン行のハイデッカーバスはエアコン付きで快適だ。イグアス移住地がある42キロ地点までの値段は2ドル。車掌には42キロ地点で下ろしてもらいように伝えた。
 バスはすぐに出発。シウダーデルエステはブラジルに比べて貧しく荒れた雰囲気の町並みだが、幹線道路は整備されている。キロポストも整備され自分の走っている場所を把握しやすい。45分ほどで42キロ地点のイグアス移住地に到着した。

幹線道路沿いに開けた広大な土地がイグアス移住地だが目印は看板とガソリンスタンドしかない。日本人ばかりかと思ったらガソリンスタンドの店員はパラグアイ人だった。
photo3 イグアス移住地のガソリンスタンド。
photo4 広場には日本語の看板。

0049. まえだまさとし 2010/03/20_20:02:38
photo1  移住地の市街地に入り目についたのはスーパーマーケットと農協だ。そしてそこに出入りする東洋人は紛れもなく日本人だ。その先には鳥居がそびえ立っている。パラグアイ人が建てたらしく少しバランスが悪い鳥居ではあるがいよいよ来たなという気分にさせてくれる。
photo2 まず鳥居がある広場に面した日本人会館に挨拶に向かった。勝手に町中をうろつくのはよくないだろうという考えからだが、事務所に顔を出すとこちらに移住してまだ新しい一世の澤村さんを紹介された。ソファーに座って町の簡単な案内を受けることになった。イグアス移住地自体歴史は浅く50年とのこと。
photo3
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0050. まえだまさとし 2010/03/26_21:59:06
photo1  ちょうど時間が11時半ということで澤村さんは昼休みになる。そんなわけで町を案内してもらえることになった。
日本人会館の建物へ戻る澤村さん。
photo2 澤村さんのバイクに二人乗りさせてもらうことになる。町には農協を中心にスーパーマーケット、教会、郵便局など生活基盤が整ってる。移住地はだだっ広く野球場や屋内の運動場など文化施設も充実している。


入植30周年の記念碑。
photo3 イグアス市役所の建物。
photo4 日本の中津川市から寄付された救急車。

0051. まえだまさとし 2010/03/26_22:02:19
photo1 今の天皇が皇太子だったとき訪問されたらしくその時の記念碑が残っていた。
photo2 イグアス日本「匠」センター。
こちらには移住してきた人たちが作った民芸品が展示されている。
photo3 御輿。
photo4 手芸品の小物。

0052. まえだまさとし 2010/03/26_22:09:18
photo1  澤村さんによりとパラグアイの日系人の子供は教育水準が高く、その教育のおかげで二世、三世になってもネイティブな日本語をしゃべることができるよう教育が行き届いている。
 今、日本で日系ブラジル人の派遣切りやそれによる帰国支援など社会問題化しているが、パラグアイでも日本に相当数出稼ぎに来ているとのことだ。でも澤村さんによるとパラグアイ人で派遣切りで戻ってきた人の話など聞いたことがないという。パラグアイの日系人は日本に行っても日本語の読み書きができるし、スペイン語もしゃべれる。日本でパラグアイの日系人は単純労働ではなく通訳としても重宝されているので派遣切りとは無縁らしい。やはり教育とは重要だ。
photo2  ブラジルでも閉鎖的な日本社会は残っているがやはりそういう柵(しがらみ)みたいなものが嫌になって外の世界に出て行きたくなる日系人はいるだろう。そうやってブラジル人に同化しようと日本社会を離れ、日本語を忘れてしまった人たち。しかしそれらの人で社会で成功できる人は限られている。その結果日系人だったという特権を利用して日本に出稼ぎに来てしまい近年の惨状へと結びついている。
 そう考えるとパラグアイの日系人は模範的な移住者である。
photo3 居住区内の商店で売られていたおにぎり。
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0053. まえだまさとし 2010/03/26_22:12:04
photo1 イグアス移住地は観光名所ではないので見所は限られている。


澤村さんに最後に幹線道路沿いのスーパーマーケットに連れて行ってもらいここでお別れのつもりだった。でもスーパーにいるときスコールが来てしまった。せっかくなので近くの日本人経営の食堂で一緒に食事することにした。餃子とチャーハン、ざるそば、トンカツ、今回の旅行で初めてとなる日本食だ。店内は移住地の高校生も食事に来ていた。何でも澤村さんは高校の先生もやっているとのことで彼の生徒だった。人手不足なのかいろいろな役割分担があるようでご苦労様ですといった感じだ。今は夏休みらしく生徒たちはバイトとかしているらしい。
photo2 雨もやみ澤村さんとはここでお別れする事になった。
昼食を食べたレストランにて。
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0054. まえだまさとし 2010/03/26_22:16:37
photo1 イグアス移住地では短い滞在だったが、また違った世界を知ることができた気がする。澤村さんに礼を言い、シウダーデルエステへ戻るバスを待つことにした。やってきたのはローカルなボンネットバスで値段も来たときの半額だった。
photo2  シウダーデルエステのセントロでバスを下ろしてもらい、歩いて国境の橋へむかった。
photo3  パラグアイは台湾と国交のある数少ない国だ。
photo4 怪しい中華風の鳥居がデザインされたビルがみえる。

0055. まえだまさとし 2010/03/26_22:21:43
photo1  しかし暑い。店に立ち寄ることもなくそのまま「友好の橋」を渡った。

 免税品を購入していないか荷物検査はあったがパスポートチェックはなくスムーズにブラジルに戻ることが出来た。

 ブラジルのゲートからバスでホテルに戻った。パラグアイからブラジルに戻ると時差があり一時間進む。結構時間があると思っていたが夕方五時だ。
photo2  ホテルで荷物を受け取り長距離バスターミナルへに向かった。次の目的地はクリチバだ。しかしクリチバへのバスは満席。料金が倍のレイト(豪華バス)だけ残っていた。失敗した。昨日切符を買っておくべきだった。いつもブラジルのバスは満席になることが少ない気がしていたので油断していた。
photo3  今夜はここからクリチバ以外に移動する場所はない。逆に考えればレイトだけでも残っていたのを幸運に思うべきなのか。

 普通バスだと100レアル(5000円)なのに倍の200レアル(10000円)払うことになる。料金の差が倍は結構大きい。所要11時間なので快適に移動できるのはありがたいのだが。
 出発まで3時間バスターミナルで待つことになった。出発は21時発だ。レイトはかつて一度だけ乗ったことがある。しかしノーマルのバスが快適なのであまり価格に見合ったメリットを感じなかった。

 外観は普通のバスト同じだ。
photo4 しかし座席は一人掛けでかなりリクライニングが倒れる。ただそこまですごいというわけではない。

車内サービスとしてお菓子と水がもらえる。

0056. まえだまさとし 2010/03/26_22:26:04
photo1  クリチバへのバスは深夜にお検問があり、余計な時間を取られた。おそらくパラグアイからの麻薬が問題になっている影響だろう。しかしすべてのバスが対象なら文句もないが、抜き打ちだったようで後発のクリチバ行の格安バスがノーチェックで追い抜いていったので頭に来た。
 何で高い金を払ったレイトだけチェックを受けるのか。捜査側のフェイントか。

 結局深夜の検問のおかげでクリチバ到着が大幅に遅れた。何でバスの遅れが気になるかというと朝8時にクリチバを出発する観光鉄道に乗りたかったからだ。クリチバに到着後ホテルを探した。
photo2 ちなみにホテルはニューリスボアホテル。
photo3 部屋に荷物を置き急いで鉄道駅に行ったがすでに列車は出発したあとだった。
 今日一日クリチバで何をすればいいのか途方に暮れたが、バスで鉄道の目的地であるモヘチスに行って復路を鉄道で帰ってくればいいと気づいた。クリチバ駅で復路の列車の席を予約し、バスターミナルへ行くと12時にモヘチスへ行くバスがあるようだ。
 午前中ゆっくりする時間ができ結果オーライといった感じだ。午前中の空いた時間でクリチバでサンパウロからリオ往復のバス予約もすることが出来た。宿は良心的な値段で無線LAN使い放題で快適だ。心配したクリチバの天候も悪くはない。時折雨が降るが終始傘がいるわけではない。問題はほとんど解決したが、両替やキャッシングだけができず、現金が底をつきそうなのが不安だ。
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0057. まえだまさとし 2010/03/26_22:29:28
photo1 12時のバスでモヘチスへ向かった。高速を飛ばし1時間でモヘチスに到着した。列車の3分の1のスピードだ。モヘチスに到着後列車の出発まで2時間ほどある。とりあえず駅の方へ歩いて向かった。モヘチスは小さな町でコロニアル調の町は美しいが、歩いてすぐに見て回れる規模だ。


昼食はポロキロだが、モヘチス名物の「バレアード」というシチューのような牛肉の煮込みが含まれていた。とろけるような柔らかい牛肉は疲れ気味の胃には優しい。今朝から調子がいまいちだったが、お腹もふくれ調子もよくなってきた。
photo2  モヘチスのランドマークはマトリス教会で周辺の川沿いにたたずむ古い家々が美しい。しかし雨が降っているのでゆっくり散策できない。
photo3 早々に駅へ戻り、列車を待つことにした。モヘチスに来たのは列車に乗るためだったので町並み見学はついでだ。
 モヘチスからの鉄道は港があるパラナグアから繋がっていてクリチバへと続く。歴史ある鉄道でかつて海岸からクリチバや内陸部への交通の要衝だった路線だ。ブラジル全土に張り巡らされていた鉄道網も時代の流れか廃止の流れをたどっている。そんな中景色のいいこのルートだけ観光用の路線として存続している。あくまで観光用なので値段は高く、一日一往復のみだ。一応ツーリストクラスとエコノミークラスがあり、どちらも汚い車両だがツーリストクラスは進行方向を変えられる転換クロスシートだ。
photo4 僕が乗車するエコノミークラスは固定された質素なベンチだ。でも客はほとんどいないので席にこだわる必要はない。

0058. まえだまさとし 2010/03/26_22:30:27
photo1  午後3時定刻通りモヘチスを出発。老朽化した線路は乗り心地はよくない。
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0059. まえだまさとし 2010/03/26_22:33:53
photo1  高度が上がるにつれ雨は上がった。途中駅からの眺め。
photo2 その後車窓からは雲海を見下ろす感じになった。
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photo4 今登ってきた線路は崖にへばりついている感じだ。

0060. まえだまさとし 2010/03/26_22:35:47
photo1 列車は崖や渓谷を縫うように走行する。至る所に架かる鉄橋は最先端だったと思われる橋梁技術が用いられている。
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photo3 脱線転覆した車両が放置されていた。
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0061. まえだまさとし 2010/03/26_22:38:09
photo1 景色がいいのは最初の1時間ほどだけでその後は居眠りしながら時間は過ぎていった。
photo2 クリチバの町に戻ってきた。
photo3 午後6時にクリチバ駅に到着した。バスで行って鉄道で帰ってくるのは一般的ではないようだが、なかなか充実した1日だった。
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0062. まえだまさとし 2010/03/26_22:45:32
photo1 クリチバのセントロの方へ行ってみた。クリチバの名物は3連の牽引バス。おそらくここ以外で見たことのない珍しいタイプのバスだ。一部を除き専用の軌道を走ることになる。
photo2 バス停はチューブ状の屋根を備えたホームになっていて乗る前に料金を払うシステムだ。このおかげで乗り降りがスムーズで鉄道に近いシステム運行が実現している。とにかくブラジルには世界で認められないような独自のシステムがいろんなところで確立されている。日本とは違いレベルの低い一種のガラパゴス現象だ。このバスで中心部の方へ行ってみた。中心部はバスの専用軌道がなく少し渋滞に巻き込まれる。
photo3  クリチバの治安がいいかはわからないが、金曜の夜ということでセントロの目抜き通りは夜になっても人通りが多く、歩いていても安心だ。しかし開いてる店は少なく、ホームレスも多いので路地裏や人通りが多い場所を歩くときは注意が必要だ。
photo4 クリチバのカテドラル・メトロポリターナ。

0063. まえだまさとし 2010/03/26_22:49:26
photo1 翌朝サンパウロへ向かう。今回の旅行で2回目の週末はサンパウロで過ごすことになる。

 ホテルで朝食を取り、チェックアウトをすませた。 クリチバを10時のバスで出発した。途中、食事休憩を一回取って7時間後の午後5時にサンパウロに到着した。
photo2 地下鉄でバスターミナルのあるチエテから東洋人街のあるリベルタージュへ向かった。
photo3 リベルタージュ広場。そして約1年ぶりの東洋人街。土曜ということで商店は閉まっているとこが多いが、露天なども出ていて人通りは多くにぎやかだ。
photo4

0064. まえだまさとし 2010/03/26_22:51:03
photo1  今回サンパウロでの宿泊先は常宿の「ペンション荒木」はやめ、イグアス移住地の澤村さんが勧めてきた台湾系の「萬里ホテル」に泊まることにした。

 フロントには台湾系の日本語を喋る人がいて言葉に不自由はなさそうだ。料金は77レアル(3850円)だが前払いすると一割引してもらえるサービスがある。
photo2  良心的な値段だが設備は中級クラス並で部屋は広く窓からの見晴らしがいいのが気に入った。
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0065. まえだまさとし 2010/04/10_21:32:43
photo1 この日の夕食は日系商店でのり巻き。
photo2 東洋人街にはシュラスコの屋台なども出ていて夕方になってもにぎやかだ。
photo3
photo4

0066. まえだまさとし 2010/04/10_21:38:09
photo1 翌朝。
今回の旅行で二度目の日曜日。
毎日が日曜日みたいなものだが、旅行中にも休みが必要だ。特に南米では日曜日はあまり動き回らない方がいい。どこに行っても店がしまっていて何もないのでストレスがたまる。
リオなど日曜日は地下鉄も停まってしまう。

 サンパウロに何回か来ているが日曜に来たのは初めてかもしれない。日曜は東洋人街で「日曜市」というのが開かれている。他の場所はゴーストタウンだが、リベルタージュ広場はたくさんの屋台が出て観光名所になっている。
photo2 今川焼やたこ焼きの屋台が目を引く。これらの店は人気があるようで行列もできていた。この市は夕方まで開かれるようだ。
値段は高めだ。
(1R$=50円)
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photo4 今川焼きを買ってみた。一コ2R$(100円)

0067. まえだまさとし 2010/04/10_21:41:59
photo1 リベルタージュから歩いて数分のサンパウロのカテドラル・メトロポリターナへ行ってみた。セー広場にありここがサンパウロのへそだ。
photo2 ちょうど11時から礼拝が始まった。ブラジルでは無機質で近代的なカテドラルが多いが、サンパウロのものはヨーロッパと同じように重厚な伝統のある建造物だ。
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photo4 聖母マリアのモザイクが刻まれたステンドグラス


0068. まえだまさとし 2010/04/10_21:45:50
photo1 セー広場をいったん離れる事にした。
photo2 サンパウロのカテドラル・メトロポリターナ。
photo3 カテドラル周辺は観光客で賑わっているが、少し離れたサンパウロのセントロの商店街はこのような状態だ。
昼間だというのに誰も歩いていない。中南米では一般的な光景だ。だから日曜日は旅行も休んだ方が良い。
photo4 このような場所で強盗に遭いやすいので注意が必要だ。マクドナルドも休業中。

0069. まえだまさとし 2010/04/10_21:49:22
photo1 地下鉄でリベルタージュへ向かった。

セー駅は東西南北の路線が直角に交わり、中心部が吹き抜けになっている。
photo2 遅めの昼食は東洋人街でラーメンを食べる事にした。ラーメン「和」という店でみそラーメンを食べたら結構美味かった。

昔行った「あすか」はいまいちだったがここは日本にあっても十分やっていける人にお勧めできるラーメン屋だと思った。日曜の昼時ということで地元の日系人や観光客で繁盛している。値段は安くないのに景気がいいようだ。
photo3 夜のリベルタージュ。日本に戻ってきたような錯覚に陥る雰囲気だ。

サンパウロ(ブラジル)にて。
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0070. まえだまさとし 2010/04/10_22:07:52
photo1 (2月15日)
この日、いよいよ最終目的地のリオデジャネイロへ向かう。今回の旅の目的のひとつは「リオのカーニバル」だ。

 サンパウロを朝9時発のバスでリオデジャネイロに向かった。クリチバで事前予約していたバスだが、結構空席が目立つ。日中の便は人気がないのだろう。カーニバル期間中とはいえリオに出入りする交通機関にはあまり影響はないのかもしれない。

 実際サンパウロは日常の平日の朝といった感じで街があわただしく動き出し、カーニバル期間中を感じさせるものは何もなかった。
photo2  サンパウロから昼食休憩を挟んで6時間半後にリオデジャネイロに到着する。
 リオデジャネイロに到着したのは午後3時半。今日は大半をバスで過ごし、昼間の時間を有効利用しなかったがカーニバル期間中は昼夜が逆転するのでバスで少し寝ておきたいという思いもあった。
 今夜7時にリオデジャネイロに到着する友人のTさん他2名と合流しカーニバルを一緒に見に行く約束をしているのでこれからが長いのだ。
 日中のリオデジャネイロのバスターミナルは普段と変わらない賑わいでカーニバル期間中という感じはあまりしない。バスターミナルは一部改装されバス会社のブースが広くなり全体のスペースに余裕ができたように思う。そのおかげで混雑が解消されたのかもしれない。
photo3  とりあえず1泊分の荷物以外はバスターミナルに預けることになる。身軽になりビーチへのバスに乗り込んだ。
 バスはセントロを経由したが、店が全く開いていない。普段の日曜日以上に人気がない。みんな寝ているだけなのだろうか。一定の場所に人が集まっているだけなのか。このような閑散とした街を見ているとホテルも探せばあるのではないかと思ったりする。とにかくカーニバルという名前に圧倒されホテルがないだのチケットが馬鹿高いだの近寄りがたい雰囲気はあるが、実際来てみるといろいろなことが見えてきて、実はそれほど大混乱しているわけではないと感じ取ることができる。車もほとんど走っておらず、普段あり得ないくらいの猛スピードでセントロを抜けた。
 写真はボタフォゴ海岸を行くバスの車窓。
photo4  30分もしないうちにトンネルを抜けコパカバーナビーチに出た。
 バスは海岸線の道路にでた。ビーチはすごい人だ。とはいえ街中は食べ物屋以外すべて休業だ。
 とりあえずコパカバーナビーチでバスを降りた。

0071. まえだまさとし 2010/04/10_22:09:16
photo1 ビーチ沿いの道路は歩行者天国になっていて、なにやら盛り上がっている。
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0072. まえだまさとし 2010/04/10_22:11:41
photo1 そのあたりにいる見ず知らずの人と意気投合できるのもブラジルの良いところだ。ただし荷物には常に気をつけないといけない。
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photo3 ビーチの方へ行ってみた。
photo4 カーニバルバーションの砂の城。

0073. まえだまさとし 2010/04/10_22:13:46
photo1 いつもに増して大混雑のビーチは中をまっすぐ歩くこともままならない。水辺にたどり着くのも至難の業だ。でもこの程度の混雑は予想の範囲内で歩いてイパネマの方に向かった。今回はビーチに出ることもないと思い長ズボンできてしまったが、こんな暑苦しい格好をしている人は誰もいない。
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photo3 イパネマも海岸通りは歩行者天国でみんな踊っている。
photo4 イパネマの町中の公園もこの有様だ。

0074. まえだまさとし 2010/04/10_22:26:59
photo1 大混乱するイパネマビーチ。
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photo4

0075. まえだまさとし 2010/04/10_22:29:04
photo1 みんなテンション高すぎでついていけない。
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photo4 もう日が暮れる。

そのまま待ち合わせ場所であるシェラトンホテルへ向かった。結構な距離を歩いたのでいい時間になってきた。


シェラトンはあの山の麓にある。

0076. まえだまさとし 2010/04/10_22:32:21
photo1 ビーチを山に向かってひたすら歩く。
photo2 ホテルは近い。あの建物がシェラトンだ。リオでは珍しくプライベートビーチを持つリゾートホテルだ。
photo3 数時間かけてあのビーチの先端から歩いてきたのだ。
photo4  シェラトンに到着した。

 イグアスの滝から到着するTさん一行との待ち合わせ場所はこのシェラトンリゾートホテルだ。プライベートビーチ完備でリオの中でも隔離されたロケーションに位置する。少し街から離れているので周辺に店がないく多少不便ではある。

 流しのタクシーも空車を捕まえるのは難しいかもしれない感じだ。とりあえずエアコンの効いたホテルのラウンジで待つことにした。

0077. まえだまさとし 2010/04/13_20:39:41
photo1 夜9時過ぎにTさん一行3人が到着した。Tさん以外とは面識がなく初対面となる。この4人でカーニバルを見る約束をしていた。そんな中一番のネックが宿泊先だったのだ。馬鹿高い宿泊代を4人でシェアすることで安くすますことができる。

結果的にレブロンビーチのはずれにあるシェラトンホテルに泊まることになった。1泊45000円のトリプルルームだが4人でシェアすれば一人11250円だ。カーニバル期間中、リオでホテルの値段が表示されていたのがここだけだったというのが決め手だが、それにしても高い。一人だと絶対泊まれない値段だ。
photo2 実際部屋に行くと老朽化し設備や部屋の狭さなど値段の価値は見いだせない。でも21階のイパネマビーチビューの部屋を与えられたのでバルコニーからの眺めは最高だろう。明日の朝が楽しみだ。

 今までリオに何回か来ているが、泊まっている部屋からこの眺めが見られる日が来るとは思いもしなかった。
photo3  部屋でゆっくりする間もなくタクシーでカーニバルのメイン会場であるサンボドロームへ向かう。しかしホテルの前で客待ちしていたタクシーはメーターで行こうとしない。予想通りといっては何だがリオでメーターを倒されないのは初めての経験だ。言い値は60リエル(3000円)とメーターの倍以上だ。カーニバル期間中であることを実感させられる。
 でもホテルが不便な場所のためここから出るには客待ちタクシーしかない。値引きにも応じてもらえずあきらめて乗り込むことになった。たぶん他のタクシー運転手と値段の協定を結んでいて値引きはしないことになっているのだろう。黙っていても客は来るのだから値引く必要はない。南米はぼったくりも横のつながりがしっかりしているようだ。今回ばかりは仕方ないだろう。我慢だ。
photo4  タクシーで30分ほど走り、リオのカーニバルのメイン会場である「サンボドローム」に到着した。

0078. まえだまさとし 2010/04/13_20:42:55
photo1 リオのカーニバル2010。
とうとうここまでやってきた。ブラジル観光の最高峰的存在だ。
photo2 タクシーを降りたら早速チケット売りが声をかけてきた。チケット探しには苦労しないようで少し安心した。問題の値段だが一番よくない席で50リエルから70リエルといったところか。比較的いい席でも300リエル(15000円)といった感じだ。カーニバル3日目。予想していた以上に値段が安いことに一安心。この程度なら余裕で買える値段だ。どの席にするかだが、朝までいるなら高い席もいいが、おそらくそんなに長くはいないだろう。どんな感じか観覧席やカーニバルの雰囲気を味わえればいい。安い方の席「セクター13」に50レアル(2500円)で入場することにした。
photo3 カーニバルが開始される合図の花火。爆音が轟く。
photo4

0079. まえだまさとし 2010/04/13_20:45:02
photo1 チケットを手にゲートへ。
photo2
photo3 カーニバルのゲートは簡素なつくりだ。
photo4 カーニバルはすでに始まっていてスタンド内に入るとすごい熱気だ。

0080. まえだまさとし 2010/04/13_20:48:43
photo1 リオのカーニバルは朝5時くらいまで延々と続く。
photo2 確かに華やかだが、少し遠いので見えにくい。
photo3 カーニバルといっても遠くからパレードを眺めている感じだ。

もう少し近い席の方が好かったのだろうか。
photo4

0081. まえだまさとし 2010/04/13_20:53:17
photo1 カーニバルの踊り子は審査員のいるスタンドの前で最高の踊りを見せる。

それにしてもスピードが遅く、同じようなのがずっと続くので少し飽きてきた。
photo2 結局3時間ほど見学して深夜1時過ぎに会場をあとにした。
photo3  帰りにタクシーでセントロのリオブランコ通りに立ち寄った。ここでもカーニバルが行われると聞いていたからだ。しかしすでのカーニバルは終わってしまったのかゴミが散乱して汚い。でもよく見ると通りで若者が勝手に踊っている。派手な衣装などはなく写真を撮りたいようなのはない。狂ったようなのが多いので治安も悪く荷物が心配だ。

 
photo4 これでは昼間のイパネマで見た騒ぎと同じだ。みんな疲れているのでタクシーでホテルに戻ることにした。
 僕はエキストラベッドで寝ることになる。やはりカーニバルを見たあと戻る宿があるとホットする。

 Tさん以外初対面だが夜遅いので彼らとの話は明日にして早めに就寝。とはいえ深夜3時近い。

0082. まえだまさとし 2010/04/15_20:40:49
photo1 翌朝。

 朝8時には目が覚めてしまった。みんなは昼まで寝てるようなので一人でレブロン海岸を見下ろせる場所まで散歩することにした。

見晴らしのいい場所にあるファーストフードの屋台で朝食を済ませることにした。ホテル代には朝食は含まれていないのだ。
photo2 青い空と白いビーチがまぶしいシェラトンホテル。
photo3 ホテルのバルコニーにて。
photo4 バルコニーからの眺め。

0083. まえだまさとし 2010/04/15_20:43:17
photo1 12時にチェックアウトをすませた。荷物は夕方までホテルに預かってもらうことにする。今日は一緒にカーニバルを見に行った4人で行動することになる。


とりあえずコルコバードの丘へ。電車は長蛇の列だったためミニバスで丘を登った。
photo2 ミニバスを乗り継ぎほとんど待つことなくコルコバードの丘に登った。
photo3 リオを象徴する眺め。何度来ても感動する場所だ。今度は夜景かヘリに乗りたい。それにしても暑いしすごい人だ。長居できないので丘を降りることにした。
photo4

0084. まえだまさとし 2010/04/15_20:47:00
photo1 山麓の駅にいたユニークな物売りたち。
photo2
photo3 ホテルへ戻る途中、リオデジャネイロ最高級ホテルであるコパカバーナパレスホテルに立ち寄った。純白の外壁がまぶしい。
photo4  ホテルで荷物を受け取り、出発したのは夜7時前。
僕はバスターミナルへ向かうがTさんと同じ空港バスに乗り、途中で降りることになる。
 バスはかなり時間がかかりボタフォゴまで終始渋滞に巻き込まれたがその後は早い。セントロをあっという間に抜けバスターミナルへ。バスを降りるつもりが話をしていたらうっかり乗り過ごしてしまった。後で考えたら運転手に僕だけバスターミナルで降りると告げていなかったのだ。誰も乗り降りがなかったのでそのまま通過してしまったのだ。しかたなく一度空港へ行くことにした。空港でTさんを見送り再び同じバスでバスターミナルに戻ることになった。少しヒヤヒヤしたがサンパウロ行きのバスには間に合う事ができた。

0085. まえだまさとし 2010/04/15_20:47:31
photo1  リオデジャネイロでの滞在は1泊だったがその宿泊先が決まっていたおかげでカーニバル期間中にもかかわらずゆとりのある滞在ができた。ゆっくり休む場所があるのは重要だ。おかげで翌日もそれなりに充実した時間を過ごせた。大人数で移動したおかげてタクシー代も節約できたし、有意義なひとときだった。
photo2
photo3
photo4

0086. まえだまさとし 2010/04/15_20:52:30
photo1 昨日リオを出たのが21時半と早く、早朝4時前にはサンパウロに到着してしまった。24時稼働しているのでバスターミナルにいる分には問題ない街には出られない。とりあえずペンションにはあまり早く行かない方がいい。

 6時半頃、空が明るくなってきたので地下鉄でサンジョアキン駅へ向かった。今回は荒木の隣の宿でもいいかなと思っていた。でも荒木の前を通ったら日本人旅行者を見送る荒木のおばさんとばったり鉢合わせになってしまった。さすがに通り過ぎることはできず、ベッドもありそうなので昼寝させてもらうことにした。夕方の6時までの滞在ということで前回同様安くしてもらい夕方までくつろぐ事ができほっとした。
 写真がペンション荒木。
photo2  シャワーを浴び仮眠だ。しかしこの時期はカーニバルの影響で日本人旅行者が多く、世界から南米へ渡ってきた長期旅行者があふれかえっていた。これだけ混雑している荒木は初めてだ。

 昼はだらだら同室のおじさんと話をしたりして時間を過ごた。


 昼は中国人のラーメンを食べに行ってみた。薄味で中華そばといった感じだが具は多くなかなかいける。
photo3  夜の7時前に出発するつもりだったが夕方大雨が降り出した。やみそうにもなく、待っていても仕方ないので駅まで傘をさして出発することにした。サンジョアキン駅は構内から傘がなくて外に出られない人であふれていた。人集りをかき分け地下鉄のホームへと下った。時間は遅めなので電車はそれほど混雑しておらずタツアッペ駅までスムーズに向かう。

 地下鉄は地上に出たが雨はいっこうにやむ気配はない。タツアッペ駅で下車し、空港バス乗り場に向かったらバスはすでに停まっていて座ることができた。バスはすぐに出発。夜8時空港には到着した。
photo4 荒木を出て1時間ジャストだ。スムーズに空港へ向かう最高の流れだったようだがこういう日はなかなかないだろう。
 ユナイテッドのチェックインも質問は相変わらずだが、その後の優先手続きをフル活用して全く並ばずに出国審査へと向かった。出発時間まで3時間近くあるのでラウンジでくつろぐことにした。機内食はろくなものしかないのでここである程度腹ごなししておきたい。
 22時。早めに搭乗口へ向かった。シカゴまでは12時間。空席が多く2席を独占できたおかげで熟睡できた。

0087. まえだまさとし 2010/04/15_20:57:09
photo1  到着前の機内食は相変わらず貧相だ。12時間のフライトにもかかわらずだ。東南アジアの国内線でこれよりまともなんじゃないかと思う。

 シカゴに到着したのは夜明け前だった。ブラジル時間では朝の10時なので十分睡眠を取ることができた。シカゴで一度入国し国内線でロサンゼルスへ向かうことになる。ロサンゼルスまでは4時間。機内食は10ドルほどで買わなくてはならないのでラウンジで無理して食べることにした。ユナイテッドのレッドカーペットラウンジは朝食時だけパンが置かれている。
photo2  ロサンゼルスでは乗り換え時間は2時間しかない。結構慌ただしく東京行きの便に乗りついだ。東京までは再び12時間。機内はサンパウロからとは一転、結構混雑している。昼間のフライトのため機内では全く寝られずサンパウロから約30時間。午後4時過ぎに東京に到着した。
photo3  しかし成田に到着してからトラブルが発生した。荷物を受け取りにターンテーブルへ行ったらホワイトボードに僕の名前が書かれていた。確認した荷物がまだロサンゼルスにあるということだ。いわゆるロストバゲジだ。積み忘れたらしい。帰国後だったから良かったものの、これが出発時ならたいへんな事になっていた。空港スタッフに文句を言っても仕方ないのでおとなしく手続きだけして帰ってきた。何らかの補償も要求しようと思ったが、困る事が思い浮かばず強く出る事はできなかった。荷物は明日到着次第配送してくれるとの事だ。結果的には身軽な状態で帰国する事ができたのはよかった。
photo4  このような出来事は過去一度だけだ。2001年の1月。しかも前回はマレーシア航空で成田に荷物を積み忘れるという馬鹿馬鹿しさ。アフリカやロシアなどいい加減そうな国では全くないのに先進国でこういう目に遭わされるので常に油断は禁物だ。

0088. まえだまさとし 2010/04/15_20:58:13
photo1 帰国した翌日。

この日の夕方、荷物が日本に到着したとの電話連絡があった。ワシントンからの便は乱気流でけが人が出る騒ぎがあり、この日もユナイテッドのスタッフは混乱しているのだろう。

 夜8時。僕の荷物一つのために軽トラックがチャーターされ1日遅れで自宅に荷物が届いた。混載便でなかったのが航空会社の誠意の現れか。

【おわり】
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