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ユーラシア大陸横断⑦ヨーロッパ最西端の地へ(98)

0001. まえだまさとし 2010/04/28_15:00:41
photo1 「日本から飛行機を使わずにユーラシア大陸最西端を目指す」。最終章


ユーラシア大陸横断⑥(西へ)1997〜98」の続編です。
このスレッドはヨーロッパの入り口であるイスタンブールから最終目的地のユーラシア大陸最西端「ロカ岬」(ポルトガル)までの旅行と写真を紹介します。
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0002. アムステルダム ホテル 2010/05/09_05:41:32
photo1 アムステルダムへ旅行を考えているのですが、どうやって安くて安全なホテルをさがしたらいいでしょうか?
今、エクスペディアを検索していますが、ここのサイトはどのように思いますか?もし使われた方などいましたらぜひ今後の参考にしてみたいので、ご意見よろしくお願いします。
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0003. まえだまさとし 2010/05/09_16:41:10
photo1 最近はネット予約の普及で世界的に安くホテルを予約できるようになり便利になっています。
エクスペディアのサイトは利用したことはないのですが、値段や口コミを参考に満足できれば利用してもいいと思います。
宣伝するつもりはありませんが、私がよく使うのは「agoda」で安宿も出てきます。あと比較的高級なホテルなら「HIS」のホテル予約サイトが他に比べ安く感じます。それ以外にもアップルやガリバーなどまずホテルを決めてそれをいくつかのサイトで値段比較するのがいいと思います。値段比較の際、朝食が付くか付かないかも基準にする必要があります。
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0004. まえだまさとし 2010/05/11_20:45:22
photo1 イスタンブールを出て最初に向かったのはブルガリアのヴァルナです。
夜行バスで向かいました。

ヴァルナは共産主義的な雰囲気が色濃く残る黒海沿岸の街だ。街の中心にはロシア寺院もそびえている。
photo2 ヴァルナから鉄道でブルガリアの首都ソフィアへ向かいました。夜行列車ですが簡易寝台で600円ほどと値段はリーズナブル。
写真は翌朝到着したソフィア駅構内。
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0005. まえだまさとし 2010/05/11_20:48:59
photo1 ソフィアの人民文化宮殿。
photo2 ソフィの観光名所であるアレクサンダル・ネフスキー寺院。
photo3 ソフィアから再び夜行列車でユーゴスラビアの首都ベオグラードへ移動しました。

写真はベオグラード駅舎。
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0006. まえだまさとし 2010/05/11_21:03:21
photo1 ベオグラードを夜行バスで出発し、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボへ向かいました。敵対する2国間にバスが走っていたことに驚いたが、ベオグラードからのバスの目的地はサラエボ郊外のセルビア人支配地区のパレだった。
ボスニアヘルツェゴビナにありながら流通する通貨や民族構成はユーゴスラビア・セルビア共和国に依存している。一応ボスニアの中のセルビア人共和国という位置づけだが、承認している国はない。
photo2 4時40分。バスで早朝のパレに降り立った。しかしバスターミナルのようなものはなく、住宅地の空き地で何もない。しかも寒い。

ここからサラエボへはタクシーを使わなくてはならないようだ。サラエボまでは峠を越えることになる。20ほどでサラエボ東端に到着。タクシーはセルビア人なので僕をおろし一目散に帰っていった。

サラエボにやってきたが夜明け前ということであまり実感がわかない。しかし周りを見渡すと破壊された建物や銃弾のあとがあちこちにみられる。

 とりあえず戦時中も営業を休まなかったホリディインのロビーで夜明けまで暖をとることにした。
黄色い外観が印象的だ。
photo3 サラエボで滞在した宿。「KONAK」で1泊25マルク(1750円)。
photo4 破壊された中心部のツインタワー。戦時中は炎上するその姿に悲惨さを感じた。まさに文明国の戦争を象徴した建物だった。

0007. まえだまさとし 2010/05/11_21:04:16
photo1 こちらの建物も派手に破壊された。トラムは通常通り運行されている。
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0008. まえだまさとし 2010/05/15_17:13:30
photo1 廃墟になった街の中心部のサラエボ・オリンピックの看板がむなしく見える。
チトーという強力な指導者の下ユーゴスラビアはまとまりを見せていた。そして1984年の冬季オリンピック。民族融和の象徴の地としてサラエボが選ばれたが、14年後この有様だ。

民主化は民族主義を生み戦争へとつながる典型的な例だ。ユーゴスラビアは完全に崩壊してしまった。
photo2 サラエボの裏山に登ってみた。かつてはロープウェイが通っていたようだが今は運休中だ。
photo3 仕方なく歩いて上ることにした。
photo4 サラエボの子供たち。

0009. まえだまさとし 2010/05/15_17:15:50
photo1 丘の上からの眺め。どこに行っても黄色いホリディ・インの建物が目を引く。
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photo3 しかしどこに行っても破壊された家が目にはいる。
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0010. まえだまさとし 2010/05/15_17:17:23
photo1 住宅街の集合住宅にも生々しい銃弾の後が見られる。
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0011. まえだまさとし 2010/05/15_17:20:45
photo1 サラエボ駅にやってきた。現在サラエボ駅は閉鎖され列車の運行再開のめどは立っていない。
photo2 駅舎内部も銃弾の跡が残っている。
photo3 ホームに残された客車はさび付いていた。
photo4 サラエボで比較的活気のある市場。戦争中はロケット弾が打ち込まれたりしたこともある。

0012. まえだまさとし 2010/05/15_17:24:23
photo1 サラエボのトラム。トラムは全系統が復旧し、市民の重要な足になっている。
photo2 サラエボの町並み
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photo4 サラエボで一泊した後、駅に隣接するバスターミナルからバスで南部のモスタルに向かいました。現在鉄道が走っていない以上バスがこの国唯一の交通手段だ。

0013. まえだまさとし 2010/05/15_17:38:25
photo1 サラエボからバスで2時間。ボスニア・ヘルツェゴビナ第二の都市モスタルにやってきた。モスタルは警告沿いに街が広がるのどかな街だった。しかしここも戦争により街は壊滅状態になってしまった。
この町はムスリム人とクロアチア人との間で戦争が行われた。

モスタルではトルコ系ムスリム人のオメル・ラキシーさんの家の世話になった。
photo2 ムスリム人側の町にて。
街は落ち着きを取り戻し、観光客を受け入れる体勢が進みつつある。

この渓谷に有名なトルコ橋がかかっていたが戦闘で破壊されてしまった。

川の向こう側はクロアチア人居住区になっている。
photo3 橋を越えクロアチア人地区に行ってみた。橋の上からの眺め。のどかな町並みが広がる。

橋を越えると住民だけでなく流通する通貨も違ってくる。橋を越えるとボスニア・ヘルツェゴビナであるにもかかわらずクロアチアの通貨「クナ」が流通する。
photo4 町の中心部にかかるメインの橋も戦闘で破壊されたので今は仮設橋になっている。

0014. まえだまさとし 2010/05/15_17:41:02
photo1 モスタルのクロアチア人居住地区に出たら一体は廃墟になっていて言葉もない。
とにかく徹底的に破壊されていた。
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0015. まえだまさとし 2010/05/15_17:43:03
photo1 時折、装甲車が巡回している。
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photo3 クロアチア人地区の高台に上ってみた。
photo4 どこに行っても破壊された建物ばかりだ。この街の復興にはしばらく時間がかかりそうだ。

0016. まえだまさとし 2010/05/15_17:44:52
photo1 モスタルの町並み。
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photo3 ムスリム人側にある駅に行ってみた。もちろん列車は運行されていない。
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0017. まえだまさとし 2010/05/31_22:14:31
photo1 モスタルからアドリア海に面した要塞都市「ドブロブニク」にバスで移動した。

アドリア海の真珠と呼ばれるヨーロッパ人のための高級保養地だがここも戦争の影響で街が破壊されてしまった。

クロアチアに入ってから町並みがより西欧的になった感じだ。

ドブロブニクの旧市街。
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photo3 ドブロブニクの裏山に登ると要塞都市の全景を眺めることができる。

かつてはロープウェイで上ることができたがこれまた戦争で破壊されてしまった。登山道は整備されているとはいえないが、上るのはそれほど大変ではない。


ここからの眺めは最高だった。今回の旅行でもっとも印象に残った眺めだった。
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0018. まえだまさとし 2010/05/31_22:19:16
photo1 山頂には破壊されたロープウェイの駅。
photo2 山頂駅からの眺め。
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photo4 斜面にはゴンドラの残骸が転がっている。これではロープウェイは新しく作り直さないと復活するのは無理だろう。

ドブロブニクが再び観光客でにぎわう日が来ればまたロープウェイが建設される可能性もある。

それだけこの場所は魅力的な場所だと思うし、早く復興することを願いたい。

0019. まえだまさとし 2010/05/31_22:23:05
photo1 ドブロブニクではバスターミナルに客引きに来ていたプライベートルーム(民宿)のおばさんの家に滞在していた。その家は要塞から少し離れていたので観光に行く際は少し歩くことになる。


要塞の外からの眺め。
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photo3 ドブロブニクからイタリアのトリエステへ向かうばす。
いよいよ西欧先進国に入国することになる。バスは途中スロベニアを通過したが、バスの外へ出ることはなかった。一応入国審査を通過したので訪問した国としてカウントすることにした。
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0020. まえだまさとし 2010/05/31_22:32:21
photo1 翌朝イタリアのトリエステに到着。そのまま鉄道でベネチアへ向かった。

ちょうどイースターと重なりベネチア駅は観光客でごったかえしていた。果たして宿はあるのか心配だったが何とか安めの宿を見つけた。

値段は9万リラ。6300円もする。もう長居はできない。でもホテルは値段相応の清潔さ。半年間旅行を続けてきたがホテル代として今までで最高額だ。
photo2 ベネチアのランドマーク。サンマルコ広場。
photo3 ベネチアの街は乗用車がシャットアウトされていることもあり、町中は静かだ。

水路がこの街の主要交通だ。
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0021. まえだまさとし 2010/05/31_22:33:13
photo1 しかしベネチアは街全体がテーマパークのような感じであまり生活感は感じない。路地裏に入ればそうでもないが、いまいち物足りなさを感じてしまう。
歩いている人がすべて観光客というのも居心地がよくない。とにかく町並みだけ見てこの街は満足だと思った。また物価が高いので何もできない。ま
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0022. まえだまさとし 2010/06/04_21:41:03
photo1 ミラノにやってきた。
ドーム状の屋根を備えたミラノ中央駅。
photo2 駅舎の建物は重厚で歴史を感じさせる。
photo3 地下鉄で町の中心部へ出ることにした。
ミラノの地下鉄はそれほど汚くはないのだが、たまたま乗った地下鉄車両の内部は落書きがすさまじかった。
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0023. まえだまさとし 2010/06/04_21:44:49
photo1 ミラノを象徴する大聖堂の「ドォ−モ」。
photo2 ドォーモの礼拝所。
photo3 ミラノといえばブランドやブティックが軒を連ねるガレリア・アーケードが有名だ。
photo4 アーケード内ではマクドナルドくらいしか入れる店はなかった。

0024. まえだまさとし 2010/06/09_21:47:15
photo1 ミラノからフランス国境の町ヴェンティミリアを経由してモナコに入りました。
電車でモナコ・モンテカルロ駅に到着。
photo2 モナコはカジノで有名だが街は落ち着いた雰囲気。
ヨットが停泊する入り江にて。
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photo4 モナコ王宮の守衛。

0025. まえだまさとし 2010/06/09_21:52:59
photo1 モナコからいったんイタリアのヴェンティミリアに戻り、夜行列車でスペインへ向かいました。

翌朝フランス・スペインの国境のポル・ボウに到着した。ここから線路の幅が変わるので列車を乗り換えてバルセロナへ向かいます。
photo2 バルセロナに到着。バルセロナといえばガウディ建築のサクラダ・ファミリア(聖家族教会)。
photo3 夜に再び訪れた。
photo4 バルセロナからスペインの首都バルセロナへは高速バスで向かいました。値段は鉄道の半分以下と割安です。

0026. まえだまさとし 2010/06/18_21:49:04
photo1 バルセロナからマドリードにバスで到着しました。

マドリードにはモダンな地下鉄が整備されています。
photo2 首都であるマドリードには王宮がある。
photo3 馬に乗った守衛。
photo4 王宮界隈にて。

0027. まえだまさとし 2010/06/18_21:52:57
photo1 マドリードでは宿泊せずその日の夜行バスでポルトガルのリスボンを目指すことになった。

写真はリスボンに到着したバス。
photo2 リスボンに到着した翌日。ユーラシア大陸最西端の地ロカ岬へ向かった。途中まで電車で向かいそこからバスを乗り継ぐ。

リスボンを出発すると吊り橋が見えてきた。
photo3 ユーラシア大陸最西端の駅「カスカイス」に到着。
photo4 カスカイス駅構内。

0028. まえだまさとし 2010/06/18_21:58:25
photo1 カスカイスからロカ岬行きのバスに乗り込んだ。
photo2 この日の昼前にはロカ岬到着。
ユーラシア大陸最西端。
日本から飛行機を使わずにここまでくることができた。
大阪を船で出発して185日目に目標が達成されたことになる。
photo3 ロカ岬の灯台。
photo4 とりあえず帰路につくがヨーロッパにはしばらく滞在するつもりだ。

0029. まえだまさとし 2010/08/14_21:44:34
photo1 帰りは違ったルートをとりシントラ経由することにした。
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photo3 比較的新しい車両でリスボン・カイス・ド・ソロス駅に戻ってきた。
photo4 リスボン・カイス・ド・ソロス駅

0030. まえだまさとし 2010/08/14_21:47:21
photo1 ロカ岬到達したあとリスボンの町並み見学だ。
リスボンは坂の多い町で至るところにケーブルカーが敷かれている。
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photo3 こちらは路面電車。こちらもなだらかな坂を上っていく。
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