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アフリカ南部諸国完全攻略

0001. まえだまさとし 2010/08/28_10:00:27
photo1 どのような結果になるかはまだわからない。途中でトラブルに巻き込まれ予定通り旅行が進まないかもしれない。でも目標は大きい方がいい。

 とりあえずアフリカ南部の国々を一つでも多く回りたい。

 拠点は南アフリカ共和国のヨハネスブルグになる。南アフリカへはタイ国際航空を利用。経由地のバンコクで一泊したあと南アフリカ共和国へと向かうことになる。
photo2 【8月28日(土)】

成田空港へは7月に開業した成田スカイアクセス経由のスカイライナーを使うことにした。所要36分と所要時間が短縮されたイメージだ。

日暮里駅で待っていると斬新な新型スカイライナーが入線してきた。
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0002. まえだまさとし 2010/08/31_13:24:19
photo1 さてスカイライナーだが新型車両は一見外観は斬新だが、デザイン重視が裏目に出て乗り降りに時間がかかる構造になっている。なぜ1両に扉が一つしかないのか。最低二つ。思い切って真ん中にもう一つの扉を作るぐらいしてもらいたい。それによって乗り降りはスムーズになる。
photo2 荷物置き場もそれぞれの扉脇に設置すればもう少し人の流れはスムーズだ。世界的に見て最新の空港連絡鉄道でこのような扉の少ない車両は見たことがない。少しでも定員を増やそうとした結果なのか。それによって定時運行の妨げになってしまう。基本的にターミナル駅間を行き来する列車ならこれで問題ないだろう。しかし京成の場合、大半の乗客が乗り降りする日暮里という中間駅に対する配慮が必要なのだ。それが全くない。
photo3  スカイライナーの専用ホームができたこと自体は全く乗降時間の短縮には繋がっていないのは皮肉な話だ。

 
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0003. まえだまさとし 2010/08/31_13:28:21
photo1 新型スカイライナーは終点の成田空港までは所要42分。高砂までは今まで通りチンタラ走っているが、従来の車両より揺れがないのでかなり快適だ。高砂からは北総線に入るさらに快適になった。

その後空港に近づくにつれスピードを上げ160キロ運転を始めた。新幹線のスピードに慣れているのでこの程度のスピードではそこまでの新鮮さはないが日暮里を出て30分たたないうちに成田空港到着のアナウンスが流れた。これにはスピードを感じた。
photo2  タイ国際航空のチェックインカウンターでバンコクまで荷物を預けたあと、旅行仲間の内田さんもこの週末バンコクに行くような話をしていたので電話をしてみたら同じ飛行機で今搭乗口にいることが判明した。

さっそく搭乗口で内田さんを合流することができた。座席は偶然にも前後の窓際同士で会話もできる。この時期にタイに行くという話は聞いていたがまさか同じ飛行機で席まで近いとはすごい偶然だ。
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0004. まえだまさとし 2010/08/31_13:33:42
photo1  バンコクまでは5時間半。
 現地時間の午後3時にバンコク・スワンナプーム国際空港に到着した。この時間帯は比較的混雑が激しい。入国審査状はフル稼働で行列もかなりできていた。
photo2  今月23日に空港から市内へ向かう「エアポート・レール・リンク」という連絡鉄道が開通した。早速今日この鉄道を利用することにした。空港ターミナルの地下1階に駅があり、駅へ続くコンコースには多くはないが店舗が営業し始めている。
photo3  市内への列車は快速列車と普通列車があり、料金は快速で100B(270円)だが普通なら15バーツ(40円)だ。ずいぶん値段の差があるが所要時間は20分前後とそれほど変わらない。各列車には座席配置等に少し差があるだけだ。

このスロープの先に駅があるが快速と普通列車乗り場は完全に分離されている。
photo4  自動券売機や自動改札が設置されているがそれらはまだ機能しておらず、窓口で切符を買い係員に半券を渡して改札を通過することになる。この半券は自動改札が使えるようになるまでの暫定的なものなので貴重かもしれない。

0005. まえだまさとし 2010/08/31_13:42:06
photo1  市内へはもちろん普通列車で向かった。安いのも理由だが今日の宿がBTS(高架鉄道)のサパーンタクシン駅にあるので普通列車しかアクセスできないパヤタイ駅を利用したいからだ。パヤタイ駅からBTSに乗り換えることができる。

快速列車の場合マッカーサン駅とのピストン輸送になってしまう。ここからは地下鉄に乗り継ぐ事ができるがBTSに乗り継ぐには使い勝手がよくない。。目的地によって使い分けが必要だ。
 
空港完成からずいぶん待たされたがいよいよバンコクの空港も渋滞を気にしなくてよい空港となった。列車は揺れもなく静かに走り始めた。
photo2 しかし普通列車は混雑が激しく、途中駅からも多くの乗客が乗ってくる。荷物が多いと利用するのは少し大変だ。快速列車ならスペースにも余裕があるだろうし混雑も少ないはずだ。とはいえそのわずかな快適さのために6倍以上の運賃を払うのは少し疑問ではあるが。
 途中駅は多かったがあっという間に終点のパヤタイ駅に到着した。これだけの距離をあっという間に移動してバスより安い15ーツ(40円)。バンコクの旅行事情もずいぶん変わってきたものだ。

 写真はパヤタイ駅に到着したエアポートレールリンク。
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0006. まえだまさとし 2010/08/31_13:46:32
photo1  成田から一緒だった内田さんとはホテルが別なのでBTSサヤーム駅でお別れだ。明日の夜、食事を食べる約束をした。
内田さんは国立競技場周辺の宿に泊まるらしい。
 僕はそのままサパーンタクシン駅に向かった。
photo2 ここから歩いてル・ブアット・ステートタワーホテルに向かった。ニューロード近辺のホテルで最後に残った気になる高級ホテル。この界隈でひときわ目を引く白い宮殿風の超高層ビルだ。

バンコクの下町ではいまいちマッチしない悪趣味な巨大建造物で不気味な雰囲気を醸し出している。何となくルーマニアのチャウシェスクが建てた宮殿に似てなくもない。この界隈では違和感を感じる建物だ。
photo3 ホテルのエントランスはタクシーしか入れない路地にあったが僕は徒歩でロビーに入った。ル・ブアットホテルは建物自体に真新しさは感じられないがロビーはこじんまりとして落ち着いた感じで雰囲気も悪くない。チェックインはすべてスタッフが手続きを進めてくれ、ロビーのソファーに座って待っているだけでよかった。このあたりの気配りはありがたい。手続が済むとそのまま部屋に案内された。
 スタッフによりと今夜はこのホテルはフル稼働らしく部屋がないので上層のスイートにアップグレードしてくれるとのことだ。スイートはどうでもいいが階層が高くなることで部屋からの眺めがよくなるのはうれしい。

スイートのリビング。
photo4 こちらが寝室。ちなみに値段は12000円ほどです。

0007. まえだまさとし 2010/08/31_13:50:34
photo1 部屋は53階のリバービューの部屋でバルコニーは基本的に閉鎖されているがバルコニー内で危険なことはしないという承諾書にサインすることで扉を開放してくれる。
 バルコニーの外からの眺めは文句なしで素晴らしいの一言だ。

 周辺でこの部屋より高い建物は存在しない。
photo2 夜景はこんな感じです。
photo3  夕方は約束していたタイ人の友人たちと4人でタイスキを食べに行った。大人数だとたくさんの種類を注文しても割安で経済的だ。
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0008. まえだまさとし 2010/08/31_13:57:31
photo1 【8月29日(日)】

 ル・ブアット・ステートタワーホテルの朝食は予想以上に豪華で種類も豊富だった。一流チェーン系の高級ホテルに引けをとらないメニューの豊富さだ。しかし朝からそんなにいろいろ食べられないのは残念だ。
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photo3 チェックアウトは12時なのでそれまでバンコクの街を見下ろしながらだらだら過ごすことにした。
photo4 夕方、内田さんとはサヤームパラゴンの正面口で待ち合わせをしマーブンクロンで食事することにした。

サヤームパラゴン脇の特設会場ではジャパンフェスタというのが行われコンサートなど開かれていた。特に日本人が参加しているわけではなくスポンサーが日本人というだけでタイ人が歌や踊りを披露していた。

鉄道開通のおかげで空港との行き来も苦痛ではなくなったこともあり、内田さんには空港まで送ってもらうことになった。

0009. まえだまさとし 2010/08/31_13:59:13
photo1 空港でチェックインをすませたあと内田さんの見送りをうけ出国審査場へ向かった。

明日からいよいよ南アフリカだ。ヨハネスブルグという地名は現在聞いてビビる都市名ワーストワンだ。どうなることやら。
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0010. まえだまさとし 2010/08/31_14:05:47
photo1 【8月30日(月)】

バンコクからヨハネスブルグまでの所要時間は11時間15分。時差は5時間で夜の長い移動になる。到着時間は7時30分だがバンコク時間では12時半とゆっくり寝ることができる。しかも僕の席の後ろが3席誰も座っておらず、そこに移動して肘掛けをあげ横になって眠ることができた。
 

到着前の朝食もかなり豪華な感じだ。
photo2 ヨハネスブルグ国際空港に到着した。かつてヤン・スマッツ国際空港と呼ばれていた。現在はオリバータンボ国際空港。ワールドカップを機に拡張工事が行われ巨大な空港に生まれ変わった。
photo3 空港の外はひんやりしているが半袖でも大丈夫そうだ。到着ロビーのATMまとまったアフリカランドを手にワールドカップを機に開通したハウトレイン乗り場へ向かった。この鉄道は将来的にはヨハネスブルグ中央駅に行く予定だが現在はヨハネスブルグの北に位置するサントン止まりだ。
photo4 ブブセラなどワールドカップ南アフリカ開催をイメージしたオブジェ。

0011. まえだまさとし 2010/08/31_14:08:59
photo1 この鉄道は将来的にはヨハネスブルグ中央駅に行く予定だが現在はヨハネスブルグの北に位置するサントン止まりだ。サントンまでの料金は100ランド(1200円)。改札や券売機のシステムはバンコクなどと同じ感じだ。
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photo3 列車はフランス製。列車は12分間隔で運転されほとんど待たずに乗ることができる。
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0012. まえだまさとし 2010/08/31_14:12:26
photo1 真新しい駅構内や列車内には警備員も配置されているので治安に関しては問題ない。この列車の利用者の多くは白人客だ。
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photo3 出発すると近郊電車の黄色いメトロレイルが見えた。あれだと100円くらいでヨハネスブルグ中央駅に出られる。
photo4  サントンまでは15分。途中何カ所かの駅を経由して地下にあるサントン駅に到着した。サントン駅は地下深い近代的な駅だ。

0013. まえだまさとし 2010/08/31_14:21:55
photo1 サントン駅の地上に出たらずいぶん殺風景な感じの住宅地だった。駅があるサントンは丘陵地帯に開けた新しい街だ。ヨハネスブルグ中心部の治安悪化のため都市機能がこの街に移転してきた。そのため事実上ヨハネスブルグの中心部になっている。しかし周辺は高層ビルも立っているが都会といった感じはしない。サントンの中心部「ネルソンマンデラスクエア」にいってみた。この周辺はオープンカフェなどおしゃれな店が建ち並び、高級ホテルなども建っていてヨーロッパの町並みを感じさせる。

一応巨大なマンデラの銅像の前で記念写真を撮ることにした。
photo2 さてここからどうやってヨハネスブルグ中央駅にあるバスターミナルまで行くかだ。駅のガードマンによると安全なタクシーだと200ランド(2400円)とのこと。安く行くならブラックタクシーと呼ばれる乗り合いタクシーが治安に問題がある。でも値段に負けブラックタクシーで行くことにした。
 駐車場にいたガードマンが中央駅へ行く乗り合いタクシーを探してくれすぐに見つかった。ブラックタクシーは何の表示出してないワゴン車で目的の車を旅行者が探すのは不可能だ。予想通りガードマンに10ランド(120円)のチップを要求されたが中央駅まで9ランドで行けたのでずいぶんありがたいので快く払うことにした。ガードマンは運転手に安全なところで下ろしてくれるよう伝えてくれたようだ。

写真はブラックタクシー内部。
photo3 しばらく走るとヨハネスブルグの中心部に滑り込んだ。写真はテレビ塔。
photo4 中央駅周辺は人でごったがえしている。

0014. まえだまさとし 2010/08/31_14:28:09
photo1 安全な場所で下ろしてもらうはずが、駅から離れた場所で数百メートル歩くことになってしまった。
ここがヨハネスブルグ中央駅。
photo2 ヨハネスブルグ中央駅にあるトランジットセンター。バスターミナルと中央駅は隣接しているというか同じ建物だ。
photo3 この周辺にバス会社のオフィスなどもあり、ここで事前に予約してきたハボローネまでのバスの乗車手続を済ますことにした。利用するバスは南アフリカの大手であるインターケープだ。

とはいえ出発まで6時間ぐらいある。
荷物を預けて街へ出ることにした。
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0015. まえだまさとし 2010/08/31_14:34:26
photo1 ヨハネスブルグ中央駅のかつての白人用駅前広場はヨーロッパ的な雰囲気の町並みで洗練されている。
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photo3 こちらはかつての黒人用なのか露天がたくさん出ていた。
photo4 こちらは駅前のブラックタクシー乗り場。このおじさんに頼めはチップを取られるが目的の車に連れて行ってくれる。

0016. まえだまさとし 2010/08/31_14:39:58
photo1 治安に関しては人通りの多いところを歩いている分には問題ない。基本的に南アフリカの黒人はみんな陽気でフレンドリー。あちこちから声がかかり、それに笑顔で答えながら歩いているとずいぶん楽しい町だと感じる。
 どこに行くのかとしつこく聞いてきて町を案内してこようとする輩も多い。こういう連中について行くとたいて10ランドのチップを要求されるが相手はあわよくばといった感じでそこまで強引ではない。握手して礼を言えば納得してくれる。
photo2  それにしてもヨハネスブルグの町はおしゃれなショップも軒を連ねこの町の何が問題なのかと疑問にさえ思ってしまう。


マクドナルド。
photo3 中心部は歩行者天国になっている。
photo4 ヨハネスブルグとい名前が一人歩きしてしまい、この町のイメージは最悪になっている。確かにこの町の犯罪発生率は世界一で数字がそれを実証している。ただそれは日常的なものではなく、ルールさえ守っていれば何の問題もない。ブラジルやアメリカでも同じように治安が悪いといわれる町はある。ここヨハネスブルグもそれらと大して変わらないのではと思う。

0017. まえだまさとし 2010/08/31_14:42:47
photo1 中心部にあったホリデーインやカールトンといった高級ホテルは治安の悪化で軒並み閉鎖されてしまった。
写真はカールトンセンターとカールトンホテル。
photo2 最後まで残っていた高級なカールトンホテルも閉鎖されれしまった。ホテルの入っていた建物は巨大な廃墟となり、不気味な雰囲気を醸し出している。でもカールトンセンターの展望台やショッピングモールは通常通り営業している。
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0018. まえだまさとし 2010/08/31_14:56:29
photo1 中央駅に戻り、バスを待つことにした。
14時30分のハボローネ行きバスは満員で座席もあまり快適ではないが、安いので仕方ない。値段は180ランド(2160円)。

ハボローネまでは所要6時間だ。
photo2 一度ドライブインで休憩をとった。
写真はインターケープのバス。
photo3 日が暮れた午後7時半ボツワナ国境にさしかかった。手続はスムーズで荷物はバスに載せたままで各自出入国事務所で手続を済ませた。
 国境からハボローネへは目と鼻の先。30分もしないうちに終点のガソリンスタンドに到着した。ここから宿までは隣り合わせた女性にゲストハウスまでの予約を電話してもないピックアップも手配してもらったのでホテルにはスムーズに向かうことができた。

しかし彼女の紹介されたホテルは中心部から離れていて値段も350プラ(4000円)と高めだ。
ハボローネでは安宿がならしいので今夜だけ我慢だ。
photo4 時差ボケのおかげで眠気はピークだ。

0019. まえだまさとし 2010/09/04_00:27:18
photo1 【8月31日(火)】

ボツワナは南アフリカ共和国がアパルトヘイトに明け暮れていた時代から黒人による安定した民主国家が確立していて、ダイヤモンドや希少金属などが埋蔵している資源国であり、その富が国内のインフラ整備など国民生活に分配されている模範的な国だ。アフリカでは資源が豊富な国にろくな国はないがボツワナはそういう国とは一線を画してきた。
 とはいえボツワナの見所は北中部の国立公園が中心で首都ハボローネの見所は特に何もない。安宿などもないため安く旅行するのは大変だ。昨夜から滞在している宿もおそらくハボローネ最安値だが4000円くらいする。

写真がその宿。
photo2 見所はないがせっかく来たので街の中心部くらいは歩きたい。
 昨日車でここまで連れてこられたため宿が街のどこにあるのかわからない。宿の人に聞いて何とか居場所を把握し、近くの大通りから乗り合いのコンビで中心部へでられるらしい。

コンビでバスターミナルに到着した。
photo3 バスターミナル。
photo4 バスターミナルから繁華街のザ・モールへは線路を渡った反対側だ。

0020. まえだまさとし 2010/09/04_00:43:04
photo1 周辺は政府庁舎や大使館も建っている。計画的に作られた町でだだっ広く、歩くのが疲れる街だ。
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photo3 中心部ののモールは露天で土産物が売られたりファーストフード店などもあり、人でにぎわっている。しかし端から端まで歩いてもあっという間だ。とりあえずハボローネの中心部に来たということですぐに宿へ戻ることにした。
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0021. まえだまさとし 2010/09/04_00:48:48
photo1 午後バスターミナルに向かいました。

ボツワナでも日本の中古バスをよく目にします。
photo2 バスターミナルまで送ってもらったアフロの運転手。
photo3 14時30分のフランシスタウン行きのバスに乗り込んだ。30分おきに出ているので便利だ。人の移動が激しいのかバスは混雑が激しい。またボツワナも周辺国同様失業率は高いのかバス乗り場には物売りがたくさんいる。その中の一人から昼食のフライドチキンを購入した。
 フランシスタウンまでは400キロ以上ある。でも道路は整備されているのでバスで5時間ほどだ。途中何カ所かの町を経由して夜の8時にフランシスタウンに到着した。
photo4 ここからタクシーで「TATI RIVER LODGE」のキャンプサイトに向かった。走ること数分。ロッジのゲートに到着した。セキュリティーはしっかりしているようで内部は部外者が立ち入れないようになっている。敷地内にはコテージやレストランも建っていてちゃんとした部屋に泊まると100米ドルほどする。かなり広大な敷地で一番奥にキャンプサイトがあった。今夜キャンプをしている客は誰もいないようですこし寂しい感じだ。僕のテントだけポツンと張ることになる。
 キャンプサイト用にトイレとシャワー設備もあり、シャワーは熱いお湯が出て快適だ。これで600円ほどなのでかなりコストパフォーマンスがよい。プライバシーもあり、体を伸して眠ることもできる。

0022. まえだまだとし 2010/09/04_00:55:12
photo1 【9月1日(水)】

 さすがにテントはすこし寒かった。でも日差しと共に気温も上がり出す。
 
photo2 TATI RIVER LODGEはこんなゲートの内部なたたずむ。
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0023. まえだまさとし 2010/09/04_01:12:51
photo1  今日はジンバブエのブラワヨに移動することになる。ジンバブエは初めての国ではないが、もはやかつてのジンバブエではない。かつてはアフリカ有数の穀物輸出国だったにもかかわらず、白人農場の土地接収に始まる国内経済の崩壊と海外からの経済制裁。そして空前のハイパーインフレ。この国のすべてが崩壊してしまった。とにかく日本に入ってくるジンバブエのニュースは悲惨な状況以外のなにものでもなかった。それにもかかわらず独立以来大統領はずっとその地位に居座っているのがまたすごい。
photo2  ロバート・ムガベ大統領。まさにアフリカ最強の独裁者といってもいい。アフリカ独立運動の英雄でもあり周辺諸国は表だって彼を批判できない背景がある。イギリス領南ローデンシアの独立とその後の白人との融合によるジンバブエの経済発展。この国がもっとも輝いていた時期に僕は訪問している。あの当時は観光資源にも恵まれたこの国は旅行者とって天国だった。
 それから15年。いったいこの国はどうなってしまったのか。ハイパーインフレなどはなくなり、今では周辺の外国通貨が流通し、表面上は安定を取り戻したかに見える。とりあえずどのような状態か行ってみないとわからない。苦難があったとはいえ、ジンバブエ人の親切な国民性が簡単に失われることはないはずだ。それ希望を持ちたい。
photo3 9時に宿を出てタクシーでバス乗り場にむかった。

バスターミナルでブラワヨへの交通機関を探した。するとブラワヨ行きのバスはすぐに見つかった。しかし出発は午後2時らしい。さすがにそれまで半日もここで待ってはいられない。とりあえず国境行きのバスを探した。するとすぐに見つかり、すでに満員ですぐに出発するところだった。

これが国境行きのバス。こんなところでもインドのTATA製を見られるとは。
photo4 運転席の横に座らせてもらった。

0024. まえだまさとし 2010/09/04_01:15:54
photo1  国境までは2時間。ボツワナを出国したあとも同じバスで2キロ先にあるジンバブエ側の国境まで連れて行ってくれた。

ジンバブエ側の入国審査場は立派な建物でかつての繁栄を感じる。ここで30ドルを払いビザを発給してもらった。手続はいたってスムーズだ。
photo2  さてブラワヨまでの交通機関だが、昔からジンバブエでは公共のバスはあまり便利ではないのでブラワヨへ向かうトラックの荷台に乗せてもらうことになった。ブラワヨまでの距離は180キロで約1時間強で到着する。荷台の上で100キロ以上で走るので風がすごいがすこしの我慢だ。ブラワヨまでは5ドルで乗せてもらえたのでなにもいうことはない。感謝感謝。
photo3  午後2時前にブラワヨの中心部に到着した。フランシスタウンからの直行バスがちょうど今出ようとしている頃だ。スムーズに安くブラワヨに入れてよかった。
 ブラワヨでは数少ないバックパッカーの宿に向かった。しかし20ドルと高く、場所がすこし不便だ。中心部にも20ドルくらいで泊まれる宿があることをあとで知って少し後悔した。


ブラワヨで滞在したパッカーズ・パラダイス・ロッジ。
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0025. まえだまさとし 2010/09/04_01:19:11
photo1  とりあえずヴィクトリア・フォールズへ行く列車の切符を買うためブラワヨ駅に行かなくてはならない。明日の夜の列車で向かいたい。
 駅へ向かいながらブラワヨを見ていると中心部は空テナントになった商店も多く、荒廃した雰囲気はあるがそれは他のアフリカにもある風景でジンバブエだから特別だというわけではない。また商店の経営者に白人の姿もちらほら見られる。都市部の白人は住み続けることができたのだろう。
 
photo2 町のどこかられも見える火力発電所は操業を停止し廃墟になっている。その横に駅がある。しかし駅に行くと窓口は閉まっていた。別の場所にいた駅員に聞くと切符の前売りはやっておらず当日8時に売り出すとのこと。以前は事前に発券してくれたのだがシステムが変わってしまったようだ。また列車は毎日運行されておらずヴィクトリアフォールは週5便でハラレは3便しか運行されてない。混乱のすえ鉄道システムも後退してしまったようだ。明日の朝8時に出直すことにした。
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0026. まえだまさとし 2010/09/04_01:21:58
photo1 ブラワヨの町は今では物がないということはなく、ショッピングセンターでは物があふれている。通貨はアメリカ・ドル立てで表示されている。南アフリカランドもかなり流通しているようで釣り銭などはランドのコインが返ってくる。だいたい1ドル=7.5ランドという感じで計算される。
photo2 シティーホール前では土産物が売られていた。観光客の姿はほとんど見あたらないのだが。
photo3  夕食は昼間に見つけた中華料理店に行ってみた。しかし閉まっているのか真っ暗だ。どうやら営業しているようだが停電のようで自家発電をつけるの待ってくれといわれた。一見普通の町の中心部だがほとんど停電しているので町は真っ暗だ。しばらくして電気は復旧した。昔は停電などなかったはずだ。一見安定を取り戻した国に思えても停電にあうとまだまだ前途多難な気にさせる。
 とりあえずチャーハンを注文することにした。ハンバーガーなどと同じ値段で食べられるので満足度は高い。店内は町中でほとんど見かけない白人客が続々と来店してくる。アフリカでは中華料理店はありがたい存在だ。
 食後歩いて宿に戻らなくてはならず、少し怖い。手ぶらなので強盗にあっても被害は何もないのだが。
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0027. まえだまさとし 2010/09/04_01:32:48
photo1 【9月2日(木)】
 朝8時には駅に行かなくてはならない。駅までは遠いので7時に朝食を作ってもらうことにした。ハムやソーセージに目玉焼きとなかなか豪華な朝食に満足。

 食後、歩いて駅へ向かった。駅までは30分かかる。駅に到着したらすでに予約事務所前には100人くらい並んでいた。
photo2 でも全員が同じ列車に乗るわけではないので大丈夫だろう。8時になると列が動き出した。しかし遅い。10時にチェックアウトなので早くしてもらいたいのだが、結局2時間待ってヴィクトリアフォールまでの寝台車の切符を手に入れることができた。
photo3 10時チェックアウトというのは目安なので遅れても問題はない。夕方まで荷物を預かってもらうことにした。ゲストハウスのよいところは出発前にシャワーを浴びれることだ。

 午後ブラワヨ散策。この町は15年前に来たときヨハネスブルグで知り合ったゲーリーという貿易商と一緒にブラワヨに来て家に泊めてもらったことがある。しかし彼の家は今思い出せない。アパートのような感じだったので引っ越しをしている可能性もあり、今となっては探し出すのは不可能だ。
photo4 出発まで時間があるのでブラワヨ市内を見て回ることにした。中心部には高層ビル。碁盤の目に整備された町は迷うこともなく歩きやすい。


写真は青空マーケット。

0028. まえだまさとし 2010/09/04_23:06:19
photo1 中心部のコロニアル調の美しい建物が建ち並ぶ場所で写真を撮ったら警官に捕まった。どうやら写真の中に銀行の建物が写っているのが気に入らないらしい。

一緒に警察まで来いという。どうやら暇らしい。僕も暇なので連れて行かれることにした。一旅行者の写真に何が問題あるのか?ブラワヨの美しい町並みを写真に撮っただけじゃないか。日本では誰もジンバブエのことは知らない。それを紹介しようとしているだけなのにそれを阻止しようとするのか?などと連行されながら話していたら罰金がどうとか言い出した。

20ドルの罰金を払えという。どうやら金がほしかったようだ。
photo2  そんな金ない。歩くのがめんどくさいとごねていたら解放してくれた。単におちょくっているだけなのだろう。あわよくば小遣い稼ぎができるとでも思っているのか?アフリカの警官などどこもこんな感じだ。それほどしつこくなかったのが幸いだ。思った以上にあっけなかったので僕の方が暇になってしまった。

日中のブラワヨは蒸し暑さはないが照りつける日差しがきついので体力を消耗してしまう。昨日の中華料理を食べて宿に戻ることにした。
photo3  午後6時。出発までまだ時間があるが駅へ向かいたい。しかしホテルの前をタクシーは通らないし、ホテルで頼むと20ドルと法外な値段なので歩いて町の中心部までタクシーを探しに行った。するとメータータクシーを発見した。いったん宿まで行ってもらったあと駅まで行って4ドルだ。ジンバブエにメータータクシーがあったのは驚きだ。ローカルプライスが把握できてありがたい。

写真は夕暮れのブラワヨの火力発電所跡地。

 
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0029. まえだまさとし 2010/09/04_23:11:37
photo1 2時間前の午後6時に駅に到着した。とりあえず軽く食事を食べることにした。ソーセージとトウモロコシの粉を水でこねた東アフリカでウガリと呼ばれる食べ物だ。

1ドル。
photo2  ヴィクトリアフォール行きの列車はすでに停まっているようでホームへ向かった。しかし駅構内は真っ暗で列車がどこに止まっているのかも把握しづらい。足下も真っ暗で障害物がないか不安だ。

 何とか列車にたどり着いたが、僕が乗る寝台車がどの車両かがわからない。一応予約はされているが、座席定員制で空いている場所に行けばいいのだが何も見えないので探すのは至難の業だ。
photo3  ホームにいた人の助けを借りて何とか空いている寝台を確保できたが本当にここでいいのか不安だ。
 20時ちょうどに列車は動き出した。すぐに車掌がきて予約リストに僕の名前を見つけ検札は終了し一安心だ。それにしてもジンバブエの国鉄職員はみんな親切で友好的で日本語で挨拶されたり実に気分がいい。仕事にやりがいを持っているのと、日本でかつてのジンバブエの列車が評判がよかった由縁だろう。
photo4  しかしその評判のよかったジンバブエの列車もこの有様だ。車内はおろかホームにもライトひとつない。車内は暗くてよくわからないが、水のでない水道や点灯しない電灯。

まさに世界最悪レベルの車両設備だ。今までこれよりひどい車両には乗った記憶がない。

 とにかく暗いので何もできない。携帯電話が懐中電灯代わりだが電池がもったいないので寝るしかない。

0030. まえだまさとし 2010/09/04_23:18:09
photo1 【9月3日(金)】

翌朝、夜明けと共に車内設備を把握することができた。とにかくひどい車両だったが横になって寝れたのでよしとしよう。水も電気もない車両はトイレが悲惨としかいいようがない。

列車は途中で貨車を連結したり停車時間が長い。

沿線にはほとんど町がないのだがなかなか目的地に着いてくれない。
photo2  ジンバブエ国鉄の車両
photo3 列車にいた少年
photo4 寝台車の車内はこんな感じだ。
ブラワヨからヴィクトリアフォールズまでは10USドル。

0031. まえだまさとし 2010/09/04_23:24:54
photo1 列車は目的地を目指す。
photo2 結局ヴィクトリアフォールに到着したのは10時30分。
距離はたいしたことないのにブラワヨから14時間半かかったことになる。
photo3 ヴィクトリアフォールズの駅に降り立つとツアーの客引きが声をかけてきた。ラフティングやボツワナのサファリツアーに誘いみたいだが僕は興味ない。
photo4  ヴィクトリアフォールズではバックパッカーズ向けの宿に向かった。町の中心に近いシューストリングという宿に向かった。ドミトリーで11ドルだ。

0032. まえだまさとし 2010/09/04_23:30:21
photo1 15年前ヴィクトリアフォールズの町はこのような安宿は全く存在しておらずテントを張る以外安く滞在できなかった。

それがこの15年で様変わりし、至る所に安い宿が営業している。シューストリングは敷地内にプールもあり、白人客が優雅に過ごしていた。

 
photo2 ヴィクトリアフォールズの町は滝の観光で成り立っている町だ。ここ最近のジンバブエの混乱と苦難の時代にもこの町だけは観光客を受け入れ続けた。しかし観光客はこの町をしだいに離れだし、ヴィクトリアフォールズの観光の拠点は対岸のザンビアのリビングストンに移ってしまった。

 町はシンプルで見所は何もない。滝以外なにもないのであちこち行かないで済むので落ちつける町だ。
photo3 セブンイレブン。
photo4 町の中心部は小ぎれいだ。

0033. まえだまさとし 2010/09/04_23:34:45
photo1 駅前にある最高級ホテル「ヴィクトリアフォールズホテル」へ行ってみた。
正規レートでは1泊500ドルくらいするらしいが、予約サイトを使えばけっこう安く泊まれるようだ。


外国人なので敷地内へ入るのは自由だ。
photo2 ホテルのテラスは観光客が優雅に過ごせるようになっている。
photo3 ホテルのテラスからは滝の水しぶきとリビングストン橋を眺めることができた。
photo4

0034. まえだまさとし 2010/09/04_23:37:23
photo1 夕方徒歩で滝に向かった。

入場料は30ドル。公園敷地内は遊歩道になっていている。いろんな角度から滝を眺めることができる。
photo2 滝を発見したリビングストンの銅像。
photo3 乾期の今、水しぶきは思ったほどではなく、カッパを買うほどでもない。

水量は多くない方がこの滝は見学しやすい。ちょうどこの時期がベストシーズンなのではと思う。
photo4

0035. まえだまさとし 2010/09/04_23:41:22
photo1 また夕方は光の加減で虹が鮮やかに見えるのでいっそう滝壺が美しく見える。
photo2 ヴィクトリアフォールズがすごいのはこの谷底だ。
photo3
photo4 この渓谷の対岸はザンビア側になる。

明日ザンビアに移動するのでまた対岸からの滝も眺めたいと思う。

0036. まえだまさとし 2010/09/05_02:53:31
photo1 【9月3日(土)】

暑くなる前にザンビア側に移動した。そんなわけで9時にはビクトリアフォールズの町を出発した。徒歩で国境へ向かい、国立公園ゲート先のジンバブエのイミグレーションで出国、国境の渓谷に架かるリビングストン橋へ向かう。
photo2 この先がリビングストン橋。
photo3 橋には鉄道の線路もあるが現在は運休中。
photo4 橋の上からの眺め。
橋の中央ではバンジージャンプが行われていた。1回115ドルとのこと。

0037. まえだまさとし 2010/09/05_02:56:41
photo1 橋の上からは唯一滝を無料で見られる場所となる。 
photo2 橋の中央にここからザンビアだという表示が出ていた。
ザンビアは123カ国目の訪問国となる。
photo3 橋を渡りきり、ザンビアのイミグレーションが見えてきた。ここでビザを50ドルで発給してもらう。写真などは必要ないのでその場ですぐにビザを受け取れるのはいいが50ドルはかなり高く感じる。
photo4  国境からミニバスでリビングストンの町へ行きたいが見つからず、そのままタクシーに乗り込むことになった。リビングストンまでは言い値が10$で8$で交渉成立したがあとで5$が相場だと知りがっかり。

0038. まえだまさとし 2010/09/05_02:59:12
photo1 リビングストンでは
JOLLYBOYS BACKPACKERSに泊まることにした。連れて行ってほしかった宿とは違ったが、タクシー運転手のお薦めで雰囲気はよさそうで中心部にも近いのでここに決めることにした。値段はキャンプサイトで6$。
photo2
photo3
photo4

0039. まえだまさとし 2010/09/05_03:03:32
photo1 123カ国目の国となるザンビアは元々ジンバブエと同じイギリスの植民地「ローデンシア」の一部だった。しかし独立後は銅輸出に依存してきた資源国家でインフラ整備などはジンバブエに比べ遅れていた。観光客も少なく国自体は安定しているがあまり情報もなく近寄りがたい雰囲気の国だった。

それがジンバブエの混乱を機にヴィクトリアフォールズの新たな玄関口としてこの国にも観光客が入り出した。今では気軽にこれる国になりつつある。
 
photo2 国境の町リビングストンはヴィクトリアフォールズを発見したリビングストンにちなんでつけられた地名だ。植民地時代からアフリカ南部への中継地点として栄え、区画整備された大きな町だ。しかし現在にぎわっているのは中心部の限られた場所だけで行動範囲は限られる。周辺はほとんどは未舗装の荒廃した地域が広がる。メインストリート沿いには小ぎれいなショッピングセンターもあり、イメージしていたザンビアとはずいぶん雰囲気が違う。
写真はリビングストンのメインストリート。
photo3  最近リビングストンはジンバブエからヴィクトリアフォールズ観光の地位を奪っていたと思っていた。しかしこの町は無駄に広く、滝までも歩いていくことはできない。やはり滝を観光するならジンバブエ側が便利だと感じだ。ジンバブエが安定すればこの町はまた衰退するかもしれない。
 今日は土曜日ということで両替もできない。結局ATMで下ろすしかなさそうだ。とりあえずルサカへの列車があるのか駅へ行ってみた。すると月曜の夜までないらしい。さすがに待っていられないしザンビアではバスの方が快適なようで列車でのルサカ行きはあきらめることにした。
photo4  それにしてもリビングストンの町は見所的な場所はなく、物売りにつきまとわれることは少ないが基本的にヴィクトリアフォールズと変わらない。一応市場などでは庶民的な雰囲気を感じられるので多少おもしろみはあるのだが。

ちなみに地図はここまでのルートですこのあとザンビアの首都ルサカからマラウィに抜ける予定です。

0040. まえだまさとし 2010/09/06_03:16:08
photo1 【9月4日(日)】

 同じ宿の日本人Mさんとゲストハウスの無料送迎バスでザンビア側のヴィクトリアフォールズへ向かったのは10時。ザンビア側の入場料は20$で午前中が光の加減が良く初めて眺める角度からの滝だったので新鮮に思えた。
photo2 こちら側はジンバブエの滝全体を眺めることができる。
photo3  ザンビア側からの特徴は滝の上に行けることだ。川の浅瀬を横断することになり、案内人が必要で20$で交渉はまとまった。

彼が案内人。
photo4 川の浅瀬といっても川底の石は滑りやすく危険で迷う可能性もある。どのルートが渡りやすいか把握している案内人の存在は不可欠だ。

0041. まえだまさとし 2010/09/06_03:18:13
photo1 足下に気をつけて進む。
photo2
photo3 滝上に到着した。
photo4 両脇は滝で目の前は崖。かなり危険だ。

0042. まえだまさとし 2010/09/06_03:36:30
photo1 12時前に滝壺を眺められ虹が真っ正面に架かる絶好のスポットに案内された。
photo2 虹は真っ正面の崖を前に半円を描いている。12時に太陽が真上に来ることで水しぶきがこのような完璧な形の虹を作り出す。
photo3 対岸の観光客はここにいる我々をうらやましそうに眺め、手を振ってくれる。
photo4

0043. まえだまさとし 2010/09/06_03:38:10
photo1 クライマックスは崖の手前にある天然のプールで泳げることだ。このような場所にこのような水たまりが存在したことに驚きだ。
photo2 プールの横は断崖で落ちたら一巻の終わりだ。
 
photo3
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0044. まえだまさとし 2010/09/06_03:39:56
photo1 ザンビアサイドの滝観光は予想外に満喫でき、貴重なした経験ができた。
 最後にリビングストン橋を見上げる谷底まで下りてみた。下るのは楽だがまた登らなくてはならないので下るのに多少勇気がいる。
photo2  リビングストンにはタクシーで戻ってきた。遅めの昼食はMさんと現地食のシマを食べに向かった。
photo3 明日のルサカ行きのバスの切符を購入しスーパーで夕食と朝食を購入。今日は宿で洗濯したりゆっくりしたい。
photo4

0045. 旅蔵 2010/09/06_22:45:18
photo1 まえださん。お邪魔します。
ビクトリアフォール(ジンバブエ側)で、確か、キリンやゾウのステーキを食べられるレストランがあったと思いますが、気が向いたら是非リポートして下さい。
リビングストーンの宿は、Jolly Boys International Backpacker’s ですか?ここは良いですよね。綺麗で、広くて、プールもあって。2005年にここでスマトラ沖地震によるTUNAMIのニュースを見たのを思い出します。
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0046. まえだまさとし 2010/09/10_00:38:10
photo1 旅蔵さんお世話になります。

今、マラウィまで来てしまったのでレストランのことはわかりませんが、そういうたぐいの肉を出す店の情報は手に入りませんでした。ザンビアも観光客が増えているのでなかなか難しいかもしれません。

リビングストーンの宿はJolly Boys International Backpacker’s です。
テントですが、かなり快適に過ごせました。
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0047. まえだまさとし 2010/09/10_00:49:45
photo1 【9月6日(月)】

リビングストンで滞在したJOLLY BOYS BACKPACKER’Sはかなり快適で2泊しました。
テントを片づけてバスターミナルへ。
9時のバスでルサカへ向かいます。
photo2 ザンビア最高級と思われるマザンドゥのバスは快適です。

道路も整備され、かなり快適な移動となった。途中のモンゼでの休憩。
photo3 フナみたいな魚が売られていた。
photo4 モンゼのバスターミナルでチキンの昼食をとった。

0048. まえだまさとし 2010/09/10_00:55:14
photo1  ルサカには午後4時前に到着した。
photo2 歩いてクオンボカ・バックパッカーズの宿に向かった。ルサカの町は荷物を背負って歩いても問題なさそうだ。クオンボカ・パックパッカーズはリビングストンから同行しているMさんのおすすめ宿だ。

有名なチャチャチャバックパッカーズに比べ静かできれいで値段も安いといいことずくめらしい。1泊10ドルだがキャンプはできない。
photo3 宿の敷地内。
photo4 夕食はバスターミナルの中の食堂で昨夜に続いてシマを食べることにした。

0050. まえだまさとし 2010/09/10_01:08:00
photo1 【9月7日(火)】

チパタへ行くバスの出発が明日の早朝なので今日一日ルサカでゆっくりすることができる。
 午前中はルサカ最先端のショッピングセンターである「マンダヒル」へ行ってみた。改装工事中で埃っぽく閉鎖されている店が多くて少し残念だったが、アフリカンアートに囲まれたおしゃれなカフェがあり、ここで朝食をとった。土産物の販売もやっているようだ。
photo2 ショッピングモール内にはホームセンターや書店、衣料品などザンビアにあることを忘れさせてくれる店舗が軒を連ねる。
photo3 午後はルサカ中心部へいくことにした。
道路沿いにはこの木が多い。
photo4 中心部には老朽化した高層ビルがある。建設途中でやめたみたいだ。

0051. まえだまさとし 2010/09/10_01:13:18
photo1 中心部には老朽化した高層ビル群や政府機関など一見近代的に見えるのは他のアフリカの首都と同じだ。目抜き通りは銀行やカフェ、ファーストフードが軒を連ね、街路樹や歩道も整備されていて歩きやすい。
photo2 庶民でにぎわうアーケードのあるシティーマーケット
photo3 ルサカの高層ビル。
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0052. まえだまさとし 2010/09/10_01:19:12
photo1 【9月8日(水)】

6時発のバスでマラウィ国境のチパタへ向かう。

 バスが2列3列のかなり狭い座席配置でしかも隣に巨漢の黒人男性が座ってきたのでとんでもないことになった。バスは超満員で他の場所に移動することもできない。チパタまで7時間ひたすら我慢するしかなさそうだ。
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0053. まえだまさとし 2010/09/10_01:21:55
photo1 バスは途中小さな町に何カ所かより午後1時に国境の町チパタに到着した。
 ここから乗り合いタクシーで国境まで向かうのだが1時間ほど待たされ、出発することになった。

余ったザンビア・クワッチャを両替しないかとうるさいが適正レートっぽいので少額だが余ったお金をすべてマラウィ・クワッチャに両替した。国境までは20分ほど。

 
photo2 ザンビアもマラウィも出入国は至ってスムーズだ。チパタから同じタクシーに乗っていた紳士風のマラウィ人のおじさんが交通機関の相場を教えてしてくれるので安心できる。おじさんとは同じミニバスでリロングウェに向かった。おじさんは闇両替も持ちかけてきた。一般人が外貨を欲しがるようなのでマラウィは両替に不便はなさそうだ。おじさんには当面の200南ア・ランドを両替してもらうことにした。しかしあとで知ったがおじさんの両替レートはかなり悪く、かなり得をさせてしまう結果になった。
 
photo3 ミニバスは途中、かなり人の乗り降りが激しく、距離の割に時間がかかった。リロングウェに入ったのは夕方5時前。日が暮れかけている。ルサカから丸1日かかったことになる。
 終点のミニバスターミナルでバスを下り、一緒だったおじさんにエリア4まで行くバス乗り場まで案内してもらった。リロングウェの町はだだっ広く歩いての移動は大変そうだが、行動範囲は限られミニバスを使いこなせれば問題ない。ザンビアに比べ都会的な雰囲気がなく、のんびりした雰囲気にもかかわらず近代的なショッピングセンターやスーパーマーケットもちゃんとある。なかなか過ごしやすそうな町だ。
photo4

0054. まえだまさとし 2010/09/10_01:25:54
photo1 【9月9日(木)】
 リロングウェで滞在している宿はMAFASA LODGEというにぎやかな通りの一角にあるゲストハウスだ。

建物の3階部分が宿泊施設になっている。
photo2 一番安いドミトリーで部屋は700円ほどと安くてきれいだ。雰囲気はヨーロッパのユースホステルのような感じ。

ルサカでは全く見なかった欧米人旅行者もここにはたくさん泊まっている。マラウィは予想以上の観光立国のようだ。この宿の経営者はヨーロッパ人のようでそれが居心地の良さに繋がっているのだろう。
photo3 宿の部屋からの眺め。

モスクなども見られる。今朝はアザーンで目を覚ました。マラウィはイスラムの影響が強いようだ。
photo4

0055. まえだまさとし 2010/09/10_01:30:49
photo1 今日はモザンビークのビザを申請する。モザンビーク大使館は8時から営業しているのでミニバスで大使館へ向かった。すぐ近くに大使館があるシティーセンター行きバス乗り場がある。場所はビジネス街のはずれの高級住宅街の一角にあり隣はドイツ大使館だ。
photo2  ビザの申請は写真2枚必要と申請書に記入が必要で受け取りは午後2時。代金はクワッチャ払いのみで670MK(3350円)。30ドルだと聞いていたので少し割高に感じたが円高のおかげで実質30ドル(1ドルが110円だった場合)ほどだ。ドル安の影響で世界の公的機関が値上げに必死だ。

 手持ちの現地通貨クワッチャがないので一度銀行へ行って両替しなくてはならない。レートは1ドル=150Kが正規レートのようだが現金なら170Kになる。T/CやATMだと正規レート扱いなのでかなり損をすることになる。現金で170Kというのは闇レートなのか謎だが銀行はちゃんとレシートも発行してくれた。昨日の国境で両替がしつこかったのはこのためだ。
photo3 あそこで大金を両替していたらとんでもない損をするところだった。現金を片手にモザンビーク大使館を再訪問し支払いを済ませた。
photo4  大使館周辺はシティーセンターと呼ばれマラウィ経済の中枢だが、だだっ広い敷地に銀行や高級ホテルなどが散らばっているだけで歩くのは疲れる。公園のような場所を囲んでショッピングがいもあるがあまり興味はわかない。
 いったん宿に戻った。宿周辺のショッピングセンターで両替し、バスターミナルへ明日のモザンビーク国境の町マンゴチ行きのバスはあるか確認にいってみた。バスターミナルは町の南端の川沿いにあり、周辺は埃っぽくかなり広大なエリアに行き先別に分れている。

0056. まえだまさとし 2010/09/10_01:32:45
photo1 探すのは至難の業かと思ったが簡単に見つかった。


明日の朝、スムーズに出発できそうだ。

モザンビークビザは午後2時に無事取得。
photo2 ちなみに今後の予定です。
photo3
photo4

0057. まえだまさとし 2010/09/18_16:25:43
photo1 【9月10日(金)】

モザンビークへの移動の日。

 本来なら今日モザンビーク側の鉄道が出発するクアンバに到着できるはずだった。

それがまず朝の時点でリロングウェを出発する時間が予想より遅れ、また目的地のマンゴチまで予想外のルートをとり、6時間もかかってしまったのだ。
photo2 マラウィの地形がこういうルートにさせているのに勉強不足だった。またこのバスが超満員で長距離を走るにもかかわらず通路には人が立ち荷物も満載で足の踏み場もない。

今まで経験したことのないような悲惨なバスでこれがなかなか目的地に着かないのだからストレスもたまる。自分の荷物が踏みつけられているのにどうすることもできない事がさらにストレスを助長する。埃っぽい何の変哲もない町をいくつも通過し、湖が見えてきたのは午後2時だ。この湖はマラウィこの南にある別の湖だが、対岸は見えない海のような湖だ。マンゴチの町はマラウィ湖の最南端に位置する。
 
photo3 マンゴチは近いが途中でバスを降りる客が多く、なかなか町につかない。結局3時にマンゴチのバスターミナルに到着した。
 この時点で今日中にモザンビークのクアンバに入るのは難しい気はしていた。中途半端に国境を越えてモザンビークのマンディンバに行っても安い宿があるかも心配だ。今日はこのままマンゴチに滞在してもいいとバスを降りたときは思ったのだ。でもバスを降りたとたん国境の町チポンデへのトラックがあること事がわかった。またマンゴチの町は湖の南端の風光明媚な場所を想像していたが湖畔らしき場所は近くになく、この町に滞在するかは疑問に感じだ。
photo4  少しでも先に進んだ方がいい。そういう結論に達した。とはいえチポンデ行きのトラックはなかなか出発する気配はない。

しばらくすると別のミニバスが先にチポンデへ行くようで乗り換えることになった。荷物はまたいすの下に押し込んだこれがさらにストレスを生む結果に。

0058. まえだまさとし 2010/09/18_16:29:12
photo1  ミニバスは客を満載してすぐに出発かと思った。しかしエンジンオイルを入れるため客から金を受け取り補充。そして今度はガソリンスタンドで燃料を10リッター補充。
さて出発かと思ったら町はずれて停車しエンジンも止めて運転手はどこかに行ってしまった。しばらくして客を連れて戻ってきたがなかなか出発しない。

立ち話を終えやっと出発したと思ったらまた停車。100メートルおきに客を乗せようとする。乗せるのはいいがそのたびに立ち話が多いのでイライラする。
photo2  マンゴチの町を出るとき湖が見えてきて橋を渡った。マラウィ湖の南端部でその南の湖に架かる大きな橋でマラウィーが水の豊かな国であることを象徴する光景だ。マンゴチをこのまま離れるのは未練が残る風景だったがこのまま国境を目指したい。


 しかしミニバスはなかなか進もうとしない。村にさしかかるたびに客の乗り降りと立ち話。アフリカ人の価値観には慣れないといけないが移動は非効率きわまりない。
photo3  国境は山を越えた場所にあり、マンゴチからはけっこうな距離を走ることになった。途中巨大なバオバブの木もよく見かける。マダガスカルに比べ太いのが特徴だ。

 雄大な自然の風景を堪能したとはいえマンゴチから国境のチポンデまで30分くらいかと思っていたが2時間半もかかったのだからイライラするのは仕方ない。

国境まであとわずかというとき、車の床に荷物から漏れた水が流れ出していた。僕の荷物が濡れてしまっているのではとゾッとしたがこれはギリギリセーフだったが心臓に悪い。
photo4  さらに運転手はチポンデについてからお金を払えとか行ってきた。エンジンオイル代を買うとき払っただろと言ったら思い出したのかすぐに納得したようだ。本当に忘れていただけのようだが気分が悪い。


イライラが爆発寸前だがこれでマラウィを出国できる。結局この国のことは余りよくわからなかったが、モザンビークに期待したい。
 チポンデで出国手続を済ませ、自転車タクシーでモザンビーク側のイミグレーションへ行くことになる。

0059. まえだまさとし 2010/09/18_16:33:50
photo1 ここで余ったマラウィ・クワッチャをモザンビーク・メティカルに両替した。最初4000クワッチャが600メティカシュとか言ってきたが電卓をはじきながら知ったかぶりをして「それじゃ安いだろ」といったら額が720メティカシュに急に増えた。

めちゃくちゃな額ではなさそうなのでここで両替することにした。

 自転車タクシーは交渉をせずに言い値で乗ってしまった。けっこうな距離(6キロ)を走るのに500クワッチャ(250円)だったからだ。この国の物価が安いのか知らないが僕が納得して払えればいいだけの話だ。
photo2  日が暮れかけた中、自転車に二人乗りで未舗装のアップダウンのある道路を力強くこいでもらった。タイヤがパンクするのではと不安になってしまう。
 
photo3 モザンビークのイミグレーションは案外近かった。ゲートを越えたあたりで国境警備員に呼び止められて暗闇の中の詰め所へつれて行かれた。最初賄賂でも要求されるのではと思ったが単に口頭だけの質問で済んだ。モザンビークという国が謎で暗闇だとすべてが不安になってしまう。この国はそういう腐敗はないようで安心した。
 しかしさらにトラブルが発生。入国手続をしようとしたらビザの有効期間が明日からになっていた。昨日大使館で余裕を見て翌々日入国予定と記入したのだ。それがそのまま有効期間の開始日になってしまっていた。失敗した。明日入国すると書けば良かった。
 
photo4 こんなことなら急いでここまで来ないでマンゴチで1泊してくればよかった。入国拒否されることはなく、また明日スタンプをもらいにここに来るように言われ、とりあえずは入国を認めてくれた。入国を認めてくれないとここで野宿することになる。

0060. まえだまさとし 2010/09/18_16:37:41
photo1 そんなわけで今夜はモザンビーク側のマンディンバの町に滞在することになる。しかしこのイミグレーションからマンディンバの町までがかなり遠く、さらに同じ自転車タクシーを使うことになる。モザンビーク側のイミグレがマンディンバの町にあると思っていたので誤算だった。乗る前に交渉した自転車タクシーはモザンビークのイミグレまでの料金を提示していただけでマンディンバに着いてからさらに250メティカシュを要求してきた。がんばってこいでいたのはわかるがちょっと高いだろ。200メティカシュ(500円)にしてもらいその場は収まった。結局500クワッチャ+200メティカシュで750円も払うことになった。それよりもまた明日あのイミグレまで行かなければならず憂鬱だ。

写真は自転車タクシーの少年。
photo2  マンディンバでは自転車タクシーの紹介で250メティカシュの安宿に泊まることができた。しかし水道はなく井戸水しかない。シャワーはドラム缶の水を沸かしてすくってかぶることになる。

顔も井戸水で洗うことになる。トイレは中国の山奥のようなぼっとん便所。水事情はマラウィに比べかなり遅れているようだ。
 暗闇なので何もできない。でも久々のテント以外の個室でリラックスはできるのでよしとしよう。
photo3 食事は近くのレストランで牛肉の煮込みスープにパンをつけて食べるのがめちゃくちゃ美味かった。ここのところフライドチキンばかりだったのでこのような料理が新鮮でありがたく胃にも優しい。モザンビークでは食事に期待できそうだ。
photo4  ブラジルに行く機会が多いためどうしてもポルトガル語を話す人は英語ができないという先入観があるが、ホテルやレストランでは普通に英語が通じる。国境に近いという場所的なものもあるが、その際知っているポルトガル語を使うと相手の対応も変わってくる。
 今夜はシャワーには入れないが、こういう夜もたまに

0061. まえだまさとし 2010/09/18_16:40:05
photo1 【9月11日(土)】

 僕が今朝イミグレに戻らなくてはならない事をみんな知っていて部屋を出たら地元の自転車タクシーが待ちかまえていた。
井戸水で顔を洗ったりトイレに行ったり準備をしている間もずっとついてくる。実は朝自転車タクシーをどうやって探すか不安だったのだ。それがこうして積極的に営業をかけてくれるとありがたい。7時前に昨日のイミグレに向かった。

 ひんやりとした気候の中、朝日に押される自転車の後部座席は清々しく快適だ。昨夜は暗くて周りの状況が全くわからなかったが、明るいと印象が全然違ってくる。
photo2 マンディンバで宿泊した宿
photo3 宿の井戸とシャワー用のドラム缶。
photo4

0062. まえだまさとし 2010/09/18_16:42:11
photo1 自転車タクシーでイミグレへ逆戻り。
photo2  イミグレーションでは昨日来た日本人だなとか言われて何の問題もなくスタンプが押された。これだけのためにずいぶん手間がかかったが、完全に自分ミスなのでこればかりは仕方ない。
photo3 今朝の自転車タクシーの運転手。往復で100メティカシュ(250円)。昨日はかなりぼられた。
photo4

0063. まえだまさとし 2010/09/18_16:43:48
photo1 国境とマンディンバの間の未舗装道路。
ここを自転車の二人乗りで走る。
photo2
photo3
photo4

0064. まえだまさとし 2010/09/18_16:50:54
photo1  7時過ぎにはマンディンバの町に戻ってきた。ホテルに着く手前にこれから向かうクアンバ行きのマイクロバスが出発しそうな状態で止まっているのを発見した。バスに待っているよう伝えホテルに戻って出発の準備を整えた。急がなくてもすぐには出発しないだろう。クアンバには今日中に着けばいいのだが、この次はいつ出るかわからないので早めに行動した方がいい。

写真はマンディンバの町並み。
photo2  バスに乗り込み出発を待った。すぐに出発したかと思ったが、町中をぐるぐる回り元の場所に戻ってきた。もうこのパターンには慣れてきた。今日中にクアンバに着けばいいので今日は焦りはない。バスは昨日に増して超満員で荷物も満載。足の踏み場もない。バスの乗客はフレンドリーで昨日より居心地はいい。

 
photo3 バスは8時半にマンディンバの町を出た。クアンバまでは未舗装の悪路だが乾期のため特に問題はない。ただ道中でパンクされると今日中に着けないかもしれないので勘弁してもらいたい。途中、小さな村に寄るたび客の乗り降りと荷物の積み卸しがあるのでクアンバまでは相当時間がかかった。
photo4 なまず?

0065. まえだまさとし 2010/09/20_00:00:46
photo1 マンディンバからクアンバまで走行距離は160キロだがクアンバに到着したのは4時間後の正午過ぎ。昨日の国境までのミニバスに比べれば早いがずいぶん時間がかかった。
 ナンプラへの鉄道の出発地であるクアンバの町は少しはまともで拓けているかと思った。しかし町の中心部がわからず、区画整備された道路に高層建造物は電波塔以外見あたらない。それどころか食堂やホテルも見あたらない。どこで下りていいのかわからず、駅に行ってもらった。同じミニバスで来た客の中にはこのまま駅で野宿して明日の列車でナンプラ方面に行く人もいる。しかし僕はそれは真似する気になれない。
photo2 バスの車掌に近くに安い宿はないかと聞いたらあるらしく今朝同様モーテルのような場所へ連れて行ってくれた。
 連れて行かれた宿の値段は150メティカシュ(475円)と格安で一安心。

しかしここも水道はない。
photo3 ただここは井戸水ではなく給水車から水をくむことになり、水浴びをするスペースもあるので多少快適だ。
photo4 部屋も風通しが良さそうなのでここに泊まることに決めた。

0066. まえだまさとし 2010/09/20_00:03:44
photo1 クアンバ行きの列車の出発は明日の朝4時と早く、切符は今日の午後3時から売り出される。それ以外の時間はこの町では何もすることはない。
 クアンバの町を歩いてみた。区画整備された町だが建物がないので殺風景な感じだ。時折吹く風に体中砂まみれになってしまう。
 それにしても今日は朝から何も食べていない。この町には食べるところがなく、駅の横の売店で何かないか聞いたら卵焼サンドを作ってもらった。コーラと一緒に食べたら美味かった。その場をしのいだが夕食はどうすればいいのだろうか。
photo2 モザンビークはとんでもない国かもしれない。クアンバ駅は毎日列車が運行されているだけあり、駅舎は寂れているが構内は生きた駅の風景を感じる。貨物列車がちょうど出発するところだった。
photo3  午後3時前切符を買いに向かった。列車がもうすぐ到着するようで駅前はミニバスや出迎えの人でにぎわいだした。この町が一番にぎわうのは列車が到着するこの時間なのだろう。切符売り場の窓口は開いており、なんなく切符を買うことができた。ジンバブエの悲惨なイメージがあったので窓口に客が誰もおらず拍子抜けしてしまった。二等は一応座席指定で出発は朝5時だ。
photo4 町をうろついて再び駅に戻ったら列車が到着したようでにぎわっていた。

0067. まえだまさとし 2010/09/20_00:05:31
photo1 明日のために車両を確認したらエコノミーは向かい合わせの木製のいすだ。そして2等はコンパートメントで1両のみだ。隣に食堂車も連結されているが期待していいのだろうか。
photo2 夕方中心部に見つけたレストランに食事しにいった。昨日のように夕食だけはまともだ。ライスとサラダとポテトにハーフチキン。これで160メティカル(400円)なのでずいぶん安い。


そう考えると自転車タクシーにはずいぶん払ってしまった感じだ。
次第にモザンビークの物価にも慣れてくるだろう。
photo3
photo4

0068. まえだまさとし 2010/09/20_00:11:37
photo1 【9月12日(日)】

 5時発の列車に乗るため宿を4時前に出発した。暗闇の中、駅へ向かって歩いた。この町は住宅の塀が低く、有刺鉄線もないので治安は悪くないと考えたい。少し歩けば街灯もあって歩きやすい。
 無事駅に着いたら駅舎やホーム周辺には人が列を作ってうごめいていた。どうやらまだ車両には入れないらしい。ほとんどがエコノミーの乗客だが僕は2等なので列から外れて待つことにした。
photo2 4時過ぎに乗車が始まった。2等の車両は1両のみで駅舎に一番近い場所にとまっていた。隣の車両は食堂車だ。
 2等の車両は指定になっているので出発間際まで人は乗ってこなかったが、出発前には6人が席について定刻通り5時に出発した。2等はコンパートメントで日中のみの運行だが3段寝台にすることができる。さっそく寝台にして何人かは眠りだした。僕も上段で少し休むことにした。夜明け前はけっこう寒いので窓も閉めることにした。
photo3  途中何カ所かの駅に停車するたびにたくさんの物売りが列車に集まってくる。上りと下りの二本が毎日通過し、その町が一日で一番活気が出る時間となる。
photo4

0069. まえだまさとし 2010/09/20_00:12:17
photo1 途中の駅にて
photo2
photo3
photo4

0070. まえだまさとし 2010/09/20_00:13:38
photo1  列車は途中、山間部を通って高度が上がっているのか日差しが出ても肌寒い状態だ。また雲も多く、今回の旅行で初めて雨にも降られた。雨はすぐにやんだが終始曇りの天気が続いた。
photo2 11時に下りのクアンバ行き列車とすれ違った。その後もひたすらナンプラを目指す。
photo3
photo4

0071. まえだまさとし 2010/09/20_00:18:28
photo1 食堂車のメニュー。
一番下の75メティカシュののチキンチップスを食べることに。(1メティカル=2.5円)
photo2 食堂車のカウンター
photo3 頼んだ料理。
photo4 食堂車の雰囲気。車内はエコノミーに座れない客で混雑している。

0072. まえだまさとし 2010/09/20_00:19:55
photo1  車内にはインド人ビジネスマンや中国人などもいたが目的などは聞き出せなかった。さすがに旅行者らしき人は見かけなかった。
 
photo2 車窓からは先のとんがった山や奇岩を見ることができ、地形的にもおもしろい。
photo3
photo4

0073. まえだまさとし 2010/09/20_00:24:29
photo1 そんな中、夕方5時にナンプラの町に入った。
photo2 駅に到着した。
photo3 駅前はすごい人でごった返していた。すべて列車の出迎えかと思ったら周辺は青空マーケットにもなっていてそのため人が多かったのだ。
photo4  とりあえず中心部のホテルを当たってみた。ナンプラには安宿がないとのことだが、2件の一番安い宿を当たったがいずれも3000円弱。
 町はずれに若干安い宿もあるが、タクシー中心部に出なければならないなら意味がない。駅に一番近い宿に泊まることに決めた。ここなら場合によって明日の早朝モザンビーク島行きのバス乗り場まで歩いていけるはずだ。
 部屋はきれいでお湯は出ないが天井ファンやシャワーとトイレも部屋に付いている。ここ二日間水道のない生活だったため蛇口をひねると水が出ることに有り難みを感じる。お湯は出ないが水がふんだんに使えるだけでありがたい。この宿はバルコニーもあり、改めてナンプラに戻ってきたらまた泊まってもいいだろう。
 

0074. まえだまさとし 2010/09/20_00:30:32
photo1 【9月13日(月)】

 3時半に起床して出発の準備を整えた。昨日確認したミニバス乗り場まではけっこう距離があり、この時間道路に人の気配がないので歩いていくのは少し不安だ。しかたなくタクシーで行くことにした。
 バス乗り場に到着したが閑散としていてペンバなど一部のバスが待機していたがモザンビーク島行きのミニバスはまだいなかった。時間はまだ4時。この寒い中、いったいどれくらい待つのかわからず天を仰いだ。すると近くにいた人がモザンビーク島行きのミニバスを見つけてくれ、車内で寝ていた運転手を起こしてくれた。その車内で待つことができ助かったが出発は当分先のようだ。出発時間は誰も把握していないし、とにかく早いという事しかわからない。
photo2 結果として長時間待つ事になったが、乗り遅れるよりはましだ。確実に今日島に向かえることになったので一安心といったところか。
 6時前に太陽が昇りだした。いつの間にかバス乗り場はたくさんの人が集まっている。運転手はミニバスを掃除しだしたが出発はまだ先のようだ。しばらくして人が集まり始めた。7時にはほぼ満席の状態になった。しかしまだ人を集めるのかなかなか出発する気配はない。7時に来ていたらおそらく僕の席はなかった事を考えると行動は早いに越したことはなさそうだ。
photo3  8時過ぎいよいよ出発だ。このミニバスは出発してからが早い。ガソリンスタンドに寄ったあと、途中で全く人の乗り降りがないのでかなり快適に走り続けた。
 10時過ぎにモザンビーク島への分岐点を過ぎてから人の乗り降りが始まった。ほとんどの客はモザンビーク島に着く前に降りてしまった。新たに乗り込んできた客は島に一旦行ったあとナンプラに戻る客だ。
 出発から3時間で島の入り口にかかる橋にさしかかった。今回の旅行で初めて見る海だ。その海は青く砂浜は白い。まさに常夏の島の色をしている。そして遙か前方に見える要塞のようなモザンビーク島の島影。やっとここまで来た。何かこみ上げてくるものを感じた。この美しい風景を見てここまで苦労して来た甲斐があった。
photo4

0075. まえだまさとし 2010/09/20_00:31:57
photo1  橋は片側交互通行で途中に待機場所が何カ所かある。

 橋の下は遠浅の海が広がり海の中を歩く人が多く見受けられる。モザンビーク島に入るとミニバスは島の中を一周してくれるようで降りる場所を考えた。

 
photo2 島の入り口周辺は一般の住民向けの家屋が広がっており、観光には不向きだ。周辺に安い宿もあるがこの島では少しまともな宿に泊まりたい。とりあえず植民地建築を使用した病院の前でミニバスを下りた。
photo3
photo4

0076. 旅名無しさん 2010/10/02_12:18:36
photo1 まえださんは、ノートPCのACアダプタを紛失したそうで、書き込みが難しくなったそうです。今は、こんな感じだそうです。
photo2
photo3
photo4

0077. まえだまさとし 2010/10/08_21:32:15
photo1 ご指摘の通りACアダプタをなくしました。

正確には盗まれたという事になるのですが、モザンビークの国内線(ナンプラ〜マプト)を利用した際、預けた荷物の中にACアダプターを入れてしまったのですが、これが抜きとられてしまったのです。
おそらくナンプラ空港の荷物を扱う輩の仕業でしょう。人のものを簡単にくすねてしまうその神経には呆れるばかりですが私自身もACアダプタを貴重品と認識せず、軽い気持ちで預入荷物の中に入れてしまったのがいけなかったように思います。
photo2 今回アダプターを失ってパソコンの今まで意識しなかった事を多く知ることになりました。
私の使っているパソコンはパナソニックのレッツノートですが、パナソニックのパソコンは日本以外では存在しないようで全く見かけません。ということは今回のように海外で部品を失ったらもう手に入れる術はないということです。
ACアダプターはメーカーにより電圧やプラグの大きさが違うことにも今回初めて知りました。最初アダプターがなくなったとき、たぶんノートパソコンなら電源は共通なので同じ宿にいる旅行者に借りればいいと楽観的に考えていました。
しかしその期待はすぐに裏切られました。すべてのメーカーが独自の規格を使用していることを知りました。
photo3 今回失ったパナソニックのDC16Vのアダプターと互換性があるのはIBMだけだと知るまで時間がかかりました。
photo4

0078. まえだままさとし 2010/10/08_21:38:39
photo1 これを教訓に得たこと。
それは海外旅行に持っていくパソコンは故障や部品の欠落を考慮した場合、絶対に世界中で普及しているメーカを持っていった方がいいと言うことです。

そう考えると日本のメーカーで世界的に競争力があるのは東芝とソニーだけです。少なくとも南アフリカではこれ以外の日本メーカーは存在しませんでした。

よく使われているのはDELL、HP、台湾系メーカーとなり、今回の出来事で今後旅行に持っていくのはこのどれかのパソコンにしなければと心が揺れています。
photo2 ちなみにアダプターは帰国直前の経由地バンコクで手に入れました。500バーツ(1300円)でした。帰国を翌々日に控え、もう探すのはあきらめていたのですが、バンコクの秋葉原と呼ばれる複合ビルがあるのですが、そこをダメ元でのぞいたら偶然発見しました。

さすがバンコクだと思いました。
photo3 バンコクの秋葉原といわれる複合ビル。

パトナームの西、ペッブリー通りにある。
パーツも何でもそろう。
photo4

0079. まえだまさとし 2010/10/08_22:42:23
photo1 さてモザンビーク島の続きです。

モザンビーク島に入るとミニバスは島の中を一周してくれるようで降りる場所を考えた。
 島の入り口周辺は一般の住民向けの家屋が広がっており、観光には不向きだ。周辺に安い宿もあるがこの島では少しまともな宿に泊まりたい。とりあえず植民地建築を使用した病院の前でミニバスを下りた。この周辺にはレストランやマーケットなどもある。安い宿もあり、何件か当たったがせっかくなので島の中心であるストーンタウンへ行ってみる事にした。
photo2  ストーンタウンの東海岸に面した「カサブランカ」という民宿がある。

1泊750メティカシュ(2000円弱)。
photo3 部屋は清潔で風通しが良く、窓からは海が見えるのでここに決めることにした。場所も島の観光スポットに近いので何かと便利だ。
photo4

0080. まえだまさとし 2010/10/08_22:46:07
photo1 モザンビーク島はポルトガルの植民地でかつてこの地域の首都だった場所だ。

とりあえず島を一周してみることにした。島は南北に3キロと歩いて回るにはちょうどいい。

島の子供たち。
photo2 ストーンタウンの家屋。
photo3 廃墟みたいな家屋。
photo4 魚の水揚げが行われていた。

0081. まえだまさとし 2010/10/08_22:48:23
photo1 島の南部。日中は潮がひいている。
photo2 本土とを結ぶ橋は3キロある。
photo3 モザンビーク島の海岸線。
photo4

0082. まえだまさとし 2010/10/08_22:49:45
photo1 聖アントニオ教会
photo2
photo3 浜辺で遊ぶ子供たち
photo4

0083. まえだまさとし 2010/10/08_22:51:04
photo1 モザンビーク島のビーチ
photo2 町の中心、ストーンタウンに戻ってきた。
photo3
photo4

0084. まえだまさとし 2010/10/08_22:52:56
photo1 ストーンタウンにあるミゼコルディア教会。
photo2 ストーンタウン。独立通りのアーケードを備えた商店街。
photo3
photo4 聖パウロ教会。

0085. まえだまさとし 2010/10/08_22:54:26
photo1 その他の写真
photo2
photo3 この日の夕食。
チキンのぶっかけご飯。
100メティカシュ(250円)。
photo4

0086. まえだまさとし 2010/10/08_23:00:39
photo1 【9月14日(火)】
 部屋から朝日をみられるが雲が多くいまいちだ。最初出ていた太陽もすぐに雲に隠れてしまった。

早朝から街を散歩してみた。交通機関だけは早いモザンビークだがそれ以外は至って普通で人通りも少なく店も全部閉まっている。なぜ交通機関がけが早いのか謎だ。


 日中はサンセバスチャン要塞の周辺の岩場の方へ行ってみた。地元の女性たちがなにやら取っていたので見せてもらったら首飾り用の小さな貝殻だった。岩場にはウニやヒトデ、ヤドカリなどおもしろい生物がたくさんいて興味深い。
photo2 なかでもウニは無数にいて中には巨大なものもあり、そのまま食べることも可能だが割るのが難しい。ここではウニの捕獲制限などないらしく、ウニ料理は見たことないし地元の人も取っている様子はない。
photo3
photo4

0087. まえだまさとし 2010/10/08_23:04:07
photo1 島の北端にあるサンセバスチャン要塞は閉鎖されていると思っていた。
なので裏から教会に回り込んだ。すると要塞は入場料を払わなくてはならず、その場で徴収されることになった。
ちゃんとチケットももらえた。要塞の中に入ることでそこからのインド洋の眺めが素晴らしくお金は取られたが中に入れて良かった。要塞内部が閉鎖されていたのは修復のためだった。修復によるわざとらしい部分もあるが今後世界遺産として注目を浴びていくうちにその修復部分も自然にとけ込むだろう。

要塞の岸壁のしたにある教会。
photo2 教会内部。
photo3
photo4

0088. まえだまさとし 2010/10/08_23:07:52
photo1 夕食だがこの島で最後にロブスターを食べておきたい。町の中心部にホテルがありそこでもロブスターを出していたが1000メティカシュ(2500円)もしたので昨日閉まっていた海岸沿いのレストランに値段を聞きに行った。すると400メティカシュ(1000円)と手頃だったので夜行くことにした。
photo2  ロブスターの値段が395メティカシュ(1000円強)なのはベリーズやキューバ(いずれも3ドル)にはかなわないが食べ応えとしては今まで最高かもしれない。だいたい今までは半分に切ったハーフロブスターが一般だったがここは一匹丸ごと出てきた。プレートにはご飯とサラダが付いている。ロブスターは見た目以上に身がたっぷり付いていて大満足だ。モザンビーク島でロブスターがひとつの目的だった、今回の旅行は再び来た道を戻り南を目指す。
photo3 店の様子。
photo4  明日のナンプラへのミニバスは宿の人から話があって本当に早朝4時に来るらしい。
なぜバスだけそんなに早いんだか?。

とりあえずまた朝が早いので早めに寝ることにした。

0089. まえだまさとし 2010/10/08_23:14:22
photo1 【9月15日(水)】

 早朝4時にホテルで待っていたら本当にミニバスがやってきた。バスにはすでに数人の乗客を拾っていた。僕を乗せたあとも客を探すためミニバスは島の中をぐるぐる回る。
何度も同じ場所を行ったり来たりうんざりしてきた。実に非効率でガソリンを食うだけなのに1時間以上も島をぐるぐる回る。逆に考えれば家の前まで向かえに来てくれるのでありがたいという考え方もあるが、無駄としか言いようがない。それなりに人が集まって島を出たのは5時過ぎになってからだ。もう東の空は明るくなっている。
photo2  島を出てからは早く、ナンプラの街に着いたのは朝8時前だ。見覚えのある通りを歩いてモザンビーク航空のオフィスへ向かった。今日の昼にでもフライトがあるならこのままマプトに飛びたい。

 結果として出発は明日の午後になった。今夜の出発もあったが、時間が空きすぎこの町で夜まで時間をつぶすところがないため1泊した方が無難だと判断した。とはいえナンプラの街は何もないのだが。
photo3  どうせなら陸路でマプトまで行きたかった。しかし陸路で行く場合、途中立ち寄りたい都市はベイラだけだが、バスは必ず早朝発で思うように移動が進まずホテル代も安くない。移動は苦痛そのものでその割に見所的なものは苦労に見合わない。結果的には空路を使った方が時間も労力も有効に使える。

マプトまでの航空運賃は300ドルと馬鹿高いがこれでモザンビークの苦痛な地方都市からおさらばできる。
photo4 今夜は中心部のもう一つの安宿に泊まることにした。
アラブ人経営のホテルでまだ掃除ができておらず、案内された部屋は洗面台がつまり水が溜まっているわ、蛇口はさわるたびに外れてしまうわで全くメンテナンスが行き届いていない。部屋は広いが電気も薄暗くとても客を迎え入れるような場所ではない。まだ値段が安いならいいがこの部屋に1000メティカシュ(2600円)も取ろうというのだからいい根性をしている。値段との釣り合いが全く取れていない。

0090. まえだまさとし 2010/10/08_23:16:22
photo1  一旦チェックインしたもののあまりの苦痛に他の宿にするとフロントに申し出るとアラブ人の経営者らしき女性が他にもあるからそこに案内すると言われた。車に乗せられ数客メートル離れた宿に案内された。
photo2 こちらは外観は小ぎれいで雰囲気は悪くなく値段は同じだ。しかし部屋は共同シャワーで洗面台はまたつまっていた。そして案内された部屋はなぜか水浸しだ。よくこの部屋に案内できたものだと怒りを通り越してあきれ果ててしまった。

これならまだ水くみバケツのシャワーの方が清潔だった。マンディンバやクアンバのペンサンが懐かしく良心的に思えてきた。

モザンビークでは島以外でまともな宿にありつけないのだろうか。あとはマプトでの宿泊だが、こんな悲惨な宿も今夜で最後になればいいのだが。
photo3  南アフリカは治安が悪いと避ける傾向にあったが、ここまで苦痛な旅行を強いられると南アフリカの快適な環境が恋しく待ち遠しくなる。早く南アフリカに行きたい。
 ナンプラにはザンビアやマラウィで見た南ア資本のスーパーマーケットのショップライトが営業していた。しかし店内はスーパーだけでファーストフード店は入居していなかった。しかたなくバンを購入。
 
photo4 ナンプラで滞在した宿。高いくせにひどい宿だった。

0091. まえだまさとし 2010/10/08_23:18:56
photo1 今日はできるだけ何もしないで部屋でゆっくりしていたい。夕食は近くに中華料理があるようなので行ってみた。チャーハンとスープを頼んだが量が多く、チャーハンを残してしまいそれをテイクアウトしてもらうことにした。だいたいいつもその場で満腹になるが部屋に戻ってからまたお腹が減る事が多いのでテイクアウトは助かる。

 
photo2 夕暮れ時、駅の方へ行ってみた。マラウィ方面から来たとき利用したクアンバからの列車がちょうど今到着したところだった。周辺の路上市場でバナナを買ってみたら5個で5メティカシュ(13円)だ。
最初こんなに安くていいのかとまどってしまった。

これがモザンビークの庶民感覚なのだろう。中華料理や航空券の値段があまりにも庶民の感覚からずれていてこの国の貧富の格差を改めて感じさせられた。
photo3 夕日に染まる教会
photo4

0092. まえだまさとし 2010/10/11_02:39:24
photo1 【9月16日(木)】

 ナンプラでは今まで最悪ともいえるコストパフォーマンスの悪い宿に泊まることになった。朝から不快な気分で冷たい水を浴びていると体調まで悪くなってくる。そんなナンプラの宿を10時にチェックアウトをしてしばらく宿の周辺を散歩して時間をつぶした。
photo2 マーケットの鶏屋。
photo3 鶏を買いに来た客。
photo4 昼食はショップライトでパスタを買ったが高い割に激マズだ。

0093. まえだまさとし 2010/10/11_02:43:05
photo1  正午、宿の前を通りかかったタクシーで空港に向かった。ロンプラの相場よりも安い100メティカシュで向かうことができた。ザンビアでは国境の乗合タクシーの運転者がガイドブックにいくらと書かれているか聞いてきてその額を言ったら実は地元民はもっと安い値段で乗っていることが判明しロンプラも案外アテにならないなと思った事があったが、今回はロンプラに惑わされなかった。
 搭乗手続きは至ってスムーズ。
photo2 ナンプラからマプトまでのフライトは2時間だ。陸路だとかなりハードで過酷な旅路になる。安く行けるならまだしも物価の高いモザンビークでは陸路でもけっこう高くつく。しかもその労力に見合った見所は長い道のりの中で存在しない。
そんな結果、多少高くても僕には飛行機以外に選択枠はなかった。モザンビーク航空は機内食も美味く、乗務員もアフリカにしてはかなりまともに感じた。
photo3 機材エンブラエム190。ブラジル製の新品だ。地上では新車など見たこともないのだが空路は別世界だ。機材がブラジル製というのが同じ旧ポルトガル領つながりの一環なのだろうか。
photo4 ナンプラ空港のターミナルビル。一応タンザニア方面の国際線も飛んでいる。

0094. まえだまさとし 2010/10/11_02:46:15
photo1 機内サービスが始まった。
photo2 エビのカレーは予想以上においしかった。
photo3  途中ザンベジ川の河口がみえてきた。

上流にはあのビクトリアフォールズがある。
photo4 午後3時過ぎにモザンビークの首都マプトに到着した。
首都の空港だけあり、大規模でいろんな飛行機が見られる。

0095. まえだまさとし 2010/10/11_02:50:19
photo1 タラップを降りてターミナルへ。
photo2 空港からタクシーは使わず、がんばってミニバスで向かうことにした。
 マプトの人もみんな親切で周りの人に言われるがままに2台のミニバスを乗り継いで宿までたどり着くことができた。マプトは日中に関しては人通りも多く危険な雰囲気はない。
 ちなみにロンプラにはタクシーしか案内がでていなかった。ロンプラはアフリカ南部では公共交通機関の利用に関しては消極的だ。ヨハネスブルグ駅周辺の宿も掲載され得ないのがそれを実証している。所詮白人のためのガイドブックでしかないと今更ながら感じる。
photo3  マプトでは高級住宅にその宿はある老舗の「FATIMA’S バックパッカー」という宿に泊まることなる。
photo4 キャンプサイトは家屋の屋上にある。ここでテントを張ることになる。お湯もふんだんに出て清潔な宿にたどり着き、やっと普通の場所に戻ってきた安心感を感じた。
ちなみにキャンプは1泊350メティカシュ(875円)です。

0096. まえだまさとし 2010/10/11_02:55:55
photo1 夕食のため入ったハンバーガーショップでは店員に笑顔でありがとうと言ってきたことに感激。

今まで働かされている店員に愛想などなかった。普通のやりとりを自然にできる環境。実にすばらしい。
photo2 しかし先ほど書いたようにアダプターがなくなるという最悪な事態が発生した。
ナンプラからの飛行機に荷物を預けた際、パソコン用ACアダプター抜き取られてしまったのだ。
今まで預けた荷物からものがなくなった事は一度もなかったので油断していた。いざやられると気味が悪いものだ。他にもなくなっているものがないか確認したが大丈夫みたいだ。
しかし宿に着くまで全く気づかなかった。高い航空券を買わされたうえ、こんな仕打ちを受けるとは。モザンビーク航空のサービスはかなりいいと思ったのだが空港の地上職員が腐っていたのは残念だ。
photo3  こちらもアダプターを貴重品と認識していなかった落ち度があるが、まだまだモザンビークは普通の国になり得てないということか。パソコンは電池が切れたらアウトだ。アダプターは今後見つかるかわからない。でも旅行を続行するのに問題はない。でもこれを機会に今後はできる限り機内持ち込みにした方がいいという教訓を得た。
photo4 さらにマプトもネット事情はよくなく、見つけだした数少ないネットカフェはダウンしているわで最悪だ。明日来いと言われたがあまり信用できない。

このスレッドはここまでです。続きは
「アフリカ南部2(マプト〜レソト〜喜望峰)」を参照

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