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アフリカ南部(ナミブ砂漠とヒンバ族)〜帰国

0001. 旅名無しさん 2010/10/12_21:49:19
photo1 南部アフリカ完全攻略旅行の全行程は地図の通りです。
photo2 このスレッドの移動範囲はこの地図です。

ケープタウンからウィントフクに到着。
ナミブ砂漠とヒンバ族のいるオプウォに行ったあとキンバリーを経て帰国しました。
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0002. まえだまさとし 2010/10/12_21:54:04
photo1 【9月25日(土)】

 早朝にナミビアに入って最初のドライブインに立ち寄った。バスを降りるとひんやりしていたが、トイレの中は暖が効いていてナミビアも快適な旅行が期待できそうな気になった。
photo2 ウィントフクへ向かう格安バス。
バス会社の名前は確か「ベィリーズ・レオ」です。
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0003. まえだまさとし 2010/10/13_04:01:39
photo1 早朝にナミビアに入って最初のドライブインに立ち寄った。バスを降りるとひんやりしていたが、トイレの中は暖が効いていてナミビアも快適な旅行が期待できそうな気になった。
photo2 朝10時にウィントフクの中心部に到着。
photo3 予想通りビルの立ち並ぶ大都会で清潔感がある。アフリカで一番美しい首都と言われるだけのことはある。
photo4 町の中心を少し離れると閑静な住宅街が広がり、今夜泊まる予定のカメレオン・バックパッカーズもその一角にある。

宿は中庭にプールやバーもある。ドミトリーはスペースに余裕があり各部屋にシャワートイレがついていて快適だ。

値段は1泊100ナミビアドル(1200円)だ。
敷地内には旅行代理店もあり明日からの2日間のレンタカー予約もすませることができた。

0004. まえだまさとし 2010/10/13_04:04:24
photo1  中心部にはショッピングセンターがあり、そこから歩行者天国になっている辺りが中心部だ。

 規模は小さいがコンパクトに賑やかな場所がまとまっていてわかりやすい町だ。近くにある公園にはヒンバ族が露天を出していて金を出せば写真を撮らせてくれるようだ。ヒンバ族はカオコランドにある独特の風習を持った民族で最後に北部まで行ってヒンバ族に会いに行こうと思っている。
 しかし首都のウィントフクで見かけてしまい、ナミビア旅行が半分終わってしまったような気分になり複雑な心境だ。
photo2 町中で数少ない見所の教会。
photo3 宿に戻りケープタウンからの疲れもあるので今日はゆっくりすることにした。

夕食は亀谷さんと神田さんに食材を買ってきてもらい、牛ステーキとタイ米とサラダと卵焼きで結構豪華になった。
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0005. まえだまさとし 2010/10/13_04:08:59
photo1 【9月26日(日)】

 宿は朝食付なので助かる。

 9時過ぎに近くのバジェットレンタカーへ車を取りにむかった。今回は日産のティーダなので運転はしやすい。
 砂漠までの一番安全なルートを確認したがいまいち確信がもてずわかりずらい。宿に戻り三人分のバックパックを車に詰め込んでいざ出発。しばらくは舗装道路を南下するがその後は未舗装だ。
photo2 延々と未舗装道路を走っていたらハンドルを取られてコースアウトしてしまった。

その先の町があるソリティアに着いた時パンクしていることに気づいた。ついでにバンパーもゆがんでいる。

タイヤとホイールの隙間に石が入り込んでしまったようだ。オフロードでのパンクの原因がなんとなくわかってきた。スタンドの人にタイヤ交換してもらいパンクしたタイヤはその場で応急処置をしてもらいまた使えるようにしてもらった。とりあえず修理したタイヤはトランクにしまい、スペアタイヤで走る事にした。またパンクしたら交換しなくてはならないが、これでもう一度パンクしても大丈夫だ。ナミビアでは必ずパンクする事が定説になっていたが、まさか自分もそうなるとは思わなかった。
photo3 ソリティアはナミブ砂漠への中継地点で必ず立ち寄ることになる。
photo4 サボテンの花。

0006. まえだまさとし 2010/10/13_04:09:41
photo1 ソリティアの古い車を使ったオブジェ。
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0007. まえだまさとし 2010/10/13_04:13:30
photo1 タイヤ交換の様子。
photo2 自分でタイヤを交換などしたことなかったが、今回やり方を知ることが出来たのでいい経験になった。
photo3 一応バンパーがゆがんでいるがパッと見わからない。
photo4  ここにくる途中のソリティアで日帰りで砂漠に強行したがパンクして断念した日本人に会ったが、僕たちはなんとか頑張ってナミブ砂漠にたどり着きたい。

 そのまま砂漠の玄関口のセスリムにはウィントフクを出発して6時間後の4時に到着した。一度ここで給油だ。

 問題のゲートはここにある。ゲートの中に宿泊できないと明日砂漠の夜明けを見られなくなる。ゲート内にあるキャンプサイトは予約なしで強行した。でも到着が早かったので問題なく宿泊できる事になった。これで砂漠の朝日は確実に見れそうだ。

僕はテントで他の二人は車で寝ることになる。

0008. まえだまさとし 2010/10/13_04:14:45
photo1  途中パンクのトラブルがあり、一時はどうなる事かと思ったが、余裕を持って到着できた。セスリムのキャンプ場は自炊設備がなかったが、レストランの厨房を夕食の準備が始まる前までにという条件で借りることができ、時間が早いが食事にすることにした。
photo2  自炊は亀谷さんと神田さんに任せることにした。メニューはラムのステーキとパスタだ。レストランだと高いがずいぶん安く済んだ。
photo3  今夜は僕はテントで寝てあと二人は車で寝ることになる。セスリムのキャンプ場はシャワーは快適だが長期滞在向けの設備がないのであまりゆっくりする場所がない。
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0009. まえだまさとし 2010/10/13_04:16:55
photo1  夕食を早めに済ませたのでゲートのすぐ先に「ELIM DUNE」という夕日の見えるポイントがあり、車で行ってみることにした。砂漠の砂丘自体はおまけみたいな場所なのでそれほとでもないが赤い砂と夕日はきれいだ。いよいよ明日はナミブ砂漠だ。
photo2 ここは明日見に行く砂漠のおまけみたいなものだが。
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photo4  夕日が沈んだ後砂丘を下りようとしたが帰り道がわからなくなり少し焦ったがなんとか駐車場に戻ることができた。しかしキャンプ場へ戻るゲートの閉鎖時間を過ぎてしまい、ゲートの係員に「ここで寝るか」と嫌みを言われたがゲートを開けてくれた。明日は早いのでシャワーを浴びて早めに寝るのが無難だ。

0010. まえだまさとし 2010/10/13_04:25:54
photo1 【9月27日(月)】

 6時からゲートが開く。時間に合わせて出発の準備をしたが夜半過ぎから強風が続いていてテントを片付けるのも一苦労だ。砂嵐で星も見えないが日の出と共に収まってほしいものだ。ゲートに着いたらすでに3台ほど車が開くのを待っていた。ここで一番乗りになっても意味はないのでゆっくり向かうことにした。
photo2 最初のポイントは45キロ走ったところにあるDUNE45という朝日が見られるポイントだ。ゲート内は舗装道路になっているので走りやすかった。
photo3  ナミブ砂漠。まさに赤い砂漠。砂丘の高さに圧倒される。

 究極の眺めだ。
photo4 とりあえす目の前の砂丘の尾根を這うように登る。

0011. まえだまさとし 2010/10/13_04:27:28
photo1 とりあえす目の前の砂丘の尾根を這うように登る。足を踏み入れる度に砂が崩れ落ちている。尾根は風が強く吹き飛ばされそうになるが、雪山とは違い砂の斜面でブレーキがかかるので例えバランスを崩しても下まで転げ落ちることはなく意外と安全だ。
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0012. まえだまさとし 2010/10/13_04:34:56
photo1 当然の事ながら僕が尾根は先頭で登る事になった。
一番上を登っているのが僕です。
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photo3 そして一番高い場所でご来光を拝むことができた。僕より上には誰もいないので足跡もなくその風景に感激。
photo4 とにかくすごい所まで来たものだと今回の旅で初めて感じた。ここまでの道のりに苦労があったから一層そう思ったのかもしれない。今回のアフリカ旅行のハイライトとしての位置付けに間違いはなかった。

0013. まえだまさとし 2010/10/13_04:36:22
photo1 月と砂漠
photo2  朝日が昇った後砂丘の斜面を駆け下り車に戻った。
photo3 これがDUNE45の砂丘。
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0014. まえだまさとし 2010/10/13_04:38:28
photo1 その後車でさらに奥のソソスフレイに向かった。ソソスフレイの入り口に車を止めてここから四駆の車に乗り換える。5キロ走り、かつて湖が存在したソソスフレイに到着した。
photo2  今でも湖の湖底ははっきり残っていて離れて見ると水面のように見える。周辺には植物も自生してかつてオアシスだった事がうかがえる。
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photo4 野生動物の生息している。水がないのに不思議だ。

0015. まえだまさとし 2010/10/13_04:41:31
photo1 ソソスフレイのオアシスの川底にて。
10年ほど前から湖の水は消えたらしく環境破壊の一環なのか。とにかくもう湖が見られないのは残念だ。
photo2 ソソスフレイはオアシスというだけで砂漠の眺めはDUNE45にはかなわない。それでも砂丘の眺めは絶景だ。ただ風が強くてゆっくり出来ないのが残念だ。
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0016. まえだまさとし 2010/10/13_04:44:35
photo1 砂漠に自生する植物。
photo2 最後にデスバレーというポイントに立ち寄った。しかし風が強く風景を眺める余裕はなくなってきた。
photo3 ソソスフレイへの4輪駆動車で駐車場へ戻る。
photo4  それにしても明け方一時的に止んでいた風がまた急激に強くなってきた。



砂嵐のなか車に戻り、帰路につく。

これから砂漠に出発する人とすれ違ったが大変だろう。

0017. まえだまさとし 2010/10/13_04:46:51
photo1 帰り道時折視界ゼロになる。この状態ではほとんどスピードを出すことができない。気づけば周りの砂漠も全く見えない状態だ。朝だけでも穏やかになってくれたのは幸運だったとしかいえない。これから砂漠に向かう車とすれ違うが気の毒だ。途中DUNE45を通過したが霞んで見える中、砂丘を上ろうとする人がいる。

日が高くなるとただの砂山だ。
photo2  ソスリムのスタンドでタイヤの点検をしたらやはり砂利が挟まっていてパンクの原因になるので掃除してもらった。おそらくこれで順調に戻れるだろう。
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0018. まえだまさとし 2010/10/13_04:47:30
photo1 空気圧と掃除の費用は30ランド(360円)。
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0019. まえだまさとし 2010/10/13_04:50:23
photo1  再び未舗装の道をソリティアへ向かった。帰り道はスタンドで快適なルートを聞いたので来るときとは別ルートになる。途中ほとんど休まず、一カ所だけ急な峠を上ったが全般的に順調で二度目のパンクは避けられ舗装道路に戻ってきた。ウィントフクには4時に到着。
photo2  ケンタッキーで今日最初の食事を取ることになった。今夜、亀谷さんと神田さんとはお別れになるので砂漠のレンタカーとガソリン代の清算も済ませた。

 ナミブ砂漠はツアーに参加すると3日で35000円が相場らしいが我々は2日で6000円と宿泊代と入場料で済んだ。やはり今回も時間に拘束されないのが何よりだが今回は少しスリリングな旅になった。とにかくオフロードの恐ろしさを経験するいい機会になったが、他人に怪我をさせなくて本当に良かった。一時はどうなる事かと思ったが結果オーライで無事戻ってこられて良かった。
photo3  最後にザンビアに向かう二人をインターケープのオフィスに送り届けた。
 しかし神田さんがチケットを買うのにてこずりバスが先に町の中心の乗り場に行ってしまいそれを車で追いかけたりと最後までバタバタしてしまったが、この二人には食事などで本当に助けられ自炊のコツなども少しわかった気がする。
 
photo4  車は明日の朝返すので今夜は車でカメレオンバックパッカーズに向かった。しかしドミトリーは満員でキャンプサイトに泊まる事になった。この宿はシャワーや共有スペースが快適なのでキャンプでも問題ない。
 夜、宿に泊まっていたらこれからシェアして砂漠に行かないかと白人にさそわれた。みんな安く行きたいようだ。今日からひとりになり少し寂しい気もするが、ゆっくり眠れそうだ。

0020. まえだまさとし 2010/10/13_05:13:42
photo1 【9月28日(火)】

 朝レンタカーを返却しにいった。さすがにスペアタイヤに変えてあったこともあり入念にチェックされ、バンパーの損傷など問題を指摘され事故状況を説明することになった。

 保険は適用されるが500ナミビアドルの負担をすることになった。でも正直これで済んでよかった。車を返却できて一安心だ。
photo2  その後、中心部を散歩して駅へ行ってみた。駅への通りがかりバーンホフ通りというところがドイツ領の名残を感じる。駅舎もドイツ風だ。しかし北部への列車は運行されてないようだ。とりあえず明日ミニバスでオプウォに行ってみるがどうなることか?
photo3  宿に戻り、ナミブ砂漠で砂まみれになったズボンや靴を洗濯しなくてはならない。日中はテントの中は暑いので宿のリビングでのんびり。久々になにもしない日を作ることができた。
photo4  ウィントフクの街を散歩した。中心部はこぎれい亜ショッピング街でファーストフード店もたくさんある。

0021. まえだまさとし 2010/10/13_05:14:11
photo1  宿のオーナーの白人女性にオプウォまでのミニバス情報が載っていると日本語の情報ノートを手渡された。さっきオプウォに行きたい事をスタッフに少し話しただけなのにそれが伝わり情報ノートまで準備してくれるとは。日本語にもかかわらず、そこに何が書かれているかまで把握している事にも驚き、この宿のホスピタリティには感激だ。載っていたミニバス会社の電話番号に確認までしてもらい出発場所や料金も聞き出してもらった。そんなわけで明日出発できそうな雰囲気になった。オプウォはあまりにも不便であきらめかけていたが光が見えてきた。今回の旅最後のハイライトだ。
 夕食はケンタッキーをテイクアウトで済ませた。
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0022. まえだまさとし 2010/10/13_05:17:35
photo1 【9月29日(水)】

 朝8時にオプウォへのミニバスが出発する場所に向わないといけないが宿で頼んだにもかかわらず、なかなかタクシーが捕まらず、7時半になってやっと宿を出発する事ができた。乗り場は結構遠くて30分近くかかり、到着したら8時ですでにミニバスは満員だった。2台目のミニバスがあり人が集まれば出発するようで10時には出るらしい。しかたなく誰もいない車内で待つことにした。しばらくすると運転手があなたは不運だ。たぶん人が集まらないので今日はもうオプウォ行きは中止だ。明日の朝また来てくれと言い出した。
photo2  今回オプウォまでの直通バスが確実に走っている事を確認できただけでも収穫はあったのでバスに間に合わなかったことを冷静に受け止めることができた。

 直通がダメなら乗り継げばいい。北部の中心都市オシャカティまで行こうとタクシーを探そうとしたらこれからオプウォに行きたいというナミビア人が現れた。
 彼の名はシヘポ。彼もミニバスが行ってしまったことに呆然としている。
 明日まで待っていられないので二人でオシャカティ経由で行くことで話がまとまった。たとえオプオに今日着くのが無理でも現地の人と目的地が同じだと心強い。僕的には北部の町も少し見てみたいので遠回りも悪くはない。
photo3 タクシーで北部行ミニバス乗り場に向かい、オシャカティ行きのミニバスはすぐに見つかり出発。9時前にはウィントフクを離れることができた。
 ミニバスは飛ばすので距離の割に時間はかからない。しかしツメブで警察に捕まった。アフリカで乗っているミニバスがスピード違反で捕まるのはこれで4回目だ。ミニバスはアンゴラへの分岐の町であるオンダングァまででここでオシャカティへはタクシーに乗り換えることになったがタクシー代は徴収されなかった。
photo4 オシャカティへ向かう道はアンゴラ国境に近いせいか検問があり渋滞していた上、僕自身もチェックを受けることになった。
 もう日が暮れかかっているのでオシャカティで一泊するのを覚悟していたがオシャカティですぐにオプウォ行きのミニバスは見つかった。我々を待っていたかのように2人を乗せてすぐに出発した。時間は5時半。あまりにもスムーズなので誰かが連絡してくれたのかもしれない。あり得ないくらい乗り継ぎはスムーズで今日中にオプウォに着ける事になった。
 アンゴラ国境に沿って続く道路は舗装されていて所要時間は予想以上に早い。

0023. まえだまさとし 2010/10/13_05:18:28
photo1  夜9時にはオプウォに到着した。同伴のシヘポに紹介された中心部の安い宿に泊まることにした。しかし値段は350ランド(4200円)もしてハボローネ以来の高額の宿になってしまった。

 とりあえずこの宿は今夜一泊だ。予定より時間もカネもかかったが今日中にオプウォに着けて結果オーライといったところか。
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0024. まえだまさとし 2010/10/13_05:22:13
photo1 【9月30日(木)】

 宿は朝食付きだがさすがにこの値段で連泊は厳しい。かといって他に安い宿のあてもなく街から離れたキャンプ場にでも泊まるしかないのだろうか。
 10時のチェックアウトまでオプウォの街を歩いてみた。さっそくヒンバ族の姿を目にする。
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photo3 あちこちにいて完全に街に溶け込んでいる。21世紀に入って久しいが非文明的な裸族が町の中を行き交う姿を目にして不思議な気分になる。
photo4 とはいえこの町ではヒンバ族より黄色人種の僕の方が珍しい存在なのたが。ヒンバ族にも注目され変な気分だ。写真を撮るとお金を払わないといけないのでカメラには注意が必要だ。
 今夜の宿泊先も決まらないまま10時にチェックアウトした。その際ホテルにヒンバ族のツアーをアレンジしてもらうといくらか聞いたら2000ナミビアドル(24000円)はかかるようだ。単独行動でしかも車がないと大変だ。ここまで来たがヒンバ族の村は諦めつつある。とりあえず安い宿に移動することにした。

0025. まえだまさとし 2010/10/13_05:25:51
photo1 そんな中、町の中心部で偶然にも日本人グループに遭遇、近くに安い宿がある事を教えられた。アバゲストハウスという宿で僕もこの宿の存在は知っていた。しかし場所も名前もわからなかったので探しようがなかった。
だがすぐ近くだと教えられ向かうことにした。結果120ナミビアドル(1440円)の安い部屋に泊まりことができた。この値段でシャワー付きだから驚きだ。とりあえず快適なオプウォ滞在は約束された。
photo2 アバゲストハウスの部屋。
photo3 宿の敷地内に学校があるようで子供たちでにぎやかだ。
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0026. まえだまさとし 2010/10/13_05:26:31
photo1 アバゲストハウスにいた子供たち
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0027. まえだまさとし 2010/10/13_05:29:55
photo1  再びヒンバ族が行き交う町の中心部へいってみた。スーパーマーケットに入ったらヒンバ族がレジで支払いをしていた。

 このアンバランスなシチュエーションが気に入り写真を撮らせてもらった。
photo2 それにしてもオプウォは観光の町かと思っていたが案外観光客には無関心だ。値段はともかくヒンバ族の村に行かないかと誘ってくる路上ガイドも見あたらない。写真を撮ってくれというヒンバ族の人も現れない。そういう意味では観光ズレしてないのかとも思う。
photo3 町の中心にヒンバ族のマーケットがあったので行ってみた。

ここで一杯やることになった。
photo4 ヒンバ族の人々

0028. まえだまさとし 2010/10/13_05:30:48
photo1  日中、間近で竜巻が発生し、後ろから舞い上がる砂埃の渦がこちらに来たのでびっくりして逃げてしまった。

 竜巻から逃げたのは生まれて初めての経験だ。竜巻が直撃した露天は半壊状態だ。
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0029. まえだまさとし 2010/10/13_05:35:17
photo1 比較的観光客が集まる町の中心でお土産物を売っている女性から初めてヒンバ族の村に行かないかと声がかかった。

この女性はイタリアのガイドブックにも紹介されている有名人らしい。日本語も挨拶だけだが知っているのでそれなりに実績はありそうだ。一人で車なしだが大丈夫なのか。

交渉の結果総額400ナミビアドル(4800円)との事だが、行けるなら多少の出費も惜しまないが車も出してもらってこの値段なら納得の範囲内だ。
photo2  夕方からは写真撮影に適した時間帯だ。黄昏時のヒンバ族の人々はかなり絵になり美しい。
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photo4 薪を運ぶ少女たち

0030. まえだまさとし 2010/10/13_05:35:44
photo1 薪を運ぶ少女たち
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0031. まえだまさとし 2010/10/13_05:36:36
photo1 明日の村訪問もあるので今日は撮影は控えめにして夕食は露天の牛のバーベキュー。安くて満腹だ。
photo2 野良ブタの親子
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0032. まえだまさとし 2010/10/14_23:34:53
photo1 【10月1日(金)】

 9時前に村へ連れて行ってくれるエリザベスの元へ向かった。彼女は僕を待っていた。
photo2 ヒンバ族の村に行く際、食料品などおみやげを持っていく習慣がある。そのおみやげを買うためスーパーに入った。
photo3 トウモロコシの粉10キロ、砂糖や油を100ナミビアドル(1200円)分購入した。
photo4 スタンドで待っていると迎えの車が現れた。

今回この車を準備してもらったので高く付いてしまったが結果としていくことが出来てよかった。

0033. まえだまさとし 2010/10/14_23:37:30
photo1 未舗装の道をゆっくり走ること40分。

オプウォの街から15キロほど離れたヒンバ族の村に到着した。
 訪問といっても埃っぽい水場もないような村なので長居はできない。しかも日中なので暑い。宿泊している旅行者もいるようだが僕は無理だ。
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0034. まえだまさとし 2010/10/14_23:39:17
photo1 村のヒンバ族の女性。


基本的に村の人々は英語が通じないのでエリザベスに通訳してもらうことになる。
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0035. まえだまさとし 2010/10/14_23:47:31
photo1 ヒンバ族の女性は全身に山羊のバターと赤土を混ぜたものを塗っている。
photo2 あとヒンバの人々は一生水を浴びることはなく、消臭効果うかのある煙を体に纏う実演をしてくれた。
photo3 ヒンバの子供たち。
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0036. まえだまさとし 2010/10/14_23:50:05
photo1 ヒンバ族の村にて
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0037. まえだまさとし 2010/10/14_23:52:15
photo1 最初この村にはあまり人は住んでいないのかと思っていた。すると帰り際20人くらいの女性たちが集まってきた。

もちろん挨拶代わりに物を売りに来ただけだ。なにも買わなくてもいいのだが、ヒンバの人形を記念に買っておくことにした。
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0038. まえだまさとし 2010/10/14_23:54:27
photo1  車がないこと加え一人だという悪条件で一時は村に行くのは諦めていた。そんな中、短時間だったがナミビア辺境の地まで来て、村を垣間見れる事ができてよかった。

ナミビアでは砂漠とヒンバ族は絶対はずせなかった。
photo2 ヒンバ族の村にて
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0039. まえだまさとし 2010/10/15_00:34:28
photo1  これからは無理をしないで帰国するだけだ。昼前にオプウォの町に戻ってきた。日中は暑いので動き回らず宿でゆっくり。
 夕方、中心部のヒンバのマーケットに行ってみた。
photo2 今朝世話になったエリザベス(右)と再び対面した。
photo3 オプウォの町にて
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0040. まえだまさとし 2010/10/15_00:35:31
photo1 夕方になるとヒンバ族の人々がトラックに乗って村へ帰ってゆく。
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0041. まえだまさとし 2010/10/15_00:37:01
photo1 町のターミナルになっているガソリンスタンドに明日のウィントフク行きのミニバスが停まっていたので念のため予約を入れておくことにした。

いつ出発するかはわからないが7時集合とのこと。
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0042. まえだまさとし 2010/10/15_00:41:45
photo1 【10月2日(土)】


 昨日ミニバスの予約をしていたが、土曜は人の集まりが悪いのか朝7時の時点でまだ3人しか客が集まっていなかった。ミニバスは原則10人集まらないと出発できない。

 ここに来るとき、ウィントフクでは時間通りに行ったら定員オーバーで乗れず、帰りは人が集まらずなかなか出発できずで最後までアフリカの非効率な交通システムに惑わされる。

ノートに乗車する人の名前が書かれるがなかなか増えない。
photo2  10時を過ぎて徐々に人は集まり始めたが今夜6時のウィントフク発のインターケープのアッピントン行きに乗るのは無理そうだ。でも今日は人が集まらないから運休だというのは避けられそうで助かった。
photo3 11時にやっとエンジンがかかりスタンドでガソリンを入れた。そして出発かと思ったらスタンドの向かいの酒屋の駐車場に入った。出発と当時にいきなり休憩となった。

さすがに勘弁してくれという気分になった。酒屋で飲み物を買ったりして10分後やっとオプウォの街を出発した。時間は11時20分。
 出発したら速いのかと思ったが寄り道したりけっこう先が思いやられる。ミニバスは10人集まらないと出発しないのだが、今日は8人で出発してくれた。だから寄り道くらいは多めにみてあげたい。途中で客を拾うこともあるだろうし、ウィントフクまでは時間がかかりそうだ。
photo4  もう今夜のインターケープに乗るのは諦めているので今日中に到着してくれれば問題ない。ウィントフクのカメレオンバックパッカーズはテントなら予約なしでも大丈夫だろう。逆に順調に出発して時間がかかり到着がギリギリになって乗り継ぎの夜行バスに乗れるかどうか焦るよりゆとりを持って移動できるので無駄な神経を使わなくていい。

0043. まえだまさとし 2010/10/15_00:46:00
photo1  ミニバスは途中大きな町を通らないので単調な走りが延々続く。

 オプウォまでは完全に舗装されていたのでレンタカーでも問題なかった。やはり砂漠方面だけが悪路でパンクの危険性が高かったようだ。
photo2  結局ウィントフクに到着したのは19時になってからですでに日が暮れていた。ミニバスはまずオプウォからの住民が住むタウンシップ(バラックでできたスラム街)に立ち寄った後、それぞれの乗客を目的地に送ってくれることになった。最悪タクシーで宿に戻ることを考えていたので助かった。またカメレオンバックパッカーズに最初に行ってくれたのも嬉しい。

 さすがに最初から乗っている客なのでその配慮は当然かもしれないが。別れ際の「中国に帰るのか?」は余計だが。
photo3 久々にカメレオンバックパッカーズに戻ってきてホッとした。キャンプサイトは誰もおらず、僕のテントだけだ。
 夕食は近くのケンタッキーに行ったが長蛇の列で買うのを諦めた。こんな店にいつも長蛇の列ができているのを見ると食に貧しい国だなと感じる。向かいのスタンドでホットドッグとチキンを購入した。スタンドのメニュー不味いが少し安く待たなくていいので案外助かる。
photo4  カメレオンバックパッカーズで東芝のパソコンを持っていたギリシャ人のおじさんにアダプターを借りることができた。松下は16Vで東芝は19Vだが電源を入れないで充電だけなら大丈夫だろうと試してみた。結果として期待ははずれた。これですべての希望が断ち切られた感じだ。帰国まで電源を入れるのは無理だ。最初ノートパソコンを持っている日本人旅行者に会い、メーカーが違うと互換性や電圧が違うことを知る。結果としてプラグが同じ東芝でも充電すらできないことが判明した。しかもこの無理な充電でパソコンが壊れたのではと余計な心配も増えた。
 今回のアダプターのゴタゴタは今まで意識しなかったパソコンの目立たない部分を知る結果になると同時に海外に持って行くパソコンメーカー選びは重要だと思い知らされた。

0044. まえだまさとし 2010/10/15_00:49:24
photo1 【10月3日(日)】

 昨日ウィントフクに戻るのが遅くなり出発は今日の夜になった。今日は特にする事はなく、朝食をとった後インターケープへ今夜の切符を買いに向かった。値段は当日購入なので安くない。でもこれでナミビアを出国できる。
photo2  インターケープの事務所のさらに外れに大型ショッピングモールを発見した。日曜ということで車での買い物客で賑わっている。

 昼前に宿に戻ったがする事もない。とりあえずテントを片付けてくつろぐことにした。

 インターケープのバス乗り場まで送迎があるようで利用することにした。何度も利用したカメレオンだバックパッカーズだが、最後まで快適だった。
photo3  18時にバス乗り場にやってきた。アッピントン行きのバスはリビングストンと同じでボロバスでがっかり。座席も狭い。

 高い金を払わされたものだ。バスは最初ガラガラで2席独占できたが、途中から込んできた。


 出発前日本人旅行とビールを飲んだせいで腹が痛くなり今回の旅の移動時最大のピンチになった。バスにトイレは付いているがほとんど休憩しないのでかなり辛い。
photo4

0045. まえだまさとし 2010/10/15_00:53:47
photo1 【10月4日(月)】

 腹は何回かトイレに行っているうちに治まった。

 明け方に国境を通過することになった。南アへの出入国はなんの問題もなくスムーズに手続きは終了。電子機器の持ち込みの紙もほとんど見ないで処理された。やはり検査の厳しさは入国時の格安バスに問題があったということか。
photo2  その後2時間ほど走ってアッピントンに到着した。バスはインターケープのの事務所に到着した。
 大半の乗客はここから南ア各地へのバスに乗り換えるようだ。
photo3  僕はキンバリーに向かうため近くのミニバス乗り場に歩いて向かった。

 閑散としたアッピントンのミニバスターミナル。

 キンバリー行きは相変わらず人が集まらないと出発しない。でもキンバリーは同じ州の州都ということで集まりは悪くなさそうだ。南アのミニバスはナミビアや周辺国に比べてシステム化され、車も新しいので利用しやすい。
photo4 9時にミニバスはアッピントンを出発。キンバリーまでは4時間だ。

0046. まえだまさとし 2010/10/15_01:17:12
photo1 アッピントンからキンバリーまでは4時間で午後2時に到着した。予定より早く着いたのでこのまま今日観光できそうだ。
photo2 シティーホール前でミニバスを降りることになった。
photo3  キンバリーは南アフリカの発展や歴史において最も重要な場所だ。この町で採掘されたダイヤモンドか南アフリカ共和国を語る上で避けては通れない。今回の旅行の最後にこの場所に立ち寄れたことには大きな意味がある。
photo4

0047. まえだまさとし 2010/10/15_01:22:11
photo1 宿は少し高いが中心部のサボイホテルに泊まることにした。

このホテルは1892年創業でキンバリーの老舗ホテルだ。当初からこの町の発展を見守り続けてきた。
建物の外観はかつてに比べ簡素になっているが、館内は重厚な雰囲気が残っている。
photo2 かつてはこんな感じだった。
photo3 エントランス。
photo4 1泊642ランド。約8000円もする。
しかし部屋の設備にその価値は見いだせない。

0048. まえだまさとし 2010/10/15_01:24:10
photo1 しかしキンバリーはバックパッカー向けの安宿が中心部になく、この宿しかなかった。

でも今回の旅行で初日のバンコクを除いて初めてホテルらしい場所に泊まることになった。また初めてバスタブのお湯に浸かることができた。
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0049. まえだまさとし 2010/10/15_01:25:34
photo1  キンバリーの見所はビッグホールだ。市庁舎前から博物館までトラムが出ているとの事だったが、駅に行ったら線路は錆び付きとても運行されているように見えない。
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photo3 仕方なく線路に沿ってビッグホールを見下ろせる鉱山博物館まで歩いて向かった。
photo4 途中雰囲気のいいバーがあった。

0050. まえだまさとし 2010/10/15_01:30:40
photo1 鉱山博物館は営業しているのか怪しかったが、問題なかった。
しかし観光客はまばらだ。
photo2 敷地内には100年前の街並みが再現されていた。
photo3 このトラムが市庁舎まで運行しているはずだったが廃止になったのかもしれない。
photo4 こちらは木造の年季が入った列車。

0051. まえだまさとし 2010/10/15_01:31:43
photo1 キンバリー鉱山博物館。この町並みを見るだけなら入場料はかからない。
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0052. まえだまさとし 2010/10/15_01:33:35
photo1 入場料を払いビッグホールの展望台に向かった。

穴は今では大きな水溜まりになっている。南アフリカ共和国といえばこの穴をイメージすることが多かった。それを自分の目でみれて感激だ。
photo2 ビッグホールの要項。
photo3 採掘のための設備が機具が展示されている。
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0053. まえだまさとし 2010/10/15_01:34:58
photo1 線路がなくても走れる蒸気機関車。
photo2 こちらは線路の上を走り蒸気機関車。


トロッコを引いてトンネルの中を走っていたようだ。
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0054. まえだまさとし 2010/10/15_01:41:17
photo1 エレベーターで地下におり坑道を再現したトンネルを歩いて採掘現場の雰囲気を味わえた。
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photo4 最後に博物館があり、ここでいろんな種類のダイヤの原石を見学した。

ひときわ目を引く巨大なダイヤの原石が展示されていたが、価値がわからず、あまり魅力は感じないがおそらくとんでもないものなのだろう。

0055. まえだまさとし 2010/10/15_01:42:32
photo1  ビッグホールをあとにし市街地へ戻った。

 明日のヨハネスブルグ行きのバスを予約しようとしたらすべて満席。まぁ無理して高いバスに乗る必要はない。キンバリー発のバスなどないので予約が遅かったということか。

 いったん宿に戻った後、駅にヨハネスブルグ行きの列車を確認に行ったら全便運休とのこと。これで迷いはなくなった。結局選択枠はミニバスしかなかったようだ。一番使いやすく安いのだかヨハネスブルグ到着時に少し不安はある。でもしかたない。
photo2  夕食はパキスタン人の店でマトンカレー。やはり米がうまい。
値段も300円ほどと安い。
photo3  キンバリーはあまり治安は良くないので日が暮れた後はせっかくの高めの宿なのでゆっくりすることにした。
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0056. まえだまさとし 2010/10/15_01:46:23
photo1 【10月5日(火)】

 
 今朝は高い宿泊費を払っているだけあり、比較的まともな朝食となった。
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0057. まえだまさとし 2010/10/15_01:47:09
photo1 ホテルの館内にはキンバリーの歴史を写した写真が至る所に掲げられている。
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0058. まえだまさとし 2010/10/15_01:49:32
photo1  あまりゆっくりしていられないので食べたらすぐチェックアウトを済ませ歩いてミニバス乗り場に向かった。

 キンバリーの長距離ミニバス乗り場は閑散としていたがヨハネスブルグ行きが人数が集まり出発するところだった。

 グッドタイミングで9時にはキンバリーを出発できた。
photo2 ヨハネスブルグへのミニバスは中国製でハイエースのパクリだった。運転席の内装がハイエースと全く同じだったのでしばらく気が付かなかった。しかし妙に乗り心地が悪く、スピードもあまり出ず100キロを越すと妙な振動が発生する。最初運転手が安全運転をしているだけかと思ったが単にスピードが出せなかっただけのようだ。南アのミニバスは必ずハイエースで今まで140キロを出しても安定した走りをしていたがこの中国製ハイエースは普通に走っていてもきしみ音やら振動が気になって仕方ない。
photo3  中国製は外観や内装は真似できても走りまでは真似できてないことがはっきりわかった。
 キンバリーからヨハネスブルグまでは道が悪く、工事中の箇所も多かった。その上、この中国製でのんびり来たので6時間もかかった。(似たような距離のブルームフォンテンへは4時間だった)
photo4 中国製ハイエース。

0059. まえだまさとし 2010/10/15_01:50:39
photo1 やがてヨハネスブルグの大都会が見えてきた。
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0060. まえだまさとし 2010/10/15_01:53:40
photo1 ヨハネスブルグでは中央駅に近い場所でミニバスを降りることができた。
駅構内に入り、まず一安心。


 とりあえず今夜泊まる宿にピックアップに来てもらうよう電話を入れたら40分後に来てくれるらしい。
photo2  今夜の宿は「イーストゲート・バックパッカーズ」。地球の歩き方にも載っている宿だ。英語での電話は苦手だが日本人が多い宿なので慣れた感じで対応してくれた。
photo3  40分後宿のステラさんが中央駅構内まで迎えにきてくれた。車に行くと旦那のマイクが待っていた。夫婦で迎えに来てくれたようだ。残念ながら今日は日本人は泊まっておらず客は僕だけらしい。そんな僕も一泊だけして明日出発だ。
 駅までの迎えは無料で空港までの送りは160ランド(1920円)で宿泊費は120ランド(1440円)だ。駅から空港まで一泊付きで280ランド(3360円)と考えれば安いものだ。もう危ない町をバックパックを背負う必要もない。
photo4

0061. まえだまさとし 2010/10/15_01:55:42
photo1 駐車場から見たヨハネスブルグ中央駅周辺の高層ビル群。
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photo3 フリーウェイから見たヨハネスブルグの高層ビル。
photo4 なにやら煙が上がっていた。ゴミが燃えているようだ。

0062. まえだまさとし 2010/10/15_01:57:24
photo1 宿に着いた。

治安を考慮して宿に看板は出ていない。
photo2 マイクが近くのスーパーに買い物に行くらしくついて行くことにした。夕食のテイクアウトを買って一度宿に戻り、再度宿周辺を散歩することにした。周辺は治安は問題ないようだが電流の流れた有刺鉄線の塀が不安にさせる。
photo3 周辺の交差点では若者たちが車のガラスを掃除して小銭を稼いでいた。
photo4

0063. まえだまさとし 2010/10/15_01:58:36
photo1 ヨハネスブルグ郊外の交差点にて
photo2 はるか西の彼方にヨハネスブルグの摩天楼が霞む。そして夕日がきれいだ。

アフリカでの1ヵ月。何度か問題も起きたが、結果としてアフリカ最後の夕日をヨハネスブルグで平和な気持ちで眺める事ができて本当によかった。


明日帰国だ。
photo3
photo4

0064. まえだまさとし 2010/10/15_02:18:40
photo1 【10月6日(水)】


 アフリカから出発の日。出発まで近くのショッピングセンターやマーケットへ行ってみた。宿周辺は徒歩圏内に生活に便利な場所がそろっている。

 宿の近くにあったマーケットのゲート。
photo2 列車やキャンピングカー、2階建てバスなどいろんなものが置かれて買い物より興味深い。
photo3
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0065. まえだまさとし 2010/10/15_02:20:16
photo1 歩いて中華街にも行きたかったが途中に中国系の巨大なマーケットがありそこに行って戻ってきた。
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photo4 ヨハネスブルグの中華街も見てみたかったが時間がなかったので残念だ。

0066. まえだまさとし 2010/10/15_02:23:51
photo1  宿周辺の閑静な住宅街を歩いていると昔オーストラリアにホームステイしたときの事を思い出す。

今泊まっている宿が僕しかいないのでなおさらそう感じる。とはいえ遙かかなたのヨハネスブルグの摩天楼に目をやると南アフリカ共和国にいるという現実に戻り不思議な気分になる。

とにかくここは緑の多い環境のいい場所だ。
photo2 午前11時に宿の人に空港まで送ってもらった。ヨハネスブルグの治安が悪いのは大半がネタで印象としとは予想以上に落ち着いていたので今後もアフリカに来る際、拠点にするには都合がいい場所だと感じた。


ヨハネスブルグ・オリバータンボ国際空港までは30分かからないが、常に車が多く渋滞が危険だ。

拡張され規模は大きくなったが国際線ターミナルは改装されただけで狭く感じる。ラウンジもシャワーがあるのはいいがあまり特徴はない。
photo3 ラウンジの軽食コーナー。
photo4 タイ国際航空でバンコクまでは11時間。

 あまり寝られない時間帯でずっと本を読んでいた。

0067. まえだまさとし 2010/10/15_02:27:19
photo1 【10月7日(木)】
photo2  バンコク到着。

今回は空港から100バーツ(260円)の特急で向かった。中はクロスシートで座席は多いがガラガラでマッカサン駅まで15分かからない。ちなみに普通は30分近くかかり超満員。
photo3 到着したマッカサン駅は将来的にシティエアターミナルになるため妙に巨大だ。

空港のように到着ロビーなども完成しているが、今は機能していない。
photo4 チェックインカウンターも完成していた。しかし今はまだそれらは意味がなくだだっ広くて閑散としている。

0068. まえだまさとし 2010/10/15_02:33:49
photo1 しかもマッカーサン駅で唯一乗り換えができる地下鉄の駅まで連絡通路がなく、道端を歩かないといけない有様だ。

これならBTSに乗り換えるパヤタイ駅の方が使いやすい。
photo2 マッカーサン駅につながっているのは地下鉄ペッブリー駅でここからホアランポーン駅に向かった。

地下鉄は入り口で荷物チェックがある。バックパックを持っていると結構面倒くさい。

そしてスクンビットまでの一駅だが朝のラッシュに巻き込まれた。空港から列車を乗り継ぐのは大変だ。ここ最近タクシーしか使ったことがなかった。改めて公共交通機関に回帰しようと努力してみたが荷物が多いと厳しい。

 でも時間が読めるのはいいのだが。
photo3
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0069. まえだまさとし 2010/10/15_02:35:35
photo1  今夜の宿はシークルンホテル。久々の旅社だ。この宿は15年ぶりか。

1泊650バーツ(1700円)。
値段はほとんど変わっておらず設備の老朽化が気になるが問題なさそうだ。
photo2 部屋にはベランダがありチャイナタウンを一望でき、ロケーションは最高だ。
 時差ボケと機内で一睡もしていないので昼寝をすることにした。
photo3
photo4

0070. まえだまさとし 2010/10/15_02:36:50
photo1 起きたら午後2時だった。
photo2 近くの北京飯店でカツ丼とトムヤムクンをたべた。日本食擬きが有名なこの店だが、タイ料理もチェックしておかなくてはいけない。でトムヤムクンはエビも多くなかなかうまかった。
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0071. まえだまさとし 2010/10/15_02:38:22
photo1  明日帰国だが時間もあるのでバンコクで覗いておきたい場所がある。バンコクの秋葉原といわれるパンチッププラザというパソコン専門の複合ビルだ。プラトナームの外れにあり少し不便だが歩いて向かった。
photo2 ここがパンチッププラザ。
photo3 適当に店を覗いていたら南アフリカであれだけ探した16ボルトのアダプターがここで簡単に見つかったのだ。配線部品を扱うテナントで売っていたのだ。さすがバンコクだとしかいいようがない。あまりにもあっけなかったので今度は本当に使えるのか心配になったが問題なかった。しかし純正ではないので今後パソコンを転売する際、アダプターは新しく買い直す必要がある。でも帰国前にパソコンの電源が入り、帰国後にドタバタする必要がなくなった。とにかく生き返った気分だ。
photo4  夜チャイナタウンを歩いてみた。燕の巣やフカヒレを出す店がかなり多く、たくさんの客で賑わっている。また屋台もたくさんでていて海産物の炉端焼きがうまそうだ。とはいえ僕はあまり金を使えないので麺とデザートですませた。

0072. まえだまさとし 2010/10/15_02:42:36
photo1 【10月8日(金)】

 時差ボケのため12時のチェックアウトギリギリまで宿にいて夜まで荷物を預かってもらい街へ出た。
photo2 サヤームスクエアの現状。


先の争乱の際、焼き討ちにあった映画館周辺は更地になっていた。
photo3 確実に復興は進んでいるがまだしばらく時間がかかりそうだ。
photo4

0073. まえだまさとし 2010/10/15_02:45:05
photo1  早めに空港へ向かうことにした。
 帰国の飛行機は22時発。

タクシーは使わず電車を乗り継いでみた。しかし地下鉄も空港行きの普通も込むので荷物が多いと大変だ。

 成田行きは22時10分発。別にかまわないが機内食はなかった。おかげですぐに寝る体制に入れるが時差ボケでそうはいかない。
photo2
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photo4

0074. まえだまさとし 2010/10/15_02:50:39
photo1 【10月9日(土)】

バンコクから成田まで強めの追い風の影響で所要5時間と早かったのはのはいいが、機内は終始揺れ続けた。

どう考えてもシートベルト着用サインは消さないだろうと思う状態で無理やり消して機内サービスをしている感じで危ないフライトだった。

こうでもしないとトイレにもいけなくなるので無理もないが機長は判断に悩んだことだろう。
photo2  成田には6時に到着した。我々の便だけ極端に早く、他に到着便はない。都心への列車はこの時間使い勝手の悪いものしかない。おかげで選択枠が限られ金を使わずにすむので助かる。
 スカイライナーやモーニングライナーの運行はしばらくなく、スカイアクセスのアクセス特急に乗ることになった。

写真は新設されたスカイアクセスの一般列車用ホームへコンコース。
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photo4 アクセス特急のホーム。この時間帯はすべて都営浅草線直通で日暮里に出るには青砥で乗り換えなくてはならず不便を感じる。

京成のスカイライナーに乗せるための戦法なのだろう。

(以上)アフリカ南部諸国完全攻略/アフリカ南部(ナミブ砂漠とヒンバ族)〜帰国

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