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憧れていた頃のアメリカ(1991)⑦

0001. 旅蔵 2011/08/27_10:23:45
photo1 1991年5月11日ロサンゼルスから反時計回りに始めた旅も到々一周してしまいました。6月19日ロサンゼルスからフラッグスタッフへやって来ました。グランドキャニオンを見るためです。
フラッグスタッフでは、レンタカーをシェアするため、バスディーポで待機して一緒に借りてくれる人を探しました。結果、「地球の歩き方」のスタッフ(永岡さん)とイギリス人女性2人を含む計4人でグランドキャニオンへ。
蛇足ですが、知り合ったイギリス人女性はかわいかった。普通に可愛い部分に加え、男女平等に極めて敏感で、結果、男勝りに強くなった女性と違って、一歩引くという強さが女性の強さだと思いますが、そんな部分もありました。男勝りに男のように強くなるのは、女性の本質から逸脱した行為(女を捨てる)で、それはそれで結構ですが、知り合うなら女性の強さを持った可愛い女性がいいです。
photo2 グランドキャニオン。
旅で人生観が変わったと言う話を時折耳にしますが、そんなんで変わるのは自分が安っぽく思えるので思わないことにしています。しかし、初めてここを見たときは、自分の価値観がちっぽけで打ちのめされたのを思えています。
普通視界に移る全てのものは、それが何か判別できるものですが、地面からいきなり開けたこの景色は一体それが何なのか理解できず、パニックになりました。天と地の区別がつきません。余りに巨大すぎて自分の範囲を超えていた為です。自分は理解できるものを急いで探しました。自分の履いている靴です。靴先から自分の踏んでいる地面を目で追い、近くの地形を理解し、それから徐々に遠くに目を向けて空と地の境目である地平線を見つけました。グランドキャニオンは余りに遠くまで続いており、その景色は和紙に垂らした何色もの絵の具の
photo3 ようで、それが空まで続くので、空でも地でもない別の世界に見え、パニックを起こしたのです。
photo4

0002. 旅蔵 2011/08/27_10:38:21
photo1 グランドキャニオン
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photo3 ちっぽけな自分。
因みにジーパンに長袖のセーターを巻いているのは、ジーパンのお尻の所がすっかり破れていて、それを隠すためです。持って行った長ズボンはこれ一本で、コインランドリーで洗濯した際、破れてしまい、それがどんどん広がっていきました。アメリカの洗濯機は強力で大雑把です。
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0003. 旅蔵 2011/08/27_10:44:48
photo1 グランドキャニオンは日が暮れるまでいました。時間と共に影が変わり違う風景になるので、一日中見ていても飽きません。夕方になると、グランドキャニオンは色も変わっていきます。
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0004. 旅蔵 2011/08/27_11:00:44
photo1 6月20日フラッグスタッフからメテオ・クレーターへ自転車で向かいました。45マイル(55km)の過酷な観光です。クレジットカードが無いので車を借りることが出来ず、レンタルサイクル($22)です。メテオ・クレーターの観光客にも爆笑されてしまいました。
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photo3 爆笑された男
photo4 フィルム写真の時代に、こんな勿体無いシャッターを切りたくなるほど空が澄んでいました。

0005. 旅蔵 2011/08/27_11:07:05
photo1 メテオ・クレーター
photo2 この地平線の彼方からチャリでやって来ました。
photo3 周辺は砂漠なので、自転車で帰る途中の道の脇には、サボテンの花が咲いていました。
photo4 乗っていた自転車です。だぁ〜!疲れたぁ〜!

0006. 旅蔵 2011/08/27_11:15:37
photo1 砂漠の植物図鑑です。
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0007. 旅蔵 2011/08/27_11:30:16
photo1 コンボイです。
フラッグスタッフからメテオ・クレーターまでは、ずっと下り坂の追い風で常時時速13キロぐらい出ていた為、3時間半ぐらいで到着したのですが、と言う事は、帰りはずっと上り坂。風もずっと向かい風で、コンボイが後ろから脇を通過すると風圧で少し進むので有難かったのを覚えています。
陽も真正面から差し、喉もカラカラになりました。
photo2 遠くには電車が停まっています。
photo3 帰りの道で、こんな虫を見つけました。指で突付くとお尻を持ち上げます。
photo4 体力的にテンパってたので、つまらん写真を2枚も撮ってしまいました。へとへとでしたが、月までチャリで行ったと思えば良いと納得して自分に言い聞かせました。砂漠にはウサギや黄色くて大きなトカゲなども見かけました。
フラッグスタッフに着いたのは夜遅く。レンタルサイクルのショップは既に閉まっていたため、泊まっていたユースホステルのおじさんに自転車を預かってもらい、夜行でロサンゼルス行きのバスに乗りました。

0008. 旅蔵 2011/08/27_11:51:12
photo1 6月21日サンタモニカ
金欠で何も出来ませんでした。せいぜい余ったフィルムでカモメを撮るぐらいです。グレイハンドのフリーパスは使い切ると新しい綴りがもらえるのですが、スタッフが綴りが2つくっ付いていたのに気付かず、パスをくれたので、これ売れないかなと思ったぐらいです。
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photo4 6月22日帰国間際には$22しか持っていませんでした。最後にホットドックとビールを買い、$10を自分への土産として帰国しました。お札がお土産になるという発想は、この日知り合った同じ年の日本人がそう言ったからです。彼は六本木でおでん屋をやっているといってました。旅を通して色んな人と知り合いました。

0009. 旅蔵 2011/08/27_12:21:06
photo1 さてアメリカ旅行を終え、6週間ぶりに帰国。その間、学生時代の後輩に我が家(ワンルーム)を貸していたのですが、後輩は帰国日を把握しておらず鍵が無い!
久し振りに自分のベッドで寝れると楽しみにしていたのですが、帰国したその夜は竹橋の公衆便所泊となりました。情けない。旅はまだ終わっていません。
何故、竹橋(東京)かと言うと、当時後輩は竹橋のNTTに勤めており、そこで出勤したら鍵をもらうつもりだったからです。しかし、早朝会社に電話してみると「本日は遅刻」との事。結局、駅で見張って通勤する彼を見つけて鍵を返してもらいました。家に着いたのは、帰国した翌日のお昼でした。
photo2 さて、アメリカを旅していたときに一番感じていたことは、明日が来るのが楽しみな毎日だったことです。明日は一体何に出会うのだろう。人生が100年では足りないと思いました。
旅行は若いうちに一度はした方が良い、と学生時代のバイト先(学習塾)の先生に言われたことがありましたが、本当にそう思います。
今はインターネットが普及したことで、旅の形態もすっかり様変わりしましたが、旅人生はまだ続けていくつもりです。
【憧れていた頃のアメリカ(1991)】おしまい
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