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旅BBSメニュー>海外情報ノート
アジア未訪問国へ②アフガニスタン2011年

0001. 旅名無しさん 2011/09/20_14:05:21
photo1 モルジブ・スリランカ北部の続きです。

ちなみにここまでこのようなルートで飛行機を利用しています。
photo2 スリランカのコロンボからLCCのエアアラビアでドバイに隣接するシャルジャ空港を経てアフガニスタンのカブールに向かいます。アフガニスタンの次はイラク北部クルド人自治州に向かいます。

イラク北部は安全なので安心してください。
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0002. まえだまさとし 2011/09/20_14:09:07
photo1  午後2時にアラブ首長国連邦(UAE)のジャルジャ国際空港に到着した。
photo2 シャルジャ空港で目にする機体はエアアラビアばかりだ。ジャルジャ空港には一応ほかの航空会社も乗り入れているがエアアラビア専用の空港といってもいいくらいだ。
 ターミナルビルはボーディングブリッジもあり、それなりに近代的だ。しかし到着便が集中して入国審査はまたしても大行列だ。結局30分待たされた。
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0003. まえだまさとし 2011/09/20_14:13:21
photo1  夏のUAEは初めてだ。気温は41度。実はこの気温を経験するのは初めてだ。焼き付きような日差しだが、湿度はない。日陰に入ると熱風は吹いてくるが、思ったほど不快ではない。とはいえ日の当たる場所に長時間いるとかなり厳しい感じだ。
photo2  空港にいても仕方ない。カブール便の出発まで12時間以上ある。12時間以上空港のベンチに座っているわけにはいかない。とはいえタクシーで町へ出てホテルに入るとなるとかなりの支出を覚悟しなくてはならない。ホテルの情報もないのでタクシー運転手に町で一番安いホテルに連れて行ってもらうしかない。

 ジャルジャ空港からタクシーの初乗り運賃は20AED(440円)。ドバイ空港だと40AED(880円)なので幾分安いが町中で拾うと3AED(66円)なので割高感は否めない。とりあえずタクシー運転手にシャルジャで一番安い宿に行ってもらうことにした。
photo3  最初ぶっきらぼうだったインド人運転手に地元の話をすると表情が急変する。最初ケララ出身だと言っていた運転手だが、問いつめるとチェンナイ出身とのこと。タミル人の話題をすると一気に心を開いてくれた。スリランカ北部に行った話やタミル人に対して好印象を持ったことを話をしたら大喜びだ。無愛想な湾岸諸国のタクシー運転手と関わる際、運転手の地元の話が一番だ。
photo4 タクシー運転手にシャルジャ市内で一番安いという「SRYSTAL PLAZA HOTEL」に案内してもらった。
 ここまでのタクシー代は50AED(1100円)かかったが空港へ戻るのはもう少し安いはずだ。
 ホテルの代金は1泊200AED(4400円)。これがシャルジャの最低ラインということか。
 二つ星ホテルとのことだがホテルの作りは今まできつい安宿ばかりだったので久々に高級ホテルという感じだ。外は暑いので部屋でゆっくりした方がよさそう。部屋は値段相応という感じだがエアコンとお湯とバスタブがあれば何も文句はない。問題はインターネットだが通常使えるはずだが、この日はずっと繋がらなかった。すぐ近くにネットカフェがあるので問題ないが、部屋でできるに越したことはなく残念だ。

0004. まえだまさとし 2011/09/20_14:16:00
photo1  ジャルジャの町に出たが近代的なビルと巨大ショッピングモールしか行くところがない。ドバイのように近代的でも有名な場所があれば話は別だが、それすらないので町を歩くのも疲れるだけだ。カルフールでTシャツを購入した。
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photo3 近代的なビルが建ち並ぶシャルジャの町並み。
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0005. まえだまさとし 2011/09/20_14:17:55
photo1  ジャルジャの町に出たが近代的なビルと巨大ショッピングモールしか行くところがない。ドバイのように近代的でも有名な場所があれば話は別だが、それすらないので町を歩くのも疲れるだけだ。カルフールでTシャツを購入した。
photo2
photo3 近代的なビルが建ち並ぶシャルジャの町並み。
photo4

0006. まえだまさとし 2011/09/20_14:20:20
photo1  シャルジャにはフォートやUAE最古のスークがあることを知り、タクシーで行ってみた。しかし運転手に「フォート」の発音が通じず港に連れて行かれ、ずいぶん遠回りすることになった。運転手はバングラデシュ人で不慣れなのはわかるが、こちらも地図や情報が何もないのはやはり問題だ。もう少しシャルジャのことを調べてくればよかったと後悔した。
 やっとたどり着いたフォートは道路をふさぐように存在したがあか抜けしている。
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photo3 また最古のスーク(市場)はよくわからず、ゴールドスークだけ見学して宿へ戻ることにした。何もかも新しいのはドバイと同じだ。

エアアラビアを使う機会があればまたこの町に来るかもしれないが、ドバイに比べやはり面白味に欠ける。
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0007. まえだまさとし 2011/09/20_14:21:10
photo1  深夜1時にはホテルを出なくてはならず、明日からの不安なアフガニスタン旅行が始まる。少し休養だ。
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0008. まえだまさとし 2011/09/20_14:26:05
photo1 【9月15日(木)】

 深夜1時にチェックアウトを済ませ、タクシーでシャルジャ空港へ向かった。空港までは深夜料金でも30AED(660円)。
 当然の事ながら到着時に比べるとずいぶん安い。

 これから向かうアフガニスタンの情勢はタリバンがアメリカ大使館などへの攻撃をしかけたようで緊迫している。でも昨日武装勢力側を制圧したということで問題はないはずだ。民間航空機のエアアラビアが通常通りの運行なら問題ないと判断し、予定通り向かうつもりだ。
photo2  カブール行きの出発は4時35分。

 空港には3時間前でまだチェックインの列は短かった。しかし手続きを済ませた直後、大量の荷物を持ち込むアフガニスタン人が大挙しだし、早めに空港に来てよかったと思った。ちなみにLCCのエアアラビアやフライドバイはアフガニスタンへのフライトだけ特例で20キロまで荷物代を請求されない。
 シャルジャ空港内にはトランジットホテルがあったが、24時間で160ドルと法外な料金だ。外に出てタクシーで町に出たのは正解だった。
photo3  昨日に続いてエアアラビアのカブールへのフライト。シャルジャを5時に離陸した。イラン高原の乾燥した山岳地帯の上空を通過し、2時間半後の現地時間8時にカブールに着陸態勢に入った。
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0009. まえだまさとし 2011/09/20_14:28:27
photo1  気温19度。標高は1800メートルある。湿度がないのでからっとした天候だ。カブール空港にはフライドバイなどほかの民間航空機も到着している。空港には当然軍用機の姿が目立つ。
photo2 アリアナ・アフガニスタン航空の機体。
photo3  入国審査は誰一人質問されている様子はなく、行列はどんどん進む。荷物もすぐに出てきた。カブール空港のターミナルビルも日本の援助で造られたらしく、設備はしっかりしている。
photo4 ターミナルビルへは一般車両やタクシーは乗り入れができず、無料のシャトルバスで少し離れた場所に全員移動することになる。無料バスで向かった先はバスターミナルのような建物で中には食堂や両替屋が入っていた。そしてここからタクシーを使うことになる。このシステムは不特定多数の人が空港ターミナルに近づけないようにする配慮だろう。そうすれば自爆テロを予防する効果がある。

0010. まえだまさとし 2011/09/20_14:31:20
photo1  タクシーで市内へ出ることになる。市内のホテルまで言い値が10ドルだ。でも5ドルに下がった。

 市内にホテルのあてはないのでまず空港から市内へ行く途中にあるヨーロッパゲストハウスに連れて行かれた。ここは外国人専用でセキュリティーがしっかりしているようだ。しかし1泊80ドル(値引きして)60ドルはさすがに出せない。それにこの宿は外国人専用で逆に標的になりやすく危ないのではと思ったりする。
photo2  結局同じタクシーで最新のロンプラから削除された旧市街のジャミルホテルに行くことにした。ロンプラの最新版から旧市街の安宿はすべて削除されている。宿がないということはないだろうが外国人の宿泊を受け入れているのか問題だ。まずジャミルホテル周辺の2軒の安宿に当たってみた。しかしいずれも満室だと言っている。単に外国人の宿泊拒否しているだけかもしれない。この調子だとジャミルホテルもだめかと思い不安の面持ちでフロントに向かった。するとスタッフも感じがよく、問題なく泊まることができた。でも値段は予想より大幅に上がり1泊30ドルだ。とはいえ最初に連れて行かれた宿の半額だ。ここに決めた。
photo3  しかしこの宿はジャミルホテルではなかった。メトロポールゲストハウスという宿でジャミルホテルよりランクが少し上だ。でも宿泊拒否されなかったのでホテルの名前を確認せずに決めてしまったのだった。ジャミルホテルは隣にあり、さらに安く20ドルだ。ただジャミンホテルのフロントの対応はあまりよくなく今のホテルでよかった。
photo4 メトロポールゲストハウスの外観。以下には金を売り店が入っている。

0011. まえだまさとし 2011/09/20_14:32:47
photo1 ホテルの屋上からの眺め。
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0012. まえだまさとし 2011/09/20_14:40:03
photo1  今いるホテル周辺は活気のある旧市街の中心にあり、食事にも困らず何かと便利だろう。

 このあと歩いて周辺のホテルや有名なムスタファホテルにも行ってみたら20ドルくらいで泊まれることがわかった。最初に連れて行かれたホテルに泊まっていたらとんでもないことになっていた。ホテル以外の物価は安いのでアフガニスタンでの費用は思ったほどかからずにすみそうだ。メトロポールゲストハウスは朝食も付いているらしい。
photo2  カブールの町に出た。やたらと警察車両と警官の姿が目につく。信号は機能しておらず、警官の手信号だ。
photo3 旧市街は雨が降っているわけでもないのにぬかるみが多い。
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0013. まえだまさとし 2011/09/20_14:44:11
photo1  とりあえずハザラ人のふりをするためアフガンのシャルワーズ・カミーズというアフガニスタンの民族衣装を購入しに旧市街の市場へ向かった。
photo2 このタジク人のじいさんから購入。
ベストもつけて750+500アフガニーを1100アフガニー(1800円)で購入した。
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0014. まえだまさとし 2011/09/20_14:46:56
photo1  一度ホテルに戻って着替えてみた。宿のクリーニング屋に着付け方法はこんな感じでいいのか聞いたらいろいろ教えてくれ、アイロンがけまでしてくれた。この宿は少し高かったが、いろいろメリット感じる部分は多い。1ドルでシャツの洗濯もしてもらった。
 着替えて再び町に出た。すれ違う人の誰一人として僕をじろじろ見なくなった。
photo2 アフガニスタンにはモンゴロイド系のハザラ人が多く住んでいる。ハザラ人の見た目は日本人と変わらず、民族衣装のおかげで僕がこの国のハザラ人だと言えば誰もが信じるだろう。

この格好で外国人に有名な安宿のムスタファホテルに部屋を見せてもらったときは日本人だというまで怪訝な対応をされたが、衣装一つでこんなに庶民の中に溶け込めるものかとかなりの驚きだ。逆に溶け込みすぎて不安な部分もある。写真撮影や怪しい行動が不審者扱いされ、現地人と同じ対応をされるのは怖い気もする。しかもパスポートはホテルに預けてある。とはいえしゃべれば一発で外国人だとバレるので過剰な心配は必要なさそうだ。それよりも遠くから見て外国人に見られなくなったことの方が今後の移動の際、安全に対して効果を発揮しそうだ。
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0015. まえだまさとし 2011/09/20_14:49:16
photo1 カブール市内を流れる川はどろどろだ。
photo2 ここでもインド製のバスが活躍している。
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0016. まえだまさとし 2011/09/20_14:51:53
photo1  食事はホテルの前の通りにあるケバブ屋に入った。


 宿でもそうだがアフガニスタンでは思った以上に英語が通じない。パキスタンのような感じだろうと思って来たが、この環境で英語が通じないのは厳しいものがある。アフガニスタンではほとんどの食事が羊の肉になりそうだ。
photo2 レバーや挽肉のケバブ、チキンもある。これでだいたい2ドルくらいだ。
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0017. まえだまさとし 2011/09/20_14:53:34
photo1 町中ではカルザイ大統領の写真をよく目にする。
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0018. まえだまさとし 2011/09/20_14:55:45
photo1  カブールの見所は旧市街周辺の急斜面にへばりつく土壁の民家もそのひとつだろう。
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photo3 靴職人。
photo4 マトンの頭。

0019. まえだまさとし 2011/09/20_14:56:29
photo1 市内を監視する警察や軍は完全にアフガニスタン人に移行して国連やNATOの姿は見あたらない。

行く場所は限られているので無理にいろいろなところを歩き回るのは控えた方が良さそうだ。

 夕方6時をすぎると町は暗くなり、食堂以外はすべてシャッターを下ろしてしまう。街灯もろくになく、真っ暗になってしまうので歩くのは困難だ。今夜の宿は真下に食堂があるからいいが、ホテルの場所によっては外に全く出られなくなるところだった。夜はホテルでインターネットを無料で使わせてもらうことができた。しかし洗濯代のバクシーシを要求されたり、今朝払った部屋代をまた払えと薄気味悪い男が請求に来たり(フロントにいったら解決したが)とワケがわからないが悪い宿ではない。
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0020. まえだまさとし 2011/09/22_19:11:18
photo1 【9月16日(金)】

 6時に宿を出た。外はまだ薄暗いが人の往来はあり、タクシーもすぐに見つけることができた。向かった先はコテサンギというバーミヤンへのミニバスが出る場所だ。
photo2 タクシー運転手がバーミヤン行きが集まる場所に連れて行ってくれたので目的の車はすぐに見つかった。ちょうど人が集まったようですぐに出発することになった。
photo3 3300メートルのウナイ峠まで舗装されていてけっこうスムーズでこのままバーミヤンに一気に行く感じだ。
photo4  
他の客はここでリンゴを購入していた。

0021. まえだまさとし 2011/09/22_19:15:12
photo1 ウナイ峠まではこのような舗装道路が続き快適だった。
photo2 しかし突然悪路になったのだ。

 まだ半分くらいしか来ていないようだ。
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0022. まえだまさとし 2011/09/22_19:19:25
photo1 そんな中、休憩することになり、朝食をとることになった。僕もケバブを注文することにした。
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photo3 隣はハザラ人のレザ。彼が英語を話せるおかげでいろいろ助かる事が多かった。

彼もまたタリバンのせいで、パキスタン、トルコ、イランを難民としてさまよい、苦難の生活を強いられた一人だ。
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0023. まえだまさとし 2011/09/22_19:24:10
photo1 ハザラ人の少女たち。彼女たちには平和な未来が来ることを祈るばかりだ。
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0024. まえだまさとし 2011/09/22_19:25:42
photo1  その後もかなり険しい道を走り、大渓谷を走り抜ける。
 3000メートル前後の大地を長時間走っていたが、やがてバーミヤンに向け高度を下げ始めた。水が豊富で至るところの支流が滝になっている。途中温泉が湧いていて黄色くなっている場所があった。なかなか興味深い風景なのでここで休憩してもらうことになった。
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0025. まえだまさとし 2011/09/22_19:27:03
photo1 お湯はぬるいが川の水が冷たいので温かく感じる。
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0026. まえだまさとし 2011/09/22_19:30:58
photo1  バーミヤンに到着。

標高2500メートル。カブールから6時間半かかり、バザールの前に着いた。通りにたくさんの店があり、とてもにぎやかだ。金曜日でも通常営業している店が多いようだ。
photo2  一緒の車でやってきたレザの紹介でバザールの横にある「SAKHI No1 ゲストハウス」に泊まることになった。1泊700アフガニー(1200円)。

 そしてレザの会社はホテルの真向かいになる。レザは携帯電話販売の手続きをしたりする会社を経営しているようだ。この町は英語があまり通じないので彼の助けが多少必要になってきそうだ。水場はなく体は川で洗えとのことだ。
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0027. まえだまさとし 2011/09/22_19:37:05
photo1 部屋はアフガニスタン伝統式。4人くらい寝られる。
photo2 窓の外からは東側の大仏増が眺められる。

このロケーションはすばらしい。
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0028. まえだまさとし 2011/09/22_19:39:30
photo1 バーミヤンの町に出た。といっても一本の通りに商店が連なるわかりやすい町だ。
photo2 川の向こうが石窟群になる。
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photo4 一歩通りを離れるとのどかな風景が広がる。

0029. まえだまさとし 2011/09/22_19:44:32
photo1 仏像があった石窟の方へ行ってみた。
photo2 これがバーミヤンの西大仏があった石窟。
シルクロードの要衝として発展してきたバーミヤンを象徴する仏像石窟。かけがえのない人類の遺産だったこの仏像はタリバンによって2001年に破壊された。

あれからちょうど10年になる。
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0030. まえだまさとし 2011/09/22_19:48:32
photo1 よく見ると大仏の形の跡がのこっている。
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0031. まえだまさとし 2011/09/24_02:27:50
photo1   夜は車で知り合ったレザと祭りがあるとかで広場へ連れて行ってもらった。

「バーミヤンシルクロードフェスティバル」。カブールからキタはざらじん歌手のコンサートが開かれていた。周辺には屋台などの出店も出ている。でも寒いし、ハザラ人の歌はよくわからないので我々はすぐに戻ることにした。
photo2 町中の人すべてが集まってきたような賑わいだ。
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0032. まえだまさとし 2011/09/24_02:31:36
photo1 夕食はレザの家でごちそうになった。野菜を圧力釜で煮込んだソースとマトンを油で炊き込んだご飯でアフガニスタンへ来てから初めてケバブ不以外を食べることになった。



レザは5人と共同生活を送っている。
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photo3 レザと一緒に生活するおじさん。後ろの肖像画はハザラ人の英雄らしい。名前は忘れたがタリバンに殺されたらしい。
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0033. まえだまさとし 2011/09/24_02:33:53
photo1  疲れたので9時に部屋に戻って就寝。


 この宿はトイレがないのが難で少し離れた公衆トイレまで行かないのがやっかいだ。またこの宿だけではないが電気は夕方6時から10時までしか使えない。あと部屋の前を食堂の従業員が動き回っているのでこの部屋は落ち着かない。

窓からバーミヤンを眺めることができるというのは最高だが、それ以外は窮屈な宿だ。しかも夜、警官が部屋に職質に押しかけて少し焦った。明日は向かうの宿に移動だ。部屋は静かでトイレもあり英語も通じる。値段も200アフガニー(340円)安い。
photo2 そういえば髪の毛は川の水で洗えとのことだが、夕方試したら冷たいので無理だった。

しかも川はトイレにもなっているので汚く我慢した方が良さそうだ。井戸水も同じく冷たいので無理だ。

でも日中ならなんとかなりそうだ。
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0034. まえだまさとし 2011/09/24_02:36:56
photo1 【9月17日(土)】

 標高2500メートルのバーミヤン。朝は寒くてトイレに行くのも億劫だ。

 8時前に宿のレストランで食事を済ませた。朝から10本もケバブを食べてしまった。そして紹介してもらったレザには悪いが向かいのホテルへ移動することにした。
 こちらのホテルは静かで水もふんだんに使える。移動してよかった。
photo2 それにしても昼間は暑いので歩き回るのも疲れるし、インターネットをやったりして時間をつぶした。バーミヤンにもインターネットはちゃんとある。
photo3  午後3時からバーミヤン観光に向かった。入場料は300アフガニー(6ドル)。

仏像の前に行くだけなら入場料はかからない。での入場料を払うことによって破壊された仏像の裏側の石窟の中をに入ることができる。
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0035. まえだまさとし 2011/09/24_02:38:01
photo1 案内人がついてきて一通り効率よく回ることができた。写真は西大仏の裏側の石窟にて。
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0036. まえだまさとし 2011/09/24_02:40:50
photo1 西大仏の裏からの眺め。
photo2 石窟は自由に歩き回れる。かつて人が住んでいたらしい。
photo3 西大仏の足の部分は破壊されずに残っている。
photo4 西大仏から東大仏の方向を眺める

0037. まえだまさとし 2011/09/24_02:44:56
photo1 破壊された仏像の足元に降りてみた。
photo2 破壊された仏像の足元には崩れた岩の破片がまとめられているが、これらを修復させるのはとても不可能だろうと悲観してしまう。

10年間放置されている状態で手の施しようがないのではと思う。
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photo4 破壊された大仏は2カ所だ。東大仏のがある方へ移動することにした。途中石窟が連なる。

0038. まえだまさとし 2011/09/24_02:46:06
photo1 バーミヤンでタリバンに破壊された大仏は二つだけではない。
この小さめの石窟にも仏像があったようだ。
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0039. まえだまさとし 2011/09/24_02:48:45
photo1 破壊された東大仏の仏像周辺の石窟内部には小さな仏像が並んでいたと思われる石窟が何カ所かあり興味深い。しかしすべての仏像は破壊され、あとかたもない。
photo2 タリバンによって徹底的に破壊されてしまった。
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0040. まえだまさとし 2011/09/24_02:51:23
photo1 東大仏ではこれ以上崩落が進まないように足場が組まれていた。
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photo3 東大仏からバーミヤンの町の眺め。
photo4 石窟内部。

0041. まえだまさとし 2011/09/24_02:54:06
photo1 石窟の階段を下る。
photo2 バーミヤン石窟をあとに。
photo3 移動したママナジャフホテル。1泊500アフガニーだ。

部屋数も多く、部屋が静かだ。
photo4 ホテルの前ではレザと同居しているおじさんが店番をしていた。

0042. まえだまさとし 2011/09/24_02:58:00
photo1 【9月18日(日)】


バーミヤンの西に75キロ行ったところにバンデアミールという湖がある。せっかくバーミヤンまで来たので車をチャーターして行くことにした。

昨日の遺跡の案内人の紹介で7時に車が来る事になっているが本当に来るのだろうか。その値段が妙に安いのも引っかかる。

 朝っぱらから宿泊代で昨日払った払ってないでもめたが、近くにいた通訳をお通せば納得したようだ。別に多く請求しようとしているわけではなさそうだが英語が通じないのは大変だ。
photo2  約束の時間より少し遅れてハーンという運転手がやってきた。英語を話すのはありがたい。
photo3 バーミヤンから西へ向かう。まだまだ工事中の箇所が多い。
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0043. まえだまさとし 2011/09/24_02:59:21
photo1 バンデアミールまではヘラートへの幹線道路を走ることになり、これがほぼ完璧に整備されていてバンデアミールまで3時間かかると思っていたが1時間半で到着するらしい。
 
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0044. まえだまさとし 2011/09/24_03:00:45
photo1 たまに工事区間もあったりする。
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photo3 しばらくすると舗装道路をはずれ、未舗装道路を下りだした。目的地は近いようだ。
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0045. まえだまさとし 2011/09/24_03:01:47
photo1 バンデアミール。最初の湖が見えた。
photo2 こちらは枯れてしまった湖だ。
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0046. まえだまさとし 2011/09/24_03:03:16
photo1 そのままどんどん高度を下げる。
photo2 吸い込まれるような青い水面。そして周辺の大渓谷。乾燥した大地の中にこれだけの水を見ると感激する。
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0047. まえだまさとし 2011/09/24_03:06:15
photo1 バンデアミールは5つの湖で構成されている。
その中の中心的な湖であるバンデハイバットにとうちゃくした。
photo2  湖は深く、透明度はかなり高い。
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0048. まえだまさとし 2011/09/24_03:07:12
photo1 アフガニスタン人の観光客。この日ここを訪れる外国人は見なかった。
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0049. まえだまさとし 2011/09/24_03:09:13
photo1 この湖が凄いのはお風呂のように石灰棚でせき止められていることだ。
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photo3 そこからあふれる水は滝となり、水辺周辺は水草が生い茂り美しい景観を作り出している。
photo4 そしてこの大渓谷。

0050. まえだまさとし 2011/09/24_03:11:08
photo1 まだまだ地球はおもしろい。



いままでいろいろな場所に行って来たが、ここまで感激したのは久々だ。
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0051. まえだまさとし 2011/09/24_03:12:34
photo1 吸い込まれそうなディープブルーの水面。

水は冷たく、アフガニスタンはここで泳ぐとか言っていたが、足を十秒もつけていられないくらいの冷たさだ。
photo2 下流には別の湖が見える。
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0052. まえだまさとし 2011/09/24_03:16:46
photo1  バンデアミールのチャイハネで昼食のケバブを食べバーミヤンへ戻ることにした。
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0053. まえだまさとし 2011/09/24_03:21:27
photo1 バーミヤンまで来てバンデアミールに行かなかったというのは一生心残りになるとこだった。治安に関しては全く問題ない。

結果として2500アフガニー(4200円)で訪問できてよかった。
photo2 運転手のハーン。
photo3 連絡先です。利用してあげてください。
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0054. まえだまさとし 2011/09/24_03:24:01
photo1  午後はインターネットをしに昨日のネットカフェへ。
photo2 夕方は最後にバーミヤンの仏像を眺めに行くことにした。これでもうバーミヤンに心残りはない。

町中には水が湧きだしている場所が多くあり、この町は水が豊富なんだと感じる。
photo3  夕食はまたレザの家でごちそうになった。この日はまかろに。
写真は同居人のナジャフ。ハザラ人だが日本人といわれればみんな信じるだろう。
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0055. まえだまさとし 2011/09/28_02:40:16
photo1 【9月19日(月)】

 カブールへの移動の日がやってきた。

 7時前に人が集まりバーミヤンを出発。今日は同乗者に英語を話せる人が誰もいないので少し不安だ。標高3000メートル近くまで一気に上る。
photo2 その後はウナイ峠まで3000メートル前後の高地の悪路を延々と走る。でもかなりの区間で工事が行われ数年後にはこの道路は完璧に整備されるはずだ。すでにウナイ峠までは舗装道路が整備され、かなり快適に来ることができるのだ。
photo3 来たときと同じ場所で朝食休憩。
photo4 ウナイ峠を通過。ここからは舗装道路になる。

0056. まえだまさとし 2011/09/28_02:41:14
photo1  バーミヤンを出て6時間。午後1時にはカブール近郊のコテサンギに到着した。


目の前には建設途中の高架橋。またここに戻ってこられてよかった。
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0057. まえだまさとし 2011/09/28_02:43:33
photo1  タクシーでムスタファホテルへ向かった。しかし場所がわからないのに客を乗せしばらくしてからそこは交渉した値段よりもかなり高い値段だと行ってくる。めんどくさいので他のタクシーで向かった。カブールに無事に戻れたことがなによりでくだらないタクシー運転手にイライラしても仕方ない。
 乗り換えたタクシーはムスタファホテルの場所を知っているようだ。それにしてもカブールは一歩通行が多いのか、遠回りされているのか(交渉性なのでそれはないと思うが)ずいぶん時間がかかった。しかも渋滞は半端ではない。挙げ句の果て警官に職務質問されタクシーから荷物を下ろされ検査までされた。別に金を要求したりする腐敗警官ではなく、治安維持のための職務でやっていると思うので怒っても仕方ない。それにしてもホテルにたどり着くまでずいぶん時間がかかった。
photo2  ムスタファホテルはカブールで一番有名な安宿だ。

すぐ近くは警察施設で目の前が検問所だ。
少し値段が高騰しているようだったが、この前確認したらそうでもなかったので泊まることにした。部屋はここもアフガニスタンスタイルだ。
photo3 でも24時間シャワーが浴びられるのがうれしい。バーミヤンでは頭しか洗えなかったがここでアフガニスタンに来て初めてシャワーを浴びることができた。
photo4 夕食はいつものようにケバブ屋だ。

0058. まえだまさとし 2011/09/28_02:45:46
photo1 【9月20日(火)】

 昨日見つけたネットカフェに向かった。しかし途中で停電。それでもネット接続は可能でみんなコンピューターが使えなくなったので通信速度も早くなった。一人だけ得している感じだ。電気は10分くらいで復旧した。

 午後は新市街の方に行ってみた。スーパーマーケットなどもあるが、あまり繁盛していない。商品に埃がかぶっていたりして買う気も起こらない。商店街には廃墟になったビルも多く、モダンなビルは警備が厳しい。
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photo4 ファーストフード店などもあるが、まだまだ国際的な水準には達していない感じがする。
 カブールは外国駐留軍の影響で空前の好景気だ。とはいえ金が集まるのは郊外のショッピングセンターだけなのだろう。庶民レベルではその恩恵はなかなか感じることができない。

0059. まえだまさとし 2011/09/28_02:53:43
photo1 【9月21日(水)】

今日でカブール最終日。明日アフガニスタンを離れることになる。体調が回復しつつあるので朝からケバブを食べることにした。大半のケバブ屋では羊の肉しかないが、カブールの一部の店では羊の挽肉やレバー、鶏肉なども見かけけっこう新鮮だ。
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photo3 そんな、中チキンを食べてみた。でもやはり値段が高かった。鶏肉を頼んだとたん値段が跳ね上がる。アフガニスタンでは鶏肉は高級品なようだ。
photo4 これは定番の羊肉。

0060. まえだまさとし 2011/09/28_02:55:21
photo1 カブール旧市街をまた散策することにした。
photo2 川は相変わらず汚い。
photo3 旧市街のモスク。
photo4 旧市街の川沿い。

0061. まえだまさとし 2011/09/28_02:57:06
photo1 アイスクリーム屋には行ってみた。インドのミルク風味で癖になりそうな味だ。500アフガニー(80円)
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0062. まえだまさとし 2011/09/28_02:58:30
photo1 ミックスジュースの店でも買い食いしたりしてみた。マンゴジュースと人参は相性がいいようだ。アフガニスタンではマンゴを多く見かける。これも50アフガニーで80円。
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0063. まえだまさとし 2011/09/28_02:59:11
photo1 こちらは卵の屋台。
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0064. まえだまさとし 2011/09/28_03:04:47
photo1 これは玉子売りのおじさん。
photo2 夕食は最後なので今日見つけたカブール最大級の串焼きの店に行った。
ただレバーは1本60アフガニー。肉の方は骨だらけで身も固く75アフガニーもしたので見た目ほどの満足度はなかった。食後はリンゴジュース。リンゴは腸にいいはずだ。(1アフガニー=1.68円)
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photo4 食後は屋台でリンゴジュース。リンゴは腸にいいはずだ。

0065. まえだまさとし 2011/09/28_03:07:23
photo1 【9月22日(木)】

 出発3時間前の5時半に宿を出発し、タクシーでカブール空港へ向かった。すると空港への幹線道路がいきなり閉鎖されていて急遽住宅街を経由することに。それほど時間のロスもなく空港に到着したが、今度は敷地に入る手前で車ごとチェックをうけ、例のバスで連れて行かれた建物前に到着した。タクシーはここまでだ。
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photo3  バス乗り場の建物の敷地に入る前にもまた荷物検査を受けることに。
photo4 そしてバスに乗りターミナルビルへむかった。この時間出発便が集中しているようで連絡バスはフル稼働だ。
 国際線ターミナルに入る際、再び荷物チェックを受けることになる。荷物チェックに時間がかかり、おかげでチェックインカウンターには人が溜まらず、まったく並ばずに済んだ。
 出国審査を経てまた荷物チェック。これがメインの荷物検査だ。いったい何度X線の機械を通してボディーチェックを受けたかわからないが、ここまで1時間ほどだ。アメリカのように口頭での意味のない質問は全くなしでひたすらボディーチェックだ。並んでいる時間は長かったがこれもアフガニスタンらしくていい。この程度なら検査なら予想の範囲内だ。

0066. まえだまさとし 2011/09/28_03:08:30
photo1  8時40分発。定刻通りフライドバイの搭乗が開始された。



とりえあえず不安も多かったアフガニスタンをあとに一路ドバイへ。
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0067. まえだまさとし 2011/09/28_03:10:21
photo1  ドバイに到着した。カブールでは乗り継ぎ便の搭乗券が発券されず。ドバイに着いてから再度チェックインする事になる。発券手続きの際、目的地のイラクビザの有無をチラッと聞いてきたが「日本人はいらない」というと追求されずにそのままアルビルへの搭乗券が発券された。イラクのクルディスタン地域は独自のビザを発給していて日本人はいらないはずだ。これでイラクに行けそうだ。今回のシルクロード横断のスタート地点である。
photo2  ドバイ空港ターミナル2は場所は不便だが、トランジットで利用する分にはマックもあり、かなり遅いが無線ランも無料と4時間の乗り継ぎは苦にならない。シャルジャより居心地はいい。ただトイレが少ないのが気になる。
 カフェで一緒だったフランス人にこれからイラクのクルド人地区に行くと言ったらヨーロッパン人はたくさん行っているとのこと。いいところらしい。
photo3  16時30分のフライトでアルビルへ。所要時間は2時間ほどだ。

ドバイの高層ビル群を見下ろす。。
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0068. まえだまさとし 2011/09/28_03:12:20
photo1 世界地図を模した人工島の「ザワールド」はあいかわらず売れている気配はない。
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photo3 フライドバイはエミレーツ航空が100㌫出資した子会社のため最新鋭の期待にアメニティーも充実している。ただし有料のものも多い。
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0069. まえだまさとし 2011/09/28_03:13:47
photo1 日が暮れかけた頃、アルビル空港に着陸態勢に入った。周りは何もない大平原。そんな中、日産の工場が建設されているのが見えた。さすがアラブのレバノン人である社長が経営している会社だけのことはある。クルド人地区の今後の安定を見据えて早速工場を進出させたようだ。
 そしてアルビル着陸。いよいよイラクにやってきた。アルビル空港のターミナルビルは完成したばかりで近代的だ。内部はまさに先進国を思わせる清潔さ。ヨーロッパに来たような雰囲気だ。ここまで見た目だけのモダンな空港はたくさんあった。
photo2 しかしどこもメンテナンスが行き届いておらず、そういう部分で先進国との差を感じていた。ドバイも含め建物は立派でもどことなく汚いというか雑な雰囲気を感じていたのだ。しかしアルビルの空港には一切それが感じられない。トイレも清潔そのものだ。中近東の空港でここまで洗練された空港は初めてだ。
photo3  早く入国してアルビルの町中を見てみたい。期待に胸を膨らませながら入国審査場に並んだ。日本人は空港でビザが取れるはずだ。すると入国審査の前にアライバルビザのカウンターに顔を出すことになった。
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0070. まえだまさとし 2011/09/28_03:15:40
photo1 しかしここで問題が発生した。日本人には空港ではビザを出せないとのこと。少し前まではビザを出すことができたが最近方針が変わったらしい。
 イランのビザもあるので何とかビザをもらえないかと頼み込んだ。結局はお情けでビザを発給してくれるのではと期待した。しかし答えは「ノー」。入国管理官は「申し訳ないができない」。対応に冷たさはなく、入国させられなくて残念だといった表情で一緒について来るように言われた。
 「どうすればいいんだ」と聞いたら「同じ飛行機で戻ってもらう」とのこと。
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photo4  パスポートは係官の手に渡ったまま預けた荷物を受け取ってチェックインカウンターへ連れて行かれた。そして今乗ってきた飛行機でドバイへ戻るための搭乗券を発券され、再び荷物を預けさせられた。片道航空券で来ているので帰りの航空券は持っていない。ドバイに着いてから航空券代を請求される可能性は大きい。いずれにしてもドバイに戻ったあと、空路でビザのあるイランのどこかの空港に入ることになる。

0071. まえだまさとし 2011/09/28_03:17:36
photo1  搭乗口に連れて行かれるとドバイへ戻る飛行機はほとんどの乗客が機内に乗り込んでいた。そして僕も機内へと入った。見覚えのある客室乗務員が僕のことを見てなんで戻ってきたんだという表情をする。なんか気恥ずかしい。すると別のフィリピン人乗務員が話しかけてきた。「何で戻ってきたの?」「日本人は到着ビザを取れると思っていたけど今はダメになったらしい」「これからどこに行くの?」なんとも気まずい会話が続く。

 するとチェックインカウンターにいた係員が機内に乗り込んできて僕にパスポートと強制送還の書類を出すように言われ、これらを客室乗務員に預けることになった。パスポートを管理されることでドバイ到着後も行動が制限されるようだ。
photo2  そんななか出発の準備が整い、ドバイに向け離陸した。ドバイまでは2時間だ。それにしても機内食も出ない格安航空会社での強制送還は何の得もなく少し時間の無駄に思えるが、イラクの地を少しでも踏んだのと、エルビルが想像を絶する洗練された場所だと感じただけでもここまで往復した価値はある。
photo3 強制送還中の機内モニター。
photo4 152ヶ国目の訪問国イラク訪問ならず。イラクに入国できなかったのは残念だが、今後首都バグダッドをはじめ、この国全土が平和になった時のために改めて訪問するチャンスを与えられたと自分自信を納得させるしかない。
とにかく出直そう。

0072. まえだまさとし 2011/09/28_03:18:32
photo1  ドバイに到着した。パスポートはフライドバイの地上係員に引き継がれた。イランのビザがあるのでこのままイランに行くと説明した。とりあえず一度ドバイで入国することになる。インド人の到着スタッフはテキパキと一生懸命やってくれた。とはいえ結局はアルビルからドバイの正規運賃約500ドルの支払いを強いられ解放された。
 
しかし今日は移動ばかりだったが朝からたいへんな一日だった。もう日付が変わろうとしている。
 今夜はもうフライトはないのでベンチで一夜を過ごすことになる。明日のイランへのフライトはいろいろあるようで少し考えよう。
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0073. まえだまさとし 2011/09/28_03:21:21
photo1 【9月23日(金)】

 ドバイから一番近い場所にイランの領のキシュという島がある。経済特区でドバイからの本数も多い。しかしここから本土に出てテヘランをめざすとなるといろいろ面倒かもしれない。また島の物価も高いかもしれない。イラン人にとっての経済特区で買い物の島なら行く価値はあまりない。キシュに飛ばしている航空会社が明日の朝イスファハンにも路線を飛ばしているのでこれでイランへ行く方向で考えた。しかし朝オフィスを訪ねると満席だとのこと。他の航空会社はオフィスが閉まっていたり、なかなかうまく結論が出ない。
photo2  あわてても仕方ないのでドバイで1泊して少し考えようと思う。この町に出ると100ドルが飛んでしまうが体力が衰えているので少し回復の意味を込めて今夜はホテルに泊まることにした。
 タクシーでドバイメトロのユニオン駅周辺にむかった。空港からだと20AED(420円)の追加料金がかかるので割高だが、バスは空港から乗れないシステムになっているのでしかたない。
photo3  ドバイの中心部にあるドバイメトロのユニオン駅の北の一角に安めの宿がたくさんある。といっても値段は200AED(4200円)からだ。外観が立派でも内部がくたびれていたり、外観がぼろいのに内装がきれいだったりとドバイのホテルは見た目で判断できず、値段もまちまちだ。せっかくなので200AEDで快適なホテルに泊まりたいが、簡単には見つけることはできない。運に任せるしかない。あと従業員の対応だが、これに関してはたいていインド人かフィリピン人でみんなまじめで親切なので問題はない。
 この日泊まることにした宿は1200AED(4200円)で部屋はまずまずといったところか。今日は金曜日でイスラムの安息日でどこも部屋代を上げていたり宿泊客が多くて満室のところも多い。
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0074. まえだまさとし 2011/09/28_03:22:49
photo1  ホテルの近くのネットカフェでイランのテヘランまでの移動手段を考えたが、またジャルジャ空港発のエアアラビアを利用することにした。毎日飛んでいないが明日出発の便がたまたまあってよかった。ただ前日予約ということで値段はかなり高額で1週間後の倍以上だ。といってもエミレーツ航空の半額なのでそれでも安いのだが。
 値段のことより翌日発の便に空席があったのはラッキーだと考えたい。ドバイで数日間滞在するのは物価を考えると不可能だ。
photo2  昼食はパキスタン料理の店でマトンカレーと白いご飯を食べることにした。かなりのインディカだが久々の白いご飯はなかなかうまい。
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0075. まえだまさとし 2011/10/04_17:39:31
photo1 夕方近くのユニオン駅からメトロで最近完成した新路線に乗ってみた。フライドバイが発着する空港第二ターミナルの方まで路線が完成していたが、空港まで歩いていくのは難しそうだ。それにしてもドバイメトロは完成していない駅をあたかも完成しているように表示させたり、あいかわらずいい加減な見栄を感じる。


バスは使いづらいし、本当にわかりにくい町だ。タクシーを使えばそれまでだが、この町は本当に公共交通機関が利用しづらい。
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photo3 ドバイメトロの車内。
photo4 車窓にはブルジュハリファ。

0076. まえだまさとし 2011/10/04_17:40:48
photo1  夜、モール・オブ・ジ・エミレーツに行ってみた。ここはドバイメトロの駅直結なので出稼ぎ労働者も気軽に来ることができる。今夜は会社が休みの金曜日ということですごい人出だ。

ドバイショック不況の噂はたびたび聞くが、こうしてモールの人の入りや買い物をしている客を見ているとこの町はまだまだバブル経済が成長を続けていると実感できる。しばらくドバイの発展は安泰のようだ。
photo2  フードコートで日本食もどきの照り焼きを食べることにした。この店は他のドバイモールなどでも目にするチェーン店で比較的安く日本食を食べることができる。でも久しぶりだからおいしく感じるだけという程度だ。
photo3  モール・オブ・ジ・エミレーツには屋内スキー場があり、初めてここに来たとき滑ったがさすがにもうその元気も金もはない。スキー場を覗くとそれなりに混雑しているようだが、ほとんどは一番下のそりに乗る女性や子供連れでゲレンデを滑り降りてくる者はほとんどいない。
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0077. まえだまさとし 2011/10/04_17:45:20
photo1  6時起床。エアコンの効いた快適な部屋で熟睡でき、リフレッシュできたように思う。

7時にはチェックインを済ませ、近くのインド料理で朝食を済ませたあとタクシーを探した。ドバイの中心部からシャルジャ空港への交通手段はタクシーしかなく、どのくらいの運賃が必要なのか今後のため興味はある。結果として所要時間は20分ほどだが走行距離は34キロでメーター表示は64AED。これにドバイ首長国からシャルジャ首長国へ越境した手数料が20AEDの合計84AEDとなった。(1AED=22円)相当な距離を走った印象だが値段は2000円しないと考えるとずいぶんと安く感じる。タクシーにお金を支払い昨日ドバイで両替した壱万円をすべて使い切った感じだ。とにかくドバイで宿泊を伴う乗り継ぎはお金がかかって仕方ない。
photo2  シャルジャ空港には3時間前に到着した。アフガニスタンに行く前に利用しているが、まさかこんなに早くまたここを利用するとは思ってもいなかった。
 テヘランへのフライトは11時。


アルビル同様テヘランのイマーム・ホメイニ国際空港までは所要2時間だ。

テヘランからはシルクロードを東へ陸路で横断する事になる。
photo3 「アジア未訪問国へ②アフガニスタン2011年」は以上です。続きは「シルクロード横断①イラン/2011年」を参照してください。
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