旅BBS (テキスト版)
tabibbs.com
旅BBS(本体) は、 ここをクリック
※このページは、旅BBS『画像掲示板』のテキストページです。 旅BBS『画像掲示板』本体へは、ここをクリックしてお進み下さい。

旅BBSメニュー>海外情報ノート
シルクロード横断②トルクメニスタン/2011年

0001. まえだまさとし 2011/10/09_17:26:45
photo1 イランのテヘランから始めたシルクロード横断の旅。
マシュハドからトルクメニスタンに入国し、ウズベキスタンへ抜けます。
photo2
photo3
photo4

0002. まえだまさとし 2011/10/09_17:30:08
photo1 【10月5日(水)】

イラン/マシュハド

 トルクメニスタンを一緒に移動する事になった黒沼さんと崇君と6時に宿を出発した。

宿のおじさんの言われるままに市バスを乗り継ぎ、テヘラン行きが発着するバスターミナルとは別のターミナルへ向かった。

ここからトルクメニスタン国境の町グーチャンへバスで向かう事になる。グーチャンまでは2時間で20000レアル(120円)だ。
photo2  グーチャンからバージ・ギーラーンというイラン側の国境にタクシーをチャーターして向かった。一人だと乗り合いタクシーの客待ちをしてからの出発になるが、4人いるとすでに客が揃っている状態なので実にスムーズだ。

イラン側の国境までの距離は70キロくらいあり1時間ほどかかった。国境付近で順番待ちをするトラックを一気に追い抜いてイラン側の国境に到着。国境は山脈の中にあり、標高は1500メートルある。イランの出国手続きは比較的スムーズに終了。そのまま徒歩でトルクメニスタン側の建物に向かった。
photo3  いよいよトルクメニスタンに入国だ。入国管理施設が入る建物にはトルクメンバシュ(トルクメン人の頭領)こと故ニヤゾフ大統領の肖像画が掲げられている。
photo4

0003. まえだまさとし 2011/10/09_17:31:20
photo1 トルクメニスタンは中央アジアの北朝鮮というくらい強権的な大統領崇拝の政治が行われていた。その初代大統領であるニヤゾフは亡くなってしまったが、その後もニヤゾフ崇拝に代わりはないようだ。

 ただこの国が北朝鮮と大きく違うのは資源が豊富で周辺国に輸出する事で国家財政は常に潤っている。国民は無料でガスが使用でき、冬は一晩中暖房をつけっぱなしでどこへ行って暖かいらしい。比較的モノも豊富なので国民の不満は抑えられているとされている。
 とはいえ強権的な独裁国家であるため指導部は常に外国からの情報におびえている。
photo2 そのような複雑な政治体制の影響でこの国は旅行会社を通して日程を組まないと観光ビザが下りず、事実上個人旅行は不可能とされている。しかし今回の我々のようにトランジットビザを取得した場合に限ってトルクメニスタンに5日間を限度に滞在する事ができる。その際、旅行制限は特になく、事実上個人旅行が可能という事になる。
photo3 トルクメニスタンに入国の際、入国税なるものが一人10ドルかかった。さらにひとグループに対して手数料が2ドル加算される。その後厳しい荷物検査があり、2時間も待たされた。現地人はかなり厳しく調べられ、外国人も例外ではないとされているが、我々4人は全く荷物チェックはなかった。せっかく荷物を開ける準備をしていたのに少しは調べてくれよといった気分だ。ハードディスクの中まで調べられると聞いていたので身構え望んだ荷物検査だが拍子抜けしてしまった。とにかく国境の建物の中で長い時間を過ごす事になってしまった。
 トルクメニスタン側は緩衝地帯が数キロ続き、この区間を専用の乗り合いワゴン車で移動する事になる。これが高く一人15ドルだ。
photo4

0004. まえだまさとし 2011/10/09_17:32:05
photo1  緩衝地帯が終わり、そこからタクシーでアシュガバート市内へ向かう事になる。トルクメニスタン側のタクシーはBMWだった。この国を走っている車は中古ではあるが日本や欧米のメジャーな車が多いように思う。タクシーはアシュガバートに向け山を一気に下った。時折アシュガバートの真っ白い町並みが目に入る。
photo2
photo3
photo4

0005. まえだまさとし 2011/10/09_17:35:13
photo1 アシュガバートに入る際には東西南北各所にゲートが設けられていおる。

 ゲートの先がアシュガバート中心部となる。
photo2 道路は広く街灯が整備され、立体交差化されている場所も多い。
photo3
photo4 すれ違う市バスは韓国製の新型バスで何から何まで近代的だ。車のドライバーには譲り合いの精神があるようで最悪な運転マナーのイランよりは人々の心にゆとりを感じる事ができる。

0006. まえだまさとし 2011/10/09_17:37:13
photo1 似たような高層マンションが林立するのはどことなく平壌に似ている。
photo2
photo3 手信号も平壌を思い出す。しかしここでは男性警官だ。
photo4

0007. まえだまさとし 2011/10/09_17:38:32
photo1 とにかく町中が建設ラッシュだ。
photo2
photo3
photo4

0008. まえだまさとし 2011/10/09_17:40:55
photo1  さてこの町での宿泊先が問題だ。アシュガバートの宿事情はこの1ヶ月で大きく変わってしまった。ほとんどの旅行者が身を寄せていた市内にあるホームステイ先の邸宅が相次いで閉鎖されてしまったのだ。それによって個人旅行者は行き場を失ってしまった。そんな中、町はずれのソ連式安宿「スヤーハットホテル」に行ってみた。
photo2 ここまで利用したBMWのタクシー。
photo3 しかしこのホテルではどういうワケか満室との答え。フロントの女性は親切に他のホテルにも電話をしてくれたが他の安い宿はすべて満室。宿泊拒否か。ホームステイ先が閉鎖されてしまった事で外国人が安宿に集中してしまった。それにより一定水準以下の宿には外国人を泊めないようにしているのだろうか。しかし現地人も断られていたのでそうではなさそうだ。一体今日は何があるのだ。ちなみに明日も満室らしい。とにかくワケのわからない国だ。

ホテルのロビーにはニヤゾフ元大統領の肖像が掲げられていた。
photo4

0009. まえだまさとし 2011/10/09_17:41:49
photo1  今朝起きてから何も食べていないので空腹が限界だ。ホテルの1階に食堂があり、ここでシャシリク(ケバブ)とラグマン(中央アジア風のラーメン)を注文した。ビールもうまかった。イランではなかなかない味付けでうまかった。
photo2 トルクメニスタンのケバブは挽肉でジューシーだ。
photo3
photo4

0010. まえだまさとし 2011/10/09_17:43:01
photo1 腹は満たされたがこれからどうすればいいのか。念のため近くにある他のホテルにも直接出向いたが案の定断られた。ただ現地人に高級なホテルなら部屋はあるらしい。しかし1泊90ドルらしいのでとても泊まる気にはなれない。

 今夜アシュガバートで泊まるのは断念せざるを得ないようだ。このままガスクレーターがあるデルウェゼへ向かう事にした。

 ガスクレーターとは今回のトルクメニスタン滞在中で最大の見所といってもいい場所でカラクム砂漠に位置する。その名の通りガスが吹き出ているクレーターだ。夜行くとマグマが吹き出ているような光景が見られる。
photo2  まずガスクレーターへの拠点となる町デルウェゼ向かう事になる。デルウェゼなど北部へ向かう乗り合いタクシーが集まるのはダーシュオグズ・バザールという場所だ。タクシーで町はずれのダーシュオグズ・バザールに到着すると乗り合いタクシーの運転手が集まってきた。乗り合いといっても我々は4人いるので車をチャーターする事になる。デルウェゼまでの言い値は200マナトだった。結局値段交渉の末一台100マナト(2800円)で交渉成立した。一人25マナト(700円)と適正価格に近いはずだ。このような時4人いると助かる。一人だと大変な事になっていただろう。
photo3  デルウェゼまでの距離は約300キロ。途中町は2箇所しかない。ひたすら一本道を北へ進む事になる。タクシーはアメリカあたりから流れてきたトヨタのアヴァロンで道路は整備されているので移動は快適だ。出発後すぐに日が暮れてしまった。
photo4

0011. まえだまさとし 2011/10/09_17:45:37
photo1  タクシーは3時間半くらい走り一軒のチャイハネに到着した。

時間は夜10時前。どうやらここがデルウェゼらしい。デルウェゼは町ではなく一軒のチャイハネがあるだけの場所のようだ。腹も減っているのでこのチャイハネで夕食を取る事にした。
photo2 チャイハネで食べたピラフ。
photo3  チャイハネのオヤジがジープでクレーターに行かないかと誘ってきたが、時間もあるし徒歩で向かう事にした。荷物はチャイハネで預かってもらえる事になった。
 日が暮れているのでクレーターの方向がうっすら明るくなっているので目的地はわかりやすい。昼間だと何の目標もないので逆に不安だ。
photo4 月明かりだけが頼りだ。

0012. まえだまさとし 2011/10/09_17:47:40
photo1 チャイハネから約6キロ、砂漠の中の道なき道を歩き続ける事になる。

行程は丘、平ら、丘、クレーターという感じらしい。行きは月明かりもあり、比較的歩きやすく約1時間半ほどででクレーターに到着した。
photo2  突如暗闇の中にぱっくり開いた黄色い口から吹き出る水蒸気。
なんとも異様な光景で恐怖さえ感じる。地獄への扉とも呼ばれるその第一印象はあまりにも衝撃的だった。
photo3
photo4

0013. まえだまさとし 2011/10/09_17:49:33
photo1 穴の中はマグマのよう見えなくもない。穴の中からはガスが放出されている。そこに火が点り、火力自体は強くないがクレーター周辺はガスファンヒーターの熱風と同じような風が全身に吹き付ける。時折突風となり、小さな竜巻も発生したりするので注意が必要だ。
photo2
photo3
photo4

0014. まえだまさとし 2011/10/09_17:50:47
photo1  地球にはすごい場所があるものだ。また驚きの場所に出会えた。はるばるここまで歩いてきてよかったと実感できた。暗闇の中を6キロ歩いた末にたどり着いた絶景なのでその感激もいっそう大きなものになった。ジープで来る事も可能だったがあっさり来てしまうとその感激は半減してしまうだろう。ジープの誘いを断ってよかったと思った。ただここまで暗闇の中を歩き続ける事ができたのは4人いたおかげで心強かったのが大きい。一人だったら絶対来るのは無理だった。
photo2
photo3
photo4

0015. まえだまさとし 2011/10/09_17:52:36
photo1  ところでこのガスクレーターはいったい何なのか。
photo2
photo3 穴の大きさは、直径約84メートル、深さ約20メートルある。トルクメニスタンは世界有数の天然ガス産出国だが、今から約35年前、天然ガスを採掘中に落盤事故がおこりこのようなクレーターができてしまった。この穴を塞いで沈火させるには、トルクメニスタンの国家予算1年分という莫大なお金がかかるらしい。しかしクレーターからは有毒なガスが漏れ続けていて健康被害のおそれがあった。なのでその対処方法として火をつけてガスを燃やしているとのこと。なのでこの光は決して自然のものではなく、人為的なもので事故を放置し延々と環境破壊を続けている状態でもある。
photo4 なんとかこの漏れ続けているガスを有効に使えないものかと思ったりもするが、なかなかいい方法は見つからないのだろう。しかしこのような神経質な場所に旅行者が気軽に近づけるのはおかしな話でもある。ワケのわからないトルクメニスタンの事だからいつ立ち入り禁止になってもおかしくない。今回の訪問はそれに間に合った感じだ。

0016. まえだまさとし 2011/10/09_17:53:24
photo1 穴の中心の火力はかなり強めだ。
photo2
photo3
photo4

0017. まえだまさとし 2011/10/09_17:55:22
photo1 クレーターに感激したはいいものの「行きはよいよい帰りは怖い」とはまさにこの事か。行きは暗闇に目標とする光があり、目的に向かって歩くのは簡単だった。しかし帰りはまったく目的がない。コンパスを頼りにひたすら西へ歩くしかない。時には足跡を頼りに暗闇の中を進む事になる。いつの間にか月も沈んでしまいカンだけを頼りに足を進めた。星はきれいだが天体に対する知識は誰もないのであまりあてにできない。
photo2  コンパスだけを頼りに1時間半歩き続けた。すると道路を車が通り過ぎる音が聞こえてきた。幹線道路は近いようだ。そんな中、野犬の鳴き声が聞こえてきた。暗闇の中で犬に囲まれたら終わりだ。かなり焦ったが何の事はない。チャイハネの犬だった。

しかし犬をさけようとしたためかなり遠回りをしてしまいチャイハネに戻ったのは4時頃だ。最初から犬の鳴き声に向かって歩けば簡単にチャイハネへ戻れたのだ。
photo3  チャイハネは閉まっていたが中に入れてもらいそのまま寝させてもらう事になった。
photo4

0018. まえだまさとし 2011/10/09_17:58:02
photo1 【10月6日(木)】

 チャイハネで寝させてもらった。8時前まで寝ていたら営業が始まり、朝食を食べる客で賑わっていた。
photo2 デルウェゼにポツンとあるチャイハネ。
photo3 昨日野犬の鳴き声だと思ってビビッたが犬はここで飼われていた。
photo4

0019. まえだまさとし 2011/10/09_18:00:37
photo1 朝食はピラフ。
photo2 出発の準備をしているとチャイハネのオヤジに家の裏に呼ばれて寝床代として4人で10ドル払う事になった。室内に入れてもらえ布団まで貸してもらったので払うのは当然か。


一人10ドルでなくてよかった。
photo3
photo4

0020. まえだまさとし 2011/10/09_18:04:29
photo1 チャイハネで働く女性たち。
photo2 チャイハネからクレーター方面を見渡したが、日中はどこがクレーターなのかまったくわかない。
photo3
photo4

0021. まえだまさとし 2011/10/09_18:06:34
photo1 今後のルートだがこのまま北に移動すれば簡単にウズベキスタンに入る事が出来る。

しかしアシュガバートに未練がある。どうしてもあの異様な町を歩いてみたい。

他の3人はどう思っているのか知らないが僕の意見が通ってしまいアシュガバードに戻る事になった。

アシュガバートへ向かう場合、11時半にバスがあるらしい。
photo2 本当に来るのか不安な気持ちで待っていた。
なかなか来ないので不安だった1時間ほど遅れてバスがやってきた。
photo3
photo4

0022. まえだまさとし 2011/10/09_18:07:40
photo1 けっこうまともなバスだ。
photo2 途中乗車だったが席に余裕があり、無事に座る事ができた。イランで使われた中古バスだがけっこう快適だ。アシュガバートまでの運賃は10マナト(280円)だ。
photo3
photo4

0023. まえだまさとし 2011/10/10_23:26:56
photo1 アシュガバートに到着したのは午後3時過ぎ。最初にする事は今夜の夜行列車の切符を購入する事だ。
photo2 タクシーでアシュガバートの鉄道駅へ向かった。
photo3 トルクメニスタンの鉄道は極端に安くて快適なので予約が入りにくいと聞いていた。なので今夜発の列車は半分諦めていたが2時間後の一等寝台車を予約する事ができた。トルクメニスタンの鉄道には乗りたいと思っていたのでうれしい誤算だ。ちなみに値段はトルクメナバートまで一等で12マナト(330円)は安い。ちなみに乗車時間は14時間だ。
photo4

0024. まえだまさとし 2011/10/10_23:28:35
photo1  出発まで2時間くらいある。あまり十分な時間とはいえないがアシュガバートの町を観光することにした。意味不明な近代建築物を横目に徒歩で繁華街と思われる場所をめざした。
photo2 大きな建物には必ずバシュ様(故ニヤゾフ元大統領)の肖像が。
photo3
photo4

0025. まえだまさとし 2011/10/10_23:30:47
photo1 途中レーニン像など今となっては珍しい銅像がここには存在している。
photo2
photo3 交通量が少ないので地下道を通るのは面倒だ。
photo4

0026. まえだまさとし 2011/10/14_22:19:08
photo1 中心部のビル。
photo2
photo3
photo4

0027. まえだまさとし 2011/10/14_22:21:44
photo1 中立広場の中立門は取り壊されるのかシートがかぶせられていた。中立門とは頂点に立つ黄金のバシュ像が太陽の動きに合わせて回転するというアトラクションのような記念碑だったがなくなったのは残念だ。
photo2 それにしても大統領宮殿近くはどこかの遊園地のような町並みだ。おとぎの国とも称される都市計画作り、資源が豊富な独裁国家だがインフラに金を使うのは悪くない。しかし意味のわからない記念碑や建物に金をつぎ込むのはどうかと思う。この国はいったいどこへ向かおうとしているのだろうか。不思議な国としかいいようがない。。
photo3
photo4

0028. まえだまさとし 2011/10/14_22:22:55
photo1  官庁街や元大統領である故ニヤゾフことバシュ像は写真を撮ろうとすると警官に止められる。でもせっかくなので黄金のバシュ像は隠し撮りする事にした。警官は注意してくるだけで理不尽な要求や身元確認をされる事もなく、トルクメニスタンはそれほど問題がある国には思えない。
 
photo2 隠し撮りで撮影。黄金のバシュ像。
photo3
photo4

0029. まえだまさとし 2011/10/14_22:24:53
photo1  午後6時前にタクシーでアシュガバート駅へ戻った。
photo2 トルクメナバート行きは18時20分発。これから乗る列車は最新とまではいかないが中国製の比較的新しい車両で車内は清潔だ。水やお湯もちゃんと出るので快適な移動ができる。
photo3 夜食として乗車前に駅の食堂でマントゥ(餃子)を購入した。
photo4  列車は定刻通り出発した。出発後検札の後シーツ代が別に1マナト請求された。トルクメニスタンでは慌ただしい行程となってしまったが、行きたい場所には行けたのでよかった。今夜はゆっくり寝られそうだ。

0030. まえだまさとし 2011/10/14_22:27:57
photo1 【10月7日(金)】

 アシュガバートから15時間後の午前9時前にトルクメナバートに到着した。
photo2 ずいぶん快適な移動だった。トルクメナバートもまた駅前には白が基調の近代的な建物が目に入った。とはいえアシュガバートに比べればかなり控えめだ。
photo3
photo4 トルクメナバード駅前。

0031. まえだまさとし 2011/10/14_22:28:56
photo1  トルクメナバート駅前から乗り合いタクシーでファラップの国境へ向かった。
photo2 ウズベキスタン国境への道。
photo3
photo4

0032. まえだまさとし 2011/10/14_22:31:25
photo1 国境に到着。
photo2 駅から国境までのタクシー運転手。スピード狂で160キロくらい出す恐ろしい運転手だった。
photo3 出国審査はスムーズで荷物を調べられる事もなかった。国境から緩衝地帯の先にあるウズベキスタンの国境線までは乗り合いタクシーで向かう事になった。
photo4 国境線からウズベキスタンの入国管理施設の建物まではさらに徒歩で10分ほど歩く事になる。荷物を抱えた現地人はこの間の移動に苦労していた。

0033. まえだまさとし 2011/10/14_22:36:35
photo1  ウズベキスタンの入国もスムーズで国境からブハラまではタクシーを乗り継いで中心部のラビハウズに到着した。値段は一人6ドルだ。
 

今回の宿はドミがある宿で向かった先はラビハウズからかなり西の方へ行った先の奥まった路地にある「MADINA&LIYOS」という小さな宿でドミで10ドルだ。設備は今まででは考えられないくらいしっかりしていて部屋にはテレビまである。
 ウズベキスタンの観光都市ブハラは6年ぶりだ。以前訪問したときは中心部は工事中の箇所が多かったが、今はすべて完成し洗練された町並みが完成している。
photo2
photo3 ウズベキスタンのシャシリクはでかい。
photo4 カラーンミナレット近くの絨毯市場。

0034. まえだまさとし 2011/10/14_22:37:58
photo1 夕食はラグマン。
photo2 とりあえず久しぶりの快適な宿なのでゆっくりした。

 ウズベキスタンの通貨ソムは最高額紙幣が1000ソムで31円だ。100ドル札を両替したら250枚もの札を数えなくてはならず大変なことになる。久々に来たがこの国は相変わらずのようだ。
photo3
photo4

0035. まえだまさとし 2011/10/14_22:41:34
photo1 【10月8日(土)】 
photo2  朝まずクリティ・バザールの近くにある鉄道の切符売り場でタシケントまでの寝台車の切符を購入した。場所は宿の人についてきてもらい窓口で購入の手伝いまでしてもらったのでスムーズに購入する事ができた。タシケントまでは4人用コンパートメントで46000ソム(1426円)だった。

エスファハンから同行している崇君も明日の朝のサマルカンド行きの列車の予約をした。崇君とは明日でお別れとなる。また数日後どこかで会う可能性はあるが、ひとまずお別れだ。
photo3  そのままクリティ・バザールを冷やかした。マクドナルドっぽい店。
photo4

0036. まえだまさとし 2011/10/14_22:43:50
photo1 サモサは釜で焼かれる。
photo2
photo3
photo4

0037. まえだまさとし 2011/10/17_20:09:12
photo1 旧市街のラビハウズに戻りました。
photo2 ブハラでは鶴の形をしたはさみが有名です。高品質のモノは1コ18ドル。地球の歩き方にも紹介が出ているくらいなので店員はかなり日本人慣れしている。
photo3 昼食はピラフ。
photo4 屋根のある通り。

0038. まえだまさとし 2011/10/17_20:12:05
photo1 カラーン・モスクとカラーン・ミナレット。サマルカンドが有名だが実はウズベキスタンで一番雰囲気がいい町はここブハラだろう。
photo2
photo3 夕方、旧市街の通りは青白い光でライトアップされる。
photo4 夕食は宿で食べる事にした。ピーマンの肉詰めでなかなかおいしかった。

0039. まえだまさとし 2011/10/17_20:16:07
photo1 【10月9日(日)】

 エスファハンから同行に崇君は早朝サマルカンドへと出発していった。爆睡していたため僕が起きたら崇君は出発したあとだった。お別れの挨拶もしなかったのは悪い気がするがまた会うだろう。


 12時にチェックアウトを済ませた。列車は午後7時発なので4時くらいに宿を出発して、のんびり駅へ向かう事にする。ブハラ駅は町から10キロ離れたカガンという場所にあり、通称カガン駅と呼ばれる。
photo2 ブハラの旧市街の中心はきれいに修復されているが一歩離れると古い建物は荒廃している。
photo3 4時半過ぎに宿を出発し、教えられた乗り場に向かった。カガン駅へはマルシュルートカかと思ったら教えられた番号とは違うバスが来て、さらに安く駅に来る事ができた。しかし車内は超満員だった。
photo4

0040. まえだまさとし 2011/10/17_20:18:37
photo1  ブハラ(カガン)駅には2時間前についたので駅前のチャイハネでシャシリクを食べ腹ごしらえだ。結局今日は昼ご飯を食べる事ができなかった。
photo2 駅を眺めながらの食事。
photo3
photo4

0041. まえだまさとし 2011/10/17_20:21:40
photo1  ブハラ駅。これからウズベキスタンの首都タシケントへ向かう。
photo2
photo3 タシケント行きの列車は15分前に入線してきた。車両はロシア製でかなり年季が入っている。
2段寝台のコンパートメントでロシアでは「クペ」と呼ばれる車両だ。

車内の照明も暗いので本を読んだりもできない。中国製が恋しくなる。
photo4

0042. まえだまさとし 2011/10/17_20:22:22
photo1  列車は19時5分発のはずだが出発したのは19時50分になってからだった。この程度の遅れなら気にならなくなってはいるのだが、この国の鉄道は正確ではなかったのか。


車内はガラガラだったが途中の駅からも人が乗ってきてそれなりに混雑してきた。
 
photo2
photo3
photo4

0043. まえだまさとし 2011/10/17_20:24:56
photo1 【10月10日(月)】

 タシケントには6時40分に到着した。予定では8時に着くなのだが。予定時間よりかなり早い到着で乗客はほとんど寝ていてなかなか下りようとしない。僕も予想以上に早かったので少しもたついてしまった。出発時間が遅れたにもかかわらず到着時間が早くなった事に文句はないがいい加減な運行ダイヤだ。
photo2
photo3
photo4  タシケント駅。ここに来るのも5年ぶりだ。

0044. まえだまさとし 2011/10/17_20:30:03
photo1 タシケントでは前回も泊まったハドラホテルへ向かった。地下鉄で向かう事になるが駅で3回のパスポートチェック。そして荷物も一回調べられた。

タシケントでは駅や地下鉄構内になぜこれだけ警官がいるのか不可解でしかたない。単にパスポートのビザチェックだけで別に下心があって検査しているわけではないだろうが相変わらず面倒くさい国だ。そもそもビザのない旅行者がこの国にいるとは思えない。
 ハドラホテルは10ドルで空室あり。フロントのおばさんは一応英語を話して仕事も速いのでこのホテルは利用しやすい。しかし前回ふんだんに使えたお湯が出なくなっていてこれには困った。部屋はシングルでよけいなものはなく快適だ。
photo2 タシケントではタジキスタンのビザを取得してパミール高原をめざす事になる。

「シルクロード横断②トルクメニスタン/2011年」のスレッドはここになります。

続きは「シルクロード横断③タジキスタン〜(パミール高原)」

を参照してください。
photo3
photo4

旅BBSトップ旅BBS(テキスト版)スレッド一覧