旅BBS (テキスト版)
tabibbs.com
旅BBS(本体) は、 ここをクリック
※このページは、旅BBS『画像掲示板』のテキストページです。 旅BBS『画像掲示板』本体へは、ここをクリックしてお進み下さい。

旅BBSメニュー>海外情報ノート
シルクロード横断④〜キルギスタン〜カザフスタン〜

0001. まえだまさとし 2011/10/22_15:12:31
photo1 タジキスタンのパミールハイウェイを通ってキルギスタンのオシュに入りました。
photo2 【10月20日(木)】
オシュ到着翌日。

ビシケクにはこの日の夜行で行く事になったので日中はオシュの町を観光する事にした。といってもこの町に見所はほとんどない。ちょっとした岩山と中央アジア最大級のバザールが唯一の見所だろうか。
 水が使えないのでペットボトルの水を浴びる不便な生活だ。パミールに比べ暖かいので水でも我慢できるのが救いだ。ペットボトルの水で頭を洗い、出発の準備を整え町へ出た。
 両替に少し困ったが、実は宿の横が両替屋だった。タジキスタン・ソモニの両替はマーケットの両替屋で断られたが、ホテルの横なら大丈夫だった。
photo3 宿泊したタージマハルホテル。別にインド人が働いているわけではない。もしかしたら経営者がインド人かもしれないが単なる安宿。1泊300ソム(520円)。
photo4

0002. まえだまさとし 2011/10/22_15:18:15
photo1  中央アジア最大級のジャイマ・バザール。
photo2
photo3 ジャイマ・バザール近くでビシケクへのマルシュルートカを確認しに向かった。すると今夜出発しそうな車はすぐに見つかった。

車の運転手と値段交渉をして一応予約して宿まで迎えに来てもらうようにした。しかし本当に来てくれるのかちょっと怪しい。値段はビシケクまで900ソム(1530円)。
 オシュは日中は暖かく汗ばむ陽気だが日陰に入るとやはり肌寒い。
ここでラグマンを食べたがタジキスタンではパスタみたいな面ばかりだったが、ここでは歯ごたえのある中華麺だったのでその美味さにに感激した。
 昼食は汁のないラグマンにした。野菜たっぷりで値段はタジキスタンと同じ位なのに量はタジキスタンの倍あった。
photo4

0003. まえだまさとし 2011/10/22_15:20:55
photo1 オシュの町並み。後方はスレイマンの岩山。上れるらしいがやめた。
photo2
photo3  ホテルで待っていたら夕方6時に約束していた車がやってきた。ステップワゴンで定員以上詰め込まれる事はないので多少ゆとりはあるが、道は険しいので今夜は多難だ。また景色も楽しめない。


 峠を何度か通過し、その際雪道を走っている事もあった。ビシケクまでは険しい峠を何度も越え、12時間くらい走る事になる。
photo4

0004. まえだまさとし 2011/10/22_15:28:53
photo1 【10月21日(金)】

 ビシケクには8時前に到着した。ビシケクの朝は遅く、まだ夜が明けたばかりで肌寒い。トロリーバスで宿に行こうとしたら警官に職務質問を受けた。偽警官か本物かよくわからないがとにかく面倒くさい。荷物検査と財布から金を出して見せろとか実にうさんくさい。本物の警官でも金を抜き取られる事があるらしいのでやっかいだ。揉めていたら警察の詰め所に連れて行かれた。本当に警察かどうかも怪しい部屋だがたいしたトラブルはなく解放された。韓国人のテフがかなり頭に来たようで少し時間がかかってしまった。
 
photo2 キルギスはビザがなしで観光客に優しい国かと思ったが、これではウズベキスタンよりひどい。第一印象は最悪な国だ。おかげで完全に目が覚めた。

 キルギスがなぜ日本人だけビザを免除しているのか。それは10年ほど前日本人技師が誘拐された際、解放するのに何人かのキルギス人が犠牲になってしまった。その恩返しとして日本はキルギスの空港建設や湖畔のリゾート開発など大規模な経済援助を開始した。その際たくさんの日本人技師がキルギスを訪問する事になり、その際ビザ取得の手間を省くため日本人はビザが免除された。それが現在まで続いているという事だ。なので再びビザが必要になる可能性はありえるらしい。
photo3  警官から解放されたあと、再びオシュバザールの北の停留所に向かった。ここで10番のトロリーバスを拾い、あっさり目的の「南旅館」が入るアパート近くまで来る事ができた。
photo4

0005. まえだまさとし 2011/10/22_15:33:09
photo1 これが「南旅館」が入るアパート。道路に面した部分は商業施設になっている。南に向かっていたトロリーバスが左に曲がる手前の交差点に面している。すべてのトロリーバスが左に曲がるので曲がってから下りてもいい。
photo2
photo3 そしてアパートのここをくぐる。
photo4 入り口は何カ所かあるが「16〜25」の入り口を上る。

0006. まえだまさとし 2011/10/22_15:37:53
photo1 3階の「22」の部屋が南旅館になる。

しかし部屋の前には表示がまったく出ておらず少し手こずった。
photo2 旅館といってもアパートを旅行者に開放している民宿だ。ここは久々の日本人宿(経営者はキルギス人)でもある。

ビザ待ちなどの人もいるが長期滞在者が潜伏する中央アジア最強の沈没宿だ。値段は1泊150ソム(260円)で今回の旅行で最安値だ。

ここでサマルカンドで別れた崇君に再会した。彼もオシュバザールのタクシー乗り場で怪しい警官の職務質問にあったらしい。

宿はお湯も出て洗濯も干せて快適だ。
photo3 韓国人のテフもここでビザ取得のため沈没する事になる。彼は今日中に中国ビザの申請を済ませるため慌ただしく宿を出て行った。
photo4

0007. まえだまさとし 2011/10/22_20:11:37
photo1 南旅館の団欒室。
photo2 そしてドミトリーの部屋。
photo3
photo4

0008. まえだまさとし 2011/10/22_20:14:00
photo1 昼前、一人で町へ出た。とはいえビシケクで見たいものもなく中心部を一周して昼食を食べて終了だ。
photo2 国立オペラ・バレエ劇場
photo3 ここにもレーニン像が残っていた。
photo4

0009. まえだまさとし 2011/10/22_20:16:52
photo1 昔は国旗がはためく国立歴史博物館の前にレーニン像が建っていたが裏手に移動させられたようだ。今は別の銅像が建っている。
photo2
photo3
photo4

0010. まえだまさとし 2011/10/22_20:24:27
photo1 大祖国戦争記念碑(第二次世界大戦の碑)。国によって戦争の呼び方は様々だ。

周辺には黄色い花が咲き乱れとてもきれいだ。
photo2
photo3 大衆的なツムデパート。
photo4 町中の両替屋。

0011. まえだまさとし 2011/10/22_20:28:44
photo1 中心部のはずれにサウナがあったので入ってみた。

外観は中東のハマムをイメージしたデザインで興味深い。入場料は150ソム(260円)。

浴槽がなく物足りないが、サウナでいい汗がかけた。パミールの疲れも落ちて今夜はゆっくり眠れそうだ。
photo2 中心部を一通り歩いてビシケクはもう十分といった感じだ。明日アルマトイに移動しようかと思ったがも1泊ここでゆっくりしよう。
photo3
photo4

0012. まえだまさとし 2011/10/22_20:31:11
photo1  夕食は日本人の宿泊客が白いご飯とおろしポン酢の唐揚げと春雨スープを作ってくれた。


買い出しから調理まで僕は見ているだけで食べるだけだったが。

。どうもすいません。
photo2
photo3
photo4

0013. まえだまさとし 2011/10/27_14:52:50
photo1 【10月22日(土)】

ビシケク二日目。ここに連泊することになる。
アルマトイから中国までの列車にあわせて日にちを調整だ。アルマトイは来週月曜に出発する事になる。ここまで急いできたが、少し余裕が出てきた。


この日は久々に部屋でゆっくりする事にした。
photo2 昼過ぎにテフたちとメディナバザールへラグマンを食べに向かった。ここにはウイグル料理の店があるらしい。
photo3 ここで汁なしのラグマンを食べた。シャシリクも脂がのってうまかった。
photo4  夕食はまた南旅館の宿泊仲間に作ってもらった。この日は挽肉のナス炒めとニラ玉だ。そして白いご飯が今日も美味しい。今日は何もしなかったがこんな日もたまにはあっていいだろう。明日カザフスタンへ出発だ。

0014. まえだまさとし 2011/10/27_15:28:02
photo1 【10月23日(日)】


朝8時に出発する事にした。同じ宿にいた旅行者で同じくアルマトイ経由で中国に抜けるというアキ君と一緒に西バスターミナルへ出発だ。

しばらくはアキ君と行動を共にする事になる。
photo2 南旅館から西バスターミナルはこのマルシュルートカで一本だ。
photo3 西バスターミナルに到着。
西バスターミナルからアルマトイへのマルシュルートカが出ている。
photo4

0015. まえだまさとし 2011/10/27_15:30:46
photo1 日曜で人の集まりはいまいちだ。しばらく周辺をうろつく事にした。
photo2 朝食をとっていなかったのでここで食べる事にした。
photo3 その場で作られた焼きたてパンだ。
photo4 11時頃、アルマトイ行きのマルシュルートカは席が埋まらないのに出発する事になった。これはありがたい。


 

0016. まえだまさとし 2011/10/27_15:34:02
photo1 1時間ほどで国境に到着。

荷物検査などはなくスムーズで今までの国境とは大違いだ。国境で他の客を待ったりして1時間ほどで再びアルマトイに向け出発した。
photo2 写真はカザフスタン側からの国境ゲート。
photo3 3時間ほど走り、アルマトイの高層ビル群が見えてきた。

背後には天山山脈の雪山が迫る。アルマトイのバックグランドがこれほど迫力があったのは以外だ。

この山の向こうは中国という事か。

しかしバスターミナルに近づくと渋滞がひどく、排気ガスもひどい。山がかすんで見えるのはスモッグのせいだろうか。
photo4  マルシュルートカはアルマトイに西部にあるサイランバスターミナルに到着した。ここは中距離バスターミナルになっていてたくさんの大型バスが発着している。しかしここは市の中心部からはかなり離れているので中心部に出るのが大変だ。通りに出ると中心部のスタジアム方面に行くバスがあり、これで安宿のすぐ前まで出る事ができた。運がよかった。

0017. まえだまさとし 2011/10/27_15:34:48
photo1  アルマトイでの宿泊先は「ホテル・サウレット」。ドミトリーで1泊20ドル近くする。でもこの宿は24時間制らしく明日の4時まで部屋にいていいらしい。
photo2
photo3
photo4

0018. まえだまさとし 2011/10/27_15:38:47
photo1  とりあえず荷物を置いてアルマトイ2駅へ出る事にした。メトロが開通していると思ったが、まだ未完成だった駅方面に行くバスはすぐ見つかった。
photo2 中国・ウルムチ行きの国際列車の切符は通常の窓口ではなく2階の専用窓口で購入する。中国方面の列車は週2便でうち中国車両を使用しているのは明日月曜発のみだ。

これに合わせて急いでアルマトイまで来たのだ。でももしかしたらもう席がないのではと心配だった。最悪バスでウルムチに向かう事になるが、明日出発の列車は問題なく購入できるようだ。しかし高かった。

最近値上げされ続けているとは聞いていたがこれほどまでとは思わなかった。ウルムチまでは片道19700テンゲ(約1万円)だ。
photo3 バスなら毎日運行されていてもっと安いだろう。でも僕は中央アジアからの脱出を列車にこだわり何の躊躇もなく購入する事にした。米ドルでの支払いはできず、一階の両替所で200ドル分両替することになった。
 高額の支払いを余儀なくされたが、ウルムチまでの日程は確定した。明日の深夜出発でウルムチ到着は翌々日の朝らしい。

宿泊代が節約できる上、明日は丸一日アルマトイ観光ができる事になる。また今いるホテルがチェックアウトの時間が夕方4時までなので夕方シャワーを浴びてから駅へ行く事ができるのがありがたい。
photo4  夕食はアルマトイにチェーン展開している「」というビュッフェ方式のレストランで食べる事にした。しかしカザフスタンの物価が高い。しかしその分、町並みは清潔で落ち着いている。またさりげなくおしゃれなカフェがあったりもする。今までの中央アジア諸国とは何かが違う。でもというかやはりここでも職務質問を受けてしまった。でも警官の対応は紳士的で不愉快な思いをする事もなかった。

0019. まえだまさとし 2011/10/27_15:40:49
photo1 アルマトイにはトルコのロカンタ的なビュッフェ方式のこじゃれたレストランが多い。
photo2
photo3
photo4

0020. まえだまさとし 2011/10/27_15:43:11
photo1 【10月24日(月)】

朝起きると雨。

唯一のアルマトイ観光の日がこの天気でがっかりだ。

別に町を観光するのに天気は問題ではないのだが、昨日見たテンシャン山脈をもう見られないのかと思うと無念でならない。
 チェックアウトは夕方4時までしなくて良いのでそれまで部屋に荷物を置いておく事ができる。
photo2 朝食は簡素だがホテルの宿泊代に含まれていた。
photo3  アルマトイで行きたい場所はたいしてないが外へ出た。雨はやんでいるが空は厚い雲に覆われ肌寒い。まずはセンコフ聖堂(ロシア教会)が建つ公園に向かった。共産圏の公園は寂しげでガラの悪さを感じるが、アルマトイの公園は落ち着いている。
photo4  中央バザールへ行ったが月曜は休み。ついていない。

0021. まえだまさとし 2011/10/27_15:44:13
photo1 両替屋だけは営業していた。中国元は両替可能だ。
photo2
photo3
photo4

0022. まえだまさとし 2011/10/27_15:47:13
photo1 アルマトイの路面。住宅街の中を寂しげに走るのがいい。
photo2
photo3
photo4 路面電車にあてもなく乗り込み、町並みを眺める事にした。

0023. まえだまさとし 2011/10/27_15:51:04
photo1 もう一つのロシア教会である聖ニコライ聖堂前で下車した。


アルマトイの路面電車にはプラットホームがなく、道路脇のバス停から道路を横断して乗り込む事になる。乗り降りの際はかなり危ない。

でもカザフスタンの運転マナーが周辺国とは別格に良いからこれで問題はないように感じた。
photo2 中心部の歩行者天国を散策。
photo3 韓国料理屋「ロテム」でプルコギの昼食を取る事にした。少し割高で味はタシケントよりかなり落ちる。中国元への再両替はここで済ますことにした。
photo4

0024. まえだまさとし 2011/10/27_15:53:20
photo1  4時にチェックアウトを済ませバスでアルマトイⅡ駅に向かった。そして駅の待合室で7時間待ち。夕食は駅近くのスーパーの食堂で済ませた。
photo2 夜のアルマトイⅡ駅。

本を読んだりテレビを見たりで時間は過ぎ30分前に乗車開始のアナウンスが流れた。
photo3
photo4 アルマトイは中国語ではこう表示される。

0025. まえだまさとし 2011/10/27_15:54:33
photo1 中国に乗り入れる国際列車は軟臥に当たる車両が硬臥になる。
photo2 国際列車の軟臥はさらに豪華な2人寝台だが今夜の列車には連結されていない。

ウルムチまでは6両編成で食堂車もないようだ。23時55分にアルマトイⅡ駅を出発した。
 すぐにアルマトイⅠ駅に到着。ここでは乗客の乗り降りはないようだが進行方向が変わるのでかなり長い間停車していた。時間も遅いので僕は寝る事にした。
photo3
photo4

0026. まえだまさとし 2011/10/29_09:14:46
photo1 【10月25日(火)】

 暖かい車両で熟睡することができた。列車は日差しが照りつける中、大平原を北に向け快走していた。そんな中、10時半アにクトガイ駅に到着した。
photo2
photo3 ここで進行方向が変わる事になる。ここに来て天候が少し悪くなってきた。
photo4

0027. まえだまさとし 2011/10/29_09:15:51
photo1  30分ほどして列車は進行方向を変え動き出した。
photo2 いざ中国へ向け出発。
photo3
photo4

0028. まえだまさとし 2011/11/01_02:02:09
photo1 途中、湖の畔を快走しながら中国国境をめざす。
photo2 後方には雪山が。
photo3  カザフスタン側国境のドスティック駅に到着したのは3時半。この先中国に入ると時差が2時間早くなる。ドスティック駅ではこれから向かう中国との線路幅の違いから台車交換が行われる。カザフスタンの線路の幅は広軌で1520ミリ。中国は標準軌の1435ミリを採用している。
photo4 辺り一帯に台車ばかり目立つ。

0029. まえだまさとし 2011/11/01_02:03:30
photo1 列車はいったんホームを離れて台車交換所に向かい、ここですべての車両を持ち上げて台車を交換する事になる。
photo2 シベリア鉄道で中国からモンゴルに行ったとき同じように台車交換が行われたが、あのときは乗客全員がホームに下ろされたが、今回は乗客を乗せたまま行われる。なのでその様子を見る事ができた。
photo3
photo4

0030. まえだまさとし 2011/11/01_02:06:32
photo1  中国用の台車への交換作業が終了した。
photo2 再びドスティック駅のホームに戻った。ここでスタンプの押されたパスポートが手渡された。
 
photo3 ドスティック駅の線路はカザフスタン・中国双方の列車が乗り入れられるようになっている。
photo4 しかしカザフスタン側の駅をなかなか出発しない。すでに日は暮れ、真っ暗だ。列車が中国側に移動したのは21時半(カザフ時間)。20分ほど緩衝地帯を走行して中国側の阿拉山口駅に到着した。

0031. まえだまさとし 2011/11/01_02:12:06
photo1  中国での入国審査は楽だと思っていた。しかし予想以上に荷物チェックは厳しかった。同行しているアキ君が中国語が話せるという事で検査員は普通の旅行者ではないと思ったのだろう。何か悪い情報を持ち込もうとしているのではないか。中国側として疑ってくるのは当然だ。何せここはチベット以上に(ニュースでは報道されないような)小規模な暴動やテロが頻繁に起こっている新疆ウイグル自治区なのだから。ダライラマの写真(ウイグルには関係ないが)などを警戒しているらしい。
photo2  アキ君はパソコンのハードディスクのデータまで調べられてしまったが特に問題なく入国できる事になった。僕は中国語がしゃべれないので大して調べられる事はなかった。こういうときは下手に中国語は使わない方が良い。そうすれば普通の旅行者という事でチェックは甘くなるはずだ。
 予想外に手間がかかった中国入国だが、すべての乗客の検査が終わったようで列車は0時に国境の阿拉山口を出発した。
photo3 今までのルートと今後です。
photo4 以上
「シルクロード横断④〜キルギスタン〜カザフスタン〜」は終わりです。


続きは「シルクロード横断⑤中国/2011年」を参照してください。


【 終 わ り 】

旅BBSトップ旅BBS(テキスト版)スレッド一覧