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パラオ共和国(ソウル経由)2014年6月

0001. まえだまさとし 2014/06/18_14:35:38
photo1 フィリピンとグァムのちょうど中間辺りに位置するパラオ共和国。戦前は日本の統治下にあり、最大都市コロール(首都はマルキョク)は南洋庁の中心都市として繁栄した歴史がある。
現在パラオはダイビングのメッカとして有名だが、パラオとの歴史的な関係も忘れてはならない。

パラオは僕にとって167カ国目の訪問国となり、太平洋島嶼地域で日本が承認している独立国の中で残るのはクック諸島のみとなる。
photo2  パラオへはユナイテッド航空がグァム経由で毎日運行されていて便利だが、今回の旅行は値段重視で尚且つマイルもたまるアシアナ航空を利用することにした。
 木曜の夕方初で月曜帰着となり、パラオには丸3日滞在できることになる。最終日は乗り継ぎ地のソウルに半日ほど滞在も可能だ。
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0002. まえだまさとし 2014/06/19_17:39:25
photo1 【6月12日(木)】

今回のパラオへの旅行は友人Sとその息子の3人で行くことになる。日暮里駅で待ち合わせてスカイライナーで成田空港へと向かった。
 アシアナ航空でまずソウルへ向かうことになる。アシアナ航空はユナイテッド航空より4割ほど安く行けソウルにも立ち寄れるのでコストパフォーマンスはよい。
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photo3 成田から仁川への機材は日本の航空会社では見られなくなったB747のジャンボ機だ。今回は三人での旅行なので窓際を含めた横3列に着席でき、隣に気を遣うことはない。
photo4  久々のアシアナ航空だが機内食は相変わらずまずい。羽田発の機内食はもう少しマシだった気もするが、それにしても空腹にもかかわらず残してしまった。。
大韓航空はビビンバなど工夫された機内食でもっとうまいのだが。

0003. まえだまさとし 2014/06/19_17:40:33
photo1  ソウルで乗り継ぎ時間は約2時間。

 深夜の仁川空港は免税店もすべて閉まっていて閑散としている。アシアナ航空の深夜発の乗り継ぎ便はコロールくらいしかないようだ。
 コロールへはA320で約5時間のフライトだ。定刻通り出発した。
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0004. まえだまさとし 2014/07/03_13:36:48
photo1 【6月13日(金)】

仁川からコロールへは深夜フライトなのでウトウトしていたらあっという間にコロール空港へ着陸態勢に入った。

送迎を頼んでいたが、到着ロビーにはちゃんと迎えが来て一安心。一番安い(といっても往復30ドル)送迎サービスを数ヶ月前に頼んでいたので少し心配だったのだ。
photo2 送迎車はマイクロバスで日本人専用ではなく、他国の旅行者との同乗だった。申し込んだのは日本の旅行会社だがどこかの送迎会社に委託していたようだ。
photo3 空港からホテルまでは30分かからない。
早朝5時前にはホテルに到着した。前日からの宿泊費を払っているのでアーリーチェックインという形でそのまま部屋に入ることになる。
 宿泊先はパラオホテル。コロールの中心部で利便性はこの上ないが、パラオでは最安値の部類の宿だ。しかし1泊60ドルもしたのでエアコンやテレビ、お湯シャワーはちゃんと付いていて快適そのものだ。
photo4 コロールで一番賑やかな場所にあるパラオホテル。

0005. まえだまさとし 2014/07/04_06:17:12
photo1  すこし仮眠して8時過ぎにコロールの町に出てみた。ホテルの周辺にはショッピングセンターやレストランなど人の往来は激しくそれなりに活気はある。
photo2  WCTCショッピングセンター。パラオ最大のショッピングセンターで食料品はかなり品数豊富。2階はおもちゃから衣料品、お土産物までたいていのものがそろう。ホテルの向かいにあるので何かと便利だ。
photo3 こちらの建物も一階にはスーパーマーケットが入っている。
photo4 こちらはこじんまりとした「YANO’S(矢野)」という商店で日本風の食材や弁当など売っているらしいが、朝はまだ商品の品揃えがいまひとつだった。

0006. まえだまさとし 2014/07/04_06:19:55
photo1 朝食は「ベストコーヒー&ドーナツストア」で取ることにした。ドーナツの品揃えは豊富だ。店内は地元の人のたまり場になっていた。
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photo4 コロールはアメリカ統治の影響で車中心の町になっているので歩くと疲れる。徒歩で行ける場所は限られ、しかも暑い。予想していたが市内の徒歩で散策するのは難しい。なのでホテルでレンタカーを頼むことにした。


しばらく待つと車が配車された。24時間で55ドル(保険込み)。これで明日の朝まで自由自在に動ける。

0007. まえだまさとし 2014/07/04_06:26:17
photo1  雨交じりだが時折厳しい日差しが照りつけるコロールの空。雲が取れた空は真夏の空の青さだ。

ロングアイランド公園の筏のオブジェ。
photo2 その前には「ミナトバシ」という名の橋が架かる。名前の由来は日本統治時代の名残だろう。
photo3 ロングアイランド公園周辺は波が穏やかで海は真っ青だ。
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0008. まえだまさとし 2014/07/04_06:35:59
photo1 マラカル島の一番奥にあるパラオ海洋水産試験場に行ってみた。ここはシャコ貝の養殖所になっている。シャコ貝は世界最大の二枚貝だ。大きいものだと1.5メートルで200キロになるものもある。

パラオではシャコ貝は食用に使われ、刺身など多くのレストランでも食べることができる。
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photo3 シャコ貝の貝殻。見学には入場料がいると聞いていたが無料で見学できた。
photo4 コロール市内唯一のビーチ「マラカルビーチ」に寄ってみた。
ビーチの脇にはレストランもあり砂はきれい。でも規模は小さくシーカヤックを楽しむ中国人の団体で騒がしい。のんびりできる雰囲気ではなかった。

0009. まえだまさとし 2014/07/04_12:18:22
photo1 パラオ随一の高級リゾートホテル。「パラオ・パシフィック・リゾート」へ行ってみることにした。アラカベサン島にありコロール島からはコーズウェイで繋がっている。

パシフィックリゾートへ向かう途中眺めのいい場所を通過した。
photo2 パラオパシフィックリゾートにはコロールで一番美しいビーチがあるとのことだが、泳いでいる人はおらず思ったほどではなかった。ただヤシの木があり南国ムードは満点だ。
ここで宿泊客のふりをしてくつろぐことにした。
敷地内の「フィッシュポンド(魚の池)」でエイやウミガメが飼われている。しかし最近行った宮古島のリゾートホテルで飼われているウミガメや池と比較してしまい汚いの一言だ。
写真を撮る気にもなれなかった。
photo3  昼食はローカルな食事で済ませようと思ったが、気になる食堂がホテルの近くにあり、入ることにした。「モグモグ・ラーメン・ハウス」という日本食レストランだ。気軽に入れる大衆食堂風の店だ。
photo4 カツ丼を注文した。パラオ人の経営だが味はなかなかだ。
友人が注文したラーメンも麺はしっかりしていてチャーシューも美味しく日本のラーメン屋で出されても十分やっていける質だ。

0010. まえだまさとし 2014/07/04_12:27:21
photo1 コロールの町の東の外れに「南洋神社」の参道跡がある。日本統治時代の南洋庁の中心都市コロールに日本の統治下にあった時代に官幣大社として創建された。
今ではガイドブックにも紹介されないほど影の薄い存在になっている。

神社へ向かう道路上には灯籠が再建されている。
photo2 当時の遺構として残っている石灯籠。この灯籠の脇がかつての参道だったと思われる。
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0011. まえだまさとし 2014/07/04_12:33:32
photo1 コロール中心部で戦争の記憶を残すものは多くない。そんな中、戦車が放置されている場所がある。

キャタピラは若干土に埋もれている。これは日本海軍の水陸両用戦車で正式名称は「特二式内火艇」。
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photo4 戦車が放置されている場所の周辺はスポーツ施設やグラウンド、公園になっていて遊具では地元の子供たちが遊んでいた。

0012. まえだまさとし 2014/07/04_12:45:29
photo1 夕食は「カープレストラン」へ行くことにした。コロール中心部から離れていて車がないと食べに行けない場所にある。場所はコロール島からミナトバシを渡り、マラカル島にあるパラオ港の脇ある。夜は幹線道路から外れると街灯もなくわかりづらい。路地裏のようなわかりづらい道の一番奥にレストランを見つけた。


 カープレストランは日本人経営の店で日本語が通じ客層も日本人観光客が中心のようだ。
ここでヤシガニのコース料理を注文してみた。値段自体は60ドルと高めだが二人でシェアすることが出来るようだ。なので一人あたり30ドルと高くはない。
photo2 コースということで順番にシャコ貝やマグロ、レッドスナッパー(フエフキダイ)、バラクーダの刺身とタロイモのコロッケに焼バナナとチャーハンが出てきた。

結構なボリュームだ。二人でシェアするとちょうどいい量となった。


ドリンクはノニジュースを頼んでみた。一時期日本でもブームになり一杯飲むだけですごい高いという印象があるが、ここでは2ドルとリーズナブルだ。酸味のきいたチーズのような味がするお茶のようなもので美味しくはないが健康にはいいのだろう。
photo3 最後に登場したヤシガニ。ヤドカリの一種らしいがかなり巨大だ。
予想異常に肉が多く、臭みもなく食べ応えがあった。少し高かったが、パラオまで来て食べることが出来てよかった。
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0013. まえだまさとし 2014/07/04_12:52:57
photo1 食事を済ませた後、パラオホテルへ戻る途中にガソリンを入れようとした。しかしどういうわけか給油口が開かない。今回短い時間だったからよかったが、数日間借りるとなると何度か給油しなくてはならず、この車は問題だろう。そもそも貸し出し時に満タンでなかったり、いい加減な会社で借りしまったものだ。ホテルが仲介した会社なので選択の余地がなかったのでどうにもならない。

ガソリンスタンドが混雑していたこともあり、結局ガソリンを入れないで返すことにした。ガソリンのゲージはほとんど変わっていないがいくら請求されるかもしれない。
photo2 (翌日)結果として貸し出し時満タンではなく中途半端な状態だったのでどういう対応をされるかと思ったら20ドルも請求された。40キロしか走ってないのにリッター2キロは高すぎだろう。整備不良車を貸し出す「CMC」というレンタカーは使わない方が良さそうだ。パラオホテルでレンタカーは頼まない方がいいだろう。
photo3 スーパーでパラオの地ビール「レッド・ルースター」を購入してみた。1缶1.83ドル。
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0014. まえだまさとし 2014/07/05_13:20:12
photo1 【6月14日(土)】

 今日はペリリュー島の日帰りツアーに参加することになっている。パラオ・ホテルのロビーに8時50分集合ということになっている。
photo2  出発までホテル近くの「クマガイ・ベーカリー」という店で朝食をすませることにした。クマガイというのはかつてこの店のオーナーだった日系人の名前らしい。ベーカリーだが中華やコンチネンタルフードも出すメニューの豊富な店だ。値段も安く地元の人で賑わっている。
ここで肉まんやドーナツとコーヒーで安く済ませることにした。
photo3  8時50分にロビーで待っていたら送迎車がやってきた。我々以外にもパラオホテルにツアー参加者がいるようでロビーで順番に出発の手続きと支払いを済ませることになった。
 今日向かうペリリュー島ツアーは最小催行人数が3人となっているが、結局人が集まらず2人で3人分の値段を支払い、船を完全にチャーターする形のツアーとなった。
 送迎車にたくさん乗車していたツアー客はダイビングやその他の日帰りツアーの参加者だで残念ながらペリリュー島へのツアー参加者はいない。
 利用するツアー会社はロックアイランドツアーカンパニー。ちなみにツアー代金は一人120ドルで3人分の代金がかかり360ドル支払うことになった。これ以外にペリリュー島の観光税が一人10ドルかかってくる。
 
photo4 送迎車でツアー会社の船着き場があるパラオ・ロイヤル・リゾートの敷地内に移動した。
ここから各種ツアーのボートに乗船することになる。

我々はこの船でペリリュー島に向かうことになる。今日一日お世話になる日本人ガイドのヒロシさんとパラオ人キャプテン、そして我々だけで乗るにはずいぶん大きい船だ。

0015. まえだまさとし 2014/07/05_13:26:53
photo1  コロール出発。いざペリリュー島へ。

1時間15分のクルーズだ。
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photo3 船はロックアイランドと呼ばれるカルスト地形の島を縫うように進む。
photo4 コロールでは晴れ間が見えてきたが、南へ進むにつれ雨が降り出してきた。

ペリリュー島に着く頃にはずぶ濡れになってしまった。
この雨はペリリュー島に着いてからもしばらく降り続くことになる。

0016. まえだまさとし 2014/07/05_13:31:20
photo1 進行方向に晴れ間は期待できない。
photo2 ペリリュー島に到着した。島の北端にあるノーズドックに船を下りることになる。
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photo4  ノースドックは島の拠点になってる。日本語での歓迎の文字も見られる。慰霊目的でこの島を訪れる人は少なくない。

 ここから乗用車で島内を観光することになる。雨足が強く気が滅入る。

0017. まえだまさとし 2014/07/05_13:38:15
photo1 今回降り立ったペリリュー島は第二次世界大戦で硫黄島などと並ぶ激戦地だった島だ
この島では1944年3月に開始されたアメリカ軍の攻撃から同年11月に日本軍が玉砕するまでに多くの血が流された。

 現在でもたくさんの生々しい戦闘の傷跡が多く残っている。そんな歴史的経緯からパラオ訪問の際には是非この島には訪問したいと思っていた。
photo2 ノースドック(北波止場)を出発してすぐに塹壕(バンカー)の跡は目に入ってきた。塹壕とは戦争で歩兵が砲撃や銃撃から身を守るために使う穴の事だが、キリバスのタラワやナウルなどでも日本軍の塹壕は多く目にしている。
この島ではも戦跡は日常の風景になっている。
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0018. まえだまさとし 2014/07/05_15:39:31
photo1 続いてノースドッグに近い「千人洞窟」に立ち寄った。雨が降っているが洞窟内は天気は関係なく観光できるので車を降りた。
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photo3 千人洞窟はベトナムのクチトンネルのような蟻の巣のように穴が張り巡らされている。
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0019. まえだまさとし 2014/07/05_15:41:40
photo1 内部には未だに火炎瓶として使われた瓶や飯盒の残骸がそのまま残されていた。洞窟の中にはコウモリやカニが潜んでいる。
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photo3 こんなところにカニが這っていたのは意外だった。
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0020. まえだまさとし 2014/07/05_15:47:58
photo1 洞窟を離れたあと、ペリリュー島の州政府庁舎で観光税(10ドル)を支払いパーミットを取得することになる。

続いて向かったのは戦没者慰霊碑(みたま)だ。
地元の人たちの墓地の一角に慰霊碑が建っていた。ここで日本から持ってきた日本酒を供え、線香を焚いてお参りすることに。
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0021. まえだまさとし 2014/07/05_15:57:22
photo1 慰霊碑に刻まれた文言。

「尊い平和のため勇敢に戦ったペリリュー島守備隊の冥福を祈り、永久に其の功績を伝承し、感謝と敬仰の誠を此処に捧げます」
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0022. まえだまさとし 2014/07/05_16:07:45
photo1 ペリリュー島の共同墓地。
photo2 その一角にある戦没者慰霊碑。
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photo4 日本軍帰還者34名の洞窟がこの茂みの奥にある。ほぼすべての人が玉砕した中、数少ない生還者からは貴重な体験談などが語られている。

この奥には天気が良くても入ることは出来ない。なので道路上から拝むしかない。

0023. まえだまさとし 2014/07/05_16:15:48
photo1 ペリリュー第二次世界大戦記念博物館。
この建物はパラオが日本の信託統治領になった大正11年(1922年)に建設された弾薬庫を利用したもので、100年近くたった今でもしっかりしていて頑丈だ。
photo2 天井部分の鉄筋コンクリートなど当時の最先端技術が採用されている。
photo3 武器や道具、写真などの貴重な戦争資料が展示されている。
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0024. まえだまさとし 2014/07/05_16:22:27
photo1 ペリリュー島の戦時中の写真
photo2 展示されていた武器。
photo3 火炎瓶は千人洞窟に大量に放置されていたものと同じだ。
photo4 博物館の屋外には爆弾や魚雷が保存されていた。というか放置されている感じだった。

0025. まえだまさとし 2014/07/05_16:25:54
photo1 続いて向かったのは日本軍総司令部跡。
photo2 建物は早い時期に米軍の爆撃を受けて使用できなくなってしまった。
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photo4 爆弾が投下された跡は丸く天井が抜け落ちている。

0026. まえだまさとし 2014/07/05_16:29:28
photo1 これは洗面所の跡だろうか。
photo2 そしてこちらは浴場の跡だろう。
photo3 建物は2階建てだが、穴だらけでうろうろするのはかなり危険だ。
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0027. まえだまさとし 2014/07/05_16:39:12
photo1 日本軍総司令部跡を出発してペリリュー島南部にある飛行場の滑走路に向かった。

途中日本軍の戦車が放置されている。これは日本軍95式軽戦車
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photo3 そして飛行場。今でも滑走路は緊急用に使用されている。戦時中まで滑走路は横風用と2本あり、機能的に出来ていたのでアメリカ軍は戦線拡大のためこの島を早く手に入れたかったことだろう。
photo4 ペリリュー島のサウスドッグ(南波止場)までやってきて、ここで昼食となった。この先島の最南端に平和記念公園というのがあるが数年前の台風の影響で未だに道路が閉鎖されていていくことは出来ず残念だ。

昼食は日本食で重箱に入れられていた。出来るだけゴミが出ないように配慮されているのには感心した。

0028. まえだまさとし 2014/07/05_16:48:30
photo1 サウスドッグは周辺は公園になっているが、かつての船着き場の残骸が広い範囲に残っている。
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photo4 船の残骸も残っているが保存状態は良くない。

0029. まえだまさとし 2014/07/05_16:54:11
photo1 サウスドッグで昼食を終え、滑走路の南端に残る、零戦の残骸を見に向かった。
photo2 しかし保存状態は良くなく、原形はとどめていない。
photo3 コックピット?
photo4 続いてオレンジビーチへ向かった。途中米軍の歩兵隊慰霊モニュメントがあり、USAと刈られた植え込みがあった。

0030. まえだまさとし 2014/07/05_17:03:32
photo1 そしてここがオレンジビーチ。遠浅のビーチで地形的には米軍が上陸するにはちょうど良かったのだが、ここで日本軍が激しい抵抗を繰り広げペリリューの激戦が幕を開けることになった。

正午過ぎの今、浜は干上がっている。
米軍は沖合に見える珊瑚礁の外まで大型船が近づき、そこから水陸両用車でこの島に上陸した。

そしてゲリラ戦の準備をしていた日本軍との戦いが始まり、長期にわたる悲惨な戦闘が始まったのだった。
photo2 そんな戦いがあった事を忘れさせるくらい周囲は静まりかえり、当時を忍ばせる重機の残骸などはここでは全く見ることはできない。
photo3 米軍の水陸両用車。日本軍のものに比べるとずいぶん大きい。
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0031. まえだまさとし 2014/07/05_17:09:44
photo1 日本軍の防空壕の前にあった大砲跡。
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photo3 防空壕の近くに放置されていた巨大な米軍の水陸両用車は。
photo4 次にペリリュー神社に向かった。

0032. まえだまさとし 2014/07/05_17:24:15
photo1 ペリリュー神社。1982年に清流社という団体によって建立された。
資材はすべて日本から運び込まれたらしい。
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photo4 隣には日本国国歌「君が代」に詠われている「さざれ石」(日本国岐阜県春日村産)。

0033. まえだまさとし 2014/07/05_17:48:37
photo1 ペリリュー神社の碑文
「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ
米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ」
photo2 「Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.Pacific Fleet Command Chief(USA)C.W.Nimitz」
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0034. まえだまさとし 2014/07/05_18:06:59
photo1 ペリリュー神社から「大山」という山を10分くらい登ると中川大佐自決の地がある。
photo2 左の穴が中川大佐が自決した洞窟。
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photo4  この洞窟でペリリュー守備隊長の中川大佐が自決し、日本軍の組織的抵抗が終わった。
オレンジビーチに上陸前、アメリカ軍は3日で攻略すると豪語して始まったペリリュー島での戦闘。
日本軍の猛烈な抵抗で70日にもおよび、両軍に2万人の死傷者を出すこととなった。

0035. まえだまさとし 2014/07/05_18:28:23
photo1 ペリリュー島観光は終了。
港へ戻る途中に台湾の援助で建設されたエレメンタリースクール(8年制)の前を通った。
目を引いたのは校門の石柱だが戦前からのものかは謎だ
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photo3 町の中心部に残る桟橋跡。
photo4 午後2時半にはペリリュー島を離れることになった。
ペリリュー島出発時は雨はやんでいたのだが。

0036. まえだまさとし 2014/07/05_18:31:15
photo1 しかし出発直後から降り出した雨は途中でやむことはなく、行きほどではないがずぶぬれになってしまった。

潮が引き朝来るときとは違い砂浜が姿を現している。
photo2 おじさん島やロングビーチなど戻る途中に見ることはできたが、雨の中であまりすっきりしない。
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0037. まえだまさとし 2014/07/05_18:32:21
photo1 砂浜は白いが曇り空では鮮やかさがいまひとつだ。
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0038. まえだまさとし 2014/07/05_18:37:53
photo1 コロールに到着する頃には完全に雨は上がった。
到着したのは出発したホテルではなく、漁村にあるロックアイランドツアーカンパニーのオフィス前の港だ。

ここからパラオホテルまで送迎してもらうことになった。
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0039. まえだまさとし 2014/07/05_18:42:48
photo1  ホテルに戻り、再びレンタカーを借りるのだが、昨日の会社は勘弁してもらいたい。同じ車を持ってこられても困るし、満タンの車を貸し出さないようないい加減な会社は信用できない。
なので別のレンタカー屋を探さなくてはならない。バレンシアホテルの横に「サンズレンタカー」というのがあり顔を出すことにした。ここで借りることにしたが値段は55ドルと同じで車は新しい。ナビが付いているが日本の地図が出ていて意味を成してない。
でも満タンで貸し出してくれたし、車のコンディションも良好だ。明日の夕方まで24時間かりることになる。

 そのまま夕食にむかった。
photo2 今夜は「どらごん亭」をいう店に行くことにした。日本食中心だがパラオの郷土料理も食べられるらしい。
photo3 基本的に日本食の店刺身や寿司などが中心だ。フエフキダイをグリルにしてもらうことにした。
photo4 焼くとこんな感じ。

0040. まえだまさとし 2014/07/05_18:48:12
photo1 刺身の盛り合わせを注文した。ボリュームがいまいちだが鮮度は良さそうだ。
photo2 そしてパラオローカルの「魚のティティムルスープ」を注文した。酸味のきいたティティムルの葉で煮込まれたスープであっさりしている。
photo3 これは注文していないが、釣りに来た日本人が釣ったマグロをこの店にさばいてもらったようだ。しばらくしてこの刺身のオーナーである団体客が入ってきた。
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0041. まえだまさとし 2014/07/08_13:22:56
photo1 【6月15日(日)】

 パラオ最終日。今日はパラオ最大の島であるバベルダオブ島を一周することにする。昼食は食べる場所がない可能性があるので昨日同様クマガイベーカリーでテイクアウトのチャーハンを買っておくことにした。
 バベルダオブ島へはコロールからは日本の援助で建設されたニューKBブリッジを渡って向かうことになる。空港もこの島に位置している。
photo2  幹線道路を一周するだけだが空港周辺の道路がわかりづらく道に間違えて違う方向に進み予想外の場所にたどり着いた。当初行く予定のなかった日本軍海軍通信隊の建物の廃墟がそれだ。建物の前に展示されている戦車は保存状態がよい。
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photo4 結果オーライということで再度空港に戻り、首都マルキョクへ向かった。
 首都マルキョクは2006年10月にコロールから遷都された。

無人の丘陵地帯に建てられたアメリカの連邦議会議事堂思わせる宮殿のような建物は国会議事堂で周囲には議会、裁判所、行政機関の施設がある。

0042. まえだまさとし 2014/07/08_13:24:57
photo1 マルキョクにあるパラオの国会議事堂。
日曜日の今日は駐車場には車もなく、人の気配はあまり感じられないが建物の内部では働いている人の姿もあった。
photo2 しかしこの建物は遠目には立派だが近づくとあまり豪華さは感じられず中国あたりで見られる安っぽい構造となっている。コロールからここまでは不便で通うのは大変だろう。
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photo4 建物のドーム屋根の内部。

0043. まえだまさとし 2014/07/08_13:26:20
photo1 そのまま来るまで北上し美しいビーチがあるというノースビーチコテージへ向かった。しかしこのコテージは最近へ指されたようで敷地内へ続く道路も封鎖されていた。なので砂浜にも入れない状態だ。
 その先にもう一つのビーチがある。エム&エー・リバーサイドビーチバンガローズだが、こちらは大丈夫なようだ。細い急な道路を進み駐車場に到着した。ビーチへの入場には10ドル支払うことになった。ビーチにはほかには誰もおらず貸し切り状態だ。
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photo4 ここで今朝テイクアウトで買ってきたチャーハンやサンドウィッチの昼食をとることにした。

0044. まえだまさとし 2014/07/08_13:27:07
photo1  浜辺は遠浅で干潮のため泳ぐには不向きだ。でも誰もいないビーチのハンモックに揺られて海を眺めるのは最高の贅沢だ。
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0045. まえだまさとし 2014/07/08_13:30:05
photo1 昼過ぎにはビーチを離れ島を一周する道路に戻った。次に向かったのはパラオ最大の観光地ともいえるガラスマオの滝だ。駐車場から滝へは歩いて40分ほどかかるようだがモノレールが整備されている。滝に向かう際は下り坂なのでモノレールに乗るまでもない。待っている間に目的地に着いてしまうのでモノレールの利用価値はあまりなさそうだ。ちなみにモノレールは片道20ドル、往復で30ドルもする。
 途中気になったのは戦前に日本が敷設したトロッコの軌道跡だ。
photo2 このトロッコは山中から掘り出されたボーキサイト鉱石を港に運搬するために建設された。ボーキサイトはアルミの原料となり、これらの鉱石は日本に運搬されて零戦などの製造に利用されたようだ。ナローゲージだが複線でかなりの輸送力を誇っていたと想像できる。
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0046. まえだまさとし 2014/07/08_13:30:50
photo1 今では線路に樹木の根がめり込み同化している。アンコールワットのタ・プロームを思わせる自然の脅威を感じさせる光景が見られる。
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0047. まえだまさとし 2014/07/08_13:33:53
photo1 トロッコの線路跡。
photo2 当時の様子が写真とともに紹介されていた。
photo3 トロッコの車輪が放置されていた。
photo4 こちらは滝に向かうために新設されたモノレールの線路だ。単線だが行き違いが出来るようになっている。

0048. まえだまさとし 2014/07/08_13:35:52
photo1 滝へ向かう途中、モノレールとすれ違った。
photo2  途中河原の岩場を歩くなど危険な場所もあるとされていたが、道がわかりづらいと言うこともなく難なく滝壺に到着することができた。ガイドがいた方が安心だという話も聞いていたが、全くそんなことはない。
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0049. まえだまさとし 2014/07/08_13:37:12
photo1  ガラスマオの滝はすだれのように水が落ち清涼感がある。縦横20メートルくらいでそれほど規模の大きい滝ではない。でもその眺めは独特でそれなりに印象的に残る光景だ。
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photo3  午後になり天気が下り坂でいつ雨が降ってもいい状態だったが、ガラスマオの滝の観光を終えコロールへ戻る頃には本降りになってしまった。もうホテルに戻るだけなのでよかった。これでパラオ観光は終了だ。この3日間案外充実した内容だったように思う。
 コロールに戻る途中でガソリンを満タンにすることにした。今日は島を一周してかなりの距離を走ったが代金は12ドル。やはり昨日のガソリン代20ドルは納得しがたいが早く忘れよう。
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0050. まえだまさとし 2014/07/08_13:38:17
photo1 レンタカーを返却する前にコロール市内で行き忘れた場所に向かった。それは日本統治時代の旧南洋庁「パラオ支庁庁舎」だったとされる建物だ。1938年頃に建設されたもので最近まで最高裁判所として使われていたようだ。
photo2 そしてその近くのパラオ高校では校門に灯籠がデザインされ親近感を感じる。この高校があった場所には戦前「昌南クラブ」という娯楽施設があったらしい。校門はかつての娯楽施設の門柱でよく見ると銃弾の痕跡が残っている。戦後コロールの中心部はアメリカ軍によって徹底的に破壊されてしまった。そんな中これらは破壊されずに残った数少ない建造物といえる。
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0051. まえだまさとし 2014/07/08_13:41:52
photo1 今日一日借りたレンタカー。
photo2 レンタカーを無事返却歩いてホテルに戻った。夕食はホテルのすぐ近くにある「モグモグ・シーフード・レストラン」へ向かった。シーフードが豊富な店でここでも日本語が通じる。店内には東京オリンピック招致決定を祝う横断幕。
photo3 マングローブガニ
photo4 ロブスター

0052. まえだまさとし 2014/07/08_13:46:50
photo1 日本食を意識したメニューが多い中、刺身の盛り合わせ、そしてマングローブ貝のソテーなどを注文してみた。メカブのようなとろみのある海ぶどうは初めての食感だった。
photo2 マングローブ貝は身がまん丸でボリュームがあり美味しかった。
photo3 パラオ名物のフルーツコウモリのスープを注文してみた。値段は30ドル。
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0053. まえだまさとし 2014/07/08_13:48:14
photo1 フルーツコウモリは見た目はかなりグロテスクだ。鶏肉みたいな食感で肉は少なく食べ応えはなかったが、話の種に是非食べてみたかったので満足した。
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photo4 ダイビングなしのパラオだったが、食と観光だけでかなり満足度の高い旅行となった。明日の深夜2時半には出発しなくてはならない。早めに寝ることにした。

0054. まえだまさとし 2014/07/08_13:53:22
photo1 【6月16日(月)】

 深夜2時半。空港へのホテルに送迎車がやってきた。到着時と同じマイクロバスだ。コロール空港に到着したらソウル行きは1時間の遅延だった。
 各地から週数便のコロール行きに乗る乗客のために仁川での出発が遅れているのだろう。
ソウルからパラオへの便は代替路線が少ないので乗り継ぎ便が遅れればできるだけ出発を待たなくてはならない。なので遅延率は高くなる。ソウル滞在の時間が1時間短くなってしまったが、しかたがない。自分さえよければと言う気にならなければこの遅延は受け入れられる。
 アシアナ航空は1時間遅れで6時にコロールを離陸。仁川までは4時間半だ。
photo2  11時に仁川国際空港に到着した。空港からソウル市内へは空港連絡鉄道の普通列車でソウル駅へ出ることにした。特急に乗ってもよかったが本数が少ない。
photo3  ソウル駅に到着した後地下鉄で一駅移動して市庁駅で下車した。ここで「ソウル参鶏湯」の店に入ってみた。
photo4 参鶏湯は13000ウォン(1300円)と一般的な値段だ。

0055. まえだまさとし 2014/07/08_13:53:55
photo1 でも韓国の物価を考えると割高な感じはする。にもかかわらず昼食時ということで地元のサラリーマンで賑わっている。カクテキや砂肝などもおまけで付いてきて満足のいく内容だった。
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0056. まえだまさとし 2014/07/08_13:55:59
photo1  その後タクシーでカンジャン市場へむかった。アーケードの中には豚足など韓国の屋台風料理が並んでいる。
photo2 そんな市場の一角に生肉専用の路地がある。
photo3 ここでユッケやゼンマイ、レバ刺しなどを出す店に入ってみた。
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0057. まえだまさとし 2014/07/08_13:57:48
photo1 値段はそこそこするがレバ刺しはぶつ切りのボリュームのある塊で口にすると柔らかくて甘く、まろやかで美味しい。デザートのような感じだ。
photo2 二人ではちょっと量が多い。
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0058. まえだまさとし 2014/07/08_14:00:42
photo1 あまり時間がなく、ほかに行きたい場所もないので地下鉄で鐘路5路駅からソウル駅へ戻った。ソウル駅でロッテマートなどに立ち寄り空港へ戻る。
ソウル駅に停車していた「韓国製KTX山川」。
photo2  帰りは特急で仁川空港へ戻ってもいいと思っていた。でも時間が合わずいつもの普通列車で戻ることになった。特急は仁川空港まで停車駅は金浦空港だけだが普通でも特急でもたいして所要時間が変わらない。基本的に座席が違うだけだが値段は三倍くらい違う。本数も少ないので利用価値は低い。せめて値段を5割増しくらいに押さえないと利用するメリットを感じない。韓国では運賃設定がどうも発展途上国的だ。
photo3  出発2時間前には仁川空港に戻ってくることが来た。仁川から成田までの搭乗券はまだ発券されていないのでチェックインの手続きが必要だ。同伴者は追加で荷物を預けるようだ。
 仁川空港で久々にインターネット接続。パラオ滞在中は全くネット接続が出来ず、情報が全く入ってこなかったのだが、ここでワールドカップの結果も初めて知る事になった。しかし空港の無料のネット回線は遅すぎて最低限の情報を得るのが精一杯だった。
photo4  仁川から成田へは日本発着の国際線としては小型のA320型機だ。成田までは2時間半。

0059. まえだまさとし 2014/07/08_14:02:31
photo1 成田空港には21時の到着と遅なってしまった。たまには成田エクスプレスで帰ることにして新宿へと向かった。

【おわり】
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